インターネット新教会

インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。 この世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。 自分が語り行ったどんな真理も善い事も自分が語り行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。 聖餐として、聖言とスヴェーデンボリによって明かされた聖言の内意から日々の心の糧を得てそれを日常生活で活用してください。 洗礼として、なぜ悔い改めるのか、何を悔い改めるのか、どのように悔い改めるのかということを知り、また日々悔い改める習慣を持ってください。 悪から離れて用を為すために、隣人に悪を為すことを恐れて、憎しみ、復讐心、姦淫、欲心、自尊心、不平、愚痴等を遠ざけ、また隣人に役立つことを喜んで自分の役割、仕事、使命等を誠実に果たしてください。 偽善を避け主を義とするために、そのことは自分がそのようにしているのではなく、自分を通して主が為されておられることを承認して、主を見上げ、主を義として、主によって善い実を結んでください。

聖言の文字通りの意味と内意

聖言の文字通りの意味と内意
聖言の中の非常に多くの箇所もそれを同様に有する。即ち文字通りの意味において、内意の中にあるものに反対のものに見える。しかしその時、決して反対のものではなく完全に相応する。例えば例として、聖言においてたびたびエホバ、即ち主は怒る、激昂する、略奪する、地獄へ投げ込むことが言われている。しかし、決して主は怒らない、まして誰も地獄へ投げ込まない。主が怒ることは文字通りの意味である、しかし主が怒らないことは内意である。これらは反対のものに見えるが、しかしそれは人間が反対のものの中に居ると言う理由からである。そのことで天界の天使達に主は霊太陽として見え、またそこからあたかも春の熱として、またあたかも夜明けの光として見えることを有する。しかし地獄的な者達に全く何かの陰の如く見え、またそこからあたかも冬の冷気として、また夜の暗黒として見えることを有する。それ故に、天使達は愛と仁愛の中に居るが、しかし地獄的な者達は憎しみと敵意の中に居る。そのように地獄的な者達に文字通りの意味に従って、主は怒り、激昂し、略奪し、地獄へ投げ込むことが見える。しかし天使達に内意に従って、決して怒らず、また激昂せず、まして略奪したり地獄へ投げ込んだりしないことが見える。(天界の秘義3425)

26-3425意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3425意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3425.「ゲラルの羊飼い達はイサクの羊飼い達と争った」が、教えている者達に文字通りの意味と内意は対立して見えるので、聖言にそのような内意があることを認めなかったことを意味することは、聖言の内意について取り扱われている時の「争うこと」の意味が、そのようなものであることを否定することであることから、そのようにそれを自分自身に見ないことを言うことで否定することであることから知られよう。また「羊飼い達」の意味が教えている者達であることから知られよう。そのことについては343番に示された。また「ゲラル」の意味が信仰であることから知られよう。そのことについては、1209, 2504, 3365, 3384番に示された。従って「ゲラルの谷の牧者達」は聖言の文字通りの意味を除いて承認しない者達である。彼らがそのように認めないことの原因、即ち何も内的なものを認めない原因は、内意の中のものと文字通りの意味の中のものが反対のものに見えるからである。しかし反対のものに見えても、それでもなお、反対のものではなく、完全に相応するものである。だが聞き給え、それらが反対のものに見えるのは、彼らが反対のものの中に居て聖言をそのように見るからである。そのことを自分自身の中で反対のものの中に居る人間の如く有する。即ち、彼の外なる人間、即ち彼の自然的な人間は彼の内なる人間、即ち彼の霊的な人間に対して完全に異なるからである。彼が内なる人間、或いは霊的な人間のものを見ると言わば自分自身に反対のものを見る。しかしその時、外なる人間、即ち自然的な人間に関するそのものが反対のものの中にある。またもし、それが反対のものの中になかったなら、むしろその外なる人間、即ち自然的な人間は内なる人間、即ち霊的な人間に従順を示し、それらは完全に相応しただろう。
[2]例えば例として、反対のものの中に居る者は永遠の生命を得るためには、富と身体、およびこの世の凡ての喜び、従って生命の楽しいものは放棄されなければならないことを信じる。というのは、それらは霊的な生命に反対のものであると信じるからである。だが聞き給え、本来、それらは反対のものではなく相応するものである。というのは、それらは目的のための手段だからである。即ち内なる人間、即ち霊的な人間が行なわなければならない仁愛の善のために利用することが出来るため、また更に、健全な身体に保持されて生きるためにあるからである。内なる人間と外なる人間が反対のものであるか、相応するかを特に為すものは目的である。それらについて言われた富み、喜び、および楽しいものが目的に為される時、反対のものである。というのはその時、内なる人間のものである霊的なものと天的なものを軽蔑し、またあざけり、それどころか、投げ捨てるからである。だが聞き給え、それらが目的に為されない時、むしろ更に高い目的、即ち死後の生命のため、従って天的な王国のため、また主御自身のための手段になされる時は相応する。その時、形体的なものと世俗的なものは、それらについて考える時、殆んど相対的に現われない。また単に目的のための手段として評価する。それ故、それらが反対のものに見えても、本来は反対のものでないことが明らかである。
[3]しかし彼らは反対のものの中に居るので、そのように反対のもののように見える。反対のものの中に居ない者達も、反対のものの中に居る者達と同様に、行い、話し、富みを得ようとし、また同様に喜びを求める。外なる姿は殆んど見分けることが出来ないほどである。彼らを区別するのは目的だけの理由である。即ち同じことであるが愛だけの理由である。なぜなら、愛は目的であるからである。だが聞き給え、例え外なる形、即ち身体に関して同じように見えても、それでもなお、内なる形、即ち霊に関する限り全く異なった形である。相応の中に居る者、即ちその者の許の内なる人間に外なる人間が相応する者の霊は形の中にある天的な愛のように白く輝き、また美しくある。それに対して、反対のものの中に居る者、即ちその者の許の外なる人間が内なる人間に反対のものである者は、外なるものに関してもう一つの(内なるもの)とどれほど似たものであるにせよ、その霊は自己愛と世俗愛であるような黒く、また醜いものである。即ち他の者への侮りと憎しみのような形の中にある。
[4]聖言の中の非常に多くの箇所もそれを同様に有する。即ち文字通りの意味において、内意の中にあるものに反対のものに見える。しかしその時、決して反対のものではなく完全に相応する。例えば例として、聖言においてたびたびエホバ、即ち主は怒る、激昂する、略奪する、地獄へ投げ込むことが言われている。しかし、決して主は怒らない、まして誰も地獄へ投げ込まない。主が怒ることは文字通りの意味である、しかし主が怒らないことは内意である。これらは反対のものに見えるが、しかしそれは人間が反対のものの中に居ると言う理由からである。そのことで天界の天使達に主は霊太陽として見え、またそこからあたかも春の熱として、またあたかも夜明けの光として見えることを有する。しかし地獄的な者達に全く何かの陰の如く見え、またそこからあたかも冬の冷気として、また夜の暗黒として見えることを有する。それ故に、天使達は愛と仁愛の中に居るが、しかし地獄的な者達は憎しみと敵意の中に居る。そのように地獄的な者達に文字通りの意味に従って、主は怒り、激昂し、略奪し、地獄へ投げ込むことが見える。しかし天使達に内意に従って、決して怒らず、また激昂せず、まして略奪したり地獄へ投げ込んだりしないことが見える。
[5]またそれ故に、聖言において神的なものに反対のものについて取り扱われる時、それらは外観に従ってそのように記述されることを除いて他の方法で記述されることは出来ない。更に悪い者達は神的なものもまた悪魔的なものに変えるので、外観がそのように生み出す。それ故に、悪い者達が神的なものに近付くほど、それだけ自分自身を地獄的な苦しみへ投げ込む。
そのことは主の祈りの中の「私達を試練に引き入れませんように」の言葉と一緒に有する。文字通りの意味に従っては主が試練に引き入れることである。しかし内意で主は誰も試練に引き入れないことは熟知されたことである。そのことは1875番に認められよう。他の聖言の文字通りの意味も同様にそのことを有する。

27-3594~3596原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3594~3596原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3594. `Et dixit, Quis igitur ille qui venatus venationem, et adduxit mihi?': quod significet inquisitionem de illo vero, constat ex repraesentatione `Jacobi,' de quo hic dicitur, `quis ille?' quod sit naturale quoad verum, de qua supra; et ex significatione `venationis' quod sit verum ex bono, de qua n. 3501; hic inquisitio de vero illo num ex bono.

3594. `Et:また、そして、dixit,:言った、Quis:誰が、誰が居るだろうか、igitur:それ故に、それでは~.か、ille:彼は、qui:その者、venatus:狩猟、獲物、漁捕り、venationem,:狩猟、獲物、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、mihi?'::私に、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、inquisitionem:調査、探求、審問、de:~について、illo:それから、vero,:真理、constat:知られる、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi,':ヤコブ、de:~について、quo:それらから、そのことらから、hic:ここに、この場に、dicitur,:言われる、`quis:誰が、誰が居るだろうか、ille?':彼は、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、naturale:自然的な、自然の、quoad:~に関して、~に関する限り、verum,:真理、de:~について、qua:それらから、そのことらから、supra;:上に、上部に、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`venationis':狩猟、獲物、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、ex:~から、~により、bono,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3501; hic:ここに、この場に、inquisitio:調査、探求、審問、de:~について、vero:真理、illo:それから、num:~か、~かどうか、ex:~から、~により、bono.:善、

3594.「また言った。それでは狩猟の獲物を、また私に持って来た者は誰か?」が、その真理についての調査を意味することは、ここで「彼は誰か」と言われている「ヤコブ」の表象が真理に関する自然的なものであることから知られよう。そのことについては、上に(示された)。また「獲物」の意味が善からの真理であることから(知られよう)。そのことについては3501番(に示された)。ここの調査はその真理について善からのものであるかどうか(の調査である)。

3595. `Et edi ab omni antequam venisti': quod significet quo appropriatum, constat a significatione `edere' quod sit appropriari, de qua n. 2187, 2343, 3168, 3513 f.

3595. `Et:また、しかのみならず、edi:食べた、ab:~から、~により、omni:凡ての、全体の、antequam:~より前に、~より先に、venisti'::来た、行った、(二人称単数完了)quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、appropriatum,:専有された、自分のものにされた、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、`edere':食べること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、appropriari,:専有されること、自分のものにされること、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、2187, 2343, 3168, 3513 f.

3595.「しかのみならず、あなたが来る前に私は(その)凡てのものから食べた」が、専有されたことを意味することは、「食べること」の意味が専有されることであることから知られよう。そのことについては2187, 2343, 3168, 3513番(に示された)。

3596. `Et benedixi ei, etiam benedictus erit': quod significet quod conjunctum, constat a significatione `benedici' quod sit conjungi, de qua n. 3504, 3514, 3530, 3565, 3584: quomodo se habet cum appropriatione et conjunctione veri per `Jacobum' repraesentati, constare potest ab illis quae prius dicta sunt; quae quia talia sunt ut captum naturalis hominis transcendant, et non videri possint nisi in luce qua est rationalis seu internus homo, in qua luce pauci hodie sunt quia pauci regenerati, ideo praestat non amplius {1}illa illustrare, nam illustratio ignotorum et transcendentium captum non est in lucem sed magis in umbram mittere; praeter quod talia etiam superstruenda sint ideis veritatum naturalium, per quas capienda, quae quoque hodie deficiunt: idcirco etiam mox praecedentia tam strictim et modo quoad sensum internum vocum explicata sunt. [2] Ex illis quae praecedunt constare potest quid involvit quod `Jishak a filio suo petierit venationem ut ex illa ederet, antequam illi benediceret,' et quod `non prius benedixerit quam postquam ederat,' et sic quod post esum sequeretur benedictio ejus qui fecit et apportavit, ut quoque patet ab Jishaki verbis hic de Jacobo, `adduxit mihi, et edi ab omni antequam venisti, et benedixi ei, {2}etiam benedictus erit'; causa patet ab interno intellectu ritualium antiquae Ecclesiae, `esus' enim apud illos significabat appropriationem et conjunctionem, et apud quem ederant, seu a cujus pane, conjunctionem cum illo; `cibus' in genere significabat illa quae amoris et charitatis sunt, hoc est, eadem quae cibus (t)caelestis et spiritualis', `panis' ibi quae amoris in Dominum, et `vinum' quae charitatis erga proximum; haec cum appropriata sunt, conjuncti erant; sic mutuo loquebantur ex affectione, et consociabantur; convivia apud antiquos non aliud fuerunt, comestiones ex sanctificatis in Ecclesia Judaica nec aliud repraesentabant, prandia et {3}cena in primitiva Ecclesia Christiana nec aliud involvebant.

3596. `Et:また、そして、benedixi:祝福した、誉めた、(一人称単数完了)ei,:彼に、etiam:勿論、無論、確かに、更に、benedictus erit'::祝福された、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、conjunctum,:結合された、連結された、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、`benedici':祝福されること、聖別されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjungi,:連結されること、結合されること、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3504, 3514, 3530, 3565, 3584: quomodo:どのように、どうして、どのようにして、~のように、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に、~によって、appropriatione:自分自身のものとすること、専有、et:~と、および、conjunctione:連結、結合、veri:真理、per:~を通して、~によって、`Jacobum':ヤコブ、repraesentati,:象徴された、表象された、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、prius:以前に、前に、dicta sunt;:言われた、quae:それらは、そのことらは、quia:なぜなら、ので、talia:talis~ut~、~のような~、sunt:ある、ut captum:理解、把握、naturalis:自然的な、自然の、hominis:人間、transcendant,:登り越える、踏み越える、違反する、et:また、そして、non:否、videri:見られること、認められること、possint:出来る、可能である、nisi:~以外、もし~でなければ、in:~の中、~において、luce:光、qua:それから、そのことから、est:ある、rationalis:理性的な、理性、seu:即ち、或いは、internus homo,:内なる人間、in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、luce:光、pauci:僅かな者達、僅かの、少数の、hodie:今日、現在、sunt:ある、quia:なぜなら、ので、pauci:僅かな者達、僅かの、少数の、regenerati,:再生された、ideo:それ故、そのために、praestat:優れる、望ましい、ましである、提供する、non:否、amplius:この後、もはや、これ以上、{1}illa:それらを、illustrare,:明るくすること、照らすこと、説明すること、nam:なぜなら、というのも、illustratio:明らかにすること、照らし、説明、ignotorum:未知の、知られない、見知らない、不案内の、通じていない、知らない、無知の、下賎な、無名な、未詳の、et:~と、および、transcendentium:登り越えている、踏み越えている、違反している、captum:理解、把握、non:否、est:ある、in:~の中へ、~に、lucem:光、sed:しかし、magis:もっと、更に、むしろ、もはや、これ以上、in:~の中へ、~に、umbram:陰、暗さ、闇、影、mittere;:差し向けること、遣わすこと、praeter:加えて、他に、更に、その上、quod:こと、それ、そのこと、talia:このような、次のような、etiam:~もまた、更に、superstruenda:上に建てられるべき、上に築かれるべき、上に積まれるべき、(未来受動分詞)sint:ある、ideis:考え、原型、veritatum:真理、真実、naturalium,:自然的な、自然の、per:~を通して、~によって、quas:それらを、capienda,:認められるべき、(未来受動分詞)quae:それらは、そのことらは、quoque:~もまた、同じく、同様に、hodie:今日、現在、deficiunt::不足する、欠く、idcirco:それ故に、その理由で、etiam:~もまた、更に、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、praecedentia:先行しているもの、tam:このように、これほどに、この程度に、strictim:ざっと、簡略に、おざなりに、et:~と、および、modo:だけ、単に、quoad:~に関して、~に関する限り、sensum internum:内意、vocum:声、言葉、explicata sunt.:説明された、叙述された、
[2] Ex:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、praecedunt:先行する、先んずる、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、quid:何か?、どんな?、involvit:包んだ、含んだ、包む、含む、quod:こと、それ、そのこと、`Jishak:イサク、a:~から、~により、filio:息子、suo:自分自身の、それ自身の、petierit:求めた、(三人称単数完了)venationem:狩猟、獲物、ut:~のために、こと、~するように、ex:~から、~により、illa:それから、ederet,:食べた、antequam:~より前に、~より先に、illi:彼に、benediceret,':祝福した、誉めた、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、` non:否、prius:以前に、前以て、benedixerit:祝福した、quam:~を除いて、~の外は、postquam:~の後、~した後で、~する時に、ederat,':食べた、et:また、そして、sic:そのように、こうして、quod:こと、それ、そのこと、post:~の後に、~の後ろに、esum:食べること、sequeretur:続く、続いてくる、benedictio:祝福、祝福を与えるもの、ejus:それの、彼の、qui:その者、fecit:作った、為した、et:また、そして、apportavit,:運んだ、持って来た、ut:~のように、例えば、quoque:~もまた、同じく、同様に、patet:明らかである、ab:~から、~により、Jishaki:イサク、verbis:言葉、語、hic:ここに、この場に、de:~について、Jacobo,:ヤコブ、` adduxit:持って来た、連れて来た、 mihi,:私に、et:また、そして、edi:食べた、(一人称単数完了)ab:~から、~により、omni:凡ての、全体の、antequam:~より前に、~より先に、venisti,:行った、来た、(二人称単数完了)et:また、そして、benedixi:祝福した、ei,:彼に、{2} etiam:勿論、無論、確かに、benedictus erit';:祝福された、causa:原因、理由、patet:明らかである、ab:~から、~により、interno:内部の、内なる、intellectu:理解、ritualium:宗教儀式の、antiquae Ecclesiae,:古代教会、`esus':食べること、enim:なぜならば、~というのは、apud:~のもとに、~において、illos:その者達を、significabat:意味した、appropriationem:自分自身のものとすること、専有、et:~と、および、conjunctionem,:連結、結合、et:また、そして、apud:~のもとに、~において、quem:その者を、ederant,:食べた、seu:即ち、或いは、a:~から、~により、cujus:それの、そのことの、pane,:パン、食物、conjunctionem:連結、結合、cum:~と一緒に、~と、illo;:それから、彼から、`cibus':食物、食料、in genere:一般的に、全般的に、significabat:意味した、illa:それらを、quae:それらは、そのことらは、amoris:愛、et:~と、および、charitatis:仁愛、sunt,:ある、hoc est,:即ち、eadem:同じ、同様のもの、quae:それらは、そのことらは、cibus:食物、食料、(t)caelestis:天的な、et:~と、および、spiritualis',:霊的な、`panis':パン、食物、ibi:そこに、そこで、quae:それらは、そのことらは、amoris in Dominum,:主への愛、et:また、そして、`vinum':葡萄酒、酒、quae:それらは、そのことらは、charitatis erga proximum;:隣人への仁愛、haec:これらは、cum:その時、その場合、appropriata sunt,:専有された、自分のものにされた、conjuncti erant;:結合された、連結された、sic:そのように、こうして、mutuo:相互に、お互いに、loquebantur:話した、ex:~から、~により、affectione,:情愛、et:また、そして、consociabantur;:結合された、統合された、convivia:儀式的な食事、祝宴、会食、宴会、apud:~のもとに、~において、antiquos:古代人達、non:否、aliud:他のもの、異なった、fuerunt,:あった、comestiones:食べること、ex:~から、~により、sanctificatis:聖別された、清められた、in:~の中、~において、Ecclesia:教会、Judaica:ユダヤ、nec:否、aliud:他のもの、異なった、repraesentabant,:象徴した、表象した、prandia:遅い朝食、昼食、食事、飼料、えさ、et:~と、および、{3}cena:食事、正餐、in:~の中、~において、primitiva:初期の、最初の、Ecclesia:教会、Christiana:基督教、nec:否、aliud:他のもの、異なった、involvebant.:巻いた、含んだ、

3596.「また私は彼を祝福し、確かに彼は祝福された」が、連結されたことを意味することは、「祝福されること」の意味が連結されることであることから知られよう。そのことについては3504, 3514, 3530, 3565, 3584番(に示された)。「ヤコブ」によって表象された真理の専有と連結によってそれをどのように有するかは前に言われたことから知られることが出来よう。それらは自然的な人間の理解を越えるようなものなので、またもし、理性的な光の中に居るのでなければ、或いは内的な人間でなけれ認められることが出来ないようなものなので、(また)今日僅かな者達がその光の中に居り(僅かな者達しかその光の中に居らず)、再生された者達は僅かなので、それ以上それらを説明することは望ましくない。なぜなら、理解に未知なものと理解を越えているものの説明は光の中にではなく、更に闇の中に差し向けるからである。加えて、そのようなものもまた自然的な真実の考えの上に積まれなければならないからであり、それらもまた今日欠けているからである。それ故に、直ぐ前でもまたそのように内意に関する言葉だけ簡略に説明された。
[2]先行する(箇所)から「イサクがその息子からの獲物を彼(息子)を祝福する前にそれから食べるために(獲物を)求めた」ことが何を含むか、また「食べた後でなければ前以て祝福しなかった」ことが何を含むか、またそのように食べることの後に作り、また運んだ者の祝福が続くことが何を含むか知られることが出来よう。ヤコブについてのここのイサクの言葉からもまた明らかであるように、「彼は私に持って来た。そしてあなたが来る前に(その)凡てのものから私は食べ、また私は彼を祝福し、確かに彼は祝福された」(と言われた)理由は、古代教会の宗教儀式の内なる理解からであることが明らかである。というのは、その者達(古代教会の者達)の許に「食べること」は専有と連結を意味したからであり、また食べた者の許に、即ちそのパンから食べた者の許に彼との連結(を意味したからである)。一般的に「食物」は愛と仁愛のものを意味した。或いは同じこと(であるが)、天的な食物と霊的な食物を意味した。そこの「パン」は主への愛のもの、また「葡萄酒」は隣人への仁愛のもの(を意味した)。それらが専有された時、連結され、そのように相互に情愛から話し、また統合された。古代人達の許の祝宴は他のものではなく、ユダヤ教会における聖別されたものから食べることも他のものを表象せず、初期の基督教会における食事と聖餐も他のものを含まなかった。

26-3423~3424意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3423~3424意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3423.十九~二十一節「また、イサクのしもべ(奴隷)達も谷で掘り、そしてそこに生きている水の井戸を見つけた。
また、ゲラルの羊飼い達はイサクの羊飼い達と争って言うことに、水は私達のものと言い、そして井戸の名をエセクと呼んだ。なぜなら、彼らがイサクと争ったからである。
また、彼らは他の井戸も掘ったが、しかるに、その井戸に関してもまた争い、またその名をシトナと呼んだ。」
「イサクのしもべ(奴隷)達も谷で掘り、そしてそこに生きている水の井戸を見つけた」は、文字通りの意味に関する聖言を(見つけたことを)意味する。その中に内なるものがある。「また、ゲラルの羊飼い達はイサクの羊飼い達と争った」は、教えている者達(ゲラルの羊飼い達)に(文字通りの意味と内意は)対立して見えるので、そこ(聖言)にそのような(内意があることを)認めなかったことを意味する。「言うことに、水は私達のもの(と言った)」は、彼ら(自分達)が真理の中に居る(と言う)ことを意味し、「そして井戸の名をエセクと呼んだ。なぜなら、彼らが彼(イサク)と争ったからである」は、彼ら(ゲラルの羊飼い達)に反対したそれら(聖言の内意)に対し、更に他の(内意)に対する否定を意味し、「また、彼らは他の井戸も掘ったが、しかるに、その(井戸に)関してもまた争った」は、聖言の内意があるかどうか争ったことを意味し、「またその名をシトナと呼んだ」は、彼らの性質を意味する。

3424.「イサクのしもべ(奴隷)達も谷で掘り、そしてそこに生きている水の井戸を見つけた」が、文字通りの意味に関する聖言を見つけたことを意味することは、「谷で掘ること」の意味が真理がどこにあるか更に低い劣った箇所を調べることであることから知られよう。というのは、「掘ること」は調べることであり、また「谷」は更に低い箇所であるからである。1723, 3417番を参照、また「生きている水の井戸」の意味が、その中に神的なものがある聖言であることから知られよう。そのように、その中に内なるものがある文字通りの意味に関する聖言であることから知られよう。聖言が「泉」と言われ、その上「生きている水の泉」と言われることは熟知されており、更に聖言は「井戸」とも言われていることは、そこからある。なぜなら、聖言の文字通りの意味は個々にそのようなものだからであり、また霊的な真理に関した聖言は泉ではなく井戸であるからである。そのことは2702, 3096番に認められよう。谷は更に低い場所、即ち同じことであるが、更に外なるものであるので、また泉は谷で見つけられたので、なお加えて、それは更に聖言の低い意味である文字通りの意味であるので、それ故、それは文字通りの意味でありそれが意味されている。しかし、その中に内意があるので、即ち天的な意味と神的な意味があるので、それ故、その水はエゼキエル書における新しい家の門の下から出た水のように「生きている」と言われている。
「そして、それが行なわれるであろう。凡ての這う野獣の霊魂はどんなものでもそこに川が来ると生き、また非常に多くの魚が居るである。なぜなら、そこへそれらの水が来て、それが癒されるからであり、また川が来る結果凡てのものが生きるからである。」47. 8, 9、ここの「川」は聖言であり、「凡てのものが生きることを為す水」は聖言の中の神的な真理である。「魚」は科学的な(事実に基づく)ものである。40, 991番を参照、
[2]主の聖言は渇いている者、即ち生命を望んでいる者に生命を与えるようなものであり、また生きている水の泉のようなものであることを主もまたヨハネ伝において教えておられる。
「イエスはヤコブの井戸のそばでサマリアの婦人に言われた。もし、あなたが神の贈り物(賜物)を知っているなら、またあなたに、私に飲ませよ、と言う者が誰か知るなら、あなたは生きている水を与えることを彼に対して求めたであろう。そして彼はあなたに生きている水を与えたであろう。...私が彼に与える水から飲む者は永遠に渇きを感じないであろう。むしろ、私が彼に与えるその水は彼の中で永遠の生命まで噴出する水の泉に為されるであろう。」4. 10, 14、聖言は生命のあるものであり、そのように生命を与えることはそこからである。なぜなら、そこの最高の意味では主について取り扱われているからであり、また最内部において主御自身の王国に付いて取り扱っているからであり、その中の凡てに主が居られるからである。そしてそのような場合、生命そのものが聖言の中にあり、またその生命が聖言を神聖なものの中で読む者の心に流入するからである。それ故、主は御自身からの聖言に関して御自身を「永遠の生命にまでも噴き出ている水の泉」であることを言われた。そのことは2702番にもまた認められよう。
[3]主の聖言が泉の如く、更に井戸の如く言われることはモーセの書において知られよう。
「イスラエルは歌を歌った。井戸よ、増水せよ、彼に答えよ、立法者の許でその杖で君主達が井戸を掘り、民の支配者達が自発的に掘り出した。」民数記、21.17, 18、このことはベエルの場所、即ち井戸の場所であった。そこで「井戸」によって古代教会の聖言が意味されている。そのことについては、2897番に示された。そこの先行している箇所から明らかである。「君主達」は古代教会の聖言からの主要な真理である。「君主達」が主要な真理であることは1482, 2089番に認められよう。「民の支配者達」は更に低い文字通りの意味における真理である。1259, 1260, 2928, 3295番を参照、「立法者」は主であることは明らかである。「杖」の力が真理にある。

27-3586~3593原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3586~3593原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3586. `Et fuit, quemadmodum absolvit Jishak benedicere Jacobo': quod significet cum conjunctio prima ita facta, constat ex significatione `benedicere' quod sit conjunctio, de qua supra n. 3504, 3514, 3530, 3565, 3584; ita `quemadmodum absolvit benedicere' quod sit cum conjunctio facta, quod prima fuerit cum vero quod repraesentatur per Jacobum, ex illis quae supra dicta sunt, patet.

3586. `Et:また、そして、fuit,:あった、quemadmodum:~のように、そのように、言わば、absolvit:完成した、仕上げた、終えた、終了した、Jishak:イサク、benedicere:祝福すること、Jacobo'::ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、cum:その時、その場合、conjunctio:連結、結合、prima:第一の、最初の、始めの、、ita:このように、従って、facta,:為された、行われた、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`benedicere':祝福すること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio,:連結、結合、de:~について、qua:それから、そのことから、supra:上に、上部に、n.:番号、3504, 3514, 3530, 3565, 3584; ita:このように、従って、` quemadmodum:~のように、そのように、言わば、absolvit:完成した、仕上げた、終えた、終了した、benedicere':祝福すること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、cum:その時、その場合、conjunctio:連結、結合、facta,:為された、行われた、quod:こと、それ、そのこと、prima:第一の、最初の、始めの、fuerit:あった、cum:~と一緒に、~と、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、Jacobum,:ヤコブ、ex:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、dicta sunt,:言われた、patet.:明らかである、

3586.「そしてそれがあった。そのようにイサクがヤコブに祝福することを終えた」が、最初の連結がそのように為された時を意味することは、「祝福すること」の意味が連結であることから知られよう。そのことについては、上の3504, 3514, 3530, 3565, 3584番(に示された)。従って、「そのように祝福することを終えた」が、ヤコブによって表象される真理との最初の連結が為された時であることは、上に言われたことから明らかである。

3587. `Et fuit tantum exeundo exivit Jacobo ex faciebus Jishaki patris sui': quod significet status progressionem et mutationem, constat ex significatione `exeundo exire (c)a faciebus' quod sit cum illa quae per `Jacobum' repraesentata sunt, desierunt, ita cum status mutatus, nam nunc de Esavo agitur, {1}et in sensu interno de bono naturalis, quomodo hoc prodit ex intimo, ut supra dictum, seque manifestat, et exacta per ministerium veri reformatione dominium habet.

3587. `Et:また、そして、fuit:あった、tantum:それだけ、それほど、exeundo:出て行くことで、exivit:出た、Jacobo:ヤコブ、ex:~から、~により、faciebus:顔、容貌、Jishaki:イサク、patris:父、sui'::自分自身の、それ自身の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、status:状態、性質、progressionem:進行、進展、前進、et:~と、および、mutationem,:変化、推移、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`exeundo:出て行くことで、exire:出ること、出て行くこと、(c)a:~から、~により、faciebus':顔、容貌、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、cum:その時、その場合、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、per:~を通して、~によって、`Jacobum':ヤコブ、repraesentata sunt,:象徴された、表象された、desierunt,:終えた、中止した、ita:このように、従って、cum:その時、その場合、status:状態、性質、mutatus,:変えられた、代えられた、nam:なぜなら、というのも、nunc:今から、すぐに、de:~について、Esavo:エサウ、agitur,:述べられる、取り扱われる、{1} et:また、そして、in:~の中、~において、sensu interno:内意、de:~について、bono:善、naturalis,:自然的な、自然の、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、hoc:これは、prodit:生み出す、もたらす、ex:~から、~により、intimo,:最内部の、最奥の、ut:~のように、~として、supra:上に、上部に、dictum,:言われた、seque:またそれ自身を、(se+que)manifestat,:明らかにする、明瞭にする、et:また、そして、exacta:過ぎ去った、終わった、per:~を通して、~によって、ministerium:奉仕、任務、助力、veri:真理、reformatione:改心、改良、dominium:支配、主権、支配権、habet.:持つ、有す、

3587.「またヤコブがその父イサクの顔から出て行くことで出ると」が、状態の進行と変化を意味することは、「顔から出て行くことで出ること」の意味が「ヤコブ」によって表象されたものが終えた時であることから知られよう。そのように状態が変えられた時である。なぜなら、今からはエサウについて述べられるからであり、また内意において自然的な善について述べられるからである。上に言われたように、最内部からそれをどのようにしてもたらすか、またそれ自身を(どのように)明らかにするか、そして真理の助力により改心が終わるとそれが(どのように)支配権を持つか(が述べられるからである)。

3588. `Et Esau frater ejus venit e venatione sua': quod significet boni verum et ejus adventum, constat ex repraesentatione `Esavi' quod sit bonum naturalis, de qua supra; ex significatione `venire' quod sit adventus; et ex significatione `venationis' quod sit verum quod ex bono, de qua n. 3501.

3588. `Et:また、同時に、Esau:エサウ、frater:兄弟、ejus:それの、彼の、venit:行った、来た、帰った、e:~から、~により、venatione:狩猟、sua'::自分自身から、それ自身から、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、boni:善、verum:真理、et:~と、および、ejus:それの、彼の、adventum,:到着、~へ来る、constat:知られる、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Esavi':エサウ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum:善、naturalis,:自然的な、自然の、de:~について、qua:それから、そのことから、supra;:上に、上部に、ex:~から、~により、significatione:意味、`venire':来ること、帰ること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、adventus;:到着、~へ来る、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`venationis':狩猟、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、bono,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3501.

3588.「同時に、彼の兄エサウがその狩猟から帰って来た」が、善の真理とその到着を意味することは、「エサウ」の表象が自然的な善であることから知られよう。そのことについては上に(示された。また)、「帰ること」の意味が到着であることから、また「狩猟」の意味が善からの真理であることから(知られよう)。そのことについては3501番(に示された)。

3589. `Et fecit etiam is cupedias, et adduxit patri suo': quod significet desiderabilia et delectabilia Divino Rationali, constat ex significatione `cupediarum' quod sint jucunda quae boni et amoena quae veri, de qua n. 3502, 3536; jucunda quae boni, sunt desiderabilia, et amoena quae veri, delectabilia, nam affectio boni est quae desiderat, et tunc affectio veri quae delectat.

3589. `Et:また、そして、fecit:作った、為した、etiam:~もまた、更に、is:彼は、それは、cupedias,:ごちそう、珍味、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、suo'::自分自身の、それ自身の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、desiderabilia:望ましい、好ましい、et:~と、および、delectabilia:楽しい、愉快な、Divino:神的な、Rationali,:理性的な、理性、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`cupediarum':ごちそう、珍味、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、jucunda:愉快、楽しい、quae:それらは、そのことらは、boni:善、et:~と、および、amoena:魅力的な、快い、quae:それらは、そのことらは、veri,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3502, 3536; jucunda:愉快、楽しい、quae:それらは、そのことらは、boni,:善、sunt:ある、desiderabilia,:望ましい、好ましい、et:また、そして、amoena:魅力的な、快い、quae:それらは、そのことらは、veri,:真理、delectabilia,:楽しい、愉快な、喜び、nam:なぜなら、というのも、affectio:情愛、boni:善、est:ある、quae:それらは、そのことらは、desiderat,:願う、望む、et:また、そして、tunc:その時、やがて、affectio:情愛、veri:真理、quae:それらは、そのことらは、delectat.:喜ばせる、楽しむ、喜ぶ、

3589.「そして、彼(エサウ)もまたご馳走を作り、またその父に持って来た」が、神的な理性の好ましいものと楽しいものを意味することは、「ご馳走」の意味が善の楽しいものと真理の快いものであることから知られよう。そのことについては3502, 3536番(に示された)。善の楽しいものは好ましいものであり、また真理の快いものは喜びである。なぜなら、善への情愛が望み、またその時、真理への情愛が喜ぶからである。

3590. `Et dixit patri suo, Surgat pater meus, et edat e venatione filii sui': quod significet ut appropriaret sibi boni naturalis verum, constat ex repraesentatione `Jishaki,' qui hic est pater, quod sit rationalis bonum, de qua saepius prius; ex significatione `edere' quod sit appropriare, de qua n. 2187, 2343, 3168, 3513 f.; et ex significatione `venationis' quod sit boni
naturalis verum, de qua mox supra n. 3588.

3590. `Et:また、そして、dixit:言った、patri:父、suo,:自分自身の、それ自身の、Surgat:立ち上がる、起きる、(接続法三人称単数現在)pater:父、(呼格)meus,:私の、et:また、そして、edat:食べる、食う、(接続法三人称単数現在)e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、filii:息子、sui'::自分自身を、それ自身を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、ut:~のために、こと、~するように、appropriaret:専有した、自分のものにした、sibi:自分自身に、それ自身に、boni:善、naturalis:自然的な、自然の、verum,:真理、constat:知られる、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jishaki,':イサク、qui:その者、hic:ここに、この場に、est:ある、pater,:父、(呼格)quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、rationalis:理性的な、理性、bonum,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、saepius:たびたび、しばしば、(比較級)prius;:以前に、前に、ex:~から、~により、significatione:意味、`edere':食べること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、appropriare,:専有すること、自分のものにすること、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、2187, 2343, 3168, 3513 f.;:終わり、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`venationis':狩猟、獲物、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、boni:善、naturalis:自然的な、自然の、verum,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3588.

3590.「そしてその父に言った。私の父よ、起き給え、そしてその息子の獲物から食べ給え」が、自然的な善の真理を自分自身に専有することを意味することは、ここの「イサク」の表象が理性的な善であることから知られよう。そのことについては前にしばしば(示された。また)「食べること」の意味が専有することであることから(知られよう)。そのことについては2187, 2343, 3168番、3513番の終わり(に示された)。また「獲物」の意味が自然的な善の真理であることから(知られよう)。そのことについては、上の3588番(に示された)。

3591. `Propterea ut benedicat mihi anima tua': quod significet ut conjungeret, constat a significatione `benedici' quod sit conjunctio, de qua etiam supra n. 3504, 3514, 3530, 3565, 3584.

3591. `Propterea:このために、この理由で、それ故に、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、mihi:私に、anima:霊魂、魂、tua'::あなたの、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、ut:~のために、こと、~するように、conjungeret,:連結した、結合した、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、`benedici':祝福されること、聖別されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio,:連結、結合、de:~について、qua:それから、そのことから、etiam:~もまた、更に、supra:上に、上部に、n.:番号、3504, 3514, 3530, 3565, 3584.

3591.「あなたの霊魂が私を祝福することのために」が、連結するためにを意味することは、「祝福されること」の意味が連結であることから知られよう。そのことについては、上の3504, 3514, 3530, 3565, 3584番(に示された)。

3592. `Et dixit ei Jishak pater ejus, Quis tu? et dixit, Ego filius tuus, primogenitus tuus Esau': quod significet statum perceptionis de bono naturali et vero inde, constat ex illis quae supra n. 3548-3550, ad vers. 18 et 19, dicta sunt, ubi similia verba.

3592. `Et:また、同時に、dixit:言った、ei:彼に、Jishak:イサク、pater:父、ejus,:それの、彼の、Quis:誰が、誰が居るだろうか、tu?:あなたは、et:また、同時に、dixit,:言った、Ego:私は、filius:息子、tuus,:あなたの、primogenitus:長子、初子、tuus:あなたの、Esau'::エサウ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、statum:状態、性質、perceptionis:理解、認識、de:~について、bono:善、naturali:自然的な、自然の、et:~と、および、vero:真理、inde,:それ故、そこから、constat:知られる、ex:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、n.:番号、3548-3550, ad:~に、~へ、vers.:節、18 et:~と、および、19, dicta sunt,:言われた、ubi:そこで、その場所、similia:同様な、等しい、verba.:言葉、語、

3592.「同時に、その父イサクは彼(エサウ)に言った。あなたは誰だ? 同時に、彼(エサウ)は言った。私はあなたの息子、あなたの長子エサウです」が、自然的な善とそこからの真理ついての認識の状態を意味することは、上の3548-3550番の18節と19節に言われたことから知られよう。そこで同様な言葉(が言われている)。

3593. `Et horruit Jishak horrore magno usque valde': quod significet alterationem magnam circa status inversionem, constat ex significatione `horroris' quod sit alteratio; quod sit circa status inversionem, patet ab illis quae supra dicta sunt de bino statu hominis qui regeneratur, de statu antequam regeneratus est et de statu postquam regeneratus est; quod nempe in statu antequam regeneratus est, vera apparenter dominentur, at in statu postquam regeneratus est, vera cedant et bonum recipiat dominium, de quibus videantur quae prius saepius ostensa sunt, n. 1904, 2063, 2189, 2697, 2979, 3286, 3288, 3310 f., 3325, 3330, 3332, 3336, 3470, 3509, 3539, 3548, 3556, 3563, 3570, 3576, 3579.

3593. `Et:また、そして、horruit:恐ろしかった、身震いした、Jishak:イサク、horrore:恐怖感、身震いすること、magno:偉大な、大きな、usque:それでもなお、続けざまに、valde'::大いに、著しく、非常に、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、alterationem:悪く変化、変更、magnam:偉大な、大きな、circa:~の周りに、~に関して、status:状態、性質、inversionem,:逆にされた、歪められた、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`horroris':恐怖感、身震いすること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、alteratio;:悪く変化、変更、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、circa:~の周りに、~に関して、status:状態、性質、inversionem,:逆にされた、歪められた、patet:明らかである、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、dicta sunt:言われた、de:~について、bino:善、statu:状態、性質、hominis:人間、qui:その者達、regeneratur,:再生される、de:~について、statu:状態、性質、antequam:~より前に、~より先に、regeneratus est:再生された、et:~と、および、de:~について、statu:状態、性質、postquam:~の後、~した後で、regeneratus est;:再生された、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、in:~の中、~において、statu:状態、性質、antequam:~より前に、~より先に、regeneratus est,:再生された、vera:諸々の真理、apparenter:外観上は、うわべは、表面上は、見たところでは、dominentur,:支配する、(dep)at:しかし、だが聞き給え、in:~の中、~において、statu:状態、性質、postquam:~の後、~した後で、~する時に、regeneratus est,:再生された、vera:諸々の真理、cedant:譲歩する、屈服する、下位に立つ、劣る、et:~と、および、bonum:善、recipiat:受け入れる、受容する、dominium, 支配、主権、支配権、de:~について、quibus:それらから、そのことらから、videantur:見られる、認められる、quae:それらは、そのことらは、prius:以前に、前に、saepius:たびたび、しばしば、(比較級)ostensa sunt,:示された、1904, 2063, 2189, 2697, 2979, 3286, 3288, 3310 f.,:終わり、3325, 3330, 3332, 3336, 3470, 3509, 3539, 3548, 3556, 3563, 3570, 3576, 3579.

3593.「そして、イサクは続けざまに著しく大きな恐怖感で身震いした」が、逆にされた状態に関して悪い大きな変化を意味することは、「恐怖感」の意味が悪い変化であることから知られよう。それが逆にされた状態に関してであることは、上で再生される人間の善の性質について言われたことから明らかである。再生される前の状態と再生された後の状態について、即ち再生される前の状態においては外観上真理が支配するが、しかし再生された後の状態では真理は下位に立ち、また善が主権を受け入れる。それらのことについては前にしばしば示された。1904, 2063, 2189, 2697, 2979, 3286, 3288番、3310番の終わり、3325, 3330, 3332, 3336, 3470, 3509, 3539, 3548, 3556, 3563, 3570, 3576, 3579番(を参照)、

26-3420~3422意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3420~3422意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3420.「それらをアブラハムの死後、ペリシテ人達がふさいだ」が、知識(概念)の科学(知識)だけの中に居た者達が古代人達の許の真理」を否定したことを意味することは、「ふさぐこと」の意味が知ることを欲しないことであることから、また同じことであるが否定することであることから、そのように消すことであることから知られよう。そのことについては上の3412番に示された。また「ペリシテ人達」の表象が知識(概念)の科学(知識)だけの中に居る者達であることから知られよう。そのことについては、1197, 1198, 3412, 3413番に示された。
信仰の教義の事柄の中に居る者達は知識(概念)の科学(知識)の中に居り、同時に、知識(概念)の真理、或いは教義の事柄の真理を知ることを欲しない。知識(概念)の真理、或いは教義の事柄の真理は生命(生活)の事柄であり、また隣人への愛と主への愛に関係する。教義はそのことの教義の事柄と知識(概念)の事柄であり、それらを教えるだけである。またそれ故に、何が行なわれなければならないかを教える者が、同時に行なわないなら、彼は真理を知ることを欲しない。なぜなら、真理は自分自身の生命(生活)に反した生命(生活)を教えるからであり、また真理が自分の生命(生活)に反しているからであり、彼は同様に、真理も否定するからである。これらのことにより古代教会にあった愛と仁愛の教義の事柄は教義の凡てが消された。

3421.「そしてそれらの名で呼んだ」が、古代人達の許の真理の性質を意味することは、「名で呼ぶこと」の意味が性質であることから知られよう。そのことにつては144, 145, 1754, 1896, 2009, 2724, 3006, 3237番に示された。また名を呼ぶこと、或いは名前は性質であるので、それ故、名前を言うことなしに呼ぶことは、聖言の内意においてそのようなものであることを意味する。例えば、イザヤ書において、
「イスラエルの名で呼ばれ、またユダの水から出たヤコブの家よ、これを聞け、...なぜなら、彼らは神聖な町から呼ばれるからであり、またイスラエルの神のためにひざまづくからである。」48. 1, 2、ここで「神聖な町から呼ばれること」は、そのようなものであることとして記述されている。またルカ伝において、
「あなたは母胎の中に身ごもるであろう。そしてあなたは子を産み、またその方の名をイエスと呼ばなければならない。その方は偉大な方になられ、また至高者の御子と呼ばれるであろう。」1.31,32、ここで「至高者の御子と呼ばれること」は、神の存在として記述されている。

3422.「彼の父がそれらに名付けた名に従って」が、真理の表意するものを意味することは、古代の時代に与えられた人物、場所、事柄の名前は凡て表意するものであったことから知られよう。そのことは340, 1946, 2643番に認められよう。そのように泉と井戸もそれらの事柄を表意するものであった。前に「泉と井戸」によって真理が意味された。そのことは2702, 3096番に示された。また名前は表意するものであったので、直ぐ上の3421番に言われたように、「名前と名前を呼ぶこと」によってもまた全般的に性質か、事柄か、或いは状態が意味される。またそのように聖言の中の名前によって、その内意において誰かの人物、或いは何かの民族、或いは何かの王国、或いは何かの町は意味されていないが、しかしどこででも事柄が意味されている。
誰でもここの「井戸」によって、何かの天的なものが意味されることを推論することが出来よう。なぜなら、もしそうでなければ、井戸についてあれほど多くの特有のことを述べることは神的な聖言にふさわしくないからである。なぜなら、アブラハムのしもべ(奴隷)達が掘った井戸をペリシテ人達がふさいだこと、イサクがそれらを掘り返したこと、またそれらを前の名前の如く呼んだこと、またその後、イサクのしもべ(奴隷)達が谷で井戸を掘り、それについて羊飼い達と争ったこと、また更に井戸を掘り、それについてもまた争ったこと、またその後、他の井戸を掘り、それについては争わなかったこと、また最後に、新しい井戸について彼に知らせたこと、15, 18-22, 25, 32, 33節、のようなことを知ることは何も用がないからである。だが聞き給え、それらによって天的なことが意味されることが今や明らかであろう。

27-3585原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3585原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3585. Vers. 30-33. Et fuit, quemadmodum absolvit Jishak benedicere Jacobo, et fuit tantum exeundo exivit Jacob ex faciebus Jishaki patris sui, et Esau frater ejus venit e venatione sua. Et fecit etiam is cupedias, et adduxit patri suo, et dixit patri suo, Surgat pater meus, et edat e venatione filii sui, propterea ut benedicat mihi anima tua. Et dixit ei Jishak pater ejus, Quis tu? et dixit, Ego filius tuus, primogenitus tuus Esau. Et horruit Jishak horrore magno usque valde, et dixit, Quis igitur ille qui venatus venationem, et adduxit mihi, et edi ab omni antequam venisti, et benedixi ei? etiam benedictus erit. `Et fuit, quemadmodum absolvit Jishak benedicere Jacobo' significat cum conjunctio prima ita facta: `et fuit tantum exeundo exivit Jacob ex faciebus Jishaki patris sui' significat status progressionem et mutationem: `et Esau frater ejus venit e venatione sua' significat boni verum et ejus adventum: `et fecit etiam is cupedias, et adduxit patri suo' significat desiderabilia et delectabilia Divino Rationali: `et dixit patri suo, Surgat pater meus, et edat e venatione filii sui' significat ut appropriaret sibi boni naturalis verum: `propterea ut benedicat mihi anima tua' significat ut conjungeret: `et dixit ei Jishak pater ejus, Quis tu? et dixit, Ego filius tuus, primogenitus tuus Esau' significat statum perceptionis de bono naturali et vero inde: `et horruit Jishak horrore magno usque valde' significat alterationem magnam circa status inversionem: `et dixit, Quis igitur ille qui venatus venationem, et adduxit mihi' significat inquisitionem de illo vero: `et edi ab omni antequam venisti' significat quod appropriatum: `et benedixi ei, etiam benedictus erit' significat quod conjunctum.

3585. Vers.:節、30-33. Et:また、そして、fuit,:あった、quemadmodum:~のように、そのように、言わば、まるで~かのように、absolvit:完成した、終えた、終了した、Jishak:イサク、benedicere:祝福すること、Jacobo,:ヤコブ、et:また、そして、fuit:あった、tantum:それだけ、それほど、exeundo:出て行くことで、exivit:出た、Jacob:ヤコブ、ex:~から、~により、faciebus:顔、おもて、Jishaki:イサク、patris:父、sui,:自分自身の、et:また、同時に、Esau:エサウ、frater:兄弟、ejus:それの、彼の、venit:行った、来た、e:~から、~により、venatione:狩猟、sua.:自分自身から、
Et:また、そして、fecit:作った、為した、etiam:~もまた、更に、is:彼は、それは、cupedias,:ごちそう、珍味、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、patri:父、suo,:自分自身の、それ自身の、et:また、そして、dixit:言った、patri:父、suo,:自分自身の、それ自身の、Surgat:立ち上がる、起きる、(接続法三人称単数現在)pater:父、(呼格)meus,:私の、et:また、そして、edat:食べる、食う、(接続法三人称単数現在)e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、filii:息子、sui,:自分自身を、それ自身を、propterea:このために、この理由で、それ故に、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、mihi:私に、anima:霊魂、魂、tua.:あなたの、
Et:また、同時に、dixit:言った、ei:彼に、Jishak:イサク、pater:父、ejus,:それの、彼の、Quis:誰が、誰が居るだろうか、tu?:あなたは、et:また、同時に、dixit,:言った、Ego:私は、filius:息子、tuus,:あなたの、primogenitus:長子、初子、tuus:あなたの、Esau.:エサウ、
Et:また、そして、horruit:恐ろしかった、身震いした、Jishak:イサク、horrore:恐怖感、身震いすること、magno:偉大な、大きな、usque:それでもなお、続けさまに、valde,:大いに、著しく、非常に、et:また、そして、dixit,:言った、Quis:誰が、誰が居るだろうか、igitur:それ故に、それでは~.か、ille:彼は、qui:その者、venatus:狩猟、獲物、漁捕り、venationem,:狩猟、獲物、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、mihi,:私に、et:また、しかのみならず、edi:食べた、ab:~から、~により、omni:凡ての、全体の、antequam:~より前に、~より先に、venisti,:来た、行った、(二人称単数完了)et:また、そして、benedixi:祝福した、誉めた、(一人称単数完了)ei?:彼に、etiam:勿論、無論、確かに、更に、benedictus erit.:祝福された、(三人称単数未来)
`Et:また、そして、fuit,:あった、quemadmodum:~のように、そのように、言わば、absolvit:完成した、仕上げた、終えた、終了した、Jishak:イサク、benedicere:祝福すること、Jacobo':ヤコブ、significat:意味する、cum:その時、その場合、conjunctio:連結、結合、prima:第一の、最初の、ita:このように、従って、facta::為された、行われた、` et:また、そして、fuit:あった、tantum:それだけ、それほど、exeundo:出て行くことで、exivit:出た、Jacob:ヤコブ、ex:~から、~により、faciebus:顔、容貌、Jishaki:イサク、patris:父、sui':自分自身の、それ自身の、significat:意味する、status:状態、性質、progressionem:進行、進展、前進、et:~と、および、mutationem::変化、推移、` et:また、同時に、Esau:エサウ、frater:兄弟、ejus:それの、彼の、venit:行った、来た、e:~から、~により、venatione:狩猟、sua':自分自身から、それ自身から、significat:意味する、boni:善、verum:真理、et:~と、および、ejus:それの、彼の、adventum::到着、~へ来る、` et:また、そして、fecit:行なった、為した、etiam:~もまた、更に、is:彼は、それは、cupedias,:ごちそう、珍味、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、patri:父、suo':自分自身の、それ自身の、significat:意味する、desiderabilia:望ましい、好ましい、et:~と、および、delectabilia:楽しい、愉快な、Divino:神的な、Rationali::理性的な、理性、` et:また、そして、dixit:言った、patri:父、suo,:自分自身の、それ自身の、Surgat:立ち上がる、起きる、(接続法三人称単数現在)pater:父、(呼格)meus,:私の、et:また、そして、edat:食べる、食う、(接続法三人称単数現在)e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、filii:息子、sui':自分自身を、それ自身を、significat:意味する、ut:~のために、こと、~するように、appropriaret:専有した、自分のものにした、sibi:自分自身に、それ自身に、boni:善、naturalis:自然的な、自然の、verum::真理、` propterea:このために、この理由で、それ故に、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、mihi:私に、anima:霊魂、魂、tua':あなたの、significat:意味する、ut:~のために、こと、~するように、conjungeret::連結した、結合した、` et:また、同時に、dixit:言った、ei:彼に、Jishak:イサク、pater:父、ejus,:それの、彼の、Quis:誰が、誰が居るだろうか、tu:あなたは、et:また、同時に、dixit,:言った、Ego:私は、filius:息子、tuus,:あなたの、primogenitus:長子、初子、tuus:あなたの、Esau':エサウ、significat:意味する、statum:状態、性質、perceptionis:理解、認識、de:~について、bono:善、naturali:自然的な、自然の、et:~と、および、vero:真理、inde::それ故、そこから、` et:また、そして、horruit:恐ろしかった、身震いした、Jishak:イサク、horrore:恐怖感、身震いすること、magno:偉大な、大きな、usque:それでもなお、続けさまに、valde':大いに、著しく、非常に、significat:意味する、alterationem:悪く変化、変更、magnam:偉大な、大きな、広い、高い、激しい、卓越した、circa:~の周りに、~に関して、status:状態、性質、inversionem::逆にされた、歪められた、` et:また、そして、dixit,:言った、Quis:誰が、誰が居るだろうか、igitur:それ故に、それでは~.か、ille:彼は、qui:その者、venatus:狩猟、獲物、漁捕り、venationem,:狩猟、獲物、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、mihi':私に、significat:意味する、inquisitionem:調査、探求、審問、de:~について、illo:それから、vero::真理、` et:また、しかのみならず、edi:食べた、ab:~から、~により、omni:凡ての、全体の、antequam:~より前に、~より先に、venisti':来た、行った、(二人称単数完了)significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、appropriatum:専有された、自分のものにされた、` et:また、そして、benedixi:祝福した、誉めた、(一人称単数完了)ei,:彼に、etiam:勿論、無論、確かに、更に、benedictus erit':祝福された、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、conjunctum.:結合された、連結された、

3585.三十~三十三節、「そしてそれがあった。そのようにイサクがヤコブに祝福することを終え、またヤコブがその父イサクの顔から出て行くことで出ると、同時に彼の兄エサウがその狩猟から帰って来た。
そして、彼(エサウ)もまたご馳走を作り、またその父に持って来た。そしてその父に言った。私の父よ、起き給え、そしてあなたの霊魂が私を祝福することのためにその息子の獲物から食べ給え、
同時に、その父イサクは彼(エサウ)に言った。あなたは誰だ? 同時に、彼(エサウ)は言った。私はあなたの息子、あなたの長子エサウです。
そして、イサクは続けざまに著しく大きな恐怖感で身震いして、また言った。それでは狩猟の獲物を、また私に持って来た者は誰か? しかのみならず、あなたが来る前に私は(その)凡てのものから食べ、また私は彼を祝福し、確かに彼は祝福された。」
「そしてそれがあった。そのようにイサクがヤコブに祝福することを終えた」は、最初の連結がそのように為された時を意味し、「またヤコブがその父イサクの顔から出て行くことで出ると」は、状態の進行と変化を意味し、「同時に、彼の兄エサウがその狩猟から帰って来た」は、善の真理とその到着を意味し、「そして、彼(エサウ)もまたご馳走を作り、またその父に持って来た」は、神的な理性の好ましいものと楽しいものを意味し、「そしてその父に言った。私の父よ、起き給え、そしてその息子の獲物から食べ給え」は、自然的な善の真理を自分自身に専有することを意味し、「あなたの霊魂が私を祝福することのために」は、連結するためにを意味し、「同時に、その父イサクは彼(エサウ)に言った。あなたは誰だ? 同時に、彼(エサウ)は言った。私はあなたの息子、あなたの長子エサウです」は、自然的な善とそこからの真理についての認識の状態を意味し、「そして、イサクは続けざまに著しく大きな恐怖感で身震いした」は、逆にされた状態に関して悪い大きな変化を意味し、「また言った。それでは狩猟の獲物を、また私に持って来た者は誰か?」は、その真理についての調査を意味し、「しかのみならず、あなたが来る前に私は(その)凡てのものから食べた」は、専有されたことを意味し、「また私は彼を祝福し、確かに彼は祝福された」は、連結されたことを意味する。

27-3581~3584原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3581~3584原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3581. `Servient tibi populi': quod significet vera Ecclesiae; et `incurvabunt se tibi populi' quod significet vera boni, constat ex praedicatione `servire' quod sit de veris, de qua n. 2567, 3409; et ex significatione `populorum' quod sint vera, de qua n. 1259, 1260, 2928, 3295; per populos primum nominatos significantur vera Ecclesiae, quae vera spiritualia vocantur, et per populos secundo nominatos vera boni, quae bona spiritualia sunt, et respective vera vocantur; charitatis bona sunt talia vera; quia hoc discrimen est, etiam populi primo loco et secundo {1}non simili voce in lingua Hebraea, sed alia usque affini, exprimuntur.

3581. `Servient:仕える、服従する、(三人称複数未来)tibi:あなたに、populi'::諸々の民、人々、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、vera:諸々の真理、Ecclesiae;:教会、et:また、そして、` incurvabunt:曲げる、かがめる、(三人称複数未来)se:自分達自身を、tibi:あなたに、populi':諸々の民、人々、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、vera:諸々の真理、boni,:善、constat:知られる、ex:~から、~により、praedicatione:説教、伝道、述語、属性の割り当て、`servire':仕えること、従うこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、de:~について、veris,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、2567, 3409; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`populorum':人々、諸々の民、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、vera,:諸々の真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、1259, 1260, 2928, 3295; per:~を通して、~によって、populos:人々、諸々の民、primum:先ず、第一に、最初に、nominatos:呼ばれた、significantur:意味される、vera:諸々の真理、Ecclesiae,:教会、quae:それらは、そのことらは、vera:諸々の真理、spiritualia:霊的な、vocantur,:呼ばれる、et:また、そして、per:~を通して、~によって、populos:人々、諸々の民、secundo:第二の、二番目の、nominatos:呼ばれた、vera:諸々の真理、boni,:善、quae:それらは、そのことらは、bona:諸々の善、spiritualia:霊的な、sunt,:ある、et:また、そして、respective:それぞれ、個々に、vera:諸々の真理、vocantur;:呼ばれる、charitatis:仁愛、bona:諸々の善、sunt:ある、talia:このような、次ぎのような、vera;:諸々の真理、quia:なぜなら、ので、hoc:これは、discrimen:相違、区別、差異、est,:ある、etiam:~もまた、更に、populi:民、人々、primo:第一の、最初の、始めの、loco:くだり、箇所、et:~と、および、secundo:第二の、二番目の、{1} non:否、simili:同様な、等しい、voce:言葉、声、in lingua Hebraea,:ヘブル語で、sed:しかし、alia:他のもの、異なった、usque:それでもなお、やはり、affini,:姻戚関係の、隣接した、隣の、関与した、exprimuntur.:述べられる、

3581.「諸々の民があなたに仕えるであろう」が、教会の真理を意味すること、また「また諸々の民が自分達をあなたにかがめるであろう」が、善の真理を意味することは、「仕えること」の属性の割り当てが真理についてであることから知られよう。そのことについては2567, 3409番(に示された)。また「民」の意味が真理であることから(知られよう)。そのことについては1259, 1260, 2928, 3295番(に示された)。最初に言われている民によって霊的な真理と言われる教会の真理が意味され、二番目に言われている民によって霊的な善である善の真理が言われており、またそれぞれが真理と言われる。仁愛の善がそのような真理である。なぜなら、その区別があるからであり、最初の箇所の民と二番目の(箇所の民は)へブル語で同じ言葉ではなく異なっているが、それでもなお、隣接した(言葉で)述べられている。

3582. `Esto herus fratribus tuis': quod significet dominium primum apparens affectionis veri naturalis super affectiones boni naturalis, constat ex significatione `esse herus' quod sit dominium; et a significatione `fratrum' quod sint affectiones boni, hic naturalis, de qua n. 367, 2360, 3303; de dominio apparente veri super bonum, {1}primo, videatur n. 3324, (x)3325, 3330, 3332, 3336, 3470, 3539, 3548, 3556, 3563, 3570.

3582. `Esto:在れ、(命令形)herus:雇い主、主人、親方、fratribus:兄弟、tuis'::あなたの、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、dominium:支配権、所有権、支配、primum:第一の、最初の、apparens:見えている、現れている、外観、affectionis:情愛、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、super:~の上に、~の上へ、affectiones:情愛、boni:善、naturalis,:自然的な、自然の、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、` esse:あること、存在すること、herus':雇い主、主人、親方、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、dominium;:支配権、所有権、支配、et:また、そして、a:~から、~により、significatione:意味、`fratrum':兄弟、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、affectiones:情愛、boni,:善、hic:ここに、この場に、naturalis,:自然的な、自然の、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、367, 2360, 3303; de:~について、dominio:支配権、所有権、支配、apparente:外観上の、見せ掛けの、veri:真理、super:~の上に、~の上へ、bonum,:善、{1}primo,:最初に、始めに、第一の、最初の、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3324, (x)3325, 3330, 3332, 3336, 3470, 3539, 3548, 3556, 3563, 3570.

3582.「あなたはあなたの兄弟達の主人になれ」が、自然的な善への情愛の上に現われている自然的な真理への情愛の最初の支配を意味することは、「主人であること」の意味が支配であることから知られよう。またここの「兄弟」の意味が自然的な善への情愛であることから(知られよう)。そのことについては367, 2360, 3303番(に示された)。善の上への真理の最初の外観上の支配については、3324, 3325, 3330, 3332, 3336, 3470, 3539, 3548, 3556, 3563, 3570番に認められよう。

3583. `Et incurvabunt se tibi filii matris tuae': quod significet super affectiones reliquas veri, constat a significatione `filiorum' quod etiam sint vera, de qua n. 489, 491, 533, 1147, 2623, 3373; et ex significatione `matris' quod sit affectio veri spiritualis, et inde Ecclesia, quia Ecclesia (c)ex vero et ejus affectione est et ita vocatur, de qua n. 289, 2691, 2717.

3583. `Et:また、そして、incurvabunt:曲げる、かがめる、(三人称複数未来)se:自分達自身を、tibi:あなたに、filii:息子達、matris:母、tuae'::あなたの、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、super:~の上に、~の上へ、affectiones:情愛、reliquas:残りの、その他の、veri,:真理、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、`filiorum':息子達、quod:こと、それ、そのこと、etiam:~もまた、更に、sint:ある、vera,:諸々の真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、489, 491, 533, 1147, 2623, 3373; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`matris':母、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、affectio:情愛、veri:真理、spiritualis,:霊的な、et:また、そして、inde:それ故、そこから、Ecclesia,:教会、quia:なぜなら、ので、Ecclesia:教会、(c) ex:~から、~により、vero:真理、et:~と、および、ejus:それの、彼の、affectione:情愛、est:ある、et:また、そして、ita:このように、従って、vocatur,:呼ばれる、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、289, 2691, 2717.

3583.「またあなたの母の息子達はあなたに自分達をかがめるであろう」が、その他の真理への情愛の上へ(の支配を)意味することは、「息子」の意味が真理でもまたあることから知られよう。そのことについては489, 491, 533, 1147, 2623, 3373番(に示された)。また「母」の意味が霊的な真理への情愛であることから知られよう。またそこから教会がある。なぜなら、教会は真理とその情愛からあるからであり、またそのように呼ばれるからである。そのことについては289, 2691, 2717番(に示された)。

3584. Quod `maledicentes tibi maledictus' significet quod qui se disjungit, disjunctus erit; et quod `benedicentes tibi benedictus' significet qui se conjungit, conjunctus erit, constat ex significatione `maledici' quod sit disjungi, et `benedici' quod sit conjungi, de quibus n. 3504, 3514, 3530, 3565: praedicantur haec de veris, et per `maledicentes' significantur falsa, quae se a veris {1}sejungunt, et per `benedicentes' vera, quae se reliquis adjungunt: cum veris enim et bonis ita se habet, quod inter se forment {2}societatem, et tandem faciant quasi unam civitatem; taliter {3}quoque se consociant; hoc ducit suam originem a forma caeli, in qua angeli secundum consanguinitates et affinitates boni et veri dispositi sunt, et sic simul constituunt unum regnum seu unam civitatem, exinde vera et bona apud hominem influunt et apud illum disponuntur in similem formam, et hoc a solo Domino; sed hoc quomodo se habet, evidentius constabit ex correspondentia Maximi Hominis, qui est caelum, cum omnibus et singulis quae apud hominem; de qua correspondentia, ex Divina Domini Misericordia, ad finem capitum. Ex his nunc patet quid benedictio Jishaki dictata ad Jacobum sed intellecta de Esavo involvit, quod nempe fructificationem boni per multiplicationem veri, et hujus iterum fructificationem.

