インターネット新教会

インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。 この世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。 自分が語り行ったどんな真理も善い事も自分が語り行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。 聖餐として、聖言とスヴェーデンボリによって明かされた聖言の内意から日々の心の糧を得てそれを日常生活で活用してください。 洗礼として、なぜ悔い改めるのか、何を悔い改めるのか、どのように悔い改めるのかということを知り、また日々悔い改める習慣を持ってください。 悪から離れて用を為すために、隣人に悪を為すことを恐れて、憎しみ、復讐心、姦淫、欲心、自尊心、不平、愚痴等を遠ざけ、また隣人に役立つことを喜んで自分の役割、仕事、使命等を誠実に果たしてください。 偽善を避け主を義とするために、そのことは自分がそのようにしているのではなく、自分を通して主が為されておられることを承認して、主を見上げ、主を義として、主によって善い実を結んでください。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-17-3994~

30-17-3994

29-3812-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3812-3意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[7]ダビデの書において、
「私の凡ての骨はゆるみ、私の心臓は蝋の如く為された。...私の凡ての骨は数えることが出来る。...彼らは私の衣服を自分達のために分け、また私の掛け布の割り当てのくじを引いた。」詩篇、22. 14, 17, 18、ここでは主の固有性である神的な真理に関する主の試練について記述されている。またそれ故、「私の骨」と言われている。また主の固有性である神的な善に関する試練について記述されており、またそれ故、「私の心臓」と言われている。心臓が善であることは3313, 3635番に認められよう。また「骨」はそれらの真理を意味し、それらを「数えること」は誤った推論と間違った原理によってそれらを滅ぼすことを欲することであるので、それ故、直ちに「衣服を分け、また掛け布の割り当てのくじを引いた」が続く。なぜなら、「衣服」もまた真理であるからである。しかし外的な真理である。297, 1073, 2576番(を参照)、それらを分けることと掛け布の割り当てのくじを引くことも、同様なことを含む。例えばマタイ伝においても同様に衣服を分けたことと、それらの割り当てのくじを引いたことによって同様に表象され、また意味された。27.35、ダビデの書において、
「エホバは私の凡ての骨を守られ、それらについて一つも砕かれないであろう。」詩篇、34.20、ここでもまた内意において神的なものについて記述されている。そこの「私の凡ての骨」は主の神的な真理であり、「砕かれないこと」は滅ぼされないこととして記述されている。
「私の霊魂はエホバの中でこ踊りして喜び、エホバ御自身の救いの中で楽しむ。私の凡ての骨は言う。誰があなたの如く居られるであろう。」詩篇、35.10、ここで明瞭に「骨」は霊的な意味において理解の固有性である。同書において、
「あなたは私に楽しみと喜びを聞くことを為すであろう。あなたが砕いた骨がこ踊りして喜ぶであろう。」詩篇、51.8、ここで「あなたが砕いた骨がこ踊りして喜ぶであろう」は、試練の後の真理を通した回復として記述されている。
[8]「骨」は理解の固有性を意味したので、或いは真理に関する固有性を意味したので、また最高の意味において主の固有性で在られる神的な真理を意味したので、それ故、過ぎ越しの生け贄の定めにより過ぎ越しの小羊の骨を砕かなかった。その事柄について次のようにモーセの書において、
「肉について、それをあなたは一つの家の中で食べ尽くされなければならない。家から外へ持ち出してはならない。またその中の骨をあなた達は砕いてはならない。」出埃及記、12.46、また他の箇所に、
「それについて朝まで残してはならない。またそれについて骨を砕いてはならない。」民数記、9.12、最高の意味において「骨を砕かないこと」は神的な真理を害しないことであり、また表象の意味は各々の善の真理を害さないことである。というのは、真理から善の性質と善の形があるからであり、また肉体の骨の如く真理は善の支柱であるからである。
[9]神的な真理そのものである聖言が死んだ者達を生かすことが、
「エリシャの墓に投げ込まれ、その骨に触れた男が甦り、また自分の足の上に立ち上がった」ことによって表象された。列王記Ⅱ、13.21、「エリシャ」が神的な真理に関する主、或いは聖言に関する主を表象したことは、2762番に認められよう。反対の意味において「骨」は人間の固有性からの間違った原理を意味することは、エレミヤ記の下記の箇所から明らかである。
「その時に、彼らはユダの王達の骨、またその君主達の骨、また祭司達の骨、また預言者達の骨、またエルサレムの住民達の骨を彼らの墓から引き出し、また彼らが愛し、また仕えた太陽、月、および諸天の凡ての群れに広げるであろう。」8.1,2、エゼキエル書において、
「私はイスラエルの息子達の屍を彼らの偶像の前に置くであろう。そしてあなた達の祭壇の周りにあなた達の骨を散らそう。」6.5、モーセの書において、
「彼をエジプトから連れ出された神は彼らに角の力の如くその異邦人達、敵達を食べ、また彼らの骨を砕き、そしてその武器を粉砕されるであろう。」民数記、24.8、列王記Ⅱ、の書において、
「ヨシア王は彫像を壊し、また木立を切り倒し、またそれらの場所を人間の骨で満たした。...彼は墓から骨を取り出し、そして祭壇の上で焼きそれに穢れたものをもたらした。...そこの高位の凡ての祭司達を祭壇の上で生け贄にして、そしてそれらの上で人間の骨を焼き尽くした。」23. 14, 16, 20、モーセの書において、
「野の上で剣で刺し通された者、或いは死体、或いは人間の骨、或いは墓に触れた魂は七日の日々汚れた者になるであろう。」民数記、19. 16, 18、
[10]「骨」は間違った原理を意味し、また「墓」はそれらの中の悪を意味するので、また偽善は外見的に善のように見えているが、しかし内面的に間違った原理と汚れたものからの不潔な悪なので、それ故、主は次のようにマタイ伝において言われている。
「災いなるかな、律法学者とファリサイ人達、偽善者達よ、なぜなら同様に、あなた達は白い墓を造るからである。それらは確かに外側で美しく見えるが、しかし内側は死者の骨と凡ゆる不潔なもので満ちている。そのように、あなた達もまた確かに、外側で正しい人間に見えているが、しかし内側は偽善と不正で満たされている。」23. 27, 28、
それでそれらから「骨」によって真理に関しても、間違った原理に関しても理解の固有性が意味されることが明らかである。

30-3934-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3934-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3934. `Et:また、そして、dixit:言った、Leah,:レア、Venit:来た、行った、turma'::群集、軍勢、群れ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、Omnipotentiam:神の全能、et:~と、および、Omniscientiam,:神の全知、in:~の中、~において、interno:内部の、内なる、bonum:善、fidei,:信仰、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、opera,:仕事、働き、行い、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`turmae':群集、軍勢、群れ、hic;:ここに、この場に、quod:こと、それ、そのこと、`turma':群集、軍勢、群れ、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、sit:ある、Omnipotentia:神の全能、et:~と、および、Omniscientia,:神の全知、est:ある、quia:なぜなら、ので、turma:群集、軍勢、群れ、hic:ここに、この場に、est:ある、multitudo,:多数、大勢、et:また、そして、multitudo:多数、大勢、cum:その時、その場合、praedicatur:属性付けられる、述べられる、言われる、de:~について、Divino:神的な、Domini,:主、est:ある、multitudo:多数、大勢、infinita,:無限、広大無辺、quae:それらは、そのことらは、non:否、aliud:他のもの、異なった、est:ある、quam:~を除いて、~の外は、Omnipotentia:神の全能、et:~と、および、Omniscientia;:神の全知、sed:しかし、omnipotentia:全能、praedicatur:属性付けられる、述べられる、言われる、ex:~から、~により、quantitate:大きさ、量、程度、quae:それらは、そのことらは、est:ある、magnitudinis,:大量、多量、et:また、そして、omniscientia:全知、ex:~から、~により、quantitate:大きさ、量、程度、quae:それらは、そのことらは、est:ある、multitudinis;:多数、大勢、tum:その上、更に、omnipotentia:全能、praedicatur:属性付けられる、述べられる、言われる、ex:~から、~により、infinito:無限の、bono,:善、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、ex:~から、~により、Divino:神的な、amore,:愛、ita:このように、従って、ex:~から、~により、Divina:神的な、voluntate,:意志、意向、omniscientia:全知、autem:しかし、他方において、ex:~から、~により、Infinito:無限の、vero,:真理、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、ex:~から、~により、Divina:神的な、intelligentia.:理解、知性、
Quod:こと、それ、そのこと、`turma':群集、軍勢、群れ、in:~の中、~において、sensu interno:内意、sit:ある、bonum:善、fidei,:信仰、est:ある、ex:~から、~により、correspondentia,:相応、omnipotentiae:全能、enim:なぜならば、~というのは、Divinae:神的な、Domini:主、correspondet:相応する、一致する、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、charitatis,:仁愛、et:また、そして、omniscientiae:全知、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、fidei.:信仰、
[2] Quod:こと、それ、そのこと、`turma':群集、軍勢、群れ、in:~の中、~において、(t)sensu externo:外なる意味、sint:ある、opera,:仕事、働き、行い、est:ある、quia:なぜなら、ので、haec:これらは、correspondent:相応する、bono:善、fidei;:信仰、bonum:善、fidei:信仰、enim:なぜならば、~というのは、producit:生み出す、生む、引き起こす、opera,:仕事、働き、行い、nam:なぜなら、というのも、dari:与えられること、bonum:善、fidei:信仰、non:否、potest:出来る、可能である、absque:~なしに、~を除いて、operibus,:働き、仕事、行い、sicut:~の如く、~のように、bonum:善、cogitare:考えること、et:~と、および、bonum:善、velle:欲すること、non:否、absque:~なしに、~を除いて、bonum:善、facere;:行なうこと、為すこと、{1}illud:それは、est:ある、internum,:内部の、内なる、hoc:これは、est:ある、externum:外部の、外なる、correspondens;:相応するもの、相応している、porro:ところで、更に、~の他に、cum:~と一緒に、~と、operibus:働き、仕事、行い、ita:次のように、従って、se:それ自身を、habet::持つ、有す、opera:働き、仕事、行い、nisi:~以外、もし~でなければ、correspondent:相応する、bono:善、fidei,:信仰、non:否、sunt:ある、opera:働き、仕事、行い、charitatis,:仁愛、nec:否、opera:働き、仕事、行い、fidei,:信仰、nam:なぜなら、というのも、a:~から、~により、suo:自分自身から、それ自身から、{2}interno:内部の、内なる、non:否、veniunt,:来る、行く、出て来る、sed:しかし、sunt:ある、opera:働き、仕事、行い、mortua,:死んだも同然の、生命のない、{3} in:~の中、~において、quibus:それらから、そのことらから、non:否、bonum:善、nec:否、verum;:真理、at:しかし、だが聞き給え、cum:その時、その場合、correspondent,:相応する、tunc:その時、やがて、sunt:ある、opera:働き、仕事、行い、vel:vel~vel、~か~か、一つには~一つには~、charitatis:仁愛、vel fidei;:信仰、opera:働き、仕事、行い、charitatis:仁愛、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、a:~から、~により、charitate:仁愛、ut:~のように、例えば、a:~から、~により、sua:自分自身から、それ自身から、anima:霊魂、魂、fluunt,:引き出される、流れ出る、opera:働き、仕事、行い、autem:しかし、他方において、fidei:信仰、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、a:~から、~により、fide;:信仰、illa,:それらは、nempe:正確には、即ち、opera:働き、仕事、行い、charitatis:仁愛、sunt:ある、apud:~のもとに、~において、regeneratum,:再生された、opera:働き、仕事、行い、autem:しかし、他方において、fidei:信仰、sunt:ある、apud:~のもとに、~において、illum:彼を、qui:その者、nondum:まだ~ない、regeneratus:再生された、est,:ある、sed:しかし、qui:その者、regeneratur;:再生される、se:それら自身を、habent:持つ、有す、similiter:同様に、似ている、ac:~のように、~と同様に、se:それら自身を、habent:持つ、有す、affectiones,:情愛、nempe:正確には、即ち、affectio:情愛、boni:善、et:~と、および、affectio:情愛、veri;:真理、regeneratus:再生された、agit:行動する、行なう、bonum:善、ex:~から、~により、affectione:情愛、ejus,:それの、彼の、ita:このように、従って、ex:~から、~により、velle:欲すること、bonum;:善、regenerandus:再生されるべき、(未来受動分詞)autem:しかし、他方において、agit:行動する、行なう、bonum:善、ex:~から、~により、affectione:情愛、veri,:真理、ita:このように、従って、ex:~から、~により、scire:知ること、bonum;:善、quae:それらは、そのことらは、qualis:どのような、どんな種類の、differentia:相違、区別、sit,:ある、saepius:たびたび、しばしば、(比較級)prius:以前に、前に、ostensum est;:示された、inde:それ故、そこから、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、opera;:仕事、働き、行い、
[3]{4} praeterea:加えて、更に、他に、se:それ自身を、habet:持つ、有す、bonum:善、fidei:信仰、ad:~と比べれば、~と比較して、~へ、opera,:働き、仕事、行い、sicut:~の如く、~のように、comparative':比較して、比較によって、比べて、比較的に、割合に、voluntas:意志、hominis:人間、et:~と、および、inde:それ故、そこから、cogitatio:思考、ad:~と比べれば、~と比較して、~へ、faciem:顔、容貌、ejus,:それの、彼の、quae,:それは、そのことは、nempe:正確には、即ち、確かに、facies,:顔、容貌、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、imago:像、似姿、animi,:霊魂、魂、hoc est,:即ち、voluntatis:意志、hominis:人間、et:~と、および、inde:それ故、そこから、cogitationis,:思考、notum est;:熟知された、よく知られた、si:もし~なら、たとえ~でも、non:否、sistitur:見える形で示される、置かれる、voluntas:意志、願い、et:~と、および、cogitatio:思考、in:~の中、~において、facie:顔、容貌、ut:~のように、例えば、in:~の中、~において、sua:自分自身から、それ自身から、imagine,:像、似姿、tunc:その時、やがて、{5} non:否、est:ある、voluntas:意志、願い、et:~と、および、cogitatio,:思考、{6}vel est:ある、hypocrisis:偽善、aut:即ち、或いは、dolus,:欺くこと、詐欺、ごまかし、策略、欺き、quia:なぜなら、ので、aliam:他のもの、別のもの、faciem:顔、容貌、sistit:見える形で示す、置く、quam:~よりも、~と比べて、vult:欲する、et:~と、および、cogitat;:考える、similiter:同様に、似ている、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に、~によって、omni:凡ての、全体の、actu:行動、活動、corporis:体、身体、respective:関係して、関して、ad:~に、~へ、interiora:内的な、より内なる、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、cogitationis:思考、et:~と、および、voluntatis;:意志、internum:内部の、内なる、hominis:人間、vivit:生きる、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、ejus:それの、彼の、per:~を通して、~によって、actum:行動、活動、seu:即ち、或いは、per:~を通して、~によって、agere;:行なうこと、si:もし~なら、たとえ~でも、actus:行動、活動、seu:即ち、或いは、agere:行なうこと、non:否、est:ある、secundum:~に従って、~に沿って、ejus:それの、彼の、internum,:内部の、内なる、{7}indicium:目印、証拠、申告、言及、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、vel:或は、~か或は~か、non:否、internum:内部の、内なる、sit:ある、quod:こと、それ、そのこと、producit:生み出す、生む、引き起こす、actum,:行動、活動、{8} sed:しかし、motus:身振り、動作、動き、ex:~から、~により、consuetudine:習慣、慣習、et:また、そして、habitu:様子、態度、ふるまい、習慣、recurrens,:繰り返されている、立ち戻っている、vel:或は、~か或は~か、(x) sit:ある、mentitum:偽った、装った、でっちあげた、(dep)quid:何か?、どんな?、quale:ある種の、~のような、est:ある、in:~の中、~において、hypocrisi:偽善、et:~と、および、in:~の中、~において、dolo;:欺くこと、ごまかし、策略、欺き、inde:それ故、そこから、iterum:再び、もう一度、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、opera::仕事、働き、行い、inde:それ故、そこから、sequitur:続く、続いて来る、帰結する、quod:こと、それ、そのこと、qui:その者、profitetur:告白する、教える、(dep)fidem,:信仰、et:また、そして、magis:もっと、更に、むしろ、qui:その者、bonum:善、fidei,:信仰、et:また、しかるに、negat:否定する、拒絶する、opera,:仕事、働き、行い、et:また、そして、magis:もっと、更に、むしろ、{9}si:もし~なら、たとえ~でも、rejicit:はねつける、投げ捨てる、延期する、illa,:それらを、{10}is:それは、彼は、sit:ある、absque:~なしに、~を除いて、fide,:信仰、et:また、そして、adhuc:更に、一層、magis:もっと、更に、むしろ、absque:~なしに、~を除いて、charitate.:仁愛、
[4] Quia:なぜなら、ので、opera:仕事、働き、行い、charitatis:仁愛、et:~と、および、fidei:信仰、illa:それらは、sunt,:ある、et:また、そして、homo:人間、nusquam:どこにもない、決して~ない、in:~の中、~において、charitate:仁愛、et:~と、および、fide:信仰、est:ある、nisi:~以外、もし~でなければ、sit:ある、in:~の中、~において、operibus,:仕事、働き、行い、ideo:それ故、そのために、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、toties:頻繁に、たびたび、nominantur:呼ばれる、opera,:仕事、働き、行い、ut:~のように、例えば、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、a:~から、~により、sequentibus:次の、後に続く、his:これらから、下記の、locis;:くだり、箇所、apud:~のもとに、~において、Jeremiam,:エレミヤ書、
Oculi:目、Tui:あなたの、aperti sunt:開かれた、super:~の上で、~の上に、omnes:凡ての、全体の、vias:道、filiorum:息子達、hominis,:人間、ad:~に、~のために、dandum:恩恵を与えることを、unicuique:各々の、誰でも、secundum:~に従って、~に沿って、vias:道、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、secundum:~に従って、~に沿って、fructum:果実、実、operum:働き、行動、行い、ejus,:それの、彼の、xxxii 19: apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Convertimini:回心される、向きを変えられる、(二人称複数現在受動)unusquisque:各々の、誰でも、a:~から、~により、via:道、sua:自分自身から、それ自身から、mala,:悪、et:また、そして、bona:諸々の善、facite:行なえ、為せ、(命令形複数)opera:仕事、働き、行い、vestra,:あなた達の、xxxv 15: apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Reddam:戻す、返す、(接続法一人称単数現在)eis:彼らに、secundum:~に従って、~に沿って、opus:仕事、働き、行い、eorum,:彼らの、et:また、そして、secundum:~に従って、~に沿って、opus:仕事、働き、行い、manuum:手、eorum,:彼らの、xxv 14: apud:~のもとに、~において、Hosheam,:ホセア書、
Visitabo:罰する、復讐する、(一人称単数未来)super:~の上に、~の上へ、eum:それを、彼を、vias:道、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、opera:仕事、働き、行い、ejus:それの、彼の、reddam:戻す、返す、(接続法一人称単数現在)ei,:彼に、iv 9: apud:~のもとに、~において、Micham,:ミカ書、
Erit:ある、(三人称単数未来)terra:地、地上、in:~の中へ、~に、desolationem:荒地、廃墟、super:~の上に、~の間に、habitatores:住民達、居住者達、ejus,:それの、彼の、propter:~のために、~の故に、fructum:果実、実、operum:働き、行い、illorum,:それらの、彼らの、vii 13: apud:~のもとに、~において、Zachariam,:ゼカリヤ書、
Sic:そのように、こうして、dixit:言った、Jehovah:エホバ、Zebaoth,:万軍の、(エホバの称号)Convertimini:回心される、向きを変えられる、(二人称複数現在受動)a:~から、~により、viis:道、vestris:あなた達の、malis,:悪、et:また、そして、operibus:仕事、働き、行い、vestris:あなた達の、malis::悪、... cogitavit:考えた、Jehovah:エホバ、Zebaoth:万軍の、(エホバの称号)facere:行なうこと、為すこと、nobis:私達、secundum:~に従って、~に沿って、vias:道、nostras,:私達、et:また、そして、secundum:~に従って、~に沿って、opera:仕事、働き、行い、nostra,:私達、sic:そのように、こうして、fecit:行なった、為した、{11}nobis,:私達、i 4, 6: apud:~のもとに、~において、Johannem,:ヨハネ、
Beati:幸福、至福、mortui:死んだ、生命のない、qui:その者、in:~の中、~において、Domino:主、moriuntur:死ぬ、a:~から、~により、nunc;:今から、Immo,:というよりは、それどころか、確かに、dicit:言う、spiritus,:霊達、ut:~のために、こと、~するように、requiescant:休む、休息する、ex:~から、~により、laboribus,:労働、労苦、苦難、苦痛、opera:仕事、働き、行い、enim:なぜならば、~というのは、illorum:それらの、彼らの、sequuntur:帰する、たどる、illos,:彼らを、Apoc.:黙示録、xiv 13: 