3584. Quod:こと、それ、そのこと、`maledicentes:呪っている、tibi:あなたに、maledictus':呪われた、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、qui:その者達、se:自分自身を、disjungit,:分ける、分離する、disjunctus erit;:分けられた、分離された、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、`benedicentes:祝福している、tibi:あなたに、benedictus':祝福された、significet:意味する、qui:その者達、se:自分自身を、conjungit,:連結する、結合する、conjunctus erit,:結合された、連結された、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`maledici':呪われること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、disjungi,:分離されること、et:また、そして、`benedici':祝福されること、聖別されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjungi,:連結されること、結合されること、de:~について、quibus:それらから、そのことらから、n.:番号、3504, 3514, 3530, 3565: praedicantur:言われる、属性付けられる、haec:これらは、de:~について、veris,:真理、et:また、そして、per:~を通して、~によって、`maledicentes':呪っている、significantur:意味される、falsa,:間違った原理(信念)、quae:それらは、そのことらは、se:それら自身を、a:~から、~により、veris:諸々の真理、{1}sejungunt,:分離する、切り離す、et:また、そして、per:~を通して、~によって、`benedicentes':祝福している、vera,:諸々の真理、quae:それらは、そのことらは、se:それら自身を、reliquis:残りの、他の、adjungunt::結びつける、つなぐ、接合する、cum:~と一緒に、~と、veris:諸々の真理、enim:なぜならば、~というのは、et:~と、および、bonis:諸々の善、ita:このように、従って、se:それ自身を、habet,:持つ、有す、quod:こと、それ、そのこと、inter se:相互の間で、相互に、forment:形作る、形成する、{2}societatem,:仲間関係、社会、et:また、そして、tandem:遂に、最後に、とうとう、faciant:行なう、為す、quasi:言わば、あたかも~のように、unam:1、civitatem;:大きな町、都市、taliter:そのよう(な具合)に、{3} quoque:~もまた、同じく、同様に、se:それら自身を、consociant;:結合する、統合する、hoc:これは、ducit:導く、suam:それ自身を、originem:起源、始まり、a:~から、~により、forma:形、姿、caeli,:天界、in:~の中、~において、qua:それらから、そのことらから、angeli:天使達、secundum:~に従って、~に沿って、consanguinitates:類似性、類縁性、血縁関係、et:~と、および、affinitates:姻戚関係、boni:善、et:~と、および、veri:真理、dispositi sunt,:配置された、処理された、et:また、そして、sic:そのように、こうして、simul:一緒に、同時に、constituunt:構成する、確立する、立てる、unum:1、regnum:王国、seu:即ち、或いは、unam:1、civitatem,:大きな町、都市、exinde:それ故に、従って、この結果として、vera:諸々の真理、et:~と、および、bona:諸々の善、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、influunt:流れ込む、流入する、et:~と、および、apud:~のもとに、~において、illum:それを、彼を、disponuntur:配置される、処理される、in:~の中へ、~に、similem:同様な、同じ、formam,:形、姿、et:また、そして、hoc:これは、a:~から、~により、solo:だけ、のみ、Domino;:主、sed:しかし、hoc:これは、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、se:それ自身を、habet,:持つ、有す、evidentius:より明らかな、より明白な、constabit:置かれる、明らかである、(三人称単数未来)ex:~から、~により、correspondentia:相応、Maximi Hominis,:巨大人、qui:その者達、est:ある、caelum,:天界、cum:~と一緒に、~と、omnibus:凡ての、全体の、et:~と、および、singulis:別々の、個別の、quae:それらは、そのことらは、apud:~のもとに、~において、hominem;:人間、de:~について、qua:それから、そのことから、correspondentia,:相応、ex:~から、~により、Divina:神的な、Domini:主、Misericordia,:慈悲、憐れみ、ad:~に、~へ、finem:目的、終わり、終結、capitum.:章、
Ex:~から、~により、his:これらから、nunc:今や、それで、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、benedictio:祝福、祝福を与えるもの、Jishaki:イサク、dictata:教え示された、ad:~に、~へ、Jacobum:ヤコブ、sed:しかし、intellecta:意味された、de:~について、Esavo:エサウ、involvit,:包んだ、含んだ、包む、含む、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、fructificationem:実を結ぶこと、結実、boni:善、per:~を通して、~によって、multiplicationem:増やすこと、増加、富むこと、veri,:真理、et:また、そして、hujus:この、iterum:再び、もう一度、二度目に、fructificationem.:実を結ぶこと、結実、

3584.「あなたを呪う者は呪われた者である」が、自分自身を分離する者が分離されたことを意味し、また「あなたを祝福する者は祝福された者である」が、自分自身を連結する者が連結されたことを意味することは、「呪われること」の意味が分離されることであることから、また「祝福されること」の意味が連結されることであることから知られよう。それらのことについては3504, 3514, 3530, 3565番(に示された)。これらは真理について属性付けられ、また「呪っている者達」によって間違った原理が意味される。それらがそれら自身を真理から分離する。また「祝福している者達」によって真理(が意味され)、それらがそれら自身を他の(真理に)結び付ける。というのは、真理と善とは一緒に相互に仲間関係を形成し、また最後に言わば一つの大きな町を造るからであり、そのような具合にそれら自身もまた統合するからである。それはそれ自身を天界の形から導き、その中に天使達が善と真理の類似性と姻戚関係に従って配置されており、またそのように、一つの王国、或いは一つの大きな町を構成する。それ故に、真理と善が人間の許に流入し、また彼(人間)の許で同様な形に配置される。そしてそれは主だけにより(為される)。しかし、それがそれ自身をどのように有するかは、天界である巨大人と人間の許の全体的なものと個別的なものとの相応から明瞭に明らかである。その相応については神的な主の慈悲により章末に(述べよう)。それらから今や、ヤコブに教え示されたが、しかしエサウについて意味されたことを含むイサクの祝福が何か明らかである。即ち真理を増やすことを通した善の結実、またその(善の)再度の結実(が明らかである)。

26-3419-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3419-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[3]それらの教義により彼らは主がこの世に来られるだろうこと、またエホバが主御自身の中に居られたこと、また主御自身の中で人間性を神的なものに為されたこと、またそのように人類を救われたことを知った。更にそれらから仁愛が何か、即ち報酬の目的なしに他の者達に仕えることの情愛が何か、また隣人へのその仁愛が何か、即ち彼らは全世界の中の凡ての者達であるが、しかしそれでもなお、個々の者達は区別を持っていることを知った。今日、これらの教義の事柄は完全に失われ、またそれらに代わって信仰の教義の事柄があるが、それらを古代人達は相対的に無意味なものと見なした。これらの教義の事柄、即ち主への愛と隣人への仁愛の教義の事柄は、今日一部は聖言において「バビロンとカルデヤ」と言われる者達により投げ捨てられ、また一部は「ペリシテ」と「エジプト」ともまた言われる者達により投げ捨てられ、更にそれらの痕跡が殆んど残らないほど失われた。というのは、今日、自分自身への凡ての配慮なしに、また自分自身の利益のための凡てのものから離れている仁愛が何かを誰が知っているのか。また彼らの許の善の質と量にしたがった相違を持ってある個々の隣人が何か、そのように善そのもの、それ故、最高の意味で主御自身を誰が知っているのか。なぜなら、主御自身は善の中に居られ、また主御自身から善があるからである。そして善は主御自身からの善でなければどれほど善に見えても善ではない。また仁愛と隣人が何かを知らないので、聖言の中の貧しい者達、不幸な者達、乏しい者達、病んでいる者達、飢えている者達、および渇いている者達、抑圧された者達、未亡人達、孤児達、捕囚の者達、裸の者達、外国の者達、盲目の者達、耳の聞こえない者達、片手のない者達、また他の同様な者達によって一体誰が意味されるか知られない。しかし古代人達の教義の事柄がそれらが一体誰であったかを教えた時、同時にそれらは隣人のその種類とそのように仁愛の(種類に)関わりがあった。それらの教義に従って文字通りの意味に関する凡ての聖言がある。それ故に、それらを知らない者達は、決して聖言の何かの内的な意味を知ることが出来ない。
[4]丁度、イザヤ書において、
「飢えている者にあなたのパンを裂き、また悲惨な追放された者達をあなたが家に引き入れなければならないのではないか? あなたが裸の者を見る時に彼を覆い、またあなたの肉親からあなたを隠すべきではないのではないか? その時、あなたの光が曙の如く出て来て、またあなたの健全性が直ぐに発芽するであろう。そしてあなたの義があなたの目の前で歩き、エホバの栄光があなたを得るであろう。」58. 7, 8、文字通りの意味に立つ者達は、もし飢えている者にパンを与え、悲惨な追放された者達、或いはさ迷う者達を家に引き入れ、また裸の者を覆うだけの理由でエホバの栄光へ、即ち天界へ行けるだろうと信じる。しかしその時、それらは外なるものだけのものであり、不敬虔な者達もそのように同様に儲けるために行なうことが出来る。しかし飢えている者達、悲惨な者達、裸の者達によって霊的にそのような者達が意味されており、そのように文字通りの意味とは異なった状態である。その不幸の中に隣人の人間がおり、その者への仁愛である。
[5]ダビデの書において、
「圧迫された者達に正しい裁判を行なっている方、飢えている者達にパンを与えておられる方、エホバは縛られた者達を解放している方、エホバは盲目の者達の目を開いている方、エホバは打ちひしがれた者達を持ち上げる方、エホバは正しい者達を愛している方、エホバは外国の者達を守っている方、彼は孤児達、および未亡人達を支える。」詩篇、146.7-9、ここで「圧迫された者達、飢えている者達、縛られた者達、外国の者達、孤児達、および未亡人達」によって、そのように聞く者達が意味されているのではなく、霊的なものに関して、或いは霊魂に関してそのような者達である。彼らが一体誰であったか、またその状態と段階の中の隣人が一体誰であったか、そのように彼らに仁愛が現されなければならないことを古代人達の教義の事柄が教え、更に旧約聖書のどこであろうと教えた。というのは、神的なものが人間の許の自然的なものの中に落ちる時、そのような種類と類型に従った相違を持った仁愛の働きの中に落ちるからである。主もまた同様に話された。なぜなら、主御自身の神的なものから話されたからである。
[6]マタイ伝において、
「王は右側からの者達に言われた。行け、私の父なる神に祝福された者達よ、あなた達のために用意された王国を所有せよ、...なぜなら、私が飢えていたその時、あなた達が私に食べるものを与え、私が渇いていたその時、あなた達が私に飲ませ、私が外国人であったその時、あなた達が私を匿い、私が裸であったその時、あなた達が私に着せ、私が病んでいたその時、あなた達が私を訪ね、私が牢獄に居たその時、あなた達が私に来たからである。」25.34-36、ここの働きの列挙によって全般的な仁愛の種類が意味され、またその段階の中に善の段階、或いは隣人への善の段階があり、その者達に対して仁愛が行なわれなければならない。また主は最高の意味において隣人である。なぜなら、主は言われたからである。
「私の兄弟のこの者達からの最も小さい一人に行なった範囲で私に行なった。」同書、25.40、これらの僅かな言葉から古代人達の許の真理によって何が意味されるか知られることが出来よう。しかしそれらの真理は信仰の教義の事柄の中に居ると同時に仁愛の生命(生活)の中に居ない者達により、即ち聖言において「ペリシテ人達」と言われる者達により完全に消された。そのことが「アブラハムの死後、ペリシテ人達が井戸をふさいだ」ことによって意味されている。それらのことについて今から続いて述べよう。

27-3580-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3580-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3580. `Et:また、そして、multitudinem:多数、大勢、豊富、大量、frumenti'::穀物、穀類、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、inde:それ故、そこから、bonum:善、naturale;:自然的な、自然の、` et:また、そして、musti':葡萄液、葡萄の収穫、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、inde:それ故、そこから、verum:真理、naturale,:自然的な、自然の、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`frumenti':穀物、穀類、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum,:善、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`musti':葡萄液、葡萄の収穫、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum;:真理、quae:それらは、そのことらは、cum:その時、その場合、praedicantur:言われる、属性付けられる、de:~について、naturali,:自然的な、自然の、significant:意味する、illa:それらは、bonum:善、et:~と、および、verum:真理、naturale,:自然的な、自然の、et:また、そして、tunc:その時、やがて、praedicantur:言われる、属性付けられる、de:~について、rationali:理性的な、理性、` panis:パン、食物、et:~と、および、vinum,':葡萄酒、酒、`panis':パン、食物、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、caeleste:天的な、bonum,:善、videatur:見られる、認められる、n.:番号、276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478; et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、`vinum':葡萄酒、酒、sit:ある、spirituale,:霊的な、ita:このように、従って、verum:真理、ex:~から、~により、bono,:善、n.:番号、1071, 1798.
Quod:こと、それ、そのこと、frumentum:穀物、穀類、et:~と、および、mustum:葡萄液、葡萄の収穫、illa:それらは、significent,:意味される、constare:知られること、明らかであること、quoque:~もまた、同じく、同様に、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、his:これらから、下記の、locis:くだり、箇所、in:~の中、~において、Verbo;:聖言、御言葉、apud:~のもとに、~において、Haggaeum,:ハガイ、
Clausi sunt:閉ざされた、ふさがれた、caeli:天、a:~から、~により、rore,:露、しずく、小雨、et:また、そして、terra:地、地上、clausa est:閉ざされた、ふさがれた、a:~から、~により、proventu:実り、収穫、suo,:それ自身から、et:また、そして、vocavi:呼んだ、(一人称単数完了)siccitatem:乾燥、日照り、無味乾燥、super:~の上に、~の上へ、terram,:地、地上、et:また、そして、super:~の上に、~の上へ、montes,:山々、et:また、そして、super:~の上に、~の上へ、frumentum,:穀物、穀類、et:また、そして、super:~の上に、~の上へ、mustum,:葡萄液、葡萄の収穫、... et:また、そして、super:~の上に、~の上へ、quod:それを、そのことを、educit:育てる、教育する、terra,:地、地上、i10, 11; {1} ibi:そこに、そこで、`siccitas':乾燥、干ばつ、日照り、pro:~として、~の代わりに、defectu:不足、欠乏、背反、roris:露、しずく、小雨、et:~と、および、pluviae,:雨、降雨、ita:このように、従って、pro:~として、~の代わりに、defectu:不足、欠乏、背反、veri:真理、ex:~から、~により、aliquo:誰か、何か、bono;:善、` siccitas:乾燥、干ばつ、日照り、super:~の上に、~の上へ、frumentum':穀物、穀類、est:ある、defectus:不足、欠乏、背反、boni,:善、et:また、そして、` siccitas:乾燥、干ばつ、日照り、super:~の上に、~の上へ、mustum':葡萄液、葡萄の収穫、est:ある、defectus:不足、欠乏、背反、veri::真理、
[2] apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、
Habitabit:住んだ、Israel:イスラエル、secure,:静かに、平和に、確実に、安全に、solitarius:孤独な、孤立した、独特の、唯一の、ad:~そばに、~へ、fontem:泉、源、Jacobi,:ヤコブ、in:~の中、~において、terra:地、地上、frumenti:穀物、穀類、et:~と、および、musti,:葡萄液、葡萄の収穫、et:また、そして、caeli:天、ejus:それの、彼の、stillabunt:したたる、したたり落ちる、雨が降る、(三人称複数未来)rorem,:露、しずく、小雨、Deut.:申命記、xxxiii 28; `solitarius':孤独な、孤立した、独特の、唯一の、pro:~として、~の代わりに、illis:それらから、彼らから、qui:その者達、non:否、infestantur:悩まされる、害される、a:~から、~により、malis:諸々の悪、et:~と、および、falsis,:間違った原理(信念)、n.:番号、139, 471; `terra:地、地上、frumenti:穀物、穀類、et:~と、および、musti':葡萄液、葡萄の収穫、pro:~として、~の代わりに、Ecclesiae:教会、bono:善、et:~と、および、vero::真理、apud:~のもとに、~において、Hosheam,:ホセア書、
Ero:ある、(一人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、ros:露、しずく、小雨、Israeli,:イスラエル、germinabit:芽を出す、発芽する、(三人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、lilium,:百合、et:また、そして、figet:はりつける、据える、刻み付ける、radices:根、suas:それら自身を、sicut:~の如く、~のように、Libanon;:レバノン、ibunt:成長する、伸びる、(三人称複数未来)rami:枝、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、erit:ある、(三人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、oliva:オリーブ、オリーブの木、honor:誉れ、名誉、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、odor:匂い、香り、illi:それらは、彼らは、sicut:~の如く、~のように、Libani;:レバノン、revertentur:戻る、帰る、(三人称単数未来)habitantes:住んでいる、居住している、in:~の中、~において、umbra:陰、暗さ、闇、影、ejus,:それの、彼の、vivificabunt:生かす、活気付ける、蘇生させる、(三人称複数未来)frumentum,:穀物、穀類、et:また、そして、efflorebunt:花が咲く、開花する、(三人称複数未来)sicut:~の如く、~のように、vitis,:葡萄の木、葡萄のつる、memoria:記憶、追憶、思い出、ejus:それの、彼の、sicut:~の如く、~のように、vinum:葡萄酒、酒、Libani,:レバノン、xiv6-8 [A.V. 5-7]; ubi:そこで、その場所、`frumentum':穀物、穀類、pro:~として、~の代わりに、bono:善、spirituali,:霊的な、`vinum':葡萄酒、酒、pro:~として、~の代わりに、vero:真理、spirituali::霊的な、apud:~のもとに、~において、Esaiam,:イザヤ書、
Maledictio:呪い、呪詛、comedet:食い尽くす、(三人称単数未来)terram,:地、地上、... lugebit:悲しむ、嘆く、(三人称単数未来)mustum,:葡萄液、葡萄の収穫、languebit:弱る、衰える、(三人称単数未来)vitis,:葡萄の木、葡萄のつる、gement:うめく、嘆く、(三人称複数未来)omnes:凡ての、全体の、laeti:喜んでいる、肥えた、豊富な、corde,:心、心臓、xxiv 6, 7; ibi:そこに、そこで、de:~について、vastatione:荒廃、浄化、破滅、略奪、Ecclesiae:教会、spiritualis;:霊的な、`lugebit:悲しむ、嘆く、(三人称単数未来)mustum':葡萄液、葡萄の収穫、pro:~として、~の代わりに、quod:こと、それ、そのこと、cessabit:活動しない、使われていない、(三人称単数未来)verum::真理、
[3] apud:~のもとに、~において、Jeremiam,:エレミヤ書、
Redemit:贖った、償った、Jehovah:エホバ、Jacobum,:ヤコブ、... venient:来る、行く、(三人称複数未来)et:また、そして、canent:歌う、(三人称複数未来)in:~の中、~において、altitudine:高さ、高所、Zionis,:シオン、et:また、そして、confluent:群がる、集まる、(三人称複数未来)ad:~に、~へ、bonum:善、Jehovae,:エホバ、ad:~に、~へ、frumentum:穀物、穀類、et:~と、および、ad:~に、~へ、mustum,:葡萄液、葡萄の収穫、et:また、そして、ad:~に、~へ、oleum,:油、オリーブ油、et:また、そして、ad:~に、~へ、filios:息子達、gregis:(羊や山羊などの)群れ、et:~と、および、armenti,:(大きな家畜の)群れ、xxxi 11,12; ` frumentum:穀物、穀類、et:~と、および、mustum':葡萄液、葡萄の収穫、pro:~として、~の代わりに、bono:善、et:~と、および、inde:それ故、そこから、vero,:真理、`oleum':油、オリーブ油、pro:~として、~の代わりに、bono:善、ex:~から、~により、quo:それから、そのことから、illa,:それらは、et:また、そして、quod:それは、そのことは、ex:~から、~により、illis,:それらから、彼らから、`filii:息子達、gregis:(羊や山羊などの)群れ、et:~と、および、armenti':(大きな家畜の)群れ、pro:~として、~の代わりに、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、sic:そのように、こうして、inde;:それ故、そこから、quae:それらは、そのことらは、quia:なぜなら、ので、illa:それらを、significant,:意味する、vocantur:呼ばれる、` bonum:善、Jehovae'::エホバ、apud:~のもとに、~において、Hosheam,:ホセア書、
Illa:彼女は、non:否、novit,:知る、知った、quod:こと、それ、そのこと、Ego:私は、dederim:引き渡した、委ねた、手渡した、(接続法一人称単数完了)illi:彼女に、frumentum:穀物、穀類、et:~と、および、mustum:葡萄液、葡萄の収穫、et:~と、および、oleum;:油、オリーブ油、et:また、そして、argentum:銀、multiplicaverim:増えた、富んだ、幾倍にもした、増大した、(接続法一人称単数完了)et:~と、および、aurum:金、quod:こと、それ、そのこと、fecerunt:造った、為した、baali,:バール、(太陽神)propterea:このために、この理由で、それ故に、revertar,:引き返すであろう、帰るであろう、(一人称単数未来)et:また、そして、accipiam:取り上げる、取る、(接続法一人称単数現在)frumentum:穀物、穀類、meum:私の、et:~と、および、mustum:葡萄液、葡萄の収穫、meum:私の、in:~の中、~において、tempore:時、時間、時期、時代、stato:変わらない、不変の、一定の、確固たる、suo,:それ自身から、et:また、そして、eripiam:奪い取る、ひったくる、取り去る、(接続法一人称単数現在)lanam:羊毛、羊毛紡ぎ、羊毛に似たもの、meam:私の、et:~と、および、linum:灯心、亜麻布、リンネル、meum,:私の、ii 8, 9; ibi:そこに、そこで、de:~について、Ecclesia:教会、perversa;:歪められた、誤らされた、et:また、そして、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、`frumentum':穀物、穀類、non:否、significetur:意味される、frumentum,:穀物、穀類、nec:否、mustum:葡萄液、葡萄の収穫、per:~を通して、~によって、`mustum,':葡萄液、葡萄の収穫、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、per:~を通して、~によって、`oleum,:油、オリーブ油、argentum,:銀、aurum,:金、lanam:羊毛、羊毛紡ぎ、羊毛に似たもの、et:~と、および、linum,':灯心、亜麻布、リンネル、quod:こと、それ、そのこと、non:否、talia,:このような、次ぎのような、sed:しかし、quae:それらは、そのことらは、spiritualia:霊的な、sunt,:ある、{2}hoc est,:即ち、boni:善、et:~と、および、veri;:真理、similiter:同様に、似ている、ubi:そこで、その場所、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、nova:新しい、Ecclesia:教会、apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Desponsabo:婚約させる、(一人称単数未来)te:あなたを、Mihi:私に、in:~の中、~において、fide,:信仰、et:また、そして、cognosces:知る、認める、(二人称単数未来)Jehovam,:エホバ、et:また、そして、erit:ある、(三人称単数未来)in die illo:その日、audiam:聞く、従う、服従する、(接続法一人称単数現在)caelos,:諸天、et:また、そして、hi:この者達、これらは、audient:聞く、従う、服従する、(三人称複数未来)terram,:地、地上、et:また、そして、terra:地、地上、audiet:聞く、従う、服従する、(三人称単数未来)frumentum:穀物、穀類、et:~と、および、mustum,:葡萄液、葡萄の収穫、et:~と、および、oleum,:油、オリーブ油、et:また、そして、haec:これらは、audient:聞く、従う、服従する、(三人称複数未来)Jizreelem,:イズレエル、ii20-22; `Jizreel':イズレエル、pro:~として、~の代わりに、nova:新しい、Ecclesia::教会、apud:~のもとに、~において、Joelem,:ヨエル書、
Expergiscimini:目覚めよ、(命令形複数)ebrii:酔った、酔っぱらいの、(呼格)et:~と、および、flete,:泣け、(命令形複数)et:また、そして、ejulate:嘆き叫べ、(命令形複数)omnes:凡ての、全体の、(呼格)potantes:飲んでいる、(呼格)vinum,:葡萄酒、酒、propter:~のために、~の故に、~に関しては、mustum:葡萄液、葡萄の収穫、quod:こと、それ、そのこと、excisum est:切り出された、荒廃された、取り除かれた、ex:~から、~により、ore:口、vestro;:あなた達から、...devastatus est:荒らされた、ager,:野、畑、原、luget:悲しむ、嘆く、terra,:地、地上、quia:なぜなら、ので、devastatum est:荒らされた、frumentum,:穀物、穀類、exaruit:完全に乾いた、干上がった、消えた、mustum,:葡萄液、葡萄の収穫、languet:たれる、衰える、淀んでいる、oleum,:油、オリーブ油、i 5, 10: 4 apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Filii:息子達、(呼格)Zionis:シオン、gaudete,:喜べ、楽しめ、(命令形複数)et:また、そして、laetamini:喜ぶ、楽しむ、(二人称複数現在dep)in:~の中、~において、Jehovah:エホバ、Deo:神、vestro,:あなた達から、quia:なぜなら、ので、dedit:引き渡す、委ねる、手渡す、vobis:あなた達に、pluviam:雨、降雨、matutinam:朝、早朝、in:~の中へ、~のために、justitiam,:正義、公正、et:また、そして、descendere:降りること、沈むこと、faciet:行なう、為す、(三人称単数未来)vobis:あなた達に、pluviam:雨、降雨、matutinam:朝、早朝、serotinam:夕方の、遅れた、in:~の中、~において、primo,:第一の、最初の、et:また、そして、implebuntur:満たされる、一杯にされる、(三人称複数未来)areae:脱穀場、地面の一区画、中庭、方庭、表面、外面、広さ、大きさ、面積、frumento:穀物、穀類、puro,:純粋、混じり気のない、et:また、そして、exundabunt:溢れる、湧き出る、豊かである、あり余るほどある、(三人称複数未来)torcularia:酒ぶね、mustum:葡萄液、葡萄の収穫、et:~と、および、oleum,:油、オリーブ油、ii 23, 24 apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Fiet:為される、行われる、(三人称単数未来)in die illo,:その日、stillabunt:したたる、したたり落ちる、雨が降る、(三人称複数未来)montes:山々、mustum,:葡萄液、葡萄の収穫、et:また、そして、colles:丘々、fluent:流れる、流れ出る、(三人称複数未来)lacte,:乳、乳汁、et:また、そして、omnes:凡ての、全体の、rivi:諸々の川、諸々の水路、Jehudae:ユダ、fluent:流れる、流れ出る、(三人称複数未来)aquis,:水、et:また、そして、fons:泉、源、源泉、e:~から、~により、domo:家、Jehovae:エホバ、exibit,:出る、出て行く、(exeoの三人称単数未来)iv [A.V. iii] 18; ibi:そこに、そこで、de:~について、regno:王国、Domini;:主、sunt:ある、spiritualia:霊的な、quae:それらは、そのことらは、per:~を通して、~によって、`mustum,':葡萄液、葡萄の収穫、per:~を通して、~によって、`lac,':乳、乳汁、et:また、そして、per:~を通して、~によって、`aquas':水、significantur,:意味される、quorum:それらの、彼らの、abundantia:満ちること、一杯、豊富、ita:このように、従って、describitur::記述される、述べられる、apud:~のもとに、~において、Zachariam,:ゼカリヤ、
Servabit:守る、(三人称単数未来)illos:彼らを、Jehovah:エホバ、Deus:神、illorum:それらの、彼らの、in die illo,:その日、sicut:~の如く、~のように、gregem:(羊や山羊などの)群れ、populum:人々、民、Suum,:御自身、... quia:なぜなら、ので、quanta:如何に多大、何と多くのもの、bonitas:善良、誠実、高潔、徳、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、quanta:如何に多大、何と多くのもの、pulchritudo:美、美しさ、ejus,:それの、彼の、frumentum:穀物、穀類、juvenes,:若者達、et:また、そして、mustum:葡萄液、葡萄の収穫、germinare:芽を出すこと、発芽すること、faciet:行なう、造る、(三人称単数未来)virgines,:乙女達、処女達、ix 16, 17: apud:~のもとに、~において、Davidem,:ダビデ、
Visitas:訪ねる、訪問する、罰する、(二人称単数現在)terram,:地、地上、et:また、そして、{3}delectaris:喜ばせる、楽しませる、魅する、楽しむ、喜ぶ、(二人称単数現在受動)ea,:それを、valde:大いに、著しく、非常に、全く、力強く、大声で、ditas:富ませる、豊かにする、豊富にする、(二人称単数現在)eam,:それを、rivus:川、水路、Dei:神、plenus:豊富な、充分な、満たされている、一杯の、朗々とした、aquis,:水、praeparas:準備する、用意する、(二人称単数現在)frumentum:穀物、穀類、eorum,:それらの、彼らの、... induunt:着る、身につけるおびる、まとう、prata,:牧場、草地、gregem,:(羊や山羊などの)群れ、et:また、そして、valles:谷、谷間、operiuntur:覆われる、ふたをされる、埋められる、包まれる、frumento;:穀物、穀類、plaudant:拍手する、拍手喝采する、称賛する、叩く、(接続法三人称複数現在)etiam:~もまた、更に、cantent,:歌う、(接続法三人称複数現在)Ps.:詩篇、lxv 10, 14 [A.V. 9, 13]; inde:それ故、そこから、nunc:今や、それで、このような事情の下に、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、frumentum:穀物、穀類、et:~と、および、mustum.:葡萄液、葡萄の収穫、

3580.「また穀物の多くのもの(を与えられるであろう)」が、そこからの自然的な(善)を意味すること、
「また葡萄(の多くのものを与えられるであろう)」が、そこからの自然的な真理を意味することは、「穀物」の意味が善であることから、また「葡萄」の意味が真理であることから知られよう。それらが自然的なものについて属性付けられる時、それらは自然的な善と真理を意味する。またその時、「パンと葡萄酒」は理性的なものについて属性付けられる。「パン」が天的な善であることは276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478番に認められよう。また「葡萄酒」が霊的なものであること、従って善からの真理であることは1071, 1798番(に示された)。穀物と葡萄(によって)それらが意味されることは、下記のハガイ書の聖言の箇所からもまた知られることが出来よう。
「天は露から閉ざされ、また地はその収穫から閉ざされた。そして私は地の上に、また山々の上に、また穀物の上に、また葡萄の上に、...またそれを育てる地の上に干ばつを呼んだ。」1. 10, 11、ここで「干ばつ」は露と雨の不足として、そのように何かの善からの真理の不足として、「穀物の上の干ばつ」は善の不足として、また「葡萄の上の干ばつ」は真理の不足として(記述されている)。
[2]モーセの書において、
「イスラエルは穀物と葡萄の地において、またその天の露のしたたり落ちるであろうヤコブの泉のそばに唯一人静かに住んだ。」申命記、33.28、(ここで)「唯一人」は悪と間違った原理により悩まされない者達として(記述されている)。139, 471番(を参照)、「穀物と葡萄の地」は教会の善と真理として(記述されている)。ホセア書において、
「私はイスラエルにとって露の如くなり、彼は百合の如く芽を出すであろう。そしてその根をレバノンの如くはり、その枝を伸ばすであろう。またその誉れはオリーブの木の如くなり、またその香りはレバノンの如くなるであろう。その陰に住んでいる者達は帰って穀物を蘇生させ、また葡萄の木の如く花を咲かせ、その追憶はレバノンの葡萄酒の如くなるであろう。」14.5-7、ここで「穀物」は霊的な善として、「葡萄酒」は霊的な真理として(記述されている)。イザヤ書において、
「呪いが地を食い尽くし、...葡萄を嘆き、葡萄の木は衰えるであろう。心で喜んでいる凡ての者達は嘆くであろう。」24.6,7、ここでは霊的な教会の荒廃について(記述されている)。「葡萄を嘆くであろう」は真理が使われないこととして(記述されている)。
[3]エレミヤ書において、
「エホバはヤコブを贖われた。...彼らは来て、またシオンの高き所において歌うであろう。そしてエホバの善き物に、穀物に、葡萄に、また油に、羊の群れと牛の群れの子達に集まるであろう。」31. 11,12、(ここで)「穀物と葡萄」は善とそこからの真理として(記述されており)、「油」は善として(記述され)、それからそれら(善とそこからの真理)があり、またそれら(善とそこからの真理)からそれ(善)がある。「羊の群れと牛の群れの子達」は、そのようにそこからの真理として(記述されている)。それらがそれらを意味するので、それらは「エホバの善き物」と言われている。ホセア書において、
「私が彼女に穀物と葡萄、および油を引き渡したことを彼女は知らない。また彼らがバールとして造った銀と金を私が増やした(ことを彼女は知らない)。それ故に、私は引き返し、そしてその確固たる時において私の穀物と私の葡萄を取り上げ、また私の羊毛と私の亜麻布を奪い取ろう。」2. 8, 9、ここでは歪められた教会について(記述されており)、また「穀物」によって穀物が意味されていないこと、「葡萄」によって葡萄が意味されていないこと、また同様に「油」、「銀」、「金」、「羊毛」および「亜麻布」によってもそのようなものが(意味されてい)ないことが明らかである。しかしそれらは霊的なものである。即ち善と真理のものである。同書において、同様にそこで新しい教会について(記述されている)。
「私はあなたを私に婚約させるであろう。そしてあなたはエホバを知るであろう。またその日それがあるであろう。私は諸天に聞き従い、これら(諸天)は地に聞き従うであろう。また地は穀物と葡萄、および油に聞き従うであろう。そしてそれらはイズレエルに聞き従うであろう。」2.20-22、(ここで)「イズレエル」は新しい教会として(記述されている)。ヨエル書において、
「酔っ払い達よ、目覚め、また泣け、そして嘆き叫べ、酒を飲んでいる凡ての者達よ、葡萄があなたの口から取り除かれたことの故に、...野は荒され、地は嘆く、なぜなら、穀物が荒らされ、葡萄が消え、油が淀んでいるからである。」1.5, 10、同書において、
「シオンの息子達よ、あなた達の神エホバにおいて喜び、また楽しめ、なぜなら、彼(エホバ)があなた達に義のために早朝の雨を降らされるからであり、またあなた達に最初に朝晩の雨が降ることを為されるからである。そして混じり気のない穀物が脱穀場に満たされるからであり、また葡萄とオリーブが酒ぶねに溢れるからである。」2. 23, 24、同書において、
「その日それが行なわれるであろう。エホバの家から山々に葡萄の液がしたたり、また丘々に乳が流れ出るであろう。そしてユダの凡ての川に水が流れ、また泉が出て行くであろう。」3.18、ここでは主の王国について(記述されている)。「葡萄」、「乳」、および「水」によって霊的なものが意味されており、それらの満ちることがそのように記述されている。ゼカリヤ書において、
「その日、彼らの神エホバは彼らを御自分の民の羊の群れの如く守られるであろう。...なぜなら、その誠実は多大で、またその美は大きいからである。穀物は若者達に、また葡萄は乙女達に芽を出すこと(栄えさせること)を為すであろう。」9. 16, 17、ダビデの書において、
「あなたは地を訪れ、またそれを喜ばせられる。あなたは大いにそれを豊かにされ、神の川は水で満たされ彼らの穀物を用意される。...牧場は羊の群れをまとい、また谷は穀物で覆われ、彼らは手を叩き、更に歌え、」詩篇、65. 9, 13、それ故今や、穀物と葡萄が何か明らかである。

27-3580-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3580-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3580. `Et multitudinem frumenti': quod significet inde bonum naturale; `et musti' quod significet inde verum naturale, constat ex significatione `frumenti' quod sit bonum, et ex significatione `musti' quod sit verum; quae cum praedicantur de naturali, significant illa bonum et verum naturale, et tunc praedicantur de rationali `panis et vinum,' `panis' quod sit caeleste bonum, videatur n. 276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478; et quod `vinum' sit spirituale, ita verum ex bono, n. 1071, 1798. Quod frumentum et mustum illa significent, constare quoque potest ab his locis in Verbo; apud Haggaeum,
Clausi sunt caeli a rore, et terra clausa est a proventu suo,
et vocavi siccitatem super terram, et super montes, et super
frumentum, et super mustum, ...et super quod educit terra, i
10, 11;
{1}ibi `siccitas' pro defectu roris et pluviae, ita pro defectu veri ex aliquo bono; `siccitas super frumentum' est defectus boni, et `siccitas super mustum' est defectus veri: [2] apud Mosen,
Habitabit Israel secure, solitarius ad fontem Jacobi, in terra
frumenti et musti, et caeli ejus stillabunt rorem, Deut.
xxxiii 28;
`solitarius' pro illis qui non infestantur a malis et falsis, n. 139, 471; `terra frumenti et musti' pro Ecclesiae bono et vero: apud Hosheam,
Ero sicut ros Israeli, germinabit sicut lilium, et figet
radices suas sicut Libanon; ibunt rami ejus, et erit sicut
oliva honor ejus, et odor illi sicut Libani; revertentur
habitantes in umbra ejus, vivificabunt frumentum, et
efflorebunt sicut vitis, memoria ejus sicut vinum Libani, xiv
6-8 [A.V. 5-7];
ubi `frumentum' pro bono spirituali, `vinum' pro vero spirituali: apud Esaiam,
Maledictio comedet terram,... lugebit mustum, languebit
vitis, gement omnes laeti corde, xxiv 6, 7;
ibi de vastatione Ecclesiae spiritualis; `lugebit mustum' pro quod cessabit verum: [3] apud Jeremiam,
Redemit Jehovah Jacobum,... venient et canent in altitudine
Zionis, et confluent ad bonum Jehovae, ad frumentum et ad
mustum, et ad oleum, et ad filios gregis et armenti, xxxi 11,
12;
`frumentum et mustum' pro bono et inde vero, `oleum' pro bono ex quo illa, et quod ex illis, `filii gregis et armenti' pro vero quod sic inde; quae quia illa significant, vocantur `bonum Jehovae': apud Hosheam,
Illa non novit, quod Ego dederim illi frumentum et mustum et
oleum; et argentum multiplicaverim et aurum quod fecerunt
baali, propterea revertar, et accipiam frumentum meum et
mustum meum in tempore stato suo, et eripiam lanam meam et
linum meum, ii 8, 9;
ibi de Ecclesia perversa; et patet quod per `frumentum' non significetur frumentum, nec mustum per `mustum,' et quoque per `oleum, argentum, aurum, lanam et linum,' quod non talia, sed quae spiritualia sunt, {2}hoc est, boni et veri; similiter ubi agitur de nova Ecclesia apud eundem,
Desponsabo te Mihi in fide, et cognosces Jehovam, et erit in
die illo audiam caelos, et hi audient terram, et terra audiet
frumentum et mustum, et oleum, et haec audient Jizreelem, ii
20-22;
`Jizreel' pro nova Ecclesia: apud Joelem,
Expergiscimini ebrii et flete, et ejulate omnes potantes
vinum, propter mustum quod excisum est ex ore vestro;...
devastatus est ager, luget terra, quia devastatum est
frumentum, exaruit mustum, languet oleum, i 5, 10: 4
apud eundem,
Filii Zionis gaudete, et laetamini in Jehovah Deo vestro, quia
dedit vobis pluviam matutinam in justitiam, et descendere
faciet vobis pluviam matutinam et serotinam in primo, et
implebuntur areae frumento puro, et exundabunt torcularia
mustum et oleum, ii 23, 24
apud eundem,
Fiet in die illo, stillabunt montes mustum, et colles fluent
lacte, et omnes rivi Jehudae fluent aquis, et fons e domo
Jehovae exibit, iv [A.V. iii] 18;
ibi de regno Domini; sunt spiritualia quae per `mustum,' per `lac,' et per `aquas' significantur, quorum abundantia ita describitur: apud Zachariam,
Servabit illos Jehovah Deus illorum in die illo, sicut gregem
populum Suum,... quia quanta bonitas ejus, et quanta
pulchritudo ejus, frumentum juvenes, et mustum germinare
faciet virgines, ix 16, 17:
apud Davidem,
Visitas terram, et {3}delectaris ea, valde ditas eam, rivus
Dei plenus aquis, praeparas frumentum eorum,... induunt
prata gregem, et valles operiuntur frumento; plaudant etiam
cantent, Ps. lxv 10, 14 [A.V. 9, 13];
inde nunc patet quid frumentum et mustum.

26-3418~3419-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3418~3419-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3418.十八節、「また、イサクは戻り、そして彼の父アブラハムの日々に掘った水の井戸を掘り返した。即ちそれらをアブラハムの死後、ペリシテ人達がふさいでいた。そして彼の父がそれらに名付けた名に従ってそれらの名で呼んだ。」
「イサクは戻り、そして彼の父アブラハムの日々に掘った水の井戸を掘り返した」は、主が古代人達の許のそれらの真理を明らかにされたことを意味し、「即ちそれらをアブラハムの死後、ペリシテ人達がふさいでいた」は、知識(概念)の科学(知識)だけの中に居た者達が古代人達の許の真理を否定したことを意味し、「そしてそれらの名で呼んだ」は、古代人達の許の真理の性質を意味し、「彼の父がそれらに名付けた名に従って」は、真理の表意するものを意味する。

3419.「イサクは戻り、そして彼の父アブラハムの日々に掘った水の井戸を掘り返した」は、主が古代人達の許のそれらの真理を明らかにされたことを意味することは、「イサク」の表象が神的な理性に関する主であることから知られよう。そのことについては、前に示された。また「戻ることと掘り返すこと」の意味が再び明らかにすることであることから知られよう。また「水の井戸」の意味が知識(概念)の真理であることから知られよう。「井戸」が真理であることは2702, 3096番に、また「水」が知識(概念)であることは、28, 2702, 3058番に認められよう。また「彼の父アブラハムの日々」の意味が、真理に関する先行する時と状態であることから知られよう。そのことが「その時、掘った」によって意味されている。従ってそれは古代人達の許の真理である。「日々」が時と状態であることは、23, 487, 488, 493, 893番に認められよう。「父アブラハム」によって状態が意味される時、神的なものそのものに人間性を結ばれる前の主の神的なものそのものが表象される。そのことは2833, 2836, 3251番に認められよう。また「父アブラハム」によって時が意味される時、神的なものに人間性を結ばれる前の主の神的なものからの善と真理が意味される。そのようにそれらは古代人達の許にあった。
[2]古代人達の許にあった真理は、現在、それらがあったことを殆んど何も知らないほど、また現在同様に教えられている真理と比べて異なった真理であることを殆んど何も知らないほど完全に消された。しかし完全に異なったものであった。古代人達は主の王国の天的なものと霊的なものの表象のものと表意のものを持ち、同時に、それらを理解した者達は賢明な者達と言われ、また実のところ賢明な者達であった。なぜなら、彼らは霊達と天使達と一緒に話すことが出来たからである。というのは、天使的な会話は霊的な、また天的なものなので自然的なスフェア(霊気)の中に居る人間に落ちる時、聖言の中にあるような表象のものと表意するものに落ちるので人間に不可解なものだからである。聖言はそこから神聖な本である。というのは、聖言には完全な相応があるために自然的な人間の目の前では他の方法で神的なものを記述されることが出来ないからである。また古代人達は主の王国の表象のものと表意するものの中に居たので、その中には天的な愛と霊的な愛を除いてなかったので、更に教義の事柄も持った。それらは神への愛と隣人への仁愛について述べただけのものであった。それらにより彼らもまた賢明な者達と言われた。

27-3579-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3579-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[3] apud:~のもとに、~において、Davidem,:ダビデ、
Ex:~から、~により、utero:子宮、胎、aurorae:曙、夜明け、tibi:あなたに、ros:露、しずく、小雨、nativitatis:出生、誕生、起源、所産、世代、tuae,:あなたの、Ps.:詩篇、cx 3, 4; de:~について、Domino;:主、`ros:露、しずく、小雨、nativitatis':出生、誕生、起源、所産、世代、pro:~として、~の代わりに、caelesti:天的な、amoris::愛、apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、
Benedicta:祝福された、聖別された、a:~から、~により、Jehovah:エホバ、terra:地、地上、ejus:それの、彼の、de:~について、~をもって、pretiosis:高価な、貴重な、caeli,:天、de:~について、~をもって、rore,:露、しずく、de:~について、~をもって、abysso:深淵、底知れぬ深み、海、etiam:~もまた、更に、jacente:置かれている、横たわっている、臥している、infra,:下に、下部に、下方に、Deut.:申命記、xxxiii 13; de:~について、Josepho;:ヨセフ、`pretiosa:高価な、貴重な、caeli':天、sunt:ある、spiritualia,:霊的な、n.:番号、3166, quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、`ros';:露、しずく、小雨、`abyssus:深淵、底知れぬ深み、海、jacens:置かれている、横たわっている、臥している、infra':下に、下部に、下方に、sunt:ある、naturalia::自然的な、apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Habitavit:住んだ、Israel:イスラエル、secure,:静かに、平和に、確実に、安全に、solitarius:孤独な、孤立した、独特の、唯一の、ad:~そばに、~へ、fontem:泉、源、源泉、Jacobi,:ヤコブ、in:~の中、~において、terra:地、地上、frumenti:穀物、穀類、et:~と、および、musti,:葡萄液、葡萄の収穫、etiam:~もまた、更に、caeli:天、ejus:それの、彼の、stillabant:したたった、したたり落ちた、雨が降った、rorem,:露、しずく、小雨、Deut.:申命記、xxxiii 28; ibi:そこに、そこで、etiam:~もまた、更に、`ros:露、しずく、小雨、quem:それを、stillabant:したたった、したたり落ちた、雨が降った、caeli':天、pro:~として、~の代わりに、spiritualibus:霊的な、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、veri.:真理、
[4] `Ros':露、しずく、小雨、in:~の中、~において、genuino sensu:正しい意味、est:ある、boni:善、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、statu:状態、性質、innocentiae:無垢、無邪気、et:~と、および、pacis,:平和、平安、per:~を通して、~によって、`mane':朝、朝方、enim:なぜならば、~というのは、seu:即ち、或いは、auroram,:曙、夜明け、quando:時に、~の時、ある時、ros:露、しずく、小雨、descendit,:下る、降りる、沈む、significantur:意味される、illi:それらは、彼らは、status,:状態、性質、n.:番号、2333, 2405, 2540, 2780; inde:それ故、そこから、etiam:~もまた、更に、manna:マナ、(イスラエル人が荒野で神から与えられた食物)quae:それらは、そのことらは、e:~から、~により、caelo,:天、erat:あった、cum:~と一緒に、~と、rore:露、しずく、小雨、qui:それは、matutino:朝、早朝、tempore:時、時間、時期、時代、descendebat,:下りた、降った、沈んだ、ut:~のように、例えば、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、
In:~の中、~において、matutino:朝、早朝、fuit:あった、positio:置くこと、植えること、場所、位置、状況、roris:露、しずく、小雨、circa:~の周りに、周囲に、周りに、castra,:陣営、野営、et:また、そして、cum:その時、その場合、desiit:終えた、~に終わった、止めた、消えた、roris:露、しずく、小雨、positio,:置くこと、植えること、場所、位置、状況、ecce:ほら、見よ、super:~の上で、~の上に、faciebus:顔、容貌、面、deserti:砂漠、荒野、contusum:打ち砕かれた、粉砕された、rotundum,:丸い、円形の、contusum:打ち砕かれた、粉砕された、sicut:~の如く、~のように、pruina:霜、super:~の上で、~の上に、terra,:地、地上、Exod.:出埃及記、xvi 13, 14:
Quando:時に、~の時、ある時、descendit:下る、降りる、沈む、ros:露、しずく、小雨、super r:~の上で、~の上に、castra:陣営、野営、noctu,:夜、descendit:下る、降りる、沈む、man :(manna:マナ、?)super r:~の上で、~の上に、eo,:それから、Num.:民数記、xi 9; `manna':マナ、(イスラエル人が荒野で神から与えられた食物)quia:なぜなら、ので、erat:あった、panis:パン、食物、caelestis,:天的な、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、significabat:意味した、Dominum:主、quoad:~に関して、~に関する限り、Divinum:神的な、Bonum,:善、inde:それ故、そこから、apud:~のもとに、~において、homines:人間、caeleste:天的な、amoris,:愛、nam:なぜなら、というのも、hoc:これは、a:~から、~により、Divino:神的な、Domini,:主、n.:番号、276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478; `ros':露、しずく、小雨、in:~の中、~において、quo:それから、そのことから、et:また、そして、cum:~と一緒に、~と、quo:それから、そのことから、manna:マナ、(イスラエル人が荒野で神から与えられた食物)descendebat:下りた、降った、沈んだ、pro:~として、~の代わりに、Divino:神的な、Vero:真理、in:~の中、~において、supremo sensu,:最高の意味、et:また、そして、pro:~として、~の代わりに、spirituali:霊的な、vero:真理、apud:~のもとに、~において、homines:人間、in:~の中、~において、sensu respectivo;:関連する意味、`matutinum:朝、早朝、tempus':時、時間、期間、時期、時代、est:ある、status:状態、性質、pacis:平和、平安、in:~の中、~において、quo:それから、そのことから、illa:それらは、bona:諸々の善、{5} n.:番号、92, 93, 1726, 2780, 3170.
[5] Quia:なぜなら、ので、`ros':露、しずく、小雨、significat:意味する、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、a:~から、~により、bono,:善、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、spirituale:霊的な、quod:こと、それ、そのこと、(c)a:~から、~により、caelesti,:天的な、ideo:それ故、そのために、quoque:~もまた、同じく、同様に、verum:真理、spirituale:霊的な、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、comparatur:例えられる、比較される、rori,:露、しずく、小雨、nam:なぜなら、というのも、quae:それらは、そのことらは、significant:意味する、etiam:~もまた、更に、comparationi:比較、対比、例え、ejusdem:同じ、同様に、rei:事柄、物事、inserviunt;:役に立つ、仕える、ut:~のように、例えば、apud:~のもとに、~において、Esaiam,:イザヤ書、
Sic:そのように、こうして、dixit:言った、Jehovah:エホバ、ad:~に、~へ、me,:私へ、Quiescam:休養する、休息する、(接続法一人称単数現在)et:また、そして、spectabo:見る、眺める、(一人称単数未来)in:~の中、~において、habitaculo:幕屋、住まい、Meo,:私の、sicut:~の如く、~のように、calor:熱、serenus:穏やかな、静穏な、super:~の上で、~の時に、luce,:昼に、日中に、sicut:~の如く、~のように、nubes:雲、暗雲、おおい、ベール、roris:露、しずく、小雨、cum:その時、その場合、calet:熱い、暖まる、messis,:収穫期、刈入れ、xviii 4: apud:~のもとに、~において、Hosheam,:ホセア書、
Quid:何か?、どんな?、faciam:行なう、為す、(接続法一人称単数現在)tibi:あなたに、Ephraim?:エフライム、(呼格)quid:何か?、どんな?、faciam:行なう、為す、(接続法一人称単数現在)tibi:あなたに、Jehudah?:ユダ、(呼格)quia:なぜなら、ので、sanctitas:神聖な、聖なる、vestra:あなた達の、sicut:~の如く、~のように、nubes:雲、暗雲、おおい、ベール、aurorae,:曙、夜明け、et:また、そして、sicut:~の如く、~のように、ros:露、しずく、小雨、mane:朝、朝方、cadens,:降っている、滅びている、vi 4; xiii 3: apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Ero:ある、(一人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、ros:露、しずく、小雨、Israeli,:イスラエル、germinabit:芽を出す、発芽する、(三人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、lilium,:百合、et:また、そして、figet:固定する、結び付ける、はりつける、radices:根、sicut:~の如く、~のように、Libanon,:レバノン、xiv 6 [A.V. 5]: apud:~のもとに、~において、Micham,:ミカ書、
Erunt:あろう、(三人称複数未来)reliquiae:生き残った人、生存者、Jacobi:ヤコブ、in:~の中、~において、medio:中間、中央、中心、真ん中、populorum:人々、民、multorum,:多数の、多くの、sicut:~の如く、~のように、ros:露、しずく、小雨、a:~から、~により、cum:~と一緒に、~によって、Jehovah,:エホバ、sicut:~の如く、~のように、guttae:滴、したたり、斑点、少量、微量、滴(しずく)、一滴、super:~の上で、~の上に、herba,:草、植物、v 6 [A. V. 7]: apud:~のもとに、~において、Davidem,:ダビデ、
Sicut:~の如く、~のように、oleum:油、オリーブ油、bonum:善い、super:~の上で、~の上に、capite,:頭、... quod:こと、それ、そのこと、descendit:下る、降りる、沈む、super:~の上に、~の上へ、os:口、面前、正面、vestium:衣服、衣装、Aharonis,:アロン、sicut:~の如く、~のように、ros:露、しずく、小雨、Hermonis:ヘルモン(山)、qui:それは、descendit:下る、降りる、沈む、super:~の上に、~の上へ、{6}montes:山々、Zionis,:シオン、quia:なぜなら、ので、ibi:そこに、そこで、praecepit:命じた、Jehovah:エホバ、benedictionem:祝福、祝福を与えるもの、vitae:生命、usque in:に至るまで、saeculum,:世代、永遠に、Ps.:詩篇、cxxxiii 2, 3: apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、
Defluet:流れ下る、下る、降りる、つぶれる、崩壊する、倒れる、(三人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、pluvia:雨、降雨、doctrina:教え、教義、Mea,:私の、stillabit:したたる、したたり落ちる、雨が降る、(三人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、ros:露、しずく、小雨、verbum:言葉、語、Meum,:私の、sicut:~の如く、~のように、stillae:したたり、しずく、一滴、super:~の上で、~の上に、gramen,:草、草木、et:また、そして、sicut:~の如く、~のように、guttae:滴、したたり、斑点、少量、微量、滴(しずく)、一滴、super:~の上で、~の上に、herbam,:草、植物、Deut.:申命記、xxxii 2; ibi:そこに、そこで、`ros':露、しずく、小雨、pro:~として、~の代わりに、multiplicatione:増やすこと、増加、富むこと、veri:真理、ex:~から、~により、bono,:善、et:また、そして、pro:~として、~の代わりに、fructificatione:実を結ぶこと、結実、boni:善、per:~を通して、~によって、verum;:真理、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、ros:露、しずく、小雨、est:ある、qui:それは、quovis:それぞれ、各々、~毎に、mane:朝、朝方、fertilem:肥えた、肥沃な、facit:行なう、為す、agrum:野、原、畑、et:~と、および、vineam,:葡萄の木、葡萄畑、ipsum:そのもの、それ自身、bonum:善、et:~と、および、verum:真理、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、` frumentum:穀物、穀類、et:~と、および、mustum,':葡萄液、葡萄の収穫、de:~について、quibus:それらから、そのことらから、sequitur.:続く、続いて来る、帰結する、

[3]ダビデの書において、
「あなたの夜明けに胎からあなたの出生の露がある。」詩篇、110.3、(ここでは)主について(記述されている)。「出生の露」は愛の天的なものとして(記述されている)。モーセの書において、
「彼の地はエホバにより天の高価なものをもって、露をもって、下に置かれている深遠をもってもまた祝福された。」33.13、(ここでは)「ヨセフ」について(記述されている)。「天の高価なもの」は霊的なものであり、3166番(を参照)、それは「露」である。「下に置かれている深遠」は自然的なものである。同書において、
「イスラエルはヤコブの泉のそば、穀物と葡萄の地のそばに唯一人静かに住んだ。その天の露もまたしたたり落ちた。」申命記、33.28、ここでもまた「天からしたたった露」は真理である霊的なものとして(記述されている)。
[4]正しい意味における「露」は、無垢と平安の状態からの善の真理である。というのは、「朝」によって、或いは「夜明け」によって、特に露が降りる時(によって)それらの状態が意味されるからである。2333, 2405, 2540, 2780番(を参照)、それ故、天からのマナ(イスラエル人が荒野で神から与えられた食物)もまたモーセの書から知られることが出来るように早朝の時に降った露と一緒にあった。
「早朝において陣営の周りに露の(降りた)場所があった。露の場所が消えた時、見よ、砂漠の面の上に地の上の霜の如く打ち砕かれた丸いものがあった。」出埃及記、16.13, 14、
「夜、陣営の上に露の降りる時、その上にマナが降りた。」民数記、11.9、(ここで)「マナ」は天的なパンであったので最高の意味において神的な善に関する主を意味し、そこから人間の許の愛の天的なもの(を意味する)。なぜなら、それは主の神的なものからあるからである。276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478番(を参照)、「露」の中に、また「露」と一緒に降りたマナは最高の意味において神的な真理として、また関連する意味において人間の許の霊的な真理として(記述されている)。「早朝の時」は善の中の平安の状態である。
[5]「露」は善からの真理、或いは同じこと(であるが)、天的なものからの霊的なものを意味するので、それ故、聖言の中の霊的な真理もまた露に例えられている。なぜなら、同じ事柄の意味する例えもまた役に立つからである。例えばイサヤ書において、
「エホバはこのように言われた。丁度、暑さが穏やかな昼時のように、収穫期の暑さの中の露(小雨)の覆いのように、私は休息しよう。また私の住居において眺めるであろう。」18.4、ホセア書において、
「あなた達の神聖なものは夜明けの雲の如く、また朝の露の如く滅びるので、エフライムよ、私はあなたに何を為そうか? ユダよ、私はあなたに何を為そうか?」6.4,13.3、同書において、
「私はイスラエルのために露の如くなろう。彼は百合の如く芽を出し、またレバノンの如く根をはるであろう。」145、ミカ書において、
「ヤコブの残りの者達は多くの民の真ん中でエホバからの露の如く、草の上のしたたりの如くなるであろう。」5.7、ダビデの書において、
「頭の上の善い油の如く、... それはアロンの衣服の正面の上に降り、ヘルモンの露の如くシオンの山々の上に降りる。なぜなら、そこでエホバが永遠に至るまでも生命の祝福を命じられたからである。」詩篇、133. 2, 3、モーセの書において、
「草木の上にしたたる如く、また植物の上のしたたりの如く私の教えは雨の如く降り、私の言葉は露の如くしたたる。」申命記、32.2、ここで「露」は善からの真理の増加として、また真理を通した善の結実として(記述されている)。また露は朝ごとに野と葡萄畑を肥えたものに為すので、穀物と葡萄によって善と真理そのものが意味される。それらのことについては続いて(述べよう)。

26-3417意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3417意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3417.「またゲラルの谷に宿営し、またそこに住んだ」は、主が更に低い理性的な真理へ、即ち内的な外観から外的な外観へ行かれたことを意味することは、「宿営すること」の意味が秩序へ配置することであることから知られよう。また「ゲラルの谷」の意味が更に低い理性的なもの、即ち更に外的な真理の外観であることから知られよう。というのは、「谷」は更に低いもの、即ち同じことであるが、更に外的なものを意味するからである。1723番を参照、また「ゲラル」の意味が信仰のものであることから、従って真理のものであることから知られよう。1209, 2504, 3365, 3384, 3385番を参照、また「住むこと」の意味が「居ること」と「住むこと」であることから知られよう。3384番を参照、それ故、「ゲラルの谷に宿営し、またそこに住んだ」は、聖言からも知られることが出来るように、主が真理をそれほど生命(生活)の事柄の中に居ないが、しかし信仰の教義の事柄の中に居る者達の理解と性質に釣り合ったものであるようにもまた配置されたことを意味することが明らかである。聖言でも真理はそのようにある。
[2]例として、教義の事柄の中に居るが、それほど生命(生活)の事柄の中に居ない者達は天的な王国を地上の王国と同様に、そこで偉大な者達が他の者達を支配することで造られることを除いて異なって知らない。そこからの楽しいものが彼らが知る唯一の楽しいものであり、またそれを他の凡ての楽しいものに優先する。それ故、主は聖言の中でそれもまた外観で話された。例えばマタイ伝において、
「行なう者と教える者、その者は諸天界の王国において偉大な者と言われるであろう。」5.19、またダビデの書において、
「私は言う。あなた達は神々であり、またあなた達の凡ての者達は至高者の息子達である。」82.6、ヨハネ伝、10. 34, 35、また弟子達自身も最初は天的な王国について、地上における如く偉大さと優位を除いて他の信念を持たなかったので(主は外観で話された)。例えば、マタイ伝、18.1、マルコ伝、9.34、ルカ伝、9.46、において、また同様に王の右側と左側に座る考え(において)知られよう。マタイ伝、20.20, 21, 24、マルコ伝、10.37、それ故、主は彼らの理解に従ってもまた、性質に従ってもまた言われた。彼らの間で誰が最も偉大な者であるかの論争が起こった時に言われた。
「あなた達は私の王国において私の食卓の上で食べ、また飲むであろう。また十二の王座の上に座りイスラエルの十二の部族を裁く。」ルカ伝、22.24, 30、マタイ伝、19.28、というのはその時、彼らは天的な楽しいものが偉大さと優位でないこと、しかし主がルカ伝において教えておられるように、卑下の楽しいものと他の者達に仕えることの情愛であること、そのように最大の者ではなく、最小の者であることを欲することであることを知らなかったからである。
「誰でもあなた達の凡ての者達の間で最小の者になる者は偉大な者である。」9.48、
[3]従って、知識(概念)の科学(知識)の中に居るが、しかるに仁愛の生命(生活)の中に居ない者達は優位から生じるものを除いて他の楽しいものを知ることが出来ない。またその楽しいものがもっぱら彼らの心に居座っているので、また彼らの凡ての生命を造るので他の楽しいものを知ることが出来ない。それ故、卑下と他の者達に仕える情愛、即ち主への愛と隣人への仁愛から生じる天的な楽しいものを知ることが出来ない。それ故、そこからの幸福なものと幸運なものを全く知らない。そのことが主が彼らの弱々しさに適応して話された理由である。そのように彼らが善を学ぶことへ、また教えることへ、そして行なうことへ呼び起こされ、また導き入れられることのためであった。しかしそれでもなお、マタイ伝、19.30、20.16, 25-28、マルコ伝、10.31, 42-45、ルカ伝、9.48、13.30、22.25-28、のように天界における偉大さが何か、また優位が何かを教えておられる。それらはまた更に低い段階の真理と同様である。実際彼らはそれぞれ偉大な者達、優位を占めている者達、勢力ある者達、また支配している者達に為される。というのは、天使達の一人は地獄の数万の悪魔達より強いからである。しかし自分自身からではなく真実は主から強い。そして自分自身からは何も出来ないこと、従って自分自身は最小の者であることを信じるほど、それだけ主により強い。また卑下の中と他の者達に仕えることの情愛の中に居るほど、即ち主への愛と隣人への愛の善の中に居るほど、それだけそれを信じることが出来る。

27-3576-2~3579-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3576-2~3579-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[2] at:しかし、だが聞き給え、post:~の後に、~の後ろに、exactum:過ぎ去った、終わった、reformationis:改心、改良、et:~と、および、regenerationis:再生、tempus,:時、時間、期間、時期、時代、tunc:その時、やがて、ipsum:そのもの、それ自身、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、intime:内部へ、内部で、latuit:潜伏している、隠れている、et:~と、および、inde:それ故、そこから、disposuit:処理した、配置した、omnia:凡ての、全体の、et:~と、および、singula:別々の、個別の、quae:それらは、そのことらは、apparuerunt:現れた、見られた、esse:あること、存在すること、veri:真理、seu:即ち、或いは、quae:それらは、そのことらは、verum:真理、sibi:自分自身に、それ自身に、tribuerat,:~に帰した、~のせいにした、~にあるとした、認めた、prodit:出て来る、現れる、(prodeoの三人称単数現在)et:~と、および、palam:公然と、公に、明白に、はっきりと、dominatur;:支配する、quae:それらは、そのことらは、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、illa:それらを、quae:それらは、そのことらは、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、Esavum:エサウ、dixit,:言った、`Super:~の上で、~の上に、gladio:剣、刀、tuo:あなたの、vives,:生きる、生活する、(二人称単数未来)et:また、そして、fratri:兄弟、tuo:あなたの、servies,:仕える、服従する、(二人称単数未来)et:また、そして、erit:ある、(三人称単数未来)quando:時に、~の時、dominaris,:支配する、(二人称単数現在)et:また、同時に、disrumpes:ばらばらにする、破壊する、(関係を)絶つ、(二人称単数未来)jugum:くびき、illius:彼の、desuper:上からの、collo:首、tuo,':あなたの、vers.:節、40; quorum:これらの、sensus internus:内意、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、quamdiu:~の間、~の限り、conjungitur:連結される、結合される、verum:真理、bono,:善、sit:ある、bonum:善、inferiore:更に低い、更に下の、loco:場所、位置、{7} quoad:~に関して、~に関する限り、apparentiam,:外観、見かけ、sed:しかし、quod:こと、それ、そのこと、priore:より前の、より先の、loco:場所、位置、erit;:ある、(三人称単数未来)et:また、そして、tunc:その時、やがて、erit:ある、(三人称単数未来)rationalis:理性的な、理性、conjunctio:連結、結合、cum:~と一緒に、~と、bono:善、naturalis,:自然的な、自然の、et:また、そして、per:~を通して、~によって、hoc:これを、cum:~と一緒に、~と、vero;:真理、ac:また、なお加えて、ita:このように、従って、verum:真理、fiet:為される、行われる、(三人称単数未来)boni;:善、proinde:従って、それ故に、~に応じて、厳密に、正確に、tunc:その時、やがて、`Esau':エサウ、repraesentabit:象徴する、表象する、(三人称単数未来)ipsum:そのもの、それ自身、bonum:善、naturalis:自然的な、自然の、et:また、そして、`Jacob':ヤコブ、ipsum:そのもの、それ自身、verum:真理、ejus,:それの、彼の、conjuncta:結合された、連結された、rationali;:理性的な、理性、ita:このように、従って、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、Divinum:神的な、Naturale:自然的な、自然の、Domini,:主、`Esau':エサウ、quoad:~に関して、~に関する限り、Divinum:神的な、Bonum,:善、et:また、そして、`Jacob':ヤコブ、quoad:~に関して、~に関する限り、Divinum:神的な、Verum:真理、ibi.:そこに、そこで、

[2]しかし、改心と再生の時が終わった後は、やがて内部に隠れていて、またそこから真理のものであると見られた全体的なものも個別的なもの、或いは真理がそれ自身に帰した(全体的なものも個別的なものをも)処理した善そのものが公然と現われ支配する。そのことがイサクがエサウに言った
「あなたはあなたの剣の上で生きるであろう。そしてあなたの弟にあなたは仕え、またあなたが支配する時、同時に、あなたの首からそのくび木を絶つであろう。」40節、これらの内意は真理が善に連結される間、善は外観上低い位置にあるが、しかしそれ(善)は(存在に関して)先の位置にあるであろうこと、またその時、理性と自然的な善との連結があるであろうこと、またそれによって(理性と)真理との(連結があるであろうこと)、なお加えて、そのように真理が善(の真理)に為されるであろうことである。従ってその時、「エサウ」は自然的な善そのものを表象し、また「ヤコブ」はその真理そのもの(を表象し、それらが)理性で連結されることである。そのように最高の意味において、「エサウ」は神的な善に関する主の神的な自然的なもの(を意味し)、「ヤコブ」はそこの神的な真理に関する(主の神的な自然的なものを意味する)。

3577. `Sicut odor agri': quod significet ut ex bona humo e qua verum, constat (c)ex significatione `odoris agri' quod sit perceptio veri ex bono, sicut exhalationis {1}e messe in agro; quod `ager' sit bona humus, videatur n. 3500. Quod `odor' sit perceptio, inde est quia jucunda boni et amoena veri, quae percipiuntur in altera vita, etiam ibi per correspondentes odores se manifestant, videatur n. 1514, 1517-1519; inde et ex correspondentiis, patet quod `odor' non aliud sit quam perceptivum, sed naturale, correspondens perceptivo spirituali.