3934.「また、レアは軍勢が来たと言った」が、最高の意味において全能と全知を意味し、内なる意味において信仰の善を意味し、外なる意味において行いを意味することは、ここの「軍勢」の意味から知られよう。最高の意味において「軍勢」は全能と全知である。なぜなら、ここの軍勢が多数であるからであり、また多数が主の神的なものに属性付けられる時、多数は無限であるからであり、それらは全能と全知以外の他のものではないからである。しかし全能は多量である量から言われ、また全知は多数である量から言われる。更に全能は無限の善から、即ち同じことであるが、神的な愛から言われ、従って神的な意志から言われる。他方において、全知は無限の真理から、即ち同じことであるが、神的な理解から言われる。
内意において「軍勢」が信仰の善であることは相応からである。というのは、主の神的な全能は仁愛の善に相応するからであり、また全知は信仰の真理に相応するからである。
[2]外なる意味において「軍勢」は行いである。なぜなら、それらは信仰の善に相応するからである。というのは、信仰の善は行いを引き起こすからである。なぜなら、善を考えることと善を欲することは善を行なうことなしにない如く、善は行いなしに与えられることが出来ないからである。それ(善を欲すること)は内なるものであり、これ(善を行なうこと)は相応している外なるものである。更にそれは行いと一緒にそのことを次のように有する。行いが信仰の善に相応するのでなければ仁愛の行いではなく、信仰の行いでもない。なぜなら、その内なるものから出て来るのではないからであり、それらの中に善もなく真理もない生命のない行いであるからである。だが聞き給え、それらが相応する時、やがて仁愛か信仰の行いになる。仁愛の行いはその霊魂から引き出されるように仁愛から引き出されるが、しかし信仰の行いは信仰からある。仁愛の行いは再生された者の許にある。しかし信仰の行いはまだ再生されていないが、しかし再生される者の許にある。それらはそのことを情愛と同様に有する。即ち善への情愛と真理への情愛と同様に有する。再生された者はその情愛から善を行ない、従って善を欲することから行なう。しかし再生される者は真理への情愛から善を行い、従って善を知ることから行なう。それらにどのような相違があるかは、前にしばしば示された。それらから行いが何であるか明らかである。
[3]更に信仰の善は行いと比べて、人間の意志とそこからの思考のその顔への比較の如くそのことを有する。確かに顔は霊魂の像、即ち人間の意志とそこからの思考の像であることは熟知されている。もし意志と思考がその像の中のように見える形で示されないなら、その時、意志と思考はなく、偽善、或いは欺きがある。なぜなら、彼が欲し、また考えることよりも他の顔を見える形で示すからである。思考と意志である内なるものに関しても身体の凡ての行動によって同様にそのことを有する。人間の内なるものは行動、或いは行なうことによってその外なるものの中で生きる。もし、行動、或いは行なうことがその内なるものに従っていないなら、行動を引き起こしているものが内なるものではないこと、しかし習慣からの身振り、また繰り返されているふるまい、或いは偽善と欺きの中にあるような何かの偽りである証拠である。それらから行いが何であるか再び明らかである。それ故、信仰を告白し、また更に信仰の善を告白する者、しかるに行いを否定し、また更にそれらをはね付ける者に信仰はなく、また更に一層、仁愛もないことが帰結される。
[4]それらが仁愛と信仰の行いであるので、また人間は行いの中に居るのでなければ、決して仁愛と信仰の中に居ないので、それ故、聖言においてたびたび行いが言われている。例えば後に続く下記の箇所から知られることが出来よう。エレミヤ書において、
「あなたの目を人間の息子達の凡ての道の上に開かれた。各々の者にその道に従って、またその行いの実に従って恩恵を与えるため(である)。」32.19、同書において、
「各々の者はその悪い道から向きを変えられよ、またあなた達の行いで善を為せ、」35.15、同書において、
「私は彼らの行いに従って、また彼らの手の行いによって返そう。」25.14、ホセア書において、
「私は彼の道を彼の上に罰し、また彼の行いを彼に返そう。」4.9、ミカ書において、
「地は彼らの行いの実のために、その住民の間で荒地になるであろう。」7.13、ゼカリヤ書において、
「万軍のエホバはこのように言われた。あなた達の悪い道から、またあなた達の悪い行いから向きを変えよ、...万軍のエホバは私達の道に従って、また私達の行いに従ってふるまうことを考えられ、そのように為された。」1. 4, 6、ヨハネの書において、
「今から主の中に死ぬ死んだ者は幸福である。... 確かに、労苦から休むために霊は言う。というのは、彼らの行いが彼らに帰するからである。」黙示録、14.13、

30-3929~3934-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3929~3934-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3929. Vers. 9-11. Et vidit Leah quod substitisset a pariendo, et
accepit Zilpam ancillam suam, et dedit illam Jacobo ad mulierem.
Et peperit Zilpah ancilla Leae Jacobo filium. Et dixit Leah, Venit
turma; et vocavit nomen ejus Gad. `Vidit Leah quod substitisset a
pariendo' significat quod non alia vera externa agnita fuerint: `et
accepit Zilpam ancillam suam' significat medium affirmativum
conjungens: `et dedit illam Jacobo ad mulierem' significat quod
illud conjungeret: `et peperit Zilpah ancilla Leae Jacobo filium'
significat agnitionem: `et dixit Leah, Venit turma' significat in
supremo sensu Omnipotentiam et Omniscientiam, in interno bonum
fidei, in externo opera: `et vocavit nomen ejus Gad' significat
quale ejus.

3929. Vers.:節、9-11. Et:また、ところで、vidit:見た、認めた、Leah:レア、quod:こと、それ、そのこと、substitisset:止まった、休んだ、立ち止まった、(接続法三人称単数過去完了)a:~から、~について、pariendo,:産むことで、e:また、そして、accepit:受けた、掴んだ、取った、Zilpam:ジルパ、ancillam:女奴隷、女召使、suam,:自分自身を、et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、illam:彼女を、Jacobo:ヤコブ、ad:~に、~へ、mulierem.:女、婦人、妻、
Et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、illam:彼女を、Jacobo:ヤコブ、ad:~に、~へ、mulierem.:女、婦人、妻、
Et:また、そして、dixit:言った、Leah,:レア、Venit:来た、行った、turma;:群集、軍勢、群れ、et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Gad.:ガド、
`Vidit:見た、認めた、Leah:レア、quod:こと、それ、そのこと、substitisset:止まった、休んだ、立ち止まった、(接続法三人称単数過去完了)a:~から、~について、pariendo':産むことで、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、non:否、alia:他のもの、別のもの、vera:諸々の真理、externa:外部の、外なる、agnita:承認された、認められた、fuerint::あった、(三人称複数未来完了)` et:また、そして、accepit:受けた、掴んだ、取った、Zilpam:ジルパ、ancillam:女奴隷、女召使、suam':自分自身を、significat:意味する、medium:手段、媒介、中間、affirmativum:肯定の、肯定的な、conjungens::結合している、連結している、` et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、illam:彼女を、Jacobo:ヤコブ、ad:~に、~へ、mulierem':女、婦人、妻、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、illud:それが、conjungeret::連結した、結合した、` et:また、そして、peperit:産んだ、Zilpah:ジルファ、ancilla:女奴隷、女召使、Leae:レア、Jacobo:ヤコブ、filium':息子、significat:意味する、agnitionem::受諾、承認、` et:また、そして、dixit:言った、Leah,:レア、Venit:来た、行った、turma':群集、軍勢、群れ、significat:意味する、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、Omnipotentiam:神の全能、et:~と、および、Omniscientiam,:神の全知、in:~の中、~において、interno:内部の、内なる、bonum:善、fidei,:信仰、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、opera::仕事、働き、行い、` et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Gad':ガド、significat:意味する、quale:質、性質、ejus.:それの、彼の、

3929.九~十一節、「ところで、レアは(自分が)産むことについて止まったことを見た。そして自分の女奴隷ジルパを取り、また彼女を女としてヤコブに引き渡した。
そして、レアの女奴隷ジルパはヤコブに息子を産んだ。
また、レアは軍勢が来たと言った。そしてその(息子の)名をガドと呼んだ。」
「レアは(自分が)産むことについて止まったことを見た」は、他の外なる真理が承認されなかったことを意味し、「そして自分の女奴隷ジルパを取った」は、連結している肯定的な手段を意味し、「また彼女を女としてヤコブに引き渡した」は、それが連結したことを意味し、「そして、レアの女奴隷ジルパはヤコブに息子を産んだ」は、承認を意味し、「また、レアは軍勢が来たと言った」は、最高の意味において全能と全知を意味し、内なる意味において信仰の善を意味し、外なる意味において働きを意味し、「そしてその(息子の)名をガドと呼んだ」は、その性質を意味する。

3930. `Vidit Leah quod substitisset a pariendo': quod significet
quod non alia vera externa agnita fuerint, constat a
repraesentatione `Leae' quod sit verum externum, de qua n. 3793,
3819; a significatione `parere' quod sit agnoscere fide et actu, de
qua n. 3905, 3915, 3919 inde quod `substitisset Leah a pariendo'
est in sensu interno quod non alia vera externa agnita fuerint.

3930. `Vidit:見た、認めた、Leah:レア、quod:こと、それ、そのこと、substitisset:止まった、休んだ、立ち止まった、(接続法三人称単数過去完了)a:~から、~について、pariendo'::産むことで、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、non:否、alia:他のもの、別のもの、vera:諸々の真理、externa:外部の、外なる、agnita:承認れた、認められた、fuerint,:あった、(三人称複数未来完了)constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Leae':レア、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、externum,:外部の、外なる、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3793, 3819; a:~から、~により、significatione:意味、`parere':産みだすこと、生じさせること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、agnoscere:認めること、承認すること、fide:信仰、et:~と、および、actu,:行動、活動、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3905, 3915, 3919 inde:それ故、そこから、quod:こと、それ、そのこと、` substitisset:止まった、休んだ、立ち止まった、(接続法三人称単数過去完了)Leah:レア、a:~から、~について、pariendo':産むことで、est:ある、in:~の中、~において、sensu interno:内意、quod:こと、それ、そのこと、non:否、alia:他のもの、別のもの、vera:諸々の真理、externa:外部の、外なる、agnita:承認された、認められた、fuerint.:あった、(三人称複数未来完了)

3930.「レアは(自分が)産むことについて止まったことを見た」が、他の外なる真理が承認されなかったことを意味することは、「レア」の表象が外なる真理であることから知られよう。そのことについては3793, 3819番(に示された。また)「産むこと」の意味が信仰と行動により承認することであることから知られよう。そのことについては3905, 3915, 3919番(に示された)。それ故、内意において「レアは産むことについて止まった」は他の外なる真理が承認されなかったことである。

3931. `Et accepit Zilpam ancillam suam': quod significet medium
affirmativum conjungens, constat ex significatione `ancillae' quod
sit medium affirmativum inserviens conjunctioni externi hominis cum
interno, de qua n. 3913, 3917.

3931. `Et:また、そして、accepit:受けた、掴んだ、取った、Zilpam:ジルパ、ancillam:女奴隷、女召使、suam'::自分自身を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、medium:手段、媒介、中間、中央、中心、真ん中、affirmativum:肯定の、肯定的な、conjungens,:結合している、連結している、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、`ancillae':女奴隷、女召使、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、medium:手段、媒介、中間、affirmativum:肯定の、肯定的な、inserviens:仕えている、奉仕している、conjunctioni:連結、結合、externi:外部の、外なる、hominis:人間、cum:~と一緒に、~と、interno,:内部の、内なる、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3913, 3917.

3931.「そして自分の女奴隷ジルパを取った」が、連結している肯定的な手段を意味することは、「女奴隷」の意味が外なる人間と内なる人間との連結に仕えている肯定的な手段であることから知られよう。そのことについては3913, 3917番(に示された)。

3932. `Et dedit illam Jacobo ad mulierem': quod significet quod
illud conjungeret, constat a significatione `dare in mulierem quod
sit conjungere, ut supra' n. 3915, 3917.

3932. `Et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、illam:彼女を、Jacobo:ヤコブ、ad:~に、~へ、mulierem'::女、婦人、妻、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、illud:それを、conjungeret,:連結した、結合した、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、` dare:与えること、in:~の中へ、~として、mulierem:女、婦人、妻、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjungere,:連結すること、結合すること、ut:~のように、~として、supra':上に、上部に、n.:番号、3915, 3917.

3932.「また彼女を女(として)ヤコブに引き渡した」が、それが連結したことを意味することは、上の3915, 3917番(に示された)ように、「女として与えること」の意味が連結することであることから知られよう。

3933. `Et peperit Zilpah ancilla Leae Jacobo filium': quod
significet agnitionem, nempe veri externi, constat a significatione
`parere' quod sit agnitio; a significatione `ancillae' quod sit
medium affirmativum conjungens; et a significatione `filii' quod
sit verum, de qua n. 489, 491, 533, 1147.

3933. `Et:また、そして、peperit:産んだ、Zilpah:ジルファ、ancilla:女奴隷、女召使、Leae:レア、Jacobo:ヤコブ、filium'::息子、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、agnitionem,:受諾、承認、nempe:正確には、即ち、veri:真理、externi,:外部の、外なる、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`parere':産みだすこと、生じさせること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、agnitio;:受諾、承認、a:~から、~により、significatione:意味、`ancillae':女奴隷、女召使、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、medium:手段、媒介、中間、affirmativum:肯定の、肯定的な、conjungens;:結合している、連結している、et:また、そして、a:~から、~により、significatione:意味、`filii':息子、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、489, 491, 533, 1147.

3933.「そして、レアの女奴隷ジルパはヤコブに息子を産んだ」が、承認を意味すること、即ち外なる真理の承認を意味することは、「産むこと」の意味が承認であることから知られよう。(また)「女奴隷」の意味が連結している肯定的な手段であることから知られよう。また「息子」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては489, 491, 533, 1147番(に示された)。

3934. `Et dixit Leah, Venit turma': quod significet in supremo
sensu Omnipotentiam et Omniscientiam, in interno bonum fidei, in
externo opera, constat a significatione `turmae' hic; quod `turma'
in supremo sensu sit Omnipotentia et Omniscientia, est quia turma
hic est multitudo, et multitudo cum praedicatur de Divino Domini,
est multitudo infinita, quae non aliud est quam Omnipotentia et
Omniscientia; sed omnipotentia praedicatur ex quantitate quae est
magnitudinis, et omniscientia ex quantitate quae est multitudinis;
tum omnipotentia praedicatur ex infinito bono, seu quod idem, ex
Divino amore, ita ex Divina voluntate, omniscientia autem ex
Infinito vero, seu quod idem, ex Divina intelligentia. Quod
`turma' in sensu interno sit bonum fidei, est ex correspondentia,
omnipotentiae enim Divinae Domini correspondet bonum quod est
charitatis, et omniscientiae verum quod est fidei. [2] Quod
`turma' in (t)sensu externo sint opera, est quia haec correspondent
bono fidei; bonum fidei enim producit opera, nam dari bonum fidei
non potest absque operibus, sicut bonum cogitare et bonum velle non
absque bonum facere; {1}illud est infernum, hoc est externum
correspondens; porro cum operibus ita se habet: opera nisi
correspondent bono fidei, non sunt opera charitatis, nec opera
fidei, nam a suo {2}interno non veniunt, sed sunt opera mortua,
{3}in quibus non bonum nec verum; at cum correspondent, tunc sunt
opera vel charitatis vel fidei; opera charitatis sunt quae a
charitate ut a sua anima fluunt, opera autem fidei sunt quae a
fide; illa, nempe opera charitatis sunt apud regeneratum, opera
autem fidei sunt apud illum qui nondum regeneratus est, sed qui
regeneratur; se habent similiter ac se habent affectiones, nempe
affectio boni et affectio veri; regeneratus agit bonum ex
affectione ejus, ita ex velle bonum; regenerandus autem agit bonum
ex affectione veri, ita ex scire bonum; quae qualis differentia
sit, saepius prius ostensum est; inde patet quid opera; [3]
{4}praeterea se habet bonum fidei ad opera, sicut comparative'
voluntas hominis et inde cogitatio ad faciem ejus, quae, nempe
facies, quod sit imago animi, hoc est, voluntatis hominis et inde
cogitationis, notum est; si non sistitur voluntas et cogitatio in
facie ut in sua imagine, tunc {5}non est voluntas et cogitatio,
{6}vel est hypocrisis aut dolus, quia aliam faciem sistit quam vult
et cogitat; similiter se habet cum omni actu corporis respective ad
interiora quae sunt cogitationis et voluntatis; internum hominis
vivit in externo ejus per actum seu per agere; si actus seu agere
non est secundum ejus internum, {7}indicium est quod vel non
internum sit quod producit actum, {8}sed motus ex consuetudine et
habitu recurrens, vel (x)sit mentitum quid quale est in hypocrisi
et in dolo; inde iterum patet quid opera: inde sequitur quod qui
profitetur fidem, et magis qui bonum fidei, et negat opera, et
magis {9}si rejicit illa, {10}is sit absque fide, et adhuc magis
absque charitate. [4] Quia opera charitatis et fidei illa sunt, et
homo nusquam in charitate et fide est nisi sit in operibus, ideo in
Verbo toties nominantur opera, ut constare potest a sequentibus his
locis; apud Jeremiam,
Oculi Tui aperti sunt super omnes vias filiorum hominis, ad
dandum unicuique secundum vias ejus, et secundum fructum
operum ejus, xxxii 19:
apud eundem,
Convertimini unusquisque a via sua mala, et bona facite opera
vestra, xxxv 15:
apud eundem,
Reddam eis secundum opus eorum, et secundum opus manuum eorum,
xxv 14:
apud Hosheam,
Visitabo super eum vias ejus, et opera ejus reddam ei, iv 9:
apud Micham,
Erit terra in desolationem super habitatores ejus, propter
fructum operum illorum, vii 13:
apud Zachariam,
Sic dixit Jehovah Zebaoth, Convertimini a viis vestris malis,
et operibus vestris malis:... cogitavit Jehovah Zebaoth facere
nobis secundum vias nostras, et secundum opera nostra, sic
fecit {11}nobis, i 4, 6:
apud Johannem,
Beati mortui qui in Domino moriuntur a nunc; Immo, dicit
spiritus, ut requiescant ex laboribus, opera enim illorum
sequuntur illos, Apoc. xiv 13:
apud eundem,
Vidi mortuos parvos et magnos, stantes coram Deo, et libri
aperti sunt: et liber alius apertus, qui est vitae, et
judicati sunt mortui juxta ea quae scripta in libris, secundum
opera illorum. Dedit mare eos, qui in illo, mortuos, et mors
et infernus dedit eos, qui in illis, mortuos; judicati itaque
sunt quilibet secundum opera illorum, Apoc. xx 12, 13:
apud eundem,
Ecce venio cito, merces Mea Mecum, ut dem unicuique secundum
opus ejus, Apoc. xxii 12:
apud Johannem Evangelistam,
Hoc est judicium, quod lux venit in mundum, sed dilexerunt
homines magis tenebras quam lucem, erant enim opera illorum
mala; omnis qui mala facit, odit lucem, et non venit ad lucem,
ne coarguantur opera ejus; qui autem facit veritatem, venit ad
lucem, ut manifestentur ejus opera, quia in Deo facta sunt,
iii 19-21:
apud eundem,
Non potest mundus odisse vos, Me autem odit, quia Ego testor
de illo, quod opera illorum mala sint, vii 7:
apud eundem,
Jesus ad Judaeos, Si filii Abrahami essetis, opera Abrahami
faceretis; vos facitis opera patris vestri, viii 39, 41:
apud eundem,
Si haec scitis, beati estis si feceritis illa, xiii 17:
[6] apud Matthaeum,
Luceto lux vestra coram hominibus, ut videant vestra bona
opera.... Qui facit et docet, hic magnus vocabitur in regno
caelorum, v 16, 19:
apud eundem,
Non omnis dicens Mihi, Domine, Domine, intrabit in regnum
caelorum, sed faciens voluntatem Patris Mei Qui est in caelis:
multi dicent Mihi in die illo, Domine, Domine, nonne per nomen
Tuum prophetavimus, et per nomen Tuum daemonia ejecimus, et in
nomine Tuo virtutes multas fecimus? sed tunc confitebor illis,
Non novi vos, discedite a Me, operarii iniquitatis, vii [21],
21, 22:
apud Lucam,
Paterfamilias respondens dicit eis, Non novi vos unde sitis,
tunc incipietis dicere, Edimus coram te, et bibimus, in
plateis nostris docuisti; sed dicet, Dico vobis, non novi vos
unde sitis, discedite a Me omnes operarii iniquitatis, xiii
25-27:
apud Matthaeum,
Omnis qui audit Mea verba, et facit illa, comparabo viro
prudenti;... at omnis audiens verba Mea, sed non faciens illa,
comparabitur viro stulto, vii 24, 26:
apud eundem,
Venturus est Filius hominis in gloria Patris Sui cum angelis
Suis, et tunc reddet unicuique secundum opera ejus, xvi 27.
[7] Ex his patet quod opera sint quae salvant hominem, et quae
condemnant hominem, quod nempe bona opera salvent, et quod mala
condemnent; in operibus enim est velle hominis; qui vult bonum, is
facit bonum; qui autem non bonum facit, utcumque dixerit quod velit
bonum, usque non vult illud cum non facit illud; est sicut dixerit,
Volo id, sed non volo; et quia ipsa voluntas est in operibus, et
voluntatis est {12}charitas, et charitatis est fides, patet quid
voluntatis seu quid charitatis et fidei est apud hominem{13}, cum
non facit, et magis cum contraria facit, nempe {t}mala opera; [8]
praeterea sciendum quod regnum Domini apud hominem incohetur a vita
quae est operum, tunc enim in principio regenerationis est, at cum
regnum Domini est apud hominem, terminatur illud in operibus, et
tunc regeneratus est; internus enim homo tunc correspondenter inest
in externo, et externi hominis sunt opera, (c)ac interni est
charitas et inde fides, quare opera tunc sunt charitas: {14}quia in
operibus externi hominis existit ita vita interni hominis, ideo
Dominus ubi de ultimo judicio agit, apud Matthaeum xxv 32-46, non
nisi quam opera recenset, et quod intrabunt in vitam aeternam qui
bona opera fecerunt, et in {15}damnationem qui mala opera. Ex
illis quae dicta sunt, etiam constare potest quid significat
quod de Johanne legitur, quod ad pectus et in sinu{16} Jesu,
et quod illum prae reliquis amaverit, Joh. xiii 23, 25; xxi 20;
repraesentabantur enim per `Johannem' bona opera, videatur Praefat.
ad cap. xviii, et Praefat. ad cap. xxii Gen. Quid opera fidei,
quae etiam fructus ejus ex apparentia vocari possunt, et quid opera
charitatis, ex Divina Domini Misericordia, alibi plenius dicetur.

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-16-3983~

30-16-3983

29-3812-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3812-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[2]固有性に関しては一般的に二様のものがあり、一つは地獄的なもの、もう一つは天的なものがある。人間は地獄から地獄的な固有性を受け取り、天界から、即ち天界を通して主から天的な固有性を受け取る。というのは、凡ての悪とそこからの間違った原理は地獄から流入するからであり、また凡ての善とそこからの真理は主から流入するからである。人間は信仰の教義からそれを知るが、しかし数万人の中の一人も殆んど信じない。それ故、人間は地獄から流入する悪を自分自身に専有し、或いはそれを行う。また主から流入する善は人間に影響を及ばせず人間に転嫁されない。人間は悪が地獄から流入することと善が主から流入することを信じない。なぜなら、人間は自己愛の中に居るからである。その愛を自分自身に持つ者は凡てのものが流入することが言われる時、大いに憤慨するほどである。それ故、人間の凡ての固有性は悪以外でないことが知られよう。そのことは210, 215, 694, 731, 874- 876, 987, 1023, 1044, 1047番に認められよう。だが聞き給え、人間が悪は地獄からあること、また善は主からあることを信じることは自己愛の中に居らず、隣人への愛と主への愛の中に居ることからある。その愛がそれをそれ自身に持つ。それ故、人間は主から天的な固有性を得る。そのことについては155, 164, 731, 1023, 1044, 1937, 1947, 2882, 2883, 2891番に示された。
[3]その固有性が「骨と肉」によって両方の意味において意味される。それ故、聖言の中の「骨」によって真理が意味され、反対の意味において間違った原理が意味される。また「肉」によって善が意味され、反対の意味において悪が意味される。「骨」によってそのことが意味されることは後に続く箇所から知られることが出来よう。イザヤ書において、
「あなたが潤わされた庭園の如くなるために、エホバは常にあなたを導かれ、またあなたの霊魂の干ばつにおいて潤され、またあなたの骨を自由にして返すであろう。」58.11、ここで「自由にされた骨を返すこと」は理解の固有性を生かすこととして、即ち知性を照らすこととして記述されている。それ故、「あなたは潤わされた庭園の如くなること」が言われている。「庭園」が知性であることは100, 108, 1588番に認められよう。同書において、
「あなた達は見るであろう。そしてあなた達の心は喜び、またあなた達の諸々の骨は植物の如く芽を出すであろう。」66.14、ここで「骨が植物の如く芽を出すこと」も、同様な意味として記述されている。
[4]エレミヤ書において、
「ナジル人達は雪よりも白く、乳よりも白く輝き、骨は宝石よりも赤く、彼らの表面はサファイアであった。彼らの形は黒色よりも暗くされ、彼らは街路において知られていない。彼らの骨は彼らの皮膚にくっついて完全に乾き薪の如く為された。」哀歌、4.7, 8、ここで「ナジル人」は天的な人間として記述されている。3301番を参照、「雪よりも白く、乳よりも白く輝く」は、天的な真理の中に居ることとして記述されている。真理は善への愛からあるので、「骨が宝石よりも赤い」ことが言われている。「白さと白い輝き」は真理について言われている。3301番を参照、「赤いこと」は善について言われる。3300番を参照、「宝石」が善からの真理について言われることは114番を参照、「彼らの骨が皮膚にくっつく」によって、愛の天的なものに関して変えられた状態が記述されている。正確には「肉が骨にない」こと、即ち善がないことが記述されている。というのは、その時、凡ての真理は「完全に乾いて薪の如く為され、骨がぺったりくっつく皮膚」の形に為されるからである。
[5]エゼキエル書において、
「反逆者の家に対し例えて話せ、また彼らに言え、主エホビはこのように言われた。鍋を付け加え、鍋を据えよ、また更にそれに水を注げ、羊の群れの選り抜きを取ることで、その中へその断片を集めることで、凡ての善き断片、腿(もも)と肩、骨の選り抜きを満たせ、またその下で骨の炉もまた、更にその真ん中で骨を調理せよ、」24. 3-5, 10、ここで「鍋」は善と真理に引き起こされた暴行として記述されている。それ故、そこの6節にそれが「血の町」と言われている。「その中に集められた断片、善き断片、腿と肩」は肉であり、それらは善である。「満たされたその鍋からの選び抜かれた骨」は、真理として、「骨の炉」は真理への情愛として、「その真ん中で調理される骨」はそれらに引き起こされた暴行として記述されている。その例え話しに隠された神的な秘義は誰でも認めることが出来よう。更にそれはもし、鍋、断片、腿、肩、選り抜きの骨、骨の炉、調理されることによって内意において何が意味されるかが知られなければ、決して知られることが出来ない。ミカ書において、
「あなた達の知ることは正しい審判ではないか? あなた達は善に憎しみを持ち、また悪を愛している。あなた達は私の民の肉を食べた者達の上から皮膚を剥ぎ取り、また彼らの骨の上から肉を剥ぎ取っている。そして彼らの上からその皮膚を取り去り、また彼らの骨を砕き、なお加えて、鍋に入れる如く、また大鍋の真ん中の肉の如く分けた。」3.1, 2, 3、ここでも同様である。
[6]エゼキエル書において、
「彼はエホバの霊の中で私を連れ出し、また私を谷の真ん中に置いた。それは諸々の骨で満ちていた。...彼は私に言った。それらの骨が生きるかどうか? 彼は私に言った。それらの骨の上に預言せよ、またそれらに言え、乾いた骨よ、エホバの言葉を聞け、主エホビはそれらの骨にこのように言われた。見よ、私はあなた達が生きるためにあなた達の中に息を与え、あなた達の上に筋を与え、またあなた達の上に肉が育つことを為そう。そしてあなた達の上を皮膚で覆い、またあなた達が生きるためにあなた達の中に霊を与えるであろう。...私は預言した、...そして諸々の骨が近付き骨がその骨に近付いた。見よ、その時私は見た。それらの上に筋と肉が育ち、またそれらの上のより上のものが皮膚で覆われた。ところがしかし、それらの中に息はなかった。...そしてその中に息がもたらされ、同時にそれらは甦った。そしてその足の上に立った。」37.1、続き、ここでは一般的な異邦人達の許の教会の設立について、また個別的な人間の再生についてに述べられている。「乾いた骨」は主から善の生命を受け取るより前の生命のない理解の固有性として記述されている。それによって息をする。或いは生命のあるものに為される。主が骨の上で育つことを為される「肉」は天的な固有性と言われ、従って善である意志の固有性である。「息」は主の生命であり、それが人間の善の中に流入する時、自分の固有性から欲することと行なうことが自分自身に認められる。その時、善が生かされ、また善により真理が生かされ、そして乾いた骨から人間が造られる。
[7]ダビデの書において、
「私の凡ての骨はゆるみ、私の心臓は蝋の如く為された。...私の凡ての骨は数えることが出来る。...彼らは私の衣服を自分達のために分け、また私の掛け布の割り当てのくじを引いた。」詩篇、22. 14, 17, 18、ここでは主の固有性である神的な真理に関する主の試練について記述されている。またそれ故、「私の骨」と言われている。また主の固有性である神的な善に関する試練について記述されており、またそれ故、「私の心臓」と言われている。心臓が善であることは3313, 3635番に認められよう。また「骨」はそれらの真理を意味し、それらを「数えること」は誤った推論と間違った原理によってそれらを滅ぼすことを欲することであるので、それ故、直ちに「衣服を分け、また掛け布の割り当てのくじを引いた」が続く。なぜなら、「衣服」もまた真理であるからである。しかし外的な真理である。297, 1073, 2576番(を参照)、それらを分けることと掛け布の割り当てのくじを引くことも、同様なことを含む。例えばマタイ伝においても同様に衣服を分けたことと、それらの割り当てのくじを引いたことによって同様に表象され、また意味された。27.35、ダビデの書において、
「エホバは私の凡ての骨を守られ、それらについて一つも砕かれないであろう。」詩篇、34.20、ここでもまた内意において神的なものについて記述されている。そこの「私の凡ての骨」は主の神的な真理であり、「砕かれないこと」は滅ぼされないこととして記述されている。
「私の霊魂はエホバの中でこ踊りして喜び、エホバ御自身の救いの中で楽しむ。私の凡ての骨は言う。誰があなたの如く居られるであろう。」詩篇、35.10、ここで明瞭に「骨」は霊的な意味において理解の固有性である。同書において、
「あなたは私に楽しみと喜びを聞くことを為すであろう。あなたが砕いた骨がこ踊りして喜ぶであろう。」詩篇、51.8、ここで「あなたが砕いた骨がこ踊りして喜ぶであろう」は、試練の後の真理を通した回復として記述されている。
[8]「骨」は理解の固有性を意味したので、或いは真理に関する固有性を意味したので、また最高の意味において主の固有性で在られる神的な真理を意味したので、それ故、過ぎ越しの生け贄の定めにより過ぎ越しの小羊の骨を砕かなかった。その事柄について次のようにモーセの書において、
「肉について、それをあなたは一つの家の中で食べ尽くされなければならない。家から外へ持ち出してはならない。またその中の骨をあなた達は砕いてはならない。」出埃及記、12.46、また他の箇所に、
「それについて朝まで残してはならない。またそれについて骨を砕いてはならない。」民数記、9.12、最高の意味において「骨を砕かないこと」は神的な真理を害しないことであり、また表象の意味は各々の善の真理を害さないことである。というのは、真理から善の性質と善の形があるからであり、また肉体の骨の如く真理は善の支柱であるからである。
[9]神的な真理そのものである聖言が死んだ者達を生かすことが、
「エリシャの墓に投げ込まれ、その骨に触れた男が甦り、また自分の足の上に立ち上がった」ことによって表象された。列王記Ⅱ、13.21、「エリシャ」が神的な真理に関する主、或いは聖言に関する主を表象したことは、2762番に認められよう。反対の意味において「骨」は人間の固有性からの間違った原理を意味することは、エレミヤ記の下記の箇所から明らかである。
「その時に、彼らはユダの王達の骨、またその君主達の骨、また祭司達の骨、また預言者達の骨、またエルサレムの住民達の骨を彼らの墓から引き出し、また彼らが愛し、また仕えた太陽、月、および諸天の凡ての群れに広げるであろう。」8.1,2、エゼキエル書において、
「私はイスラエルの息子達の屍を彼らの偶像の前に置くであろう。そしてあなた達の祭壇の周りにあなた達の骨を散らそう。」6.5、モーセの書において、
「彼をエジプトから連れ出された神は彼らに角の力の如くその異邦人達、敵達を食べ、また彼らの骨を砕き、そしてその武器を粉砕されるであろう。」民数記、24.8、列王記Ⅱ、の書において、
「ヨシア王は彫像を壊し、また木立を切り倒し、またそれらの場所を人間の骨で満たした。...彼は墓から骨を取り出し、そして祭壇の上で焼きそれに穢れたものをもたらした。...そこの高位の凡ての祭司達を祭壇の上で生け贄にして、そしてそれらの上で人間の骨を焼き尽くした。」23. 14, 16, 20、モーセの書において、
「野の上で剣で刺し通された者、或いは死体、或いは人間の骨、或いは墓に触れた魂は七日の日々汚れた者になるであろう。」民数記、19. 16, 18、
[10]「骨」は間違った原理を意味し、また「墓」はそれらの中の悪を意味するので、また偽善は外見的に善のように見えているが、しかし内面的に間違った原理と汚れたものからの不潔な悪なので、それ故、主は次のようにマタイ伝において言われている。
「災いなるかな、律法学者とファリサイ人達、偽善者達よ、なぜなら同様に、あなた達は白い墓を造るからである。それらは確かに外側で美しく見えるが、しかし内側は死者の骨と凡ゆる不潔なもので満ちている。そのように、あなた達もまた確かに、外側で正しい人間に見えているが、しかし内側は偽善と不正で満たされている。」23. 27, 28、
それでそれらから「骨」によって真理に関しても、間違った原理に関しても理解の固有性が意味されることが明らかである。

30-3928原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3928原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3928. `Et vocavit nomen ejus Naphtali': quod significet quale
ejus, nempe quale tentationis in qua vincit, ut et quale
resistentiae a naturali homine, constat ex significatione `nominis
et vocare nomen quod sit quale, de qua n. 144, 145, 1754, 1896,
2009, 2724, 3421 ipsum quale est quod significatur per Naphtali,
nam Naphtali luctationibus nominatus est; inde etiam per `Naphtali'
repraesentatur alterum hoc verum commune Ecclesiae; est enim
tentatio medium conjunctionis interni hominis cum externo, {1}nam
dissident inter se sed ad concordantiam et correspondentiam
rediguntur per tentationes est quippe externus homo talis ut ex se
non aliud concupiscat quam corporea et mundana; haec illi sunt
jucunda vitae ejus; sed internus homo cum apertus est versus caelum
et desiderat illa quae caeli sunt qualis est apud illos qui
(t)regenerari possunt, tunc caelestia illi jucunda sunt; inter haec
bina jucunda est pugna cum homo in tentationibus est; hoc homo tunc
nescit, quia non scit quid jucundum caeleste, et quid jucundum
infernale, minus quod in tantum opposita sint; sed angeli caelestes
nequaquam possunt esse apud hominem in jucundo ejus corporeo et
mundano antequam hoc redactum sit ad obsequium nempe ut jucundum
corporeum et mundanum non amplius sit pro fine, sed pro usu
inserviendi jucundo caelesti, ut supra n. 3913 ostensum est; hoc
cum factum, tunc possunt angeli apud hominem esse in utroque, sed
tunc jucundum apud illum fit beatum, et tandem felix in altera
vita; [2] qui credit quod jucundum naturalis hominis ante
regenerationem non sit infernale, et quod non possideatur a
diabolicis spiritibus, multum fallitur; et is non scit quomodo se
habet cum homine, quod nempe ante regenerationem possideatur quoad
naturalem suum hominem a geniis et spiritibus infernalibus,
utcumque ille apparet sibi quod sit sicut alius, tum quod in sancto
cum reliqui: possit esse, (c)et de veris et bonis fidei
ratiocinari, immo se confirmatum in illis credere; si non percipiat
in se aliquid affectionis pro justo et aequo in functione sua, et
pro vero et bono {2}in coetu et in vita, sciat quod in jucundo tali
sit in quali infernales {3}, nam in jucundo ejus non
alius amor est quam sui et mundi, qui cum faciunt jucundum, nulla
inest charitas et nulla fides; hoc jucundum postquam praevaluit,
non per aliud medium hebetatur et dissipatur quam per affirmationem
et agnitionem sancti fidei et boni vitae, quod est primum medium
significatum per `Danem,' ut supra ostensum; et dein per
tentationem, quae est alterum medium, et significatur per
`Naphtali,' nam hoc medium sequitur alterum; qui enim non affirmant
et agnoscunt bonum et verum quae fidei et charitatis, non in
aliquam tentationis pugnam venire possunt, quia nihil est intus
quod repugnat malo et falso, ad quae naturale jucundum suadet. [3]
In Verbo alibi ubi Naphtali nominatur, per illum status hominis
post tentationes significatur, ut in prophetia
Jacobi, tunc Israelis,
Naphtali cerva dimissa, dans dicta elegantiae, Gen. xlix 21;
`cerva dimissa' pro affectione veri naturalis in statu libero, qui
post tentationes existit; (m)qui status etiam est quale quod est in
tentationibus, quae significantur per Naphtali, pugnatur enim in
tentationibus de libertate(n): pariter in prophetia Mosis:
Ad Naphtali dixit; Naphtali satur beneplacito, et plenus
benedictione Jehovae, occidentem et meridiem possidebit, Deut.
xxxiii 23;
repraesentationes enim filiorum Jacobi, et tribuum, se habent
secundum ordinem in quo recensentur, n. 3862; et in prophetia
Deborae et Baraki:
Zebulun populus qui devovit animam ad moriendum, et Naphtali
super altitudinibus agri, Jud. v 18;
ubi in sensu interno de pugnis tentationum quoque agitur, et est
inter illos {4}qui nihil mali timent, quia in veris et bonis, quod
est `esse in altitudinibus agri.'

3928. `Et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Naphtali'::ナフタリ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quale:質、性質、ejus,:それの、彼の、nempe:正確には、即ち、quale:質、性質、tentationis:誘惑、試練、in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、vincit,:勝利する、勝つ、ut et:そのようにまた、quale:質、性質、resistentiae:抵抗、a:~から、~により、naturali:自然の、自然的な、homine,:人間、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、` nominis:名、名前、et:~と、および、vocare:呼ぶこと、nomen:名前、名称、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、quale,:質、性質、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、144, 145, 1754, 1896, 2009, 2724, 3421 ipsum:そのもの、それ自身、quale:質、性質、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、Naphtali,:ナフタリ、nam:なぜなら、というのも、Naphtali:ナフタリ、luctationibus:格闘(試合)、争い、戦い、nominatus est;:呼ばれた、名付けられた、inde:それ故、そこから、etiam:~もまた、更に、per:~を通して、~によって、`Naphtali':ナフタリ、repraesentatur:象徴される、表象される、alterum:第二の、もう一つの、他の方、hoc:これは、verum:真理、commune:一般の、全般的に、共通の、普通に、Ecclesiae;:教会、est:ある、enim:なぜならば、~というのは、tentatio:誘惑、試練、medium:手段、媒介、中間、conjunctionis:連結、結合、interni:内部の、内なる、hominis:人間、cum:~と一緒に、~と、externo,:外部の、外なる、{1} nam:なぜなら、というのも、dissident:不和である、不一致である、inter se:相互の間で、相互に、sed:しかし、ad:~に、~へ、concordantiam:調和、一致、et:~と、および、correspondentiam:相応、rediguntur:追いやられる、元へ返される、元へ戻される、per:~を通して、~によって、tentationes:誘惑、試練、est:ある、quippe:確かに、全く、実際、なぜなら、というのは、externus:外部の、外なる、homo:人間、talis:このような、次ぎのような、ut:~のために、こと、~するように、ex:~から、~により、se:自分自身から、それ自身から、non:否、aliud:他のもの、異なった、concupiscat:強く欲する、熱望する、渇望する、むやみに欲しがる、貪る、quam:~を除いて、~の外は、corporea:地的な、形体的な、et:~と、および、mundana;:世俗的な、この世の、haec:これらは、illi:彼に、sunt:ある、jucunda:愉快、楽しい、快い、vitae:生命、ejus;:それの、彼の、sed:しかし、internus:内部の、内なる、homo:人間、cum:その時、その場合、apertus est:開かれた、versus:~の方向へ、~へ向かって、caelum:天界、et:また、そして、desiderat:願う、望む、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、caeli:天界、sunt:ある、qualis:ある種の、~のような、est:ある、apud:~のもとに、~において、illos:彼らを、qui:その者達、(t) regenerari:再生されること、possunt,:出来る、可能である、tunc:その時、やがて、caelestia:天的な、illi:彼に、jucunda:愉快、楽しい、快い、sunt;:ある、inter:~の中に、~の間で、~の間に、haec:これらを、bina:2、jucunda:愉快、楽しい、快い、est:ある、pugna:戦い、戦闘、cum:その時、その場合、homo:人間、in:~の中、~において、tentationibus:誘惑、試練、est;:ある、hoc:これを、homo:人間、tunc:その時、やがて、nescit,:知らない、気付かない、quia:なぜなら、ので、non:否、scit:知る、quid:何か?、どんな?、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、caeleste,:天的な、et:また、そして、quid:何か?、どんな?、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、infernale,:地獄の、地獄的な、minus:なお更、まして、quod:こと、それ、そのこと、in tantum:それほどに、opposita:反対の、相反する、sint;:ある、sed:しかし、angeli:天使達、caelestes:天的な、nequaquam:決して~でない、possunt:出来る、可能である、esse:あること、存在すること、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、in:~の中、~において、jucundo:愉快、楽しい、ejus:それの、彼の、corporeo:地的な、形体的な、et:~と、および、mundano:世俗的な、この世の、antequam:~より前に、~より先に、hoc:これを、redactum:戻された、sit:ある、ad:~に、~へ、obsequium:従順、恭順、nempe:正確には、即ち、ut:~のために、こと、~するように、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、corporeum:地的な、形体的な、et:~と、および、mundanum:世俗的な、この世の、non:否、amplius:この後、もはや、これ以上、sit:ある、pro:~として、~のために、fine,:目的、意図、sed:しかし、pro:~として、~のために、usu:用、役立ち、inserviendi:仕えることの、jucundo:愉快、楽しい、caelesti,:天的な、ut:~のように、例えば、supra:上に、上部に、n.:番号、3913 ostensum est;:示された、hoc:これは、cum:その時、その場合、factum,:為された、行なわれた、tunc:その時、やがて、possunt:出来る、可能である、angeli:天使達、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、esse:あること、存在すること、in:~の中、~において、utroque,:両方に、両方とも、sed:しかし、tunc:その時、やがて、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、apud:~のもとに、~において、illum:彼を、fit:為される、行われる、beatum,:幸福な、祝福された、et:また、そして、tandem:遂に、最後に、とうとう、felix:幸福な、幸運な、in:~の中、~において、altera vita;:他生、
[2] qui:その者達、credit:信じる、信じた、quod:こと、それ、そのこと、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、naturalis:自然的な、自然の、hominis:人間、ante:前に、以前に、regenerationem:再生、non:否、sit:ある、infernale,:地獄の、地獄的な、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、non:否、possideatur:所有される、占有される、a:~から、~により、diabolicis:悪魔の、悪魔的な、spiritibus,:霊達、multum:かなりの、大いに、非常に、fallitur;:欺かれる、騙される、誤らせられる、et:また、そして、is:彼は、それは、non:否、scit:知る、quomodo:どのように、どうして、どのようにして、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に、~によって、homine,:人間、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、ante:前に、以前に、regenerationem:再生、possideatur:所有される、占有される、quoad:~に関して、~に関する限り、naturalem:自然の、自然的な、suum:自分自身を、それ自身を、hominem:人間、a:~から、~により、geniis:悪鬼達、et:~と、および、spiritibus:霊達、infernalibus,:地獄の、地獄的な、utcumque:どれほど、どんなふうに~にせよ、出来る限り、ille:それは、彼は、apparet:現れる、見える、sibi:自分自身に、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、sicut:~の如く、~のように、alius,:他のもの、異なった、tum:その上、更に、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、sancto:神聖な、聖なる、cum:~と一緒に、~と、reliqui::(reliquis:残りの、他の、?)possit:出来る、可能である、esse,:あること、存在すること、(c) et:また、そして、de:~について、veris:諸々の真理、et:~と、および、bonis:諸々の善、fidei:信仰、ratiocinari,:論ずること、推論すること、immo:というよりは、それどころか、se:それら自身を、confirmatum:確信された、確認された、in:~の中、~において、illis:それらから、彼らから、credere;:信じること、si:もし~なら、たとえ~でも、non:否、percipiat:理解する、認める、in se:本質的に、本来、aliquid:何か、若干の、affectionis:情愛、pro:~として、~のために、justo:正しい、正義の、et:~と、および、aequo:公平、公正、in:~の中、~において、functione:機能、職務、任務、役目、sua,:それ自身から、et:また、そして、pro:~として、~のために、vero:真理、et:~と、および、bono:善、{2} in:~の中、~において、coetu:集団、交際、集まり、et:~と、および、in:~の中、~において、vita,:生命、生活、sciat:知る、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、jucundo:愉快、楽しい、tali:このような、次ぎのような、sit:ある、in:~の中、~において、quali:質、性質、infernales {3},:地獄の、地獄的な、nam:なぜなら、というのも、in:~の中、~において、jucundo:愉快、楽しい、ejus:それの、彼の、non:否、alius:他のもの、異なった、amor est:ある、quam:~を除いて、~の外は、sui:自己愛、et:~と、および、mundi,:世俗愛、qui:その者達、cum:その時、その場合、faciunt:行なう、為す、jucundum,:愉快、楽しい、喜ばしい、nulla:何も~ない、決して~でない、誰も~ない、inest:内在する、宿る、charitas:仁愛、et:~と、および、nulla:何も~ない、決して~でない、誰も~ない、fides;:信仰、hoc:これは、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、postquam:~の後、~した後で、~する時に、praevaluit,:勝った、優勢であった、non:否、per:~を通して、~によって、aliud:他のもの、異なった、medium:手段、媒介、中間、hebetatur:弱くされる、弱められる、鈍くされる、et:また、そして、dissipatur:滅ぼされる、駆逐される、追い散らされる、quam:~を除いて、~の外は、per:~を通して、~によって、affirmationem:断言、主張、肯定、確認、et:~と、および、agnitionem:受諾、承認、sancti:神聖な、聖なる、fidei:信仰、et:~と、および、boni:善、vitae,:生命、生活、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、primum:第一の、最初の、medium:手段、媒介、中間、significatum:意味された、per:~を通して、~によって、`Danem,':ダン、ut:~のように、~として、supra:上に、上部に、ostensum;:示された、et:また、そして、dein:次いで、その後、その後は、per:~を通して、~によって、tentationem,:誘惑、試練、quae:それらは、そのことらは、est:ある、alterum:第二の、もう一つの、他の方、medium,:手段、媒介、中間、et:また、そして、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、`Naphtali,':ナフタリ、nam:なぜなら、というのも、hoc:これは、medium:手段、媒介、中間、中央、中心、真ん中、sequitur:続く、続いて来る、帰結する、alterum;:第二の、もう一つの、他の方、qui:その者達、enim:なぜならば、~というのは、non:否、affirmant:主張する、肯定する、et:また、そして、agnoscunt:認める、承認する、bonum:善、et:~と、および、verum:真理、quae:それらは、そのことらは、fidei:信仰、et:~と、および、charitatis,:仁愛、non:否、in:~の中へ、~に、aliquam:誰か、何か、tentationis:誘惑、試練、pugnam:戦い、戦闘、venire:行くこと、来ること、近づくこと、possunt,:出来る、可能である、quia:なぜなら、ので、nihil:無意味、何も~ない、無、est:ある、intus:内部に、内に、内面に、quod:こと、それ、そのこと、repugnat:一致しない、抵抗する、malo:悪、et:~と、および、falso,:間違った原理(信念)、ad:~に、~へ、quae:それらを、そのことらを、naturale:自然の、自然的な、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、suadet.:助言する、勧める、説得する、
[3]In:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、alibi:他の箇所に、ubi:そこで、その場所、Naphtali:ナフタリ、nominatur,:呼ばれる、名付けられる、per:~を通して、~によって、illum:それを、status:状態、性質、hominis:人間、post:~の後に、~の後ろに、tentationes:誘惑、試練、significatur,:意味される、ut:~のように、例えば、in:~の中、~において、prophetia:預言、Jacobi,:ヤコブ、tunc:その時、やがて、Israelis,:イスラエル、
Naphtali:ナフタリ、cerva:雄鹿、鹿、dimissa,:逃がされた、捨てられた、逸された、dans:与えている、発している、dicta:言説、陳述、警句、elegantiae,:優雅な、奥ゆかしい、上品な、高雅な、Gen.:創世記、xlix 21; ` cerva:雄鹿、鹿、dimissa':逃がされた、捨てられた、逸された、pro:~として、~のために、affectione:情愛、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、in:~の中、~において、statu:状態、性質、libero,:自由、自主的、qui:それは、post:~の後に、~の後ろに、tentationes:誘惑、試練、existit;:生ずる、起こる、存在するようになる、(m) qui:それは、status:状態、性質、etiam:~もまた、更に、est:ある、quale:ある種の、~のような、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、in:~の中、~において、tentationibus,:誘惑、試練、quae:それらは、そのことらは、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、Naphtali,:ナフタリ、pugnatur:戦う、衝突する、enim:なぜならば、~というのは、in:~の中、~において、tentationibus:誘惑、試練、de:~について、~のために、libertate(n)::自由、自主性、pariter:同じように、同様に、in:~の中、~において、prophetia:預言、Mosis::モーセ、
Ad:~について、~へ、Naphtali:ナフタリ、dixit;:言った、Naphtali:ナフタリ、satur:肥沃な、実り豊かな、beneplacito,:楽しみ、満足、恩恵、et:また、そして、plenus:完全な、全くの、benedictione:祝福、祝福を与えるもの、Jehovae,:エホバ、occidentem:西、et:~と、および、meridiem:正午、昼、南、possidebit,:所有する、占有する、(三人称単数未来)Deut.:申命記、xxxiii 23; repraesentationes:象徴、表象、enim:なぜならば、~というのは、filiorum:息子達、Jacobi,:ヤコブ、et:また、そして、tribuum,:部族の、se:それ自身を、habent:持つ、有す、secundum:~に従って、~に沿って、ordinem:秩序、順序、in:~の中、~において、quo:それから、そのことから、recensentur,:列挙される、n.:番号、3862; et:また、そして、in:~の中、~において、prophetia:預言、Deborae:デボラ、(女預言者)et:~と、および、Baraki::バラク、
Zebulun:ゼブルン、populus:人々、民、qui:その者、devovit:捧げた、身を捧げた、呪った、忌み嫌った、animam:霊魂、魂、生命、息、ad:~のために、~へ、moriendum,:死ぬことへ、倒れることへ、et:また、そして、Naphtali:ナフタリ、super:~の上で、~の上に、altitudinibus:高さ、高所、agri,:野、畑、原、Jud.:士師記、v 18; ubi:そこで、その場所、in:~の中、~において、sensu interno:内意、de:~について、pugnis:戦い、戦闘、tentationum:誘惑、試練、quoque:~もまた、同じく、同様に、agitur,:述べられる、取り扱われる、et:また、そして、est:ある、inter:~の中に、~の間で、~の間に、illos:彼らを、{4} qui:その者達、nihil:無意味、何も~ない、無、mali:悪、timent,:恐れる、心配する、quia:なぜなら、ので、in:~の中、~において、veris:諸々の真理、et:~と、および、bonis,:善、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、` esse:あること、存在すること、in:~の中、~において、altitudinibus:高さ、高所、agri.':野、原、畑、