3577. `Sicut:~の如く、~のように、odor:匂い、香り、agri'::野、原、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、ut:~のように、~として、ex:~から、~により、bona:諸々の善、humo:大地、地面、e:~から、~により、qua:それから、そのことから、verum,:真理、constat:知られる、(c) ex:~から、~により、significatione:意味、`odoris:匂い、香り、agri':野、原、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、perceptio:理解、認識、veri:真理、ex:~から、~により、bono,:善、sicut:~の如く、~のように、exhalationis:蒸発、蒸気、発散、{1}e:~から、~により、messe:収穫、刈入れ、in:~の中、~において、agro;:野、畑、原、quod:こと、それ、そのこと、`ager':野、畑、原、sit:ある、bona:諸々の善、humus,:大地、地面、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3500.
Quod:こと、それ、そのこと、`odor':匂い、香り、sit:ある、perceptio,:理解、認識、inde:それ故、そこから、est:ある、quia:なぜなら、ので、jucunda:愉快、楽しい、boni:善、et:~と、および、amoena:魅力的な、快い、veri,:真理、quae:それらは、そのことらは、percipiuntur:理解される、認識される、認められる、in:~の中、~において、altera vita,:他生、etiam:~もまた、更に、ibi:そこに、そこで、per:~を通して、~によって、correspondentes:相応するもの、相応している、odores:匂い、香り、se:それら自身を、manifestant,:明らかにする、明瞭にする、videatur:見られる、認められる、n.:番号、1514, 1517-1519; inde:それ故、そこから、et:また、そして、ex:~から、~により、correspondentiis,:相応、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、`odor':匂い、香り、non:否、aliud:他のもの、異なった、sit:ある、quam:~を除いて、~の外は、perceptivum,:認識力、知覚力、知覚する能力、知覚の、知覚、sed:しかし、naturale,:自然的な、自然の、correspondens:相応するもの、相応している、perceptivo:認識力、知覚力、知覚する能力、知覚の、知覚、spirituali.:霊的な、

3577.「野の匂いのようだ」が、善い大地からの真理のようだを意味することは、「野の匂い」の意味が野(畑)の収穫からの発散のように善からの真理の認識であることから知られよう。「野」が善い大地であることは3500番に認められよう。
「匂い」が認識であることは、他生において認識される善の楽しいものと真理の快いものがそこ(匂い)からあるからであり、更にそこで相応しているものによってそれらの匂いを明らかにするからである。そのことは1514, 1517-1519に認められよう。そこから、また相応から「匂い」は認識を除いて他のものではないことが明らかである。

3578. `Cui benedixit Jehovah': quod significet quod multiplicatur et fructificatur ex Divino, constat ex significatione `benedicere Jehovah' {1}quod sit multiplicari quoad verum, et fructificari quoad bonum, de qua n. 2846, 3406.

3578. `Cui:それに、その者に、benedixit:祝福した、聖別した、Jehovah'::エホバ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、multiplicatur:増やされる、et:~と、および、fructificatur:実を結ばされる、繁殖される、ex:~から、~により、Divino,:神的な、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、` benedicere:祝福すること、Jehovah':エホバ、{1} quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、multiplicari:増やされること、quoad:~に関して、~に関する限り、verum,:真理、et:~と、および、fructificari:実を結ばされること、繁殖されること、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、2846, 3406.

3578.「エホバが祝福された」が、神的なものから増やされることと実を結ばされることを意味することは、「エホバが祝福すること」の意味が、真理に関して増やされることと善に関して実を結ばされることであることから知られよう。そのことについては2846, 3406番(に示された)。

3579. `Et dabit tibi Deus de rore caeli': quod significet ex Divino Vero; `et de pinguedinibus terrae': quod significet ex Divino Bono, constat ex significatione `roris caeli' quod sit verum, de qua sequitur; et ex significatione `pinguedinum' quod sint bonum, de qua n. 353, utrumque Divinum in supremo sensu, in quo praedicantur de Domino. Cum multiplicatione veri et fructificatione boni ita se habet: rationale cum influit in naturale, ibi suum bonum sistit in forma communi; per hoc bonum producit ibi vera, paene sicut vita condit fibras in homine, et eas disponit in formas secundum usus; bonum illud per {1}haec vera, in ordinem caelestem disposita, producit iterum bonum, et per hoc bonum iterum vera, quae derivationes sunt; talis idea naturalis haberi potest de formatione veri a bono, (c)et iterum boni per veram, per quod denuo verum; sed (t)idea spiritualis non potest haberi nisi ab illis qui in altera vita sunt, nam ibi formantur ideae a luce caeli, in qua est intelligentia. [2] Quod {2}`ros' significet verum, constat {3}quoque ex Verbo alibi; ut apud Zachariam,
Semen pacis, vitis dabit fructum suum, et terra dabit
proventum suum, et caeli dabunt rorem suum, viii 12;
ubi de nova Ecclesia; `vitis dabit fructum suum' pro quod spirituale Ecclesiae seu (t)verum fidei dabit bonum, et `terra dabit proventum suum' pro quod caeleste Ecclesiae {4}seu bonum charitatis dabit verum; `ros quem caeli dabunt' sunt illa: apud Haggaeum,
Propter domum meam, quae est vastata, ...super vobis clausi
sunt caeli a rore, et terra clausa est a proventu suo, i 9,
10;
`caelorum ros et terrae proventus,' qui inhibiti, pro similibus: [3] apud Davidem,
Ex utero aurorae tibi ros nativitatis tuae, Ps. cx 3, 4; de
Domino; `ros nativitatis' pro caelesti amoris: apud Mosen,
Benedicta a Jehovah terra ejus de pretiosis caeli, de rore, de
abysso etiam jacente infra, Deut. xxxiii 13;
de Josepho; `pretiosa caeli' sunt spiritualia, n. 3166, quae sunt `ros'; `abyssus jacens infra' sunt naturalia: apud eundem,
Habitavit Israel secure, solitarius ad fontem Jacobi, in terra
frumenti et musti, etiam caeli ejus stillabant rorem, Deut.
xxxiii 28;
ibi etiam `ros quem stillabant caeli' pro spiritualibus quae sunt veri. [4] `Ros' in genuino sensu est boni verum quod ex statu innocentiae et pacis, per `mane' enim seu auroram, quando ros descendit, significantur illi status, n. 2333, 2405, 2540, 2780; inde etiam manna quae e caelo, erat cum rore qui matutino tempore descendebat, ut constare potest apud Mosen,
In matutino fuit positio roris circa castra, et cum desiit
roris positio, ecce super faciebus deserti contusum rotundum,
contusum sicut pruina super terra, Exod. xvi 13, 14:
Quando descendit ros super castra noctu, descendit man super
eo, Num.xi 9;
`manna' quia erat panis caelestis, in supremo sensu significabat Dominum quoad Divinum Bonum, inde apud homines caeleste amoris, nam hoc a Divino Domini, n. 276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478; `ros' in quo et cum quo manna descendebat pro Divino Vero in supremo sensu, et pro spirituali vero apud homines in sensu respectivo; `matutinum tempus' est status pacis in quo illa bona {5}n. 92, 93, 1726, 2780, 3170. [5] Quia `ros' significat verum quod a bono, seu quod idem, spirituale quod (c)a caelesti, ideo quoque verum spirituale in Verbo comparatur rori, nam quae significant etiam comparationi ejusdem rei inserviunt; ut apud Esaiam,
Sic dixit Jehovah ad me, Quiescam et spectabo in habitaculo
Meo, sicut calor serenus super luce, sicut nubes roris cum
calet messis, xviii 4:
apud Hosheam,
Quid faciam tibi Ephraim? quid faciam tibi Jehudah? quia
sanctitas vestra sicut nubes aurorae, et sicut ros mane
cadens, vi 4; xiii 3:
apud eundem,
Ero sicut ros Israeli, germinabit sicut lilium, et figet
radices sicut Libanon, xiv 6 [A.V. 5]:
apud Micham,
Erunt reliquiae Jacobi in medio populorum multorum, sicut ros
a cum Jehovah, sicut guttae super herba, v 6 [A. V. 7]:
apud Davidem,
Sicut oleum bonum super capite,... quod descendit super os
vestium Aharonis, sicut ros Hermonis qui descendit super
{6}montes Zionis, quia ibi praecepit Jehovah benedictionem
vitae usque in saeculum, Ps. cxxxiii 2, 3:
apud Mosen,
Defluet sicut pluvia doctrina Mea, stillabit sicut ros verbum
Meum, sicut stillae super gramen, et sicut guttae super
herbam, Deut. xxxii 2;
ibi `ros' pro multiplicatione veri ex bono, et pro fructificatione boni per verum; et quia ros est qui quovis mane fertilem facit agrum et vineam, ipsum bonum et verum significantur per `frumentum et mustum,' de quibus sequitur.

3579. `Et:また、そして、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)tibi:あなたに、Deus:神、de:~について、rore:露、しずく、小雨、caeli'::天、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、ex:~から、~により、Divino:神的な、Vero;:真理、` et:また、そして、de:~について、pinguedinibus:脂肪の多いもの、脂っこいこと、terrae'::地、地上、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、ex:~から、~により、Divino:神的な、Bono,:善、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`roris:露、しずく、小雨、caeli':天、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、sequitur;:続く、続いて来る、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`pinguedinum':脂肪の多いもの、脂っこいこと、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、bonum,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、353, utrumque:両方とも、両方の、Divinum:神的な、in:~の中、~において、supremo sensu,:最高の意味、in:~の中、~において、quo:それから、そのことから、praedicantur:言われる、属性付けられる、de:~について、Domino.:主、
Cum:~と一緒に、~によって、multiplicatione:増やすこと、増加、富むこと、veri:真理、et:~と、および、fructificatione:実を結ぶこと、結実、boni:善、ita:次のように、従って、se:それ自身を、habet::持つ、有す、rationale:理性、理性的な、cum:その時、その場合、influit:流れ込む、流入する、in:~の中へ、~に、naturale,:自然的な、自然の、ibi:そこに、そこで、suum:自分自身を、それ自身を、bonum:善、sistit:示す、見える形で示す、見せる、in:~の中、~において、forma:形、姿、communi;:一般に、全般に、per:~を通して、~によって、hoc:これを、bonum:善、producit:生み出す、生む、引き起こす、ibi:そこに、そこで、vera,:諸々の真理、paene:殆ど、ほぼ、sicut:~の如く、丁度~のように、vita:生命、condit:組み立てる、形づくる、fibras:繊維、in:~の中、~において、homine,:人間、et:また、そして、eas:それらを、disponit:配置する、処理する、in:~の中へ、~に、formas:形、姿、secundum:~に従って、~に沿って、usus;:用、役立ち、bonum:善、illud:それは、per:~を通して、~によって、{1}haec:これらを、vera,:諸々の真理、in:~の中へ、~に、ordinem:秩序、順番、caelestem:天的な、disposita,:配置された、処理された、producit:生み出す、生む、引き起こす、iterum:再び、もう一度、bonum,:善、et:また、そして、per:~を通して、~によって、hoc:これを、bonum:善、iterum:再び、もう一度、これに反して、vera,:諸々の真理、quae:それらは、そのことらは、derivationes:派生、派生物、sunt;:ある、talis:このような、次ぎのような、idea:考え、原型、naturalis:自然的な、自然の、haberi:持たれること、potest:出来る、可能である、de:~について、formatione:形成すること、形成、組成、構成、veri:真理、a:~から、~により、bono,:善、(c) et:~と、および、iterum:再び、もう一度、boni:善、per:~を通して、~によって、veram,:真理、per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、denuo:もう一度、再び、verum;:真理、sed:しかし、(t) idea:考え、原型、spiritualis:霊的な、non:否、potest:出来る、可能である、haberi:持たれること、nisi:~以外、もし~でなければ、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、qui:その者達、in:~の中、~において、altera vita:他生、sunt,:ある、nam:なぜなら、というのも、ibi:そこに、そこで、formantur:形成される、形作られる、ideae:考え、原型、a:~から、~により、luce:光、caeli,:天界、in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、est:ある、intelligentia.:知性、
[2] Quod:こと、それ、そのこと、{2}`ros':露、しずく、小雨、significet:意味する、verum,:真理、constat:知られる、{3} quoque:~もまた、同じく、同様に、ex:~から、~により、Verbo:聖言、御言葉、alibi;:他の箇所に、ut:~のように、例えば、apud:~のもとに、~において、Zachariam,:ゼカリヤ、
Semen:種子、種、子、子孫、(呼格)pacis,:平和、平安、vitis:葡萄の木、葡萄のつる、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)fructum:果実、実、suum,:自分自身を、それ自身を、また、そして、terra:地、地上、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)proventum:実り、収穫、suum,:自分自身を、それ自身を、et:また、そして、caeli:天、dabunt:与える、もたらす、(三人称複数未来)rorem:露、しずく、小雨、suum,:自分自身を、それ自身を、viii 12;ubi:そこで、その場所、de:~について、nova:新しい、Ecclesia;:教会、` vitis:葡萄の木、葡萄のつる、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)fructum:果実、実、suum':自分自身を、それ自身を、pro:~として、~の代わりに、quod:こと、それ、そのこと、spirituale:霊的な、Ecclesiae:教会、seu:即ち、或いは、(t) verum:真理、fidei:信仰、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)bonum,:善、et:また、そして、`terra:地、地上、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)proventum:実り、収穫、suum':自分自身を、それ自身を、pro:~として、~の代わりに、quod:こと、それ、そのこと、caeleste:天的な、Ecclesiae:教会、{4} seu:即ち、或いは、bonum:善、charitatis:仁愛、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)verum;:真理、`ros:露、しずく、小雨、quem:それを、caeli:天、dabunt':与える、もたらす、(三人称複数未来)sunt:ある、illa::それらは、apud:~のもとに、~において、Haggaeum,:ハガイ、
Propter:~のために、~の故に、domum:家、meam,:私の、quae:それらは、そのことらは、est:ある、vastata,:荒廃された、浄化された、...super:~の上で、~の上に、vobis:あなた達から、clausi sunt:閉ざされた、caeli:天、a:~から、~により、rore,:露、しずく、小雨、et:また、そして、terra:地、地上、clausa est:閉ざされた、ふさがれた、a:~から、~により、proventu:実り、収穫、suo,:それ自身から、i 9,10; ` caelorum:諸天、ros:露、しずく、小雨、et:~と、および、terrae:地、地上、proventus,':実り、収穫、qui:それは、inhibiti,:引き止められた、pro:~として、~の代わりに、similibus::同様な、等しい、

3579.「また、神はあなたに天の露から与える」が、神的な真理からを意味すること、「また地の脂肪の多いものからあなたに与える」が、神的な善からを意味することは、「天の露」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては続いて(述べよう)。また「脂肪の多いもの」の意味が善であることから(知られよう)。そのことについては353番(に示された)。両方とも最高の意味において主に属性付けられる神的なものである。
真理の増加と善の結実によっては、そのことを次のように有する。理性的なものが自然的なものに流入する時、そこでその善を全般的な形で示し、その善によってそこで真理を生み出す。殆ど丁度、生命が人間の中で繊維を形作り、またそれらを用に従った形に配置するように(為す)。その善はそれらの真理によって天的な秩序に配置され、再び善を生み出し、またその善によって再び真理を生み出すが、それらは派生物である。善からの真理の形成と真理によって善の再び(の形成)、それによって再び真理(が形成されること)についてそのような自然的な考えを待たれることが出来るが、しかし霊的な考えは、他生に居る者達以外に持たれることが出来ない。なぜなら、そこでは知性である天界の光により考えが形成されるからである。
[2]「露」が真理を意味することは、他の箇所の聖言からもまた知られよう。例えばゼカリヤ書において、
「平和の子よ、葡萄の木はその実をもたらし、また地はその収穫をもたらすであろう。そして天はその露をもたらすであろう。」8.12、ここでは新しい教会について(記述されている)。「葡萄の木はその実をもたらすであろう」は、霊的な教会、或いは信仰の真理が善をもたらすであろうこととして、また「地はその収穫をもたらすであろう」は、天的な教会、或いは仁愛の善が真理をもたらすであろうこととして(記述されており)、「天の露がそれをもたらし」それらがある。ハガイ書において、
「荒廃された私の家の故に、...あなた達の上で天は露から閉ざされ、また地はその収穫から閉ざされた。」1. 9,10、(ここで)「諸天の露と地の収穫」が引き止められたは、同様なこととして(記述されている)。

26-3413~3416意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3413~3416意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3413.「またそれらに塵を満たした」が、地的なものによって、即ち自己愛と貪欲への愛によって消したことを意味することは、「塵」の意味がそのようなものであることから知られよう。そのことについては、249番に示された。その「塵」の意味が「ペリシテ人」と呼ばれる者達、即ち生命(生活)の事柄の中に居ないが、しかし自己愛と貪欲への愛である地的なものによって内的な真理を消した教義の事柄の中に居る者達である。それらの愛により彼らは割礼を受けて居ない者達と言われる。2039, 2049, 2056, 2632番を参照、
というのは、彼らの中にそれらがあるからであり、彼らはアブラハムの井戸を塵で満たすこと、即ち聖言の内なる真理を地的なものによって消すことを除いて異なって出来ないからである。なぜなら、彼らはそれらの愛により主からの霊的なもの、即ち真理の光を決して認めることが出来ないからである。というのは、それらの愛が暗闇を引き起こし、また暗闇がその光を消すからである。なぜなら、直ぐ上の3412番に言われたように、生命(生活)の事柄の中に居らずに教義の事柄だけの中に居る者達は主からの真理の光が近付くと完全に闇に包まれ、また無感覚に為されるからであり、またそれどころか、そのような者達は怒ることを為し、また凡ゆる方法で真理を滅ぼすことに努めるからである。というのは、自己愛と貪欲への愛は神的なものからの何かの真理が自分に近付くことを許容しないようなものだからである。しかしそれでもなお、真理を知ることにより自慢することと誇ることが出来るというよりも、同じ真理を実際の熱意により説教することが出来る。しかしそれはそれらの愛の炎が燃やし、また扇動するのであり、またその熱意はそこからの激情だけのものである。そのことは同様な熱意、或いは激情を持って全く自分の生命に反して説教することが出来ることから充分知られることが出来よう。それらは地的な熱意であって、それらに凡ての真理の泉である聖言そのものがふさがれる。

3414.「その時、アビメレクはイサクに言った」が、その教義についての主の認識を意味することは、「言うこと」の意味が認識することであることから知られよう。そのことについては前にしばしば示された。またここでペリシテ人達の王である「アビメレク」の表象が教義であることから知られよう。そのことについては、3365, 3391番に示された。また「イサク」の表象が神的な理性に関する主であることから知られよう。

3415.「あなたは私達よりも大いに勝るので私達から去れ」が、彼らは内的な真理の中の神的なものの故に、内的な真理に耐えることが出来なかったことを意味することは、「私達から去ること」の意味が神的なものの臨在に耐えることが出来ないことであることから知られよう。また「大いに勝ること」の意味がここでは内的な真理の中の神的なものの豊かさ故であることから知られよう。「ペリシテ人達」と呼ばれる者達は善の臨在に耐えることが出来ないこと、そのように神的なものの臨在に耐えることが出来ないことは、直ぐ上の3413番に示された。

3416.「そして、イサクはそこから行った」が、主が内的な教義を放棄したことを意味することは、「そこから行くこと」の意味が内的な真理から去ることであることから知られよう。なぜなら、それらについて述べられているからである。また神的な理性に関する主である「イサク」の表象から知られよう。主が内的な真理を放棄されたことは彼らに内的な真理を開かないことを意味する。というのは、聖言の中のどこであろうと内的な真理があるが、しかし救いの本質的な部分を信仰の中に置く者達から知られることが出来るように、知識(概念)の科学(知識)の中に居る者達、また生命(生活)の事柄の中に一緒に居ない者達は、聖言を読む時、決してそれらの真理を認めることが出来ないからである。彼らは主がたびたび愛と仁愛について話されたことに決して注意しない。1017, 2371を参照、また主が愛と仁愛について話されたことに注意する者達でも、仁愛からのものを信仰の実と呼び、それがどのようなものであるか知らずに、全く仁愛と区別し、それどころか仁愛から分離する。従って彼らに聖言の後部のものは見えるが、しかし前部のものは見えない。即ち外的なものは見えるが内的なものは見えない。また前部のもの、即ち内的なものなしに後部のもの、即ち外なるものを見ることは、何も神的なものを見ないことである。これらのことが主が内的な真理を放棄したことによって意味されており、そのことが「イサクはそこから行った」によって意味されている。主が去られるのではなく、彼らが自分達を主から去らせる。なぜなら彼らは彼らから生命のものを遠ざけるからである。

27-3576-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3576-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3576. `Et benedixit illi: quod significet conjunctionem ita, constat ex significatione `benedici' quod sit conjunctio de qua n. 3504, 3514, 3530, 3565. Ex singulis his quae de Esavo et Jacobo dicuntur, constare potest quod {1}rationalis bonum se intime conjunxerit cum bono naturalis, et per bonum ibi cum vero; `Jishak' enim repraesentat rationale quoad bonum, `Rebecca' rationale quoad verum, `Esau' bonum naturalis, et `Jacob' verum ejus; quod rationale quoad bonum, quod est `Jishak,' se conjunxerit intime cum bono naturalis quod est `Esau,' et non cum vero naturalis quod est `Jacob' nisi mediate, patet ex eo quod Jishak in mente habuerit Esavum cum benedictionem dixit ad Jacobum, {2}nec de Jacobo tunc cogitaverit, sed de Esavo; qui benedictionem dicit, benedicit illi de quo cogitat, non tunc illi de quo non cogitat; omnis benedictio exit ab interiore; quae ore pronuntiatur, in se ex velle et cogitare (x)benedicentis vitam habet, {3}inde essentialiter est ejus cui vult et de quo cogitat; qui excipit illam, et sic facit illam {4}suam, est sicut quod furatum quod alteri restituendum; quod Jishak cum benedixit, de Esavo cogitaverit et non de Jacobo, constare potest ex omnibus et singulis quae praecedunt, ut ex vers. 18, 19, ubi Jishak dixit ad Jacobum, `Quis tu fili mi? et dixit Jacob ad patrem suum, Ego Esau primogenitus tuus'; ex vers. 21-23, Dixit Jishak ad Jacobum, Accede quaeso et palpabo te fili mi, an tu is filius meus Esau, si non'; et postquam palpavit illum, dixit, `Vox vox Jacobi, et manus manus Esavi, et non agnovit illum'; tum ex vers. 24, `Et dixit, Tu is filius meus Esau? et dixit, Ego'; et tandem cum osculabatur illum, `Odoratus est odorem vestium illius,' nempe Esavi, et cum tunc {5}benedicebat, dixit, `Vide, odor filii mei'; inde constat quod per filium cui benedixit, non alius intellectus sit quam Esau; quare etiam cum ab Esavo audivit quod {6}fuisset Jacob, `horruit Jishak horrore magno valde,' vers. 33, `Et dixit, Venit frater tuus in fraude, vers. 35, quod autem Jacob retinuerit benedictionem, secundum illa quae dicuntur vers. 33-37, est quia verum per `Jacobum' repraesentatum quoad tempus apparenter dominaturum esset, ut supra aliquoties ostensum; [2] at post exactum reformationis et regenerationis tempus, tunc ipsum bonum quod intime latuit et inde disposuit omnia et singula quae apparuerunt esse veri seu quae verum sibi tribuerat, prodit et palam dominatur; quae significantur per illa quae Jishak ad Esavum dixit, `Super gladio tuo vives, et fratri tuo servies, et erit quando dominaris, et disrumpes jugum illius desuper collo tuo,' vers. 40; quorum sensus internus est quod quamdiu conjungitur verum bono, sit bonum inferiore loco {7}quoad apparentiam, sed quod priore loco erit; et tunc erit rationalis conjunctio cum bono naturalis, et per hoc cum vero; ac ita verum fiet boni; proinde tunc `Esau' repraesentabit ipsum bonum naturalis et `Jacob' ipsum verum ejus, conjuncta rationali; ita in supremo sensu Divinum Naturale Domini, `Esau' quoad Divinum Bonum, et `Jacob' quoad Divinum Verum ibi.

3576. `Et:また、そして、benedixit:祝福した、聖別した、illi::彼に、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、conjunctionem:連結、結合、ita,:このように、従って、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`benedici':祝福されること、聖別されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio:連結、結合、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3504, 3514, 3530, 3565.
Ex:~から、~により、singulis:別々の、個別の、his:これらから、quae:それらは、そのことらは、de:~について、Esavo:エサウ、et:~と、および、Jacobo:ヤコブ、dicuntur,:言われる、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、quod:こと、それ、そのこと、{1} rationalis:理性的な、理性、bonum:善、se:自分自身を、それ自身を、intime:内部へ、内部で、conjunxerit:連結した、結合した、cum:~と一緒に、~と、bono:善、naturalis,:自然的な、自然の、et:また、そして、per:~を通して、~によって、bonum:善、ibi:そこに、そこで、cum:~と一緒に、~と、vero;:真理、`Jishak':イサク、enim:なぜならば、~というのは、repraesentat:象徴する、表象する、rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、`Rebecca':リベカ、rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、verum,:真理、`Esau':エサウ、bonum:善、naturalis,:自然的な、自然の、et:また、そして、`Jacob':ヤコブ、verum:真理、ejus;:それの、彼の、quod:こと、それ、そのこと、rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、`Jishak,':イサク、se:自分自身を、それ自身を、conjunxerit:連結した、結合した、intime:内部へ、内部で、cum:~と一緒に、~と、bono:善、naturalis:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、`Esau,':エサウ、et:また、そして、non:否、cum:~と一緒に、~と、vero:真理、naturalis:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、`Jacob':ヤコブ、nisi:~以外、もし~でなければ、mediate,:間接的に、間接に、patet:明らかである、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、Jishak:イサク、in:~の中、~において、mente:心、精神、habuerit:持った、Esavum:エサウ、cum:その時、その場合、benedictionem:祝福、祝福を与えるもの、dixit:言った、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、{2} nec:否、de:~について、Jacobo:ヤコブ、tunc:その時、やがて、cogitaverit,:考えた、sed:しかし、de:~について、Esavo;:エサウ、qui:その者、benedictionem:祝福、祝福を与えるもの、dicit,:言う、benedicit:祝福する、illi:彼に、de:~について、quo:その者、cogitat,:考える、non:否、tunc:その時、やがて、illi:彼に、de:~について、quo:その者、non:否、cogitat;:考える、omnis:凡ての、全体の、benedictio:祝福、祝福を与えるもの、exit:出る、ab:~から、~により、interiore;:内的な、より内なる、quae:それらは、そのことらは、ore:口、pronuntiatur,:語られる、述べられる、発音される、布告される、発表される、in se:本質的に、本来、ex:~から、~により、velle:欲すること、et:~と、および、cogitare:考えること、(x)benedicentis:祝福している、vitam:生命、habet,:持つ、有す、{3} inde:それ故、そこから、essentialiter:本質的に、est:ある、ejus:それの、彼の、cui:その者に、vult:欲する、et:~と、および、de:~について、quo:その者、cogitat;:考える、qui:その者、excipit:受け取る、保護する、illam,:それを、et:また、そして、sic:そのように、こうして、facit:行なう、為す、illam:それを、{4}suam,:自分自身を、est:ある、sicut:~の如く、~のように、quod:こと、それ、そのこと、furatum:盗まれた、quod:こと、それ、そのこと、alteri:他の方の、異なった、restituendum;:元へ戻されるべき、回復されるべき、(未来受動分詞)quod:こと、それ、そのこと、Jishak:イサク、cum:その時、その場合、benedixit,:祝福した、聖別した、de:~について、Esavo:エサウ、cogitaverit:考えた、et:~と、および、non:否、de:~について、Jacobo,:ヤコブ、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~により、omnibus:凡ての、全体の、et:~と、および、singulis:別々の、個別の、quae:それらは、そのことらは、praecedunt,:先行する、先んずる、ut:~のように、例えば、ex:~から、~により、vers.:節、18, 19, ubi:そこで、その場所、Jishak:イサク、dixit:言った、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、`Quis:誰が、誰か、tu:あなたは、fili:息子よ、(呼格)mi?:私よ(呼格)、et:また、同時に、dixit:言った、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、patrem:父、suum,:自分自身を、それ自身を、Ego:私は、Esau:エサウ、primogenitus:長子、初子、tuus';:あなたの、ex:~から、~により、vers.:節、21-23,
Dixit:言った、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、Accede:近寄れ、近づけ、接近せよ、(命令形)quaeso:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)et:また、実際、palpabo:なでる、さする、触る、(一人称単数未来)te:あなたを、fili:息子よ、(呼格)mi,:私よ、(呼格)an:~かあるいは、~かそれとも、tu:あなたは、is:彼は、それは、filius:息子、meus:私の、Esau,:エサウ、si non';:確実に、必ずや、et:また、そして、postquam:~の後、~した後で、palpavit:なでた、さすった、触った、illum,:彼を、dixit,:言った、`Vox:言葉、声、vox:言葉、声、Jacobi,:ヤコブ、et:また、しかるに、manus:手、manus:手、Esavi,:エサウ、et:また、そして、non:否、agnovit:認めた、承認した、illum';:彼を、tum:その上、更に、ex:~から、~により、vers.:節、24,
`Et:また、そして、dixit,:言った、Tu:あなたは、is:彼に、filius:息子、meus:私の、Esau?:エサウ、et:また、そして、dixit,:言った、Ego';:私は、et:また、そして、tandem:遂に、最後に、とうとう、cum:その時、その場合、osculabatur:かわいがった、大事にした、接吻した(dep)、illum,:彼を、`Odoratus est:嗅いだ、odorem:匂い、香り、vestium:衣服、衣装、illius,':彼の、nempe:正確には、即ち、Esavi,:エサウ、et:また、そして、cum:その時、その場合、tunc:その時、やがて、{5}benedicebat,:祝福した、dixit,:言った、`Vide,:見よ、(命令形)odor:匂い、香り、filii:息子、mei';:私の、inde:それ故、そこから、constat:知られる、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、filium:息子、cui:その者に、benedixit,:祝福した、聖別した、non:否、alius:他のもの、異なった、intellectus sit:意味された、quam:~を除いて、~の外は、Esau;:エサウ、quare:それ故に、etiam:~もまた、更に、cum:その時、その場合、ab:~から、~により、Esavo:エサウ、audivit:聞いた、quod:こと、それ、そのこと、{6} fuisset:あった、Jacob,:ヤコブ、`horruit:恐ろしかった、身震いした、Jishak:イサク、horrore:恐怖感、身震いすること、magno:偉大な、大きな、valde,':大いに、著しく、非常に、vers.:節、33,
`Et:また、そして、dixit,:言った、Venit:行った、来た、frater:兄弟、tuus:あなたの、in:~の中、~において、fraude,:誤り、不正行為、詐欺、ごまかし、vers.:節、35, quod:こと、それ、そのこと、autem:しかし、他方において、Jacob:ヤコブ、retinuerit:保持した、維持した、持ち続けた、benedictionem,:祝福、祝福を与えるもの、secundum:~に従って、~に沿って、illa:それらを、quae:それらは、そのことらは、dicuntur:言われる、vers.:節、33-37,
est:ある、quia:なぜなら、ので、verum:真理、per:~を通して、~によって、`Jacobum':ヤコブ、repraesentatum:象徴された、表象された、quoad:~に関して、~に関する限り、tempus:時、時間、期間、時期、時代、apparenter:外観上は、うわべは、表面上は、見たところでは、dominaturum esset,:支配した、ut:~のように、~として、supra:上に、上部に、aliquoties:数回、数度、ostensum;:示された、

3576.「また彼(イサク)は彼(ヤコブ)を祝福した」が、そのように連結を意味することは、「祝福されること」の意味が連結であることから知られよう。そのことについては3504, 3514, 3530, 3565番(に示された)。
エサウとヤコブについて言われている個々のことから理性の善がそれ自身を内部で自然的な善と連結し、またそこの善によって真理と(連結した)ことを知られることが出来よう。というのは「イサク」は善に関する理性を表象するからであり、「リベカ」は真理に関する理性(を表象するからであり)、「エサウ」は自然的な善、また「ヤコブ」はその真理(を表象するからである)。「イサク」である善に関する理性がそれ自身を内部で「エサウ」である自然的な善と連結したこと、また「ヤコブ」である自然的な真理とは間接的でなければ(連結)しなかったことはイサクがヤコブに祝福を言った時、ヤコブについてではなくその時エサウについて考えていたことから明らかである。祝福を言う者は彼が考える者について祝福するのであって、その時、彼が考えていない者については(祝福)しない。凡ての祝福は内的なものから出るのであって、口が(それを)述べる。本来、欲することと考えることから祝福している者の生命を持つ。それ故、本質的に(祝福は)彼(祝福する者)が欲する者とその者について考える者のものである。それ(他の者の祝福)を受け取る者、またそのようにそれを自分自身(のものと)為す者は返されなければならない他の者の盗まれたもの(を受け取るようなものである)。イサクが祝福した時はエサウについて考えていたのであってヤコブについて(考えていたのでは)ないことは先行する全体的なものと個別的なものから知られることが出来よう。
例えば18, 19節からは、そこでイサクはヤコブに言った。「私の息子よ、あなたは誰だ? 同時に、ヤコブはその父に言った。私はあなたの長子エサウです。」
21-23節からは、(そこでイサクはヤコブに言った。)
「私の息子よ、どうぞ(私に)近づけ、あなたが確実に私のその息子エサウであるかどうか、実際、私はあなたを触らなければならない。そして彼(ヤコブ)に触った後で言った。声はヤコブの声だが、しかるに手はエサウの手だ。そして、彼(イサク)は彼(ヤコブ)を認めなかった。」
更に、24節からは、
「また、彼(イサク)は彼(ヤコブ)にあなたは私の息子エサウかと言った。同時に、彼(ヤコブ)は私ですと言った。」そして遂に彼(ヤコブ)に接吻した時、「彼(エサウ)の衣服の匂いを嗅いで祝福した時に言った。見よ、私の息子の匂い。」それ故、彼(イサク)が祝福した息子によってエサウを除いて他の者は意味されなかったことが知られよう。それ故に、エサウからそれがヤコブであったことを聞いた時、「イサクは著しく大きな恐怖感で身震いした。」33節、
「そして、彼(イサク)は言った。あなたの弟が来てごまかした。」35節、
しかし、ヤコブが祝福を保持したことは、33-37節に言われたことに従っている。なぜなら、上に何度か示されたように、ヤコブによって表象された真理が外観上時間に関して支配したからである。

27-3574~3575原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3574~3575原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3574. `Et accessit et osculatus est illum': quod significet praesentiam et unitionem, constat a significatione `accedere' quod sit praesentia, et ex significatione `osculari' quod sit unitio seu conjunctio ex affectione {1}, n. (x)3573; quod `osculari' id significet, patet etiam ab (x)aliis locis in Verbo, ut apud Davidem,
Servite Jehovae in timore,...et osculamini Filium, ne
irascatur, et pereatis in via, quia exardebit brevi ira
Ipsius, beati omnes confidentes in Ipso, Ps. ii [11,] 12;
ubi de Domino, Cujus Divinum Humanum est `Filius,' `osculari Ipsum' est conjungi Ipsi per amoris fidem: apud eundem,
Misericordia et veritas occurrant, justitia et pax
osculentur, Ps. lxxxv 11 [A.V. 10];
`justitia et pax osculentur' pro conjungant se: apud Hosheam,
Locutus est Ephraim horrorem,...et reus factus est in
baale; ...et nunc addunt peccare, faciunt sibi fusile ex
argento suo, in intelligentia sua idola, opus artificum totum,
illis ipsis dicentes, sacrificantes hominem, vitulos
osculantur, xiii 1, 2;
[2] `Ephraim' pro intelligentia, hic propria, hoc est, {2}pro illis qui' non a Domino sapere se credunt et volunt; `fusile ex argento suo' pro bono falsificato'; `opus artificum totum' pro intelligentia propria; qui tales sunt, dicuntur (t)osculari vitulos, hoc est, magiam amplecti et ei se adjungere: in Libro Primo Regum,
Jehovah dixit ad Eliam, Superesse feci in Israele septem
millia, omnia genua quae non incurvaverunt se baali, et omne
os quod non osculatum est illum, xix 18;
`osculari' pro {3}ex affectione se conjungere, ita colere.

3574. `Et:また、そして、accessit:近づいた、接近した、et:また、同時に、osculatus est:接吻した、illum'::彼を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、praesentiam:現存、臨在、居合わせること、出現、et:~と、および、unitionem,:結合すること、結合、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、`accedere':近付くこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、praesentia,:現存、臨在、居合わせること、出現、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`osculari':接吻すること、(dep)quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、unitio:結合すること、結合、seu:即ち、或いは、conjunctio:連結、結合、ex:~から、~により、affectione:情愛、{1}, n.:番号、(x)3573; quod:こと、それ、そのこと、`osculari':接吻すること、(dep)id:それを、significet,:意味する、patet:明らかである、etiam:~もまた、更に、ab:~から、~により、(x) aliis:他のもの、異なった、locis:くだり、箇所、in:~の中、~において、Verbo,:聖言、御言葉、ut:~のように、例えば、apud:~のもとに、~において、Davidem,:ダビデ、
Servite:仕えよ、(二人称複数命令形)Jehovae:エホバ、in:~の中、~において、timore,:恐怖、懸念、心配、... et:また、そして、osculamini:かわいがる、大事にする、接吻する、(二人称複数命令形)Filium,:御子、ne:~しないように、否、irascatur,:怒る、et:また、そして、pereatis:死ぬ、滅びる、存在を終える、(接続法二人称複数現在)in:~の中、~において、via,:道、quia:なぜなら、ので、exardebit:激怒する、(三人称単数未来)brevi:短時間に、ira:怒り、憤り、Ipsius,:御自身、beati:祝福、幸福、omnes:凡ての、全体の、confidentes:信じている、in:~の中、~において、Ipso,:御自身、Ps.:詩篇、ii [11,] 12; ubi:そこで、その場所、de:~について、Domino,:主、Cujus:その方の、Divinum:神的な、Humanum:人間性、est:ある、`Filius,':御子、`osculari:接吻すること、(dep)Ipsum':御自身、est:ある、conjungi:連結されること、結合されること、Ipsi:御自身、per:~を通して、~によって、amoris:愛、fidem::信仰、apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Misericordia:慈悲、憐れみ、et:~と、および、veritas:真理、真実、occurrant,:現れる、生ずる、出会う、justitia:公正、正義、et:~と、および、pax:平和、平安、osculentur,:かわいがる、大事にする、接吻する、(接続法三人称複数現在dep)Ps.:詩篇、lxxxv 11 [A.V. 10]; `justitia:公正、正義、et:~と、および、pax:平和、平安、osculentur':かわいがる、大事にする、接吻する、(接続法三人称複数現在dep)pro:~として、~の代わりに、conjungant:連結する、結合する、(接続法三人称複数現在)se::それら自身から、apud:~のもとに、~において、Hosheam,:ホセア書、
Locutus est:話した、Ephraim:エフライム、horrorem,:恐怖、身震いすること、恐ろしいこと、... et:また、そして、reus:罪のある、責任がある、factus est:為された、行なわれた、in:~の中、~によって、baale;:バール、(太陽神)... et:また、そして、nunc:今や、近頃、現今では、addunt:繰り返す、付け加える、peccare,:罪を犯すこと、過失を犯すこと、過ちを犯すこと、faciunt:作る、為す、sibi:自分達自身に、fusile:鋳型でつくられた、鋳造の、ex:~から、~により、argento:銀、銀貨、suo,:自分自身から、それ自身から、in:~の中、~において、intelligentia:知性、sua:自分自身から、それ自身から、idola,:偶像、opus:細工、作り、製作物、作品、artificum:職人、名工、熟練工、名匠、totum,:凡ての、全体の、illis:それらに、彼らに、ipsis:そのもの、それ自身、dicentes,:言っている、sacrificantes:生け贄を捧げている、hominem,:人間、vitulos:子牛、若い雄牛、子馬、osculantur,:かわいがる、大事にする、接吻する、(接続法三人称複数現在dep)xiii 1, 2;
[2] `Ephraim':エフライム、pro:~として、~の代わりに、intelligentia,:知性、hic:ここに、この場に、propria,:固有の、自分の、固有性、自己、hoc est,:即ち、{2} pro:~として、~の代わりに、illis:それらから、彼らから、qui':その者達、non:否、a:~から、~により、Domino:主、sapere:分別があること、賢明であること、判断力があること、se:自分達自身を、credunt:信じる、et:~と、および、volunt;:欲する、` fusile:鋳型でつくられた、鋳造の、ex:~から、~により、argento:銀、銀貨、suo':自分自身から、それ自身から、pro:~として、~の代わりに、bono:善、falsificato';:曲解された、虚偽化された、にせの、偽造された、`opus:細工、作り、努め、努力、仕事、働き、製作物、作品、行い、artificum:職人、名工、熟練工、名匠、totum':凡ての、全体の、pro:~として、~の代わりに、intelligentia:知性、propria;:固有の、自分の、固有性、自己、qui:その者達、tales:このような、次ぎのような、sunt,:ある、dicuntur:言われる、(t)osculari:接吻すること、(dep)vitulos,:子牛、若い雄牛、子馬、hoc est,:即ち、magiam:魔術、魔法、amplecti:重んずること、喜んで受け入れること、歓迎すること、(dep)et:~と、および、ei:それに、彼に、se:自分自身を、それ自身を、adjungere::接合すること、結ぶこと、結びつけること、in:~の中、~において、Libro:書、Primo:第一の、最初の、Regum,:列王記、
Jehovah:エホバ、dixit:言った、ad:~に、~へ、Eliam,:エリヤ、Superesse:残っていること、生き残っていること、feci:行なった、為した、(一人称単数完了)in:~の中、~において、Israele:イスラエル、septem:7、millia,:数千、omnia:凡ての、全体の、genua:ひざ、quae:それらは、そのことらは、non:否、incurvaverunt:曲げた、かがめた、se:自分自身を、baali,:バール、(太陽神)et:また、そして、omne:凡ての、全体の、os:口、quod:こと、それ、そのこと、non:否、osculatum est:接吻した、illum,:彼を、xix 18;`osculari':接吻すること、(dep)pro:~として、~の代わりに、{3} ex:~から、~により、affectione:情愛、se:自分自身を、conjungere,:連結すること、結合すること、ita:このように、従って、colere.:礼拝すること、尊重すること、

3574.「そして、彼(ヤコブ)は近寄り、同時に彼(イサク)に接吻した」が、現存と結合を意味することは、「近付くこと」の意味が居合わせることであることから、また「接吻すること」の意味が情愛による結合、或いは連結であることから知られよう。3573番(を参照)、「接吻すること」がそれを意味することは聖言の中の他の箇所からもまた明らかである。例えばダビデの書において、
「恐怖の中でエホバに仕えよ、...彼(エホバ)が怒らないように、またあなた達が道の途中で死なないように、御子に接吻せよ、なぜなら、エホバ御自身の憤りが激怒するであろうからであり、エホバ御自身の中で信じている凡ての者達は祝福された者達であるからである。」詩篇、2.11,12、ここでは主について(記述されている)。その方の神的な人間性が「御子」である。「御子御自身に接吻すること」は愛の信仰によってエホバ御自身に連結されることである。同書において、
「慈悲と真実は出会い、また正義と平和は接吻すべきである。」詩篇、85.10、(ここで)「正義と平和は接吻すべきである」は、それら自身が連結すべきであることとして(記述されている)。ホセア書において、
「エフライムは恐ろしきことを語った。...そしてバール(太陽神)によって罪ある者と為された。...今や、彼らは罪を犯すことを繰り返し自分達のために自分の銀により自分の知性で鋳造の偶像を作る。(それらの)凡ては職人の細工であり、それらに自分達で人間を生け贄に捧げ子牛に接吻せよと言っている。」13. 1, 2、
[2]「エフライム」は知性として(記述されており)、ここでは(人間)固有の(知性である)。即ち主から賢明であることを信じ、また欲するのではなく自分達自身を(賢明であることを信じ、また欲する)者達として(記述されている)。「自分の銀からの鋳造」は偽造された善として、「(それらの)凡ては職人の細工」は(人間)固有の知性として(記述されている)。そのような者達は子牛に接吻することが言われている。即ち魔術を歓迎することとそれに自分達自身を結びつけること(が言われている)。列王記Ⅰ、の書において、
「エホバはエリヤに言われた。バールに自分をかがめなかった凡てのひざとそれに接吻しなかった凡ての口をイスラエルの中で七千残っていることを私は為した。」19.18、(ここで)「接吻すること」は情愛により連結することとして、従って礼拝すること(として記述されている)。

3575. `Et odoratus est odorem vestium illius': quod significet gratum ex boni vero quod percepit, constat ex significatione `odoris' quod sit gratum, de qua n. 925, et `odorari' quod sit percipere quod gratum; et ex significatione `vestium' quod sit verum, de qua n. 297, 1073, 2576; quae quia erant Esavi, qui hic est `illius,' et per `Esavum' repraesentatur bonum naturalis, est boni verum quod significatur. Boni verum est illud quod per influxum rationalis immediatum et mediatum, de quo {1}supra n. (x)3573, in naturali producitur; hoc verum erat quod desiderabatur; sed quia illud per immediatum influxum a rationalis bono produci non posset, nisi simul per mediatum, hoc est, per rationalis verum, et hoc non nisi per plura media, quae sunt illa quae per `Esavum et Jacobum' in sensu interno hic describuntur, ideo per `odorari odorem vestium illius' significatur boni verum, quod percipiebatur'.

3575. `Et:また、そして、odoratus est:嗅がれた、odorem:匂い、香り、vestium:衣服、衣装、illius'::彼の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、gratum:快い、喜ばしい、ex:~から、~により、boni:善、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、percepit,:理解した、認めた、認識した、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`odoris':匂い、香り、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、gratum,:快い、喜ばしい、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、925, et:また、そして、`odorari':嗅がれること、探求されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、percipere:理解すること、認めること、認識すること、quod:こと、それ、そのこと、gratum;:快い、喜ばしい、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`vestium':衣服、衣装、quod:こと、それ、そのこと、 sit:ある、verum,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、297, 1073, 2576; quae:それらは、そのことらは、quia:なぜなら、ので、erant:あった、Esavi,:エサウ、qui:その者達、hic:ここに、この場に、est:ある、`illius,':彼の、et:また、そして、per:~を通して、~によって、`Esavum':エサウ、repraesentatur:象徴される、表象される、bonum:善、naturalis,:自然的な、自然の、est:ある、boni:善、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、significatur.:意味される、
Boni:善、verum:真理、est:ある、illud:それは、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、influxum:流入、影響、rationalis:理性的な、理性、immediatum:直接の、直接的な、et:~と、および、mediatum,:間接の、間接的な、de:~について、quo:それから、そのことから、{1}supra:上に、上部に、n.:番号、(x)3573, in:~の中、~において、naturali:自然的な、自然の、producitur;:生み出される、生まれる、hoc:これは、verum:真理、erat:あった、quod:こと、それ、そのこと、desiderabatur;:憧れた、熱望された、sed:しかし、quia:なぜなら、ので、illud:それは、per:~を通して、~によって、immediatum:直接の、直接的な、influxum:流入、影響、a:~から、~により、rationalis:理性的な、理性、bono:善、produci:引き出されること、連れ出されること、non:否、posset,:出来た、可能であった、nisi:~以外、もし~でなければ、simul:一緒に、同時に、per:~を通して、~によって、mediatum,:間接の、間接的な、hoc est,:即ち、per:~を通して、~によって、rationalis:理性的な、理性、verum,:真理、et:また、そして、hoc:これは、non:否、nisi:~以外、もし~でなければ、per:~を通して、~によって、plura:より多くの、多数の、media,:手段、媒介、中間、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、per:~を通して、~によって、` Esavum:エサウ、et:~と、および、Jacobum':ヤコブ、in:~の中、~において、sensu interno:内意、hic:ここに、この場に、describuntur,:述べられる、記述される、ideo:それ故、そのために、per:~を通して、~によって、`odorari:嗅がれること、探求されること、odorem:匂い、香り、vestium:衣服、衣装、illius':彼の、significatur:意味される、boni:善、verum,:真理、quod:こと、それ、そのこと、percipiebatur'.:理解された、認識された、認められた、

3575.「そして彼(イサク)は彼の衣服の匂いを嗅いだ」が、認識した善の真理からの快いものを意味することは、「匂い」の意味が快いものであることから知られよう。そのことについては925番(に示された)。また「嗅がれること」が快いものを認識することであることから、また「衣服」の意味が真理であることから(知られよう)。そのことについては297, 1073, 2576番(に示された)。ここで「彼の」はエサウ(の衣服で)あったので、また「エサウ」によって自然的な善が表象されているのでそれは善の真理である。
善の真理は直接的な、また間接的な理性への流入によって自然的なものの中に生み出される。そのことについては、上の3573番(に示された)。それが望まれた真理であったが、しかしそれは同時に間接的な(流入)によってでなければ、即ち理性的な真理によってでなければ、またそれは「エサウとヤコブ」によってここの内意の中に記述されている多くの手段によってでなければ理性的な善からの直接的な流入によっては引き出されることが出来なかったので、それ故「彼の衣服の匂いが嗅がれること」によって認識された善の真理が意味されている。

ペリシテ人の意味

古代教会とその後の教会において、生命(生活)の事柄に殆んど関心がないが、しかし教義の事柄に多大な関心を持った者達がペリシテ人達と言われた。なおまた彼らは時代の経過によって生命(生活)の事柄を投げ捨て、そして教会の本質的な部分として信仰の事柄を承認して、それを生命(生活)の事柄から分離した。その結果として、古代教会において教義の凡てであった仁愛の教義を無意味なものと為し、またそのように消した。しかしそれらの代わりに信仰の教義の事柄を吹聴し、またそれらの中に凡ての宗教的なものを置いた。そして彼らは仁愛の生命(生活)から、或いは生命(生活上)の仁愛からそのように退いたので、他の者達よりも無割礼な者達と言われた。というのは、「無割礼な者達」によって、どれほど教義の事柄の中に居るにせよ仁愛の中に居ない凡ての者達が意味されたからである。(天界の秘義3412)

26-3409~3412意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3409~3412意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3409.「また多くのしもべ(奴隷)が居た」が、そこからの真理を意味することは、「しもべ(奴隷)」の意味がその凡てが下にあり、従属させられること、また服従することであることから知られよう。そのことについては、1713, 2541, 3019, 3020番に示された。そのように真理がある。なぜなら、それは善からあるからであり、また善に仕えるからである。

3410.「そしてペリシテ人達は彼を妬んだ」が、知識(概念)の科学(知識)の中にだけ居る者達はそれらを理解しなかったことを意味することは、後に続く箇所から明らかなように、「妬むこと」の意味が理解しないことであることから知られよう。また「ペリシテ人」の意味が知識(概念)の科学(知識)であることから知られよう。そのように知識(概念)の科学(知識)の中に居る者達が「ペリシテ人」である。そのことについては、1197, 1198番に示された。

3411.十五~十七節、「ところで、彼の父アブラハムの日々に、その父のしもべ(奴隷)達が掘った凡ての井戸をペリシテ人達がふさぎ、またそれらに塵を満たした。その時、アビメレクはイサクに言った。あなたは私達よりも大いに勝るので私達から去れ、そして、イサクはそこから行き、またゲラルの谷に宿営し、またそこに住んだ。」
「彼の父アブラハムの日々に、その父のしもべ(奴隷)達が掘った凡ての井戸をペリシテ人達がふさいだ」は、知識(概念)の科学(知識)の中に居る者達は神的なものからの内的な真理を知ることを欲しなかったことを意味し、そのように彼らが内的な真理を消したことを意味する。「またそれらに塵を満たした」は、地的なものによって(消したこと)を意味し、「その時、アビメレクはイサクに言った」は、その教義についての主の認識を意味し、「あなたは私達よりも大いに勝るので私達から去れ」は、彼らはそれら(内的な真理)の中の神的なものの故に、それら(内的な真理)に耐えることが出来なかったことを意味し、「そして、イサクはそこから行った」は、主が内的な教義を放棄したことを意味し、「またゲラルの谷に宿営し、またそこに住んだ」は、主が更に低い理性的な(真理)へ、即ち内的な外観から外的な外観へ(行かれた)ことを意味する。

3412.「彼の父アブラハムの日々に、その父のしもべ(奴隷)達が掘った凡ての井戸をペリシテ人達がふさいだ」が、知識(概念)の科学(知識)の中に居る者達は神的なものからの内的な真理を知ることを欲しなかったことを意味し、そのように彼らが内的な真理を消したことを意味することは、「井戸」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては、2702, 3096番に示された。ここでは神的なものからの内的な真理である。なぜなら、「彼の父アブラハムの日々に、その父のしもべ(奴隷)達により」掘り出されたことが言われているからであり、その者達によって真理が意味されるからである。というのは、「アブラハム」によって主のものそのものが表象されるからである。2011, 2833, 2836, 3251番、3305番の終わりを参照、また「ふさぐこと」の意味が知ることを欲しないこと、またそのように消すことであることから、また「ペリシテ人」の表象が知識(概念)の科学(知識)だけの中に居る者達であることから知られよう。1197, 1198番を参照、
[2]今から更に低い段階の真理の外観について述べられる。それらの中に知識(概念)の科学(知識)の中に居る者達が居ることが出来、また彼らは「ペリシテ人」によって意味される。神的なものからの内的な真理を備えて、しかもそれらがペリシテ人と呼ばれる者達により消されたことは、次のようにそのことを有する。
古代教会とその後の教会において、生命(生活)の事柄に殆んど関心がないが、しかし教義(の事柄)に多大な関心を持った者達がペリシテ人達と言われた。なおまた彼らは時代の経過によって生命(生活)の事柄を投げ捨て、そして教会の本質的な部分として信仰の事柄を承認して、それを生命(生活)の事柄から分離した。その結果として、古代教会において教義の凡てであった仁愛の教義を無意味なものと為し、またそのように消した。しかしそれらの代わりに信仰の教義の事柄を吹聴し、またそれらの中に凡ての宗教的なものを置いた。そして彼らは仁愛の生命(生活)から、或いは生命(生活上)の仁愛からそのように退いたので、他の者達よりも無割礼な者達と言われた。というのは、「無割礼な者達」によって、どれほど教義の事柄の中に居るにせよ仁愛の中に居ない凡ての者達が意味されたからである。2049番の終わりを参照、仁愛から退いた者達、更に自分自身を知恵と知性からもまた遠ざけた者達はそのような無割礼な者達である。
[3]というのは、もし善の中に居るのでなければ、即ち仁愛の中に居るのでなければ、誰も何かの真理を分別することと理解することが出来ないからである。というのは凡ての真理は善と善に関係することからあるからである。そのように善なしに真理を理解することは出来ず、また知ることを欲しない。他生においてこのような者達の許に、彼らが天界から遠くに居る時、時折、雪のように冷たい光が見えるが、しかしその光は冬の光のようなものである。なぜなら、熱なしには何も実を結ばないからである。それ故に、そのような者達が天界へ近付く時、彼らの光は全くの暗闇に変えられ、また彼らの心も同様に愚かなものに変えられる。これらから、今や知識(概念)の科学(知識)だけの中に居る者達がどんなか知られることが出来よう。彼らは神的なものからの真理を知ることが出来ず、またそのように真理を消す。

27-3573原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3573原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3573. `Et osculare me fili mi': quod significet num uniri possit, constat ex significatione `osculari' quod sit unitio et conjunctio ex affectione; osculatio quae est externum, non aliud est quam `conjunctionis affectio' quae est internum; correspondent etiam. Agitur hic, {1}ut patet ab illis quae supra dicta sunt, in supremo sensu de glorificatione Naturalis in Domino, hoc est, quomodo Dominus in Se Naturale Divinum fecit; in sensu autem repraesentativo de regeneratione naturalis apud hominem, ita de conjunctione naturalis cum rationali; naturale enim non prius regeneratum est quam cum conjunctum est rationali; conjunctio illa fit per influxum immediatum et mediatum rationalis in bonum et {2}verum naturalis, nempe a rationalis bono immediate in naturalis bonum, et per hoc in naturalis verum; mediate per rationalis verum in naturalis verum et inde in naturalis bonum; de his conjunctionibus agitur; [2] hae nusquam existere possunt quam per media a Divino provisa, et quidem per talia quae homini ignotissima sunt, et quorum vix aliquam ideam habere potest per illa quae sunt lucis mundi, hoc est, quae sunt luminis naturalis apud illum, sed per illa quae sunt lucis caeli, hoc est, quae lucis rationalis; sed usque omnia illa media in sensu interno Verbi detecta sunt, et patent coram illis qui in sensu illo sunt, ita coram angelis, qui de illa re innumerabilia vident et percipiunt, quorum vix unum ad captum hominis adaequate evolvi et explicari potest: [3] sed ab effectibus et eorum signis aliquatenus coram homine patet quomodo conjunctio illa se habet; mens enim rationalis, hoc est, interius voluntarium et intellectuale apud hominem, se repraesentare debet in ejus mente naturali, sicut haec mens in facie et ejus vultu, usque adeo ut sicut facies est vultus mentis naturalis, ita mens naturalis debeat esse vultus mentis rationalis; cum conjunctio est, ut apud illos qui regenerati sunt, tunc quicquid homo interius in rationali suo vult et cogitat, se conspicuum sistit in naturali ejus, et hoc se conspicuum in facie; talis est facies angelis, et talis fuit facies antiquissimis qui caelestes homines fuerunt; nihil enim timuerunt ut alii scirent eorum fines et intentiones, nam nihil aliud voluerunt quam bonum; qui enim se duci patitur a Domino, nusquam aliud intendit et cogitat; cum talis status est, tunc rationale quoad bonum conjungit se immediate cum bono naturalis, et per hoc cum veris ejus, et quoque mediate per verum sibi in rationali conjunctum cum vero naturalis, et per hoc cum bono ibi; inde fit conjunctio indivulsa: [4] sed quantum homo ab hoc statu hodie sit remotus, ita a statu caelesti, constare potest ex eo quod prudentiae civilis credatur esse, aliud loqui, tum aliud agere, etiam aliud vultu ostendere quam quod cogitat et intendit, immo etiam disponere ipsam mentem naturalem ita ut cum facie ejus unum agat contra illa quae interius cogitat et vult ex fine mali; hoc antiquissimis enorme facinus fuit, et tales e societate illorum {3}ut diaboli ejecti sunt: ex his ut ab effectibus et eorum signis patet quid conjunctio rationalis seu interni hominis quoad bonum et verum cum naturali seu externo ejus homine; et sic qualis est homo angelus, et qualis homo diabolus.