3928.「そしてその(息子の)名をナフタリと呼んだ」が、その性質を意味すること、即ちその中で勝利する試練の性質を意味すること、そのようにまた、自然的な人間からの抵抗の性質を意味することは、「名前と名を呼ぶこと」の意味が性質であることから知られよう。そのことについては144, 145, 1754, 1896, 2009, 2724, 3421番(に示された)。ナフタリによって性質そのものが意味される。なぜなら、ナフタリは戦いから名付けられたからである。それ故、「ナフタリ」によって教会の第二の全般的な真理が表象されている。というのは、試練は内なる人間と外なる人間との連結の手段であるからである。なぜなら、それらは相互に不一致であるからであるが、しかし試練によって一致と相応へ戻されるからである。確かに外なる人間はそれ自身からは形体的なものと世俗的なものを除いて他のものを欲しないようなものであり、それらは彼にその生命の楽しいものである。しかし内なる人間が天界に向かって開かれる時、また再生されることが出来るような者達の許にあるような天界にあるものを望む時、やがて彼に天的なものが彼に楽しいものになる。人間が試練の中に居る時、それらの二つの楽しいものの間に戦いがある。それを人間はその時知らない。なぜなら、天的な楽しいものが何か、また地獄的な楽しいものが何かを知らないからであり、ましてそれらがどれほど反対のものであるか知らないからである。しかし上の3913番に示されたように、その形体的な楽しいものと世俗的な楽しいものが従順へ戻される前に、即ち形体的な楽しいものと世俗的な楽しいものがもはや目的としてなく、天的な楽しいものに用として仕える前に天的な天使達は人間の許に居ることが出来ない。それが為された時、やがて両方の人間の許に天使達が居ることが出来る。しかしその時、彼の許の楽しいものは祝福されたものに為され、また最後に他生において幸福なものに為される。
[2]自然的な人間の楽しいものが再生される前に地獄的なものでないこと、また悪魔的な霊達により占有されないことを信じる者達は非常に欺かれており、また彼は人間によってそれをどのように有するか、即ち再生される前にその自然的な人間に関して、それが自分自身にどれほど他のものの如く見えるにせよ、更に他の者達と一緒に神聖なものの中に居ることが出来るにせよ、また信仰の真理と善について論じることが出来るにせよ、それどころかそれらの確信されたものをそれらの中で信じることが出来るにせよ、悪鬼達と地獄的な霊達によりどのように占有されているか知らない。もし自分の職務の中に正義と公正のための情愛の何かを、また交際と生活の中に真理と善のための情愛の何かを本質的に認めないなら、そのような楽しいものの中に居ることは地獄的な性質の中に居ることを知らない。なぜなら、その楽しいものの中に自己愛と世俗愛の楽しいものを除いて他のものはないからであり、彼らが楽しいことを行なう時、何も仁愛は内在せず、また何も信仰は内在しないからである。その楽しいものが勝った後では、上に示されたように、ダンによって意味された最初の手段である生命(生活)の信仰と善の神聖なものの肯定と承認によって以外、またその後、第二の手段であり、また「ナフタリ」によって意味される試練によって以外、他の手段によって弱められ、また駆逐されない。というのは、信仰と仁愛の善と真理を肯定し、また承認しない者達は何かの試練の中に行くことが出来ないからである。なぜなら、内部で自然的な楽しいものを勧める悪と間違った原理に抵抗することを何もしないからである。
[3]他の聖言の箇所においてもナフタリが言われており、それによって試練の後の人間の状態が意味されている。例えばその時、イスラエルであったヤコブの預言において、
「ナフタリは逃された雄鹿であり、優雅な警句を発している。」創世記、49.21、「逃された雄鹿」は試練の後の自由な状態の中の自然的な真理への情愛として(記述されている)。それは「ナフタリ」によって意味される試練の中にあるような状態でもまたある。というのは、試練の中では自由のために戦うからである。同様にモーセの書において、
「彼(モーセ)はナフタリについて言った。ナフタリはエホバの肥沃な恩恵、また完全な祝福である。西と南を所有するであろう。」申命記、33.23、というのは、ヤコブの息子達、また部族の表象はその中で列挙される順序に従ってそのことを持つからである。3862番(を参照)、またデボラとバラクの預言において、
「ゼブルンは死ぬために霊魂を呪った民、またナフタリは野の高所の上に居る。」士師記、5.18、ここの内意において試練の戦いについてもまた述べられており、また彼(ナフタリ)は何も悪のものを恐れない者達の間に居る。なぜなら、「野の高所に居ること」は真理と善の中に居ることであるからである。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-15-3972~

30-15-3972

29-3805~3812-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3805~3812-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3805.「そして、それがあった。ラバンが自分の妹の息子ヤコブのことを聞くに応じて」が、傍系の善の承認を意味することは、内意の中のそれらの言葉の意味から結果として生じることから同様に知られよう。それは相互の承認であり、それがそのように記述されている。明らかなように善と真理の結婚に先行する善の選択についてここで取り扱われている。

3806.「同時に、彼に会いに走った」が、適合を意味することは、「会いに走ること」の意味が適合であることから知られよう。なぜなら、連結を目指すからである。そのことにつては続いて述べよう。適合、或いは似姿は熟知されているように連結する。

3807.「そして彼を抱きしめた」が、情愛を意味することは、「抱きしめること」の意味が情愛であることから知られよう。というのは、内的な情愛は何かの身振りに降るからである。なぜなら、各々の情愛に身体における身振りが相応するからである。一般的に情愛に相応する身振りが抱くことであることは熟知されている。

3808.「また彼に接吻した」が、導入を意味することは、「接吻すること」の意味が情愛からの連結であることから知られよう。そのことについては3573, 3574, 3800番に示された。ここではその連結への導入である。というのは、導入は連結に先行するものであるからである。

3809.「そして彼を自分の家に連れて来た」が、連結のためにを意味することは、「家に連れて来ること」の意味が自分自身に連れて来ることであることから知られよう。というのは、内意において人間そのものが「家」と言われているからである。そのことについては3128, 3142, 3538番に認められよう。また家は善からあること、厳密には善が「家」であること、2233, 2331, 3652, 3720番を参照、またそれ故、ここでは「ラバン」によって表象される善に連れて来ることである。それ故に、ここの自分の家に連れて来ることによって連結が意味される。
ここの内意において「ヤコブ」である自然的な善と「ラバン」である傍系の善との連結の過程が充分に記述されている。相互の承認、適合、情愛、導入、連結の五つがその進行を構成する。「ラケルが自分の父に急いで知らせた」によって、また「ラバンは自分の妹の息子ヤコブの評判を聞いた」によって相互の承認が意味された。そのことについては3804, 3805番に示された。また「彼に会いに走った」によって適合が意味された。そのことについては3806番に示された。「ラバンが彼を抱きしめた」によって情愛が意味された。そのことについては3807番に示された。「彼に接吻した」によって導入が意味された。そのことについては3808番に示された。また「自分の家に彼を連れてきた」によって連結が意味された。そのことについてはここで示された。

3810.「また彼はラバンにそれらの凡ての言葉を話した」が、真理からを意味すること、即ち承認、適合、情愛、導入、および連結からを意味することは、ひと続きのことから、また内意に従って説明された言葉からもまた知られよう。これがそれらからの結末である。それらのことについては直ぐ上の3804番に言われたことから認められよう。

3811.十四~十五節、「そして、ラバンは彼に言った。確かに、あなたは私の骨、また私の肉である。そして彼は彼と一緒にひと月の日々留まった。
また、ラバンはヤコブに言った。あなたは私の兄弟(親類)なので、また私に快く仕えて欲しいので、あなたの報酬が何かを私に知らせよ、」
「ラバンは彼に言った。確かに、あなたは私の骨、また私の肉である」は、真理に関する、また善に関する連結を意味し、「そして彼は彼と一緒にひと月の日々留まった」は、生命(生活)の新しい状態を意味し、「また、ラバンはヤコブに言った。あなたは私の兄弟(親類)なので」は、善からの血縁者なのでを意味し、「また私に快く仕えるかどうか、あなたの報酬が何かを私に知らせよ」は、連結の手段が在らねばならないことを意味する。

3812.「ラバンは彼に言った。確かに、あなたは私の骨、また私の肉である」が、真理に関する、また善に関する連結を意味することは、「あなたは私の骨と私の肉」の意味が連結であることから知られよう。古代人達は一つの家、或いは一つの氏族の者達について、即ち何かの親族関係の中に居た者達について、「私の骨と私の肉」と言うことの決まり文句があった。そのことは157番に認められよう。それ故、それらの言葉によって真理と善に関する連結が意味される。なぜなら、霊的な凡ての連結はそれらによって為されるからであり、また自然的な凡ての連結もそれらに関係するからである。また更に「骨と肉」によって人間の固有性が意味され、「骨」によってその理解の固有性が意味され、また「肉」によってその意志の固有性が意味される。従って「骨」によって真理に関する固有性が意味される。なぜなら、それは理解のものであるからである。また「肉」によって善に関する固有性が意味される。なぜなら、それは意志のものであるからである。そのことは148, 149番に認められよう。

30-3924~3927原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3924~3927原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3924. Vers. 7, 8. Et concepit adhuc, et peperit Bilhah ancilla
Rachelis filium secundum Jacobo. Et dixit Rachel, Luctationibus Dei
luctata sum cum sorore mea, etiam valui; et vocavit nomen ejus
Naphtali. `Concepit adhuc et peperit Bilhah ancilla Rachelis'
significat, hic ut prius, receptionem et agnitionem: `filium
secundum Jacobo' significat alterum verum commune: `et dixit
Rachel, Luctationibus Dei luctata sum cum sorore mea, etiam valui;
significat in supremo sensu propriam Potentiam, in interno
tentationem in qua vincit, in externo resistentiam a naturali
homine: `et vocavit nomen ejus Naphtali' significat quale ejus.

3924. Vers.:節、7, 8. Et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、adhuc,:依然として、その時まで、更に、et:また、そして、peperit:産んだ、Bilhah:ビルハ、ancilla:女奴隷、女召使、Rachelis:ラケル、filium:息子、secundum:第二の、二番目の、Jacobo.:ヤコブ、
Et:また、そして、dixit:言った、Rachel,:ラケル、Luctationibus:格闘(試合)、争い、抗争、口論、Dei:神、luctata sum:苦闘した、戦った、闘争した、cum:~と一緒に、~と、sorore:姉妹、mea,:私の、etiam:~もまた、更に、valui;:有力であった、勝った、優った、(一人称単数完了)et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Naphtali.:ナフタリ、
`Concepit:身ごもった、妊娠した、adhuc:依然として、その時まで、更に、et:また、そして、peperit:産んだ、Bilhah:ビルハ、ancilla:女奴隷、女召使、Rachelis':ラケル、significat,:意味する、hic:ここに、この場に、ut:~のように、~として、prius,:以前に、前に、receptionem:受け入れ、受容、et:~と、および、agnitionem::受諾、承認、` filium:息子、secundum:第二の、二番目の、Jacobo':ヤコブ、significat:意味する、alterum:第二の、もう一つの、他の方、verum:真理、commune::一般の、全般的に、共通な、` et:また、そして、dixit:言った、Rachel,:ラケル、Luctationibus:格闘(試合)、争い、戦い、Dei:神、luctata sum:苦闘した、戦った、闘争した、cum:~と一緒に、~と、sorore:姉妹、mea,:私の、etiam:~もまた、更に、valui; ':有力であった、勝った、優った、(一人称単数完了)significat:意味する、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、propriam:固有の、自分の、固有性、自己、Potentiam,:力、in:~の中、~において、interno:内部の、内なる、tentationem:誘惑、試練、in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、vincit,:勝利する、勝つ、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、resistentiam:抵抗、a:~から、~により、naturali:自然の、自然的な、homine::人間、` et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Naphtali':ナフタリ、significat:意味する、quale:質、性質、ejus.:それの、彼の、

3924.七~八節、「また、更に彼女は身ごもった。そしてラケルの女奴隷ビルハはヤコブに二番目の息子を産んだ。
そして、ラケルは言った。私は神の戦いで私の姉との戦いに勝った。そしてその(息子の)名をナフタリと呼んだ。」
「更に彼女は身ごもった。そしてラケルの女奴隷ビルハは産んだ」は、ここでも前のように受容と承認を意味し、「ヤコブに二番目の息子」は、第二の全般的な真理を意味し、「そして、ラケルは言った。私は神の戦いで私の姉との戦いに勝った」は、最高の意味において自分の力を意味し、内なる意味において試練を意味し、(また)その(試練に)おいて勝利することを意味し、外なる意味において自然的な人間からの抵抗を意味し、「そしてその(息子の)名をナフタリと呼んだ」は、その性質を意味する。

3925. Concepit adhuc et peperit Bilhah ancilla Rachelis': quod
significet receptionem et agnitionem, constat a significatione
`concipere' quod sit receptio, et a significatione `parere' quod
sit agnitio, de quibus supra n. 3919; tum a significatione
`ancillae' quod sit medium inserviens, de qua etiam supra n. 3913,
3917; nam hic agitur de altero medio communi inserviente
conjunctioni interni hominis cum externo.

3925. Concepit:身ごもった、妊娠した、adhuc :依然として、その時まで、更に、et:また、そして、peperit:産んだ、Bilhah:ビルハ、ancilla:女奴隷、女召使、Rachelis'::ラケル、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、receptionem:受け入れ、受容、et:~と、および、agnitionem,:受諾、承認、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`concipere':身ごもること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、receptio,:受け入れ、受容、et:また、そして、a:~から、~により、significatione:意味、`parere':産みだすこと、生じさせること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、agnitio,:受諾、承認、de:~について、quibus:それらから、そのことらから、supra:上に、上部に、n.:番号、3919; tum:その上、更に、a:~から、~により、significatione:意味、`ancillae':女奴隷、女召使、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、medium:手段、媒介、中間、inserviens,:仕えている、奉仕している、de:~について、qua:それから、そのことから、etiam:~もまた、更に、supra:上に、上部に、n.:番号、3913, 3917; nam:なぜなら、というのも、hic:ここに、この場に、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、altero:第二の、もう一つの、他の方、medio:手段、媒介、中間、communi:普遍的な、一般の、全般的な、inserviente:仕えている、奉仕している、conjunctioni:連結、結合、interni hominis:内なる人間、cum:~と一緒に、~と、externo.:外部の、外なる、

3925.「更に彼女は身ごもった。そしてラケルの女奴隷ビルハは産んだ」が、受容と承認を意味することは、「身ごもること」の意味が受容であることから、また「産むこと」の意味が承認であることから知られよう。それらのことについては上の3918番(に示された)。更に女奴隷の意味が仕えている手段であることから知られよう。そのことについてもまた上の3913, 3917番(に示された)。なぜなら、ここでは内なる人間と外なる人間との連結に使えている第二の全般的な手段について述べられているからである。

3926. `Filium secundum Jacobo': quod significet alterum verum
commune, constat a significatione `filii' quod sit verum, de qua n.
489, 491, 533, 1147; hic quod sit commune, constat ab illis quae
supra de duodecim filiis Jacobi et de duodecim tribubus ab illis
nominatis, dicta et ostensa sunt, quod nempe sint communia
Ecclesiae, proinde communia fidei et amoris, seu veri et boni, quae
per illos significantur et repraesentantur; et quod etiam in
opposito sensu sint omnia communia non fidei et {1} amoris, seu
omnia falsi et mali, patebit a sequentibus.

3926. `Filium:息子、secundum:第二の、二番目の、Jacobo'::ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、alterum:第二の、もう一つの、他の方、verum:真理、commune,:一般の、全般的に、共通の、普通に、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`filii':息子、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、489, 491, 533, 1147; hic:ここに、この場に、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、commune,:一般の、全般的に、共通の、普通に、constat:知られる、明らかである、ab:~から、~により、illis:それらから、quae:それらは、そのことらは、supra:上に、上部に、de:~について、duodecim:12、filiis:息子達、Jacobi:ヤコブ、et:~と、および、de:~について、duodecim:12、tribubus:部族、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、nominatis,:呼ばれた、名付けられた、dicta:言われた、et:また、そして、ostensa sunt,:示された、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、sint:ある、communia:普遍的な、一般の、全般的な、Ecclesiae,:教会、proinde:従って、それ故に、communia:普遍的な、一般の、全般的な、fidei:信仰、et:~と、および、amoris,:愛、seu:即ち、或いは、veri:真理、et:~と、および、boni,:善、quae:それらは、そのことらは、per:~を通して、~によって、illos:それらを、significantur:意味される、et:また、そして、repraesentantur;:象徴される、表象される、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、etiam:~もまた、更に、in:~の中、~において、opposito sensu:反対の意味、sint:ある、omnia:凡ての、全体の、communia:普遍的な、一般の、全般的な、non:否、fidei:信仰、et:~と、および、{1} amoris,:愛、seu:即ち、或いは、omnia:凡ての、全体の、falsi:間違った原理(信念)、et:~と、および、mali,:悪、patebit:明らかである、(三人称単数未来)a:~から、~により、sequentibus.:次の、後に続く、

3926.「ヤコブに二番目の息子」が、第二の全般的な真理を意味することは、「息子」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては489, 491, 533, 1147番(に示された)。ここでは一般的な(真理)であることは上でヤコブの十二人の息子達と彼らから名付けられた十二部族について言われ、また示されたことから知られよう。それらは教会の一般的なものであり、従って思考と愛の一般的なもの、或いは真理と善の一般的なものであり、それらがそれら(ヤコブの十二人の息子達と彼らからの十二部族)によって意味され、また表象されている。また更に、反対の意味において信仰と愛のない全般的なもの、即ち間違った原理と悪の凡ての全般的なもの(が意味され、また表象されている)。そのことは後に続く箇所から明らかであろう。

3927. `Et dixit Rachel, Luctationibus Dei luctata sum cum sorore
mea, etiam valui': quod significet in supremo sensu propriam
Potentiam, in interno tentationem in qua vincit, in externo
resistentiam a naturali homine, constat a significatione
`luctationum Dei' et `luctari' quod sint tentationes; tentationes
enim non aliud sunt quam luctationes interni hominis cum externo,
seu spiritualis hominis cum naturali, uterque enim dominari videt,
et cum agitur de dominio, fit pugna, quae hic est luctatio; quod
`valere' sit vincere, constat absque explicatione. [2] Quod illa
verba in sensu supremo significent propriam Potentiam, est quia
Dominus omnes tentationes, cum fuit {1}in mundo et in humano ibi,
ex propria potentia sustinuit, et ex propria potentia vicit, secus
ac omnis homo, qui nusquam ex propria potentia aliquam tentationem
spiritualem sustinet et in illa vincit, sed Dominus apud illum;
{2}at videantur quae de his prius dicta et ostensa sunt, nempe quod
Dominus prae aliis gravissimas tentationes sustinuerit, n. 1663,
1668, 1690, 1737, 1787, 1789, 1812, 1813, 1815, 1820, 2776, 2786,
2795, 2813, 2816, 3318; quod Dominus ex propria Potentia pugnaverit
et vicerit, n. {3}1616, 1692, 1813, 1815, et quod Dominus solus
apud hominem pugnet, n. 1692. [3] Quod in sensu interno
`luctationes Dei' et `valere' sint tentationes in quibus {4}homo
vincit, constat ab illis quae mox supra dicta sunt: quod autem in
sensu externo sit resistentia a naturali homine, est quia omnis
tentatio non aliud est; agitur enim in tentationibus spiritualibus,
ut dictum, de dominio, quis nempe potestatem habebit, num homo
internus aut num externus, seu quod idem, num spiritualis {5}aut
num naturalis, sunt enim inter se oppositi, n. 3913; cum enim homo
in tentationibus est, tunc internus seu spiritualis ejus homo a
Domino per angelos regitur, sed externus seu naturalis per spiritus
infernales; pugna inter illos est quae sicut tentatio percipitur
apud hominem: cum homo talis est et fide et vita, ut regenerari
possit, tunc in tentationibus {6}vincit, at cum talis est ut non
regenerari possit, tunc in tentationibus succumbit: quod
resistentia a naturali homine sit, significatur per verba quod
`luctata sit cum sorore sua, per `Leam' enim, quae hic est soror,
{7}significatur affectio externi hominis, per `Rachelem' autem
affectio interni, n. 3793, 3819.

3927. `Et:また、そして、dixit:言った、Rachel,:ラケル、Luctationibus:格闘(試合)、争い、戦い、Dei:神、luctata sum:苦闘した、戦った、闘争した、cum:~と一緒に、~と、sorore:姉妹、mea,:私の、etiam:~もまた、更に、valui'::有力であった、勝った、優った、(一人称単数完了)quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、propriam:固有の、自分の、固有性、自己、Potentiam,:力、in:~の中、~において、interno:内部の、内なる、tentationem:誘惑、試練、in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、vincit,:勝利する、勝つ、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、resistentiam:抵抗、a:~から、~により、naturali:自然の、自然的な、homine,:人間、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`luctationum:格闘(試合)、争い、戦い、Dei':神、et:また、そして、`luctari':格闘すること、戦うこと、闘争すること、(dep)quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、tentationes;:誘惑、試練、tentationes:誘惑、試練、enim:なぜならば、~というのは、non:否、aliud:他のもの、異なった、sunt:ある、quam:~を除いて、~の外は、luctationes:格闘(試合)、争い、戦い、interni hominis:内なる人間、cum:~と一緒に、~と、externo,:外部の、外なる、seu:即ち、或いは、spiritualis:霊的な、hominis:人間、cum:~と一緒に、~と、naturali,:自然の、自然的な、uterque:二つのうちのどちらも、両方に、enim:なぜならば、~というのは、dominari:支配すること、videt,:見る、認める、et:また、そして、cum:その時、その場合、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、dominio,:支配権、fit:為される、行われる、pugna,:戦い、戦闘、quae:それは、そのことは、hic:ここに、この場に、est:ある、luctatio;:格闘(試合)、争い、戦い、quod:こと、それ、そのこと、`valere':力があること、効果があること、強いこと、sit:ある、vincere,:勝利すること、勝つこと、constat:知られる、明らかである、absque:~なしに、~を除いて、explicatione.:説明、解説、
[2] Quod:こと、それ、そのこと、illa:それらは、verba:言葉、語、in:~の中、~において、sensu supremo:最高の意味、significent:意味する、propriam:固有の、自分の、固有性、自己、Potentiam,:力、est:ある、quia:なぜなら、ので、Dominus:主、omnes:凡ての、全体の、tentationes,:誘惑、試練、cum:その時、その場合、fuit:あった、{1} in:~の中、~において、mundo:(この)世、世界、et:また、そして、in:~の中、~において、humano:人間の、人間的な、ibi,:そこに、そこで、ex:~から、~により、propria:固有の、自分の、固有性、自己、potentia:力、影響力、sustinuit,:受けた、忍んだ、耐えた、許容した、et:また、そして、ex:~から、~により、propria:固有の、自分の、固有性、自己、potentia:力、影響力、vicit,:勝った、勝利した、征服した、secus ac:~と区別して、~と似ないで、~と違って、omnis:凡ての、全体の、homo,:人間、qui:その者達、nusquam:どこにもない、決して~ない、ex:~から、~により、propria:固有の、自分の、固有性、自己、potentia:力、影響力、aliquam:誰か、何か、tentationem:誘惑、試練、spiritualem:霊的な、sustinet:忍ぶ、耐える、et:~と、および、in:~の中、~において、illa:それから、vincit,:勝利する、勝つ、sed:しかし、Dominus:主、apud:~のもとに、~において、illum;:彼を、それを、{2}at:しかし、だが聞き給え、videantur:見られる、認められる、quae:それらは、そのことらは、de:~について、his:これらから、prius:以前に、前に、dicta:言われた、et:また、そして、ostensa sunt,:示された、nempe:正確には、即ち、quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、prae:~よりも、~と比較して、aliis:他の者達、gravissimas:最も重い、最も厳しい、tentationes:誘惑、試練、sustinuerit,:受けた、待った、忍んだ、耐えた、n.:番号、1663, 1668, 1690, 1737, 1787, 1789, 1812, 1813, 1815, 1820, 2776, 2786, 2795, 2813, 2816, 3318; quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、ex:~から、~により、propria:固有の、自分の、固有性、自己、Potentia:力、pugnaverit:戦った、衝突した、et:また、そして、vicerit,:勝利した、n.:番号、{3}1616, 1692, 1813, 1815, et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、solus:だけ、のみ、apud:~のもとに、~において、hominem:人間性、pugnet,:戦う、n.:番号、1692. 
[3] Quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、sensu interno:内意、`luctationes:格闘(試合)、争い、戦い、Dei':神、et:~と、および、`valere':力があること、効果があること、強いこと、sint:ある、tentationes:誘惑、試練、in:~の中、~において、quibus:それらから、そのことらから、{4} homo:人間、vincit,:勝利する、勝つ、constat:知られる、明らかである、ab:~から、~により、illis:それらから、quae:それらは、そのことらは、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、dicta sunt::言われた、quod:こと、それ、そのこと、autem:しかし、他方において、in:~の中、~において、sensu externo:外部の、外なる、sit:ある、resistentia:抵抗、a:~から、~により、naturali:自然の、自然的な、homine,:人間、est:ある、quia:なぜなら、ので、omnis:凡ての、全体の、tentatio:誘惑、試練、non:否、aliud:他のもの、異なった、est;:ある、agitur:述べられる、取り扱われる、enim:なぜならば、~というのは、in:~の中、~において、tentationibus:誘惑、試練、spiritualibus,:霊的な、ut:~のように、~として、dictum,:言われた、de:~について、dominio,:支配権、quis:誰も、誰か、何も、何か、nempe:正確には、即ち、potestatem:支配力、力、権限、habebit,:持つ、有す、(三人称単数未来)num:~か、~かどうか、homo:人間、internus:内部の、内なる、aut:即ち、或いは、num:~か、~かどうか、externus,:外部の、外なる、seu:即ち、或いは、quod:こと、それ、そのこと、idem,:同じ、同様のもの、num:~か、~かどうか、spiritualis:霊的な、{5} aut:即ち、或いは、num:~か、~かどうか、naturalis,:自然的な、自然の、sunt:ある、enim:なぜならば、~というのは、inter se:相互の間で、相互に、oppositi,:対立の、反対の、n.:番号、3913; cum:その時、その場合、enim:なぜならば、~というのは、homo:人間、in:~の中、~において、tentationibus:誘惑、試練、est,:ある、tunc:その時、やがて、internus:内部の、内なる、seu:即ち、或いは、spiritualis:霊的な、ejus:それの、彼の、homo:人間、a:~から、~により、Domino:主、per:~を通して、~によって、angelos:天使達、regitur,:支配される、sed:しかし、externus:外部の、外なる、seu:即ち、或いは、naturalis:自然的な、自然の、per:~を通して、~によって、spiritus:霊達、infernales;:地獄の、地獄的な、pugna:戦い、戦闘、inter:~の中に、~の間で、~の間に、illos:彼らを、それらを、est:ある、quae:それらは、そのことらは、sicut:~の如く、~のように、tentatio:誘惑、試練、percipitur:理解される、認められる、apud:~のもとに、~において、hominem::人間、cum:その時、その場合、homo:人間、talis:talis~ut~、~のような~、est:ある、et:~と、および、fide:信仰、et:~と、および、vita,:生命、ut regenerari:再生されること、possit,:出来る、可能である、tunc:その時、やがて、in:~の中、~において、tentationibus:誘惑、試練、{6}vincit,:勝利する、勝つ、at:しかし、だが聞き給え、cum:その時、その場合、talis:talis~ut~、~のような~、est:ある、ut non:否、regenerari:再生されること、possit,:出来る、可能である、tunc:その時、やがて、in:~の中、~において、tentationibus:誘惑、試練、succumbit::倒れる、屈する、敗れる、quod:こと、それ、そのこと、resistentia:抵抗、a:~から、~により、naturali:自然の、自然的な、homine:人間、sit,:ある、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、verba:言葉、語、quod:こと、それ、そのこと、`luctata sit:苦闘した、格闘したる、戦った、cum:~と一緒に、~と、sorore:姉妹、sua,:自分自身から、それ自身から、per:~を通して、~によって、`Leam':レア、enim,:なぜならば、~というのは、quae:それらは、そのことらは、hic:ここに、この場に、est:ある、soror,:姉妹、{7} significatur:意味される、affectio:情愛、externi:外部の、外なる、hominis,:人間、per:~を通して、~によって、`Rachelem':ラケル、autem:しかし、他方において、affectio:情愛、interni,:内部の、内なる、n.:番号、3793, 3819.

3927.「そして、ラケルは言った。私は神の戦いで私の姉との戦いに勝った」が、最高の意味において自分の力を意味し、内なる意味において試練を意味し、(また)その(試練に)おいて勝利することを意味し、外なる意味において自然的な人間からの抵抗を意味することは、「神の戦い」、また「戦うこと」の意味が試練であることから知られよう。というのは、試練は内なる人間と外なる人間との戦い以外の他のものではないからである。というのは、両方に支配することが認められるからであり、また支配権について取り扱われる時、戦いが行なわれるからである。それがここの戦いである。「力があること」が勝つことであることは説明なしに知られよう。
[2]それらの言葉は最高の意味において自分の力を意味する。なぜなら、主はこの世に居られた時、またそこで人間であられた時、凡ての人間と違って凡ての試練を自分の力により耐え、また自分の力により勝利されたからである。凡ての人間は自分の力により何かの霊的な試練に耐えず、またその中で決して勝利しないが、しかし彼(人間の)許の主が(耐え、また勝利される)。だが聞き給え、それらについては前に言われ、また示されたことが認められよう。即ち主は他の者達よりも最も厳しい試練を耐えられたことが認められよう。1663, 1668, 1690, 1737, 1787, 1789, 1812, 1813, 1815, 1820, 2776, 2786, 2795, 2813, 2816, 3318番(を参照)、主が自分の力により戦い、また勝利されたことは1616, 1692, 1813, 1815番(を参照)、また人間の許で主だけが戦われる。1692番(を参照)、
[3]内意において「神の戦い」と「力があること」は、人間が勝利する試練であることは直ぐ上に言われたことから明らかであるが、しかし外なる意味において自然的な人間からの抵抗である。なぜなら、凡ての試練は他のものではないからである。というのは言われたように、霊的な試練において支配権について取り扱われるからである。即ち内なる人間か、或いは外なる人間か誰が力を持つか、或いは同じことであるが、霊的な人間か、或いは自然的な人間か誰が力を持つかが取り扱われるからである。なぜならば、それらは相互に対立したものであるからである。3913番(を参照)、というのは、人間が試練の中に居る時、やがて彼の内なる人間、或いは霊的な人間は天使達を通して主に支配されるからであるが、しかし外なる人間、或いは自然的な人間は地獄的な霊達によって支配されるからであり、それらの間に戦いがあって人間において試練の如く認められるからである。人間が信仰と生命(生活)で再生されることが出来るような時、やがて試練に勝利するが、しかし再生されることが出来ないような時、やがて試練の中で敗れる。自然的な人間から抵抗があることが「自分の姉と戦った」ことの言葉によって意味されている。というのは、ここの姉である「レア」によって外なる人間の情愛が意味されるからであり、他方において「ラケル」によって内なる人間の情愛が意味されるからである。3793, 3819番(を参照)、

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-14-3970~

30-14-3970

29-3803~3804意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3803~3804意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3803.「そして、ヤコブはラケルに知らせた。彼が彼女の父の兄弟(親類)であること」が、ヤコブである善とラバンである善の類似を意味することは、「知らせること」の意味が熟知されたものに為すことであることから知られよう。また「ヤコブ」の表象が善であることから知られよう。そのことについては前に示された。また内的な真理への情愛である「ラケル」の表象から知られよう。そのことについては3793番に示された。またここでヤコブである「兄弟(親類)」の意味が善であることから知られよう。そのことについては367, 2360, 3303, 3459番に示された。またここでラバンである「父」の意味もまた善であることから知られよう。そのことについては3703番に示された。そこから、またそのひと続きのものから「ヤコブはラケルに知らせた。彼が彼女の父の兄弟(親類)であること」によって、「ヤコブ」である善と「ラバン」である善の類似が意味されることが明らかである。しかし類似そのものを説明すること、またそれ故、「ラケル」である内的な真理への情愛を通した両方の連結を説明することは物事を不明瞭なものへ差し向ける。なぜなら、僅かな者達しか自然的な善が何か、またそれが理性的な善から区別されたものであること、また共通の根源の傍系の善が何か、また内的な真理への情愛が何かをもまた知らないからである。それらについて自分の固有性の探求により何かの考えを獲得していない者達は、例えその記述から何かを受け取っても微々たるものである。というのは、人間は自分の固有性から持つものだけ、或いは自分自身の許の物事の考慮によって自分自身に獲得するものだけを他の者達から受け取るからであり、その他のものは通り過ぎるからである。善と真理に無数の類似があること、またそれらに従って天的な社会があることを知ることで充分である。そのことについては685, 917, 2739, 3612番に認められよう。
[2]ヤコブが自分自身をラバンの兄弟と言っているが、しかしその時、彼はラバンの妹のリベカの息子であった。なぜなら、善から凡ての兄弟達はあるからであり、それ故、交互にラバンもまたヤコブを兄弟と呼んでいる。15節を参照、というのは、善は血縁者を造るからであり、また連結するからである。なぜなら、善は愛の善であるからであり、愛が霊的な連結であるからである。それ故、古代教会において、更にユダヤ教会においてもまた善の中に居た凡ての者達は兄弟達と言われた。しかしユダヤ教会は他の凡ての者達をさげすんだので、また自分達だけを選民達と信じたので、ユダヤ人に産まれた者達だけを兄弟達と呼んだ。そして他の者達を同盟者達、或いは外国人達と呼んだ。初期の基督教会もまた善の中に居た凡ての者達を兄弟達と呼んだが、しかしその後、その集団内に居る者達だけを兄弟達と呼んだ。しかし兄弟の名は基督教徒達の許の善と一緒に消え、善に代わって真理が後に続いた時、或いは仁愛に代わって信仰が後に続いた時、やがてその善からもはや兄弟達と言うことは出来ず、隣人と言った。そのことは仁愛の生活(生命)のない信仰の教義ともまたそのことを一緒に有し、自分達より卑賤なものと兄弟であることは自分達を下方に留めることであった。というのは、彼らの許で兄弟であることは主から起源を引き出すのではなく、またそれ故、善から起源を引き出すのではなく、自分自身から起源を引き出すからであり、またそれ故、自分自身の名誉と利得から引き出すからである。
「また彼はリベカの息子であることを」が、類似、連結を意味することは、説明なしに知られることが出来よう。というのは、ヤコブの母であり、またラバンの妹であるリベカにより連結があったからである。

3804.「そして彼女は急いで、また自分の父に知らせた」が、内的な真理を通した承認を意味することは、「急ぐことと知らせること」の意味が熟知されたことを言うことの情愛であることから知られよう。ここでは承認により熟知されたことを言うことの情愛である。またラバンである「自分の父」の意味が善であることから知られよう。内的な真理への情愛である「ラケル」によって表象される内的な真理を通して承認がある。それ故、それらの言葉によって内的な真理を通した承認が意味されることが結果として生じる。
それらと一緒にそのことを次のように有する。「ヤコブ」が表象する善は一般的に凡ての善の如く自然的な善である。それがあることは知られ、また承認されているが、しかしそれがどのようなものであるかは、真理を通してでなければ知られない。というのは、その善は真理から受け取るようなものであるからであり、またそのように真理によって知られ、また承認されるようなものであるからである。なぜなら、善はそれに真理が植え付けられる前に仁愛と言われる善を造らないからであり、またそれに真理が植え付けられるままに、そのように善が造られるからである。
[2]それ故、一つの善があってそれと最も似ている善が現われても、それでも、更にもう一つの善の如くあるのではない。なぜなら、善は全地上世界の中の全体的なものと個別的なものの中にあるからである。それ故に異なる。それはそのことを人間の顔の如く有する。多くの場合自分の情愛を顔に映し出し、決して全人類の中で全く同じ顔は存在しない。真理そのものが善い顔の如く為し、真理の形から美しくある。しかし善が感動させる。このようなものが凡ての天使的な形のものである。またもし、人間に内的なものから主への愛と隣人への愛の中に生命(生活)があったなら人間もそのようなものであっただろう。人間は神の似姿と像に造られたので、そのような形に人間は創造された。またその霊に関して再生された者達は、身体に関してどのように見えるにせよそのような形である。それ故、内的な真理を通して承認される善によって何が意味されるか知られることが出来よう。