3573. `Et:また、そして、osculare:大事にせよ、接吻せよ、(命令形)me:私を、fili:息子よ、(呼格)mi'::私よ、(呼格)quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、num:~か、~かどうか、uniri:一つにされること、結合されること、possit,:出来る、可能である、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`osculari':接吻すること、(dep)quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、unitio:結合すること、結合、et:~と、および、conjunctio:連結、結合、ex:~から、~により、affectione;:情愛、osculatio:接吻、キス、quae:それらは、そのことらは、est:ある、externum,:外部の、外なる、non:否、aliud:他のもの、異なった、est:ある、quam:~を除いて、~の外は、`conjunctionis:連結、結合、affectio':情愛、quae:それらは、そのことらは、est:ある、internum;:内部の、内なる、correspondent:相応する、etiam.:~もまた、更に、
Agitur:述べられる、取り扱われる、hic,:ここに、この場に、{1}ut:~のように、~として、patet:明らかである、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、dicta sunt,:言われた、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、de:~について、glorificatione:栄化、賛美、Naturalis:自然的な、自然の、in:~の中、~において、Domino,:主、hoc est,:即ち、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、Dominus:主、in:~の中、~において、Se:御自身、Naturale:自然的な、自然の、Divinum:神的な、fecit;:行なった、為した、in:~の中、~において、sensu autem:しかし、他方において、repraesentativo:表象の意味、de:~について、regeneratione:再生、naturalis:自然的な、自然の、apud:~のもとに、~において、hominem,:人間、ita:このように、従って、de:~について、conjunctione:連結、結合、naturalis:自然的な、自然の、cum:~と一緒に、~と、rationali;:理性的な、理性、naturale:自然的な、自然の、enim:なぜならば、~というのは、non:否、prius:以前に、前に、regeneratum est:再生された、quam:~を除いて、~の外は、cum:その時、その場合、conjunctum est:連結された、rationali;:理性的な、理性、conjunctio:連結、結合、illa:それは、fit:為される、なる、per:~を通して、~によって、influxum:流入、影響、immediatum:直接の、直接的な、et:~と、および、mediatum:間接の、間接的な、rationalis:理性的な、理性、in:~の中へ、~に、bonum:善、et:~と、および、{2} verum:真理、naturalis,:自然的な、自然の、nempe:正確には、即ち、a:~から、~により、rationalis:理性的な、理性、bono:善、immediate:直接に、直に、直ちに、in:~の中へ、~に、naturalis:自然的な、自然の、bonum,:善、et:また、そして、per:~を通して、~によって、hoc:これを、in:~の中へ、~に、naturalis:自然的な、自然の、verum;:真理、mediate:間接的に、間接に、per:~を通して、~によって、rationalis:理性的な、理性、verum:真理、in:~の中へ、~に、naturalis:自然、自然の、verum:真理、et:~と、および、inde:それ故、そこから、in:~の中へ、~に、naturalis:自然、自然の、bonum;:善、de:~について、his:それから、conjunctionibus:連結、結合、agitur;:述べられる、取り扱われる、
[2] hae:これらは、nusquam:どこにもない、決して~ない、existere:存在するようになること、形になること、生ずること、possunt:出来る、可能である、quam:~を除いて、~の外は、per:~を通して、~によって、media:手段、媒介、中間、a:~から、~により、Divino:神的な、provisa,:備えられた、予見された、et quidem:その上、実際に、per:~を通して、~によって、talia:このような、次ぎのような、quae:それらは、そのことらは、homini:人間、ignotissima:最も知らない、sunt,:ある、et:また、そして、quorum:それらの、そのことらの、vix:辛うじて、殆ど~ない、aliquam:誰か、何か、ideam:考え、原型、habere:持つこと、potest:出来る、可能である、per:~を通して、~によって、illa:それらを、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、lucis:光、mundi,:(この)世、世界、hoc est,:即ち、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、luminis:光、naturalis:自然的な、自然の、apud:~のもとに、~において、illum,:それを、彼を、sed:しかし、per:~を通して、~によって、illa:それらを、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、lucis:光、caeli,:天界、hoc est,:即ち、quae:それらは、そのことらは、lucis:光、rationalis;:理性的な、理性、sed:しかし、usque:それでもなお、やはり、omnia:凡ての、全体の、illa:それらは、media:手段、媒介、中間、中央、中心、真ん中、in:~の中、~において、sensu interno:内意、Verbi:聖言、御言葉、detecta sunt,:明かされた、示された、現された、et:また、そして、patent:明らかである、coram:~の面前で、目の前で、illis:それらから、彼らから、qui:その者達、in:~の中、~において、sensu illo:その意味、sunt,:ある、ita:このように、従って、coram:~の面前で、目の前で、angelis,:天使達、qui:その者達、de:~について、illa:それから、re:事柄、物事、innumerabilia:無数の、数え切れない、vident:見る、認める、et:また、そして、percipiunt,:理解する、認識する、認める、quorum:それらの、そのことらの、vix:辛うじて、殆ど~ない、unum:1、ad:~に、~へ、captum:理解、把握、掴むこと、hominis:人間、adaequate:釣り合って、似合って、ふさわしく、evolvi:説明されること、解釈されること、et:~と、および、explicari:説明されること、叙述されること、potest::出来る、可能である、
[3] sed:しかし、ab:~から、~により、effectibus:結果、効果、実行、遂行、成就、働き、活動、et:~と、および、eorum:それらの、彼らの、signis:しるし、目印、aliquatenus:ある程度、多少、coram:~の面前で、目の前で、homine:人間、patet:明らかである、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、conjunctio:連結、結合、illa:それは、se:それ自身を、habet;:持つ、有す、mens:心、精神、enim:なぜならば、~というのは、rationalis,:理性的な、理性、hoc est,:即ち、interius:内的な、より内なる、voluntarium:意志の、et:~と、および、intellectuale:理解の、apud:~のもとに、~において、hominem,:人間、se:それ自身を、repraesentare:表象すること、象徴すること、debet:ねばならない、強いられる、余儀なくされる、in:~の中、~において、ejus:それの、彼の、mente:心、精神、naturali,:自然的な、自然の、sicut:~の如く、~のように、haec:これは、mens:心、精神、in:~の中、~において、facie:顔、容貌、et:~と、および、ejus:それの、彼の、vultu,:表情、顔、usque adeo ut:そこまでも、これほどまでに、sicut:sicut~ita、~と同じく、~のように、facies:顔、容貌、est:ある、vultus:表情、顔、mentis:心、精神、naturalis,:自然的な、自然の、ita mens:心、精神、naturalis:自然的な、自然の、debeat:余儀なくされる、ねばならない、強いられる、esse:あること、存在すること、vultus:表情、顔、mentis:心、精神、rationalis;:理性的な、理性、cum:その時、その場合、conjunctio est,:連結された、ut:~のように、例えば、apud:~のもとに、~において、illos:その者達、qui:その者達、regenerati sunt,:再生された、tunc:その時、やがて、quicquid:何でも、凡て、何か、何であろうと、homo:人間、interius:内的な、より内なる、in:~の中、~において、rationali:理性的な、理性、suo:それ自身から、vult:欲する、et:~と、および、cogitat,:考える、se:それら自身を、conspicuum:明白な、目に見える、はっきり見える、sistit:示す、見える形で示す、見せる、~にする、in:~の中、~において、naturali:自然的な、自然の、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、hoc:これは、se:それら自身を、conspicuum:明白な、目に見える、はっきり見える、in:~の中、~において、facie;:顔、容貌、talis:このような、次ぎのような、est:ある、facies:顔、容貌、angelis,:天使達、et:また、そして、talis:このような、次ぎのような、fuit:あった、facies:顔、容貌、antiquissimis:最古代、qui:その者達、caelestes:天的な、homines:人間、fuerunt;:あった、nihil:無意味、何も~ない、enim:なぜならば、~というのは、timuerunt:恐れた、懸念した、ut:~のために、こと、~するように、alii:他のもの、異なった、scirent:知る、知った、eorum:それらの、彼らの、fines:目的、意図、et:~と、および、intentiones,:意図、目的、nam:なぜなら、というのも、nihil:無意味、何も~ない、aliud:他のもの、異なった、voluerunt:欲した、quam:~を除いて、~の外は、bonum;:善、qui:その者、enim:なぜならば、~というのは、se:自分自身を、duci:導かれること、patitur:受ける、許容する、許す、甘受する、黙認する、(dep)a:~から、~により、Domino,:主、nusquam:どこにもない、決して~ない、aliud:他のもの、異なった、intendit:集中させる、意図する、向ける、et:また、そして、cogitat;:考える、cum:その時、その場合、talis:このような、次ぎのような、status:状態、性質、est,:ある、tunc:その時、やがて、rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum:善、conjungit:連結する、結合する、se:自分自身を、それ自身を、immediate:直接に、直に、直ちに、cum:~と一緒に、~と、bono:善、naturalis,:自然的な、自然の、et:また、そして、per:~を通して、~によって、hoc:これを、cum:~と一緒に、~と、veris:諸々の真理、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、mediate:間接的に、間接に、per:~を通して、~によって、verum:真理、sibi:自分自身に、それ自身に、in:~の中、~において、rationali:理性的な、理性、conjunctum:結合された、連結された、cum:~と一緒に、~と、vero:真理、naturalis,:自然的な、自然の、et:また、そして、per:~を通して、~によって、hoc:これを、cum:~と一緒に、~と、bono:善、ibi;:そこに、そこで、inde:それ故、そこから、fit:為される、なる、conjunctio:連結、結合、indivulsa::引き離されない、ばらばらにされない、
[4] sed:しかし、quantum:ほど、~の限り、~の範囲、~の程度、どれだけ、homo:人間、ab:~から、~により、hoc:それから、statu:状態、性質、hodie:今日、現在、sit:ある、remotus,:取り除ぞかれた、取り去られた、かけ離れた、無関係な、ita:このように、従って、a:~から、~により、statu:状態、性質、caelesti,:天的な、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、prudentiae:思慮、知恵、civilis:社会的な、公民的な、credatur:信じられる、esse,:あること、存在すること、aliud:他のもの、異なった、loqui,:話すこと、tum:その上、更に、aliud:他のもの、異なった、agere,:行動すること、行うこと、etiam:~もまた、更に、aliud:他のもの、異なった、vultu:表情、顔、ostendere:示すこと、quam:~よりも、~と比べて、quod:こと、それ、そのこと、cogitat:考える、et:~と、および、intendit,:集中させる、意図する、向ける、immo:というよりは、それどころか、etiam:~もまた、更に、disponere:配置すること、処理すること、ipsam:そのもの、それ自身、mentem:心、精神、naturalem:自然的な、自然の、ita:このように、従って、ut:~のために、こと、~するように、cum:~と一緒に、~と、facie:顔、容貌、ejus:それの、彼の、unum agat:一つとして働く、協力して行動する、contra:~に対して、~に反対して、illa:それらを、quae:それらは、そのことらは、interius:内的な、より内なる、cogitat:考える、et:~と、および、vult:欲する、ex:~から、~により、fine:目的、終わり、終結、mali;:悪、hoc:これは、antiquissimis:最古代、enorme:異常な、憎むべき、酷い、facinus:悪行、不法行為、fuit,:あった、et:また、そして、tales:このような、次ぎのような、e:~から、~により、societate:仲間関係、社会、illorum:それらの、彼らの、{3}ut:~のように、~として、diaboli:悪魔、ejecti sunt::追い出された、ex:~から、~により、his:これらから、ut:~のように、例えば、ab:~から、~により、effectibus:結果、効果、et:~と、および、eorum:それらの、彼らの、signis:しるし、目印、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、conjunctio:連結、結合、rationalis:理性的な、理性、seu:即ち、或いは、interni hominis:内なる人間、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum:善、et:~と、および、verum:真理、cum:~と一緒に、~と、naturali:自然的な、自然の、seu:即ち、或いは、externo:外部の、外なる、ejus:それの、彼の、homine;:人間、et:また、そして、sic:そのように、こうして、qualis:どのような、どんな種類の、est:ある、homo:人間、angelus,:天使、et:また、そして、qualis:どのような、どんな種類の、homo:人間、diabolus.:悪魔、

3573.「また私に接吻せよ、私の息子よ」が、結合されることが出来るかどうかを意味することは、「接吻すること」の意味が情愛による結合と連結であることから知られよう。接吻は外なるものであるが内なるものは結合への情愛を除いて他のものではなく、それらもまた相応している。
上に言われていることから明らかなように、ここでは最高の意味において主の中の自然的なものの栄化について述べられている。即ち主が御自身の中の自然的なものをどのように神的なものに為されたか(が述べられており)、他方において、表象の意味で人間の許の自然的なものの再生について(述べられている)。従って自然的なものと理性的なものとの連結について(述べられている)。というのは、自然的なものは理性的なものに連結された時を除いてその前には再生されないからである。その連結は自然的な善と真理の中への理性的なものの直接の流入と間接の流入によって為される。即ち理性的な善から自然的な善へ直接(の流入によって)、またそれによって自然的な真理へ(の流入によって為される。また)理性的な真理を通して自然的な真理とそこからの自然的な善への間接(の流入によって為され)、それらの連結について述べられている。
[2]これらは神的なものにより備えられた手段を通して以外に生じることが出来ない。その上、そのような(手段)によって(為されることを)人間は全く知らず、またこの世の光によっては、即ち彼(人間)の許の自然的な光によってはそれらの何かの考えを殆んど持つことが出来ない。しかし天界の光、即ち理性的な光によって(持つことが出来る)。しかしそれでもなお、聖言の内意の中にそれらの凡ての手段が明かされており、またその意味の中に居る者達の目の前で明らかであり、従って天使達の目の前で明らかである。彼ら(天使達)はそれらについて無数の事柄を見、また認めるが、それらの一つでも人間の理解にふさわしく解釈されることと説明されることが殆んど出来ない。
[3]しかし結果とそれらのしるしから多少は人間の目の前にも、その連結がどのようにそれを有するか明らかである。というのは、人間の許の理性的な心、即ち意志と理解の内的なものはその心が顔とその表情の中に(表象される)如く、それをその自然的な心の中で表象することを余儀なくされるからである。顔が自然的な心の表情であるように、自然的な心は理性的な心の表情であることを余儀なくされるほどまでも(余儀なくされる)。再生された者達の許のようにそれが連結された場合、その時、内的な人間がその理性の中で欲し、また考えることは何でもそれら自身をその自然的なものの中に明白に示す。またそれがそれら自身を明白に顔の中に(示す)。そのようなものが天使達の顔であり、また天的な人間であった最古代人の顔であった。というのは、彼らは彼らの目的と意図を他の者達が知ることを何も恐れなかったからである。なぜなら、善を除いて他のものを何も欲しなかったからである。というのは、自分自身を主により導かれることを受ける者は、決して(善以外の)他のものを意図せず、また考えないからである。彼(人間)がそのような状態である場合、その時、善に関して理性はそれ自身を直接自然的な善に連結し、またそれによってその真理と(連結し)、また自然的な真理と連結された理性の中の真理によって間接にもまたそれに(連結する)。そしてそれによってそこの善と(連結する)。それ故、引き離されない連結に為される。
[4]しかし、今日人間はその状態から、従って天的な状態からどれほどかけ離れた者であるかは、彼(人間)が考えることと意図することと比べて異なって話すこと、その上異なって行なうこと、更に異なった表情を示すこと、それどころか悪い目的からの内的な考えと欲することに反して、その顔と一緒に一つのものとして働くために自然的な心そのものを処理することもまた社会的な知恵であることが信じられていることから知られることが出来よう。そのことは最古代人達に憎むべき悪行であって、またそのような者達は彼らの社会から悪魔として追い出された。これらから結果とそのしるしから明らかであるように、理性的な(人間)、或いは善と真理に関する内なる人間と自然的な(人間)、或いはその外なる人間との連結がどのようなものであるか、そのようにまたどのような人間が天使であるか、またどのような人間が悪魔であるか(明らかである)。

26-3405~3408意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3405~3408意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3405.「そしてその年に百枡を得た」が、真理が満ちることを意味することは、「年」の意味が取り扱われる凡ての状態であることから知られよう。そのことについては、487, 488, 493, 893番に示された。また「百」の意味が多くのものと完全なものであることから知られよう。そのことについては2636番に示された。また「枡」の意味が真理に関する事柄の状態であることから知られよう。そのことについては3104番に示された。それらのものが一つに寄せ集められたものが真理の満ちることを意味する。
ここでも他の箇所におけるように、最高の意味において主について述べられている。即ち主御自身もまた母からの人間的なものの中に居られた時、真理の外観の中に居られたこと、しかしそれをその人間的なものを取り去った如く、外観もまた取り去られ、そして神的な無限なものそのものと永遠なものをまとわれた。
[2]しかし、内意において、或いは関連する意味においては言われたように天使達の許の更に高い段階の外観について述べられている。それらの満ちることが「その年に百枡を得た」によって意味されている。そのことは次のように有する。神的なものからの真理の外観、或いは神的なものからの真理には更に高い段階があり、低い段階にある真理の外観、或いは真理を満ちることと完全であることで無限に上回る。高い段階の中に居る者達により数万の事柄、それどころか一万の数万の事柄が明確に認識されるからであり、低い段階の中に居る者達の許にそれが単に一つのものとして現われるからである。というのは、低い段階にあるものは高い段階にあるものが統合されたものでなければ現われないからである。それは例えば人間の許の記憶から説明されることが出来よう。それらの内的なものは高い段階の中にあるので、そのように低い段階の中にある外的なものよりも無限に勝るであろう。そのことは2473, 2474番に認められよう。それ故、天使達は人間よりもその知恵の中に居り、更に第三の天界の天使達は人間の上の第四の段階の中に居る。それ故、その知恵については人間の目の前では不可解なもの、それどころか、言語に絶するものであると言われることが出来る。

3406.「またエホバは彼を祝福された」が、真理の中の愛の善に関して祝福されたことを意味することは、「祝福されること」の意味が天的な凡ての善と霊的な凡ての善に豊かにされることであることから知られよう。そのことについては、981, 1731, 2846番に示された。従って「エホバにより祝福されること」は愛の天的な善に豊かにされることである。なぜなら、エホバは愛の存在、即ち善の存在そのもので在られるからである。1735番を参照、それ故、ここでは善について述べられており、エホバが言われている。しかし真理について述べられる所では神が言われる。2586, 2769番を参照、

3407.「そして、男は繁栄し、また伸びることと増すことで成長した。彼は著しく卓越した者にまでも為された」が、善と真理の増加を意味することは、「増すこと、伸びることで成長すること、また著しく卓越した者に為されること」の意味が、その順番での善と真理の増加であることから知られよう。即ち真理から善へ、また善から真理への増加であることから知られよう。

3408.「また、彼に羊の群れと牛の群れの増加があった」は、内的な善に関して、また外的な善に関して増加があったことを意味すること、即ち理性的な善に関して、また自然的な善に関して増加があたことは、「羊の群れ」の意味が内的な善、或いは理性的な善であることから知られよう。そのことについては、343, 2566番に示された。また「牛の群れ」の意味が外的な善、或いは自然的な善であることから知られよう。そのことについては、2566番に示された。
「牛の群れ」によって意味される自然的な善は、人間と一緒に産まれないが、しかしそれは善い情愛に結ばれた真理の概念(知識)に例えられよう。というのは、人間と一緒に産まれる自然的な善は、本来、或る種の生命を支えるもの以外のものではない。なぜなら、人間以外の他の生きているものにもまた与えられているからである。だが聞き給え、主により人間に獲得される自然的な善、或いは与えられる自然的な善は霊的なものを持ち、そのように自然的なものの中の霊的な善である。それが人間的な自然的な善そのものである。しかしもう一つの善、即ち人間と一緒に産まれる善は、例え善のように見えても、それでもなお、善であることは出来ない。それどころか、殆んど悪である。なぜなら、それは間違った原理もまた受け入れることが出来、また善が悪であることを信じることが出来るからである。そのような自然的な善は最も悪い生活と信念の異教徒達の許にも与えられる。

27-3570-3~3572原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3570-3~3572原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[5] Quod:こと、それ、そのこと、rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum:善、sibi:自分自身に、それ自身に、conjungat:結合する、連結する、bonum:善、primo:最初に、始めに、先ず、et:~と、および、verum:真理、deinde:その後、それから、続いて、次いで、per:~を通して、~によって、naturale,:自然的な、自然の、quae:それらは、そのことらは、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、`Jacob:ヤコブ、attulerit:持って来た、(afferoの三人称単数未完了)cupedias:ごちそう、珍味、et:~と、および、panem:パン、食物、Jishako,:イサク、et:また、そして、is:彼は、ederit,:食べた、(三人称単数未来完了、接続法三人称単数完了)et:また、そして、adduxerit:持って来た、連れて来た、illi:彼に、vinum,:葡萄酒、酒、et:また、そして、is:彼は、biberit,':飲んだ、(三人称単数未来完了、接続法三人称単数完了)etiam:~もまた、更に、illustrari:明るくされること、照らされること、説明されること、potest:出来る、可能である、per:~を通して、~によって、officia:務め、職務、quae:それらは、そのことらは、corpus:体、身体、praestat:行う、果たす、実行する、animae:霊魂、魂、suae;:自分自身の、それ自身の、anima:霊魂、魂、est:ある、quae:それらは、そのことらは、dat:与える、もたらす、存在する、corpori:身体、体、appetere:願うこと、欲すること、欲しがること、cibos,:食物、食料、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、quae:それらは、そのことらは、dat:与える、もたらす、存在する、sapere;:分別があること、賢明であること、判断力があること、cibaria:食料、糧食、introducuntur:導入される、導き入られる、per:~を通して、~によって、jucundum:愉快、楽しい、appetitus:欲望、切望、et:~と、および、per:~を通して、~によって、jucundum:愉快、楽しい、saporis,:味、風味、匂い、香り、味覚、ita:このように、従って、per:~を通して、~によって、bonum:善、externum,:外部の、外なる、sed:しかし、cibaria:食料、糧食、quae:それらは、そのことらは、introducuntur,:導入される、導き入られる、non:否、omnia:凡ての、全体の、intrant:入る、踏み込む、vitam,:生命、sed:しかし、quaedam:何か、ある種の、幾つか、一種の、言わば、何らかの、inserviunt:役に立つ、仕える、sicut:~の如く、~のように、menstrua:溶剤、溶媒、pro:~として、~のために、digerendis,:消化されるべき、(未来受動分詞)quaedam:何か、ある種の、幾つか、一種の、言わば、何らかの、pro:~として、~のために、temperandis,:和らげられるべき、緩和されるべき、(未来受動分詞)quaedam:何か、ある種の、幾つか、一種の、言わば、何らかの、pro:~として、~のために、aperiendis,:開かれるべき、利用出来るようにされるべき(未来受動分詞)quaedam:何か、ある種の、幾つか、一種の、言わば、何らかの、pro:~として、~のために、introducendis:導入されるべき、導き入れられるべき、(未来受動分詞)in:~の中、~において、vasa;:管、血管、bona:諸々の善、善い、vero:真理、しかし、electa:選ばれた、選択された、引き抜かれた、introducuntur:導入される、導き入られる、in:~の中へ、~に、sanguinem,:血、血液、et:また、そして、fiunt:為される、造られる、sanguis;:血、血液、ex:~から、~により、illo:それから、sibi:自分自身に、それ自身に、anima:霊魂、魂、conjungit:連結する、結合する、talia:このような、前述のような、quae:それらは、そのことらは、usui:用、役立ち、sunt;:ある、
[6] similiter:同様に、似ている、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に、~によって、rationali:理性的な、理性、et:また、そして、cum:~と一緒に、~によって、naturali;:自然的な、自然の、appetitui:欲望、切望、食欲、et:~と、および、sapori:味、香り、味覚、correspondent:相応する、desiderium:憧憬、願望、et:~と、および、affectio:情愛、{10} sciendi:知ることの、verum,:真理、ac:また、なお加えて、cibariis:食料、糧食、correspondent:相応する、scientifica:事実に基づいた、科学的な、et:~と、および、cognitiones,:知識、概念、n.:番号、1480; et:また、そして、quia:なぜなら、ので、correspondent,:相応する、etiam:~もまた、更に、similiter:同様に、似ている、se:それら自身を、habent;:持つ、有す、anima:霊魂、魂、quae:それらは、そのことらは、est:ある、bonum:善、rationalis,:理性的な、理性、dat:与える、もたらす、desiderare:願うこと、望むこと、illa:それらを、et:~と、および、affici:働きかけられること、影響を及ぼされること、作用させられること、illis,:それらに、彼らに、ita:このように、従って、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、scientiae:知識、科学、et:~と、および、doctrinae:教え、教義、sunt,:ある、introducit:導入する、導き入れる、per:~を通して、~によって、jucundum:愉快、楽しい、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、desiderii,:欲求、希望、et:また、そして、per:~を通して、~によって、bonum:善、善い、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、affectionis;:情愛、at:しかし、だが聞き給え、quae:それは、そのことは、introducit,:導入する、導き入れる、non:否、omnia:凡ての、全体の、sunt:ある、talia:このような、次ぎのような、ut:~のために、こと、~するように、fiant:為される、行なわれる、bonum:善、vitae,:生命、sed:しかし、quaedam:何か、何かあるもの、ある種の、幾つか、何らかの、inserviunt:役に立つ、仕える、{11}ut:~のように、~として、media:手段、媒介、中間、pro:~として、~のために、quasi:言わば、あたかも~のように、digerendis:消化されるべき、(未来受動分詞)et:また、そして、temperandis,:和らげられるべき、緩和されるべき、(未来受動分詞)quaedam:何か、何かあるもの、ある種の、幾つか、何らかの、pro:~として、~の代わりに、aperiendis:開かれるべき、利用出来るようにされるべき(未来受動分詞)et:~と、および、introducendis,:導入することで、導き入れるべき、(未来受動分詞)bona:諸々の善、autem:しかし、他方において、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、vitae,:生命、sibi:自分自身に、それ自身に、applicat,:付ける、付加する、連結する、付け加える、結び付ける、et:また、そして、sic:そのように、こうして、illa:それらを、sibi:自分自身に、それ自身に、conjungit,:連結する、結合する、et:また、そして、ex:~から、~により、illis:それらから、彼らから、format:形作る、形成する、sibi:自分自身に、それ自身に、vera::諸々の真理、inde:それ故、そこから、patet:明らかである、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、rationale:理性、理性的な、disponit:配置する、処理する、naturale:自然的な、自然の、ut:~のために、こと、~するように、inserviat:役に立つ、仕える、sibi:自分自身に、それ自身に、sicut:~の如く、~のように、animae,:霊魂、魂、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、ut:~のために、こと、~するように、inserviat:役に立つ、仕える、fini,:目的、意図、qui:それは、est:ある、anima,:霊魂、魂、ad:~のために、~へ、se:自分自身を、それ自身を、perficiendum:完成することへ、完全にすることへ、ut:~のために、こと、~するように、possit:出来る、可能である、esse:あること、存在すること、usui:用、役立ち、in:~の中、~において、regno:王国、Domini.:主、

[5]善に関する理性的なものが先ずそれ自身に善を連結すること、またその後自然的なものを通して真理を(連結することが)、「ヤコブがイサクにご馳走とパンを持って来たこと、また彼が食べたこと、また彼に葡萄酒を持って来たこと、また彼が飲んだ」ことによって意味されており、それらは身体が果すその霊魂の務めによってもまた説明されることが出来よう。霊魂は身体が食物を欲することをもたらし、また賢明であることもまたもたらす。食料は(食)欲の楽しいものと味覚の楽しいものによって導入され、そのように外なる善いものによって(導入されるが)が、しかし導入される食料の凡てのものが生命に入るのではない。しかし消化されるべきもの
ための溶媒のように、和らげられるべきもののための何か(のように)、利用出来るようにされるべきものための何か(のように)、血管の中に導入されるべきものための何か(のように)幾つかの役に立つ。しかし善いものが選ばれ血液の中に導入され、また血液が造られる。それにより霊魂はそれ自身に前述のような用を連結する。
[6]理性的なものによっても、また自然的なものによっても同様にそのことを有する。食欲と味覚は真理を知ることの願望と情愛に相応し、また食料は科学的な(事実に基づく)ものと知識(概念)に相応する。1480番(を参照)、またそれらは相応するので、理性の善である霊魂もまたそのことを同様に有する。それ(霊魂)がそれらを望むこととそれらに働きかけられることをもたらし、従って知識(科学)と教義(を望むこととそれらに働きかけられることをもたらし、それを)欲求の楽しいものと情愛の善いものによって導入する。しかしそれ(霊魂)が導入する凡てのものがそのように生命の善に為されることはなく、中間のものとして言わば消化されなければならないもののために、また和らげられなければならないもののために、(また)利用出来るようにされるべきものと導入されるべきもののために幾つかの役に立つ。しかし生命の善いものをそれ(霊魂)自身に付け加え、またそのようにそれら(善いもの)をそれ(霊魂)に連結し、またそれらにより真理をそれ(霊魂)自身に形成する。それ故、主の王国の中の用であることが出来るためにそれ(主の王国)の完成のために理性が霊魂の如くどのように自然的なものをそれ(理性)自身に役に立つために配置するか、或いは同じこと(であるが)、霊魂である目的役に立つために(どのように自然的なものを配置するか)明らかである。

3571. Vers. 26-29. Et dixit ad illum Jishak pater illius, Accede quaeso, et osculare me, fili mi. Et accessit, et osculatus est illum, et odoratus est odorem vestium illius, et benedixit illi, et dixit, Vide, odor filii me sicut odor agri, cui benedixit Jehovah. Et dabit tibi Deus de rore caeli: et de pinguedinibus terrae, et multitudinem frumenti et musti. Servient tibi populi, et incurvabunt se tibi populi, esto herus fratribus tuis, et incurvabunt se tibi filii matris tuae; maledicentes tibi maledictus, et benedicentes tibi benedictus. `Dixit ad illum Jishak pater illius, Accede quaeso' significat perceptionis adhuc interioris gradum: `et osculare me, fili mi' significat num uniri possit: `et accessit, et osculatus est illum' significat praesentiam et unitionem: `et odoratus est odorem vestium illius' significat gratum ex boni vero quod percepit: `et benedixit illi' significat conjunctionem ita: `et dixit, Vide, odor filii mei' significat gratum ex boni vero: `sicut odor agri' significat ut ex bona humo ex qua verum: `cui benedixit Jehovah' significat quod multiplicatur et fructificatur ex Divino: `et dabit tibi Deus de rore caeli' significat ex Divino Vero: `et de pinguedinibus terrae' significat ex Divino Bono: `et multitudinem frumenti' significat inde bonum naturale: `et musti' significat inde verum naturale: `servient tibi populi' significat vera Ecclesiae, {1}seu Ecclesias spirituales: `et incurvabunt se tibi populi' significat vera boni: `esto herus fratribus tuis' significat dominium primum apparens affectionis veri naturalis super affectiones boni naturalis: `et incurvabunt se tibi filii matris tuae' significat super affectiones reliquas veri: `maledicentes tibi maledictus' significat quod qui se disjungit, disjunctus erit: `et benedicentes tibi benedictus' significat qui se conjungit, conjunctus erit.

3571. Vers.:節、26-29. Et:また、そして、dixit:言った、ad:~に、~へ、illum:彼へ、Jishak:イサク、pater:父、illius,:彼の、Accede:近寄れ、近づけ、接近せよ、(命令形)quaeso,:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)et:また、そして、osculare:接吻せよ、(命令形)me,:私を、fili:息子よ、(呼格)mi.:私よ、(呼格)
Et:また、そして、accessit,:近づいた、接近した、et:また、同時に、osculatus est:接吻した、illum,:彼を、et:また、そして、odoratus est:嗅いだ、odorem:匂い、香り、vestium:衣服、衣装、illius,:彼の、et:また、そして、benedixit:祝福した、聖別した、illi,:彼に、et:また、そして、dixit,:言った、Vide,:見よ、(命令形)odor:匂い、香り、filii:息子、me:私の、sicut:~の如く、~のように、odor:匂い、香り、agri,:野、原、cui:それに、そのことに、benedixit:祝福した、Jehovah.:エホバ、
Et:また、そして、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)tibi:あなたに、Deus:神、de:~について、~から、rore:露、しずく、小雨、caeli::天、et:また、そして、de:~について、~から、pinguedinibus:脂肪の多いもの、脂っこいこと、terrae,:地、地上、et:また、そして、multitudinem:多数、大勢、frumenti:穀物、穀類、et:~と、および、musti.:葡萄液、葡萄の収穫、
Servient:仕える、服従する、(三人称複数未来)tibi:あなたに、populi,:人々、諸々の民、et:また、そして、incurvabunt:曲げる、かがめる、(三人称複数未来)se:自分自身を、それ自身を、tibi:あなたに、populi,:人々、諸々の民、esto:在れ、(命令形)herus:雇い主、主人、親方、fratribus:兄弟、tuis,:あなたの、et:また、そして、incurvabunt:曲げる、かがめる、(三人称複数未来)se:自分達自身を、それら自身を、tibi:あなたに、filii:息子達、matris:母、母親、tuae;:あなたの、maledicentes:呪っている、tibi:あなたに、maledictus,:呪われた、et:また、そして、benedicentes:祝福している、tibi:あなたに、benedictus.:祝福された、
`Dixit:言った、ad:~に、~へ、illum:彼へ、Jishak:イサク、pater:父、illius,:彼の、Accede:近寄れ、近づけ、接近せよ、(命令形)quaeso':願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)ignificat:意味する、perceptionis:理解、認識、adhuc:更に、一層、interioris:内的な、より内なる、gradum::段階、状態、` et:また、そして、osculare:大事にせよ、接吻せよ、(命令形)me,:私を、fili:息子よ、(呼格)mi':私よ、(呼格)significat:意味する、num:~か、~かどうか、uniri:一つにされること、結合されること、possit::出来る、可能である、` et:また、そして、accessit,:近づいた、接近した、et:また、同時に、osculatus est:接吻した、illum':彼の、significat:意味する、praesentiam:現存、臨在、居合わせること、出現、et:~と、および、unitionem::結合すること、結合、` et:また、そして、odoratus est:嗅いだ、odorem:匂い、香り、vestium:衣服、衣装、illius':彼の、significat:意味する、gratum:快い、喜ばしい、ex:~から、~により、boni:善、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、percepit::理解した、認めた、認識した、` et:また、そして、benedixit:祝福した、聖別した、illi':彼に、significat:意味する、conjunctionem:連結、結合、ita::このように、従って、` et:また、そして、dixit,:言った、Vide,:見よ、(命令形)odor:匂い、香り、filii:息子、mei':私の、significat:意味する、gratum:快い、喜ばしい、ex:~から、~により、boni:善、vero::真理、` sicut:~の如く、~のように、odor:匂い、香り、agri':野、原、significat:意味する、ut:~のように、~として、ex:~から、~により、bona:善い、humo:大地、地面、ex:~から、~により、qua:それから、そのことから、verum::真理、`cui:それに、その者に、benedixit:祝福した、Jehovah':エホバ、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、multiplicatur:増やされる、et:~と、および、fructificatur:実を結ばされる、繁殖される、ex:~から、~により、Divino::神的な、` et:また、そして、dabit:与える、もたらす、(三人称単数未来)tibi:あなたに、Deus:神、de:~について、~から、rore:露、しずく、小雨、caeli':天、significat:意味する、ex:~から、~により、Divino:神的な、Vero::真理、` et:また、そして、de:~について、pinguedinibus:脂肪の多いもの、脂っこいこと、terrae':地、地上、significat:意味する、ex:~から、~により、Divino:神的な、Bono::善、` et:また、そして、multitudinem:多数、大勢、豊富、大量、frumenti':穀物、穀類、significat:意味する、inde:それ故、そこから、naturale::自然的な、自然の、` et:また、そして、musti':葡萄液、葡萄の収穫、significat:意味する、inde:それ故、そこから、verum:真理、naturale::自然的な、自然の、`servient:仕える、服従する、(三人称複数未来)tibi:あなたに、populi':人々、諸々の民、significat:意味する、vera:諸々の真理、Ecclesiae,:教会、{1} seu:即ち、或いは、Ecclesias:教会、spirituales::霊的な、` et:また、そして、incurvabunt:曲げる、かがめる、(三人称複数未来)se:自分達自身を、tibi:あなたに、populi':人々、諸々の民、significat:意味する、vera:諸々の真理、boni::善、`esto:在れ、(命令形)herus:雇い主、主人、親方、fratribus:兄弟、tuis':あなたの、significat:意味する、dominium:支配権、所有権、支配、primum:最初に、先ず、最初の、apparens:見えている、現れている、外観、affectionis:情愛、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、super:~の上に、~の上へ、affectiones:情愛、boni:善、naturalis::自然的な、自然の、` et:また、そして、incurvabunt:曲げる、かがめる、(三人称複数未来)se:自分達自身を、それら自身を、tibi:あなたに、filii:息子達、matris:母、tuae':あなたの、significat:意味する、super:~の上に、~の上へ、affectiones:情愛、reliquas:残りの、その他の、veri::真理、`maledicentes:呪っている、tibi:あなたに、maledictus':呪われた、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、qui:その者、se:自分自身を、それ自身を、disjungit,:分ける、分離する、disjunctus erit::分けられた、分離された、` et:また、そして、benedicentes:祝福している、tibi:あなたに、benedictus':祝福された、significat:意味する、qui:その者、se:自分自身を、それ自身を、 conjungit,:連結する、結合する、conjunctus erit.:結合された、連結された、

3571.二十六~二十九節、「そして、彼(ヤコブ)の父イサクは彼(ヤコブ)に言った。どうぞ近寄って、また私に接吻せよ、私の息子よ、
そして、彼(ヤコブ)は近寄り、同時に彼(イサク)に接吻した。そして彼(イサク)は彼の衣服の匂いを嗅ぎ、また彼(イサク)は彼(ヤコブ)を祝福し、そして言った。見よ、私の息子の匂いはエホバが祝福された野の匂いのようだ。
また、神はあなたに天の露から、また地の脂肪の多いものからあなたに与え、また穀物と葡萄の多くのもの(を与えられるであろう)。
諸々の民があなたに仕え、また諸々の民が自分達をあなたにかがめるであろう。あなたはあなたの兄弟達の主人になれ、またあなたの母の息子達はあなたに自分達をかがめるであろう。あなたを呪う者は呪われた者であり、またあなたを祝福するものは祝福された者である。
「彼(ヤコブ)の父イサクは彼(ヤコブ)に言った。どうぞ近寄れ」は、更に内的な段階の認識を意味し、「また私に接吻せよ、私の息子よ」は、結合されることが出来るかどうかを意味し、「そして、彼(ヤコブ)は近寄り、同時に彼(イサク)に接吻した」は、現存と結合を意味し、「そして彼(イサク)は彼の衣服の匂いを嗅いだ」は、認識した善の真理からの快いものを意味し、「また彼(イサク)は彼(ヤコブ)を祝福した」は、そのように連結を意味し、「そして言った。見よ、私の息子の匂い」は、善の真理からの快いものを意味し、「野の匂いのようだ」は、善い大地からの真理のようだを意味し、「エホバが祝福された」は、神的なものから増やされることと実を結ばされることを意味し、「また、神はあなたに天の露から与える」は、神的な真理からを意味し、「また地の脂肪の多いものからあなたに与える」は、神的な善からを意味し、「また穀物の多くのもの(を与えられるであろう)」は、そこからの自然的な(善)を意味し、「また葡萄(の多くのものを与えられるであろう)」は、そこからの自然的な真理を意味し、「諸々の民があなたに仕えるであろう」は、教会の真理、或いは霊的な教会を意味し、「また諸々の民が自分達をあなたにかがめるであろう」は、善の真理を意味し、「あなたはあなたの兄弟達の主人になれ」は、自然的な善への情愛の上
現われている自然的な真理への情愛の最初の支配を意味し、「またあなたの母の息子達はあなたに自分達をかがめるであろう」は、その他の真理への情愛の上へ(の支配を)意味し、「あなたを呪う者は呪われた者である」は、自分自身を分離する者が分離されたことを意味し、「またあなたを祝福する者は祝福された者である」は、自分自身を連結する者が連結されたことを意味する。

3572. `Dixit ad illum Jishak pater illius, Accede quaeso': quod significet perceptionis adhuc interioris gradum, constat (c)ex significatione `dicere quod accederet' quod sit perceptionis interioris gradus ex praesentia; `accedere' non aliud est.

3572. `Dixit:言った、ad:~に、~へ、illum:彼へ、Jishak:イサク、pater:父、illius,:彼の、Accede:近寄れ、近づけ、接近せよ、(命令形)quaeso'::願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、perceptionis:理解、認識、adhuc:更に、一層、interioris:内的な、より内なる、gradum,:段階、状態、constat:知られる、(c) ex:~から、~により、significatione:意味、`dicere:言うこと、quod:こと、それ、そのこと、accederet':近寄った、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、perceptionis:理解、認識、interioris:内的な、より内なる、gradus:段階、状態、ex:~から、~により、praesentia;:現存、臨在、居合わせること、出現、`accedere':近
寄ること、non:否、aliud:他のもの、異なった、est.:ある、

3572.「彼(ヤコブ)の父イサクは彼(ヤコブ)に言った。どうぞ近寄れ」が、更に内的な段階の認識を意味することは、「近寄
と言うこと」の意味が居合わせることからの内的な認識の段階であることから知られよう。「近寄ること」はそれ以外のものではない。

26-3403~3404意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3403~3404意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3403.十二~十四節、「ところで、イサクはその地に種を蒔き、そしてその年に百枡を得た。またエホバは彼を祝福された。
そして、男は繁栄し、また伸びることと増すことで成長した。彼は著しく卓越した者にまでも為された。
また、彼に羊の群れと牛の群れの増加があり、また多くのしもべ(奴隷)が居た。そしてペリシテ人達は彼を妬んだ。」
「イサクはその地に種を蒔いた」は、主からの理性的なものに内的な真理が現われることを意味し、「そしてその年に百枡を得た」は、真理が満ちることを意味し、「またエホバは彼を祝福された」は、真理の中の愛の善に関して祝福されたことを意味し、「そして、男は繁栄し、また伸びることと増すことで成長した。彼は著しく卓越した者にまでも為された」は、善と真理の増加を意味し、「また、彼に羊の群れと牛の群れの増加があった」は、内的な善に関して、また外的な善に関して増加があったことを意味し、「また多くのしもべ(奴隷)が居た」は、そこからの真理を意味し、「そしてペリシテ人達は彼を妬んだ」は、知識(概念)の科学(知識)の中にだけ居る者達はそれらを理解しなかったことを意味する。

3404.「イサクはその地に種を蒔いた」が、主からの理性的なものに内的な真理が現われることを意味することは、「種を蒔くこと」の意味が最高の意味において主からの神的な真理であることから知られよう。主が種を蒔かれ、3038番を参照、またそれは内意においては、人間の許のそこからの真理と善である。3373番を参照、また「地」の意味が神的なものから照らされた真理の外観の理性的なものであることから知られよう。3368番を参照、或いは同じことであるが、主からの理性的なものに内的な真理が現われることである。その外観、或いはその真理は更に高い段階にある。なぜなら、それらについて14節に至るまで内意において述べられているからである。天使達はそれらの真理の外観の中に居り、またそのような真理は人間がこの世で生きる限り人間の理解を無限に越えているようなものである。
[2]更に真理の外観が何かが知られることが出来るために下記のこともまた例としてある。
神的なものは存在に関して無限であること、また存在の形に関して永遠であることは熟知されている。また有限なものは無限なものを認めることの能力がなく、無論、永遠なものも認めることが出来ない。なぜなら、永遠は存在の形に関して無限であるからである。神的なものそのものは無限であり、また永遠であるので、更に神的なものからの凡てのものも無限であり、また永遠でもまたある。そして神的なものは無限なものなので、有限な者達である天使達により神的なものは認められることが出来ない。それ故、天使達の目の前で無限なものと永遠なものは、有限なものである外観によって見える形で示される。しかしそれでもなお、人間の理解のスフェア(霊気)の上に最も遠く離れているようなものの中にある。例えば人間は時間によらなければ、決して永遠の何かの考えを持つことが出来ず、またそれを持つことが出来ないので、「永遠から」が何かを理解することが出来ない。従って時間の前の神的なもの、或いはこの世が創造される前の神的なものが何かを理解することが出来ない。人間の思考に時間からの何かの考えが内在する限り、例え「永遠から」について考えても誤りの中へ陥る以外異なって出来ない。それらの誤りから解かれることが出来ない。しかし天使達は時間の考えの中に居らず状態の考えの中に居り、それを出来るだけよく認めることが与えられる。なぜなら、永遠は天使達に時間の永遠ではなく、時間なしの状態の永遠であるからである。
[3]それ故、それらの外観の中に居る天使達は人間よりも明らかであり、また天使達の外観が人間の外観の上にあるほど明らかである。というのは、人間は時間と空間からの何かの作用なしに最小の思考の一つですら持つことが出来ないからである。しかしその時、天使達は時間と空間からの作用は何もなく、それらの代わりに存在に関して、また存在の形に関しての状態からの作用がある。
これらの僅かな言葉から真理の外観がどのようなものであるか知られることが出来よう。それらについてここで述べられており、それらは更に高い段階(の真理の外観で)ある。後に続く(節)において更に低い段階の人類にもまた釣り合った真理の外観について順番に述べられる。

27-3570-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3570-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3570. `Et:また、そして、attulit:運んだ、持って来た、illi,:彼に、et:また、同時に、edit'::食べた、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、conjunctionem:連結、結合、boni:善、primum;:先ず、最初に、最初の、` et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、illi:彼に、vinum,:葡萄酒、酒、et:また、同時に、bibit'::飲んだ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、conjunctionem:連結、結合、veri:真理、deinde,:その後、続いて、次いで、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、`edere':食べること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjungi:連結されること、結合されること、et:~と、および、appropriari:専有されること、自分のものにされること、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3568; ex:~から、~により、significatione:意味、`vini':葡萄酒、酒、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、bono,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、1071, 1798; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`bibere':飲むこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjungi:連結されること、結合されること、et:~と、および、appropriari:専有されること、自分のものにされること、quoad:~に関して、~に関する限り、verum,:真理、{1} n.:番号、3168. Cum:~と一緒に、~によって、hoc,:これから、quod:こと、それ、そのこと、{2} bonum:善、rationalis:理性的な、理性、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、Jishakum:イサク、repraesentatur,:象徴される、表象される、{3} conjungat:結合する、連結する、sibi:自分自身に、それ自身に、bonum:善、primo:最初に、始めに、et:また、そして、verum:真理、deinde,:その後、それから、続いて、次いで、et:また、そして、hoc:これは、per:~を通して、~によって、naturale:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、`Jacobus,':ヤコブ、ita:次このように、従って、se:それ自身を、habet::持つ、有す、naturale:自然的な、自然の、cum:その時、その場合、est:ある、in:~の中、~において、illo:それから、statu,:状態、性質、quod:こと、それ、そのこと、extus:外部に、外面に、外側に、sit:ある、bonum:善、et:~と、および、intus:内部に、内面に、内側に、verum,:真理、de:~について、quo:それから、そのことから、supra:上に、上部に、n.:番号、3539, 3548, 3556, 3563, tunc:その時、やがて、admittit:許す、容認する、入れる、聞き入れる、plura:より多くの、多数の、quae:それらは、そのことらは、non:否、bona:諸々の善、sunt,:ある、usque:それでもなお、やはり、tamen:しかし、それにもかかわらず、utilia,:有用な、役に立つ、有益な、qualia:ある種の、~のような、sunt:ある、media:手段、媒介、中間、ad:~に、~へ、bonum:善、suo:それ自身から、ordine;:秩序、順序、at:しかし、だが聞き給え、{4} rationalis:理性的な、理性、bonum:善、non:否、conjungit:連結する、結合する、et:~と、および、appropriat:専有する、自分のものにする、sibi:自分自身に、それ自身に、alia:他のもの、それ以外の、inde:それ故、そこから、quam:~を除いて、~の外は、quae:それらは、そのことらは、bono:善、suo:それ自身に、conveniunt,:適合する、一致する、nam:なぜなら、というのも、bonum:善、non:否、aliud:他のもの、異なった、recipit;:受け入れる、受ける、quicquid:何でも、凡て、何か、何であろうと、disconvenit::一致しない、調和しない、rejicit;:はねつける、投げ捨てる、reliqua:残りの、その他の、in:~の中、~において、naturali:自然的な、自然の、relinquit:残す、そのままにしておく、ut:~のために、こと、~するように、inserviant:役に立つ、仕える、pro:~として、~の代わりに、mediis:手段、媒介、中間、admittendi:入れることの、et:また、そして、introducendi:導入することの、導き入れることの、plura:より多くの、多数の、sibi:自分自身に、それ自身に、convenientia::一致している、
[2] est:ある、rationale:理性、理性的な、in:~の中、~において、interno homine;:内なる人間、quid:何か?、どんな?、ibi:そこに、そこで、{5}peragitur,:遂行される、完成される、行なわれる、non:否、novit:知る、知った、aturale,:自然的な、自然の、nam:なぜなら、というのも、supra:上に、上部に、ejus:それの、彼の、apperceptionis:知覚、理解、認知、sphaeram:スフェア、霊気、est;:ある、inde:それ故、そこから、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、homo:人間、qui:その者達、naturalem:自然的な、自然の、modo:だけ、単に、vitam:生命、vivit:生きる、non:否、possit:出来る、可能である、quicquam:何か、何でも、誰でも、誰であろうと、scire:知ること、de:~について、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、apud:~のもとに、~において、eum:彼を、in:~の中、~において、interno ejus:それの、彼の、homine,:内なる人間、seu:即ち、或いは、in:~の中、~において、rationali:理性的な、理性、ejus,:それの、彼の、(x)peraguntur;:突遂行される、完成される、行なわれる、Dominus:主、disponit:配置する、処理する、illa:それらを、homine:人間、prorsus:全く、完全に、nesciente;:知らない、気付かない、inde:それ故、そこから、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、homo:人間、nihil:無意味、何も~ない、sciat:知る、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、regeneratur,:再生される、et:また、そして、vix:辛うじて、殆ど~ない、quod:こと、それ、そのこと、regeneretur::再生される、si:もし~なら、たとえ~でも、autem:しかし、他方において、scire:知ること、velit,:欲する、attendat:注意する、留意する、modo:だけ、単に、ad:~に、~へ、fines:目的、意図、quos:それらを、intendit,:集中させる、意図する、向ける、quos:それらを、raro:稀に、滅多に~ない、alicui:誰か、ある者、何か、若干の、detegit;:明かす、現わす、示す、見せる、si:もし~なら、たとえ~でも、fines:目的、意図、{6}ac:また、なお加えて、bonum:善、sint,:ある、nempe:正確には、即ち、quod:こと、それ、そのこと、plus:より多くの、多数の、studeat:~に味方する、好意を持つ、proximo:隣人、仲間、et:~と、および、Domino:主、quam:~よりも、~と比べて、sibi,:自分自身に、それ自身に、tunc:その時、やがて、in:~の中、~において、regenerationis:再生、statu:状態、性質、est;:ある、at:しかし、だが聞き給え、si:もし~なら、たとえ~でも、ines:目的、意図、{7} ad:~に、~へ、malum:悪、sint,:ある、nempe:正確には、即ち、quod:こと、それ、そのこと、plus:より多くの、多数の、studeat:~に味方する、好意を持つ、sibi:自分自身に、それ自身に、quam:~よりも、~と比べて、proximo:隣人、仲間、et:~と、および、Domino,:主、sciat:知る、(接続法三人称単数現在)quod:こと、それ、そのこと、tunc:その時、やがて、in:~の中、~において、nullo:何も~ない、決して~でない、誰も~ない、statu:状態、性質、regenerationis:再生、sit;:ある、
[3] homo:人間、per:~を通して、~によって、fines:目的、意図、vitae:生命、suae:自分自身の、それ自身の、est:ある、in:~の中、~において、alter vita,:他生、per:~を通して、~によって、fines:目的、意図、boni:善、in:~の中、~において、caelo:天界、cum:~と一緒に、~と、angelis,:天使達、sed:しかし、per:~を通して、~によって、fines:目的、意図、mali:悪、in:~の中へ、~に、finem:(infernum:地獄、?)cum:~と一緒に、~と、diabolis;:悪魔、fines:目的、意図、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、non:否、aliud:他のもの、異なった、sunt:ある、quam:~を除いて、~の外は、ejus:それの、彼の、amores,:愛、quod:こと、それ、そのこと、enim:なぜならば、~というのは、homo:人間、amat,:愛する、hoc:これを、pro:~として、~の代わりに、fine:目的、意図、habet;:持つ、有す、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、ejus:それの、彼の、amores:愛、sunt,:ある、sunt:ある、fines:目的、意図、ejus:それの、彼の、vita:生命、intima,:最奥、最内部、videantur:見られる、認められる、n.:番号、1317, 1568, 1571, 1645, 1909, 3425, 3562, 3565: fines:目的、意図、boni:善、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、sunt:ある、in:~の中、~において、ejus:それの、彼の、rationali,:理性的な、理性、et:また、そして、illi:彼らは、sunt:ある、qui:その者達、vocantur:呼ばれる、rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、seu:即ち、或いは、rationalis:理性的な、理性、bonum;:善、per:~を通して、~によって、fines:目的、意図、boni:善、{8}, seu:即ち、或いは、per:~を通して、~によって、bonum:善、ibi,:そこに、そこで、disponit:配置する、処理する、Dominus:主、omnia:凡ての、全体の、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、naturali,:自然的な、自然の、nam:なぜなら、というのも、finis:目的、意図、est:ある、sicut:~の如く、~のように、anima,:霊魂、魂、et:また、そして、naturale:自然的な、自然の、est:ある、sicut:~の如く、~のように、animae:霊魂、魂、illius:それの、彼の、corpus;:体、身体、qualis:qualis~talis~、~のままに、そのように~、est:ある、anima,:霊魂、魂、tali circumdatur:与えられる、周囲に置かれる、illa:それから、corpore,:身体、体、ita:このように、従って、quale:qualis~talis~、~のままに、そのように~、est:ある、rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、tali circumvestitur:覆われる、包まれる、illud:それが、naturali::自然的な、自然の、
[4] notum est:熟知された、よく知られた、quod:こと、それ、そのこと、anima:霊魂、魂、hominis:人間、incohet:始める、始まる、取りかかる、in:~の中、~において、ovo:卵、matris,:母、et:また、そして、perficiatur:完成される、完全にされる、dein:その後は、続いて、in:~の中、~において、utero:子宮、胎、ejus,:それの、彼の、ac:また、なお加えて、ibi:そこに、そこで、circumdetur:与えられる、周囲に置かれる、tenello:きゃしゃな、か弱い、corpore,:身体、体、et quidem:その上、実際に、tali:このような、次ぎのような、ut:~のために、こと、~するように、anima:霊魂、魂、per:~を通して、~によって、illud:それを、possit:出来る、可能である、convenienter:一致して、適合して、適当に、ふさわしく、agere:行動すること、行うこと、働くこと、作用すること、in:~の中、~において、mundo:(この)世、世界、in:~の中へ、~に、quem:それを、nascitur;:産まれる、similiter:同様に、似ている、se:それ自身を、habet,:持つ、有す、cum:その時、その場合、homo:人間、iterum:再び、もう一度、二度目に、nascitur,:産まれる、hoc est,:即ち、cum:その時、その場合、regeneratur;:再生される、nova:新しい、anima:霊魂、魂、quam:それを、tunc:その時、やがて、accipit,:受ける、受け取る、est:ある、finis:目的、意図、boni,:善、qui:それは、incohat:始める、始まる、取りかかる、in:~の中、~において、rationali,:理性的な、理性、{9} ibi:そこに、そこで、primum:先ず、最初に、最初の、sicut:~の如く、~のように、in:~の中、~において、ovo,:卵、et:また、そして、dein:その後は、続いて、ibi:そこに、そこで、perficitur:完成される、形作られる、もたらされる、sicut:~の如く、~のように、in:~の中、~において、utero;:子宮、胎、tenellum:きゃしゃな、か弱い、corpus:体、身体、quo:その結果、それ故に、それによって、illa:それから、anima:霊魂、魂、circumdatur,:与えられる、周囲に置かれる、est:ある、naturale,:自然的な、自然の、ac:また、なお加えて、ibi:そこに、そこで、bonum,:善、quod:こと、それ、そのこと、tale:talis~ut~、~のような~、fit:為される、なる、ut secundum:~に従って、~に沿って、animae:霊魂、魂、fines:目的、意図、obedienter:従順に、素直に、agat;:行う、働く、vera:諸々の真理、ibi:そこに、そこで、se:それ自身を、habent:持つ、有す、sicut:~の如く、~のように、fibrae:繊維、in:~の中、~において、corpore,:身体、体、nam:なぜなら、というのも、ex:~から、~により、bono:善、formantur:形成される、形作られる、vera,:諸々の真理、n.:番号、3470 inde:それ故、そこから、constat:知られる、quod:こと、それ、そのこと、imago:像、似姿、reformationis:改心、改良、hominis:人間、sistatur:示される、見せられる、in:~の中、~において、formatione:形成すること、形成、組成、構成、ejus:それの、彼の、in:~の中、~において、utero;:子宮、胎、et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、credere:信じること、velis,:欲する、(二人称単数現在)est:ある、quoque:~もまた、同じく、同様に、bonum:善、caeleste:天的な、et:~と、および、verum:真理、spirituale:霊的な、quod:こと、それ、そのこと、a:~から、~により、Domino,:主、quod:こと、それ、そのこと、illum:それを、format,:形作る、形成する、et:また、そして、tunc:その時、やがて、indit:導入する、添える、加える、注ぐ、potentiam:力、影響力、ut:~のために、こと、~するように、possit:出来る、可能である、utrumque:両方とも、両方の、illud:それを、successive:継続的に、連続的に、recipere,:受け入れること、受容すること、et quidem:その上、実際に、qualiter:どんなふうに、如何に、~のように、et:~と、および、quantum:ほど、~の限り、~の範囲、~の程度、どれだけ、spectat:見る、注視する、注目する、sicut:~に応じて、~ほど、~する限り、homo:人間、ad:~のために、~へ、fines:目的、意図、caeli,:天界、et:また、そして、non:否、sicut:~に応じて、~ほど、~する限り、animal brutum:獣、ad:~のために、~へ、fines:目的、意図、mundi.:(この)世、世界、

3570.「そして彼(ヤコブ)は彼(イサク)に(ご馳走を)運び、同時に、彼(イサク)は食べた」は、先ず善の連結(があったこと)を意味し、「また彼(ヤコブ)は彼(イサク)に葡萄酒を持って来た(ので)、同時に、彼(イサク)は飲んだ」が、続いて真理の連結(があったこと)を意味することは、「食べることの意味が善に関して連結されることと専有されることであることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3568番(に示された。また)「葡萄酒」の意味が善からの真理であることから(知られよう)。そのことについては1071, 1798番(に示された)。また「飲むこと」の意味が真理に関して連結されることと専有されることであることから(知られよう)。イサクによって表象される理性的な善によって最初に善がそれに連結され、また続いて真理が(それに連結される)。そしてそのことは「ヤコブ」である自然的なものによって為されることは、次のようにそのことを有する。自然的なものの外部に善があり、また内部に真理がある状態において、(そのことについては、上の3539, 3548, 3556, 3563番に示された。)その場合(自然的なものは)その時、善ではないが、しかしそれでもなお、その秩序で善への手段になるような多くの有益なものを入れる。だが聞き給え、理性的な善はその善に一致する善を除いて他のものはそれに連結ぜず、また専有しない。なぜなら、善は他のものを受け入れないからであり、何でも一致しなければはねつけるからである。それ(善)は自然的なものの中のその他のものをそれに一致している多くのものを取り入れることの、また導入することの手段として役立てるためにそのままにしておく。
[2]内なる人間の中の理性はそこで何が行なわれるかを自然的な(人間は)知らない。なぜなら、それはその(自然的な人間の)知覚のスフェア(霊気)の上にあるからである。それ故、自然的な生命だけを生きる人間はその内なる人間の中のそれ(理性)の許で何が行なわれるかを知ることが出来ない。即ちその(内なる人間の)理性の中で(何が行なわれるかを知ることが出来ない)。主がそれらを処理されるが人間は全く(それを)知らない。それ故、人間はどのように再生されるかを知らず、また殆んど再生されること(を知らない)。しかしもし、知ることを欲するならそれらに向ける目的にだけ注意しなければならない。彼(人間)は何かのそれら(目的)を滅多に明かさない。もし目的もまた善であるなら、即ち自分よりも多く隣人と主に好意を持つなら、その時、再生の状態の中に居る。しかし目的が悪であるなら、即ち隣人と主よりも自分に多く好意を持つなら、その時、何も再生の状態の中に居ないことを知らなければならない。
[3]他生において人間は自分の生命の目的によって存在し、善い目的によって天使達と一緒に天界に居るが、しかし悪い目的によって悪魔と一緒に地獄に居る。人間の許の目的は彼(人間)の愛を除いて他のものではない。というのは、人間が愛することはそれを目的として持つからであり、またそれら(目的)が彼(人間)の愛であるので、目的が彼(人間)の最内部の生命である。そのことは1317, 1568, 1571, 1645, 1909, 3425, 3562, 3565番に認められよう。人間の許に善い目的がその理性の中にある者達は善に関して理性的な者達、或いは善い理性(の人間と)言われる。善い目的によって、或いはそこの善によって主は自然的なものの凡てのものを処理される。なぜなら、目的は霊魂の如くあるからであり、また自然的なものはその霊魂の身体の如くあるからである。霊魂のままに、そのようにその身体が与えられる。従って、善に関する理性のままに、そのようにそれが自然的なもので覆われる。
[4]人間の霊魂が母の卵子の中で始まること、またその後、その胎の中で完成されること、なお加えて、そこでか弱い身体が与えられること、その上、それによって霊魂がこの世に産まれ、この世の中でふさわしく行動することが出来ることのようなことは熟知されている。人間が再び産まれる時、即ち再生される時も同様にそのことを有する。新しい霊魂がそれをその時受け取る。それは善い目的でありそれが理性の中で始まる。そこで先ず卵子の中の如く、また続いてそこでの胎の中の如く形作られ、それによってその霊魂から自然的なものであるか弱い身体が与えられ、なお加えて、そこで霊魂の目的に従って従順に行なう善きものに為される。そこの真理は身体の中の繊維の如くそれを持つ。なぜなら、善から真理が形作られるからである。3470番(を参照)、それ故、胎の中のその形成において人間の改心の像が示されることが知られよう。またもし、あなたが信じることを欲するなら、主からの天的な善と霊的な善もまたそれを形作ること(が知られよう)。またその時、それを両方とも継続的に受け入れることが出来るように力を注ぐこと、その上、どのように、またどれだけ人間が天界の目的のために注視するかに応じて(受け入れることが出来ること)、また獣がこの世の目的のために(注視する)に応じて(受け入れることが出来ないことを知られよう)。

27-3570-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3570-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3570. `Et attulit illi, et edit': quod significet conjunctionem boni primum; `et adduxit illi vinum, et bibit': quod significet conjunctionem veri deinde, constat a significatione `edere' quod sit conjungi et appropriari quoad bonum, de qua mox supra n. 3568; ex significatione `vini' quod sit verum quod ex bono, de qua n. 1071, 1798; et ex significatione `bibere' quod sit conjungi et appropriari quoad verum, {1}n. 3168. Cum hoc, quod {2}bonum rationalis quod per Jishakum repraesentatur, {3}conjungat sibi bonum primo et verum deinde, et hoc per naturale quod est `Jacobus,' ita se habet: naturale cum est in illo statu, quod extus sit bonum et intus verum, de quo supra n. 3539, 3548, 3556, 3563, tunc admittit plura quae non bona sunt, usque tamen utilia, qualia sunt media ad bonum suo ordine; at {4}rationalis bonum non conjungit et appropriat sibi alia inde quam quae bono suo conveniunt, nam bonum non aliud recipit; quicquid disconvenit: rejicit; reliqua in naturali relinquit ut inserviant pro mediis admittendi et introducendi plura sibi convenientia: [2] est rationale in interno homine; quid ibi {5}peragitur, non novit naturale, nam supra ejus apperceptionis sphaeram est; inde est quod homo qui naturalem modo vitam vivit non possit quicquam scire de illis quae apud eum in interno ejus homine, seu in rationali ejus, (x)peraguntur; Dominus disponit illa homine prorsus nesciente; inde est quod homo nihil sciat quomodo regeneratur, et vix quod regeneretur: si autem scire velit, attendat modo ad fines quos intendit, quos raro alicui detegit; si fines {6}ac bonum sint, nempe quod plus studeat proximo et Domino quam sibi, tunc in regenerationis statu est; at si fines {7}ad malum sint, nempe quod plus studeat sibi quam proximo et Domino, sciat quod tunc in nullo statu regenerationis sit; [3] homo per fines vitae suae est in alter vita, per fines boni in caelo cum angelis, sed per fines mali in finem cum diabolis; fines apud hominem non aliud sunt quam ejus amores, quod enim homo amat, hoc pro fine habet; et quia ejus amores sunt, sunt fines ejus vita intima, videantur n. 1317, 1568, 1571, 1645, 1909, 3425, 3562, 3565: fines boni apud hominem sunt in ejus rationali, et illi sunt qui vocantur rationale quoad bonum, seu rationalis bonum; per fines boni {8}, seu per bonum ibi, disponit Dominus omnia quae in naturali, nam finis est sicut anima, et naturale est sicut animae illius corpus; qualis est anima, tali circumdatur illa corpore, ita quale est rationale quoad bonum, tali circumvestitur illud naturali: [4] notum est quod anima hominis incohet in ovo matris, et perficiatur dein in utero ejus, ac ibi circumdetur tenello corpore, et quidem tali ut anima per illud possit convenienter agere in mundo in quem nascitur; similiter se habet, cum homo iterum nascitur, hoc est, cum regeneratur; nova anima quam tunc accipit, est finis boni, qui incohat in rationali, {9}ibi primum sicut in ovo, et dein ibi perficitur sicut in utero; tenellum corpus quo illa anima circumdatur, est naturale, ac ibi bonum, quod tale fit ut secundum animae fines obedienter agat; vera ibi se habent sicut fibrae in corpore, nam ex bono formantur vera, n. 3470 inde constat quod imago reformationis hominis sistatur in formatione ejus in utero; et si credere velis, est quoque bonum caeleste et verum spirituale quod a Domino, quod illum format, et tunc indit potentiam ut possit utrumque illud successive recipere, et quidem qualiter et quantum spectat sicut homo ad fines caeli, et non sicut animal brutum ad fines mundi. [5] Quod rationale quoad bonum sibi conjungat bonum primo et verum deinde per naturale, quae significantur per quod `Jacob attulerit cupedias et panem Jishako, et is ederit, et adduxerit illi vinum, et is biberit,' etiam illustrari potest per officia quae corpus praestat animae suae; anima est quae dat corpori appetere cibos, et quoque quae dat sapere; cibaria introducuntur per jucundum appetitus et per jucundum saporis, ita per bonum externum, sed cibaria quae introducuntur, non omnia intrant vitam, sed quaedam inserviunt sicut menstrua pro digerendis, quaedam pro temperandis, quaedam pro aperiendis, quaedam pro introducendis in vasa; bona vero electa introducuntur in sanguinem, et fiunt sanguis; ex illo sibi anima conjungit talia quae usui sunt; [6] similiter se habet cum rationali et cum naturali; appetitui et sapori correspondent desiderium et affectio {10}sciendi verum, ac cibariis correspondent scientifica et cognitiones, n. 1480; et quia correspondent, etiam similiter se habent; anima quae est bonum rationalis, dat desiderare illa et affici illis, ita illa quae scientiae et doctrinae sunt, introducit per jucundum quod est desiderii, et per bonum quod est affectionis; at quae introducit, non omnia sunt talia ut fiant bonum vitae, sed quaedam inserviunt {11}ut media pro quasi digerendis et temperandis, quaedam pro aperiendis et introducendis, bona autem quae sunt vitae, sibi applicat, et sic illa sibi conjungit, et ex illis format sibi vera: inde patet quomodo rationale disponit naturale ut inserviat sibi sicut animae, seu quod idem, ut inserviat fini, qui est anima, ad se perficiendum ut possit esse usui in regno Domini.