30-3923-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3923-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[2] Quod:こと、それ、そのこと、`Dan':ダン、sit:ある、affirmativum:肯定の、肯定的な、quod:こと、それ、そのこと、primum:第一の、最初の、erit:ある、(三人称単数未来)cum:その時、その場合、regeneratur:再生される、homo,:人間、constare:知られること、明らかであること、quoque:~もまた、同じく、同様に、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、aliis:他のもの、異なった、locis:くだり、箇所、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、ubi:そこで、その場所、Dan:ダン、nominatur;:呼ばれる、名付けられる、ut:~のように、例えば、ex:~から、~により、prophetia:預言、Jacobi:ヤコブ、tunc:その時、やがて、Israelis:イスラエル、de:~について、filiis:息子達、suis,:それ自身を、自分自身を、Dan:ダン、judicabit:裁く、判決を下す、(三人称単数未来)populum:人々、民、suum,:それ自身を、自分自身を、sicut:~の如く、~のように、una:1、tribuum:部族の、Israelis::イスラエル、erit:ある、(三人称単数未来)Dan:ダン、serpens:蛇、super:~の上で、~の上に、via,:道、道筋、aspis:くさり蛇、エジプトコブラ、super:~の上で、~の上に、semita,:小道、道、mordens:噛んでいる、calcaneos:踵、equi,:馬、騎兵、et:また、同時に、cadit:死ぬ、倒れる、(三人称単数未来)eques:騎手、騎兵、乗馬者、ejus:それの、彼の、retro;:後方へ、逆に、salutem:救い、救済の手段、Tuam:あなたを、exspecto:待つ、期待する、待ち望む、(一人称単数現在)Jehovah,:エホバよ、(呼格)Gen.:創世記、xlix 16-18; `Dan':ダン、hic:ここに、この場に、pro:~として、~のために、affirmativo:肯定の、肯定的な、veri,:真理、de:~について、quo:それから、そのことから、nempe:正確には、即ち、affirmativo:肯定の、肯定的な、dicitur:言われる、quod:こと、それ、そのこと、` erit:ある、(三人称単数未来)serpens:蛇、super:~の上で、~の上に、via,:道、道筋、et:また、そして、aspis:くさり蛇、エジプトコブラ、super:~の上で、~の上に、semita,':小道、道、cum:その時、その場合、ratiocinatur:論ずる、推論する、(dep)de:~について、vero:真理、ex:~から、~により、sensualibus;:感覚的な、感覚の、`mordens:噛んでいる、calcaneos:踵、equi,':馬、騎兵、cum:その時、その場合、infima:最低部、底、最下部、intellectualia:理解の、seu:即ち、或いは、scientifica:科学的な、事実に基づく、consulit,:尋ねる、諮る、慮る、et:また、そして、ex:~から、~により、illis:それらから、彼らから、concludit;:結論する、推論する、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、tunc:その時、やがて、abducatur:遠ざけられる、引き離される、a:~から、~により、vero,:真理、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、`cadat:死ぬ、倒れる、(三人称単数未来)eques:馬、騎兵、騎手、ejus:それの、彼の、retro,':後方へ、逆に、quare:それ故に、なぜ、dicitur:言われる、` salutem:救い、救済の手段、Tuam:あなたを、exspecto:待つ、期待する、待ち望む、(一人称単数現在)Jehovah';:エホバよ、(呼格)quod:こと、それ、そのこと、`serpens':蛇、sit:ある、qui:その者、ratiocinatur:論ずる、推論する、(dep)ex:~から、~により、sensualibus:感覚的な、感覚の、et:~と、および、scientificis:科学的な、事実に基づく、de:~について、arcanis:秘義、奥義、Divinis,:神的な、videatur:見られる、認められる、n.:番号、195-197; quod:こと、それ、そのこと、`via':道、et:また、そして、`semita':小道、道、sit:ある、verum,:真理、n.:番号、627, 2333; quod:こと、それ、そのこと、`calcanei:踵、equi':馬、騎兵、sint:ある、infima:最低部、底、最下部、intellectualia:理解の、seu:即ち、或いは、scientifica,:科学的な、事実に基づく、n.:番号、259; `equus':馬、騎兵、騎手、enim:なぜならば、~というのは、est:ある、intellectuale,:理解の、知的な、n.:番号、2761, 2762, cujus:それの、そのことの、infimum:最低部、底、最下部、est:ある、`calcaneus.':踵、
[3]In:~の中、~において、prophetia:預言、Mosis:モーセ、de:~について、duodecim:12、tribubus,:部族、
Ad:~に、~へ、Dan:ダン、dixit,:言った、Dan:ダン、catulus:動物の子、子犬、足かせの一種、leonis,:ライオン、獅子、exsilit:跳び出る、跳び上がる、起こる、生ずる、e:~から、~により、Bashane,:バシャン、(ヨルダン東部)Deut.:申命記、xxxiii 22; `leo':ライオン、獅子、in:~の中、~において、sensu interno:内意、Verbi:聖言、御言葉、significat:意味する、verum:真理、Ecclesiae,:教会、ex:~から、~により、fortitudine,:強いこと、力、verum:真理、enim:なぜならば、~というのは、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、pugnat:戦う、衝突する、et:また、そして、vincit,:勝利する、勝つ、inde:それ故、そこから、` catulus:動物の子、子犬、足かせの一種、leonis':ライオン、獅子、pro:~として、~のために、primo:第一の、最初の、veri,:真理、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、affirmatio:断言、主張、肯定、確認、et:~と、および、agnitio;:受諾、承認、` ex:~から、~により、Bashane':バシャン、(ヨルダン東部)dicitur:言われる、quia:なぜなら、ので、ex:~から、~により、bono:善、naturalis::自然的な、自然の、apud:~のもとに、~において、Jeremiam,:エレミヤ書、
Ablue:洗って清めよ、洗い落とせ、(命令形)a:~から、~により、malitia:悪意、悪徳、cor:心、tuum,:あなたの、Hierosolyma,:エルサレム、(呼格)propterea:このために、この理由で、それ故に、ut:~のために、こと、~するように、salveris,:救われる、救済される、(接続法二人称単数現在受動)quamdiu:何と長い間、facis:行なう、為す、(二人称単数現在)commorari:引き留めること、留まること、滞在すること、in:~の中、~において、medio:中間、中央、中心、真ん中、tui:あなたの、cogitationes:思考、iniquitatis:不正、咎、tuae;:あなたの、quia:なぜなら、ので、vox:言葉、言語、indicantis:知らせている、明らかにしている、e:~から、~により、Dane,:ダン、et:また、そして、audire:聞くこと、facientis:語っている、行なっている、iniquitatem:不正、咎、不法、e:~から、~により、monte:山、Ephraim,:エフライム、iv 14, 15; `e:~から、~により、Dane':ダン、pro:~として、~のために、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、affirmandum,:肯定されるべき、(未来受動分詞)`e:~から、~により、monte:山、Ephraim':エフライム、pro:~として、~のために、ex:~から、~により、affectione:情愛、ejus::それの、彼の、
[4] apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Exspecta:待て、待ち望め、(命令形)pacem,:平和、平安、et:また、しかるに、non:否、bonum,:善い、ad:~に、~へ、tempus:時、時間、期間、時期、時代、sanationis,:治癒、回復、et:また、しかるに、ecce:ほら、見よ、terror::恐れ、恐怖、a:~から、~により、Dane:ダン、auditus:聴覚、聞かれた、fremitus:どよめき、うなり、轟き、equorum:諸々の馬、諸々の騎兵、ejus,:それの、彼の、a:~から、~により、voce:声、言葉、hinnituum:いななき、いななくこと、fortium:より強力な、より頑丈な、ejus,:それの、彼の、contremuit:震えた、動揺した、ぐらついた、おののいた、恐れた、omnis:凡ての、全体の、terra,:地、地上、et:また、そして、venerunt:来た、行った、et:また、同時に、consumpserunt:滅ぼした、消滅させた、terram:地、地上、et:~と、および、plenitudinem:充満、全部、満ちていること、ejus,:それの、彼の、urbem:大きな町、都市、et:~と、および、habitantes:住んでいる、in:~の中、~において、ea;:それから、quia:なぜなら、ので、ecce:ほら、見よ、Ego:私は、mittens:差し向ける、書き送る、送る、in:~の中へ、~に、vos:あなた達を、serpentes:蛇、regulos,:毒蛇の一種、バジリスク(伝説上の爬虫類)quibus:それらに、そのことらに、non:否、incantatio,:魔法、魔術、まじない、et:また、そして、mordebunt:噛む、刺す、苦しめる、(三人称複数未来)vos,:あなた達を、viii 15, 16 [17]; `a:~から、~により、Dane:ダン、auditus:聴覚、聞かれた、fremitus:どよめき、うなり、轟き、equorum':諸々の馬、諸々の騎兵、pro:~として、~のために、ratiocinatione:推論、熟慮、de:~について、vero:真理、ex:~から、~により、non:否、`affirmativo,:肯定の、肯定的な、`terra:地、地上、quae:それらは、そのことらは、contremuit,:震えた、動揺した、ぐらついた、et:また、そして、cujus:それの、そのことの、plenitudinem:充満、全部、一杯、満ちていること、consumpserunt':滅ぼした、消滅させた、pro:~として、~のために、Ecclesia:教会、et:~と、および、omnibus:凡ての、全体の、Ecclesiae;:教会、qui:その者、enim:なぜならば、~というのは、de:~について、vero:真理、ex:~から、~により、non:否、affirmativo:肯定の、肯定的な、seu:即ち、或いは、ex:~から、~により、negativo:否定の、禁止の、ratiocinantur,:論じる、推論する、(dep)illi:彼らは、destruunt:損なう、滅ぼす、omnia:凡ての、全体の、fidei;:信仰、
[5] ` serpentes:蛇、reguli':毒蛇の一種、バジリスク(伝説上の爬虫類)pro:~として、~のために、ratiociniis,:誤った推論、誤った推理、ut:~のように、~として、supra::上に、上部に、apud:~のもとに、~において、Ezechielem,:エゼキエル書、
Dan:ダン、et:~と、および、Javan:ヤワン、adveniens:来ている、近づいている、in:~の中、~において、nundinis:市、市場、商売、売買、tuis:あなたの、dederunt:引き渡した、与えた、もたらした、dare:与えること、もたらすこと、ferrum:鉄、tersum,:磨かれた、casia:カシア(肉桂)et:~と、および、calamus:葦、菖蒲、in:~の中、~において、negotiatione:商売、取引、tua:あなたの、fuit,:あった、xxvii 19; ubi:そこで、その場所、de:~について、Tyro,:ツロ、テュラース、(フェニキアの都市)per:~を通して、~によって、quam:それを、significantur:意味される、cognitiones:知識、概念、veri:真理、et:~と、および、boni,:善、n.:番号、1201; `Dan':ダン、pro:~として、~のために、veris:諸々の真理、primis:第一の、最初の、quae:それは、そのことは、affirmantur,:主張される、肯定される、断言される、`nundinae:市、市場、商売、売買、et:~と、および、negotiationes':商売、取引、pro:~として、~のために、acquisitionibus:獲得、取得、増加、増大、` veri:真理、et:~と、および、boni',:善、n.:番号、2967; ` ferrum:鉄、tersum':磨かれた、pro:~として、~のために、vero:真理、naturali,:自然の、自然的な、quod:こと、それ、そのこと、primum:第一の、最初の、est,:ある、n.:番号、425, 426; ` casia:カシア(肉桂)et:~と、および、calamus':葦、菖蒲、pro:~として、~のために、simili,:同様な、等しい、sed:しかし、ex:~から、~により、quo:それから、そのことから、bonum::善、
[6] apud:~のもとに、~において、Amos,:アモス書、
In die illo:その日、deficient:卒倒する、気を失う、弱る、(三人称複数未来)virgines:乙女達、処女達、pulchrae:美しい、きれいな、et:~と、および、juvenes:若者達、in:~の中、~において、siti;:のどの渇き、旱魃、渇き、jurantes:誓っている、共謀している、in:~の中へ、~に対して、reatum:告発、罪、Samariae,:サマリア、(北パレスチナの都市と地域)et:また、そして、dixerunt,:言った、Vivit:生きる、Deus:神、tuus:あなたの、Dan,:ダンよ、(呼格)et:また、そして、vivit:生きる、via:道、Beershebae,:ベエルシバ、et:また、しかるに、cadent:落ちる、落下する、死ぬ、滅びる、(三人称複数未来)et:~と、および、non:否、resurgent:甦る、復活する、再び立ち上がる、(三人称複数未来)amplius,:この後、もはや、これ以上、viii [13], 14; `vivit:生きる、Deus:神、Dan:ダン、et:~と、および、vivit:生きる、via:道、Beershebae':ベエルシバ、pro:~として、~のために、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、negativo:否定の、禁止の、omnium:凡ての、全体の、quae:それらは、そのことらは、fidei:信仰、et:~と、および、ejus:それの、彼の、doctrinae:教え、教義、sunt;:ある、quod:こと、それ、そのこと、`via':道、sit:ある、verum,:真理、n.:番号、627, 2333; `Beersheba':ベエルシバ、doctrina:教え、教義、n.:番号、2723, 2858, 2859, 3466; quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、negativum:否定の、禁止の、omnium:凡ての、全体の、quae:それらは、そのことらは、fidei:信仰、sunt,:ある、est:ある、quia:なぜなら、ので、Dan:ダン、erat:あった、ultimus:最後、最外部、最低、terminus:辺境、端、縁、境界、terrae:地、地上、Canaanis,:カナン、et:また、そして、Beersheba:ベエルシバ、primus,:第一の、最初の、seu:即ち、或いは、medium:手段、媒介、中間、中央、中心、真ん中、{4} aut:即ち、或いは、intimum:最奥、最内部、terrae;:地、地上、per:~を通して、~によって、terram:地、地上、enim:なぜならば、~というのは、Canaanem:カナン、repraesentatum est:象徴された、表象された、et:~と、および、significatum:意味された、regnum:王国、Domini,:主、ita:このように、従って、Ecclesia,:教会、n.:番号、1607, 3038, 3481; proinde:従って、それ故に、omnia:凡ての、全体の、amoris:愛、et:~と、および、fidei,:信仰、nam:なぜなら、というのも、haec:これらは、sunt:ある、regni:王国、Domini:主、et:~と、および、Ecclesiae;:教会、inde:それ故、そこから、omnia:凡ての、全体の、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、terra:地、地上、Canaane:カナン、repraesentativa:表象の、象徴する、fuerunt:あった、secundum:~に従って、~に沿って、distantias,:隔たり、距離、situs,:位置、場所、terminos,:辺境、端、縁、境界、n.:番号、1585, 1866, 3686; 
[7]primus:第一の、最初の、terminus,:目標、辺境、端、縁、境界、境界の標識、国境、seu:即ち、或いは、medium:中間、中央、中心、真ん中、aut:即ち、或いは、intimum:最奥、最内部、terrae:地、地上、fuerat:あった、Beersheba,:ベエルシバ、antequam:~より前に、~より先に、Hierosolyma,:エルサレム、quia:なぜなら、ので、Abraham:アブラハム、ibi:そこに、そこで、fuit,:あった、tum:その上、更に、Jishak,:イサク、{5}at:しかし、だが聞き給え、ultimus:最後、最外部、最低、terminus:目標、辺境、端、縁、境界、seu:即ち、或いは、extimum:最外部の、最も遠い、最も外部の、{6}erat:あった、Dan,:ダン、inde:それ故、そこから、cum:~と一緒に、~と、omnia:凡ての、全体の、in uno complexu:一つの全体として、一つの統一体として、significarentur,:意味される、dicebatur:言われた、`a:~から、~により、Dane:ダン、usque ad:~に至るまで、Beershebam';:ベエルシバ、ut:~のように、例えば、in:~の中、~において、Libro:書、Secundo:第二の、二番目の、Samuelis,:サムエル、
Ad:~のために、~へ、transferendum:移すことへ、移し変えることへ、regnum:王国、a:~から、~により、domo:家、家屋、Shaulis,:サウル、et:また、そして、ad:~のために、~へ、erigendum:起すことへ、立てることへ、solium:王座、王位、Davidis:ダビデ、super:~の上に、~の上へ、Israelem:イスラエル、et:~と、および、super :~の上に、~の上へ、Jehudam,:ユダ、a:~から、~により、Dan:ダン、et:また、そして、usque ad:~に至るまで、Beershebam,:ベエルシバ、iii 10: in:~の中へ、~に、eodem,:同書、
Congregando:集まることで、(x)congregabitur:集められる、(三人称単数未来)universus:凡ての、全体の、Israel:イスラエル、a:~から、~により、Dan:ダン、usque:まで、~から~まで、Beershebam,:ベエルシバ、xvii 11: 'in:~の中へ、~に、eodem, :同書、
Dixit:言った、David:ダビデ、ad:~に、~へ、Joabum,:ヨアブ、...Pervagare:歩きまわれ、さまよえ、(命令形)omnes:凡ての、全体の、tribus:部族、Israelis:イスラエル、a:~から、~により、Dan:ダン、usque:まで、~から~まで、Beershebam,:ベエルシバ、xxiv 2, 15: in:~の中、~において、Libro:書、Primo:第一の、最初の、Regum,:列王記、
Habitavit:住んだ、Jehudah:ユダ、et:~と、および、Israel:イスラエル、in:~の中、~において、securitate,:安心、平静、安全、無事、quisque:各々の、誰でも、sub:~の下に、~の下で、vite:葡萄の木、葡萄のつる、sua,:それ自身から、et:また、そして、sub:~の下に、~の下で、ficu:いちじく、いちじくの木、sua,:それ自身から、a:~から、~により、Dane:ダン、et:~と、および、usque:まで、~から~まで、Beershebam,:ベエルシバ、v 5 [A. V.iv 25]; per:~を通して、~によって、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、sensu historico:歴史的な意味、intelliguntur:意味される、omnia:凡ての、全体の、terrae:地、地上、Canaanis,:カナン、sed:しかし、in:~の中、~において、sensu interno:内意、omnia:凡ての、全体の、regni:王国、Domini,:主、tum:その上、更に、omnia:凡ての、全体の、Ecclesiae;:教会、
[8]quod:こと、それ、そのこと、Dan:ダン、sit:ある、{7} primus:第一の、最初の、terminus,:目標、辺境、端、縁、境界、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、ultimus,:最後、最外部、最低、ut:~のように、例えば、supra:上に、上部に、dictum,:言われた、est:ある、quia:なぜなら、ので、affirmativum:肯定の、肯定的な、veri:真理、et:~と、および、boni:善、est:ある、omnium:凡ての、全体の、primum:先ず、初めて、最初に、cum:その時、その場合、incohat:始める、始まる、取りかかる、fides:信仰、et:~と、および、charitas:仁愛、apud:~のもとに、~において、hominem,:人間、et:また、そして、ultimum:最後、最外部、最低、cum:その時、その場合、homo:人間、in:~の中、~において、charitate:仁愛、et:~と、および、inde:それ故、そこから、in:~の中、~において、fide:信仰、est::ある、{8} inde:それ故、そこから、etiam:~もまた、更に、erat:あった、quod:こと、それ、そのこと、sors:くじ、くじ引き、ultima:最外部、最低、最後、caderet:~に当たった、pro:~に対して、~のために、Dane:ダン、cum:その時、その場合、hereditaretur:相続された、継承された、terra:地、地上、Canaan,:カナン、Jos.:ヨシュア記、xix 40 seq;:次の、後に続く、nam:なぜなら、というのも、jacta:発せられた、fuit:あった、sors:くじ、くじ引き、coram:~の面前で、目の前で、Jehovah,:エホバ、Jos.:ヨシュア記、xviii 6; 
[9] inde:それ故、そこから、contigit:生じる、掴む、振りかける、secundum:~に従って、~に沿って、repraesentationem:象徴、表象、cujusvis:各々の、誰でも、tribus;:部族、et:また、そして、quia:なぜなら、ので、Dani:ダン、non:否、cecidit:~に当たった、sors:くじ、くじ引き、inter:~の中に、~の間で、~の間に、hereditates:遺伝、相続、嗣業、reliquarum:残りの、他の、tribuum,:部族の、sed:しかし、ultra:向こう側に、もっと遠くに、terminos:目標、辺境、端、縁、境界、illarum,:それらの、Jud.:士師記、xviii 1, etiam:~もまた、更に、praetermissa est:省略された、述べずにおかれた、illa:それは、tribus:部族、apud:~のもとに、~において、Johannem:ヨハネ、in:~の中、~において、Apoc.:黙示録、vii 5-8, ubi:そこで、その場所、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、duodecim:12、millibus:数千、obsignatis;:封印された、銘記された、qui:その者達、enim:なぜならば、~というのは、in:~の中、~において、solo:だけ、のみ、affirmativo:肯定の、肯定的な、veri:真理、et:~と、および、quoque:~もまた、同じく、同様に、boni:善、sunt,:ある、nec:否、ulterius:もっと先に、更に進んで、vadunt,:行く、進む、non:否、sunt:ある、in:~の中、~において、regno:王国、Domini,:主、{9}hoc est,:即ち、inter:~の中に、~の間で、~の間に、obsignatos;:封印された、銘記された、scire:知ること、vera:諸々の真理、et:~と、および、bona,:諸々の善、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、affirmare:主張すること、断言すること、肯定すること、illa,:それらを、possunt:出来る、可能である、quoque:~もまた、同じく、同様に、pessimi,:最も悪い、最も酷い、最も邪悪な、sed:しかし、ex:~から、~により、vita:生命、生活、cognoscitur:知られる、認められる、qualis:どのような、どんな種類の、affirmatio:断言、主張、肯定、確認、est.:ある、
[10]Memoratur:述べられる、記録される、etiam:~もまた、更に、Dan,:ダン、ut:~のように、として、terminus,:目標、辺境、端、縁、境界、Gen.:創世記、xiv 14, ubi:そこで、その場所、de:~について、Abrahamo,:アブラハム、quod:こと、それ、そのこと、persecutus:追跡した、追撃した、hostes:異国人達、異邦人達、敵達、敵対者達、usque:ずっと、まで、~から~まで、illuc,:そこへ、その場所へ、et:また、そして、per:~を通して、~によって、Dan:ダン、ibi:そこに、そこで、simile:同様な、等しい、significatur;:意味される、urbs:大きな町、都市、Dan:ダン、dicta,:言われた、non:否、quidem:確かに、無論、実に、tunc:その時、やがて、exstructa:造られた、建てられた、fuit:あった、a:~から、~により、Danis:ダン、posteris,:子孫、末裔、sed:しかし、postea,:その後、次に、続いて、後に、将来、Jos.:ヨシュア記、xix 47; Jud.:士師記、xviii 29; sed:しかし、ita:次のように、従って、etiam:~もまた、更に、tunc:その時、やがて、temporis:時、瞬間、時間、時期、時代、vocabatur:呼ばれた、primus:第一の、最初の、terminus:目標、辺境、端、縁、境界、respective:関係して、関して、ad:~に、~へ、introitum:入ること、侵入、in:~の中へ、~に、terram:地、地上、Canaanem,:カナン、seu:即ち、或いは、ultimus:最後、最外部、最低、respective:関係して、関して、ad:~に、~へ、exitum,:出口、出て行くこと、終わり、ac:また、なお加えて、intimum:最奥、最内部、ejus:それの、彼の、Hebron,:へブロン、et:また、そして、dein:次いで、その後、その後は、Beersheba,:ベエルシバ、ubi:そこで、その場所、Abraham:アブラハム、et:~と、および、Jishak.:イサク、