26-3401~3402意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3401~3402意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3401.「そして、アビメレクは凡ての民に命じて言うことに」が、法令を意味することは「命じること」の意味が法令を作ることであることから知られよう。また「アビメレク」の表象が信仰の教義の中に居る者達であることから知られよう。そのことについては3391番に示された。また最高の意味において主が表象されることは3393番を参照、また「民」の意味が霊的な教会からの者達であることから知られよう。そのことについては3398番に示された。それ故、「アビメレクが凡ての民に命じた」ことは、霊的な教会の中の主からの法令であることが明らかである。法令そのものは、神的な真理と神的な善は明らかにされるべきでないこと、また、もし冒涜されるなら永遠の断罪の危険があることから絶えず信仰でそれに近付くべきではないことである。そのことについては、今から続いて述べよう。

3402.「この男とその女(妻)に触れる者は死ぬことで死ななければならない」が、神的な真理と神的な善は明らかにされるべきではないこと、またもし、それが冒涜されたなら永遠の断罪の危険があるために、それに信仰により絶えず近寄られるべきでないことを意味することは、「この男とその女に触れること」の意味が、イサクとリベカによって表象される神的な真理と神的な善に近付くことであることから知られよう。ここで最初の順で真理が言われ、また第二の順で善が言われる。なぜなら、霊的な教会の中に居る者達について取り扱われるからであり、その者達は真理を汚すこと、それどころか冒涜することが出来るからである。しかし善を冒涜することは出来ないからである。またそのように言われるので、「男と女(妻)」が言われる。そのことについては、915, 2517番に認められよう。また「死ぬことで死ぬこと」の意味が霊的な死である永遠の断罪であることから知られよう。ここでは冒涜からの死であり、ここでそのことについて取り扱われている。
[2]主の摂理により永遠に善と真理の中に留まることが出来る者達以外、誰も善と真理の中へ入ることを許されない。即ちそれらの承認とそれらへの情愛の中へ入ることを許されない。それは永遠の断罪の危険があるからである。そのことについては、上の3398番に認められよう。前に何度か言われ、また示されたように、善と真理によってもそのことを有する。人間が悪と間違った原理の中に居るほど、それだけ人間の許の善と真理は内部へ戻る。それ故、人間の許の天界からの天使達もそれだけ遠ざかる。そしてそれだけ地獄からの悪魔的な霊達が近付く。勿論、その反対もある。善と真理の遠ざかることは天使達の遠ざかることである。悪と間違った原理の中に居る人間によりそれは見えない。なぜならその時、悪が善であり、また間違った原理が真理であることの確信の中に居るからであり、またそれは悪と間違った原理への情愛から、またそこからの楽しいものがある時、その状態の中に居るからである。人間から善と真理が遠ざけられることは決して知ることは出来ない。それらに情愛を感じない時、即ちもはやそれらを喜ばない時、しかし反対に、自己愛と世俗愛に喜び、情愛を感じる時、即ち人間をそれらだけが喜ばせる時、その時、善と真理、或いは天使達は人間から遠ざけられることが言われる。
[3]善と真理を知ること、或いは記憶に保つこと、また口で語ることは善と真理を持つことではない。しかしそれらに心から働き掛けられることが善と真理を持つことである。しかしそれらによって利得、名声、および富を得ることの理由でそれらに働き掛けられる時は善と真理を持つことではない。その時善と真理に働き掛けられるのではなく、名誉と利得に働き掛けられのであり、それは名誉と利得を得る手段と為すのである。他生においてそのような者達の許に彼らが知り、更に説教した善と真理は取り去られる。だが聞き給え、それらからの自己愛と世俗愛は彼らの生命に存続する。
これらからどのように善と真理と一緒にそのことを持つか知られることが出来よう。即ちもし自分の人生の終わりまでそれらの中に留まることが出来るような者でなければ、それらに情愛と信仰で近付くことは許されていないことが知られよう。しかし冒涜する者達はそこから引き留められることが出来ないので、もしこのような摂理があるのでなければ、悪くされた者は善と真理の冒涜から妨げられることは出来ない。

27-3564~3569原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3564~3569原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3564. Quod `non agnovit illum, quia erant manus ejus sicut manus Esavi fratris ejus pilosae' significet quod ex voluntario quod extus, perciperet quod esset bonum naturale, patet ex eo quod non agnoverit Jacobum pro Jacobo, hoc est, verum quod `Jacobus' repraesentat, sed quod perceperit `Esavum,' hoc est, bonum naturale quod extus, et hoc propter influxum, de quo mox supra n. 3563; inter bonum enim interius et bonum exterius datur communicatio, quia parallelismus, n. 1831, 1832, 3514, non autem inter bonum et verum, nisi influxus boni in verum sit talis qualis mox supra descriptus est.

3564. Quod:こと、それ、そのこと、` non:否、agnovit:認めた、承認した、illum,:彼を、quia:なぜなら、ので、erant:あった、manus:手、ejus:それの、彼の、sicut:~の如く、~のように、manus:手、Esavi:エサウ、fratris:兄弟、ejus:それの、彼の、pilosae':毛深い、毛むくじゃらの、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、voluntario:意志の、quod:こと、それ、そのこと、extus,:外部に、外面に、外側に、perciperet:理解した、認識した、認めた、quod:こと、それ、そのこと、esset:あった、bonum:善、naturale,:自然的な、自然の、patet:明らかである、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、non:否、agnoverit:認めた、承認した、Jacobum:ヤコブ、pro:~として、~の代わりに、Jacobo,:ヤコブ、hoc est,:即ち、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、`Jacobus':ヤコブ、repraesentat,:象徴する、表象する、sed:しかし、quod:こと、それ、そのこと、perceperit:認識した、気付いた、`Esavum,':エサウ、hoc est,:即ち、bonum:善、naturale:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、extus,:外部に、外面に、外側に、et:また、そして、hoc:これは、propter:~のために、~の故に、~に従って、~の結果として、~によって、influxum,:流入、影響、de:~について、quo:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3563; inter:~の中に、~の間で、~の間に、bonum:善、enim:なぜならば、~というのは、interius:内的な、より内なる、et:~と、および、bonum:善、exterius:外的な、より外なる、datur:与えられる、存在する、communicatio,:伝達、連絡、quia:なぜなら、ので、parallelismus,:類似する性質、相似、類似、n.:番号、1831, 1832, 3514, non:否、autem:しかし、他方において、inter:~の中に、~の間で、~の間に、bonum:善、et:~と、および、verum,:真理、nisi:~以外、もし~でなければ、influxus:流入、影響、boni:善、in:~の中へ、~に、verum:真理、sit:ある、talis:このような、次のような、前述のような、qualis:ある種の、~のような、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、descriptus est.:述べられた、記述された、

3564.「彼(イサク)は彼(ヤコブ)を認めなかった。なぜなら、彼の手がその兄エサウの手の如く毛深かったからである」が、外部の意志から自然的な善があることを認識したことを意味することは、「ヤコブとしてヤコブを認めなかった」ことから、即ち「ヤコブ」が表象する真理を(認めなかったことから)、しかし外部に「エサウ」を認めたことから、即ち外部に自然的な善を認めたことから明らかである。またそれは流入の結果としてある。そのことは直ぐ上の3563番(に示された)。というのは、内的な善と外的な善の間に伝達が存在するからである。なぜなら、(それらの間に)類似があるからである。1831, 1832, 3514番(を参照)、他方において、善と真理の間には、もし善の真理への流入が直ぐ上に述べられたようなものでなければ(伝達は存在し)ないからである。

3565. `Et benedixit illi: quod significet inde conjunctionem constat ex significatione `benedici' quod sit conjunctio, de qua n. 3504, 3514, 3530; sed in hoc statu conjunctio non alia fuit quam quae n. 3563 descripta est; intima conjunctio fuit, sed non media, cum vero per `Jacobum' repraesentato, ita {1}per finem qui est intimum bonum qui fuit ut sic non aliter fieri potuerit; cum finis est, tunc primum est conjunctio intimorum cum extremis; media conjunctio successive venit; hoc operatur finis, nam in fine latet omnis progressio; Dominus enim per fines agit, et per illos intermedia successive in ordinem disponit; inde est conjunctio, quae significatur per quod `Jishak benedixit Jacobo.'

3565. `Et:また、そして、benedixit:祝福した、illi::彼に、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、inde:それ故、そこから、conjunctionem:連結、結合、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`benedici':祝福されること、聖別されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio,:連結、結合、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3504, 3514, 3530; sed:しかし、in:~の中、~において、hoc:これから、statu:状態、性質、conjunctio:連結、結合、non:否、alia:他のもの、異なった、fuit:あった、quam:~を除いて、~の外は、quae:それは、そのことは、n.:番号、3563 descripta est;:述べられた、記述された、intima:最奥、最内部、conjunctio:連結、結合、fuit,:あった、sed:しかし、non:否、media,:手段、媒介、中間、cum:~と一緒に、~と、vero:真理、per:~を通して、~によって、`Jacobum':ヤコブ、repraesentato,:象徴された、表象された、ita:ita~ut~、以下のように、そのように、{1} per:~を通して、~によって、finem:目的、終わり、終結、qui:それは、est:ある、intimum:最奥、最内部、bonum:善、qui:それは、fuit:あった、ut sic:そのように、こうして、non:否、aliter:他の方法で、異なって、fieri:為されること、行われること、potuerit;:出来た、可能であった、cum:その時、その場合、finis:目的、意図、est,:ある、tunc:その時、やがて、primum:第一の、最初の、est:ある、conjunctio:連結、結合、intimorum:最奥、最内部、cum:~と一緒に、~と、extremis;:最外部、最低、最後、media:手段、媒介、中間、conjunctio:連結、結合、successive:継続的に、連続的に、venit;:行く、来る、hoc:これは、operatur:遂行する、働く、従事する、(dep)finis,:目的、意図、nam:なぜなら、というのも、in:~の中、~において、fine:目的、意図、latet:隠れている、潜伏する、omnis:凡ての、全体の、progressio;:進行、進展、前進、Dominus:主、enim:なぜならば、~というのは、per:~を通して、~によって、fines:目的、意図、agit,:行う、働く、et:また、そして、per:~を通して、~によって、illos:それらを、intermedia:中間の、間に来る、挟まる、最初と最後の間に位置する、媒介として働く、successive:継続的に、連続的に、in:~の中へ、~に、ordinem:秩序、順番、disponit;:配置する、処理する、inde:それ故、そこから、est:ある、conjunctio,:連結、結合、quae:それは、そのことは、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、`Jishak:イサク、benedixit:祝福した、Jacobo.':ヤコブ、

3565.「そして彼(ヤコブ)を祝福した」が、そこからの連結を意味することは祝福されることの意味が連結であることから知られよう。そのことについては3504, 3514, 3530番(に示された)。しかしこの状態における連結は3563番に述べられた(連結)を除いて他の(連結では)なかった。それは「ヤコブ」によって表象された真理との最内部の連結であって、手段ではなく、最内部の善によってあったようなものであって、そのように他の方法で行なわれることが出来ないようなものであった。目的がある場合、その時、最内部と最外部との最初の連結があり、中間の連結が継続して来る。目的がそれを遂行する。なぜなら、目的の中に凡ての進行が隠れているからである。というのは、主は目的によって働かれるからであり、またそれら(目的)によって手段を継続的に秩序へ配置されるからである。それ故、連結があり、それが「イサクがヤコブを祝福した」ことによって意味されている。

3566. Vers. 24, 25. Et dixit, Tu is filius meus Esau? et dixit, Ego. Et dixit, Adfer mihi, et edam e venatione filii mei, ideo ut benedicat tibi anima mea; et attulit illi, et edit, et adduxit illi vinum, et bibit. `Dixit, Tu is filius meus Esau? et dixit, Ego' significat statum affectionis veri naturalis quod crederet tunc esse bonum naturale, ex forma externa: et dixit, Adfer mihi, et edam e venatione filii mei' significat desiderium conjungendi sibi verum naturale per bonum: `ideo ut benedicat tibi anima mea' significat conjunctionem; `et attulit illi, et edit' significat conjunctionem boni primum: `et adduxit illi vinum, et bibit' significat conjunctionem veri deinde.

3566. Vers. 24, 25. Et:また、そして、dixit,:言った、Tu:あなたは、is:彼に、filius:息子、meus:私の、Esau?:エサウ、et:また、そして、dixit,:言った、Ego.:私は、
Et:また、そして、dixit,:言った、Adfer:運べ、持って来い、(命令形)mihi,:私に、et:また、そしてそれから、edam:食べる、(接続法一人称単数現在)e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、filii:息子、mei,:私の、ideo:それ故、そのために、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、tibi:あなたに、anima:霊魂、魂、生命、mea;:私の、et:また、そして、attulit:運んだ、持ってきた、illi,:彼に、et:また、同時に、edit,:食べた、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、illi:彼に、vinum,:葡萄酒、酒、et:また、同時に、bibit.:飲んだ、`Dixit,:言った、Tu:あなたは、is:彼に、filius:息子、meus:私の、Esau?:エサウ、et:また、そして、dixit,:言った、Ego':私は、significat:意味する、statum:状態、性質、affectionis:情愛、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、crederet:信じた、tunc:その時、やがて、esse:あること、存在すること、bonum:善、naturale,:自然的な、自然の、ex:~から、~により、forma:形、姿、externa::外部の、外なる、et:また、そして、dixit,:言った、Adfer:運べ、持って来い、(命令形)mihi,:私に、et:また、そして、edam:食べる、(接続法一人称単数現在)e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、filii:息子、mei':私の、significat:意味する、desiderium:憧憬、願望、conjungendi:連結することの、結合することの、sibi:自分自身に、それ自身に、verum:真理、naturale:自然的な、自然の、per:~を通して、~によって、bonum::善、` ideo:それ故、そのために、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、tibi:あなたに、anima:霊魂、魂、mea':私の、significat:意味する、conjunctionem;:連結、結合、` et:また、そして、attulit:運んだ、持って来た、illi,:彼に、et:また、同時に、edit':食べた、significat:意味する、conjunctionem:連結、結合、boni:善、primum::先ず、初めて、最初に、最初の、` et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、illi:彼に、vinum,:葡萄酒、酒、et:また、同時に、bibit':飲んだ、significat:意味する、conjunctionem:連結、結合、veri:真理、deinde.:その後、続いて、次いで、

3566.二十四、二十五節、「また、彼(イサク)は彼(ヤコブ)にあなたは私の息子エサウかと言った。同時に、彼(ヤコブ)は私ですと言った。
また、彼(イサク)は私に(ご馳走を)持って来い、そして私の魂があなたを祝福することのために私は私の息子の獲物から食べようと言った。そして彼(ヤコブ)は彼(イサク)に(ご馳走を)運び、同時に、彼(イサク)は食べた。また彼(ヤコブ)は彼(イサク)に葡萄酒を持って来た(ので)、同時に、彼(イサク)は飲んだ。」
「彼(イサク)は彼(ヤコブ)にあなたは私の息子エサウかと言った。同時に、彼(ヤコブ)は私ですと言った」は、外なる形により自然的な善があることを信じた時の自然的な真理への情愛の状態を意味し、「また、彼(イサク)は私に(ご馳走を)持って来い、そして私は私の息子の獲物から食べようと言った」は、善によって自然的な真理に自分自身を連結することの願望を意味し、「私の魂があなたを祝福することのために」は、連結を意味し、「そして彼(ヤコブ)は彼(イサク)に(ご馳走を)運び、同時に、彼(イサク)は食べた」は、先ず善の連結(があったこと)を意味し、「また彼(ヤコブ)は彼(イサク)に葡萄酒を持って来た(ので)、同時に、彼(イサク)は飲んだ」は、続いて真理の連結(があったこと)を意味する。

3567. `Dixit, Tu is filius meus Esau? et dixit, Ego': quod significet statum affectionis veri naturalis quod crederet tunc esse bonum naturale ex forma externa, constare potest ex interrogatione Jishaki `tu is filius meus Esau?' per quam non aliud in sensu interno significari potest quam influxus rationalis ex bono in naturale verum per `Jacobum' repraesentatum; et ex responso, `dixit, Ego,' quod crederet tunc se esse bonum, videantur quae supra n. 3550.

3567. `Dixit,:言った、Tu:あなたは、is:彼に、filius:息子、meus:私の、Esau?:エサウ、et:また、同時に、dixit,:言った、Ego'::私は、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、statum:状態、性質、affectionis:情愛、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、crederet:信じた、tunc:その時、やがて、esse:あること、存在すること、bonum:善、naturale:自然的な、自然の、ex:~から、~により、forma:形、姿、externa,:外部の、外なる、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~により、interrogatione:質問、Jishaki:イサク、`tu:あなたは、is:彼に、filius:息子、meus:私の、Esau?':エサウ、per:~を通して、~によって、quam:それを、non:否、aliud:他のもの、異なった、in:~の中、~において、sensu interno:内意、significari:意味されること、potest:出来る、可能である、quam:~を除いて、~の外は、influxus:流入、影響、rationalis:理性的な、理性、ex:~から、~により、bono:善、in:~の中へ、~に、naturale:自然的な、自然の、verum:真理、per:~を通して、~によって、`Jacobum':ヤコブ、repraesentatum;:象徴された、表象された、et:また、そして、ex:~から、~により、responso,:答え、返答、`dixit,:言った、Ego,':私は、quod:こと、それ、そのこと、crederet:信じた、tunc:その時、やがて、se:自分自身を、それ自身を、esse:あること、存在すること、bonum,:善、videantur:見られる、認められる、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、n.:番号、3550.

3567.「彼(イサク)は彼(ヤコブ)にあなたは私の息子エサウかと言った。同時に、彼(ヤコブ)は私ですと言った」が、外なる形により自然的な善があることを信じた時の自然的な真理への情愛の状態を意味することは、イサクの質問である「彼(ヤコブ)にあなたは私の息子エサウか」から知られよう。それによって内意によってヤコブによって表象された自然的な真理への善からの理性的なものの流入を除いて他のものが意味されることが出来ない。また(ヤコブの)答えである「彼(ヤコブ)は私ですと言った」ことから(知られよう)。その時、それに善があることを信じたことは、上の3550番に認められよう。

3568. `Et dixit, Adfer mihi, et edam e venatione filii mei': quod significet desiderium conjungendi sibi verum naturale per bonum, constat ex significatione `edere' quod sit conjungere et appropriare, de qua n. 2187, 2343, 3168, 3513 f.; et ex significatione `venationis filii mei' quod sit verum boni, de qua n. 3309, 3501, 3508; quod desiderium sit, patet.

3568. `Et:また、そして、dixit,:言った、Adfer:運べ、持って来い、(命令形)mihi,:私に、et:また、そして、edam:食べる、(接続法一人称単数現在)e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、filii:息子、mei'::私の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、desiderium:憧憬、願望、conjungendi:連結することの、結合することの、sibi:自分自身に、それ自身に、verum:真理、naturale:自然的な、自然の、per:~を通して、~によって、bonum,:善、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`edere':食べること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjungere:連結すること、結合すること、et:~と、および、appropriare,:専有すること、自分のものにすること、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、2187, 2343, 3168, 3513 f.;:終わり、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`venationis:狩猟、獲物、filii:息子、mei':私の、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、boni,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3309, 3501, 3508; quod:こと、それ、そのこと、desiderium:憧憬、願望、sit,:ある、patet.:明らかである、

3568.「また、彼(イサク)は私に(ご馳走を)持って来い、そして私は私の息子の獲物から食べようと言った」が、善によって自然的な真理に自分自身を連結することの願望を意味することは、「食べること」の意味が連結することと専有することであることから知られよう。そのことについては2187, 2343, 3168番、3513 番の終わり(に示された)。また「私の息子の獲物(狩猟)」の意味が善の真理であることから(知られよう)。そのことについては3309, 3501, 3508番(に示された)。それが願望であることは明らかである。

3569. `Ideo ut benedicat tibi anima mea': quod significet conjunctionem, constat ex significatione `benedici' quod sit conjunctio, de qua n. 3504, 3514, (x)3530, 3565.

3569. `Ideo:それ故、そのために、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、tibi:あなたに、anima:霊魂、魂、mea'::私の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、conjunctionem,:連結、結合、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`benedici':祝福されること、聖別されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio,:連結、結合、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3504, 3514, (x)3530, 3565.

3569.「私の魂があなたを祝福することのために」が、連結を意味することは、「祝福されること」の意味が連結であることから知られよう。そのことについては3504, 3514, 3530, 3565番(に示された)。

26-3399~3400意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3399~3400意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3399.内意において「(他人の)女(妻)と一緒に床に伏すこと」は、真理を歪め、また汚すことである。ここは神的な真理である。なぜなら、上に示されたように「女(妻)」、即ちリベカによって神的な真理が表象されるからである。そのことから、2466, 2729番に示されたように、聖言において他人の女(妻)と同衾すること、姦淫、および売春によって善の変造と真理の曲解を除いて他のことは意味されない。またそのことは、姦淫は結婚の破壊を引き起こすほど全く結婚の愛に反していると言う理由からであり、また結婚の愛は善と真理の結婚からあるからである。2508, 2618, 2727-2759, 3132番を参照、それ故、姦淫は善と真理に敵対するもの、即ち善と真理を滅ぼすものであり、それらのことが聖言において姦淫と言われている。
[2]しかし霊的な教会からの者達は、善を冒涜するほどは改悪することは出来ないことが知られなければならない。その理由は霊的な教会からの者達は天的な教会からの者達の如く、善を認識に至るまでは受け入れることが出来ないからである。しかし霊的な教会からの者達は真理を承認することが出来るので、真理を冒涜することが出来る。しかし教会の最後の時は真理を承認することが出来ない。なぜならその時、彼らの許に全般的に主について、死後の生命について、および内なる人間について不信が支配するからであり、また不信が全般的に支配すると内的な信仰の真理を入り込まないように為すからである。各々の者の許の全般的なものがそのようにより内部へ入らないように制限し、また妨げる。更に人間がそのことを知らなくても、また真理を信じることを考える時も妨げる。
[3]だが聞き給え、天的な教会からの者達は善を冒涜することが出来る。というのは、彼らは善を認識に至るまで受け入れることが出来るからである。例えば、ノアの洪水前の者達により為されたように、そのため彼らは他の地獄から分離された地獄に引き留められ、凡ての者達から隔離された。それらのことについては、1265-1272番に認められよう。またその後、善の冒涜が生じないように、
「エホバが人間をエデンの庭園から追い出し、またケルビムとそれ自身回転している剣の炎を生命の樹木の道を守ることのために東からエデンの庭園に置いた。」創世記、3.24、このことによってそれが意味されている。それらについては、308, 310番に示された。

3400.「罪」が善と真理に敵対した過失、或いは過失と違反の転嫁であることは、罪と言われ、また記述されている聖言の中の箇所から知られることが出来よう。例えば、イザヤ書において、
「エホバは彼を突き砕くことを欲し、また彼を弱くされた。例えあなたが彼自身の霊魂を罪に定めたとしても、彼は子孫を見て、日々を延ばすであろう。そしてエホバの意向が彼の手を通して繁栄されるであろう。」53.10、ここでは主について記述されている。「彼自身の霊魂を罪に定めること」は、彼自身に転嫁されたの罪として、従って彼を憎む者達からの罪として記述されており、彼を憎む者達自身の中の何かの罪を取り去るために転じたのではない。エゼキエル書において、
「あなたは彼の血を流すことによって罪を持ち、またあなたの造った偶像によってあなたは汚された。」22.4、ここで「血を流すこと」は、善に暴行を加えることとして記述されている。そこから罪がある。374, 376, 1005番を参照、ダビデの書において、
「正しい者達を憎む者達は罪を持つであろう。エホバは御自身のしもべ(奴隷)達の霊魂を贖っておられ、エホバ御自身を信じる凡ての者達は罪を持たないであろう。」詩篇、34.21, 22、従って「罪」は存続する凡ての過失として記述されている。
[2]主からの善による罪の分離が贖罪であり、それが罪の生け贄を捧げた時の祭司による贖いによってもまた表象された。それらのことについては、レビ記、5.1-19、6.1-7、7.1-10、19.20-22、民数記、5.1-8、そこでもまた罪の種類が列挙されており、
それらは呪いの声を聞いて、また知らせなかったこと、
何であれ穢れたものに触れたこと、悪を行なうために誓ったこと、
エホバの神聖なものについて誤りによって過失を犯したこと、
罪を犯さないための戒め(教え)についての一つを犯したこと、
隣人の預かり物を返さなかったこと、
失われたものを見つけ、またそれを返さず、そして偽って誓ったこと、
男に引き渡されたが、まだ買い戻されておらず、解放されていない女召使(女奴隷)と床に伏したこと、それらはエホバに対して罪を犯すことで、人間に対して行なった凡ての罪についてである。

27-3563-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3563-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3563. `Et:また、そして、dixit,:言った、Vox:言葉、声、vox:言葉、声、Jacobi,:ヤコブ、et:また、しかるに、manus:手、manus:手、Esavi'::エサウ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、intellectuale:理解の、ibi:そこに、そこで、sit:ある、veri:真理、quod:こと、それ、そのこと、intus,:内部に、内面に、内側に、sed:しかし、voluntarium:意志の、ibi:そこに、そこで、sit:ある、boni:善、quod:こと、それ、そのこと、extus,:外部に、外面に、外側に、ita:このように、従って、inversi:逆にされた、歪められた、ordinis,:秩序、順序、constat:知られる、a:~から、~により、praedicatione:述語、属性の割り当て、`vocis':言葉、声、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、de:~について、vero,:真理、et:また、そして、a:~から、~により、praedicatione:述語、属性の割り当て、`manus':手、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、de:~について、bono;:善、quod:こと、それ、そのこと、`vox':言葉、声、praedicetur:言われる、属性付けられる、de:~について、vero,:真理、patet:明らかである、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、Parte Prima:第一部、n.:番号、219, 220 allata sunt,:述べられた、et:また、そして、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、dicatur:言われる、`vox:言葉、声、vox:言葉、声、Jacobi,':ヤコブ、per:~を通して、~によって、quem:その者を、quod:こと、それ、そのこと、repraesentetur:象徴される、表象される、verum:真理、naturale,:自然的な、自然の、supra:上に、上部に、passim:至る所で、しばしば、ostensum est;:示された、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、manus:手、praedicetur:言われる、属性付けられる、de:~について、bono,:善、est:ある、quia:なぜなら、ので、per:~を通して、~によって、`manum':手、significatur:意味される、potentia:力、影響力、et:~と、および、facultas,:能力、才能、n.:番号、(x)878, 3541, quae:それらは、そのことらは、non:否、aliunde:別の源泉から、他の出所から、est:ある、quam:~を除いて、~の外は、ex:~から、~により、bono;:善、omnis:凡ての、全体の、potentia:力、影響力、et:~と、および、facultas:能力、才能、vero:真理、est:ある、inde,:それ故、そこから、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、apparet:現れる、見える、{1} a:~から、~により、vero;:真理、etiam:~もまた、更に、patet:明らかである、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、dicatur,:言われる、` manus:手、manus:手、Esavi,':エサウ、per:~を通して、~によって、quem:その者を、quod:こと、それ、そのこと、repraesentetur:象徴される、表象される、bonum:善、naturale,:自然的な、自然の、etiam:~もまた、更に、supra:上に、上部に、ostensum est;:示された、quod:こと、それ、そのこと、illa:それらは、inversi:逆にされた、歪められた、ordinis:秩序、順序、sint,:ある、patet:明らかである、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、secundum:~に従って、~に沿って、ordinem:秩序、順番、sit,:ある、ut:~のために、こと、~するように、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、voluntatis,:意志、意向、sit:ある、intus,:内部に、内面に、内側に、et:また、そして、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、intellectus,:理解、sit:ある、extus;:外部に、外面に、外側に、sed:しかし、haec,:これらは、ut:~のように、~として、supra:上に、上部に、dictum,:言われた、talia:このような、次のような、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、quia:なぜなら、ので、pauci:僅かな者達、僅かの、少数の、in:~の中、~において、aliqua:誰か、何か、cognitione:知識、概念、de:~について、talibus:このような、次のような、sunt,:ある、non:否、ad:~に、~へ、captum:理解、把握、掴むこと、exponi:説明されること、述べられること、ita:このように、それほど、possunt,:出来る、可能である、nam:なぜなら、というのも、etiamsi:例え~でも、例え~であっても、clarissime:最も明らかに、最も明瞭に、exponerentur,:説明された、述べられた、non:否、tamen,:しかし、それにもかかわらず、それでも、やはり、cum:その時、その場合、cognitio:知識、概念、deest,:存在しない、欠けている、不足している、capiuntur;:理解される、認められる、sed:しかし、usque:それでもなお、やはり、dicendum:言われるべき、(未来受動分詞)quomodo:どのように、どうして、どのようにして、se:それ自身を、habet,:持つ、有す、quia:なぜなら、ので、de:~について、hac:これから、re:事柄、物事、agitur::述べられる、取り扱われる、
[2] bonum:善、naturalis:自然的な、自然の、non:否、aliunde:別の源泉から、他の出所から、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、existit:生ずる、起こる、存在するようになる、quam:~を除いて、~の外は、a:~から、~により、bono:善、interiore,:内的な、より内なる、hoc est,:即ち、a:~から、~により、bono:善、rationalis;:理性的な、理性、naturale:自然的な、自然の、non:否、aliunde:別の源泉から、他の出所から、bonum:善、habere:持つこと、{2}potest;:出来る、可能である、sed:しかし、influxus:流入、影響、facit:行なう、為す、ut:~のために、こと、~するように、tale:talis~qualis~、~があるように~がある、ibi:そこに、そこで、sit:ある、bonum:善、quale est;:ある、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、bonum:善、naturalis:自然的な、自然の、non:否、est:ある、aliunde,:別の源泉から、他の出所から、etiam:~もまた、更に、verum:真理、naturalis:自然的な、自然の、est:ある、inde,:それ故、そこから、ubi:そこで、その場所、enim:なぜならば、~というのは、bonum,:善、ibi:そこに、そこで、est:ある、verum;:真理、utrumque:両方とも、両方の、erit:ある、(三人称単数未来)ut:~のために、こと、~するように、sit:ある、aliquid;:何か、若干の、sed:しかし、influxus:流入、影響、etiam:~もまた、更に、facit:行なう、為す、ut:~のために、こと、~するように、tale:talis~qualis~、~があるように~がある、sit:ある、ibi:そこに、そこで、verum:真理、quale est.:ある、
Influxus:流入、影響、est:ある、talis;:このような、次ぎのような、bonum:善、rationalis:理性的な、理性、influit:流れ込む、流入する、in:~の中へ、~に、naturale:自然的な、自然の、per:~を通して、~によって、duplicem:二重の、二様の、viam,:道、nempe:正確には、即ち、per:~を通して、~によって、viam:道、brevissimam,:最も短い、最も簡潔な、in:~の中へ、~に、ipsum:そのもの、それ自身、bonum:善、naturalis,:自然的な、自然の、ita:このように、従って、immediate,:直接に、直に、直ちに、et:また、そして、per:~を通して、~によって、bonum:善、{3} naturalis:自然的な、自然の、ibi:そこに、そこで、in:~の中へ、~に、verum;:真理、hoc:これは、bonum:善、et:~と、および、hoc:これは、verum:真理、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、Esavum:エサウ、et:~と、および、ejus:それの、彼の、venationem;:狩猟、獲物、bonum:善、rationalis:理性的な、理性、etiam:~もまた、更に、influit:流れ込む、流入する、in:~の中へ、~に、naturale:自然的な、自然の、per:~を通して、~によって、viam:道、minus:なお更、まして、より小さい、brevem,:短い、僅かな、簡潔な、nempe:正確には、即ち、per:~を通して、~によって、verum:真理、rationalis,:理性的な、理性、et:また、そして、per:~を通して、~によって、illum:それを、influxum:流入、影響、format:形作る、形成する、aliquod:何か、若干の、simile:同様な、等しい、bono,:善、sed:しかし、est:ある、verum::真理、
[3] secundum:~に従って、~に沿って、ordinem:秩序、順番、ita:このように、従って、fit:為される、なる、quod:こと、それ、そのこと、bonum:善、rationalis:理性的な、理性、influat:流れ込む、流入する、in:~の中へ、~に、bonum:善、naturalis,:自然的な、自然の、et:また、そして、simul:一緒に、同時に、in:~の中へ、~に、verum,:真理、immediate,:直接に、直に、直ちに、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、per:~を通して、~によって、verum:真理、rationalis:理性的な、理性、in:~の中へ、~に、bonum:善、ibi,:そこに、そこで、ita:このように、従って、mediate,:間接的に、間接に、similiter:同様に、似ている、in:~の中へ、~に、verum:真理、naturalis:自然的な、自然の、immediate:直接に、直に、直ちに、et:~と、および、mediate;:間接的に、間接に、cum:その時、その場合、ita:このように、従って、fit,:為される、なる、tunc:その時、やがて、influxus:流入、影響、est:ある、secundum:~に従って、~に沿って、ordinem;:秩序、順番、talis:このような、次ぎのような、influxus:流入、影響、est:ある、apud:~のもとに、~において、illos:彼らを、qui:その者達、regenerati sunt;:再生された、sed:しかし、alius:他のもの、異なった、influxus:流入、影響、est:ある、antequam:~より前に、~より先に、regenerati,:再生された、ut:~のように、~として、supra:上に、上部に、{4}dictum,:言われた、nempe:正確には、即ち、quod:こと、それ、そのこと、bonum:善、rationalis:理性的な、理性、non:否、immediate:直接に、直に、直ちに、in:~の中へ、~に、bonum:善、naturalis:自然的な、自然の、influat,:流れ込む、流入する、sed:しかし、mediate:間接的に、間接に、per:~を通して、~によって、verum:真理、rationalis,:理性的な、理性、et:また、そして、sic:そのように、こうして、sistat:もたらす、示す、見える形で示す、見せる、引き起こす、aliquid:何か、若干の、simile:同様な、等しい、boni:善、in:~の中、~において、naturali,:自然的な、自然の、sed:しかし、non:否、est:ある、genuinum:正しい、本来の、bonum,:善、{5} et:また、そして、inde:それ故、そこから、non:否、genuinum:正しい、本来の、verum,:真理、sed:しかし、est:ある、tale:このような、次ぎのような、quod:こと、それ、そのこと、quidem:確かに、無論、実に、intime:内部へ、内部で、habet:持つ、有す、bonum,:善、ex:~から、~により、influxu:流入、影響、per:~を通して、~によって、verum:真理、rationalis,:理性的な、理性、sed:しかし、non:否、amplius;:この後、もはや、これ以上、ideo:それ故、そのために、etiam:~もまた、更に、bonum:善、existit:生ずる、起こる、現れる、ibi:そこに、そこで、sub:~の下に、~の下で、alia:他のもの、異なった、forma,:形、姿、nempe:正確には、即ち、extus:外部に、外面に、外側に、sicut:~に応じて、~ほど、~する限り、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、`Esavum,':エサウ、sed:しかし、intus:内部に、内面に、内側に、sicut:~に応じて、~ほど、~する限り、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、`Jacobum,':ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、quia:なぜなら、ので、non:否、secundum:~に従って、~に沿って、ordinem:秩序、順番、est,:ある、dicitur:言われる、esse:あること、存在すること、inversi:逆にされた、歪められた、ordinis;:秩序、順序、sed:しかし、usque:それでもなお、やはり、respective:~と比較すれば、~と比べて、相対的に、関して、ad:~に、~の故に、id:それを、quod:こと、それ、そのこと、ita:このように、それほど、non:否、aliter:他の方法で、異なって、regenerari:再生されること、possit:出来る、可能である、homo,:人間、est:ある、secundum:~に従って、~に沿って、ordinem.:秩序、順番、
[4] Scio:知る、知っている、quod:こと、それ、そのこと、haec:これらは、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、clare:明らかに、明瞭に、dicta sunt,:言われた、et:また、そして、consequenter:論理的に、適切に、一致して、clare:明らかに、明瞭に、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、percipi:認められること、possunt:出来る、可能である、qui:その者達、in:~の中、~において、cognitione:知識、概念、talium:このような、次ぎのような、sunt,:ある、usque:それでもなお、やはり、sint:ある、obscura:不明瞭な、暗い、coram:~の面前で、目の前で、illis:それらから、彼らから、qui:その者達、non:否、sciunt:知る、quid:何か?、どんな?、influxus,:流入、影響、et:また、そして、magis:もっと、更に、むしろ、qui:その者達、non:否、sciunt:知る、quod:こと、それ、そのこと、rationale:理性、理性的な、distinctum sit:区別された、分離された、a:~から、~により、naturali,:自然的な、自然の、et:また、そして、adhuc:更に、一層、magis:もっと、更に、むしろ、coram:~の面前で、目の前で、illis:それらから、彼らから、qui:その者達、non:否、aliquam:誰か、何か、distinctam:区別された、分離された、ideam:考え、原型、habent:持つ、有す、de:~について、bono:善、et:~と、および、de:~について、vero::真理、sed:しかし、quale:どのような、どんな種類の、sit:ある、bonum:善、naturale:自然的な、自然の、et:~と、および、verum:真理、naturale:自然的な、自然の、in:~の中、~において、statu:状態、性質、ante regenerationem,:再生前、solum:だけ、のみ、manifestum:明白な、明瞭な、esse:あること、存在すること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~により、affectionibus:情愛、tunc;:その時、やがて、cum:その時、その場合、homo:人間、afficitur:働きかけられる、影響を及ぼされる、作用される、vero:真理、non:否、propter:~のために、~の故に、~によって、~に従って、fines:目的、意図、vitae,:生命、sed:しかし、propter:~のために、~の故に、~によって、~に従って、alios:他のもの、異なった、fines,:目的、意図、ut:~のために、こと、~するように、nempe:正確には、即ち、eruditus:学問のある者、学者、学識のある者、fiat,:為される、行なわれる、et:また、そして、hoc:これは、ex:~から、~により、quadam:ある種の、一種の、何らかの、affectione:情愛、aemulationis,:競争、張り合うこと、嫉妬、そねみ、敵意、seu:即ち、或いは、ex:~から、~により、quadam:ある種の、一種の、何らかの、affectione:情愛、invidiae:妬み、羨望、嫉妬、infantilis,:幼児の、幼児のような、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、ex:~から、~により、quadam:ある種の、一種の、何らかの、affectione:情愛、gloriae,:名誉、栄光、tunc:その時、やがて、est:ある、bonum:善、naturalis:自然的な、自然の、et:~と、および、verum:真理、naturalis:自然的な、自然の、in:~の中、~において、tali:talis~qualis~、~があるように~がある、ordine:秩序、順序、qualis hic:ここに、この場に、per:~を通して、~によって、`Jacobum':ヤコブ、repraesentatur,:象徴される、表象される、proinde:従って、それ故に、~に応じて、厳密に、正確に、est:ある、in:~の中、~において、ordine:秩序、順序、inverso:逆にされた、歪められた、respective,:~と比較すれば、~と比べて、相対的に、関して、nempe:正確には、即ち、tunc:その時、やがて、voluntarium:意志の、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、boni,:善、est:ある、extus,:外部に、外面に、外側に、et:また、そして、intellectuale:理解の、quod:こと、それ、そのこと、veri,:真理、est:ある、intus;:内部に、内面に、内側に、at:しかし、だが聞き給え、in:~の中、~において、statu:状態、性質、post regenerationem:再生後、haec:これらは、se:それら自身を、aliter:他の方法で、異なって、habent;:持つ、有す、
[5] tunc:その時、やがて、non:否、modo:だけ、単に、afficitur:働きかけられる、影響を及ぼされる、作用される、homo:人間、vero:真理、propter:~のために、~の故に、~によって、~に従って、fines:目的、意図、vitae,:生命、sed:しかし、むしろ、~ではなく~で、adhuc:更に、一層、plus:より多くの、多数の、afficitur:働きかけられる、影響を及ぼされる、作用される、ipso:そのもの、それ自身、bono:善、vitae,:生命、et:また、そして、affectiones:情愛、priores,:より前の、より先の、nempe:正確には、即ち、aemulationis,:競争、張り合うこと、嫉妬、{6} invidiae:妬み、羨望、嫉妬、infantilis:幼児の、幼児のような、et:~と、および、gloriae:名誉、栄光、se:それら自身を、separant,:分離する、切り離す、et:また、そして、hoc:これは、usque ut:そこまでも、appareat:現われる、見える、quasi:言わば、あたかも~のように、~も同様に、quod:こと、それ、そのこと、dissipatae sint,:滅ぼされた、駆逐された、追い散らされた、無にされた、tunc:その時、やがて、enim:なぜならば、~というのは、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、voluntatis,:意志、意向、(t) est:ある、intus,:内部に、内面に、内側に、et:また、そして、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、intellectus,:理解、est:ある、extus,:外部に、外面に、外側に、sed:しかし、usque ita:このように、従って、ut:そこまでも、verum:真理、(t)agat unum:一つとして働く、協力して行動する、cum:~と一緒に、~と、bono,:善、quia:なぜなら、ので、ex:~から、~により、bono;:善、hic:ここに、この場に、ordo:秩序、順序、est:ある、genuinus;:正しい、本来の、et:また、そして、ad:~のために、~の方へ、hunc:これを、ordinem:秩序、順番、formandum:形成することへ、intendit:集中させる、意図する、向ける、prior:先の、前の、ordo,:秩序、順序、nam:なぜなら、というのも、voluntarium:意志の、{7} quod:こと、それ、そのこと、tunc:その時、やがて、extus:外部に、外面に、外側に、est,:ある、admittit:許す、歪める、入れる、聞き入れる、plura:より多くの、多数の、quae:それらは、そのことらは、inserviunt:役に立つ、仕える、pro:~として、~のために、regeneratione,:再生、{8} est:ある、sicut:~の如く、~のように、spongia:スポンジ、海綿、quae:それらは、そのことらは、haurit:学ぶ、取り入れる、吸収する、aquas:水、tam:tam~quam~、~と同様に~、~も~も、limpidas:透明な、澄んだ、quam lutulentas;:泥まみれの、汚れた、濁った、ita:このように、従って、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、~でさえ、実のところ、talia,:このような、次ぎのような、quae:それらは、そのことらは、alioquin:更に、そうでなければ、他の点において、respuerentur,:退けられた、投げ捨てられた、et:また、そして、tamen:しかし、それにもかかわらず、それでも、やはり、inserviunt:役に立つ、仕える、pro:~として、~のために、mediis,:手段、媒介、中間、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、pro:~として、~のためりに、ideis:考え、原型、formandis:形成されるべき、(未来受動分詞)de:~について、bonis:諸々の善、et:~と、および、veris:諸々の真理、{9}, praeter:加えて、他に、更に、その上、~を除いて、~の他に、~を超えて、そばを通って、通過して、pro:~として、~の代わりに、aliis:他のもの、異なった、usibus.:用、役立ち、

3563.「そして言った。声はヤコブの声だが、しかるに手はエサウの手だ」が、内部に真理のものである理解のものがあるが、しかし外部に意志のものである善のものがあることを意味し、従って逆にされた秩序(を意味する)ことは、「声」の属性の割り当てが真理であることから、また「手」の属性の割り当てが善であることから知られよう。「声」が真理について属性付けられることは第一部の219, 220番において述べられたことから明らかである。また「声はヤコブの声」と言われていることから(明らかである)。その者(ヤコブ)によって自然的な真理が表象されることは上でしばしば示された。また「手」が善について属性付けられることは「手」によって力と能力が意味されるので(明らかである)。878, 3541番(を参照)、それらは善からを除いて他の源泉からはない。例え凡ての力と能力が真理から現われてもそこ(善)から真理にある。更に「手はエサウの手」と言われることから明らかである。その者(エサウ)によって自然的な善が表象される。そのこともまた上に示された。それらが逆にされた秩序であることは意志のものである善が内部にあること、また理解のものである真理が外部にあることが秩序に従っていることから明らかである。しかしこれらのことは上で言われたように、そのようなことについての何かの知識の中に僅かな者達が居る(僅かな者達しか居ない)ので理解にそれほど説明されることが出来ない。なぜなら、例え最も明らかに説明されたとしても、それでも知識が欠けている時は理解されないからである。しかしそれでもなお、(ここで)それらの事柄について述べられているので、どのようにそのことを有するかが言われなければならない。
[2]人間の許の自然的な善は内的な善から、即ち理性的な善からを除いて他の源泉から生じない。自然的なものは善を他の源泉から持つことが出来ないが、しかしそこに善があるように流入が行なう。また自然的な善は他の源泉からはないので、自然的な真理もまたそこからある。というのは、そこの善はそこで真理であるからであり、何かのものが存在するためには両方とも在らねばならないからである。しかし流入もまたそこに真理があるようにそれ(流入)があることを為す。
流入とは次のようなものである。二様の道によって理性的な善は自然的なものに流入する。即ち最も短い道によって、従って直接に自然的な善そのものへ(流入する道)、またそこの自然的な善を通して真理に(流入する道がある)。その善とその真理がエサウとその獲物によって表象され、更に理性的な善もまたなお更短い道によって自然的なものに流入する。即ち理性的な真理によって(流入し)、またその流入によって善に等しい何かを形成するが、しかしそれは真理である。
[3]そのような秩序に従って理性的な善は自然的な善に流入し、また同時に直接、真理に(流入する)。また理性的な真理によっても同様にそこの善に(流入する)。従って間接に(流入する)。同様に、自然的な真理に直接に、また間接に(流入する)。そのように為される時、やがて秩序に従って流入があり、そのような流入が再生された者達の許にある。しかし上に言われたように、再生される前の者達に異なった流入がある。即ち理性的な善が直接に自然的な善に流入しないが、しかし理性的な真理を通して関節に流入する。またそのように、自然的なものの中で善に等しい何かのものをもたらすが、しかしそれは本来の善ではなく、またそこからの本来の真理でもない。しかし理性的な真理を通した流入から内部に確かに善を持つようなものであるが、しかしそれ以上の(善では)ない。それ故、そこの善もまた異なった形の下に現われる。即ち外部に「エサウ」によって表象される善に応じて(現われるが)、しかし内部に「ヤコブ」によって表象される真理に応じて(現われる)。それは秩序に従っていないので、逆にされた秩序であることが言われる。しかしそれでもなお、人間は他の方法でそれほど再生されることが出来ないことの故に相対的に秩序に従っている。
[4]これらのことは、例え明瞭に言われたとしても流入が何かを知らない者達の前で、また更に理性的なものは自然的なものから区別されたものであることを知らない者達(の前で)、また更に一層、善と真理について何も区別された考えを持たない者達の前で不明瞭なものである(が)、そのような知識の中に居る者達はそれらにより明瞭に論理的に認められることが出来ることを私は知っている。しかし再生前の状態において自然的な善と自然的な真理がどのようなものであるかは、その時の情愛からのみ明瞭なものがあることが出来る。人間が真理に働き掛けられる時は生命の目的のためではないが、しかし他の目的のためである。即ち学問のある者に為されるため、またそれが何らかの嫉妬の情愛から為されること、或いは幼児のような或る種の羨望の情愛から(為されること)、また同じく或る種の名誉への情愛から(為されることは)、その時、自然的な善と自然的な真理がここに「ヤコブ」によって表象されるような秩序の中にあり、従って相対的に逆にされた秩序の中にある。即ちその時、善のものである意志が外部にあり、また真理のものである理解が内部にある。しかし再生後の状態においてはそれらを異なって持つ。
[5]その時(再生後)、人間は生命の目的のために真理だけでなく、更に生命の善そのものに多く働きかけられる。そして前の情愛、即ち嫉妬、幼児のような羨望と名誉への(情愛を)分離し、またそれをあたかも無にされたように見えるほどまでも(分離する)。というのはその時、意志のものである善が内部にあるからであり、また理解のものである真理が外部にあるからである。しかし真理は善からの(真理な)ので、善と一緒に一つのものとして働くまでも(一緒に働く)。その秩序は正しいものであり、また前の秩序はその秩序に形成する方へ向かう。なぜなら、その時、意志のものが外部にあり再生に役立つ多くのものをスポンジが澄んだ水も汚れた水も吸収する如く聞き入れるからである。そのように同様にそうでなければそれら(再生に役立つ多くのもの)は退けられたであろう。またそれでもそれらは手段として役に立ち、また善と真理について形成されなければならない考えのためにもまた(役に立ち)、更に他の用のために(も役に立つ)。

27-3563-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3563-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3563. `Et dixit, Vox vox Jacobi, et manus manus Esavi': quod significet quod intellectuale ibi sit veri quod intus, sed voluntarium ibi sit boni quod extus, ita inversi ordinis, constat a praedicatione `vocis' quod sit de vero, et a praedicatione `manus' quod sit de bono; quod `vox' praedicetur de vero, patet ab illis quae in Parte Prima n. 219, 220 allata sunt, et ex eo quod dicatur `vox vox Jacobi,' per quem quod repraesentetur verum naturale, supra passim ostensum est; et quod manus praedicetur de bono, est quia per `manum' significatur potentia et facultas, n. (x)878, 3541, quae non aliunde est quam ex bono; omnis potentia et facultas vero est inde, tametsi apparet {1} a vero; etiam patet ex eo quod dicatur, `manus manus Esavi,' per quem quod repraesentetur bonum naturale, etiam supra ostensum est; quod illa inversi ordinis sint, patet ex eo quod secundum ordinem sit, ut bonum quod voluntatis, sit intus, et verum quod intellectus, sit extus; sed haec, ut supra dictum, talia sunt quae quia pauci in aliqua cognitione de talibus sunt, non ad captum exponi ita possunt, nam etiamsi clarissime exponerentur, non tamen, cum cognitio deest, capiuntur; sed usque dicendum quomodo se habet, quia de hac re agitur: [2] bonum naturalis non aliunde apud hominem existit quam a bono interiore, hoc est, a bono rationalis; naturale non aliunde bonum habere {2}potest; sed influxus facit ut tale ibi sit bonum quale est; et quia bonum naturalis non est aliunde, etiam verum naturalis est inde, ubi enim bonum, ibi est verum; utrumque erit ut sit aliquid; sed influxus etiam facit ut tale sit ibi verum quale est. Influxus est talis; bonum rationalis influit in naturale per duplicem viam, nempe per viam brevissimam, in ipsum bonum naturalis, ita immediate, et per bonum {3}naturalis ibi in verum; hoc bonum et hoc verum est quod repraesentatur per Esavum et ejus venationem; bonum rationalis etiam influit in naturale per viam minus brevem, nempe per verum rationalis, et per illum influxum format aliquod simile bono, sed est verum: [3] secundum ordinem ita fit quod bonum rationalis influat in bonum naturalis, et simul in verum, immediate, et quoque per verum rationalis in bonum ibi, ita mediate, similiter in verum naturalis immediate et mediate; cum ita fit, tunc influxus est secundum ordinem; talis influxus est apud illos qui regenerati sunt; sed alius influxus est antequam regenerati, ut supra {4}dictum, nempe quod bonum rationalis non immediate in bonum naturalis influat, sed mediate per verum rationalis, et sic sistat aliquid simile boni in naturali, sed non est genuinum bonum, {5}et inde non genuinum verum, sed est tale quod quidem intime habet bonum, ex influxu per verum rationalis, sed non amplius; ideo etiam bonum existit ibi sub alia forma, nempe extus sicut bonum quod repraesentatur per `Esavum,' sed intus sicut verum quod repraesentatur per `Jacobum,' quod quia non secundum ordinem est, dicitur esse inversi ordinis; sed usque respective ad id quod ita non aliter regenerari possit homo, est secundum ordinem. [4] Scio quod haec tametsi clare dicta sunt, et consequenter clare ab illis percipi possunt qui in cognitione talium sunt, usque sint obscura coram illis qui non sciunt quid influxus, et magis qui non sciunt quod rationale distinctum sit a naturali, et adhuc magis coram illis qui non aliquam distinctam ideam habent de bono et de vero: sed quale sit bonum naturale et verum naturale in statu ante regenerationem, solum manifestum esse potest ex affectionibus tunc; cum homo afficitur vero non propter fines vitae, sed propter alios fines, ut nempe eruditus fiat, et hoc ex quadam affectione aemulationis, seu ex quadam affectione invidiae infantilis, et quoque ex quadam affectione gloriae, tunc est bonum naturalis et verum naturalis in tali ordine qualis hic per `Jacobum' repraesentatur, proinde est in ordine inverso respective, nempe tunc voluntarium quod est boni, est extus, et intellectuale quod veri, est intus; at in statu post regenerationem haec se aliter habent; [5] tunc non modo afficitur homo vero propter fines vitae, sed adhuc plus afficitur ipso bono vitae, et affectiones priores, nempe aemulationis, {6}invidiae infantilis et gloriae se separant, et hoc usque ut appareat quasi quod dissipatae sint, tunc enim bonum quod voluntatis, (t)est intus, et verum quod intellectus, est extus, sed usque ita ut verum (t)agat unum cum bono, quia ex bono; hic ordo est genuinus; et ad hunc ordinem formandum intendit prior ordo, nam voluntarium {7}quod tunc extus est, admittit plura quae inserviunt pro regeneratione, {8}est sicut spongia quae haurit aquas tam limpidas quam lutulentas; ita quoque talia, quae alioquin respuerentur, et tamen inserviunt pro mediis, et quoque pro ideis formandis de bonis et veris {9}, praeter pro aliis usibus.

26-3395~3398意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3395~3398意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3395.「同時に、イサクは彼に言った。なぜなら、ことによると彼女の故に私は死ぬかもしれないと思ったからです」が、神的な善が受け入れられないことを意味することは、上の3387番に「なぜなら、私の女(妻)と言うことでことによると、その場所の男達がリベカの故に私を殺すのではないかと恐れたからである」と言われたことから知られよう。
「言うこと」が理解することと考えることを意味することは、ここで他の箇所より一層明白である。

3396.十、十一節、「同時に、アビメルクは言った。なぜこのことをあなたは私達に行なったのか? 民の一人があなたの女(妻)とちょっと床に伏したために私達の上に罪をもたらしたかも知れない。
そして、アビメレクは凡ての民に命じて言うことに、この男とその女(妻)に触れる者は死ぬことで死ななければならない。」
「アビメルクは言った。なぜこのことをあなたは私達に行なったのか?」は、憤りを意味し、「民の一人があなたの女(妻)とちょっと床に伏したために私達の上に罪をもたらした(かも知れない)」は、それが汚されることとそのように冒涜されることが出来たことを意味し、「そして、アビメレクは凡ての民に命じて言うことに」は、法令を意味し、「この男とその女(妻)に触れる者は死ぬことで死ななければならない」は、神的な真理と神的な善は明らかにされるべきではないこと、またもし、それが冒涜されたなら永遠の断罪の危険があるために、それに信仰により絶えず近寄られるべきでないことを意味する。

3397.「アビメルクは言った。なぜこのことをあなたは私達に行なったのか?」が、憤りを意味することは説明なしに知られることが出来よう。

3398.「民の一人があなたの女(妻)とちょっと床に伏したために私達の上に罪をもたらしたかも知れない」が、それが汚されることとそのように冒涜されることが出来たことを意味することは、「床に伏すこと」の意味が歪められること、或いは汚されることであることから知られよう。また「民の一人」の意味が教会からの誰かであることから、即ち霊的な者達からの一人であることから知られよう。そのことについは2928番に示された。またここではリベカである「女(妻)」の意味が神的な真理であることから知られよう。そのことについては上に示された。また「罪」の意味が真理の冒涜の過失であることから知られよう。それ故、「民の一人があなたの女(妻)とちょっと床に伏したために私達の上に罪をもたらしたかも知れない」ことは、神的な真理が教会の中の誰かにより容易に汚されることと真理の冒涜の過失を自分自身に引き起こすことである。
なぜアブラハムは最初にエジプトにおいて、またその後、ゲラルにおいてアビメレクの許に自分の妻サラを妹と言ったのか、またイサクもまたアビメレクの許に自分の女(妻)リベカを同様に妹と言ったのか、そしてそれらが三度聖言の中に記録されているので、それに何らかの最も隠されたものがある。なぜそのように述べられているか、それらの中の秘義そのものは内意の中で明らかである。即ち「妹」によって理性的な真理が意味され、また「女(妻)」によって神的な真理が意味されるので、それ故、理性的な真理が「妹」と言われたことは、ここではリベカである「女(妻)」である神的な真理が汚されないように、またそのように冒涜されないようにとの理由である。
[2]真理の冒涜については、次のようにそのことを有する。
神的な真理は前以てそれを承認した者達による以外、決して冒涜されることは出来ない。というのは、彼らは最初に承認と信仰によって真理に入り、そしてそのように彼にそれが教えられる。その後、彼らが真理から去る場合、その時、内部に刻み付けられたその真理の痕跡が継続して留まり、彼らに間違った原理と悪が有る時に一緒に思い起こされる。それ故、真理がそれらにくっ付くので冒涜される。そのためにこれが行なわれる者達の許に彼ら自身の中に地獄へと断罪することを継続して持ち、そのように彼ら自身が地獄を造る。というのは、そこの冒涜された善と真理のスフェア(霊気)に地獄的な者達が近付く時、即座にその地獄を感じるからである。なぜなら、地獄的な者達は彼らが持つ憎しみへ行くからであり、それ故に、拷問のために行くからである。そしてそのように真理を冒涜する者達は、絶えず彼らを苦しめる者達と一緒に住み、またそれは冒涜の段階に従って住む。冒涜はそのようなものなので、主により神的な善と真理が冒涜されないように備えられている。また特にそれは、冒涜することを除いて異なって出来ないような人間が、真理と善の承認と信仰から出来る限り離れているように保たれることによって備えられている。なぜなら言われたように、誰も前以て真理を承認し、また信じた者達を除いて冒涜出来ないからである。
[3]その理由で、ヤコブの子孫達のイスラエル人達とユダヤ人達に内なる真理が明かされなかった。人間の中に内なる何かがあること、そのように何かの内なる礼拝があること、また殆んど死後の生命についても、および主の天的な王国について、或いは彼らが待つメシア(キリスト、油注がれた者)について、決して公然と言われなかった。その理由は、もし彼らにそれらが明かされたならそれらを冒涜することを除いて異なって出来なかったからである。というのは、彼らは地上のものを除いて欲しなかったからである。またその民族はそのような者達であったので、またそような民族だったので、今でもまた全く不信の中に居ることが許されている。というのは、もし一度承認してその後、離れたなら自分達に最も厳しい地獄を引き起こすことを除いて異なって出来なかったからである。
[4]そのことが、彼らの許に残された自然的な善ですら、全く何も善がなくなる時よりも前に主は来られなかったこと、また聖言の内なるものが啓示されなかったことの理由である。というのはその時、もはや何かの真理を内なる承認に至るまで受け入れることが出来なかったからである。なぜなら、善が真理を受け入れるからであり、従って善がなければ冒涜することが出来ないからである。このような状態が時が満ちていることによって、また世代の完了によって、更に最後の日によって意味されており、そのことについて預言者達の許に多くのことが言われている。更に同じ理由で今聖言の内意の秘義が啓示されている。なぜなら、今日、何も仁愛がないので、そのように世代の完了なので、殆んど信仰がないからである。
[5]またその時、やがて冒涜の危険なしに真理が啓示されることが出来る。なぜなら、内なるものが承認されないからである。
この秘義のために聖言の中でアブラハムについて、またイサクについて、ゲラルにおいてアビメレクの許に、その妻を妹と呼んだことが述べられている。
更に同じ事柄が以前に言われ、また示されたことが認められよう。即ち真理を承認する者達が真理を冒涜することが出来ること、しかし真理を承認しない者達、まして知らない者達は真理を冒涜することが出来ないことが593, 1008, 1010, 1059番に示された。神聖なものと聖言の冒涜からの危険が何かは、571, 582番を参照、教会内に居る者達は神聖なものを冒涜することが出来るが、しかし教会外の者達は出来ないことは、1001, 2426番を参照、外なる礼拝が許されることは、内なるものが冒涜されないためであることは、1327, 1328番を参照、無知に引き止められるのは信仰の真理が冒涜されないためであることは、301-303番を参照、

27-3557~3562原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3557~3562原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3557. Vers. 21-23. Et dixit Jishak ad Jacobum, Accede quaeso, et palpabo te, fili mi, an tu is filius meus Esau, si non. Et accessit Jacob ad Jishakum patrem suum, et palpavit illum, et dixit, Vox vox Jacobi, et manus manus Esavi. Et non agnovit illum, quia erant manus ejus sicut manus Esavi fratris ejus pilosae; et benedixit illi. `Dixit Jishak ad Jacobum' significat perceptionem de naturali hoc: `Accede quaeso, et palpabo te, fili mi' significat perceptionem (c)a praesentia intimam: an tu is filius meus Esau, si non' significat quod non esset bonum naturale: `et accessit Jacob ad Jishakum patrem suum' significat praesentiae statum: `et palpavit illum' significat inde perceptionem omnem: `et dixit, Vox vox Jacobi, et manus manus Esavi' significat quod intellectuale ibi sit veri quod intus, sed voluntarium ibi sit boni quod extus, ita inversi ordinis: `et non agnovit illum, quia erant manus ejus sicut manus Esavi fratris ejus pilosae' significat quod ex voluntario quod extus, perciperet quod esset bonum naturale: `et benedixit illi' significat inde conjunctionem.

3557. Vers. 21-23. Et:また、そして、dixit:言った、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、Accede:加わえよ、近寄れ、近づけ、quaeso,:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)et:また、実際、palpabo:なでる、さする、触る、(一人称単数未来)te,:あなたを、fili:息子よ、(呼格)mi,:私よ、(呼格)an:~かあるいは、~かそれとも、tu:あなたは、is:彼は、それは、filius:息子、meus:私の、Esau,:エサウ、si non.:確実に、必ずや、
Et:また、同時に、accessit:近づいた、接近した、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、Jishakum:イサク、patrem:父、suum,:自分自身を、それ自身を、et:また、そして、palpavit:なでた、さすった、触った、illum,:彼を、et:また、そして、dixit,:言った、Vox:言葉、声、vox:言葉、声、Jacobi,:ヤコブ、et:また、しかるに、manus:手、manus:手、Esavi.:エサウ、
Et:また、そして、non:否、agnovit:認めた、承認した、illum,:それを、彼を、quia:なぜなら、ので、erant:あった、manus:手、ejus:それの、彼の、sicut:~の如く、~のように、manus:手、Esavi:エサウ、fratris:兄弟、ejus:それの、彼の、pilosae;:毛深い、毛むくじゃらの、et:また、そして、benedixit:祝福した、illi.:彼に、
`Dixit:言った、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、Jacobum':ヤコブ、significat:意味する、perceptionem:理解、認識、de:~について、naturali:自然的な、自然の、hoc::これから、`Accede:近寄れ、近づけ、接近せよ、quaeso,:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)et:また、実際、palpabo:なでる、さする、触る、(一人称単数未来)te,:あなたを、fili:息子よ、(呼格)mi':私よ、(呼格)significat:意味する、perceptionem:理解、認識、(c)a:~から、~により、praesentia:現存、臨在、居合わせること、出現、intimam::(intima:最内部の、最奥の、?)`an:~かあるいは、~かそれとも、tu:あなたは、is:彼は、それは、filius:息子、meus:私の、Esau,:エサウ、si non':確実に、必ずや、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、non:否、esset:あった、bonum:善、naturale::自然的な、自然の、` et:また、同時に、accessit:近づいた、接近した、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、Jishakum:イサク、patrem:父、suum':自分自身を、それ自身を、significat:意味する、praesentiae:現存、臨在、居合わせること、出現、statum::状態、性質、` et:また、そして、palpavit:なでた、さすった、触った、illum':彼を、significat:意味する、inde:それ故、そこから、perceptionem:理解、認識、omnem::凡ての、全体の、` et:また、そして、dixit,:言った、Vox:言葉、声、vox:言葉、声、Jacobi,:ヤコブ、et:また、しかるに、manus:手、manus:手、Esavi':エサウ、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、intellectuale:理解の、ibi:そこに、そこで、sit:ある、veri:真理、quod:こと、それ、そのこと、intus,:内部に、内面に、内側に、sed:しかし、voluntarium:意志の、ibi:そこに、そこで、sit:ある、boni:善、quod:こと、それ、そのこと、extus,:外部に、外面に、外側に、ita:このように、従って、inversi:逆にされた、歪められた、ordinis::秩序、順序、` et:また、そして、non:否、agnovit:認めた、承認した、illum,:彼を、quia:なぜなら、ので、erant:あった、manus:手、ejus:それの、彼の、sicut:~の如く、~のように、manus:手、Esavi:エサウ、fratris:兄弟、ejus:それの、彼の、pilosae':毛深い、毛むくじゃらの、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、voluntario:意志の、quod:こと、それ、そのこと、extus,:外部に、外面に、外側に、perciperet:理解した、認識した、認めた、quod:こと、それ、そのこと、esset:あった、bonum:善、naturale::自然的な、自然の、` et:また、そして、benedixit:祝福した、illi':彼に、significat:意味する、inde:それ故、そこから、conjunctionem.:連結、結合、

3557.二十一~二十三節、「そして、イサクはヤコブに言った。私の息子よ、どうぞ(私に)近づけ、あなたが確実に私のその息子エサウであるかどうか、実際、私はあなたに触らなければならない。
同時に、ヤコブはその父イサクに近付き、そして彼(イサク)は彼(ヤコブ)に触った。そして言った。声はヤコブの声だが、しかるに手はエサウの手だ。
そして、彼(イサク)は彼(ヤコブ)を認めなかった。なぜなら、彼の手がその兄エサウの手の如く毛深かったからである。そして彼(ヤコブ)を祝福した。」
「イサクはヤコブに言った」は、その自然的なものについての認識を意味し、「私の息子よ、どうぞ(私に)近づけ、実際、私はあなたに触らなければならない」は、最内部のものの現存からの認識を意味し、「あなたが確実に私のその息子エサウであるかどうか」は、自然的な善ではないことを意味し、「同時に、ヤコブはその父イサクに近付いた」は、現存の状態を意味し、「そして彼(イサク)は彼(ヤコブ)に触った」は、そこからの凡ての認識を意味し、「そして言った。声はヤコブの声だが、しかるに手はエサウの手だ」は、内部に真理のものである理解のものがあるが、しかし外部に意志のものである善のものがあることを意味し、従って逆にされた秩序(を意味する)。「そして、彼(イサク)は彼(ヤコブ)を認めなかった。なぜなら、彼の手がその兄エサウの手の如く毛深かったからである」は、外部の意志から自然的な善があることを認識したことを意味し、「そして彼(ヤコブ)を祝福した」は、そこからの連結を意味する。

3558. `Dixit Jishak ad Jacobum': quod significet perceptionem de naturali hoc, constat ex significatione `dicere' quod sit percipere, de qua prius; et ex repraesentatione `Jacobi' quod sit naturale quoad verum {1}, hic {2}modo naturale quia etiam repraesentabat apparenter, seu simulabat externa forma Esavum, ita quoque naturale quoad bonum, quod est `Esau,' et quoque `venationem ejus' quae est verum quod illius boni, n. 3501: quod toties dicatur `dixit,' etiam est causa quia {3}ita novum incohat, seu nova perceptio, {4}videatur n. 2061, 2238, 2260.

3558. `Dixit:言った、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、Jacobum'::ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、perceptionem:理解、認識、de:~について、naturali:自然的な、自然の、hoc,:これは、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`dicere':言うこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、percipere,:理解すること、認めること、認識すること、de:~について、qua:それから、そのことから、prius;:以前に、前に、et:また、そして、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi':ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、naturale:自然的な、自然の、quoad:~に関して、~に関する限り、verum:真理、{1}, hic:ここに、この場に、{2} modo:だけ、単に、naturale:自然的な、自然の、quia:なぜなら、ので、etiam:~もまた、更に、repraesentabat:象徴した、表象した、apparenter,:外観上は、うわべは、表面上は、seu:即ち、或いは、simulabat:似せた、変装した、ふりをした、見せかけた、externa:外部の、外なる、forma:形、姿、Esavum,:エサウ、ita:このように、従って、quoque:~もまた、同じく、同様に、naturale:自然的な、自然の、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、`Esau,':エサウ、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、`venationem:狩猟、獲物、ejus':それの、彼の、quae:それらは、そのことらは、est:ある、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、illius:それの、彼の、boni,:善、n.:番号、3501: quod:こと、それ、そのこと、toties:頻繁に、たびたび、dicatur:言われる、`dixit,':言った、etiam:~もまた、更に、est causa quia:その理由は、{3} ita:このように、従って、novum:新しい、incohat,:始める、始まる、seu:即ち、或いは、nova:新しい、perceptio,:理解、認識、{4} videatur:見られる、認められる、n.:番号、2061, 2238, 2260.

3558.「イサクはヤコブに言った」が、その自然的なものについての認識を意味することは、「言うこと」の意味が認識することであることから知られよう。そのことについては前に(示された)。また「ヤコブ」の表象がここでは単に自然的なだけの真理に関する自然的なものであることから(知られよう)。なぜなら、エサウを外観上表象したからである。即ちエサウの形を見せかけたからである。従って「エサウ」である善に関する自然的なものもまた(見せかけたからであり)、またその善の真理である「彼の獲物」もまた(見せかけたからである)。3501番(を参照)、「言った」がたびたび言われていることの理由もまたそのように新しい(事柄)、即ち新しい認識が始まるからである。そのことは2061, 2238, 2260番に認められよう。

3559. `Accede quaeso et palpabo te, fili mi': quod significet perceptionem (c)a praesentia intimam, constat ex significatione `accedere' quod sit praesentia; et ex significatione `palpare' quod sit perceptio intima et omnis, de qua n. 3528.

3559. ` Accede:近寄れ、近づけ、接近せよ、(命令形)quaeso:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)et:~と、実際、palpabo:なでる、さする、触る、(一人称単数未来)te,:あなたを、fili:息子よ、(呼格)mi'::私よ、(呼格)quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、perceptionem:理解、認識、(c)a:~から、~により、praesentia:現存、臨在、居合わせること、出現、intimam,:最奥、最内部、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`accedere':近付くこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、praesentia;:現存、臨在、居合わせること、出現、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`palpare':触ること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、perceptio:理解、認識、intima:最奥、最内部、et:~と、および、omnis,:凡ての、全体の、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3528.

3559.「私の息子よ、どうぞ(私に)近づけ、実際、私はあなたを触らなければならない」が、最内部のものの現存からの認識を意味することは、「近付くこと」の意味が現存であることから、また「触ること」の意味が最内部の認識、また凡てのものの認識であることから知られよう。そのことについては、3528番(に示された)。

3560. `An tu is filius meus Esau, si non': quod significet quod non esset bonum naturale, constat ex dubitatione quae in his et in mox sequentibus; et quia rationale est quod percipit quid et quale naturale, est perceptio quod non esset, nempe bonum naturale seu `Esau.'

3560. `An:~かあるいは、~かそれとも、tu:あなたは、is:彼は、それは、filius:息子、meus:私の、Esau,:エサウ、si non'::確実に、必ずや、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、non:否、esset:あった、bonum:善、naturale,:自然的な、自然の、constat:知られる、ex:~から、~により、dubitatione:疑い、迷い、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、his:これらから、et:~と、および、in:~の中、~において、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、sequentibus;:次の、後に続く、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、rationale:理性、理性的な、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、percipit:理解する、認識する、認める、quid:何か?、どんな?、et:また、そして、quale:どのような、どんな種類の、naturale,:自然的な、自然の、est:ある、perceptio:理解、認識、quod:こと、それ、そのこと、non:否、esset,:あった、nempe:正確には、即ち、bonum:善、naturale:自然的な、自然の、seu:即ち、或いは、`Esau.':エサウ、

3560.「あなたが確実に私のその息子エサウであるかどうか」が、自然的な善ではないことを意味することは、これら(の言葉)と直ぐ後に続く(言葉)における疑いから知られよう。また自然的なものが何か、またどのようなものかを認めることは理性であるので、それ(息子)が自然的な善、即ちエサウでないことの認識がある(ことを意味する)。

3561. `Et accessit Jacob ad Jishakum patrem suum': quod significet praesentiae statum, constare potest ab illis quae praecedunt ita absque ulteriore explicatione.

3561. `Et:また、同時に、accessit:近づいた、接近した、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、Jishakum:イサク、patrem:父、suum'::自分自身を、それ自身を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、praesentiae:現存、臨在、居合わせること、出現、statum,:状態、性質、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、praecedunt:先行する、先んずる、ita:このように、従って、absque:~なしに、~を除いて、ulteriore:更にそれ以上に、もっと先に、更に進んで、explicatione.:説明、解説、

3561.「同時に、ヤコブはその父イサクに近付いた」が、現存の状態を意味することは、先行する(箇所)から知られることが出来よう。従って更にそれ以上の説明なしに(知られよう)。

3562. `Et palpavit illum': quod significet perceptionem omnem, constat (c)ex significatione `palpare' quod sit perceptio intima et omnis, de qua supra n. 3528, 3559, hic perceptio omnis, quia omnium perceptio est ab intima, hoc est, qui in intima perceptione sunt, in perceptione omnium sunt quae infra, nam quae infra, non sunt nisi quam derivationes et compositiones inde; est enim intimum omne in omnibus inferiorum sui, nam quod inferius est, nisi sit ab interioribus, seu quod idem, a superioribus, sicut effectus a sua causa efficiente, non existit: inde patet cur finis facit hominem felicem vel infelicem in altera vita, finis enim est intimum omnis causae, usque adeo ut si non finis sit in causa, immo nisi sit omne ejus, non sit causa; similiter est finis intimum omnis effectus, nam effectus a causa tali est, {1}et quia ita est, quicquid apud hominem est, trahit suum esse a fine qui apud eum, et inde in altera vita in tali statu est in quali ejus finis, videantur 1317, 1568, 1571, 1645 1939, 3425. Inde constare potest quod `palpare,' quia significat perceptionem intimam, inde significet perceptionem omnem.

3562. `Et:また、そして、palpavit:なでた、さすった、触った、illum'::彼を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、perceptionem:理解、認識、omnem,:凡ての、全体の、constat:知られる、(c) ex:~から、~により、significatione:意味、`palpare':触ること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、perceptio:理解、認識、intima:最奥、最内部、et:~と、および、omnis,:凡ての、全体の、de:~について、qua:それから、そのことから、supra:上に、上部に、n.:番号、3528, 3559, hic:ここに、この場に、perceptio:理解、認識、omnis,:凡ての、全体の、quia:なぜなら、ので、omnium:凡ての、全体の、perceptio:理解、認識、est:ある、ab:~から、~により、intima,:最奥、最内部、hoc est,:即ち、qui:その者達、in:~の中、~において、intima:最奥、最内部、perceptione:理解、認識、sunt,:ある、in:~の中、~において、perceptione:理解、認識、omnium:凡ての、全体の、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、infra,:下に、下部に、下方に、nam:なぜなら、というのも、quae:それらは、そのことらは、infra,:下に、下部に、下方に、non:否、sunt:ある、nisi quam:除いて、~以外に、derivationes:派生、派生物、et:~と、および、compositiones:組み合わせ、合成、inde;:それ故、そこから、est:ある、enim:なぜならば、~というのは、intimum:最奥、最内部、omne:凡ての、全体の、in:~の中、~において、omnibus:凡ての、全体の、inferiorum:より下方の、更に下部の、更に下の、sui,:自分自身の、それ自身の、nam:なぜなら、というのも、quod:こと、それ、そのこと、inferius:より下方の、更に下部の、更に下の、est,:ある、nisi:~以外、もし~でなければ、sit:ある、ab:~から、~により、interioribus,:内的な、より内なる、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、a:~から、~により、superioribus,:更に上の、高い方の、上部の、sicut:~の如く、~のように、effectus:結果、効果、a:~から、~により、sua:それ自身の、causa:原因、理由、efficiente,:生じている、産している、non:否、existit::生ずる、起こる、存在するようになる、inde:それ故、そこから、patet:明らかである、cur:なぜ、どうして、finis:目的、意図、facit:行なう、為す、hominem:人間、felicem:幸福な、恵まれた、vel:或は、~か或は~か、infelicem:不幸な、不運な、in:~の中、~において、altera vita,:他生、finis:目的、意図、enim:なぜならば、~というのは、est:ある、intimum:最奥、最内部、omnis:凡ての、全体の、causae,:原因、理由、usque adeo ut:そこまでも、これほどまでに、si:もし~なら、たとえ~でも、non:否、finis:目的、意図、sit:ある、in:~の中、~において、causa,:原因、理由、immo:というよりは、それどころか、nisi:~以外、もし~でなければ、sit:ある、omne:凡ての、全体の、ejus,:それの、彼の、non:否、sit:ある、causa;:原因、理由、similiter:同様に、似ている、est:ある、finis:目的、意図、intimum:最奥、最内部、omnis:凡ての、全体の、effectus,:結果、効果、nam:なぜなら、というのも、effectus:結果、効果、a:~から、~により、causa:原因、理由、tali:このような、次ぎのような、est,:ある、{1} et:また、そして、quia:なぜなら、ので、ita:このように、従って、est,:ある、quicquid:何でも、凡て、何であろうと、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、est,:ある、trahit:得る、獲得する、受け取る、suum:自分自身を、それ自身を、esse:あること、存在すること、a:~から、~により、fine:目的、意図、qui:それは、apud:~のもとに、~において、eum,:彼を、et:また、そして、inde:それ故、そこから、in:~の中、~において、altera vita:他生、in:~の中、~において、tali:このような、次ぎのような、statu:状態、性質、est:ある、in:~の中、~において、quali:質、性質、ejus:それの、彼の、finis,:目的、意図、videantur:見られる、認められる、n.:番号、1317, 1568, 1571, 1645 1939, 3425.
Inde:それ故、そこから、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、quod:こと、それ、そのこと、`palpare,':触ること、quia:なぜなら、ので、significat:意味する、perceptionem:理解、認識、intimam,:最奥、最内部、inde:それ故、そこから、significet:意味する、perceptionem:理解、認識、omnem.:凡ての、全体の、

3562.「そして彼(イサク)は彼(ヤコブ)に触った」が、そこからの凡ての認識を意味することは、「触ること」の意味が最内部の認識であることから知られよう。そのことについては上の3528, 3559番(に示された)。ここでは凡ての認識である。なぜなら、最内部から凡ての認識があるからである。即ち最内部の認識の中に居る者達は下方の凡ての認識の中に居るからである。なぜなら、下方(にあるもの)はそこ(最内部)からの派生物と合成物を除いてはないからである。というのは、最内部の凡てのものはその下方の凡てのものの中にあるからである。なぜなら、下方のものは結果がその原因から生じているように内的なものから、或いは同じこと(であるが)、高いものからあるのでなければ生じないからである。それ故、なぜ目的が他生において人間を幸福な者、或いは不幸な者に為すか明らかである。というのは、もし原因の中に目的がなければ、それどころか、それ(目的)がその(原因の)凡てのものでなければ原因はないほどにも目的は凡ての原因の最内部であるからである。同様に、目的は凡ての結果の最内部にある。なぜなら、結果はそのような原因からあるからであり、またそのようにあるので何でも人間の許にあるものは彼(人間)の許の目的からその存在を得るからである。またそれ故、他生においてその目的の性質にあるような状態の中に居る。そのことは1317, 1568, 1571, 1645 1939, 3425番に認められよう。
それ故、「触ること」が最内部の認識を意味するので、そこからそれが凡ての認識を意味することが知られることが出来よう。

26-3394意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3394意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3394.「見よ、彼女はあなたの女(妻)である。それにもかかわらず、どうして彼女は私の妹とあなたは言ったのか?」が、もしそれが神的な真理であったなら、実のところ理性的な真理ではなかったを意味することは、リベカであるここの「女(妻)」の意味が主の神的な理性の神的な真理であることから知られよう。そのことについては、3012, 3013, 3077番に示された。また「妹」の意味が理性的な真理であることから知られよう。そのことについては、3386番に示された。従って「見よ、彼女はあなたの女(妻)である。それにもかかわらず、どうして彼女は私の妹とあなたは言ったのか?」は、彼女は神的な真理であるので理性的な真理であることが出来ないことを意味する。
[2]この秘義によって次のようにそのことを有する。霊的な者達は天的な者達の如く認識を持たないので、再生された時の人間の許に神的な真理が理性的な真理に為されることを知らない。実に、彼らは凡ての善と凡ての真理は主からあることを断言するが、しかしそれでもなお、それらが彼らの理性の中で現われる時、彼らは善と真理は彼らのものであることを絶えず憶測し、従って善と真理が彼らからあるように憶測する。というのは、彼らは自分の固有のものから分離されることが出来ないからであり、彼らは自分の固有のものを欲するからである。しかしその時、天的な者達の許ではそのことを次のように有する。
彼らは理性の中の神的な善と真理を認識する。即ち理性の中に主の神的なものにより照らされた真理の外観があることを認識し、3368番を参照、更に自然的なもの、即ち科学的な(事実に基づく)ものの中に、また感覚的なものの中に主の神的なものにより照らされた真理の外観があることを認識する。また天的な者達はそのような状態の中に居るので、凡ての善と真理は主から流入することを承認することが出来、またそのように、主から彼らに伝達され、専有される善と真理の認識力があり、またそれが彼らの楽しいもの、幸福なもの、および幸運なものを造る。そこから天的な人間達であった最古代人達は目に見えた個々の対象物の中に天的なものと霊的なものを除いて認めなかった。1409番を参照、
[3]ここでは主からの再生によって新しい意志の中に神的な善を、また新しい理解の中に神的な真理を受け入れ再生された霊的な人間について述べられているので、また彼らは、上に言われたように、もし真理が理性的なものであったなら神的な真理であることが出来ないと言うことを除いて異なって理解しないので、従ってもし神的な真理であるなら、理性的な真理とは何も共通のものを持たないことを理解する。それ故、ここで「もしそれが神的な真理であったなら、実のところ理性的な真理ではなかった」と言われている。その原因は理性による何かの熟考なしに率直に信じられる信仰の真理を彼らは欲するからである。
科学(知識)がなければ、決して何も信仰の真理がないこと、更にその最も隠された真理ですら、何かの理性的な考え、更に自然的な考えなしに誰かの人間により認められるのではなく、それがどのようなものか、彼らは知らない。3310番の終わりを参照、確かにそのことによって凡ての真理と個々の真理について、否定の原理によりそのようにあるかどうか推論する者達に対抗して自分達を守ることが出来るが、しかし聖言について肯定的な原理の中に居る者達、即ち聖言について信じられなければならないと言う原理の中に居る者達に、そのような状況は有害である。というのは、そのような状況は誰でも考えることの自由を取り去ることが出来るからであり、またそのように人間の内なるものと外なるものの上に支配されることで最大の異端にもまた良心を束縛することが出来るからである。考えることの自由を取り去ることと最大の異端に良心を束縛されることが、「アビメレクはイサクに言った。見よ、彼女はあなたの女(妻)である。またどうして彼女は私の妹とあなたは言ったのか?」によって意味されている。

27-3549~3556原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3549~3556原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3549. `Et dixit Jacob ad patrem suum': quod significet apperceptionem veri naturalis, constat ex significatione `dicere' quod sit percipere, de qua prius, hic appercipere quia ex naturali; et ex repraesentatione `Jacobi' quod sit verum naturale, de {1}qua etiam prius.

3549. `Et:また、同時に、dixit:言った、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、patrem:父、suum'::自分自身を、それ自身を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、apperceptionem:知覚、理解、認知、veri:真理、naturalis,:自然的な、自然の、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`dicere':言うこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、percipere,:理解すること、認めること、認識すること、de:~について、qua:それから、そのことから、prius,:以前に、前に、hic:ここに、この場に、appercipere:理解すること、認めること、quia:なぜなら、ので、ex:~から、~により、naturali;:自然的な、自然の、et:また、そして、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi':ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、naturale,:自然的な、自然の、de:~について、{1}qua:それから、そのことから、etiam:~もまた、更に、prius.:以前に、前に、

3549.「同時に、ヤコブはその父に言った」が、自然的な真理の理解を意味することは、「言うこと」の意味が認識することであることから知られよう。そのことについては前に(示された)。ここでは自然的な者によるので理解することである。またヤコブの表象が自然的な真理であることから(知られよう)。そのことについてもまた前に(示された)。

3550. `Ego Esau primogenitus tuus': quod significet quod crederet esse ipsum bonum naturale, constat ex repraesentatione `Esavi,' et a significatione `primogeniti' quod sit bonum, et quidem bonum naturale quod repraesentatur per Esavum; ita enim se habet cum vero quod est homini antequam regeneratus est, quod credatur esse ipsum bonum; qui perceptionem habent, illi sciunt quod non bonum sit, sed quod verum sub forma boni; at qui non perceptionem habent, non aliter sciunt: hoc quoque a sequentibus melius patebit.

3550. `Ego:私は、Esau:エサウ、primogenitus:長子、初子、tuus'::あなたの、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、crederet:信じた、esse:あること、存在すること、ipsum:そのもの、それ自身、bonum:善、naturale,:自然的な、自然の、constat:知られる、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Esavi,':エサウ、et:また、そして、a:~から、~により、significatione:意味、`primogeniti':長子、初子、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum,:善、et quidem:その上、実際に、bonum:善、naturale:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、Esavum;:エサウ、ita:このように、従って、enim:なぜならば、~というのは、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に、~によって、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、homini:人間、antequam:~より前に、~より先に、regeneratus est,:再生された、quod:こと、それ、そのこと、credatur:信じられる、esse:あること、存在すること、ipsum:そのもの、それ自身、bonum;:善、qui:その者達、perceptionem:理解、認識、habent,:持つ、有す、illi:彼らは、sciunt:知る、quod:こと、それ、そのこと、non:否、bonum:善、sit,:ある、sed:しかし、:むしろ、~ではなく~で、quod:こと、それ、そのこと、verum:真理、sub:~の下に、~の下で、forma:形、姿、boni;:善、at:しかし、だが聞き給え、qui:その者達、non:否、perceptionem:理解、認識、habent,:持つ、有す、non:否、aliter:他の方法で、異なって、sciunt::知る、hoc:これは、quoque:~もまた、同じく、同様に、a:~から、~により、sequentibus:次の、後に続く、melius:より良く、申し分なく、patebit.:明らかである、(三人称単数未来)

3550.「私はあなたの長子エサウです」は、それが自然的な善そのものであることを信じたことを意味することは、「エサウ」の表象から、また「長子」の意味から知られよう。それは実際「エサウ」によって表象される自然的な善である。というのは、再生される前の人間にとってそのように、真理によってそれが善そのものであることを信じることを有するからである。認識を持つ者達はそれが善ではなく、善の形の下の真理であることを知る。しかし認識を持たない者達は(それが善そのものであることよりも)異なって知らない。そのこともまた後に続く(箇所)から申し分なく明らかになろう。

3551. `Feci quemadmodum locutus es ad me': quod significet oboedientiam, constare potest absque explicatione.

3551. `Feci:行なった、作った、(一人称単数完了)quemadmodum:~のように、そのように、locutus es:話した、ad:~に、~へ、me'::私を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、oboedientiam,:服従、従順、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、absque:~なしに、~を除いて、explicatione.:説明、解説、

3551.「私はあなたが私に話したように行いました」が、服従を意味することは説明なしに知られることが出来よう。

3552. `Surge quaeso, sede, et ede e venatione mea': quod significet verum affectionis talis boni, constat ex significatione `surgere' quod involvat aliquid elevationis, de qua n. 2401, 2785, 2912, 2927, 3171; ex significatione `sedere' quod involvat aliquid tranquillitatis; a significatione `edere' quod sit appropriatio, de qua n. 2187, 3168; et ex significatione `venationis' quod sit verum quod ex bono, qua n. 3501; hic inde {1}affectio talis boni ex qua verum; quae enim `surgere, sedere et edere' in sensu interno significant, sunt affectionis, quapropter affectio solum pro illis dicitur.

3552. `Surge:立ち上がれ、起きよ、(命令形)quaeso,:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)sede,:座れ、(命令形)et:また、そして、ede:食べよ、(命令形)、e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、mea'::私の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、verum:真理、affectionis:情愛、talis:このような、次のような、boni,:善、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`surgere':立ち上がること、起きること、quod:こと、それ、そのこと、involvat:包む、含む、aliquid:何か、若干の、elevationis,:上げること、高揚すること、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、2401, 2785, 2912, 2927, 3171; ex:~から、~により、significatione:意味、`sedere':座ること、quod:こと、それ、そのこと、involvat:包む、含む、aliquid:何か、若干の、tranquillitatis;:平静、平安、静寂、a:~から、~により、significatione:意味、`edere':食べること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、appropriatio,:自分自身のものとすること、専有、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、2187, 3168; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`venationis':狩猟、獲物、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、bono,:善、qua:それから、そのことから、n.:番号、3501; hic:ここに、この場に、inde:それ故、そこから、{1} affectio:情愛、talis:このような、次のような、boni:善、ex:~から、~により、qua:それから、そのことから、verum;:真理、quae:それらは、そのことらは、enim:なぜならば、~というのは、`surgere,:立ち上がること、起きること、sedere:座ること、et:~と、および、edere':食べること、in:~の中、~において、sensu interno:内意、significant,:意味する、sunt:ある、affectionis,:情愛、quapropter:そのために、それ故に、affectio:情愛、solum:だけ、のみ、pro:~として、~の代わりに、illis:それらから、彼らから、dicitur.:言われる、

3552.「どうぞ起きて座り給え、そして私の獲物から食べ給え」が、そのような善の情愛の真理を意味することは、「起きる(立ち上がる)こと」の意味が何か高揚することを含むことから知られよう。そのことについては2401, 2785, 2912, 2927, 3171番(に示された。また)「座ること」の意味が何かの平安を含むことから(知られよう。また)「食べること」の意味が専有であることから(知られよう)。そのことについては2187, 3168番(に示された)。また「獲物」の意味が真理であることから(知られよう)。そのことについては3501番(に示された)。それ故、ここではそのような善の情愛(が意味され)、それ(その善の情愛)からの真理(が意味されている)。というのは、内意において「起きること、座ること、および食べること」は情愛の(事柄で)あるからであり、それ故に、それらのこととして情愛だけが言われている。

3553. `Propterea ut benedicat mihi anima tua': quod significet conjunctionem, constat a significatione {1}benedici' quod sit conjunctio de qua supra n. 3504, 3514, 3530.

3553. `Propterea:このために、この理由で、それ故に、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、mihi:私に、anima:霊魂、魂、tua'::あなたの、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、conjunctionem,:連結、結合、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、{1}benedici':祝福されること、聖別されること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio:連結、結合、de:~について、qua:それから、そのことから、supra:上に、上部に、n.:番号、3504, 3514, 3530.

3553.「あなたの霊魂が私を祝福することのために」が、連結を意味することは「祝福されること」の意味が連結であることから知られよう。そのことについては、上の3504, 3514, 3530番(に示された)。

3554. `Et dixit Jishak ad filium suum': quod significet perceptionem, nempe Rationalis per `Jishakum' repraesentati de Naturali quod per `Jacobum,' et quod `dicere' sit percipere, saepius prius ostensum est'.

3554. `Et:また、そして、dixit:言った、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、filium:息子、suum'::自分自身を、それ自身を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、perceptionem,:理解、認識、nempe:正確には、即ち、Rationalis:理性的な、理性、per:~を通して、~によって、`Jishakum':イサク、repraesentati:象徴された、表象された、de:~について、Naturali:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、`Jacobum,':ヤコブ、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、`dicere':言うこと、sit:ある、percipere,:理解すること、認めること、認識すること、saepius:たびたび、しばしば、(比較級)prius:以前に、前に、ostensum est'.:示された、

3554.「そして、イサクはその息子に言った」が、認識を意味すること、即ち「イサク」によって表象された理性的なものが「ヤコブ」によって(表象された)自然的なものについて(の認識を意味することは)、「言うこと」の意味が認識することであること(から知られよう)。そのことについては前にしばしば示された。

3555. `Quid hoc festinasti invenire, fili mi?': quod significet productionem tam festinam, constat absque explicatione.

3555. `Quid:なぜ?、何で?、どうして?、hoc:これを、festinasti:急いだ、せきたてた、急いで行なった、(二人称単数完了略形)invenire,:出会うこと、出くわすこと、見つけること、fili:息子よ、(呼格)mi?'::私よ(呼格)、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、productionem:生産、産出、tam:このように、これほどに、そのように、それほどに、festinam,:速い、急な、大急ぎの、せきたてられた、急いでいる、constat:知られる、absque:~なしに、~を除いて、explicatione.:説明、解説、

3555.「私の息子よ、どうしてあなたはこれを急いで見つけること(が出来たのか)?」が、それほど速い産出を意味することは説明なしに知られよう。

3556. `Et dixit, Quia obvenire fecit Jehovah Deus tuus ad faciem meam': quod significet providentiam, constare potest etiam absque explicatione: providentia de qua hic, est quod bonum et inde vera ita {1}ordine disponantur apud hominem dum regeneratur, nempe appareant extra, aut ibi sistantur in tali facie, sicut bonum genuinum et inde vera genuina forent, cum tamen non talia sunt, sed bonum domesticum, ut supra dictum, et vera inde, inservientia {2}solum pro regenerando homine, ita pro {3}introducendis bonis et veris crassioris naturae, quia talia conducunt.

3556. `Et:また、同時に、dixit,:言った、Quia:なぜなら、ので、obvenire:与えられること、割り当てられること、所有に帰すること、fecit:行なった、為した、Jehovah:エホバ、Deus:神、tuus:あなたの、ad:~に、~へ、faciem:顔、容貌、meam'::私の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、providentiam,:摂理、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、etiam:~もまた、更に、absque:~なしに、~を除いて、explicatione::説明、解説、providentia:摂理、de:~について、qua:それから、そのことから、hic,:ここに、この場に、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、bonum:善、et:~と、および、inde:それ故、そこから、vera:諸々の真理、ita:次のように、従って、{1} ordine:秩序、順序、disponantur:配置される、処理される、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、dum:その時、もし~ならば、regeneratur,:再生される、nempe:正確には、即ち、appareant:現れる、見える、extra,:外で、外部で、外的に、aut:即ち、或いは、ibi:そこに、そこで、sistantur:示される、論じられる、in:~の中、~において、tali:このような、次ぎのような、facie,:顔、外観、姿、性質、様子、様相、特徴、sicut:~の如く、~のように、bonum:善、genuinum:正しい、本来の、et:~と、および、inde:それ故、そこから、vera:諸々の真理、genuina:正しい、本来の、forent,:あった、cum:その時、その場合、tamen:しかし、それにもかかわらず、それでも、やはり、non:否、talia:このような、次ぎのような、sunt,:ある、sed:しかし、bonum:善、domesticum,:家庭の、家の、ut:~のように、~として、supra:上に、上部に、dictum,:言われた、et:また、そして、vera:諸々の真理、inde,:それ故、そこから、inservientia:仕えている、奉仕している、{2}solum:だけ、のみ、pro:~として、~のために、regenerando:再生されるべき、(未来受動分詞)homine,:人間、ita:このように、従って、pro:~として、~の代わりに、{3}introducendis:導入することで、導き入れることで、bonis:諸々の善、et:~と、および、veris:諸々の真理、crassioris:より粗野な、より粗い、naturae,:自然、自然界、quia:なぜなら、ので、talia:このような、次ぎのような、conducunt.:集める、結合する、

3556.「同時に、彼(ヤコブ)は言った。あなたの神エホバが私の顔に与えられることを為されたからです」が、摂理を意味することは説明なしに知られることが出来よう。ここの摂理については、彼(人間)が再生される時、善とそこからの真理が次のような秩序で配置される。即ちそれらは外的に現われる。或いは本来の善とそこからの真理である如く、そのような姿で示される。しかしその時、それらはそのようなものではなく、上に言われたように家の善であり、またそこからの真理である。それらは再生されなければならない人間のために仕えるだけであり、従って自然の粗野な善と真理を導き入れることとして(記述されている)。なぜなら、そのようなものを結合するからである。

26-3392~3393意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3392~3393意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3392.「同時に見よ、イサクがその女(妻)リベカと笑っていた」が、神的な真理の中にある神的な善、或いは神的な善に結ばれた神的な真理を意味することは、「イサク」の表象が主の理性の神的な善であることから知られよう。そのことについては、3012, 3194, 3210番に示された。また「笑うこと」の意味が愛、即ち真理への情愛であることから知られよう。そのことにつては、2072, 2216番に示された。また「リベカ」の表象が主の理性の神的な真理であることから知られよう。そのことにつては、3012, 3013, 3077番に示された。それ故、「イサクがその女(妻)リベカと笑っている」は、神的な善と神的な真理とが現存することを意味することが明らかである。このひと続きのものの中のそれらの意味は、霊的な真理が受け入れられことは、先ずそれが神的なものと言われる理由から、その後、その中に神的なものがあるので受け入れられる。再生される者達と霊的な教会の人間に為される者達はそのことを認識する。その者達が「アビメレク」、即ち信仰の教義の中に居る者達、また概念(知識)の中に真理を見る者達によって意味される。それらのことについては、直ぐ上の3391番に示された。

3393.「そして、アビメルクはイサクを呼び、同時に言った」が、教義からの主の認識を意味することは、「アビメレク」の表象が理性的なものに関係している教義であることから知られよう。そのことについては、2504, 2509, 2510, 2533, 3391番に示された。また「イサク」の表象が主の神的な理性であることから知られよう。そのことについては上に示された。また「言うこと」の意味が認識することであることから知られよう。そのことについては、1898, 1919, 2080, 2862番に示された。また「アビメレク」はその教義を意味し、今やその中に神的なものが認識されたので、3392番を参照、従って「アビメレク」によって教義に関する主もまた表象されている。なぜなら、聖言の中の全体的なものも個別的なものも最高の意味においては主に関係するからであり、また最高の意味だけでなく、内意に関してもまた、更に文字通りの意味に関しても主は教義そのもの、即ち聖言そのものであるからである。
[2]というのは、文字通りの意味は内意の表象のものと表意するものであるからであり、またその表象のものと表意するものが最高の意味であるからである。また聖言の中に表象のものと表意するものがあり、それがその本質であり、それが表象され、また意味されるからである。そのように主の神的なものは存在する。というのは、表象のものは、もしその像が表象されるのでなければ存在しないからであり、また像の中に示されるものそのものがあるからである。例えば、人間の会話、更に人間の身振りから見えることが出来よう。話すことと身振りは、単に人間の中の内部に生じる思考と意志の像であり、そのように話すことと身振りは形における思考と意志である。というのはもし、思考と意志を話すことと身振りから取り去ったなら何も生命のないものだけが残るからであり、そのように人間的なものが何もなくなるからである。それ故、聖言によってもそのことをどのように有するか知られることが出来よう。更に文字通りの意味の聖言の中にも神的なものがあることが知られよう。

27-3543~3548原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3543~3548原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3543. `Et dedit cupedias': quod significet delectabilia inde, constat ex significatione `cupediarum' quod sint amoena, {1}tum delectabilia, de qua supra n. 3502, 3536.

3543. `Et:また、そして、dedit:引き渡す、委ねる、手渡す、明け渡す、捧げる、cupedias'::ごちそう、珍味、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、delectabilia:楽しい、愉快な、inde,:それ故、そこから、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`cupediarum':ごちそう、珍味、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、amoena,:魅力的な、快い、{1}tum:その上、更に、delectabilia,:楽しい、愉快な、de:~について、qua:それから、そのことから、supra:上に、上部に、n.:番号、 3502, 3536.

3543.「ご馳走を渡した」が、そこからの楽しいものを意味することは、「ご馳走」の意味が快いもの、更に楽しいものであることから知られよう。そのことについては3502, 3536番(に示された)。

3544. `Et panem': quod significet bonum inde, constat (c)ex significatione `panis' quod sit bonum, de qua n. 276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478.

3544. `Et:また、そして、panem'::パン、食物、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、bonum:善、inde,:それ故、そこから、constat:知られる、(c) ex:~から、~により、significatione:意味、`panis':パン、食物、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478.

3544.「またパンを」が、そこからの善を意味することは「パン」の意味が善であることから知られよう。そのことについては276, 680, 1798, 2165, 2177, 3464, 3478番(に示された)。

3545. `Quae fecit': quod significet quae a Divino, constat a repraesentatione `Rebeccae' quod sit Divinum Verum Divini Rationalis Domini; et quia de Rebecca dicitur quod `fecerit,' significatur quod ex Divino.

3545. `Quae:それらは、そのことらは、fecit'::作った、為した、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quae:それらは、そのことらは、a:~から、~により、Divino,:神的な、constat:知られる、a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Rebeccae':リベカ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、Divinum:神的な、Verum:真理、Divini:神的な、Rationalis:理性的な、理性、Domini;:主、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、de:~について、Rebecca:リベカ、dicitur:言われる、quod:こと、それ、そのこと、`fecerit,':作った、significatur:意味される、quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、Divino.:神的な、

3545.「彼女が作った」が、神的な(真理)からを意味することは「リベカ」の表象が主の神的な理性の神的な真理であることから知られよう。また「リベカ」が作ったことが言われているので、神的なものから(作られた)ことが意味される。

3546. `In manum Jacobi filii sui': quod significet quod talis esset affectio veri naturalis, constat ex eo quod haec clausula sit praecedentium, et tunc talis `Jacobus,' per quem repraesentatur verum naturale, n. 3305, 3509, 3525, nempe quod `indutus quoad manus et collum pellibus haedorum caprarum, in manu habuerit cupedias quas patri suo Jishako apportaret.

3546. `In:~の中へ、~に、manum:手、Jacobi:ヤコブ、filii:息子、sui'::自分自身の、それ自身の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、talis:このような、次のような、esset:あった、affectio:情愛、veri:真理、naturalis,:自然的な、自然の、constat:知られる、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、haec:これは、clausula:結末、結論、sit:ある、praecedentium,:先行している、et:また、そして、tunc:その時、やがて、talis:このような、次のような、`Jacobus,':ヤコブ、per:~を通して、~によって、quem:その者を、repraesentatur:象徴される、表象される、verum:真理、naturale,:自然的な、自然の、n.:番号、3305, 3509, 3525, nempe:正確には、即ち、quod:こと、それ、そのこと、` indutus:着せられた、あてがわれた、quoad:~に関して、~に関する限り、manus:手、et:~と、および、collum:首、pellibus:皮、毛皮、haedorum:子山羊、caprarum,:雌山羊、in:~の中、~において、manu:手、habuerit:持った、cupedias:ごちそう、珍味、quas:それらを、patri:父、suo:自分自身の、それ自身の、Jishako:イサク、apportaret. ':運んだ、携えた、持って来た、

3546.「その息子のヤコブの手に」が、そのようなものが自然的な真理の情愛であったことを意味することは、そのことが先行していることの結末であることから知られよう。またその時、そのような(情愛が)ヤコブ(にあったことから知られよう)。その者(ヤコブ)により自然的な真理が表象されている。3305, 3509, 3525番(を参照)、即ち「手と首に関して雌山羊の子の毛皮をあてがわれ、手にご馳走を持ってその父イサクに持って行った」(ことから知られよう)。

3547. Vers. 18-20. Et venit ad patrem suum, et dixit, Pater mi, et dixit, Ecce me, quis tu fili mi? Et dixit Jacob ad patrem suum, Ego Esau primogenitus tuus, feci quemadmodum locutus es ad me, surge quaeso, sede et ede e venatione mea, propterea ut benedicat mihi anima tua. Et dixit Jishak ad filium suum, Quid hoc festinasti invenire, fili mi? et dixit, Quia obvenire fecit Jehovah Deus tuus ad faciem meam. `Venit ad patrem suum, et dixit, Pater mi; et dixit, Ecce me, quis tu fili mi?' significat statum perceptionis ex praesentia illius veri: `et dixit Jacob ad patrem suum' significat apperceptionem veri naturalis: `Ego Esau primogenitus tuus' significat quod crederet esse ipsum bonum naturale: `feci quemadmodum locutus es ad me' significat oboedientiam: `surge quaeso, sede, et ede e venatione mea' significat verum affectionis talis boni: `propterea ut benedicat mihi anima tua' significat conjunctionem: `et dixit Jishak ad filium suum' significat perceptionem: `Quid hoc festinasti invenire, fili mi?' significat productionem tam festinam: `et dixit, Quia obvenire fecit Jehovah Deus tuus ad faciem meam' significat providentiam.

3547. Vers. 18-20. Et:また、そして、venit:行った、来た、行く、来る、ad:~そばに、~へ、patrem:父、suum,:自分自身を、それ自身を、et:また、そして、dixit,:言った、Pater:父よ、(呼格)mi,:私よ、(呼格)et:また、同時に、dixit,:言った、Ecce:見よ、ほら、me,:私を、quis:誰が、誰か、tu:あなたは、fili:息子よ、(呼格)mi?:私よ、(呼格)
Et:また、同時に、dixit:言った、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、patrem:父、suum,:自分自身を、それ自身を、Ego:私は、Esau:エサウ、primogenitus:長子、初子、tuus,:あなたの、feci:行なった、為した、(一人称単数完了)quemadmodum:~のように、そのように、言わば、まるで~かのように、locutus es:話した、ad:~に、~へ、me,:私へ、surge:立ち上がれ、起きよ、(命令形)quaeso,:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)sede:座れ、(命令形)et:また、そして、ede:食べよ、(命令形)、e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、mea,:私の、propterea:このために、この理由で、それ故に、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、mihi:私に、anima:霊魂、魂、tua.:あなたの、
Et:また、そして、dixit:言った、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、filium:息子、suum,:自分自身を、それ自身を、Quid:なぜ?、何で?、どうして?、hoc:これを、festinasti:急いだ、せきたてた、急いで行なった、(二人称単数完了略形)invenire,:出会うこと、出くわすこと、見つけること、fili:息子よ、(呼格)mi?:(私よ)、et:また、同時に、dixit,:言った、Quia:なぜなら、ので、obvenire:与えられること、割り当てられること、所有に帰すること、fecit:行なった、為した、Jehovah:エホバ、Deus:神、tuus:あなたの、ad:~に、~へ、faciem:顔、容貌、meam.:私の、
`Venit:行った、来た、ad:~そばに、~へ、patrem:父、suum,:自分自身を、それ自身を、et:また、そして、dixit,:言った、Pater:父、(呼格) mi;:私よ、(呼格)et:また、そして、dixit,:言った、Ecce:見よ、ほら、me,:私を、quis:誰が、誰か、tu:あなたは、fili:息子よ、(呼格)mi?':(私よ)、significat:意味する、statum:状態、性質、perceptionis:理解、認識、ex:~から、~により、praesentia:現存、臨在、居合わせること、出現、illius:それの、veri::真理、` et:また、同時に、dixit:言った、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、patrem:父、suum':自分自身を、それ自身を、significat:意味する、apperceptionem:知覚、理解、認知、veri:真理、naturalis::自然的な、自然の、`Ego:私は、Esau:エサウ、primogenitus:長子、初子、tuus':あなたの、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、crederet:信じた、esse:あること、存在すること、ipsum:そのもの、それ自身、bonum:善、naturale::自然的な、自然の、`feci:行なった、作った、(一人称単数完了)quemadmodum:~のように、そのように、locutus es:話した、ad:~に、~へ、me':私へ、significat:意味する、oboedientiam::服従、従順、`surge:立ち上がれ、起きよ、(命令形)quaeso,:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)sede,:座れ、(命令形)et:また、そして、ede:食べよ、(命令形)、e:~から、~により、venatione:狩猟、獲物、mea':私の、significat:意味する、verum:真理、affectionis:情愛、talis:このような、次のような、boni::善、` propterea:このために、この理由で、それ故に、ut:~のために、こと、~するように、benedicat:祝福する、mihi:私に、anima:霊魂、魂、tua':あなたの、significat:意味する、conjunctionem::連結、結合、` et:また、そして、dixit:言った、Jishak:イサク、ad:~に、~へ、filium:息子、suum':自分自身を、それ自身を、significat:意味する、perceptionem::理解、認識、`Quid:なぜ、何か?、どのようにして?、hoc:これを、festinasti:急いだ、せきたてた、急いで行なった、(二人称単数完了略形)invenire,:出会うこと、出くわすこと、見つけること、fili:息子よ、(呼格)mi?':(私よ)、significat:意味する、productionem:産むこと、生産、産出、tam:このように、それほどに、この程度に、festinam::速い、急な、大急ぎの、` et:また、そして、dixit,:言った、Quia:なぜなら、ので、obvenire:与えられること、割り当てられること、所有に帰すること、fecit:行なった、為した、Jehovah:エホバ、Deus:神、tuus:あなたの、ad:~に、~へ、faciem:顔、容貌、meam':私の、significat:意味する、providentiam.:摂理、

3547.十八~二十節、「そして、彼はその父のそばに行き、そして言った。私の父よ、同時に、彼(父)は言った。見よ、私を、私の息子よ、あなたは誰だ?
同時に、ヤコブはその父に言った。私はあなたの長子エサウです。私はあなたが私に話したように行いました。どうぞ起きて座り給え、そしてあなたの霊魂が私を祝福することのために私の獲物から食べ給え、
そして、イサクはその息子に言った。私の息子よ、どうしてあなたはこれを急いで見つけること(が出来たのか)? 同時に、彼(ヤコブ)は言った。あなたの神エホバが私の顔に与えられることを為されたからです。」
「彼はその父のそばに行き、そして言った。私の父よ、同時に、彼(父)は言った。見よ、私を、私の息子よ、あなたは誰だ?」は、その真理の現存からの認識の状態を意味し、「同時に、ヤコブはその父に言った」は、自然的な真理の理解を意味し、「私はあなたの長子エサウです」は、それが自然的な善そのものであることを信じたことを意味し、「私はあなたが私に話したように行いました」は、服従を意味し、「どうぞ起きて座り給え、そして私の獲物から食べ給え」は、そのような善の情愛の真理を意味し、「あなたの霊魂が私を祝福することのために」は、連結を意味し、「そして、イサクはその息子に言った」は、認識を意味し、「私の息子よ、どうしてあなたはこれを急いで見つけること(が出来たのか)?」は、それほど速い産出を意味し、「同時に、彼(ヤコブ)は言った。あなたの神エホバが私の顔に与えられることを為されたからです」は、摂理を意味する。

3548. `Venit ad patrem suum, et dixit, Pater mi; et dixit, Ecce me, quis tu fili mi?': quod significet statum perceptionis ex praesentia illius veri, constare potest a repraesentatione `Jishaki' qui hic pater, et (c)a repraesentatione `Jacobi' qui hic filius, de quibus aliquoties prius; tum a significatione `dicere' quod sit percipere, de qua etiam prius; inde et ex reliquis patet quod sit status perceptionis ex praesentia illius veri quod per `Jacobum' repraesentatur; sed quale hoc verum sit quod nunc per Jacobum repraesentatur, patet a sensu interno illorum quae praecedunt et quae sequuntur, quod nempe externa forma appareat sicut bonum et boni verum, quae repraesentantur per `Esavum' et significantur per ejus venationem, sed quod non tale in forma interna: naturale quoad verum apud hominem qui regeneratur, hoc est, antequam regeneratus est, tale apparet, non quidem coram homine, nam is nihil novit de (t)bono et vero apud se cum regeneratur, sed coram oculis angelorum, qui talia in luce caeli vident; homo ne quidem novit quid bonum et {1}verum naturalis, et quia non novit, {2}non potest percipere, et quia non percipit in communi nec potest percipere in particulari, ita non differentias, minus mutationes status eorum; et quia non haec, aegre potest capere ex aliqua descriptione quomodo cum hoc bono et ejus vero se habet; at quia de illis in hoc capite agitur, in sequentibus, quantum possit ad captum, venit exponendum.

3548. `Venit:行った、来た、ad:そばに、近くに、patrem:父、suum,:自分自身を、それ自身を、et:また、そして、dixit,:言った、Pater:父よ、(呼格)mi;:私よ、(呼格)et:また、そして、dixit,:言った、Ecce:見よ、ほら、me,:私を、quis:誰が、誰が居るだろうか、tu:あなたは、fili:息子よ、(呼格)mi?'::(私よ)、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、statum:状態、性質、perceptionis:理解、認識、ex:~から、~により、praesentia:現存、臨在、居合わせること、出現、illius:それの、veri,:真理、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jishaki':イサク、qui:その者達、hic:ここに、この場に、pater,:父、et:また、そして、(c)a repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi':ヤコブ、qui:その者達、hic:ここに、この場に、filius,:息子、de:~について、quibus:それらから、そのことらから、aliquoties:数回、数度、prius;:以前に、前に、tum:その上、更に、a:~から、~により、significatione:意味、`dicere':言うこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、percipere,:理解すること、認めること、認識すること、de:~について、qua:それから、そのことから、etiam:~もまた、更に、prius;:以前に、前に、inde:それ故、そこから、et:~と、および、ex:~から、~により、reliquis:残りの、他の、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、status:状態、性質、perceptionis:理解、認識、ex:~から、~により、praesentia:現存、臨在、居合わせること、出現、illius:それの、veri:真理、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、`Jacobum':ヤコブ、repraesentatur;:象徴される、表象される、sed:しかし、quale:どのような、どんな種類の、hoc:これは、verum:真理、sit:ある、quod:こと、それ、そのこと、nunc:今、それで、per:~を通して、~によって、Jacobum:ヤコブ、repraesentatur,:象徴される、表象される、patet:明らかである、a:~から、~により、sensu interno:内意、illorum:それらの、quae:それらは、そのことらは、praecedunt:先行する、先んずる、et:~と、および、quae:それらは、そのことらは、sequuntur,:次に来る、続く、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、externa:外部の、外なる、forma:形、姿、appareat:現われる、見える、sicut:~の如く、~のように、bonum:善、et:~と、および、boni:善、verum,:真理、quae:それらは、そのことらは、repraesentantur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、`Esavum':エサウ、et:また、そして、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、ejus:それの、彼の、venationem,:狩猟、獲物、sed:しかし、quod:こと、それ、そのこと、non:否、tale:このような、次のような、in:~の中、~において、forma:形、姿、interna::内部の、内なる、naturale:自然的な、自然の、quoad:~に関して、~に関する限り、verum:真理、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、qui:その者達、regeneratur,:再生される、hoc est,:即ち、antequam:~より前に、~より先に、regeneratus est,:再生された、tale:このような、次のような、apparet,:現れる、見える、non:否、quidem:確かに、無論、実に、coram:~の面前で、目の前で、homine,:人間、nam:なぜなら、というのも、is:彼は、nihil:無意味、何も~ない、novit:知る、知った、de:~について、(t) bono:善、et:~と、および、vero:真理、apud:~のもとに、~において、se:自分自身を、それ自身を、cum:その時、その場合、regeneratur,:再生される、sed:しかし、coram:~の面前で、目の前で、oculis:目、angelorum,:天使達の、qui:その者達、talia:このような、次のような、in:~の中、~において、luce:光、caeli:天界、vident;:見る、認める、homo:人間、ne quidem:決して~ない、~ですら~ない、novit:知る、知った、quid:何か?、どんな?、bonum:善、et:~と、および、{1} verum:真理、naturalis,:自然的な、自然の、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、non:否、novit,知る、知った、{2} non:否、potest:出来る、可能である、percipere,:理解すること、認めること、認識すること、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、non:否、percipit:理解する、認識する、認める、in:~の中、~において、communi:一般に、全般に、nec:否、potest:出来る、可能である、percipere:理解すること、認めること、認識すること、in:~の中、~において、particulari,:個別に、個々の、ita:このように、従って、non:否、differentias,:相違、区別、minus:なお更、まして、より小さい、mutationes:変化、推移、status:状態、性質、eorum;:それらの、彼らの、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、non:否、haec,:これらを、aegre:辛うじて、殆んど~ない、potest:出来る、可能である、capere:理解すること、認識すること、認めること、ex:~から、~により、aliqua:誰か、何か、descriptione:記述、叙述、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、cum:~と一緒に、~によって、hoc:これから、bono:善、et:~と、および、ejus:それの、彼の、vero:真理、se:それ自身を、habet;:持つ、有す、at:しかし、だが聞き給え、quia:なぜなら、ので、de:~について、illis:それらから、彼らから、in:~の中、~において、hoc:これから、capite:章、agitur,:述べられる、取り扱われる、in:~の中、~において、sequentibus,:次の、後に続く、quantum:ほど、~の限り、~の範囲、possit:出来る、可能である、ad:~のために、~へ、captum,:理解、把握、掴むこと、venit:行く、来る、言及する、exponendum.:説明されるべき、(未来受動分詞)

3548.「彼はその父のそばに行き、そして言った。私の父よ、同時に、彼(父)は言った。見よ、私を、私の息子よ、あなたは誰だ?」が、その真理の現存からの認識の状態を意味することは、ここの父である「イサク」の表象から、またここの息子である「ヤコブ」の表象から知られよう。そのことについては前に何度か(示された)。更に「言うこと」の意味が認識することであることから(知られよう)。そのことについても前に(何度か示された)。それらから、また他のことから「ヤコブ」によって表象される真理の現存からの認識の状態であることが明らかである。しかし今ヤコブによって表象されているその真理がどのようなものであるかは、先行する(箇所)と後に続く(箇所の)内意から明らかである。即ちそれは外なる形ではエサウによって表象されており、また彼の獲物によって意味されている善と善の真理の如く見えること、しかし内なる形ではそのようなものでないこと(が明らかである)。再生される人間の許の自然的な真理に関して、即ち再生される前の(人間の許の自然的な真理に関しては)そのように見える。無論、人間の目の前で(そのように見えるのでは)なく、(なぜなら、彼(人間)は再生される時、自分自身の許の善と真理について何も知らないからである。)天界の光の中で見る天使達の目の前で(そのように見える)。人間は自然的な善と真理ですら何かを知らず、また知らないので認識することが出来ない。そして全般的なものにおいて認識することが出来ないので、個別的なものにおいても認識することが出来ず、従って(それらの)相違(を認識することが出来)ず、ましてそれらの状態の変化(を認識することが出来ない)。そしてそれらを(認識することが出来)ないので、その善とその真理によってどのようにそれを有するかを何かの記述により殆んど認めることが出来ない。しかし、それらについてこの章において述べられているので、次の(箇所)において理解のために出来る限り言及して説明されなければならない。

26-3391意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3391意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3391.「そしてそれから、ペリシテ人達の王アビメレクは窓の向こう側を見渡し、また見た」が、概念(知識)の中の理性的なものに関係している信仰の教義を意味することは、「アビメレク」の表象が理性的なものに関係している信仰の教義であることから知られよう。そのことについては、2504, 2509, 2510, 2533番に示された。また「ペリシテ人達の王」の意味が教義の事柄であることから知られよう。そのことについては3365番に示された。また「窓」の意味が知的なものであることから知られよう。そのことについては655, 658番に示された。それ故に、内的な視覚である。なぜなら、かつて「窓」によってそれが意味されてたからである。従って「窓の向こう側を見渡すこと」は、内的な視覚によって見えることを認識することである。それらは一般的に外なる人間の概念(知識)である。理性的なもの、或いは同じことであるが、真理の外観、即ち霊的な真理は概念(知識)ではないが、しかし概念(知識)の中にある。というのは、理性的なものは内なる人間のものだからであり、また内なる人間は外なる人間のそれらの(概念(知識))に関係するからである。従って概念(知識)の中の真理に関係する。なぜなら、概念(知識)は自然的な人間のものであるので、理性的なものを受け入れている容器であるからである。神的な真理は理性的なものに流入し、また理性的なものを通して自然的なものに流入すること、また鏡の中の多くの像の如く、その中にそれらが示されることは、3368番に認められよう。
[2]「窓」は内なる視覚、即ち理解であり、それが一言で知的なものと言われることは、655番に聖言のそれらの箇所から、また更に下記の箇所から知られよう。ヨエル書において、
「彼らは大きな町の中を駆け回り、城壁の中を走り、家々に火を付け、盗人の如く窓を通って入るであろう。」2.9、ここでは教会の最後の日々の悪と間違った原理について記述されている。「家々に火を付けること」は意志の善を滅ぼすこととして記述されている。「家」が意志の善であることは、710, 2233番に認められよう。また「窓を通って入ること」は、真理を滅ぼすこととして、またそれらの概念(知識)を滅ぼすこととして記述されている。それらは理解のものである。ゼパニヤ書において、
「エホバは御自身の手を北の向こうに伸ばされ、そしてアシュルを滅ぼすであろう。その民族の凡ての野獣は、その群れの真ん中で眠り、更にへらさぎの鳥も猛禽も、そのざくろの木に一夜を過すであろう。窓には鳥の鳴き声が響くであろう。門の中に干ばつがあるであろう。なぜなら、エホバがその杉を略奪されたからである。」2.14、ここではアシュルである推論によって信仰の真理の破壊について記述されている。119, 1186番を参照、「窓には鳥の鳴き声が響く」は真理の荒廃として、従って真理に関する知的な能力の荒廃として記述されている。
[3]士師記の書において、
「シセラの母は窓の向こうを見渡し、また格子を通して声高に言った。なぜ彼の馬車の来ることが遅れるのか?」5.28、これはデボラとバラクの霊的な教会の蘇生についての預言である。「窓の向こうを見渡すこと」は、真理を否定する者達の誤った推論によって、またそのように教会の真理を損なう者達として記述されている。というのは、それらは反対の意味での知的なものであるからである。エレミヤ書において、
「ああ災いなるから、正義なしに自分の家を建てた者達、また正しい判断なしに自分の高間を建てた者達、彼は十分な寸法の家、また広い高間の家を建て、またそれに窓をうがち、そして杉の板を張り、また朱で染めると言った。」22.13,14、ここで「正義なしに家を建て、また正しい判断なしに高間を建てること」は、善でないものにより、また真理でないものにより宗教的なものを作ることである。「正義と正しい審判」が善と真理であることは2235番に認められよう。「それに窓をうがち、そして杉の板を張り、また朱で染めること」は、知的な真理と霊的な真理を曲解することとして記述されている。
エルサレムの神殿の窓は知的なもの、従って霊的なものを除いて他のものは表象しなかった。またエゼキエル書、40. 16, 22, 25, 33, 36、41. 16, 26、における新しい神殿の窓も同様に意味する。なぜなら、その預言書において新しい神殿、新しいエルサレム、および新しい地は主の王国を除いて他のものでないことは、誰でも認めることが出来るからである。その預言書はそのような主の王国について述べられている。

27-3542原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3542原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3542. `Et super levitatem collorum illius': quod significet ut non appareret verum disjungens, constat ex praedicatione `levis seu levitatis' quod sit de vero, de qua n. 3527; et ex significatione `collorum' quod sit conjungens, de qua sequitur; hic itaque, quia erat apparentia `super levitatem collorum illius,' est ut non appareret verum disjungens. Quomodo haec se habent, constare potest ab illis quae supra n. 3539 dicta et ostensa sunt, quod nempe illud bonum et illa vera quae ex intellectu et non simul ex voluntate profluunt, non bonum nec vera sint, utcumque ita externa forma apparerent, {1}et si voluntas mali sit, disjungunt bonum et vera, non conjungunt; at si aliquid voluntatis boni est, tunc non disjungunt sed conjungunt, tametsi in inverso ordine disposita sunt, nam per illa homo regeneratur; et quia sic disposita inserviunt primum pro regenerando homine, dicitur quod sic verum disjungens non appareret; sed de his in sequentibus plura. [2] Quod `collum' significet conjungens, inde est quia superiora apud hominem quae sunt capitis, cum inferioribus ejus quae sunt corporis, communicant inter se per intercedens collum; inde est quod tam influxus quam communicatio, proinde conjunctio, significetur per intermedium illud; quod adhuc melius constare poterit a correspondentiis Maximi Hominis cum illis quae sunt corporis humani, de quibus ad fines capitum; simile inde per `collum' significatur in Verbo; ut apud Esaiam,
Spiritus Ipsius sicut fluvius inundans, usque ad collum
dimidiabit, xxx 28;
{2}ibi `fluvius inundans' pro falso ita superfluente; `ad collum dimidiare' pro intercludere (c)et intercipere communicationem et inde conjunctionem superiorum cum inferioribus, quae intercluditur et intercipitur cum spirituale bonum et verum non recipitur: [3] apud Habakkuk,
Percussisti caput de domo impii, denudando fundamentum
usque ad collum, iii 13;
percutere caput de domo impii' pro destruere principia falsi; `denudando fundamentum {3}usque ad collum' pro intercipiendo sic conjunctionem: apud Jeremiam,
Praevaricationes implexae ascenderunt super collum meum,
impulit vires meas, dedit me {4}Dominus in manus, non possum
resurgere, Thren. i 14;
`praevaricationes implexae ascenderunt super collum meum pro quod falsa versus interiora seu rationalia. [4] Quia per `collum' significabatur communicatio et conjunctio illa, ideo per `vincula colli' significata est interceptio, proinde desolatio veri, quae tunc existit quando spiritualia, quae {5}continue influunt a Domino, non amplius admittuntur in {6}rationale hominis, et consequenter nec in naturale ejus; interceptio seu desolatio illa est quae repraesentatur apud Jeremiam,
Per quod faceret sibi vincula et juga, et daret ea super
collum suum, ac mitteret ad populos,...et diceret, quod
servirent Nebuchadnezzari regi Babelis,...et qui non traderent
collum suum sub jugum ejus, quod gladio, fame et peste
visitarentur; at qui subderent collum suum, relinquerentur
super terra, Jer. xxvii 2, 3, 8, 11;
`dare collum sub jugum regis Babelis et servire ei' pro desolari quoad verum et vastari quoad bonum; quod `Babel' sit quae vastat, videatur n. 1327 f.; et quod vastentur ne profanentur sancta, n. 301-303, 1327, 1328, 2426, 3398, 3399, 3402; et quia intercepto influxu boni et veri, servitur malo et falso, {7}ideo etiam dare collum sub jugum est servire: apud eundem,
Dixit Jehovah, Frangam jugum Nebuchadnezzaris regis
Babelis intra biennium dierum, desuper collo omnium gentium,
xxviii 11;
pro quod a vastatione liberandi: apud Esaiam,
Excute te e pulvere; surge, sede, Hierosolyma; aperi
vincula colli tui, captiva filia Zionis, lii 2;
`aperire vincula colli' pro admittere et recipere bonum et verum: (m)apud Micham,
Ecce Ego cogitans super familiam hanc malum, ex quo non
extrahetis colla vestra, et non ibitis erecti, quia tempus
mali illud, ii 3;
`e malo non extrahere colla' pro non admittere verum; non ire erecti' pro sic non spectare ad superiora seu illa quae caeli sunt, n. 248.