[2]人間が再生される時、最初の肯定的なものである「ダン」があらねばならないことは、ダンが言われている聖言の中の他の箇所からもまた知られることが出来よう。例えば、その時、イスラエルであったヤコブのその息子達についての預言から知られよう。
「ダンはイスラエルの部族の一つの如くその民を裁くであろう。ダンは道の上の蛇、小道の上のくさり蛇、(それが)馬のかかとを噛むと、同時にその騎手は後ろへ倒れるであろう。エホバよ、私はあなたの救いを待ちます。」創世記、49. 16-18、ここの「ダン」は真理の肯定的なものとして(記述されている)。即ちその肯定的なものについて、感覚的なものから真理について推論する時、「道の上の蛇、小道の上のくさり蛇」と言われ、理解の最下部、或いは科学的な(事実に基づく)ものに尋ね、またそれらから推論する時、「馬の踵を噛む」と言われ、またその時、真理から引き離されることが「その騎手は後ろへ倒れるであろう」によって意味されている。それ故に、「エホバよ、私はあなたの救いを待ちます」と言われている。「蛇」は感覚的なものと科学的な(事実に基づく)ものから神的な秘義を推論する者であることは、195-197番に認められよう。「道」と「小道」が真理であることは627, 2333番(に示された)。「馬の踵」が理解、或いは科学的な(事実に基づく)ものの最下部のものであることは259番(に示された)。というのは、「馬」は知的なものであるからであり、2761, 2762番(を参照)、その最下部が「踵」であるからである。
[3]十二部族についてのモーセの預言の中で、
「彼はダンに言った。ダンはライオンの子、バシャンから飛び出る。」申命記、33.22、聖言の内意において「ライオン」は強いことから教会の真理を意味する。というのは、真理は戦い、また勝つからである。それ故、「ライオンの子」は肯定と承認である真理の最初のもととして(記述されている)。自然的な善からなので「バシャンから」と言われている。エレミヤ書において、
「エルサレムよ、あなたが救われることのためにあなたの心を悪意から洗って清めよ、何と長い間あなたの咎の思考があなたの真ん中で留まることを為すのか、なぜなら、ダンから言葉が知らせているからであり、またエフライムの山から不法を語っているからである。」4.14, 15、ここで「ダンから」は肯定されなければならない真理として、「エフライムの山で」はその情愛からとして(記述されている)。
[4]同書において、
「平安を待ち望め、しかるに善いものはない。癒しの時のために待ち望め、しかるに見よ、恐怖がある。ダンからその馬のどよめきが聞かれた。その強力ないななきの声により凡ての地が震えた。そしてそれらが来て、同時に地とそこに満ちている大きな町とその中に住んでいる者達を滅ぼした。なぜなら見よ、私があなた達の中に蛇を毒蛇を送るからであり、それらに魔術は効かないからである。そしてそれらがあなた達を噛むであろうからである。」8. 15, 16,17、ここで「ダンから馬のどよめきが聞かれた」は、非肯定的な者による真理についての推論として、「震えた地」、また「そこに満ちているものを滅ぼすこと」は、教会と教会の凡てのものを滅ぼすこととして(記述されている)。というのは、非肯定的な者による、或いは否定の者による真理についての推論は信仰の凡てのものを滅ぼすからである。上に示されたように、「蛇と毒蛇」は誤った推論として(記述されている)。
[5]エゼキエル書において、
「ダンとヤワンはあなたの市場に来て磨かれた鉄、肉桂、および葦をあなたの取引の中で与えることをもたらした。」27.19、ここでは「ツロ」について(記述されている)。それによって真理と善の概念(知識)が意味される。1201番(を参照)、「ダン」は最初の肯定として、「市場と商売」は真理と善の獲得として、「磨かれた鉄」は最初のものである自然的な真理として、「肉桂と葦」も同様であるが、しかしそれから善(が生じる自然的な真理である)。
[6]アモス書において、
「その日、美しい乙女達も若者達も渇きで弱るであろう。サマリアの罪に対して共謀している者達が、またダンよ、あなたの神は生き、またベエルシバの道は生きると言っても、しかるに彼らは死んで、しかもその後、甦らないであろう。」8. 13, 14、ここで「ダンよ、あなたの神は生き、またベエルシバの道は生きる」は、信仰とその教義のものの凡ての否定の中に居ることとして(記述されている)。「道」が真理であることは627, 2333番(を参照)、「ベエルシバ」が教義であることは2723, 2858, 2859, 3466番(を参照)、それ(その教義)は信仰の凡てのものの否定である。なぜなら、ダンはカナンの地の最外部の境界であったからであり、またベエルシバは(その地の)最初、或いは真ん中、即ち(その)地の最内部であったからである。というのは、カナンの地によって主の王国、従って教会が表象され、また意味されたからである。1607, 3038, 3481番(を参照)、それ故に、愛と信仰の凡てのものが意味されたからである。なぜなら、それらは主の王国と教会のものであるからである。そこからカナンの地の凡てのものは隔たり、場所、境界に従って表象のものがあった。1585, 1866, 3686番(を参照)、
[7]エルサレムの前にベエルシバは地の最初の境界、或いは真ん中、即ち最内部であった。なぜなら、アブラハム、更にイサクがそこに居たからである。だが聞き給え、ダンは最後の境界、或いは最外部であった。それ故、それらは凡てのものと一緒に一つの統一体として意味され、「ダンからベエルシバに至るまで」と言われた。サムエルⅡ、の書において、
「サウルの家から王国を移し変えるために、またダビデの王座をイスラエルとユダの上に、ダンから、またベエルシバまで立てるために、」3.10、同書において、
「ダンからベエルシバまで、全イスラエルが集まることで集められなければならない。」17.11、同書において、
「ダビデはヨアブに言った。ダンからベエルシバまで、イスラエルの全部族(の間)を歩け、」24.2,15、列王記Ⅱ、の書において、
「ユダとイスラエルは誰でもダンからベエルシバに至るまで安心して自分の葡萄の木の下、また自分のいちじくの木の下で住んだ。」4.25、それらの歴史的な意味によってカナンの地の凡てのものが意味されているが、しかし内意において主の王国の凡てのもの、更に教会の凡てのものが意味されている。
[8]上に言われたように、ダンは最初の境界であり、最後の境界でもまたある。なぜなら、人間の許に信仰と仁愛が始まる時、真理と善の肯定的なものが凡てのものの最初にあるからであり、また人間が仁愛とそこからの信仰の中に居る時、(真理と善の肯定的なものが凡てのものの)最後にあるからである。それ故、カナンの地が相続された時、最後のくじがダンに当たった。ヨシュア記、19.40、続き、なぜなら、くじはエホバの前で発せられた(引かれた)からであり、ヨシュア記、18.6、そこから各々の部族の表象に従って振り分けたからである。
[9]またダンのくじは他の部族の間に当たらなかったので、しかしそれらの境界の向こう側に当たったので、士師記、18.1、(を参照)、ヨハネの書の黙示録、7.5-8、において封印された一万二千人について述べられている箇所から除外された。というのは、真理の肯定的なものと同じく善の肯定的なものだけの中に居る者達は、更に進んで行かず主の王国の中に居ないからである。即ち封印された者達の間に居ないからである。真理と善を知ること、また同様にそれらを肯定することは最も悪い者達もまた出来るが、しかし生命(生活)から肯定がどのようなものであるか知られる。
[10]ダンは境界としてもまた述べられている。創世記、14.14、そこでアブラハムについて、そこ(ダン)まで敵達を追撃したことが述べられている。そこのダンによって同様に意味される。大きな町ダンと言われているが、確かにその時、ダンの子孫達により建てられていなかったが、しかしその後、建てられた。ヨシュア記、19.47、士師記、18.29、しかしその当時、カナンの地に入ることに関して最初の境界と言われ、出て行くことに関して最後の境界と言われた。またその最内部はヘブロンであり、その後はベエルシバであった。そこにアブラハムとイサクが居た。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-13-3958~

30-13-3958

29-3797~3802意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3797~3802意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3797.「また自分の母の兄ラバンの羊の群れを見た時」が、教会とそこからの教義を意味することは、「羊の群れ」の意味が教会と教義であることから知られよう。そのことについては3767, 3768, 3783番に示された。ここでもまた「自分の母の兄ラバン」が言われている。なぜなら、それによって直ぐ上に言われたようにその起源からの承認が意味されるからである。

3798.「同時に、ヤコブは近付き、そして井戸の口の上から石を転がし落した」は、主が内的なものに関して自然的な善から聖言を明らかにしたことを意味することは、「ヤコブ」の表象が主の神的な自然的なものであることから知られよう。そのことについては前に示された。ここではそこの善に関して言われている。また「井戸の口の上から石を転がし落とすこと」の意味が、内的なものに関して聖言を明らかにすることであることから知られよう。そのことについては3769, 3771, 3773, 3789番に示された。
ここの最高の意味は主が自然的な善により内的なものに関して聖言を明らかにされたことである。なぜなら、ここの「ヤコブ」によって自然的なものの中の善が表象されるからである。というのは、「ヤコブ」が善の表象をまとったからである。なぜなら、今や「ラケル」が表象する情愛によってヤコブに真理が接合されなければならないからである。そのことは直ぐ上の3775, 3793番に認められよう。善によりその内的なものに関して聖言が明らかにされることは3773番を参照、
[2]善により聖言が明らかにされることは明瞭に明らかである。誰でも愛によりその愛の中に居り、その愛のものがそれらを認める。そしてその愛が認めるものを真理と呼ぶ。なぜなら、その愛に適合するからである。誰でも愛の中に彼の生命の光がある。というのは、愛は炎の如くそれ自身を有するからであり、炎から光があるからである。またそのように、愛、或いは炎があるままに、そのように彼に真理の光があるからである。善い愛の中に居る者達はその愛のものを認めることが出来、従って、聖言の中の真理を認めることが出来る。またそれは彼らが善い愛の中に居る範囲で、またどのように善い愛の中に居るかによって認める。というのは、その時、天界から、即ち主から天界を通して光、或いは知性が流入するからである。それ故、前に言われた如く生命(生活)に関して善の中に居る者以外、誰も聖言の内的なものを認めることも承認することも出来ない。

3799.「また自分の母の兄ラバンの羊の群れに飲ませた」が、教えることを意味することは、「羊の群れに飲ませること」の意味が教えることであることから知られよう。そのことについては3772番に示された。
ここで第三の「自分の母の兄」ラバンが言われている。なぜなら、起源が明らかにされるためであり、その起源から羊の群れとラケル、即ち教義と内的な真理への情愛があるからである。

3800.「そして、ヤコブはラケルに接吻した」が、内的な真理への愛を意味することは、「接吻すること」の意味が情愛による結合と連結であることから知られよう。そのことについては3573, 3574番に示された。従って愛であることから知られよう。なぜなら、本質的に見られた愛は情愛による結合と連結であるからである。また「ラケル」の表象が内的な真理への情愛であることから知られよう。そのことについては3793番に示された。それ故、「ヤコブはラケルに接吻した」によって内的な真理への情愛が意味されることが明らかである。

3801.「また自分の声を上げ、同時に泣いた」が、愛の情熱を意味することは声を上げることと泣くことの意味が愛の情熱であることから知られよう。というのは、泣くことは悲しみと愛のものであるからであり、また両方とも最高の段階のものであるからである。

3802.十二~十三節、「そして、ヤコブはラケルに知らせた。彼が彼女の父の兄弟(親類)であること、また彼がリベカの息子であることを、そして彼女は急いで、また自分の父に知らせた。
そして、それがあった。ラバンが自分の妹の息子ヤコブのことを聞くに応じて、同時に、彼に会いに走った。そして彼を抱きしめ、また彼に接吻した。そして彼を自分の家に連れて来た。また彼はラバンにそれらの凡ての言葉を話した。
「ヤコブはラケルに知らせた。彼が彼女の父の兄弟(親類)であること」は、ヤコブである善とラバンである善の類似を意味し、「また彼がリベカの息子であることを」は、類似、連結を意味し、「そして彼女は急いで、また自分の父に知らせた」は、内的な真理を通した承認を意味し、「そして、それがあった。ラバンが自分の妹の息子ヤコブのことを聞くに応じて」は、傍系の善の承認を意味し、「同時に、彼に会いに走った」は、適合を意味し、「そして彼を抱きしめた」は、情愛を意味し、「また彼に接吻した」は、導入を意味し、「そして彼を自分の家に連れて来た」は、連結のためにを意味し、「また彼はラバンにそれらの凡ての言葉を話した」は、真理からを意味する。

30-3923-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3923-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3923. `Propterea vocavit nomen ejus Dan': quod significet quale
ejus, constat a significatione `nominis' et `vocare nomen' quod sit
quale, de qua n. 144, 145, 1754, 1896, 2009, 2724, 3421; ipsum
quale est in nomine Danis, dictus enim est a judicare, sed nomen ei
tametsi a judicare inditum est, usque involvit illa quae
significantur per omnia {1}haec Rachelis verba, `Judicavit me Deus,
et etiam audivit vocem meam,' hoc est, bonum vitae, et sanctum
fidei, tum in supremo sensu justitiam et misericordiam Domini;
commune illud Ecclesiae est quod significatur per Danem, et quod
repraesentatur per tribum a Dane nominatam: hoc commune est primum
quod affirmandum seu agnoscendum est antequam homo potest
regenerari seu fieri Ecclesia; nisi illa affirmantur et
agnoscuntur, reliqua quae fidei et quae vitae sunt, nequaquam
recipi possunt, proinde nec affirmari, minus agnosci; qui enim
solum affirmat apud se fidem, et non sanctum fidei, hoc est,
charitatem, nam haec est sanctum fidei, et si non affirmat hoc per
bonum vitae, hoc est, per charitatis opera, is non potest sapere
essentiam fidei amplius, nam rejicit illam; affirmatio tum agnitio
est primum commune apud hominem qui regeneratur, sed est ultimum
apud hominem qui regeneratus est, quare `Dan' est primum apud
regenerandum, ac `Joseph' est ultimum, est enim `Joseph' ipse
spiritualis homo, at `Joseph' est primum apud regeneratum, et `Dan'
est ultimum, quia regenerandus incohat ab affirmatione quod sit,
nempe sanctum fidei et bonum vitae, at regeneratus qui est
spiritualis, est in ipso bono spirituali, et inde spectat ut
ultimum quod sit, nam confirmata apud illum sunt sancta fidei et
bona vitae. [2] Quod `Dan' sit affirmativum quod primum erit cum
regeneratur homo, constare quoque potest ab aliis locis in Verbo
ubi Dan nominatur; ut ex prophetia Jacobi tunc Israelis de filiis
suis,
Dan judicabit populum suum, sicut una tribuum Israelis: erit
Dan serpens super via, aspis super semita, mordens calcaneos
equi, et cadit eques ejus retro; salutem Tuam exspecto
Jehovah, Gen. xlix 16-18;
`Dan' hic pro affirmativo veri, de quo nempe affirmativo dicitur
quod `erit serpens super via, et aspis super semita,' cum
ratiocinatur de vero ex sensualibus; `mordens calcaneos equi,' cum
infima intellectualia seu scientifica consulit, et ex illis
concludit; et quod tunc abducatur a vero, significatur per quod
`cadat eques ejus retro,' quare dicitur `salutem Tuam exspecto
Jehovah'; quod `serpens' sit qui ratiocinatur ex sensualibus et
scientificis de arcanis Divinis, videatur n. 195-197; quod `via' et
`semita' sit verum, n. 627, 2333; quod `calcanei equi' sint infima
intellectualia seu scientifica, n. 259; `equus' enim est
intellectuale, n. 2761, 2762, cujus infimum est `calcaneus.' [3]
In prophetia Mosis de duodecim tribubus,
Ad Dan dixit, Dan catulus leonis, exsilit e Bashane, Deut.
xxxiii 22;
`leo' in sensu interno Verbi significat verum Ecclesiae, ex
fortitudine, verum enim est quod pugnat et vincit, inde `catulus
leonis' pro primo veri, quod est affirmatio et agnitio; `ex
Bashane' dicitur quia ex bono naturalis: apud Jeremiam,
Ablue a malitia cor tuum, Hierosolyma, propterea ut salveris,
quamdiu facis commorari in medio tui cogitationes iniquitatis
tuae; quia vox indicantis e Dane, et audire facientis
iniquitatem e monte Ephraim, iv 14, 15;
`e Dane' pro vero quod affirmandum, `e monte Ephraim' pro ex
affectione ejus: [4] apud eundem,
Exspecta pacem, et non bonum, ad tempus sanationis, et ecce
terror: a Dane auditus fremitus equorum ejus, a voce hinnituum
fortium ejus, contremuit omnis terra, et venerunt et
consumpserunt terram et plenitudinem ejus, urbem et habitantes
in ea; quia ecce Ego mittens in vos serpentes regulos, quibus
non incantatio, et mordebunt vos, viii 15, 16 [17];
`a Dane auditus fremitus equorum' pro ratiocinatione de vero ex non
`affirmativo, `terra quae contremuit, et cujus plenitudinem
consumpserunt' pro Ecclesia et omnibus Ecclesiae; qui enim de vero
ex non affirmativo seu ex negativo ratiocinantur, illi destruunt
omnia fidei; [5] `serpentes reguli' pro ratiociniis, ut supra: apud
Ezechielem,
Dan et Javan adveniens in nundinis tuis dederunt ferrum
tersum, casia et calamus in negotiatione tua fuit, xxvii 19;
ubi de Tyro, per quam significantur cognitiones veri et boni, n.
1201; `Dan' pro veris primis quae affirmantur, `nundinae et
negotiationes' pro acquisitionibus `veri et boni', n. 2967; `ferrum
tersum' pro vero naturali, quod primum est, n. 425, 426; `casia et
calamus' pro simili, sed ex quo bonum: [6] apud Amos,
In die illo deficient virgines pulchrae et juvenes in siti;
jurantes in reatum Samariae, et dixerunt, Vivit Deus tuus Dan,
et vivit via Beershebae, et cadent et non resurgent amplius,
viii [13], 14;
`vivit Deus Dan et vivit via Beershebae' pro quod in negativo
omnium quae fidei et ejus doctrinae sunt; quod `via' sit verum, n.
627, 2333; `Beersheba' doctrina n. 2723, 2858, 2859, 3466; quod sit
negativum omnium quae fidei sunt, est quia Dan erat ultimus
terminus terrae Canaanis, et Beersheba primus, seu medium {4}aut
intimum terrae; per terram enim Canaanem repraesentatum est et
significatum regnum Domini, ita Ecclesia, n. 1607, 3038, 3481;
proinde omnia amoris et fidei, nam haec sunt regni Domini et
Ecclesiae; inde omnia quae in terra Canaane repraesentativa fuerunt
secundum distantias, situs, terminos, n. 1585, 1866, 3686; [7]
primus terminus, seu medium aut intimum terrae fuerat Beersheba,
antequam Hierosolyma, quia Abraham ibi fuit, tum Jishak, {5}at
ultimus terminus seu extimum {6}erat Dan, inde cum omnia in uno
complexu significarentur, dicebatur `a Dane usque ad Beershebam';
ut in Libro Secundo Samuelis,
Ad transferendum regnum a domo Shaulis, et ad erigendum solium
Davidis super Israelem et super Jehudam, a Dane et usque ad
Beershebam, iii 10:
in eodem,
Congregando (x)congregabitur universus Israel a Dane usque
Beershebam, xvii 11:
in eodem,
Dixit David ad Joabum,... Pervagare omnes tribus Israelis a
Dane usque Beershebam, xxiv 2, 15:
in Libro Primo Regum,
Habitavit Jehudah et Israel in securitate, quisque sub vite
sua, et sub ficu sua, a Dane et usque Beershebam, v 5 [A. V.
iv 25];
per quae in sensu historico intelliguntur omnia terrae Canaanis,
sed in sensu interno omnia regni Domini, tum omnia Ecclesiae; [8]
quod Dan sit {7}primus terminus, et quoque quod sit ultimus, ut
supra dictum, est quia affirmativum veri et boni est omnium primum
cum incohat fides et charitas apud hominem, et ultimum cum homo in
charitate et inde in fide est: {8}inde etiam erat quod sors ultima
caderet pro Dane cum hereditaretur terra Canaan, Jos. xix 40 seq;
nam jacta fuit sors coram Jehovah, Jos. xviii 6; [9] inde contigit
secundum repraesentationem cujusvis tribus; et quia Dani non
cecidit sors inter hereditates reliquarum tribuum, sed ultra
terminos illarum, Jud. xviii 1, etiam praetermissa est illa tribus
apud Johannem in Apoc. vii 5-8, ubi agitur de duodecim millibus
obsignatis; qui enim in solo affirmativo veri et quoque boni sunt,
nec ulterius vadunt, non sunt in regno Domini, {9}hoc est, inter
obsignatos; scire vera et bona, et quoque affirmare illa, possunt
quoque pessimi, sed ex vita cognoscitur qualis affirmatio est. [10]
Memoratur etiam Dan, ut terminus, Gen. xiv 14, ubi de Abrahamo,
quod persecutus hostes usque illuc, et per Dan ibi simile
significatur; urbs Dan dicta, non quidem tunc exstructa fuit a
Danis posteris, sed postea, Jos. xix 47; Jud. xviii 29; sed ita
etiam tunc temporis vocabatur primus terminus respective ad
introitum in terram Canaanem, seu ultimus respective ad exitum, ac
intimum ejus Hebron, et dein Beersheba, ubi Abraham et Jishak.