3542. `Et:また、そして、super:~の上で、~の上に、levitatem:なめらかさ、耳ざわりでないこと、collorum:首、illius'::彼の、それの、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、ut:~のために、こと、~するように、non:否、appareret:現われた、見えた、verum:真理、disjungens,:分けている、分離している、切り離している、constat:知られる、ex:~から、~により、praedicatione:説教、伝道、布告、`levis:なめらかな、毛のない、seu:即ち、或いは、levitatis':なめらかさ、(音の)なめらかさ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、de:~について、vero,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3527; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`collorum':首、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjungens,:結合している、連結している、de:~について、qua:それから、そのことから、sequitur;:続く、続いて来る、hic:ここに、この場に、itaque,:そして従って、またそのように、またそれ故に、(=et ita)quia:なぜなら、ので、erat:あった、apparentia:外観、見かけ、`super:~の上で、~の上に、levitatem:なめらかさ、耳ざわりでないこと、collorum:首、illius,':彼の、それの、est:ある、ut:~のために、こと、~するように、non:否、appareret:現われた、見えた、verum:真理、disjungens.:分けている、分離している、切り離している、
Quomodo:どのように、どうして、haec:これらは、se:それら自身を、habent,:持つ、有す、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、n.:番号、3539 dicta:言われた、et:また、そして、ostensa sunt,:示された、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、illud:それは、bonum:善、et:~と、および、illa:それらは、vera:諸々の真理、quae:それらは、そのことらは、ex:~から、~により、intellectu:理解、et:~と、および、non:否、simul:一緒に、同時に、ex:~から、~により、voluntate:意志、意向、profluunt,:流れ出る、生ずる、由来する、発する、non:否、bonum:善、nec:否、vera:諸々の真理、sint,:ある、utcumque:どれほど、どんなふうに~にせよ、出来る限り、ita:このように、従って、externa:外部の、外なる、forma:形、姿、apparerent,:現れた、見えた、{1} et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、voluntas:意志、意向、mali:悪、sit,:ある、disjungunt:分ける、分離する、bonum:善、et:~と、および、vera,:諸々の真理、non:否、conjungunt;:連結する、結合する、at:しかし、だが聞き給え、si:もし~なら、たとえ~でも、aliquid:何か、若干の、voluntatis:意志、意向、boni:善、est,:ある、tunc:その時、やがて、non:否、disjungunt:分ける、分離する、sed:しかし、conjungunt,:連結する、結合する、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、in:~の中、~において、inverso:逆にされた、歪められた、ordine:秩序、順序、disposita sunt,:配置された、処理された、nam:なぜなら、というのも、per:~を通して、~によって、illa:それらを、homo:人間、regeneratur;:再生される、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、sic:そのように、こうして、disposita:配置された、処理された、inserviunt:役に立つ、仕える、primum:第一の、最初の、pro:~として、~のために、regenerando:再生されるべき、(未来受動分詞)homine,:人間、dicitur:言われる、quod:こと、それ、そのこと、sic:そのように、こうして、verum:真理、disjungens:分けている、分離している、切り離している、non:否、appareret;:現われた、見えた、sed:しかし、de:~について、his:これらから、in:~の中、~において、sequentibus:次の、後に続く、plura.:より多くの、多数の、
[2] Quod:こと、それ、そのこと、`collum':首、significet:意味する、conjungens,:結合している、連結している、inde:それ故、そこから、est:ある、quia:なぜなら、ので、superiora:更に上の、上部の、先の、高い方の、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、capitis,:章、頭、cum:~と一緒に、~と、inferioribus:さらに低い、さらに下の、ejus:それの、彼の、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、corporis,:身体、体、communicant:共にする、共有する、分け合う、inter se:相互の間で、相互に、per:~を通して、~によって、intercedens:挟まっている、介在している、collum;:首、inde:それ故、そこから、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、tam:tam~quam~、~と同様に~、~も~も、influxus:流入、影響、quam communicatio,:伝達、連絡、proinde:従って、それ故に、~に応じて、厳密に、正確に、conjunctio,:連結、結合、significetur:意味される、per:~を通して、~によって、intermedium:中間の、間に来る、挟まる、illud;:それは、quod:こと、それ、そのこと、adhuc:更に、一層、melius:より良く、申し分なく、constare:知られること、明らかであること、poterit:出来る、可能である、(三人称単数未来)a:~から、~により、correspondentiis:相応、Maximi Hominis:巨大人、cum:~と一緒に、~と、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、corporis:身体、体、humani,:人間の、人間的な、de:~について、quibus:それらから、そのことらから、ad:~に、~へ、fines:終わり、capitum;:章、simile:同様な、等しい、inde:それ故、そこから、per:~を通して、~によって、`collum':首、significatur:意味される、in:~の中、~において、Verbo;:聖言、御言葉、ut:~のように、例えば、apud:~のもとに、~において、Esaiam,:イザヤ書、
Spiritus:霊、息、Ipsius:御自身、そのもの、sicut:~の如く、~のように、fluvius:川、流れ、inundans,:氾濫している、溢れている、usque ad:~に至るまで、~までも、~までずっと、collum:首、dimidiabit,:二つに分ける、二等分する、半々にする、(三人称単数未来)xxx 28; {2} ibi:そこに、そこで、` fluvius:川、流れ、inundans':氾濫している、溢れている、pro:~として、~の代わりに、falso:間違った原理(信念)、ita:このように、従って、superfluente;:溢れている、氾濫している、あり余っている、流れ去っている、` ad:~に、~までも、collum:首、dimidiare':二つに分けること、pro:~として、~の代わりに、intercludere:切り離すことと、邪魔すること、(c) et:~と、および、intercipere:切り離すこと、取り去ること、妨害すること、communicationem:伝達、連絡、et:~と、および、inde:それ故、そこから、conjunctionem:連結、結合、superiorum:上の、上にある、cum:~と一緒に、~と、inferioribus,:さらに低い、さらに下の、quae:それは、そのことは、intercluditur:切り離される、邪魔される、et:また、そして、intercipitur:切り離すてられる、取り去さられる、妨害される、cum:その時、その場合、spirituale:霊的な、bonum:善、et:~と、および、verum:真理、non:否、recipitur::受け入れられる、受容される、
[3] apud:~のもとに、~において、Habakkuk,:ハバクク書、
Percussisti:激しく打った、激しく叩いた、(二人称単数完了)caput:章、頭、de:~について、domo:家、impii,:神を敬わない、不敬虔な、denudando:明らかにすることで、fundamentum:土台、根底、usque ad:~に至るまで、collum,:首、iii 13; `percutere:激しく打つこと、caput:頭、de:~について、domo:家、impii':神を敬わない、不敬虔な、pro:~として、~の代わりに、destruere:滅ぼすこと、破壊すること、principia:原理、要素、falsi;:間違った原理(信念)、`denudando:明らかにすることで、fundamentum:土台、根底、{3}usque ad:~に至るまで、collum':首、pro:~として、~の代わりに、intercipiendo:切り離すことで、取り去ることで、奪うことで、妨害することで、sic:そのように、こうして、conjunctionem::連結、結合、apud:~のもとに、~において、Jeremiam,:エレミヤ書、
Praevaricationes:罪、過失、implexae:絡み合った、もつれ合った、ascenderunt:上がった、昇った、super:~の上に、~の上へ、collum:首、meum,:私の、impulit:打った、ひっくり返した、vires:力、meas,:私の、dedit:引き渡した、手渡した、me:私を、{4}Dominus:主、in:~の中へ、~に、manus,:手、支配、non:否、possum:出来る、可能である、(一人称単数現在)resurgere,:甦ること、Thren.:哀歌、i 14; `praevaricationes:罪、過失、implexae:絡み合った、もつれ合った、ascenderunt:上がった、昇った、super:~の上に、~の上へ、collum:首、meum':私の、pro:~として、~の代わりに、quod:こと、それ、そのこと、falsa:間違った原理(信念)、versus:~の方向へ、~へ向かって、interiora:内的な、より内なる、seu:即ち、或いは、rationalia.:理性的な、理性、
[4] Quia:なぜなら、ので、per:~を通して、~によって、`collum':首、significabatur:意味された、communicatio:伝達、連絡、et:~と、および、conjunctio:連結、結合、illa,:それらを、ideo:それ故、そのために、per:~を通して、~によって、` vincula:拘束、縛るもの、colli':首、significata est:意味された、interceptio,:切り離し、取り去り、妨害、proinde:従って、それ故に、desolatio:荒廃、荒らすこと、略奪、veri,:真理、quae:それは、そのことは、tunc:その時、やがて、existit:生ずる、起こる、存在するようになる、quando:時に、~の時、ある時、spiritualia,:霊的な、quae:それは、そのことは、{5} continue:連続的に、継続して、influunt:流れ込む、流入する、a:~から、~により、Domino,:主、non:否、amplius:この後、もはや、これ以上、admittuntur:入ることを許される、入れられる、in:~の中へ、~に、{6} rationale:理性、理性的な、hominis,:人間、et:また、そして、consequenter:それ故に、従って、その結果として、nec:否、in:~の中へ、~に、naturale:自然的な、自然の、ejus;:それの、彼の、interceptio:切り離し、取り去り、妨害、seu:即ち、或いは、desolatio:荒廃、荒らすこと、illa:それらは、est:ある、quae:それらは、そのことらは、repraesentatur:象徴される、表象される、apud:~のもとに、~において、Jeremiam,:エレミヤ書、
Per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、faceret:作った、為した、sibi:自分自身に、それ自身に、vincula:拘束、縛るもの、et:~と、および、juga,:くび木、服従の手段、et:また、そして、daret:与えた、置いた、ea:それらを、super:~の上に、~の上へ、collum:首、suum,:自分自身を、ac:また、なお加えて、mitteret:行かせる、遣わした、ad:~に、~へ、populos,:人々、諸々の民、...et:また、そして、diceret,:言った、quod:こと、それ、そのこと、servirent:仕えた、服従した、Nebuchadnezzariネブカドネザル、(バビロニアの王)regi:王、Babelis,:バベル、バビロン、... et:また、そして、qui:その者達、non:否、traderent:引き渡した、ゆだねた、託した、身を差し出した、collum:首、suum:自分自身を、sub:~の下に、~の下で、jugum:くび木、ejus,:それの、彼の、quod:こと、それ、そのこと、gladio,:剣、刀、fame:飢え、飢饉、et:~と、および、peste:疫病、伝染病、visitarentur;:罰せられた、at:しかし、だが聞き給え、qui:その者達、subderent:下に置いた、据えた、入れた、服従させた、collum:首、suum,:自分自身を、relinquerentur:残された、そのままにしておかれた、見逃された、super:~の上で、~の上に、terra,:地、地上、Jer.:エレミヤ書、xxvii 2, 3, 8, 11; `dare:与えること、置くこと、collum:首、sub:~の下に、~の下で、jugum:くび木、regis:王、Babelis:バベル、バビロン、et:~と、および、servire:仕えること、ei':彼に、pro:~として、~の代わりに、desolari:見捨てられること、荒されること、空にされること、quoad:~に関して、~に関する限り、verum:真理、et:~と、および、vastari:奪われること、荒らされること、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum;:善、quod:こと、それ、そのこと、`Babel':バベル、バビロン、sit:ある、quae:それは、そのことは、vastat,:奪う、荒らす、videatur:見られる、認められる、n.:番号、1327 f.;:終わり、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、vastentur:奪われる、荒らされる、ne:~しないように、否、~するといけないから、profanentur:冒涜される、穢される、sancta,:神聖な、聖なる、n.:番号、301-303, 1327, 1328, 2426, 3398, 3399, 3402; et:また、そして、quia:なぜなら、ので、intercepto:切り離すてられた、取り去さられた、奪われた、妨害された、influxu:流入、影響、boni:善、et:~と、および、veri,:真理、servitur:仕えられる、従属される、malo:悪、et:~と、および、falso,:間違った原理(信念)、{7} ideo:それ故、そのために、etiam:~もまた、更に、dare:与えること、置くこと、collum:首、sub:~の下に、~の下で、jugum:くび木、est:ある、servire::仕えること、従うこと、apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Dixit:言った、Jehovah,:エホバ、Frangam:こわす、砕く、(一人称単数未来)jugum:くび木、Nebuchadnezzaris:ネブカドネザル、(バビロニアの王)regis:王、Babelis:バベル、バビロン、intra:内部で、内で、内なる、~の内で、~の間に、biennium:二年間、dierum,:日々、desuper:上方から、collo:首、omnium:凡ての、全体の、gentium,:異邦人、諸民族、xxviii 11; pro:~として、~の代わりに、quod:こと、それ、そのこと、a:~から、~により、vastatione:荒廃、浄化、破滅、略奪、liberandi::自由されるべき、解放されるべき、救い出されるべき、(未来受動分詞)apud:~のもとに、~において、Esaiam,:イザヤ書、
Excute:放せ、はらい落とせ、(命令形)te:あなたを、e:~から、~により、pulvere;:塵、埃、surge,:立ち上がれ、起きよ、(命令形)sede,:座れ、(命令形)Hierosolyma;:エルサレム、(呼格)aperi:開け、開けよ、(命令形)vincula:拘束、縛るもの、colli:首、tui,:あなたの、captiva:捕虜にされた、捕えられた、攻略された、filia:娘、(呼格)Zionis,:シオン、lii 2; `aperire:開くこと、開けること、vincula:拘束、縛るもの、colli':首、pro:~として、~の代わりに、admittere:聞き入れること、容認すること、et:~と、および、recipere:受け入れること、受容すること、bonum:善、et:~と、および、verum::真理、(m) apud:~のもとに、~において、Micham,:ミカ書、
Ecce:見よ、ほら、Ego:私は、cogitans:考えている、super:~の上に、~の上へ、familiam:家族、氏族、hanc:これを、malum,:悪、災い、ex:~から、~により、quo:それから、そのことから、non:否、extrahetis:引き出す、(二人称複数未来)colla:首、vestra,:あなた達の、et:また、そして、non:否、ibitis:行く、進む、(eoの二人称複数未来)erecti,:起された、立てられた、quia:なぜなら、ので、tempus:時、時間、期間、時期、時代、mali:悪、illud,:それは、ii 3; `e:~から、~により、malo:悪、災い、non:否、extrahere:引き出すこと、colla':首、pro:~として、~の代わりに、non:否、admittere:聞き入れること、容認すること、verum;:真理、`non:否、ire:行くこと、(eoの不定法)erecti':起された、立てられた、pro:~として、~の代わりに、sic:そのように、こうして、non:否、spectare:見ること、考慮すること、ad:~に関して、~について、superiora:更に上の、上部の、先の、高い方の、seu:即ち、或いは、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、caeli:天界、sunt,:ある、n.:番号、248.

3542.「そのなめらかな首の上」が、分離している真理が現われないためにを意味することは、「毛のないこと、或いはなめらかさ」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては3527番(に示された)。また「首」の意味が連結しているものであることから(知られよう)。そのことについては続く(箇所で述べよう)。またそのようにここで「そのなめらかな首の上」は、外観であったので分離している真理が見えないことである。
それらがどのようにそのことを有するかは、上の3539番に言われ、また示されたことから知られることが出来よう。即ちその善と理解から生じるが、また同時に意志から生じないそれらの真理は、外なる形がどれほどそのように見えても善でもなく真理でもない。またもし、悪い意志があるなら善と真理は分離して連結しない。だが聞き給え、もし何かの善い意志があるなら、その時、例え逆にされた秩序の中に配置されていても分離せずに連結する。なぜなら、それらによって人間は再生するからである。またそのように配置されたものは再生されるべき人間のために最初の役に立つので、分離している真理が見えないことが言われている。しかしそれらについては後に続く(箇所)において多くのことを述べよう。
[2]「首」が連結しているものを意味することは、頭である人間の許の上部のものと身体である低いものとを介在している首が(それらを)相互に共有するからである。それ故、それは流入も伝達も(為し)、従って連結(を為し)、それが中間のものによって意味される。更にそれは巨大人と人間の身体のものとの相応から申し分なく知られることが出来よう。それらのことについては(この)章の終わりに(述べよう)。それ故、聖言の中の「首」によっても同様に意味される。例えば、イザヤ書において、
「エホバ御自身の息が溢れている川の如く首までも二つに分けるであろう。」30.28、ここの「溢れている川」は間違った原理として(記述されており)、そのように流れ去っている(間違った原理として記述されている)。「首までも二つに分ける」は、上にあるものと下にあるものとの伝達とそこからの連結を切り離すことと妨害することとして(記述されている)。それは霊的な善と真理が受け入れられない時、切り離され、また妨害される。
[3]ハバクク書において、
「あなたは不敬虔な者の家に関して首に至るまで根底を明らかにすることで頭を激しく打たれた。」3.13、(ここで)「不敬虔な者の家に関して頭を激しく打つこと」は、間違った信念の原理を滅ぼすこととして、「首に至るまで根底を明らかにすることで」は、そうして連結を取り去ることとして(記述されている)。エレミヤ書において、
「絡み合った罪が私の首の上に昇った。彼(主)は私の力を打たれ、私を(それらの)支配に引き渡された。私は甦ることが出来ない。」哀歌、1.14、(ここで)「絡み合った罪が私の首の上に昇った」は、間違った原理が内的な方向へ、あるいは理性的なものの方向へ(上った)こととして(記述されている)。
[4]「首」によって、それら(内的なものと外的なもの)の伝達と連結が意味されたので、それ故、「首の拘束」によって妨害が意味された。従って、真理の略奪(が意味され)、それは主から継続して流入する霊的なものが、もはや人間の理性に入れられない時、またそれ故に、彼(人間)の自然的なもの(に入れられない)時に生じる。その妨害、或いは荒廃がエレミヤ書において表象されている。
「それによって縛るものとくび木を自分に作り、またそれらを自分の首に置き、なお加えて、民に遣わした。...そしてバビロンの王ネブカドネザルに仕えること、...また彼のくび木の下に自分をゆだねない者達は剣、飢饉、および疫病で罰せられた。しかし自分の首を(彼のくび木の)下に置いた者達は地の上に残された。」エレミヤ書、27.2, 3, 8, 11、(ここで)「バビロンの王のくび木の下に首を置くことと、彼に仕えること」は、真理に関して見捨てられることと善に関して奪われることとして(記述されている)。「バビロン」が奪うことは1327番の終わりに認められよう。またそれらが奪われることは神聖なものが冒涜されるといけないからである。301-303, 1327, 1328, 2426, 3398, 3399, 3402番(を参照)、また善と真理の流入が妨害されると悪と間違った原理に従属させられるので、それ故、くび木の下に首を置くこともまた仕えることである。同書において、
「エホバは言われた。私は二年の日々の間に凡ての民族の首の上からバビロンの王ネブカドネザルのくび木を砕くであろう。」28.11、(ここでは)荒廃(略奪)から救い出されるべき者達として(記述されている)。イザヤ書において、
「エルサレムよ、塵からあなたを放し、起きて座れ、捕えられたシオンの娘よ、あなたの首を縛るものを開け、」52.2、(ここで)「首を縛るものを開くこと」は善と真理を容認することと受け入れることとして(記述されている)。ミカ書において、
「見よ、私はその家族の上に災いを考えている。あなた達はそれ(その災い)からあなた達の首を引き出せないであろう。またあなた達は立たされて進まないであろう。」2.3、(ここで)「災いから首を引き出すこと」は、真理を容認することとして、「立たされて進まないこと」は、そのように、上のものに関して、即ち天界のものに関して考慮しないこととして(記述されている)。248番(を参照)、

26-3388~3390意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3388~3390意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3388.「なぜなら、彼女は善い外見だったからである」が、神的なものが言われることにより容易にそれが受け入れられることが出来ることを意味することは、「善い外見」の意味がその姿が快いことであることから知られよう。そのようにそれは容易に受け入れられる。
ここでは信仰の教義の事柄の中にあることについて述べられている。また彼らは善からの真理の認識を何も持たないが、しかし両親と教師達により言われたことから真理の良心だけを持つ。彼らは「その場所の男」、即ち「ゲラルの男達」と言われる。3385, 3387番を参照、彼らの最初の真理の確信は、それが神的なものと言われることである。というのは、直ちにその時、彼らに神聖な考えが起こるからであり、その神聖な考えが言われている全体的なものにも個別的なものにも全般的な確信をもたらすからである。またそれはそのことを彼らが例え理解していなくてももたらす。だが聞き給えそれでもなお、言われることは彼らの理解にふさわしくあらねばならない。というのは、人間はそれがあることを知るだけでは充分ではないからである。しかしそこから彼の知的な部分に何かの確信が加わるために、それが何であるか、またどのようなものであるかを知ることもまた欲する必要があるからであり、また反対に、知的な部分から何かの確信が加わる必要があるからである。もしそれがないなら、確かにそれは記憶に持ち込まれることが出来るが、しかしそこで言葉の事柄の如く、生命のない事柄を除いて他のものは留まらない。またもし、どこからでも何かを確信してそれを心に刻むのでなければ、単に鳴り響く或る種の事柄の記憶の如く消散される。

3389.八、九節、「そして、次のことが行なわれた。なぜなら、彼にそこでの滞在の日々が長引いたからである。そしてそれから、ペリシテ人達の王アビメレクは窓の向こう側を見渡し、また見ると、同時に見よ、イサクがその女(妻)リベカと笑っていた。
そして、アビメルクはイサクを呼び、同時に言った。見よ、彼女はあなたの女(妻)である。それにもかかわらず、どうして彼女は私の妹とあなたは言ったのか? 同時に、イサクは彼に言った。なぜなら、ことによると彼女の故に私は死ぬかもしれないと言った(思った)からです。」
「次のことが行なわれた。なぜなら、彼にそこでの滞在の日々が長引いたからである」は、受容の状態を意味し、「そしてそれから、ペリシテ人達の王アビメレクは窓の向こう側を見渡し、また見た」は、概念(知識)の中の理性的なものに関係している信仰の教義を意味し、「同時に見よ、イサクがその女(妻)リベカと笑っていた」は、神的な真理の中にある神的な善を意味し、「そして、アビメルクはイサクを呼び、同時に言った」は、教義からの主の認識を意味し、「見よ、彼女はあなたの女(妻)である。それにもかかわらず、どうして彼女は私の妹とあなたは言ったのか?」は、もし(それが)神的な真理であったなら、実のところ理性的な(真理で)はなかったを意味し、「同時に、イサクは彼に言った。なぜなら、ことによると彼女の故に私は死ぬかもしれないと言った(思った)からです」は、彼(神的な善)が受け入れられないことを意味する。

3390.「次のことが行なわれた。なぜなら、彼にそこでの滞在の日々が長引いたからである」が、受容の状態を意味することは、「彼にそこでの滞在の日々が長引くこと」、即ち「イサクにそこでの滞在の日々が長引くこと」の意味が、イサクによって表象される神的な善がかなり長い期間そこにあった時であることから知られよう。それは真理が受け入れられたことである。というのは、ここの内意において霊的な者達による真理の受容が取り扱われているからである。また「日々」の意味が状態であることから知られよう。そのことについては、23, 487, 488, 493, 893, 2788番に示された。

27-3540-2~3541原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3540-2~3541原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[3] Quia:なぜなら、ので、pelles:皮膚、皮、毛皮、significabant:意味した、externa,:外部の、外なる、mandatum est,:命じられた、
Quod:こと、それ、そのこと、tegumentum:被膜、おおい、tentorii:テント、天幕、essent:あった、pelles:皮膚、皮、毛皮、arietum:雄羊、ruforum,:赤い、赤らんだ、et:また、そして、superius:より高く、以前に、先に、より上の、pelles:皮膚、皮、毛皮、melium,:穴熊、テン、 Exod.:出埃及記、xxvi 14; `tentorium':テント、天幕、enim:なぜならば、~というのは、erat:あった、repraesentativum:表象の、象徴する、trium:3、caelorum:諸天界、ita:このように、従って、caelestium:天的な、et:~と、および、spiritualium:霊的な、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、regni:王国、Domini;:主、`aulaea':カーテン、幕、quae:それらは、そのことらは、circum,:周りに、ぐるりに、付近に、repraesentabant:象徴した、表象した、naturalia,:自然的な、自然の、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、externa,:外部の、外なる、n.:番号、3478, quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、`pelles:皮膚、皮、毛皮、arietum:雄羊、et:~と、および、pelles:皮膚、皮、毛皮、melium';:穴熊、テン、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、externa:外部の、外なる、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、integunt:かぶせる、覆う、屋根を付ける、保護する、interna,:内部の、内なる、seu:即ち、或いは、naturalia:自然的な、自然の、quae:それらは、そのことらは、spiritualia:霊的な、et:~と、および、caelestia,:天的な、sicut:~の如く、~のように、corpus:体、身体、suam:自分自身を、それ自身を、animam,:霊魂、魂、ideo:それ故、そのために、mandatum erat:命じられた、illud;:それが、pariter,:同じように、同様に、
Quod:こと、それ、そのこと、Aharon:アロン、et:~と、および、filii:息子達、ejus,:それの、彼の、cum:その時、その場合、proficiscerentur:出発した、旅立った、dep、castra:陣営、野営、velo:幕、ベール状のもの、tegumenti:被膜、覆い、外皮、obtegerent:覆う、包む、かぶせる、覆い隠す、(接続法三人称複数未完了)arcam:(契約の)箱、testimonii,:律法、戒律、掟、証明、立証、証拠、et:また、そして、darent:与えた、置いた、super:~の上に、~の上へ、illud:それを、operimentum:おおい、ふた、pellem:皮膚、皮、毛皮、melis;:穴熊、テン、... et:また、そして、super:~の上に、~の上へ、mensam:テーブル、食卓、机、et:~と、および、quae:それらは、そのことらは、super:~の上に、~の上へ、illa,:それらを、expanderent:伸ばした、広げた、張った、pannum:布きれ、衣服、coccinei:緋色の、深紅色の、dibaphi,:二度染めの、より糸の、et:また、そして、(x)operirent:覆った、ふたをした、illud:それを、operimento,:覆い、ふた、pelle:皮膚、皮、毛皮、melis;:穴熊、テン、... pariter:同じように、同様に、darent:与えた、置いた、candelabrum:燭台、et:~と、および、omnia:凡ての、全体の、vasa:容器、器、入れ物、ejus:それの、彼の、sub:~の下に、~の下で、operimento:覆い、ふた、ex:~から、~により、pelle:皮膚、皮、毛皮、melis;:穴熊、テン、...tum:その上、更に、omnia:凡ての、全体の、vasa:容器、器、入れ物、ministerii:聖職、職務、奉仕、任務、... darent:与えた、置いた、sub:~の下へ、~のもとへ、pannum:布きれ、衣服、hyacinthini,:青色、et:また、そして、operirent:覆った、ふたをした、包んだ、illa:それらを、operimento,:覆い、ふた、pelle:皮膚、皮、毛皮、melis,:穴熊、テン、Num.:民数記、iv 5, 6, 8, 10-12; quisque:各々の、誰でも、qui:その者達、sancte:敬虔に、信心深く、神聖なものとして、de:~について、Verbo:聖言、御言葉、cogitat,:考える、scire:知ること、potest:出来る、可能である、quod:こと、それ、そのこと、{6} Divina:神的な、per:~を通して、~によって、omnia:凡ての、全体の、illa:それらを、repraesentata sint,:象徴された、表象された、et:また、即ち、sicut:~の如く、~と同様に、per:~を通して、~によって、arcam,:(契約の)箱、per:~を通して、~によって、mensam,:テーブル、食卓、机、per:~を通して、~によって、candelabrum,:燭台、et:また、そして、vasa:容器、器、入れ物、ministerii,:聖職、職務、奉仕、任務、etiam:~もまた、更に、per:~を通して、~によって、indumenta:衣服、覆い、ex:~から、~により、coccineo:深紅色の、緋色の、dibapho:二度染めの、より糸の、et:~と、および、hyacinthino,:青色、tum:その上、更に、per:~を通して、~によって、operimento:覆い、ふた、ex:~から、~により、pelle:皮膚、皮、毛皮、melium,:穴熊、テン、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、haec:それらを、repraesentata sint:象徴された、表象された、Divina:神的な、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、externis.:外部の、外なる、
[4] Quia:なぜなら、ので、`prophetae':預言者達、repraesentabant:象徴した、表象した、docentes,:教えている、et:また、そして、inde:それ故、そこから、doctrinam:教え、教義、boni:善、et:~と、および、veri:真理、ex:~から、~により、Verbo,:聖言、御言葉、n.:番号、2534, (c) et:また、そして、`Elias':エリヤ、ipsum:そのもの、それ自身、Verbum,:聖言、御言葉、n.:番号、2762, similiter:同様に、似ている、`Johannes,':ヨハネ、qui:その者達、ideo:それ故、そのために、dicitur:言われる、Elias:エリヤ、qui:その者達、venturus,:行くべき、来るだろう、来るべき、(未来形)Matth.:マタイ伝、xvii 10-13; idcirco:それ故に、その理由で、ut:~のために、こと、~するように、repraesentarent:象徴した、表象した、Verbum:聖言、御言葉、quale:どのような、どんな種類の、est:ある、in:~の中、~において、externa:外部の、外なる、forma,:形、姿、hoc est,:即ち、in:~の中、~において、littera,:文字通りの意味、Elias:エリヤ、cingulo:帯、pellis:皮、毛皮、cinctus:取り巻かれた、帯を締めること、{7} ad:~に、~へ、lumbos:腰、腰部、suos:自分自身を、それ自身を、fuit,:あった、2Reg.:列王記、i 8;
Et:また、そして、Johannes:ヨハネ、habebat:持った、身に着けた、indumentum:衣服、衣類、ex:~から、~により、pilis:毛、毛髪、cameli,:駱駝、et:また、そして、cingulum:帯、pellis:皮、毛皮、circa:~の周りに、~に関して、周りに、取り巻いて、lumbum:腰、腰部、suum,:自分自身を、Matth.:マタイ伝、iii 4.
Quia:なぜなら、ので、` pellis:皮、毛皮、et:~と、および、cutis':皮膚、外皮、significabat:意味した、externa,:外部の、外なる、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、naturalia:自然的な、自然の、respective:~と比較すれば、~と比べて、相対的に、ad:~に、~へ、spiritualia:霊的な、et:~と、および、caelestia,:天的な、et:また、そして、in:~の中、~において、Antiqua Ecclesia:古代教会、sollemne:習慣的な、通常の、いつものこと、fuit:あった、per:~を通して、~によって、significativa:表意する、意味のある、loqui:話すこと、et:~と、および、scribere,:書くこと、ideo:それ故、そのために、etiam:~もまた、更に、apud:~のもとに、~において、Hiobum,:ヨブ記、qui:それは、Antiquae Ecclesiae:古代教会、liber:書物、文章、記録、巻、編、est,:ある、pellis:皮、毛皮、et:~と、および、cutis:皮膚、外皮、idem:同じ、同様のもの、significat,:意味する、ut:~のように、例えば、ab:~から、~により、aliquibus:何か、若干の、locis:くだり、箇所、apud:~のもとに、~において、illum:それを、彼を、constare:知られること、明らかであること、potest,:出来る、可能である、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、ab:~から、~により、hoc,:これから、下記の、
Novi:知る、知った、(一人称単数完了)Redemptorem:贖い主、meum,:私の、vivit,:生きる、et:また、そして、postremum:最後に、結局、super:~の上に、~の上へ、pulverem:塵、砂塵、埃、surget,:昇る、上がる、立ち上がる、起き上がる、et:また、そして、post:~の後に、その後、cute:皮膚、外皮、mea:私の、circumdabuntur:与えられる、囲まれる、取り巻かれる、(三人称複数未来受動)haec,:これらは、et:また、そして、ex:~から、~により、carne:肉、果肉、mea:私の、videbo:見る、認める、(一人称単数未来)Deum,:神、xix 25, 26; ` cute:皮膚、外皮、circumdari':与えられること、取り巻かれること、(三人称複数未来受動)haec,:これらは、et:また、そして、ex:~から、~により、carne:肉、果肉、pro:~として、~の代わりに、naturali,:自然的な、自然の、quale:ある種の、~のような、secum:自分自身で、自分自身に、自分自身と一緒に、(=cum se)homo:人間、post mortem:死後、habet;:持つ、有す、de:~について、quo:それから、そのことから、n.:番号、 3539; ` ex:~から、~により、carne:肉、果肉、videre:見ること、認めること、Deum':神、est:ある、ex:~から、~により、proprio:固有の、自分の、固有性、自己、vivificato;:生命を与えられた、生かされた、quod:こと、それ、そのこと、id:それは、sit:ある、`caro,':肉、肉体、videatur:見られる、認められる、n.:番号、148, 149, 780; quod:こと、それ、そのこと、Liber:書物、文章、記録、巻、編、Hiobi:ヨブ、sit:ある、Antiquae Ecclesiae:古代教会、liber,:書物、文章、記録、巻、編、patet,:明らかである、ut:~のように、~として、dictum,:言われた、(c)a:~から、~により、ibi:そこに、そこで、repraesentativo:表象の、象徴する、et:~と、および、significativo,:表意する、意味のある、sed:しかし、non:否、est:ある、ex:~から、~により、illis:それらから、彼らから、libris:書物、文章、記録、巻、編、qui:それは、vocantur:呼ばれる、Lex:律法、法律、et:~と、および、Prophetae,:預言者達、ex causa quia:その理由から、non:否、habet:持つ、有す、sensum internum:内意、qui:それは、solum:だけ、のみ、de:~について、Domino:主、et:~と、および、Ipsius:御自身、regno:王国、agit;:述べる、取り扱う、hoc:これは、enim:なぜならば、~というのは、unicum:唯一の、ただ一つの、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、facit:作る、為す、Librum:書物、本、genuini:正しい、真正の、Verbi.:聖言、御言葉、

[3]皮は外なるものを意味したので、
「天幕の覆いは赤い雄羊の皮であり、またその上に穴熊の皮(を覆うこと)」出埃及記、26.14、が命じられた。というのは、「天幕」は三つの天界の表象のものであったからであり、従って、主の王国の天的なものと霊的なもの(の表象のものであったからである)。周りの「幕」は外なるものである自然的なものを表象した。3478番(を参照)、またそれらは外なるものなので、内なるものの覆いである。或いは身体がその霊魂の(覆いである)如く、それらは自然的なものなので霊的なものと天的なものの覆いである。それ故、そのことが命じられた。同様に、
「アロンとその息子達は陣営を出発する時、律法の箱を覆いの幕で覆い、またその上に覆いの穴熊の皮を置いた。...また机の上とそれらの上に(あるものに)二度染めの緋色の布を広げ、またそれを穴熊の皮の覆いで覆った。...同様に、燭台とその凡ての器を穴熊の皮からの覆いの下に置いた。...更に聖職(のための)凡ての器を、...青色の布の下へ置き、またそれらを穴熊の皮の覆いで覆った。」民数記、4. 5, 6, 8, 10-12、誰でも聖言を神聖なものとして考える者達は、ここの凡てのものによって神的なものが表象されたことを知ることが出来よう。即ち契約の箱、机、燭台によって、また聖職(のための)器、更に二度染めの緋色の(布)と青色の(布)からの覆いによって、その上、穴熊の皮からの覆いによって外なるものの中の神的なものが表象されたこと(を知ることが出来よう)。
[4]「預言者達」は教えている者達を表象したので、またそれ故、聖言からの善と真理の教義を表象したので、2534番(を参照)、また「エリヤ」は聖言そのものを(表象し)、2762番(を参照)、同様に「ヨハネ」もそのために来るべきエリヤと言われている。マタイ伝、17.10-13、それ故に、外なる形において、即ち文字通りの意味において聖言がどのようなものであるかを表象するために、
「エリヤは自分の腰に皮の帯を締めた」列王記Ⅱ、1.8、また、
「ヨハネは駱駝の毛からの衣服を身に着け、また自分の腰に皮の帯を巻いた」マタイ伝、3.4、
なぜなら、「皮と外皮」は外なるものを意味したからであり、それらは霊的なものと天的なものに比べた自然的なものであるからであり、また古代教会において通常の話すことと書くことは表意するものによってあったからである。それ故、古代教会の書物であるヨブ記においてもまた皮と外皮は同様なものを意味する。例えばそれ(ヨブ記)の若干の箇所から、また下記の(箇所)からもまた知られることが出来よう。
「私は私の贖い主を知った。彼は生き、また最後に塵の上に立ち上がり、そしてその後、それらは私の外皮で取り巻かれるであろう。また私は私の肉から神を見るであろう。」19. 25, 26、(ここで)「それらが外皮で取り巻かれること」、また「肉から」は人間が死後自分自身に持つような自然的なものとして(記述されている)。そのことについては3539番(に示された)。「肉から神を見ること」は、生命を与えられた自己(人間の固有性)から(神を見ることである)。それが「肉」であることは148, 149, 780番に認められよう。言われたように、ヨブ記の書が古代教会の書物であることはそこの表象のものと表意するものから明らかであるが、しかし主と主御自身の王国だけを取り扱う内意を持たないと言う理由から律法と預言者達と言われている書物からのものではない。というのは、それ(内意)が正しい聖言の書物を作る唯一のものであるからである。

3541. `Super manus illius': quod significet secundum facultatem recipiendi, constat ex significatione `manus' quod sit potentia, de qua n. 878, 3091, ita facultas recipiendi.

3541. `Super:~の上で、~の上に、manus:手、illius'::彼の、それの、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、secundum:~に従って、~に沿って、facultatem:能力、才能、性質、recipiendi,:受け入れることの、受けることの、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、`manus':手、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、potentia,:力、影響力、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、878, 3091, ita:このように、従って、facultas:能力、才能、recipiendi.:受け入れることの、受けることの、

3541.「彼の手の上」が、受け入れることの能力に従ってを意味することは、「手」の意味が力であることから知られよう。そのことについては878, 3091番(に示された)。従って、受け入れることの能力である。

26-3387-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3387-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[4]聖言の中では空間の外観に従って話していることが、そこのほぼ凡てのものと個々のものから知られよう。例えばマタイ伝において、
「イエスは言われた。どうしてダビデは言うのか? 主は私の主に私があなたの敵達をあなたの足台に据えるまで私の右に座れと」22.44、詩篇、110.1、ここで「右側に座ること」は場所の考えからであり、そのように外観に従って言われているが、しかしその場合、そのように記述されていることは主の神的な力の状態である。同書において、
「イエスは言われた。今からあなた達は力の右側に座り、また天の雲の上に現われる人間の御子を見るであろう。」26.64、ここでも「右側に座ること」、そのようにまた「雲の上に現われること」も同様に人間に場所の考えからある。しかし天使達に主の力の状態の考えである。マルコ伝において、
「ゼベダイの息子達はイエスに言った。私達があなたの栄光の中で一人はあなたの右側に、またもう一人はあなたの左側に座ることを与え給え、イエスは答えた。私の右側、また私の左側に座ることは私の与えることではなく、それは準備された者達である。」10. 37, 40、それ故、弟子達が主の王国についてどのような考えを持ったか明らかである。即ち「右側と左側に座ること」であった。また彼らにこのような考えがあったので、主もまた彼らの理解に従って答えられた。そのように彼らに見えたことに従って答えられた。
[5]ダビデの書において、
「その方はその部屋から出て来る花婿の如く、道を凱旋する英雄の如く喜ばれる。その方の出て行かれるのは諸天の端から、またその方の巡回されるのは諸天の端まで、」詩篇、19. 5, 6、ここでは主について記述されている。その方の神的な力の状態が空間の中にあるようなものによって記述されている。イザヤ書において、
「あけぼのの息子、ルシフェル、何と、あなたは天から落ちた。....あなたはあなたの心の中で言った。私は諸天へ昇ろう。私の王座を天の星々の上に上げ、...高い雲の上に昇ろう。」14.12-14、ここの「天から落ちること、諸天へ昇ること、天の星々の上に王座を上げること、雲の上に昇ること」の凡ては空間、或いは場所の考えと外観からである。それらによって自己愛が神聖なものを冒涜していることが記述されている。天的なものと霊的なものがそのように見えるので、また人間の目の前にそれらに従って見えるのでそれが示されている。それ故、天界もまた高いものにより記述されている。しかしそれにもかかわらず、高いものの中ではなく、内なるものの中にある。450, 1380, 2148番を参照、

27-3540-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3540-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3540. `Et pelles haedorum caprarum indui fecit': quod significet externa vera boni domestici, constat a significatione `pellium' quod sint externa, de qua sequitur; et ex significatione `haedorum caprarum,' quia ex grege qui domi, quod sint vera boni domestici, de qua n. 3518, 3519; ibi etiam patet quid bonum domesticum, et quid vera inde; unumquodvis bonum sua vera habet, et {1}unaquaevis vera suum bonum, {2}quae sibi conjuncta erunt, ut {3}sit aliquid. quod `pelles' significent externa, est quia pelles extima sunt animalis, in quas interiora ejus terminantur, similiter ac cutis seu cuticulae apud hominem; hoc ducit suum significativum a repraesentativo in altera vita; sunt {4}ibi qui ad provinciam cutis referuntur, de quibus, cum de Maximo Homine, ex Divina Domini Misericordia, ad finem capitum sequentium; et sunt illi qui solum in externo bono et ejus veris sunt; inde cutis et quoque `pellis' (t)significat externa; quod etiam patet a Verbo, ut apud (x)Jeremiam,
Propter multitudinem iniquitatis tuae revelatae sunt
fimbriae tuae, violati sunt calcanei tui. Num convertet
Aethiops pellem suam, et pardus maculas suas? etiam vos
potestis bonum facere, docti malum facere, xiii 22, 23;
ibi `fimbriae' sunt externa vera, `calcanei' extima bona; quod `calcaneum et calcei' sint infima naturalia, videatur n. 259, (x)1748; et quia vera et bona illa ex malo sunt, ut dicitur, comparantur `Aethiopi' seu nigro et ejus `pelli,' tum `pardo et ejus maculis': [2] apud Mosen,
Si oppignerando oppigneraveris vestem socii tui, antequam
occidit sol restitues illam ei, quia haec operimentum ejus
sola, haec vestis ejus pro pelle in qua cubabit, Exod. xxii
25, 26;
sicut omnes leges, etiam civiles et forenses, quae in Verbo, correspondentiam habent cum legibus boni et veri quae in caelo, et inde latae sunt, ita quoque haec, nam alioquin prorsus lateret, cur `oppigneratam vestem, antequam sol occidit, {5}restituerent,' et cur dicitur quod `vestis ejus pro pelle in qua cubabit'; correspondentia patet a sensu interno, quae est quod non defraudandi sint socii veris externis, quae sunt doctrinalia secundum quae vivunt, (c)et ritualia; quod `vestis' talia vera sint, videatur n. 297, 1073, 2576; `sol' autem est bonum amoris seu vitae quod inde, n. 1529, 1530, 2441, 2495; ne hoc pereat, significatur per quod `antequam sol occidit restitueret'; et quia illa sunt externa interiorum, seu terminationes horum, dicitur quod `vestis pro pelle in qua cubabit.' [3] Quia pelles significabant externa, mandatum est,
Quod tegumentum tentorii essent pelles arietum ruforum,
et superius pelles melium, Exod. xxvi 14;
`tentorium' enim erat repraesentativum trium caelorum, ita caelestium et spiritualium quae sunt regni Domini; `aulaea' quae circum, repraesentabant naturalia, quae sunt externa, n. 3478, quae sunt `pelles arietum et pelles melium'; et quia externa sunt quae integunt interna, seu naturalia quae spiritualia et caelestia, sicut corpus suam animam, ideo mandatum erat illud; pariter,
Quod Aharon et filii ejus, cum proficiscerentur castra
velo tegumenti obtegerent arcam testimonii, et darent super
illud operimentum pellem melis;...et super mensam et quae
super illa, expanderent pannum coccinei dibaphi, et
(x)operirent illud operimento, pelle melis;... pariter darent
candelabrum et omnia vasa ejus sub operimento ex pelle
melis;...tum omnia vasa ministerii...darent sub pannum
hyacinthini, et operirent illa operimento, pelle melis, Num.
iv 5, 6, 8, 10-12;
quisque qui sancte de Verbo cogitat, scire potest quod {6}Divina per omnia illa repraesentata sint, et sicut per arcam, per mensam, per candelabrum, et vasa ministerii, etiam per indumenta ex coccineo dibapho et hyacinthino, tum per operimento ex pelle melium, et quod per haec repraesentata sint Divina quae in externis. [4] Quia `prophetae' repraesentabant docentes, et inde doctrinam boni et veri ex Verbo, n. 2534, (c)et `Elias' ipsum Verbum, n. 2762, similiter `Johannes,' qui ideo dicitur Elias qui venturus, Matth. xvii 10-13; idcirco ut repraesentarent Verbum quale est in externa forma, hoc est, in littera,
Elias cingulo pellis cinctus {7}ad lumbos suos fuit, 2
Reg. i 8;
Et Johannes habebat indumentum ex pilis cameli, et
cingulum pellis circa lumbum suum, Matth. iii 4.
Quia `pellis et cutis' significabat externa, quae sunt naturalia respective ad spiritualia et caelestia, et in Antiqua Ecclesia sollemne fuit per significativa loqui et scribere, ideo etiam apud Hiobum, qui Antiquae Ecclesiae liber est, pellis et cutis idem significat, ut ab aliquibus locis apud illum constare potest, et quoque ab hoc,
Novi Redemptorem meum, vivit, et postremum super pulverem
surget, et post cute mea circumdabuntur haec, et ex carne mea
videbo Deum, xix 25, 26;
`cute circumdari' pro naturali, quale secum homo post mortem habet; de quo n. 3539; `ex carne videre Deum' est ex proprio vivificato; quod id sit `caro,' videatur n. 148, 149, 780; quod Liber Hiobi sit Antiquae Ecclesiae liber, patet, ut dictum, (c)a stilo ibi repraesentativo et significativo, sed non est ex illis libris qui vocantur Lex et Prophetae, ex causa quia non habet sensum internum qui solum de Domino et Ipsius regno agit; hoc enim unicum est quod facit Librum genuini Verbi.

3540. `Et:また、そして、pelles:皮、毛皮、haedorum:子山羊、caprarum:雌山羊、indui:着せた、あてがった、fecit'::行なった、為した、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、externa:外部の、外なる、vera:諸々の真理、boni:善、domestici,:家庭の、家の、constat:知られる、a:~から、~により、significatione:意味、`pellium':皮、毛皮、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、externa,:外部の、外なる、de:~について、qua:それから、そのことから、sequitur;:続く、続いて来る、帰結する、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、` haedorum:子山羊、caprarum,':雌山羊、quia:なぜなら、ので、ex:~から、~により、grege:(羊や山羊などの)群れ、qui:それは、domi,:家、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、vera:諸々の真理、boni:善、domestici,:家庭の、家の、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3518, 3519; ibi:そこに、そこで、etiam:~もまた、更に、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、bonum:善、domesticum,:家庭の、家の、et:また、そして、quid:何か?、どんな?、vera:諸々の真理、inde;:それ故、そこから、unumquodvis:各々の、誰でも、bonum:善、sua:それら自身を、vera:諸々の真理、habet,:持つ、有す、et:また、そして、{1} unaquaevis:各々の、誰でも、vera:諸々の真理、suum:自分自身を、bonum,:善、{2} quae:それらは、そのことらは、sibi:自分自身に、それ自身に、conjuncta erunt,:結合された、連結された、ut:~のために、こと、~するように、{3} sit:ある、aliquid:何か意義あるもの、若干の、quod:こと、それ、そのこと、`pelles':皮、毛皮、significent:意味する、externa,:外部の、外なる、est:ある、quia:なぜなら、ので、pelles:皮、毛皮、extima:最外部、最も遠い、sunt:ある、animalis,:生きている、生命のある、動物の、霊魂、in:~の中へ、~に達して、quas:それらを、interiora:内的な、より内なる、ejus:それの、彼の、terminantur,:境界を立てられる、終える、終結される、similiter:同様に、似ている、ac:更に、なお加えて、cutis:皮膚、外皮、seu:即ち、或いは、cuticulae:皮膚、apud:~のもとに、~において、hominem;:人間、hoc:これは、ducit:導く、連れて行く、suum:自分自身を、significativum:表意する、意味のある、a:~から、~により、repraesentativo:表象の、象徴する、in:~の中、~において、altera vita;:他生、sunt:ある、{4} ibi:そこに、そこで、qui:その者達、ad:~に、~へ、provinciam:領域、分野、地方、cutis:皮膚、外皮、referuntur,:関係付けられる、適応させられる、de:~について、quibus,:その者達、cum:その時、その場合、de:~について、Maximo Homine,:巨大人、ex:~から、~により、Divina:神的な、Domini:主、Misericordia,:慈悲、憐れみ、ad:~に、~へ、finem:目的、終わり、終結、capitum:章、sequentium;:次の、後に続く、et:また、そして、sunt:ある、illi:彼らは、qui:その者達、solum:だけ、のみ、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、bono:善、et:~と、および、ejus:それの、彼の、veris:真理、sunt;:ある、inde:それ故、そこから、cutis:皮膚、外皮、et:~と、および、quoque:~もまた、同じく、同様に、`pellis':皮、毛皮、(t) significat:意味する、externa;:外部の、外なる、quod:こと、それ、そのこと、etiam:~もまた、更に、patet:明らかである、a:~から、~により、Verbo,:聖言、御言葉、ut:~のように、例えば、apud:~のもとに、~において、(x) Jeremiam,:エレミヤ書、
Propter:~のために、~の故に、multitudinem:多数、大勢、豊富、大量、iniquitatis:不正、咎、tuae:あなたの、revelatae sunt:暴かれた、晒された、fimbriae:ふさ飾り、へり、縁、ふさ、tuae,:あなたの、violati sunt:傷つけられた、害された、calcanei:かかと、tui.:あなたの、
Num:~か、~かどうか、convertet:向きを変える、変える、(三人称単数未来)Aethiops:エチオピア人、pellem:皮、毛皮、suam,:自分自身を、それ自身を、et:また、そして、pardus:豹、maculas:斑点、模様、suas?:それら自身を、etiam:~もまた、更に、vos:あなた達は、potestis:出来る、可能である、(二人称複数現在)bonum:善、facere,:行なうこと、為すこと、docti:学熟練した、巧みな、(呼格)malum:悪、facere,:行なうこと、為すこと、xiii 22, 23; ibi:そこに、そこで、`fimbriae':ふさ飾り、へり、縁、ふさ、sunt:ある、externa:外部の、外なる、vera,:諸々の真理、`calcanei':かかと、extima:最外部、最も遠い、bona;:諸々の善、quod:こと、それ、そのこと、`calcaneum:踵、et:~と、および、calcei':靴、sint:ある、infima:最低部、底、naturalia,:自然的な、自然の、videatur:見られる、認められる、n.:番号、259, (x)1748; et:また、そして、quia:なぜなら、ので、vera:諸々の真理、et:~と、および、bona:諸々の善、illa:それらを、ex:~から、~により、malo:悪、sunt,:ある、ut:~のように、~として、dicitur,:言われる、comparantur:例えられる、比較される、`Aethiopi':エチオピア、seu:即ち、或いは、nigro:黒い、et:~と、および、ejus:それの、彼の、`pelli,':皮、毛皮、tum:その上、更に、`pardo:豹、et:~と、および、ejus:それの、彼の、maculis'::斑点、模様、
[2] apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、
Si:もし~なら、たとえ~でも、oppignerando:質に入れることで、抵当に入れることで、oppigneraveris:質に入れる、抵当に入れる、(二人称単数未来完了、接続法二人称単数完了)vestem:衣服、衣装、socii:仲間達、友達、tui,:あなたの、antequam:~より前に、~より先に、occidit:殺す、没する、沈む、sol:太陽、restitues:元へ戻す、回復させる、もとどおりにする、illam:それを、ei,:彼に、quia:なぜなら、ので、haec:これは、operimentum:おおい、ふた、ejus:それの、彼の、sola,:だけ、唯一、haec:これは、vestis:衣服、衣装、ejus:それの、彼の、pro:~として、~の代わりに、pelle:皮、毛皮、in:~の中、~において、qua:それらから、そのことらから、cubabit,:眠る、休む、(三人称単数未来)Exod.:出埃及記、xxii25, 26; sicut:~の如く、言わば、omnes:凡ての、全体の、leges,:原理、法則、法律、律法、etiam:~もまた、更に、civiles:社会的な、公民的な、et:~と、および、forenses,:公共の、公衆の、人民の、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、Verbo,:聖言、御言葉、correspondentiam:相応、habent:持つ、有す、cum:~と一緒に、~と、legibus:法律、律法、boni:善、et:~と、および、veri:真理、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、caelo,:天界、et:また、そして、inde:それ故、そこから、latae sunt,:もたらされた、引き起こされた、与えられた、ita:このように、従って、quoque:~もまた、同じく、同様に、haec,:これから、nam:なぜなら、というのも、alioquin:更に、そうでなければ、prorsus:全く、完全に、lateret,:見えない、世に知られずに暮らす、~に知られない、cur:なぜ、どうして、`oppigneratam:質に入れられた、抵当に入れられた、vestem,:衣服、衣装、antequam:~より前に、~より先に、sol:太陽、occidit,:殺す、没する、{5}restituerent,':元へ戻した、もとどおりにした、et:また、そして、cur:なぜ、どうして、dicitur:言われる、quod:こと、それ、そのこと、` vestis:衣服、衣装、ejus:それの、彼の、pro:~として、~の代わりに、pelle:皮膚、皮、毛皮、in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、cubabit';:眠る、休む、correspondentia:相応、patet:明らかである、a:~から、~により、sensu interno,:内意、quae:それらは、そのことらは、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、non:否、defraudandi:だまし取られるべき、(未来受動分詞)sint:ある、socii:仲間、友達、veris:諸々の真理、externis,:外部の、外なる、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、doctrinalia:教義、(の事柄)、secundum:~に従って、~に沿って、quae:それらを、そのことらを、vivunt,:生きる、生活する、(c) et:また、そして、ritualia;:宗教儀式の、quod:こと、それ、そのこと、`vestis':衣服、衣装、talia:このような、次ぎのような、vera:諸々の真理、sint,:ある、videatur:見られる、認められる、n.:番号、297, 1073, 2576; `sol':太陽、autem:しかし、他方において、est:ある、bonum:善、amoris:愛、seu:即ち、或いは、vitae:生命、quod:こと、それ、そのこと、inde,:それ故、そこから、n.:番号、1529, 1530, 2441, 2495; ne:~しないように、否、hoc:これは、pereat,:死ぬ、滅びる、消える、なくなる、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、` antequam:~より前に、~より先に、sol:太陽、occidit:殺す、没する、restitueret';:元へ戻した、回復させた、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、illa:それらは、sunt:ある、externa:外部の、外なる、interiorum,:内的な、より内なる、seu:即ち、或いは、terminationes:境界、終結、horum,:これらの、dicitur:言われる、quod:こと、それ、そのこと、` vestis:衣服、衣装、pro:~として、~の代わりに、pelle:皮膚、皮、毛皮、in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、cubabit.':眠る、休む、

3540.「また、彼女は雌山羊の子の毛皮をあてがった」が、家の善の外なる真理を意味することは、「毛皮」の意味が外なるものであることから知られよう。そのことについては続いて(述べよう)。また家の羊の群れからの「雌山羊の子」の意味が家の善の真理であることから(知られよう)。そのことについては3518, 3519番(に示された)。そこで家の善が何か、またそこからの真理が何かもまた明らかである。各々の善はその真理を持ち、また各々の真理はその善を持つ。それらが何か意義あるものであるためにそれらはそれら自身に連結されたものにならなければならない。「毛皮」は外なるものを意味する。なぜなら、毛皮は動物の最も外部のものだからであり、それらによりその(動物の)内的なものは終えるからである。更に人間の許の外皮、即ち皮膚も同様にある。そのことは他生における表象のものからその表意するものを導く。外皮の領域に関連付けられる者達がそこに居る者達である。神的な主の慈悲により次の章の終わりに巨大人について(述べる)時、その者達について(述べよう)。彼らは外なる善とその真理の中にだけ居る者達である。それ故、外皮と「毛皮」もまた外なるものを意味する。そのことは聖言からもまた明らかである。例えばエレミヤ書において、
「あなたの咎の多くのもののためにあなたのふさは暴かれ、あなたの踵は傷つけられた。
エチオピア人がその皮を変えるかどうか、また豹がその斑点を変えるかどうか? (それが出来るなら)あなた達もまた善を行うことが出来よう。悪を行なうことに巧みな者達よ、」13. 22, 23、ここで「ふさ」は外なる真理であり、「踵」は最外部の善である。「踵と靴」が自然的なものの最低部のものであることは259, 1748番に認められよう。また言われたように、それらの真理と善は悪からあるので、それが「エチオピア」、或いは黒とその「皮」、更に「豹とその斑点」に例えられている。
[2]モーセの書において、
「もし、あなたの仲間の衣服を質に入れることで抵当に取るなら、日(太陽)が沈む前にあなたはそれを彼に返さなければならない。なぜなら、それは彼の唯一の覆いだからである。彼のその衣服は皮としてその中で彼は眠らなければならないからである。」出埃及記、22. 26, 27、言わば聖言の中の凡ての法律、更に社会的な(法律)と公共の(法律)は天界の中の善と真理の律法と相応を持ち、またそこからもたらされた。そのようにここの(出埃及記の律法)もまたそこから(もたらされた)。そうでなければ、なぜ「質に入れられた衣服を日(太陽)が沈む前に返した」のか、またなぜ「彼の衣服は皮としてその中で彼は眠らなければならない」のか全く知られない。それは相応から明らかであり、それは仲間は教義の事柄である外なる真理を騙し取られてはならないことである。それらに従って彼らは生きるからであり、また(それらに従って宗教儀式(を行なうからである)。「衣服」がそのような真理であることは、297, 1073, 2576番に認められよう。他方において、「日(太陽)」は愛の善、或いはそこからの生命である。1529, 1530, 2441, 2495番(を参照)、それは滅びてはならないことが「日(太陽)が沈む前に返す」ことによって意味されている。またそれらは内的なものの外なるものなので、即ちそれら(内的なもの)の終結であるので、「衣服は皮としてその中で彼は眠らなければならない」と言われている。

26-3387-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3387-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3387.「なぜなら、私の女(妻)と言うことでことによると、その場所の男達がリベカの故に私を殺すのではないかと恐れたからである」が、神的な真理そのものを明らかにすることが出来なかったこと、そのように神的な贈物が受け入れられなかったことを意味することは、「言うことで恐れること」の意味が明らかにすることが出来ないことであることから知られよう。またここの「女(妻)」の意味が神的な真理に関する神的な理性であるリベカであることから知られよう。そのことについては、3012, 3013, 3077番に示された。また「私を殺すこと」の意味が、イサクである善が受け入れられないことであることから知られよう。というのは、ここの「私」であるイサクによって主の理性の神的な善が表象されているからである。3012, 3194, 3210番を参照、というのはその時、善が受け入れられない場合「殺されること」、或いは死ぬことが言われるからである。なぜなら、善を受け入れない者に善が無価値なものに為されるからである。また「その場所の男達」の意味が信仰の教義の中に居る者達であることから知られよう。そのことについては上の3385番に示された。このような事情の下にそれらからそれらの言葉の内意が何であるか明らかである。即ちもし神的な真理そのものが明らかにされたなら信仰の真理の中に居る者達により受け入れられなかったことが明らかである。なぜなら、彼らの凡ての理性的なものの理解を越えるからであり、従って彼らの凡ての信仰を越えるからである。またそれ故、主からの善が流入することが出来ないからである。というのは、主からの善、即ち神的な善は、もし真理の中でなければ流入することが出来ないからである。というのは、前に何度も示されたように真理は善の容器であるからである。
[2]真理、或いは真理の外観は、神的な善が人間の知的なものを形作ることが出来ることのために、従って人間そのものを形作るために人間に与えられたものである。なぜなら、善が流入することが出来ることの目的のために真理があるからである。というのは、善は容器、或いは受容体なしにはその居場所を見つけないからである。或いはその受容の状態を見つけないからである。それ故に、そこに真理がなければ、即ちそこで善が受け入れられなければ、そこに理性的な善はなく人間的な善はない。その結果として人間に何も霊的な生命はない。またそれ故に、それでもなお人間に真理があるために、また人間にそこから霊的な生命があるために、真理の外観が与えられている。その上、各々の者に真理の外観に従って理解があり、外観が真理として承認される。なぜなら、それらはそれらの中に神的なものが存在することが出来るようなものであるからである。
[3]外観が何であるかが知られるために、またそれらが人間に神的な真理として仕えることが知られるために説明のための例がある。
もし、天界において場所の考えが何もないことが言われたなら、従って距離の考えが何もないことが言われたなら、しかしそれらの代わりに状態の考えがあることが言われたなら、それは人間により決して理解されることが出来ない。というのは、そのようなものは何も区別がなく混ぜ合わされたものであることを信じるからである。即ち凡てのものが一つのものの中にあること、即ち凡てのものが一緒にあることを信じるからである。しかし、そこで凡てのものはそれ以上に分離されたものが与えられることが出来ないほど分離されたものである。自然界の中の場所、距離、および空間は天界の中では状態であることは、3356番に認められよう。それ故、聖言の中で場所と空間、およびそれらから、またそれらによって絶えず言われていることは何でも真理の外観であることが明らかである。またもし、それらが外観によって言われたのでなければ、決して人間は受け入れず、その結果として殆んど真理を認めなかっただろう。なぜなら、人間がこの世に居る限り、即ち空間と時間の中に居る限り、人間の許の思考の全体的なものにも個別的なものにも、殆んどのものに空間と時間の考えが内在するからである。

27-3539-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3539-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[4] hoc:これは、quoque:~もまた、同じく、同様に、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、a:~から、~により、pluri:より多くの、より高い、experientia,:観察、経験、{6} imprimis:特に、ことのほか、ex:~から、~により、illa:それから、quod:こと、それ、そのこと、homo:人間、{7} intellectu:理解、possit:出来る、可能である、appercipere:理解すること、認めること、et:また、そして、naturale:自然的な、自然の、inde:それ故、そこから、scire:知ること、plura:より多くの、多数の、quae:それらは、そのことらは、bona:諸々の善、et:~と、および、vera:諸々の真理、sunt,:ある、sed:しかし、usque:それでもなお、やはり、voluntas:意志、意向、adhuc:依然として、それにもかかわらず、それでもやはり、non:否、possit:出来る、可能である、secundum:~に従って、~に沿って、illa:それらを、facere;:行なうこと、為すこと、ut:~のように、例えば、pro:~として、~の代わりに、exemplo::例、例として、quod:こと、それ、そのこと、amor:愛、et:~と、および、charitas:仁愛、sit:ある、essentiale:本質の、本質的な部分、apud:~のもとに、~において、hominem,:人間、hoc:これを、potest:出来る、可能である、intellectualis:理解の、facultas:能力、才能、hominis:人間、videre:見ること、認めること、et:~と、および、confirmare,:断言すること、確信すること、確認すること、sed:しかし、antequam:~より前に、~より先に、regeneratus est:再生された、homo,:人間、{8}voluntaria:意志の、non:否、potest:出来る、可能である、agnoscere;:認めること、承認すること、sunt:ある、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、{9} in:~の中、~において、prorsus:全く、完全に、nullo:何も~ない、決して~でない、誰も~ない、amore in Dominum:主への愛、et:~と、および、in:~の中へ、~に、nulla:何も~ない、決して~でない、誰も~ない、charitate erga proximum,:隣人への仁愛、qui:その者達、hoc:これは、bene:きちんと、十分に、申し分なく、capiunt::理解する、認める、認識する、把握する、知覚する、pariter:同じように、同様に、quod:こと、それ、そのこと、amor:愛、sit:ある、ipsa:そのもの、それ自身、vita:生命、hominis,:人間、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、talis:talis~qualis~、~があるように~がある、vita,:生命、qualis amor::愛、ut et:そのようにまた、quod:こと、それ、そのこと、omne:凡ての、全体の、jucundum:愉快、楽しい、et:~と、および、omne:凡ての、全体の、amoenum:魅力的な、快い、sit:ある、ex:~から、~により、amore,:愛、proinde:従って、それ故に、omne:凡ての、全体の、gaudium:楽しみ、喜び、et:~と、および、omnis:凡ての、全体の、felicitas;:幸運、幸福、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、inde,:それ故、そこから、qualis:qualis~talis~、~のままに、そのように~、amor,:愛、tale gaudium:楽しみ、嬉しさ、et:~と、および、talis felicitas;:幸運、幸福、etiam:~もまた、更に、id:これは、potest:出来る、可能である、homo:人間、ex:~から、~により、intellectu:理解、capere,:理解すること、認識すること、認めること、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、voluntas:意志、意向、dissentit:意見を異にする、意見が相違する、反対する、一致しない、矛盾する、食い違う、aut:即ち、或いは、etiam:~もまた、更に、in:~の中へ、~に、contrarium:反対、相反、it,:行く、進む、(eoの三人称単数現在)quod:こと、それ、そのこと、それ故に、felicissima:最も幸福な、最も恵まれた、最も実り豊かな、最も多産の、最も肥沃な、最も幸運な、vita:生命、sit:ある、ex:~から、~により、amore in Dominum:主への愛、et:~と、および、ex:~から、~により、amore erga proximum,:隣人への愛、quia:なぜなら、ので、Ipsum:御自身、Divinum:神的な、influit:流れ込む、流入する、in:~の中へ、~に、illam;:それを、et:また、ところがしかし、vicissim:反対に、逆に、quod:こと、それ、そのこと、infelicissima:最も不幸な、最も不運な、vita:生命、sit:ある、ex:~から、~により、amore sui:自己愛、et:~と、および、amore mundi,:世俗愛、quia:なぜなら、ので、infernum:地獄、influit:流れ込む、流入する、in:~の中へ、~に、illam::それを、
[5] inde:それ故、そこから、etiam:~もまた、更に、coram:~の面前で、目の前で、intellectu:理解、perceptibile potest:出来る、可能である、esse,:認められること、non:否、autem:しかし、他方において、coram:~の面前で、目の前で、voluntate,:意志、意向、quod:こと、それ、そのこと、amor in Dominum:主への愛、sit:ある、vita:生命、caeli,:天界、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、amor mutuus:相互の愛、sit:ある、anima:霊魂、魂、ex:~から、~により、illa:それから、vita;:生命、quapropter:そのために、それ故に、~するところの、quantum:quantum~tantum~、~ほど~それだけ、homo:人間、non:否、ex:~から、~により、voluntatis:意志、意向、suae:自分自身の、それ自身の、vita:生命、cogitat,:考える、nec:否、super:~の上に、~の上へ、vitam:生命、inde:それ故、そこから、suam:自分自身を、それ自身を、reflectit,:反省する、熟考する、考慮する、tantum id:それを、intellectu:理解、percipit,:理解する、認識する、認める、sed:しかし、quantum:quantum~tantum~、~ほど~それだけ、ex:~から、~により、vita:生命、voluntatis:意志、意向、suae,:自分自身の、それ自身の、tantum non:否、percipit,:理解する、認識する、認める、immo:というよりは、それどころか、negat.:否定する、拒絶する、
Etiam:~もまた、更に、coram:~の面前で、目の前で、intellectu:理解、clare:明らかに、明瞭に、potest:出来る、可能である、apparere:見えること、現れること、quod:こと、それ、そのこと、humiliatio:卑下の状態、卑下、sit:ある、in:~の中へ、~に、quam:それを、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、influere:流れ込むこと、流入すること、possit:出来る、可能である、Divinum,:神的な、ex causa quia:その理由から、in:~の中、~において、(c)eo:それから、statu:状態、性質、removentur:遠ざけられる、取り除かれる、amores sui:自己愛、et:~と、および、mundi,:世俗愛、proinde:従って、それ故に、infernalia:地獄の、地獄的な、quae:それらは、そのことらは、obstant;:邪魔する、妨げる、sed:しかし、usque,:それでもなお、やはり、quamdiu:~の間、~の限り、voluntas:意志、意向、non:否、nova:新しい、est,:ある、et:また、そして、{10}huic:これに、unitus:一つにされた、結合された、intellectus,:理解、homo:人間、in:~の中、~において、humiliatione:卑下の状態、卑下、cordis:心、心臓、non:否、potest:出来る、可能である、esse;:あること、存在すること、immo:というよりは、それどころか、quantum:ほど、~の限り、~の範囲、~の程度、どれだけ、homo:人間、in:~の中、~において、vita:生命、mali:悪、est,:ある、hoc est,:即ち、quantum:quantum~tantum~、~ほど~それだけ、ejus:それの、彼の、voluntas:意志、意向、est:ある、ad:~に向かって、~へ、malum,:悪、tantum hoc:これは、non:否、potest;:出来る、可能である、etiam:~もまた、更に、tantum ei:彼に、hoc:これは、obscurum:不明瞭な、暗い、不確かな、est,:ある、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、tantum illud:それを、negat::否定する、拒絶する、inde:それ故、そこから、etiam:~もまた、更に、homo:人間、intellectu:理解、percipere:理解すること、認めること、認識すること、potest:出来る、可能である、quod:こと、それ、そのこと、humiliatio:卑下の状態、卑下、hominis:人間、non:否、sit:ある、propter:~のために、~の故に、amorem:愛、gloriae:名誉、栄光、in:~の中、~において、Domino,:主、sed:しかし、propter:~のために、~の故に、amorem:愛、Divinum,:神的な、quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、ita:このように、従って、cum:~と一緒に、~と、bono:善、et:~と、および、vero:真理、influere:流れ込むこと、流入すること、possit,:出来る、可能である、et:また、そして、hominem:人間、beatum:幸福な、祝福された、et:~と、および、felicem:幸福な、恵まれた、facere;:造ること、為すこと、at:しかし、だが聞き給え、quantum:quantum~tantum~、~ほど~それだけ、voluntas:意志、意向、consulitur,:慮られる、熟考される、気にかけられる、思いやられる、tantum hoc :これは、obscuratur;:暗くされる、隠される、不明瞭にされる、similiter:同様に、似ている、se:それ自身を、habet:持つ、有す、in:~の中、~において、perpluribus:極めて多くの、aliis.:他のもの、異なった、
[6] Haec:これは、facultas,:能力、才能、nempe:正確には、即ち、quod:こと、それ、そのこと、intelligere:理解すること、意味すること、possit:出来る、可能である、quid:何か?、どんな?、bonum:善、et:~と、および、verum:真理、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、non:否、vult:欲する、illud,:それを、data est:与えられた、homini:人間、ut:~のために、こと、~するように、possit:出来る、可能である、reformari:改心されること、改良されること、et:~と、および、regenerari;:再生されること、eapropter:それ故に、その結果として、その目的のために、このために、illa:これは、facilitas:(facultas,:能力、才能、?)est:ある、tam:tam~quam~、~と同様に~、~も~も、penes:~の所有に、~の手に、~の手中に、~の前に、malos:悪、quam apud:~のもとに、~において、bonos,:善、immo:というよりは、それどころか、penes:~の所有に、~の手中に、~の前に、malos:悪、quandoque:時々、時折、acutior;:より激しい、より鋭敏な、より鋭い、sed:しかし、cum:~と一緒に、~を持って、hac:これから、下記の、differentia,:相違、区別、quod:こと、それ、そのこと、penes:~の所有に、~の手中に、~の前に、malos:悪、non:否、sit:ある、aliqua:誰か、何か、affectio:情愛、veri:真理、propter:~のために、~の故に、~に関しては、vitam,:生命、hoc est,:即ち、propter:~のために、~の故に、~に関しては、bonum:善、vitae:生命、ex:~から、~により、vero,:真理、quapropter:そのために、それ故に、nec:否、possunt:出来る、可能である、reformari;:改心されること、改良されること、at:しかし、だが聞き給え、apud:~のもとに、~において、bonos:善、est:ある、affectio:情愛、veri:真理、propter:~のために、~の故に、~に関しては、vitam,:生命、hoc est,:即ち、propter:~のために、~の故に、~に関しては、bonum:善、vitae:生命、{11}, et:また、そして、propterea:このために、この理由で、それ故に、hi:この者達、possunt:出来る、可能である、reformari::改心されること、改良されること、sed:しかし、status:状態、性質、primus:第一の、最初の、reformationis:改心、改良、horum:この者達の、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、verum:真理、doctrinae:教え、教義、appareat:現われる、見える、illis:彼らに、primo:最初に、始めに、第一の、最初の、始めの、主要な、おもな、最も重要な、loco:場所、位置、esse:あること、存在すること、et:~と、および、bonum:善、vitae:生命、secundo,:第二の、二番目の、nam:なぜなら、というのも、ex:~から、~により、vero:真理、agunt:行なう、bonum;:善、at:しかし、だが聞き給え、secundus:第二の、二番目の、status:状態、性質、eorum:それらの、彼らの、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、bonum:善、vitae:生命、sit:ある、primo:第一の、最初の、loco:場所、位置、et:また、そして、verum:真理、doctrinae:教え、教義、secundo,:第二の、二番目の、nam:なぜなら、というのも、ex:~から、~により、bono:善、agunt:行なう、bonum,:善、hoc est,:即ち、ex:~から、~により、voluntate:意志、意向、boni;:善、et:また、そして、cum:その時、その場合、hoc:これは、fit,:為される、なる、tunc:その時、やがて、quia:なぜなら、ので、voluntas:意志、意向、est:ある、conjuncta:結合された、連結された、intellectui,:理解に、sicut:~の如く、~のように、conjugio,:結婚、結合、homo:人間、regeneratus est.:再生された、De:~について、binis:2、his:これらから、statibus,:状態、性質、in:~の中、~において、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、de:~について、Esavo:エサウ、et:~と、および、Jacobo:ヤコブ、in:~の中、~において、sensu interno:内意、agitur.:述べられる、取り扱われる、

[4]このこともまた多くの観察から知られることが出来よう。特に、人間は理解で認めることが出来ることから、またそれ故、多くの自然的な善と真理を知ることが出来ることから、しかしそれでもなお、意志はそれにも関わらずそれらに従って行なうことが出来ないことから(知られよう)。例えば例として、人間の許で愛と仁愛は本質的なものであることを人間の理解の能力で認めることと確信することが出来るが、しかし人間が再生された者となる前に意志は(それを)承認することが出来ない。その上、全く誰も主への愛と隣人への愛の中に居ないことを充分理解し、同様に、愛が人間の生命そのものであること、また愛があるように生命があること、そのようにまた、凡ての楽しいものと凡ての快いものは愛からあること、従って凡ての喜びと凡ての幸福(は愛からあること)、またそれ故、同様に愛のままに、そのように喜びとそのように幸福があること、それらもまた人間は理解により認めることが出来るが、それでも意志は反対する。或いは反対のものへもまた進む。(理解は)主への愛と隣人への愛から最も幸福な生命があること、(なぜなら、主御自身の神的なものがそれに流入するからである。)また反対に自己愛と世俗愛から最も不幸な生命があること(なぜなら、地獄がその中に流入するからである。)(を認めることが出来るが、しかし意志はそれに反対し、また反対のものへ進む)。
[5]それ故、主への愛が天界の生命であること、またその生命からの霊魂が相互の愛であることを理解の前で認められることが出来るが、しかし意志の前で(認められることが出来)ない。そのために、人間は意志から自分の生命(生活)を考えないほど、(また)そこから、自分の生命(生活)の上に考慮しないほど、それだけ、それを理解で認めるが、しかし自分の意志の生命から(考慮する)ほど認めず、それどころか否定する。
更に人間の許の卑下の中へ神的なものが流入することが出来ることもまた理解の前で明瞭に認めることが出来る。その理由はその状態の中で自己愛と世俗愛が遠ざけられるからであり、従って邪魔をする地獄のものが(遠ざけられるからである)。しかしそれでもなお、意志が新しくない限り、また理解がそれに結合されている限り心の卑下の中に居ることが出来ない。それどころか、人間が悪い生命(生活)の中に居るほど、即ちその意志が悪に向かっているほど、それだけそれは出来ない。更にそれが彼(人間)に不明瞭であるほど、また同様にそれを否定するほど(心の卑下の中に居ることは出来ない)。それ故、人間の卑下は主の中の栄光への愛のためにあるのではなく、神的な愛のためであること、従って主が善と真理と一緒に(人間に)流入することが出来る(ためであること)、また祝福された人間と幸福な人間を造る(ためであること)もまた人間は理解で認めることが出来る。だが聞き給え、意志が慮られるほど、それだけそれは不明瞭にされる。同様に、極めて多くの他のことの中にもそのことを有する。
[6]この能力、即ち善と真理が何かを理解することが出来る(能力は)、例えそれを欲しなくても改心されることと再生されることが出来るために人間に与えられたものである。そのためにその能力は悪い者達の前にも善い者達の許にもあり、それどころか、悪い者達の前により鋭敏にある。しかし、悪い者達の前に生命(生活)のために真理への情愛が何もない。即ち真理からの善い生命(生活)のための(真理への情愛が何もない)。それ故に、彼ら(悪い者達は)改心されることが出来ない。だが聞き給え、善い者達の許に生命(生活)のために真理への情愛がある。即ち善い生命(生活)のための(真理への情愛がある)。それ故に、この者達(善い者達)は改心されることが出来ることの相違を持ってある。しかしこの者達(善い者達)の改心の最初の状態は教義の真理が彼らに最初の位置にあること、また生命(生活)の善が第二の(位置にあることが)見える。なぜなら、真理により善を行なうからである。だが聞き給え、彼らの第二の(改心の)状態は生命(生活)の善が最初の位置にあり、また教義の真理が第二の(位置にあることが見える)。なぜなら、善から善を行なうからである。即ち善の意志から(善を行なうからである)。またそれ(善から善)が為される場合、その時、意志は理解に結婚の如く連結されたものになるので人間は再生された者になる。
これらの二つの状態について、内意の中のエサウとヤコブについて述べられている。

26-3385~3386意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3385~3386意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3385.「また、その場所の男達は彼の女(妻)について尋ねた」が、神的な真理についての人間達の調査を意味することは、「尋ねること」の意味が調査することであることから、また「その場所の男達」、即ち「ゲラルの男達」の意味が信仰の教義の中に居る者達であることから知られよう。「ゲラル」が信仰の教義の事柄であることは、1209, 2504番に認められよう。従って「その場所の男達」は、そのような状態の人間達である。またここの「女(妻)」の意味が主の神的な理性の神的な真理であるリベカであることから知られよう。そのことについては、3012, 3013, 3077番に示された。
先行する箇所において、人間の理性の中への主からの神的なものの流入によって生じる真理の外観について述べられた。今ここではそれらの受容について、その上、最初に「その場所の男達」、即ち「ゲラルの男達」によって意味される信仰の教義の中に居る者達からの受容について、また霊的な者達と呼ばれる者達の最初の部類の者達からの受容について述べられる。というのは、霊的な者達は天的な者達の如く認識を持たないので、また相対的に不明瞭なものの中に居るので、それがそのようにあるかどうか? 更にそれが神的な真理であるかどうか? 尋ねるからである。1043, 2088, 2669, 2708番の始め、2715, 2718, 2831, 3235, 3241, 3246番を参照、また彼らは認識を持たないので、またそれ故、それが神的なものであるかどうか認めないので、真理の如く見えるようなものが彼らに与えられる。またそれは彼らの理性に従って、即ち理解に従って与えられる。というのは、そうして受容されるからである。誰でも真理を理解する如く信じることが許されており、もしそうでなければ受け入れられない。なぜなら、何も承認がないからである。それらのことについて今から述べられる。

3386.「同時に、彼は彼女は私の妹と言った」が、理性的な真理を意味することは、「妹」の意味が理性的な真理であることから知られよう。そのことについては、1495, 2508, 2524, 2556番に示された。理性的な真理によって、直ぐ上に言われたように、理解に従って(真理の如く見えるものが意味される)。或いは理性の目の前で真理の如く見えるものが意味される。アブラハムが前にエジプトにおいて、創世記、12.11-13, 19、またその後、ゲラルにおいて、創世記、20.2, 5, 12、サラを自分の妹と言った如く、イサクがリベカを自分の妹と言ったことは、それらの箇所の説明から認められることが出来るように同様な秘義を含む。また三度も同様なことが生じたので、またそれらが聖言に記録されているので、最高の段階の秘義が内在することが知られよう。それは内意から以外誰もそれが何かを知ることが出来ない。しかし、後に続く箇所からそれが何であるか明らかである。

27-3539-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3539-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3539. `Et induit Jacobum filium suum minorem': quod significet affectionem veri seu vitam boni ex vero, constat ex repraesentatione `Rebeccae' quod sit Divinum Verum Divini Rationalis; ex repraesentatione `Jacobi' quod sit Divinum Verum Divini Naturalis; et ex significatione `induere' quod hic sit communicare, ac imbuere, nempe vera boni, quae per `vestes Esavi' n. 3537 significantur, ita affectionem veri naturalis, quae hic idem est cum vita boni ex vero. Quomodo haec intelligenda sunt, {1}sciri potest ab illas quae supra n. 3518 dicta sunt; sed quia talia sunt quae hodie ignotissima, licet (t)eadem adhuc ad captum aliquatenus explicare: agitur in hoc capite {2}de Domino, quomodo Ipse Naturale Suum Divinum fecit; et in sensu repraesentativo de regeneratione hominis quoad ejus naturale, videatur n. 3490. [2] Cum homine ita se habet: regeneratio pro fine habet ut homo novus fiat quoad internum suum hominem, ita quoad animam seu spiritum; sed non novus fieri seu regenerari potest homo quoad illum nisi quoque quoad externum; nam tametsi homo post mortem fit spiritus, usque secum habet in altera vita illa quae sunt externi hominis, nempe affectiones naturales, et quoque doctrinalia, etiam scientifica, verbo omnia quae sunt memoriae exterioris seu naturalis, videatur n. 2475-2483; haec enim sunt plana in quibus terminantur interiora ejus; qualiter itaque illa disposita sunt, taliter interiora cum influunt, fiunt, nam inibi modificantur; exinde patet quod homo non modo regenerandus sit, seu novus fieri debeat quoad internum hominem seu rationalem, sed etiam quoad externum seu naturalem; et nisi hoc, nec foret aliqua correspondentia; quod correspondentia sit inter {3}internum hominem et hujus spiritualia, ac externum et hujus naturalia, videatur n. (x)2987, 2989-2991, 3002, 3493: [3] status regenerationis hominis, in sensu repraesentativo in hoc capite, per Esavum et Jacobum describitur; et hic primus ejus qualis est, nempe cum homo regeneratur seu antequam regeneratus est; est enim status plane inversus respective ad illum statum in quo est homo cum (t)regeneratus est; in illo enim statu, nempe cum homo regeneratur seu antequam regeneratus est, tunc intellectualia quae sunt veri, apparenter primas agunt; at cum regeneratus est, tunc voluntaria quae sunt boni; quod intellectualia quae sunt veri, apparenter primas agant in primo statu, repraesentatum est per Jacobum quod primogenituram Esavi sibi vindicaverit, videatur n. 3325, 3336; tum quod benedictionem {4}, de qua hic agitur; et quod status plane inversus sit, repraesentatur per quod Jacobus mentitus Esavum, quod nempe vestibus Esavi indutus, et quod pellibus haedorum caprarum; hoc enim statu, rationale verum, nondum ita conjunctum rationali bono, seu quod idem, intellectus non ita conjunctus cum voluntate, sic influit et agit in naturale, ac (c)ea quae ibi{5}, sic inverse disponit: [4] hoc quoque constare potest a pluri experientia, {6}imprimis ex illa quod homo {7}intellectu possit appercipere et naturale inde scire plura quae bona et vera sunt, sed usque voluntas adhuc non possit secundum illa facere; ut pro exemplo: quod amor et charitas sit essentiale apud hominem, hoc potest intellectualis facultas hominis videre et confirmare, sed antequam regeneratus est homo, {8}voluntaria non potest agnoscere; sunt quoque {9}in prorsus nullo amore in Dominum et in nulla charitate erga proximum, qui hoc bene capiunt: pariter quod amor sit ipsa vita hominis, et quod talis vita, qualis amor: ut et quod omne jucundum et omne amoenum sit ex amore, proinde omne gaudium et omnis felicitas; et quoque inde, qualis amor, tale gaudium et talis felicitas; etiam id potest homo ex intellectu capere, tametsi voluntas dissentit aut etiam in contrarium it, quod felicissima vita sit ex amore in Dominum et ex amore erga proximum, quia Ipsum Divinum influit in illam; et vicissim quod infelicissima vita sit ex amore sui et amore mundi, quia infernum influit in illam: [5] inde etiam coram intellectu perceptibile potest esse, non autem coram voluntate, quod amor in Dominum sit vita caeli, et quod amor mutuus sit anima ex illa vita; quapropter quantum homo non ex voluntatis suae vita cogitat, nec super vitam inde suam reflectit, tantum id intellectu percipit, sed quantum ex vita voluntatis suae, tantum non percipit, immo negat. Etiam coram intellectu clare potest apparere quod humiliatio sit in quam apud hominem influere possit Divinum, ex causa quia in (c)eo statu removentur amores sui et mundi, proinde infernalia quae obstant; sed usque, quamdiu voluntas non nova est, et {10}huic unitus intellectus, homo in humiliatione cordis non potest esse; immo quantum homo in vita mali est, hoc est, quantum ejus voluntas est ad malum, tantum hoc non potest; etiam tantum ei hoc obscurum est, et quoque tantum illud negat: inde etiam homo intellectu percipere potest quod humiliatio hominis non sit propter amorem gloriae in Domino, sed propter amorem Divinum, quod Dominus ita cum bono et vero influere possit, et hominem beatum et felicem facere; at quantum voluntas consulitur, tantum hoc obscuratur; similiter se habet in perpluribus aliis. [6] Haec facultas, nempe quod intelligere possit quid bonum et verum tametsi non vult illud, data est homini ut possit reformari et regenerari; eapropter illa facilitas est tam penes malos quam apud bonos, immo penes malos quandoque acutior; sed cum hac differentia, quod penes malos non sit aliqua affectio veri propter vitam, hoc est, propter bonum vitae ex vero, quapropter nec possunt reformari; at apud bonos est affectio veri propter vitam, hoc est, propter bonum vitae {11}, et propterea hi possunt reformari: sed status primus reformationis horum est quod verum doctrinae appareat illis primo loco esse et bonum vitae secundo, nam ex vero agunt bonum; at secundus status eorum est quod bonum vitae sit primo loco et verum doctrinae secundo, nam ex bono agunt bonum, hoc est, ex voluntate boni; et cum hoc fit, tunc quia voluntas est conjuncta intellectui, sicut conjugio, homo regeneratus est. De binis his statibus, in illis quae de Esavo et Jacobo in sensu interno agitur.

3539. `Et:また、そして、induit:着た、まとった、着せた、Jacobum:ヤコブ、filium:息子、suum:自分自身を、それ自身を、minorem'::年下の、若い方の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、affectionem:情愛、veri:真理、seu:即ち、或いは、vitam:生命、boni:善、ex:~から、~により、vero,:真理、constat:知られる、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Rebeccae':リベカ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、Divinum:神的な、Verum:真理、Divini:神的な、Rationalis;:理性的な、理性、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi':ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、Divinum:神的な、Verum:真理、Divini:神的な、Naturalis;:自然的な、自然の、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`induere':着ること、まとうこと、quod:こと、それ、そのこと、hic:ここに、この場に、sit:ある、communicare,:共有すること、伝達すること、ac:また、なお加えて、imbuere,:教えること、吹き込むこと、nempe:正確には、即ち、vera:諸々の真理、boni,:善、quae:それらは、そのことらは、per:~を通して、~によって、` vestes:衣服、衣装、Esavi':エサウ、n.:番号、3537 significantur,:意味される、ita:このように、従って、affectionem:情愛、veri:真理、naturalis,:自然的な、自然の、quae:それは、そのことは、hic:ここに、この場に、idem:同じ、同様のもの、est:ある、cum:~と一緒に、~と、vita:生命、boni:善、ex:~から、~により、vero.:真理、
Quomodo:どのように、どうして、どのようにして、haec:これらは、intelligenda:理解されるべき、(未来受動分詞)sunt,:ある、{1} sciri:知られること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、illas:(illa:それから?) quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、n.:番号、3518 dicta sunt;:言われた、sed:しかし、quia:なぜなら、ので、talia:このような、次ぎのような、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、hodie:今日、現在、ignotissima,:最も知らない、licet:許される、差しつかえない、(t) eadem:同じ、同様のもの、また、adhuc:今後、これから、ad:~のために、~へ、captum:理解、把握、理解された、把握された、aliquatenus:ある程度、多少、explicare::説明すること、agitur:述べられる、取り扱われる、in:~の中、~において、hoc:これから、capite:章、{2} de:~について、Domino,:主、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、Ipse:御自身、そのもの、Naturale:自然的な、自然の、Suum:それ自身を、Divinum:神的な、fecit;:行なった、為した、et:また、そして、in:~の中、~において、sensu repraesentativo:表象の意味、de:~について、regeneratione:再生、hominis:人間、quoad:~に関して、~に関する限り、ejus:それの、彼の、naturale,:自然的な、自然の、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3490.
[2] Cum:~と一緒に、~の中で、homine:人間、ita:次のように、従って、se:それ自身を、habet::持つ、有す、regeneratio:再生、pro:~として、~の代わりに、fine:目的、意図、habet:持つ、有す、ut:~のために、こと、~するように、homo:人間、novus:新しい、fiat:為される、行なわれる、quoad:~に関して、~に関する限り、internum:内部の、内なる、suum:自分自身を、それ自身を、hominem,:人間、ita:このように、従って、quoad:~に関して、~に関する限り、animam:霊魂、魂、seu:即ち、或いは、spiritum;:霊、sed:しかし、non:否、novus:新しい、fieri:為されること、行われること、seu:即ち、或いは、regenerari:再生されること、potest:出来る、可能である、homo:人間、quoad:~に関して、~に関する限り、illum:それを、彼を、nisi:~以外、もし~でなければ、quoque:~もまた、同じく、同様に、quoad:~に関して、~に関する限り、externum;:外部の、外なる、nam:なぜなら、というのも、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、homo:人間、post mortem:死後、fit:為される、なる、spiritus,:霊、usque:それでもなお、やはり、secum:自分自身で、自分自身に、自分自身と一緒に、(=cum se)habet:持つ、有す、in:~の中、~において、altera vita:他生、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、externi hominis,:外なる人間、nempe:正確には、即ち、affectiones:情愛、naturales,:自然的な、自然の、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、doctrinalia,:教義、(の事柄)、etiam:~もまた、更に、scientifica,:事実に基づいた、科学的な、verbo:一言で言えば、要するに、omnia:凡ての、全体の、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、memoriae:記憶、記憶力、exterioris:外的な、より外なる、seu:即ち、或いは、naturalis,:自然的な、自然の、videatur:見られる、認められる、n.:番号、2475-2483; haec:これらは、enim:なぜならば、~というのは、sunt:ある、plana:平地、舞台、平面、水準、レベル、in:~の中、~において、quibus:それらから、そのことらから、terminantur:結末をつけられる、決定される、終える、終結される、interiora:内的な、より内なる、ejus;:それの、彼の、qualiter:どんなふうに、如何に、~のように、itaque:そして従って、またそのように、またそれ故に、(=et ita)illa:それらは、disposita sunt,:配置された、処理された、taliter:そのよう(な具合)に、interiora:内的な、より内なる、cum:その時、その場合、influunt,:流れ込む、流入する、fiunt,:為される、行なわれる、nam:なぜなら、というのも、inibi:そこで、その場所で、modificantur;:変えられる、修正される、変更される、exinde:それ故に、従って、この結果として、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、homo:人間、non:否、modo:だけ、単に、regenerandus:再生されるべき、(未来受動分詞)sit,:ある、seu:即ち、或いは、novus:新しい、fieri:為されること、行われること、debeat:余儀なくされる、定められる、ねばならない、強いられる、義務を負う、quoad:~に関して、~に関する限り、internum:内部の、内なる、hominem:人間、seu:即ち、或いは、rationalem,:理性、理性的な、sed:しかし、etiam:~もまた、更に、quoad:~に関して、~に関する限り、externum:外部の、外なる、seu:即ち、或いは、naturalem;:自然的な、自然の、et:また、そして、nisi:~以外、もし~でなければ、hoc,:これは、nec:否、foret:あった、aliqua:誰か、何か、correspondentia;:相応、quod:こと、それ、そのこと、correspondentia:相応、sit:ある、inter:~の中に、~の間で、~の間に、{3}internum hominem:内なる人間、et:~と、および、hujus:この、spiritualia,:霊的な、ac:また、なお加えて、externum:外部の、外なる、et:~と、および、hujus:この、naturalia,:自然的な、自然の、videatur:見られる、認められる、n.:番号、(x)2987, 2989-2991, 3002, 3493:
[3] status:状態、性質、regenerationis:再生、hominis,:人間、in:~の中、~において、sensu repraesentativo:表象の意味、in:~の中、~において、hoc:これから、capite,:章、per:~を通して、~によって、Esavum:エサウ、et:~と、および、Jacobum:ヤコブ、describitur;:記述される、述べられる、et:また、そして、hic:ここに、この場に、primus:第一の、最初の、ejus:それの、彼の、qualis:どのような、どんな種類の、est,:ある、nempe:正確には、即ち、cum:その時、その場合、homo:人間、regeneratur:再生される、seu:即ち、或いは、antequam:~より前に、~より先に、regeneratus est;:再生された、est:ある、enim:なぜならば、~というのは、status:状態、性質、plane:明白に、完全に、inversus:逆にされた、歪められた、respective:それぞれ、~と比較すれば、~と比べて、相対的に、ad:~に、~へ、illum:それを、彼を、statum:状態、性質、in:~の中、~において、quo:それから、そのことから、est:ある、homo:人間、cum:その時、その場合、(t)regeneratus est;:再生された、in:~の中、~において、illo:それから、そのことから、enim:なぜならば、~というのは、statu,:状態、性質、nempe:正確には、即ち、cum:その時、その場合、homo:人間、regeneratur:再生される、seu:即ち、或いは、antequam:~より前に、~より先に、regeneratus est,:再生された、tunc:その時、やがて、intellectualia:理解の、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、veri,:真理、apparenter:外観上は、うわべは、表面上は、見たところでは、primas:第一、始め、真っ先、agunt;:行なう、演じる、at:しかし、だが聞き給え、cum:その時、その場合、regeneratus est,:再生された、tunc:その時、やがて、voluntaria:意志の、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、boni;:善、quod:こと、それ、そのこと、intellectualia:理解の、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、veri,:真理、apparenter:外観上は、うわべは、表面上は、見たところでは、primas:第一、始め、真っ先、agant:行なう、演じる、in:~の中、~において、primo:第一の、最初の、始めの、statu,:状態、性質、repraesentatum est:象徴された、表象された、per:~を通して、~によって、Jacobum:ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、primogenituram:長子の権利、長子相続権、Esavi:エサウ、sibi:自分自身に、それ自身に、vindicaverit,:要求した、請求した、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3325, 3336; tum:その上、更に、quod:こと、それ、そのこと、benedictionem:祝福、祝福を与えるもの、{4}, de:~について、qua:それから、そのことから、hic:ここに、この場に、agitur;:述べられる、取り扱われる、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、status:状態、性質、plane:明白に、完全に、inversus:逆にされた、歪められた、sit,:ある、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、Jacobus:ヤコブ、mentitus:偽った、装った、欺いた、だました、(dep)Esavum,:エサウ、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、vestibus:衣服、衣装、Esavi:エサウ、indutus,:着せられた、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、pellibus:皮、毛皮、haedorum:子山羊、caprarum;:雌山羊、hoc:これから、enim:なぜならば、~というのは、statu,:状態、性質、rationale:理性、理性的な、verum,:真理、nondum:まだ~ない、ita:このように、それほど、conjunctum:結合された、連結された、rationali:理性的な、理性、bono,:善、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、intellectus:理解、non:否、ita:このように、それほど、conjunctus:結合された、連結された、cum:~と一緒に、~と、voluntate,:意志、意向、sic:そのように、こうして、influit:流れ込む、流入する、et:また、そして、agit:述べる、行なう、in:~の中へ、~に、naturale,:自然的な、自然の、ac:また、なお加えて、(c)ea:それらは、quae:それらは、そのことらは、ibi:そこに、そこで、5}, sic:そのように、こうして、inverse:逆に、disponit::配置する、処理する、

3539.「そしてその息子弟ヤコブに着せた」が、真理への情愛、或いは真理からの善の生命を意味することは、「リベカ」の表象が神的な理性の神的な真理であることから知られよう。(また)「ヤコブ」の表象が神的な自然的なものの神的な真理であることから(知られよう)。また「着ること」の意味がここでは伝達すること、また教えることであることから、即ち「エサウの衣服」によって意味される善の真理、従って自然的な真理への情愛(を伝達すること、また教えることであることから知られよう)。3537番(を参照)、ここでそれは真理からの善の生命と同じものである。それらがどのように理解されるべきかは、上の3518番に言われたことから知られることが出来よう。しかしそのようなことは今日では全く知られていないので、今から理解のために或る程度説明することもまた許されている。この章において主について述べられており、どのように自然的なものそのものをその神的なものに為されたか(が述べられている)。また表象の意味においてその(人間の)自然的なものに関する人間の再生について(述べられている)。そのことは3490番に認められよう。
[2]人間の中では次のようにそのことを有する。再生は目的としてその人間の内なるものに関して、従って霊魂に関して、即ち霊に関して新しい人間に為されることを持つ。しかしもし、外なるものに関してもまた(新しく為されるので)なければ、人間はそれ(内なるもの)に関して新しく為されること、即ち再生されることが出来ない。なぜなら、例え人間は死後に霊と為されても、それでもなお、他生において自分自身に外なる人間のもの、即ち自然的な情愛も教義の事柄もまた、更に科学的な(事実に基づく)ものも持つからである。要するに、外なる記憶の凡てのもの、即ち自然的な(記憶の凡てのものを持つからである)。というのは、それらは彼(人間)の内的なものが終結(決定)される舞台であるからであり、またそれ故に、それらが配置されたようにそのように内なるものが流入する時に為されるからである。なぜなら、そこ(の舞台)でそれら(内的なもの)が変えられるからである。それ故に、人間は内なる人間、即ち理性的な人間に関して再生されなければならないだけでなく、即ち新しく為されることを余儀なくされるだけでなく、外なる人間、即ち自然的な人間に関してもまた(再生、即ち新しく為されなければならない)ことが明らかである。またもしそれがなければ、何も相応はない。相応は内なる人間とその霊的なものの間にあり、また外なる人間とその自然的なものの間にある。そのことは2987, 2989-2991, 3002, 3493番に認められよう。
[3]この章においてエサウとヤコブを通して表象の意味において人間の再生の状態が記述されており、またここでその最初の状態がどのようなものであるか、即ち人間が再生される時、或いは再生される前(の状態がどのようなものであるかが記述されている)。というのは、それ(その状態)は人間が再生された時に居る状態に比較して明白に逆にされた状態であるからである。というのは、その状態の中に(人間は居るからである)。正確には人間が再生される時、即ち再生された者である前、その時、真理のものである理解のものが外観上第一のものを演じるが、しかし彼(人間)が再生された場合、その時、善のものである意志のものが(第一のものになるからである)。最初の状態において真理のものである理解のものが第一のものを演じることが、ヤコブによって彼がエサウの長子の権利を自分自身に要求したことによって表象された。そのことは3325, 3336番に認められよう。更に祝福(を要求したことによって表象された)。そのことについてここに述べられている。またそれは明白に逆にされた状態であることが、ヤコブがエサウを装ったことによって表象された。即ちエサウの衣服を着せられ、また雌山羊の子の毛皮(をまとったことによって表象された)。というのは、この状態は理性的な真理はまだ理性的な善にそれほど連結されていないからである。或いは同じことであるが、理解は意志とそれほど連結されていないからであり、そのように、自然的なものの中へ流入し、また行なうからであり、またそれらがそこでそのように逆に配置するからである。

26-3383~3384意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3383~3384意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ
3383.六、七節、「そして、イサクはゲラルに住んだ。
また、その場所の男達は彼の女(妻)について尋ねた。同時に、彼は彼女は私の妹と言った。なぜなら、私の女(妻)と言うことでことによると、その場所の男達がリベカの故に私を殺すのではないかと恐れたからである。なぜなら、彼女は善い外見だったからである。」
「イサクはゲラルに住んだ」は、理性に関して結びつけられなければならない信仰のものに関する主の状態を意味し、「また、(その)場所の男達は彼の女(妻)について尋ねた」は、神的な真理についての人間達の調査を意味し、「同時に、彼は彼女は私の妹と言った」は、理性的な真理を意味し、「なぜなら、私の女(妻)と言うことでことによると、(その)場所の男達がリベカの故に私を殺すのではないかと恐れたからである」は、神的な真理そのものを明らかにすることが出来なかったことを意味し、それ故に神的な善が受け入れられなかった(ことを意味し)、「なぜなら、彼女は善い外見だったからである」は、神的なものが言われることにより容易にそれが受け入れられることが出来ることを意味する。

3384.「イサクはゲラルに住んだ」が、理性に関して結びつけられなければならない信仰のものに関する主の状態を意味することは、「ゲラルに住むこと」の意味が信仰のものの中に居ることであることから知られよう。従ってそれらに関する状態である。というのは、「住むこと」は生きることを意味するからであり、1293番を参照、また「ゲラル」は信仰のものであるからである。1209, 2504, 3365番を参照、また「イサク」の表象が神的な理性に関する主であることから知られよう。1893, 2066, 2072, 2083, 2630番を参照、それらが理性に関して結びつけられなければならないものであることは、先行する箇所と後に続く箇所から知られよう。なぜなら、それらについてこの章の凡ての箇所において取り扱われているからである。即ち主の神的なものにより照らされた真理の外観の理性について取り扱われているからである。
[2]「住むこと」が居ることと生きることであること、従って状態であることは、聖言における極めて多くの箇所から明らかである。例えばダビデの書において、
「日々の遠い将来までも私はエホバの家に住むであろう。」詩篇、23.6、
「私はエホバによって一つのことを求め、それを私は探し求めよう。私の人生の凡ての日々にエホバの家に住もう。」詩篇、27.4、
「欺くことを行なっている者は私の家の真ん中に住まないであろう。」詩篇、101.7、ここで「エホバの家に住むこと」は、愛の善の中に居ることと生きることである。なぜなら、それが「エホバの家」であるからである。イザヤ書において、
「死の陰の地において住んでいる者達に、彼らの上に光が輝き出た。」9.1、ここの「死の陰の地に住んでいる者達」は、善と真理の無知の中に居る者達の状態として記述されている。同書において、
「バビロンは永遠に住まないであろう。」13.20、ここでは「バビロン」である者達の断罪の状態として記述されている。
[3]同書において、
「イスラエルの牧者よ、ケルビムに住んでいる者よ、輝け、」詩篇、80.1、ここの「ケルビムに住んでいる者」は、愛と信仰の神聖なものの中へ主により準備された者でなければ誰も入れられないような摂理の状態に関する主である。308番を参照、ダビデの書において、
「私は平安と一緒に横になり眠る。なぜなら、エホバよ、あなただけが私を平穏に住むことをさせるからです。」詩篇、4.8、ここの「平穏に住むことをさせる」は、平安の状態として記述されている。エレミヤ書において、
「あなたは多くの水の上の大きな宝庫、あなたの富の限界が来てあなたの終わりが来る。」51.13、ここではバビロンについて述べられている。「多くの水の上に住むこと」は、真理についての知識の中に居ることとして記述されている。
[4]ダニエル書において、
「神御自身が深遠と秘密を現され、暗闇の中に何があるか知られる。そして光が神と一緒に宿る。」2.22、ここの「宿ること」は存在することとして記述されている。同書において、
「野の獣はその樹木の下に陰を持ち、また天の鳥がその枝に住んだ。」4.13、エゼキエル書において、
「野の凡ての野獣はその枝の下に子を産んだ。またその枝の陰に偉大な凡ての諸民族が住んだ。」31.6、ここの「住むこと」は居ることと生きることとして記述されている。ホセア書において、
「脱穀場と酒ぶねは彼らを養わず、また葡萄液は欺くであろう。彼らはエホバの地に住まず、そしてエフライムはエジプトへ帰るであろう。」9. 2, 3、ここで「エホバの地に住まないこと」は、愛の善の状態に居ないこととして、従って主の王国に居ないこととして記述されている。

27-3534~3538原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

27-3534~3538原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3534. Vers. 14-17. Et ivit, et accepit, et adduxit matri suae, et fecit mater illius cupedias, quemadmodum amavit pater illius. Et accepit Rebecca vestes Esavi filii sui majoris desideriorum, quae cum illa in domo, et induit Jacobum filium suum minorem. Et pelles haedorum caprarum indui fecit super manus illius, et super levitatem collorum illius. Et dedit cupedias, et panem, quae fecit, in manum Jacobi filii sui. `Ivit, et accepit, et adduxit matri suae' significat statum oboedientiae veri naturalis: `et fecit mater illius cupedias, quemadmodum amavit pater ejus' significat delectabilia, non autem desiderabilia: `et accepit Rebecca vestes Esavi filii sui majoris desideriorum' significat veri genuina boni: `quae cum illa in domo' significat quae ex Divino Bono per Divinum Verum Divini Rationalis: `et induit Jacobum filiam suum minorem' significat affectionem veri, seu vitam boni ex vero: `et pelles haedorum caprarum indui fecit' significat externa vera boni domestici: `super manus illius' significat secundum facultatem recipiendi: `et super levitatem collorum illius' significat ut non appareret verum disjungens: `et dedit cupedias' significat delectabilia inde: `et panem' significat bonum inde: `quae fecit' significat quae a Divino Vero: `in manum Jacobi filii sui' significat quod (x)talis esset affectio veri naturalis.

3534. Vers. 14-17. Et:また、そして、ivit,:行った、進んだ、(eoの三人称単数完了)et:また、そして、accepit,:取った、受け入れた、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、matri:母、母親、suae,:自分自身の、それ自身の、et:また、そして、fecit:作った、為した、mater:母、母親、illius:彼の、cupedias,:ごちそう、珍味、quemadmodum:~のように、そのように、言わば、まるで~かのように、amavit:愛した、好んだ、pater:父、illius.:彼の、
Et:また、そして、accepit:取った、受け入れた、Rebecca:リベカ、vestes:衣服、衣装、Esavi:エサウ、filii:息子、sui:自分自身の、それ自身の、majoris:より大きい、より高い、desideriorum,:憧れた、望まれた、quae:それらは、そのことらは、cum:~と一緒に、~の下に、illa:それから、彼女から、in:~の中、~において、domo,:家、et:また、そして、induit:着た、まとった、着せた、付加した、Jacobum:ヤコブ、filium:息子、suum:自分自身を、それ自身を、minorem.:年下の、若い方の、
Et:また、そして、pelles:皮、毛皮、haedorum:子山羊、caprarum:雌山羊、indui:着せた、あてがった、fecit:行なった、為した、super:~の上で、~の上に、manus:手、illius,:彼の、et:また、そして、super:~の上で、~の上に、levitatem:なめらかさ、(耳ざわりでないこと、collorum:首、illius.:彼の、
Et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、cupedias,:ごちそう、珍味、et:また、そして、panem,:パン、食物、quae:それらは、そのことらは、fecit,:作った、為した、in:~の中へ、~に、manum:手、Jacobi:ヤコブ、filii:息子、sui.:自分自身の、それ自身の、
`Ivit,:行った、進んだ、(eoの三人称単数完了)et:また、そして、accepit,:取った、受け入れた、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、matri:母、suae':自分自身の、それ自身の、significat:意味する、statum:状態、性質、oboedientiae:服従、従順、veri:真理、naturalis::自然的な、自然の、` et:また、そして、fecit:作った、為した、mater:母、母親、illius:彼の、cupedias,:ごちそう、珍味、quemadmodum:~のように、そのように、言わば、amavit:愛した、好んだ、pater:父、ejus':それの、彼の、significat:意味する、delectabilia,:楽しい、愉快な、non:否、autem:しかし、他方において、desiderabilia::望ましい、好ましい、` et:また、そして、accepit:取った、受け入れた、Rebecca:リベカ、vestes:衣服、衣装、Esavi:エサウ、filii:息子達、sui:自分自身の、それ自身の、majoris:より大きい、より高い、desideriorum':憧れた、望まれた、significat:意味する、veri:真理、genuina:正しい、本来の、boni::善、` quae:それらは、そのことらは、cum:~と一緒に、~の下に、illa:それから、彼女から、in:~の中、~において、domo':家、significat:意味する、quae:それらは、そのことらは、ex:~から、~により、Divino:神的な、Bono:善、per:~を通して、~によって、Divinum:神的な、Verum:真理、Divini:神的な、Rationalis::理性的な、理性、` et:また、そして、induit:着た、身に着けた、着せた、与えた、あてがった、Jacobum:ヤコブ、filium:息子、suum:自分自身を、それ自身を、minorem':年下の、若い方の、significat:意味する、affectionem:情愛、veri,:真理、seu:即ち、或いは、vitam:生命、boni:善、ex:~から、~により、vero::真理、` et:また、そして、pelles:皮、毛皮、haedorum:子山羊、caprarum:雌山羊、indui:着せた、あてがった、fecit':行なった、為した、significat:意味する、externa:外部の、外なる、vera:諸々の真理、boni:善、domestici::家庭の、家の、`super:~の上で、~の上に、manus:手、illius':彼の、significat:意味する、secundum:~に従って、~に沿って、facultatem:能力、才能、性質、recipiendi::受け入れることの、受けることの、` et:また、そして、super:~の上で、~の上に、levitatem:なめらかさ、耳ざわりでないこと、collorum:首、illius':彼の、それの、significat:意味する、ut:~のために、こと、~するように、non:否、appareret:現われた、見えた、verum:真理、disjungens::分けている、分離している、切り離している、` et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、cupedias':ごちそう、珍味、significat:意味する、delectabilia:楽しい、愉快な、inde::それ故、そこから、` et:また、そして、panem':パン、食物、significat:意味する、bonum:善、inde::それ故、そこから、` quae:それらは、そのことらは、fecit':作った、為した、significat:意味する、quae:それらは、そのことらは、a:~から、~により、Divino:神的な、Vero::真理、` in:~の中へ、~に、manum:手、Jacobi:ヤコブ、filii:息子達、sui':自分自身の、それ自身の、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、(x)talis:このような、次のような、esset:あった、affectio:情愛、veri:真理、naturalis.:自然的な、自然の、

3534.十四~十七節、「そして、彼は行き、また取り、そしてその母に持って来た。また彼の母はその父が好んだようなご馳走を作った。
また、リベカは家の中で彼女の許に(あった)その息子兄エサウの好んだ衣服を取り、そしてその息子弟ヤコブに着せた。
また、彼女は雌山羊の子の毛皮を彼の手の上とそのなめらかな首の上にあてがった。
そして、彼女が作ったご馳走とパンをその息子のヤコブの手に渡した。」
「そして、彼は行き、また取り、そしてその母に持って来た」は、自然的な真理の服従の状態を意味し、「また彼の母はその父が好んだようなご馳走を作った」は、楽しいものを意味するが、しかし望ましくないもの(を意味する)。「また、リベカはその息子兄エサウの好んだ衣服を取った」は、本来の善の真理を意味し、「家の中で彼女の許に(あった)」は、それらが神的な理性の神的な真理を通した神的な善から(あった)を意味し、「そしてその息子弟ヤコブに着せた」は、真理への情愛、或いは真理からの善の生命を意味し、「また、彼女は雌山羊の子の毛皮をあてがった」は、家の善の外なる真理を意味し、「彼の手の上」は、受け入れることの能力に従ってを意味し、「そのなめらかな首の上」は、分離している真理が現われないためにを意味し、「ご馳走を渡した」は、そこからの楽しいものを意味し、「またパンを」は、そこからの善を意味し、「彼女が作った」は、神的な真理からを意味し、「その息子のヤコブの手に」は、そのようなものが自然的な真理の情愛であったことを意味する。

3535. `Ivit, et accepit, et adduxit matri suae': quod significet statum oboedientiae veri naturalis, constare potest ex illis quae mox supra n. 3533 dicta sunt, ita absque ulteriore explicatione.

3535. `Ivit,:行った、進んだ、(eoの三人称単数完了)et:また、そして、accepit,:取った、受け入れた、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、matri:母、suae'::自分自身の、それ自身の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、statum:状態、性質、oboedientiae:服従、従順、veri:真理、naturalis,:自然的な、自然の、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3533 dicta sunt,:言われた、ita:このように、従って、absque:~なしに、~を除いて、ulteriore:更にそれ以上に、もっと先に、更に進んで、explicatione.:説明、解説、

3535.「彼は行き、また取り、そしてその母に持って来た」が、自然的な真理の服従の状態を意味することは、直ぐ上の3533番に言われたことから知られることが出来よう。そのように更にそれ以上の説明なしに(知られよう)。

3536. `Et fecit mater illius cupedias, quemadmodum amavit pater illius': quod significet delectabilia, non autem desiderabilia: constat a repraesentatione Rebeccae, quae hic `mater,' quod sit Divinum: Rationale quoad verum; et ex significatione `cupediarum' quod sint amoena quae veri, de qua supra n. 3502; quod hic delectabilia non desiderabilia, est quia non ex `venatione Esavi,' hoc est, ex vero boni genuini, n. 3501, sed `ex haedis caprarum qui ex grege,' hoc est, ex vero boni domestici, n. 3518, 3519; quomodo haec se habent, constare potest ab illis quae supra n. 3502, 3512, 3518, 3519 dicta sunt.

3536. `Et:また、そして、fecit:作った、為した、mater:母、母親、illius:彼の、cupedias,:ごちそう、珍味、quemadmodum:~のように、そのように、言わば、amavit:愛した、好んだ、pater:父、illius'::彼の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、delectabilia,:楽しい、愉快な、non:否、autem:しかし、他方において、desiderabilia::望ましい、好ましい、constat:知られる、a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、Rebeccae,:リベカ、quae:それらは、そのことらは、hic:ここに、この場に、`mater,':母、母親、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、Divinum::神的な、Rationale:理性、理性的な、quoad:~に関して、~に関する限り、verum;:真理、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`cupediarum':ごちそう、珍味、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、amoena:魅力的な、快い、quae:それらは、そのことらは、veri,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、supra:上に、上部に、n.:番号、3502; quod:こと、それ、そのこと、hic:ここに、この場に、delectabilia:楽しい、愉快な、non:否、desiderabilia,:望ましい、好ましい、est:ある、quia:なぜなら、ので、non:否、ex:~から、~により、`venatione:狩猟、獲物、Esavi,':エサウ、hoc est,:即ち、ex:~から、~により、vero:真理、boni:善、genuini,:正しい、真正の、n.:番号、3501, sed:しかし、` ex:~から、~により、haedis:子山羊、caprarum:雌山羊、qui:その者達、ex:~から、~により、grege,':(羊や山羊などの)群れ、hoc est,:即ち、ex:~から、~により、vero:真理、boni:善、domestici,:家庭の、家の、n.:番号、3518, 3519; quomodo:どのように、どうして、どのようにして、haec:これらは、se:それら自身を、habent,:持つ、有す、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、n.:番号、3502, 3512, 3518, 3519 dicta sunt.:言われた、

3536.「また彼の母はその父が好んだようなご馳走を作った」は、楽しいものを意味するが、しかし望ましくないものを意味することは、ここの「母」であるリベカの表象が真理に関する理性の真理であることから、また「ご馳走」の意味が真理の快いものであることから知られよう。そのことについては、上の3502番(に示された)。ここの楽しいものは望ましいものではない。なぜなら、「エサウの獲物」ではないからである。即ち本来の善の真理からの(楽しいものでは)ないからである。3501番(を参照)、しかし羊の群れから(の楽しいものであるからであり、それは)即ち家の善の真理から(の楽しいものであるからである)。3518, 3519(を参照)、それらがそれら自身をどのように有するかは、上の3502, 3512, 3518, 3519番に言われたことから知られることが出来よう。

3537. `Et accepit Rebecca vestes Esavi filii sui majoris desideriorum': quod significet vera genuina boni, constat ex significatione `vestium desideriorum' quod sint vera genuina; quod `vestes' sint vera inferiora respective, videatur n. 2576, `desideriorum' sunt genuina, quia genuini boni naturalis, quod repraesentatur per `Esavum filium majorem,' n. 3300, 3302, 3322, 3494, 3504, 3527.

3537. `Et:また、そして、accepit:取った、受け入れた、Rebecca:リベカ、vestes:衣服、衣装、Esavi:エサウ、filii:息子達、sui:自分自身の、それ自身の、majoris:より大きい、より高い、desideriorum'::憧れた、望まれた、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、vera:諸々の真理、genuina:正しい、本来の、boni,:善、constat:知られる、ex:~から、~により、significatione:意味、` vestium:衣服、衣装、desideriorum':憧れた、望まれた、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、vera:諸々の真理、genuina;:正しい、本来の、quod:こと、それ、そのこと、`vestes':衣服、衣装、sint:ある、vera:諸々の真理、inferiora:更に低い、更に下の、respective,:それぞれ、個々に、相対的に、videatur:見られる、認められる、n.:番号、2576, `desideriorum':憧れた、望まれた、sunt:ある、genuina,:正しい、本来の、quia:なぜなら、ので、genuini:正しい、本来の、boni:善、naturalis,:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、` Esavum:エサウ、filium:息子、majorem,':より大きい、より高い、n.:番号、3300, 3302, 3322, 3494, 3504, 3527.

3537.「また、リベカはその息子兄エサウの好んだ衣服を取った」が、本来の善の真理を意味することは、「好んだ衣服」の意味が本来の真理であることから知られよう。「衣服」が相対的に低い真理であることは2576番に認められよう。「好んだ」は本来のものである。なぜなら、息子兄エサウによって表象される本来の自然的な善のものだからである。3300, 3302, 3322, 3494, 3504, 3527番(を参照)、

3538. `Quae cum illa in domo': quod significet quae ex Divino Bono per Divinum Verum Divini Rationalis, constat ex repraesentatione Rebeccae, quae hic est `illa,' quod sit Divinum Verum Divini Rationalis: de qua prius; et ex significatione `domus' quod hic sit Divinum Bonum, quia praedicatur de Domino; quod `domus' sit bonum, videatur n. 710, 2233, {1}2234, 2559, 3128; quod illa significentur per ea verba `quae cum illa in domo,' est quia per `domum' significatur rationale tam quoad bonum quam quoad verum, seu quod idem, tam quoad voluntarium, hoc enim est boni, quam quoad intellectuale, quia hoc est veri; quando rationale ex voluntario seu bono agit per intellectuale seu verum, tunc mens rationalis vocatur `una domus'; inde etiam ipsum caelum vocatur `domus Dei,' quia ibi non nisi quam bonum et verum est, ac bonum agit per sibi unitum aut conjunctum verum; hoc quoque repraesentatur in conjugialis inter maritum et {2}uxorem, qui unam domum constituunt, ex causa quia amor {3}conjugialis existit a conjugio Divino boni et veri, n. 2728, 2729, 3132, et est voluntas utrique ex bono, sed cum differentia sicut bonum se habet ad {4}suum verum, {5}quare etiam per `maritum' significatur bonum, et per {2}uxorem verum; cum enim una domus est, tunc bonum est omne ibi, ac verum quia est boni, etiam est bonum. Quod dicatur `cum illa in domo,' non cum illo seu cum illis, est quia de statu conjunctionis veri et boni, seu de statu antequam plene unita aut conjuncta sunt, agitur; de quo statu nunc sequitur.

3538. `Quae:それらは、そのことらは、cum:~と一緒に、~の下に、illa:それから、彼女から、in:~の中、~において、domo'::家、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quae:それらは、そのことらは、ex:~から、~により、Divino:神的な、Bono:善、per:~を通して、~によって、Divinum:神的な、Verum:真理、Divini:神的な、Rationalis,:理性的な、理性、constat:知られる、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、Rebeccae,:リベカ、quae:それらは、そのことらは、hic:ここに、この場に、est:ある、`illa,':彼女、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、Divinum:神的な、Verum:真理、Divini:神的な、Rationalis::理性的な、理性、de:~について、qua:それから、そのことから、prius;:以前に、前に、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`domus':家、quod:こと、それ、そのこと、hic:ここに、この場に、sit:ある、Divinum:神的な、Bonum,:善、quia:なぜなら、ので、praedicatur:属性付けられる、述べられる、de:~について、Domino;:主、quod:こと、それ、そのこと、`domus':家、sit:ある、bonum,:善、videatur:見られる、認められる、n.:番号、710, 2233, {1}2234, 2559, 3128; quod:こと、それ、そのこと、illa:それらは、significentur:意味される、per:~を通して、~によって、ea:それらを、verba:言葉、語、` quae:それらは、そのことらは、cum:~と一緒に、~の下に、illa:それから、彼女から、in:~の中、~において、domo,':家、est:ある、quia:なぜなら、ので、per:~を通して、~によって、`domum':家、significatur:意味される、rationale:理性、理性的な、tam:tam~quam~、~と同様に~、~も~も、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum:善、quam quoad:~に関して、~に関する限り、verum,:真理、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、tam:tam~quam~、~と同様に~、~も~も、quoad:~に関して、~に関する限り、voluntarium,:意志の、hoc:これは、enim:なぜならば、~というのは、est:ある、boni,:善、quam quoad:~に関して、~に関する限り、intellectuale,:理解の、quia:なぜなら、ので、hoc:これは、est:ある、veri;:真理、quando:時に、~の時、ある時、rationale:理性、理性的な、ex:~から、~により、voluntario:意志の、seu:即ち、或いは、bono:善、agit:述べる、行なう、per:~を通して、~によって、intellectuale:理解の、seu:即ち、或いは、verum,:真理、tunc:その時、やがて、mens:心、精神、rationalis:理性的な、理性、vocatur:呼ばれる、`una:1、domus';:家、inde:それ故、そこから、etiam:~もまた、更に、ipsum:そのもの、それ自身、caelum:天界、vocatur:呼ばれる、`domus:家、Dei,':神、quia:なぜなら、ので、ibi:そこに、そこで、non:否、nisi quam:除いて、~以外に、bonum:善、et:~と、および、verum:真理、est,:ある、ac:また、なお加えて、bonum:善、agit:述べる、行なう、per:~を通して、~によって、sibi:自分自身に、それ自身に、unitum:一つにされた、結合された、aut:即ち、或いは、conjunctum:結合された、連結された、verum;:真理、hoc:これは、quoque:~もまた、同じく、同様に、repraesentatur:象徴される、表象される、in:~の中、~において、conjugialis:結婚の、夫婦の、inter:~の中に、~の間で、~の間に、maritum:夫、et:~と、および、{2}uxorem,:妻、qui:その者達、unam:1、domum:家、constituunt,:構成する、確立する、立てる、ex causa quia:その理由から、amor:愛、{3} conjugialis:結婚の、夫婦の、existit:生ずる、起こる、存在するようになる、a:~から、~により、conjugio:結婚、結合、Divino:神的な、boni:善、et:~と、および、veri,:真理、n.:番号、2728, 2729, 3132, et:また、そして、est:ある、voluntas:意志、意向、utrique:両方に、両側に、ex:~から、~により、bono,:善、sed:しかし、cum:~と一緒に、~をもって、differentia:相違、区別、sicut:~に応じて、~ほど、bonum:善、se:それ自身を、habet:持つ、有す、ad:~のために、~へ、{4} suum:自分自身を、それ自身を、verum,:真理、{5} quare:それ故に、etiam:~もまた、更に、per:~を通して、~によって、`maritum':夫、significatur:意味される、bonum,:善、et:また、そして、per:~を通して、~によって、{2}uxorem:妻、verum;:真理、cum:その時、その場合、enim:なぜならば、~というのは、una:1、domus:家、est,:ある、tunc:その時、やがて、bonum:善、est:ある、omne:凡ての、全体の、ibi,:そこに、そこで、ac:また、なお加えて、verum:真理、quia:なぜなら、ので、est:ある、boni,:善、etiam:~もまた、更に、est:ある、bonum.:善、
Quod:こと、それ、そのこと、dicatur:言われる、` cum:~と一緒に、~の下に、illa:それから、彼女から、in:~の中、~において、domo,':家、non:否、cum:~と一緒に、~の下に、illo:彼から、seu:即ち、或いは、cum:~と一緒に、~の下に、illis,:それらから、彼らから、est:ある、quia:なぜなら、ので、de:~について、statu:状態、性質、conjunctionis:連結、結合、veri:真理、et:~と、および、boni,:善、seu:即ち、或いは、de:~について、statu:状態、性質、antequam:~より前に、~より先に、plene:完全に、十分に、unita:一つにされた、結合された、aut:即ち、或いは、conjuncta sunt,:連結された、agitur;:述べられる、取り扱われる、de:~について、quo:それから、そのことから、statu:状態、性質、nunc:今から、すぐに、sequitur.:続く、続いて来る、帰結する、

3538.「家の中で彼女の許に(あった)」が、それらが神的な理性の神的な真理を通した神的な善から(あった)を意味することは、ここの「彼女」であるリベカの表象が神的な理性の神的な真理であることから知られよう。そのことは前に(示された)。またここの「家」の意味が主について属性付けられるので神的な善であることから(知られよう)。「家」が善であることは710, 2233, 2234, 2559, 3128番に認められよう。それらが「家の中で彼女の許に(あった)」の言葉によって意味される。なぜなら、「家」によって善に関する理性的なものも真理に関する(理性的なものも)意味されるからである。或いは同じことであるが意志に関する(理性的なもの)も、(というのは、それは善のものであるからである。)理解に関する(理性的なもの)も、(なぜなら、それは真理のものであるからである。)(意味されるからである)。理解を通して、或いは真理を通して意志により、或いは善により行なう時、理性的な心であり「一つの家」と言われる。それ故、天界そのものもまた「神の家」と言われる。なぜなら、そこに善と真理以外にはないからであり、また善はそれ自身に結合された真理、或いは連結された真理によって行なうからである。そのこともまた、結婚の愛は神的な善と真理の結合から生じると言う理由から一つの家を構成する夫と妻の間の結婚において表象される。2728, 2729, 3132番(を参照、夫と妻の)両者に善からの意志があるが、しかしその善をその真理のために持つに応じてあることの相違をもってある。それ故に、「夫」によってもまた善が意味され、また妻によって真理もまた(意味される)。というのは、家が一つである場合、その時、そこの凡てのものは善であるからであり、また真理は善の(真理)なのでそれ(真理)もまた善であるからである。
「家の中で彼女の許に(あった)」と言われ、彼の許、或いは彼らの許と言われて居ない。なぜなら、真理と善の連結の状態について、即ち(それらが)完全に結合される前の状態、或いは(完全に)連結される(前の)状態について述べられているからである。その状態については今から続いて(述べよう)。

26-3382意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

26-3382意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3382.「また私の尊重されるべきこと、私の戒め(教え)、私の法令、および私の律法」が、主御自身からの継続的な啓示によって、即ち試練によって、更にそれらによって神的な本質を人間性に結合されたことを意味することは、「エホバが尊重されるべきこと、戒め(教え)、法令、律法を守ること」は聖言の凡てのものを含むからである。即ち「エホバが尊重されるべきこと」は、聖言の全般的なものにおけるその凡てのものであり、「戒め(教え)」はその内なるものであり、「法令」はその外なるものであり、また「律法」は聖言の凡てのものを特定的に含むからである。これらは主について属性付けられているので、またその方は永遠から聖言で在られたので、またその方から聖言の凡てのものがあるので、内意においては主御自身がそれらを守ったことは意味されることが出来ないが、しかし主が人間性と神的なものとの結合の状態にあった時、それらを主御自身に現された。
[2]これらのことは、最初の注視で文字通りの意味からもまた最も近い内意からもかけ離れて見えるが、しかしそれでもなお、人間によりこれらの御言葉が読まれる時、天界においてそれらの御言葉の意味になる。なぜなら、前に何度か言われ、また例として1873, 1874番から認められることが出来るように、聖言の文字通りの意味は天界へ向かって上昇することによって取り去られからであり、またその代わりに他の天的なものが現われるからである。文字通りの意味が天的な意味からあることは到底知られることが出来ないほどである。
というのは、天界に居る者達は聖言の凡てのものは、内意において主について取り扱っていること、また同じく聖言の凡てのものは主からあること、更に主がこの世に居られた時も神的なものから居られたことの考えの中に居るからである。従って主は御自身から考え、そして神的なものからの継続的な啓示によって御自身に凡ての知性と知恵を得られた。それ故、天界に居る者達はそれらの言葉から他のことを認めることが出来ない。なぜなら、聖言の凡てのものを守ることは、内なるものも外なるものも「エホバが尊重されるべきこと、戒め(教え)、法令、律法を守ること」によって意味されるからであり、それらは主について属性付けられないからである。なぜなら、主御自身が聖言で在られたからである。それ故に、主御自身が尊重されるべきであり、主御自身が戒め(教え)で在られ、更に主御自身が法令で在られ、また主御自身が律法で在られるからである。
というのは、それらの凡てのものは主から最初のものとして、またその方に向かって最後のものとして主御自身を目指すからである。それ故、それらの言葉によって最高の意味において、主御自身からの継続した啓示を通した主の神的なものと人間性との結合を除いて他のことが意味されることが出来ない。主は神的なものから考えられたこと、従って主御自身から考えられたこと、また他の人間と異なって考えられたことは、1904, 1914, 1935番に認められよう。また主御自身に神的なものからの継続的な啓示を通して知性と知恵を取得されたことは、1616, 2500, 2523, 2632番に認められよう。
[3]「主が尊重されるべきことを守ること」が全般的なものにおける聖言の凡てのものであること、また「戒め(教え)」が聖言の内なるものであること、また「法令」が聖言の外なるものであること、また「律法」が聖言の凡てのものを特定的に含むことは、正しい意味で内意の中に見られた多くの箇所から知られることが出来よう。私にそれらの若干のことを提示することが許されている。例えば、ダビデの書において、
「健全な祝福の道が、エホバの律法の中を歩む者達にあり、エホバ御自身の証言を守っている者達は祝福された者達である。...あなたの法令を守るために私の道が導かれますように、...わたしはあなたの法令を守ろう。どこまでも私を見捨てませんように、...私の全心で私はあなたを尋ねました。あなたの戒め(教え)から私が逸脱しないように為し給え、私はあなたに罪を犯さないために私の心の中にあなたの聖言を秘めました。あなたはそれを祝福されました。エホバよ、あなたの法令を私に教え給え、私の唇はあなたの御口の凡ての審判を話しました。私はあなたの証言の道の中で喜びます。...私はあなたの掟の中で思案し、またあなたの道を探します。あなたの法令の中で私は喜び、あなたの聖言を忘れません。私が生きるためにあなたのしもべ(奴隷)に報い給え、そして私はあなたの聖言を守ります。あなたの律法により私が驚くべきことを見るために私の目に示し給え、私からあなたの戒め(教え)を隠し給うな、...あなたの御言葉により私に生命を与え給え、...あなたの法令を私に教え給え、神の掟の道を私に理解することを為させ給え、」詩篇、119.1-27、凡ての詩篇の中で聖言と聖言のものについて取り扱われている。それらは「戒め(教え)、法令、審判、証言、神の掟、道」であることが明らかである。しかしそれらが特に何を意味するかは文字通りの意味からは決して認められることが出来ない。その中には同じ事柄の繰り返しを除いて殆んど何もないが、しかし内意からはその中で「戒め(教え)、法令、審判、証言、神の掟、道」によって全く異なったことが意味される。
[4]同書の他の箇所も同様である。
「エホバの律法は完成されたものであり、霊魂を連れ戻す。エホバの証言は強固なものであり、素朴な知恵を与える。エホバの掟は正しく心を豊かにする。、エホバの戒め(教え)は清く目を明るくする。エホバへの恐怖は穢れなく永遠に立つ。エホバの審判は真実である。」詩篇、19. 8-10、また列王記の書において、
「ダビデはソロモンに、神御自身の道を歩むために、神御自身の法令、また神御自身の戒め(教え)と神御自身の審判、および神御自身の証言を守るために、モーセの律法の中に書かれたものに従ってあなたの神の言われることをあなたは守らなければならないと言った。」列王記Ⅰ、2.1.3、ここで「神の言われることを守ること」は、全般的なものの中の聖言の凡てのものとして記述されている。というのは、それが最初の箇所で言われているからであり、また後に続く箇所を不十分な全般的なものとして見るからである。というのは、言うことを守ることは守られなければならないことを守ることと同様のことを意味するからである。モーセの書において、
「あなたの神エホバをあなたは愛さなければならない。またエホバ御自身の言われることをあなたは守らなければならない。そしてエホバ御自身の法令とエホバ御自身の審判、およびエホバ御自身の戒め(教え)を凡ての日々に守らなければならない。」申命記、11.1、ここで「エホバ御自身の言われることを守ること」は、即ち守られなければならないことを守ることと同様である。全般的なものの中の聖言の凡てのものとして記述されている。「法令」は儀式と内意の表象のものと表意するもののような聖言の外なるものとして記述されている。他方において、「戒め(教え)」は生命と教義のような聖言の内なるものとして記述されており、特にそれらが内意である。しかし戒め(教え)と法令の意味については、神的な主の慈悲により他の箇所に言われなければならない。

記事検索