3923. `Propterea:それ故に、その結果として、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Dan'::ダン、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quale:質、性質、ejus,:それの、彼の、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`nominis':名前、名称、et:また、そして、`vocare:呼ぶこと、nomen':名前、名称、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、quale,:質、性質、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、144, 145, 1754, 1896, 2009, 2724, 3421; ipsum:そのもの、それ自身、quale:質、性質、est:ある、in:~の中、~において、nomine:名前、名称、Danis,:ダン、dictus enim:なぜならば、~というのは、est:言われた、a:~から、~により、judicare,:考慮すること、裁くこと、sed:しかし、nomen:名前、名称、ei:彼に、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、a:~から、~により、judicare:考慮すること、裁くこと、inditum est,:入れられた、与えられた、配置された、usque:それでもなお、やはり、involvit:包んだ、含んだ、包む、含む、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、omnia:凡ての、全体の、{1}haec:これらは、Rachelis:ラケル、verba,:言葉、語、` Judicavit:考慮した、思った、me:私を、Deus,:神、et:また、そして、etiam:~もまた、更に、audivit:聞いた、vocem:声、言葉、meam,':私の、hoc est,:即ち、bonum:善、vitae,:生命、et:また、そして、sanctum:神聖な、聖なる、fidei,:信仰、tum:その上、更に、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、justitiam:正義、公正、et:~と、および、misericordiam:慈悲、憐れみ、Domini;:主、commune:一般の、全般的に、共通の、普通に、illud:それは、Ecclesiae:教会、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、Danem,:ダン、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、repraesentatur:象徴される、表象される、per:~を通して、~によって、tribum:部族、a:~から、~により、Dane:ダン、nominatam::呼ばれた、名付けられた、hoc:これは、commune:一般の、全般的に、共通の、普通に、est:ある、primum:第一の、最初の、quod:こと、それ、そのこと、affirmandum:肯定されるべき、(未来受動分詞)seu:即ち、或いは、agnoscendum:認められるべき、承認されるべき、(未来受動分詞)est:ある、antequam:~より前に、~より先に、homo:人間、potest:出来る、可能である、regenerari:再生されること、seu:即ち、或いは、fieri:為されること、行われること、Ecclesia;:教会、nisi:~以外、もし~でなければ、illa:それらは、affirmantur:主張される、肯定される、断言される、et:また、そして、agnoscuntur,:認められる、承認される、reliqua:残りの、他の、quae:それらは、そのことらは、fidei:信仰、et:~と、および、quae:それらは、そのことらは、vitae:生命、sunt,:ある、nequaquam:決して~でない、recipi:受け入れられること、possunt,:出来る、可能である、proinde:従って、それ故に、nec:否、affirmari,:主張されること、肯定されること、断言されること、minus:なお更、まして、agnosci;:認められること、承認されること、qui:その者、enim:なぜならば、~というのは、solum:だけ、のみ、affirmat:主張する、肯定する、断言する、apud:~のもとに、~において、se:自分自身を、fidem,:信仰、et:また、そして、non:否、sanctum:神聖な、聖なる、fidei,:信仰、hoc est,:即ち、charitatem,:仁愛、nam:なぜなら、というのも、haec:これは、est:ある、sanctum:神聖な、聖なる、fidei,:信仰、et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、non:否、affirmat:主張する、肯定する、断言する、hoc:これは、per:~を通して、~によって、bonum:善、vitae,:生命、hoc est,:即ち、per:~を通して、~によって、charitatis:仁愛、opera,:努力、仕事、働き、行い、is:それは、彼は、non:否、potest:出来る、可能である、sapere:分別があること、賢明であること、判断力があること、essentiam:本質、fidei:信仰、amplius,:この後、もはや、これ以上、以後、nam:なぜなら、というのも、rejicit:はねつける、投げ捨てる、延期する、illam;:それを、affirmatio:断言、主張、肯定、確認、tum:その上、更に、agnitio:受諾、承認、est:ある、primum:第一の、最初の、commune:一般の、全般的に、共通の、普通に、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、qui:その者達、regeneratur,:再生される、sed:しかし、est:ある、ultimum:最後、最外部、最低、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、qui:その者達、regeneratus est,:再生された、quare:それ故に、なぜ、`Dan':ダン、est:ある、primum:第一の、最初の、apud:~のもとに、~において、regenerandum,:再生されるべき、(未来受動分詞)ac:また、なお加えて、`Joseph':ヨセフ、est:ある、ultimum,:最後、最外部、最低、est:ある、enim:なぜならば、~というのは、`Joseph':ヨセフ、ipse:そのもの、それ自身、spiritualis:霊的な、homo,:人間、at:しかし、だが聞き給え、`Joseph':ヨセフ、est:ある、primum:第一の、最初の、apud:~のもとに、~において、regeneratum,:再生された、et:また、そして、`Dan':ダン、est:ある、ultimum,:最後、最外部、最低、quia:なぜなら、ので、regenerandus:再生されるべき、(未来受動分詞)incohat:始める、始まる、取りかかる、ab:~から、~により、affirmatione:断言、主張、肯定、確認、quod:こと、それ、そのこと、sit,:ある、nempe:正確には、即ち、sanctum:神聖な、聖なる、fidei:信仰、et:~と、および、bonum:善、vitae,:生命、at:しかし、だが聞き給え、regeneratus:再生された、qui:その者、est:ある、spiritualis,:霊的な、est:ある、in:~の中、~において、ipso:そのもの、それ自身、bono:善、spirituali,:霊的な、et:また、そして、inde:それ故、そこから、spectat:見る、考慮する、ut:~のように、~として、ultimum:最後、最外部、最低、quod:こと、それ、そのこと、sit,:ある、nam:なぜなら、というのも、confirmata:確信された、確認された、説明された、apud:~のもとに、~において、illum:それを、彼を、sunt:ある、sancta:神聖な、聖なる、fidei:信仰、et:~と、および、bona:諸々の善、vitae.

3923.「それ故に、その(息子の)名をダンと呼んだ」が、その性質を意味することは「名前」の意味、また「名を呼ぶこと」の意味が性質であることから知られよう。そのことについては144, 145, 1754, 1896, 2009, 2724, 3421番(に示された)。ダンの名前の中に性質そのものがある。というのは、考慮することから言われたからである。しかし考慮することから彼に名前が与えられたにしても、それでもなお、ラケルの「神が私を考慮され、また私の声もまた聞かれた」の凡ての言葉によって意味されること、即ち生命の善、また信仰の神聖なもの、更に最高の意味において主の正義と慈悲を含む。ダンによって意味されること、またダンにより名付けられた部族によって意味されることは教会の全般的なものである。その最初の全般的なものは人間が再生されることが出来る前、或いは人間が教会に為される前に肯定されなければならないもの、或いは承認されなければならないものである。もしそれらが肯定され、また承認されるのでなければ他の信仰のものと生命のものは、決して受け入れられることが出来ないのであり、それ故、肯定されることはなく、まして承認されることもない。というのは、自分自身の許の信仰のみを肯定し、また信仰の神聖なもの、即ち信仰の神聖なものである仁愛を肯定しない者、またそれを生命(生活)の善によって肯定しない者、即ち仁愛の働きによって肯定しない者は、それ以上信仰の本質に賢明であることが出来ないからである。なぜなら、それをはね付けるからであり、更に肯定、承認は再生される人間の許の最初の全般的なものであるが、しかし再生された人間の許では最後の全般的なものであるからである。それ故に、「ダン」は再生されるべき(人間の)許の最初の全般的なものであり、また「ヨセフ」は最後の全般的なものである。というのは、「ヨセフ」は霊的な人間そのものであるからである。だが聞き給え、「ヨセフ」は再生された(人間の)許の最初の(全般的なものであり)、また「ダン」は最後の全般的なものである。なぜなら、再生されるべき(人間は)信仰の神聖なものと生命(生活)の善の肯定から始めるからであり、霊的な(人間である)再生された(人間は)霊的な善そのものの中に居るからである。またそれ故、彼(再生された人間)はそれがあることを最後のものとして見るからである。なぜなら、彼(再生された人間)の許の信仰の神聖なものと生命(生活)の善は確認されたものであるからである。

30-3921~3922原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3921~3922原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3921. `Dixit Rachel, Judicavit me Deus, et etiam audivit vocem
meam' quod significet in supremo sensu justitiam et misericordiam,
in interno sanctum fidei, in externo bonum vitae, constat ex
significatione `judicare me Deus,' et ex significatione `audire
vocem meam'; quod `judicare me Deus' {1}sit justitia Domini,
constare potest absque explicatione, et quod `audire vocem meam'
sit misericordia, pariter; Dominus enim omnes judicat ex justitia,
et {2}omnes audit ex misericordia; judicat ex justitia quia ex
Divino Vero, et audit ex misericordia quia ex Divino Bono, ex
justitia illos qui non recipiunt Divinum Bonum, et ex misericordia
illos qui recipiunt, at usque dum ex justitia, etiam simul ex
misericordia; in omni enim Divina justitia est misericordia, sicut
in Divino Vero est Divinum Bonum; sed haec quia arcaniora sunt quam
ut paucis possint dici, alibi, ex Divina Domini Misericordia,
plenius exponentur; [2] quod `judicavit me Deus, et etiam audivit
vocem meam' in sensu interno sint sanctum fidei, est quia fides
quae {3}praedicatur de vero, correspondet justitiae Divinae, et
sanctum quod est bonum correspondet misericordiae Divinae Domini,
et praeterea judicare seu judicium praedicatur de vero quod fidei,
n. 2235; et quia de DEO dicitur quod judicavit, est bonum seu
sanctum; inde patet quod (x)sanctum fidei sit quod simul
significatur per utrumque; quoniam per utrumque simul significatur
unum illud, conjunguntur {4}ambo per et etiam; quod in externo
sensu sit bonum vitae, est quoque ex correspondentia, nam sancto
fidei correspondet bonum vitae; quod absque sensu interno non sciri
possit quid significat `judicavit me Deus et etiam audivit me,'
patet ex eo quod in sensu litterae non ita cohaereant ut sistant
unam intellectus ideam. [3] Quod in hoc versu et in sequentibus
usque ad Josephum dicatur DEUS, et in proxime praecedentibus
JEHOVAH, est quia in his agitur de regeneratione spiritualis
hominis, et in praecedentibus {5}de regeneratione caelestis
hominis, Deus enim nominatur {6}cum agitur de bono fidei quod est
spiritualis hominis, at Jehovah cum de bono amoris quod est
caelestis hominis, videatur n. 2586, 2769, 2807, 2822; per
`Jehudam' enim, ad quem continuabatur in capite praecedente,
repraesentabatur caelestis homo, videatur n. 3881, per `Josephum'
autem, ad quem continuatur in hoc capite, repraesentatur
spiritualis homo, de quo in versu seq. 23 et 24; quod Jehovah
nominatus sit cum continuabatur ad Jehudam, videatur cap. praec.
vers. 32, 33, 35; quod Deus nominetur ubi continuatur ad Josephum,
videatur in hoc capite vers. 6, 8, 17, 18, 20, 22, 23, et postea
iterum Jehovah, quia procedit a spirituali homine ad caelestem; hoc
arcanum est quod in his reconditum latet, quod nemo scire potest
nisi ex sensu interno, tum quoque nisi sciat quid caelestis homo,
et quid spiritualis.

3921. `Dixit:言った、Rachel,:ラケル、Judicavit:考慮した、思った、me:私を、Deus,:神、et:また、そして、etiam:~もまた、更に、audivit:聞いた、vocem:声、言葉、meam':私の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、justitiam:正義、公正、et:~と、および、misericordiam,:慈悲、憐れみ、in:~の中、~において、interno:内部の、内なる、sanctum:神聖な、聖なる、fidei,:信仰、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、bonum:善、vitae,:生命、生活、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、`judicare:思うこと、me:私を、Deus,':神、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`audire:聞くこと、vocem:声、言葉、meam';:私の、quod:こと、それ、そのこと、`judicare:思うこと、me:私を、Deus':神、{1} sit:ある、justitia:公正、正義、Domini,:主、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、absque:~なしに、~を除いて、explicatione,:説明、解説、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、`audire vocem:声、言葉、meam':私の、sit:ある、misericordia,:慈悲、憐れみ、pariter;:同じように、同様に、Dominus:主、enim:なぜならば、~というのは、omnes:凡ての、全体の、judicat:考慮する、信ずる、思う、ex:~から、~により、justitia,:公正、正義、et:また、そして、{2} omnes:凡ての、全体の、audit:聞く、ex:~から、~により、misericordia;:慈悲、憐れみ、judicat:考慮する、信ずる、思う、ex:~から、~により、justitia:公正、正義、quia:なぜなら、ので、ex:~から、~により、Divino:神的な、Vero,:真理、et:また、そして、audit:聞く、ex:~から、~により、misericordia:慈悲、憐れみ、quia:なぜなら、ので、ex:~から、~により、Divino:神的な、Bono,:善、ex:~から、~により、justitia:公正、正義、illos:彼らを、qui:その者達、non:否、recipiunt:受け入れる、受容する、受け取る、Divinum:神的な、Bonum,:善、et:また、そして、ex:~から、~により、misericordia:慈悲、憐れみ、illos:彼らを、qui:その者達、recipiunt,:受け入れる、受容する、受け取る、at:しかし、だが聞き給え、usque:それでもなお、やはり、dum:その時、もし~ならば、ex:~から、~により、justitia,:公正、正義、etiam:~もまた、更に、simul:一緒に、同時に、ex:~から、~により、misericordia;:慈悲、憐れみ、in:~の中、~において、omni:凡ての、全体の、enim:なぜならば、~というのは、Divina:神的な、justitia:公正、正義、est:ある、misericordia,:慈悲、憐れみ、sicut:~の如く、~のように、in:~の中、~において、Divino:神的な、Vero:真理、est:ある、Divinum:神的な、Bonum;:善、sed:しかし、haec:これらは、quia:なぜなら、ので、arcaniora:秘密の、隠された、(比較級)sunt:ある、quam:~よりも、~と比べて、ut:~のために、こと、~するように、paucis:僅かな者達、僅かの、少数の、少量の、簡潔に、手短に、僅かな言葉で、possint:出来る、可能である、dici,:言われること、alibi,:他の箇所に、ex:~から、~により、Divina:神的な、Domini:主、Misericordia,:慈悲、憐れみ、plenius:より完全な、より完成された、充分な、exponentur;:説明される、述べられる、(三人称複数未来)
[2] quod:こと、それ、そのこと、`judicavit:考慮した、思った、me:私を、Deus,:神、et:また、そして、etiam:~もまた、更に、audivit:聞いた、vocem:声、言葉、meam':私の、in:~の中、~において、sensu interno:内意、sint:ある、sanctum:神聖な、聖なる、fidei,:信仰、est:ある、quia:なぜなら、ので、fides:信仰、quae:それは、そのことは、{3} praedicatur:属性付けられる、述べられる、言われる、de:~について、vero,:真理、correspondet:相応する、一致する、justitiae:公正、正義、Divinae,:神的な、et:また、そして、sanctum:神聖な、聖なる、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、bonum:善、correspondet:相応する、一致する、misericordiae:慈悲、憐れみ、Divinae:神的な、Domini,:主、et:また、そして、praeterea:加えて、更に、他に、judicare:考慮すること、思うこと、seu:即ち、或いは、judicium:審判、裁判、praedicatur:属性付けられる、述べられる、言われる、de:~について、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、fidei,:信仰、n.:番号、2235; et:また、そして、quia:なぜなら、ので、de:~について、DEO:神、dicitur:言われる、quod:こと、それ、そのこと、judicavit,:考慮した、思った、est:ある、bonum:善、seu:即ち、或いは、sanctum;:神聖な、聖なる、inde:それ故、そこから、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、(x) sanctum:神聖な、聖なる、fidei:信仰、sit:ある、quod:こと、それ、そのこと、simul:一緒に、同時に、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、utrumque;:両方とも、両方の、quoniam:~であるから、ので、~や否や、per:~を通して、~によって、utrumque:両方とも、両方の、simul:一緒に、同時に、significatur:意味される、unum:1、illud,:それは、conjunguntur:連結される、結合される、{4} ambo:両方の、per:~を通して、~によって、et:また、そして、etiam;:~もまた、更に、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、sensu:意味、sit:ある、bonum:善、vitae,:生命、生活、est:ある、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、~でさえ、実のところ、ex:~から、~により、correspondentia,:相応、nam:なぜなら、というのも、sancto:神聖な、聖なる、fidei:信仰、correspondet:相応する、一致する、bonum:善、vitae;:生命、生活、quod:こと、それ、そのこと、absque:~なしに、~を除いて、sensu interno:内意、non:否、sciri:知られること、possit:出来る、可能である、quid:何か?、どんな?、significat:意味する、`judicavit:考慮した、思った、me:私を、Deus:神、et:また、そして、etiam:~もまた、更に、audivit:聞いた、me,':私を、patet:明らかである、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、sensu litterae:文字通りの意味、non:否、ita:ita~ut~、以下のように、そのように、cohaereant:まとまっている、関連している、ut sistant:置く、もたらす、示す、見える形で示す、見せる、引き起こす、unam:1、intellectus:理解、ideam.:考え、原型、
[3] Quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、hoc:これから、versu:節、et:~と、および、in:~の中、~において、sequentibus:次の、後に続く、usque ad:~に至るまで、Josephum:ヨセフ、dicatur:言われる、DEUS,:神、et:また、そして、in:~の中、~において、proxime:すぐ前に、すぐ後に、最も近く、praecedentibus:先行しているもの、JEHOVAH,:エホバ、est:ある、quia:なぜなら、ので、in:~の中、~において、his:これらから、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、regeneratione:再生、spiritualis:霊的な、hominis,:人間、et:また、そして、in:~の中、~において、praecedentibus:先行しているもの、{5} de:~について、regeneratione:再生、caelestis:天的な、hominis,:人間、Deus:神、enim:なぜならば、~というのは、nominatur:呼ばれる、名付けられる、{6} cum:その時、その場合、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、bono:善、fidei:信仰、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、spiritualis:霊的な、hominis,:人間、at:しかし、だが聞き給え、Jehovah:エホバ、cum:~と一緒に、~と、de:~について、bono:善、amoris:愛、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、caelestis:天的な、hominis,:人間、videatur:見られる、認められる、n.:番号、2586, 2769, 2807, 2822; per:~を通して、~によって、`Jehudam':ユダ、enim,:なぜならば、~というのは、ad:~に、~まで、quem:その者を、continuabatur:連続された、継続された、持続された、in:~の中、~において、capite:章、praecedente,:先行している、repraesentabatur:表象された、象徴された、caelestis:天的な、homo,:人間、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3881, per:~を通して、~によって、`Josephum':ヨセフ、autem,:しかし、他方において、ad:~に、~まで、quem:その者を、continuatur:連続された、継続された、持続された、in:~の中、~において、hoc:これから、capite,:章、repraesentatur:象徴される、表象される、spiritualis:霊的な、homo,:人間、de:~について、quo:それから、そのことから、in:~の中、~において、versu:節、seq.:次の、後に続く、23 et:~と、および、24; quod:こと、それ、そのこと、Jehovah:エホバ、nominatus sit:呼ばれた、名付けられた、cum:その時、その場合、continuabatur:連続された、継続された、持続された、ad:~に、~まで、Jehudam,:ユダ、videatur:見られる、認められる、cap.:章、praec.:先行している、vers.:節、32, 33, 35; quod:こと、それ、そのこと、Deus:神、nominetur:呼ばれる、名付けられる、ubi:そこで、その場所、continuatur:連続される、継続される、持続される、ad:~に、~まで、Josephum,:ヨセフ、videatur:見られる、認められる、in:~の中、~において、hoc:これから、capite:章、vers.:節、6, 8, 17, 18, 20, 22, 23, et:また、そして、postea:その後、次に、続いて、iterum:再び、もう一度、二度目に、Jehovah,:エホバ、quia:なぜなら、ので、procedit:生じる、進む、a:~から、~により、spirituali:霊的な、homine:人間、ad:~に、~へ、caelestem;:天的な、hoc:これは、arcanum:秘義、奥義、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、his:これらから、reconditum:隠された、深遠な、latet,:隠れている、隠す、知られずにいる、quod:こと、それ、そのこと、nemo:誰も~ない、scire:知ること、potest:出来る、可能である、nisi:~以外、もし~でなければ、ex:~から、~により、sensu interno,:内意、tum:その上、更に、quoque:~もまた、同じく、同様に、nisi:~以外、もし~でなければ、sciat:知る、quid:何か?、どんな?、caelestis:天的な、homo,:人間、et:また、そして、quid:何か?、どんな?、spiritualis.:霊的な、

3921.「ラケルは言った。神が私を考慮され、また私の声もまた聞かれた」が、最高の意味において正義と慈悲を意味し、内意において信仰の神聖なものを意味することは、「神が私を考慮すること」の意味、また「私の声を聞くこと」の意味から知られよう。「神が私を考慮すること」が主の正義であること、また同様に、「(神が)私の声を聞くこと」の意味が慈悲であることは説明なしに知られることが出来よう。というのは、主は凡ての者達を正義から考慮し、また慈悲から凡ての者達に聞かれるからである。(主は)神的な真理から(凡ての者達を考慮される)ので正義から考慮され、また神的な善から(凡ての者達に聞かれるので)慈悲から聞かれる。神的な善から(聞く)ので、神的な善を受け入れない者達を正義から(考慮し、神的善を受け入れる)者達を慈悲から(考慮される)。しかしそれでもなお、正義から(考慮する)時もまた同時に慈悲から(考慮される)。というのは、神的な真理の中に神的な善がある如く、凡ての神的な正義の中に慈悲があるからである。しかしそれらは僅かな言葉で言われることが出来ることよりも隠されたものがあるので、神的な主の慈悲により他の箇所に充分に説明されるであろう。
[2]内意において「神が私を考慮され、また私の声もまた聞かれた」は、信仰の神聖なものである。なぜなら、信仰は真理について属性付けられるからであり、神的な正義に相応するからである。そして善の神聖なものは主の神的な慈悲に相応する。また更に、考慮すること、或いは審判は信仰の真理について属性付けられる。2235番(を参照)、また考慮したことが神について言われているので、それは善いもの、或いは神聖なものである。それ故、(考慮することと聞くことの)両方によって意味されることは信仰の神聖なものであることが明らかである。両方によって同時に一つのものが意味されるので、(考慮すること)と(聞くことに)よってもまた両方の連結が意味されている。外なる意味においてそれが善い生命(生活)であることは相応からでもまたある。なぜなら、信仰の神聖なものは善い生命(生活)に相応するからである。内意なしに「神が私を考慮され、また私の声もまた聞かれた」が、何を意味するか知られることが出来ないことは、文字通りの意味においてそれらは理解が一つの考えを引き起こすようには関連していないことから明らかである。
[3]この節と後に続く(第24節の)ヨセフに至るまでは、「神」が言われ、また直ぐ前(の第29章で)は「エホバ」が言われている。なぜなら、これら(この章の第24節まで)においては霊的な人間の再生について取り扱われているからであり、また前(の第29章)では天的な人間の再生が取り扱われているからである。というのは、霊的な人間の信仰の善について取り扱われる時は神が言われるからであるが、しかし天的な人間の愛の善について取り扱われる時はエホバが言われるからである。そのことは2586, 2769, 2807, 2822番に認められよう。というのは、前の(第29)章において「ユダ」まで連続して(記述されたからであり)、その者によって天的な人間が表象されたからである。そのことは3881番に認められよう。他方において、この章において「ヨセフ」まで連続して(記述されたからであり)、その者によって霊的な人間が表象されたからである。そのことについては後に続く23節と24節において(述べよう)。ユダまで連続して(記述された)時はエホバが言われたことは、前の(第29)章32, 33, 35節に認められよう。ヨセフまで連続して(記述された)所では神が言われていることは、この(第30)章6, 8, 17, 18, 20, 22, 23節に認められよう。またその後、霊的な人間から天的な人間へ進むので再びエホバが言われている。これはそれらの中に隠れている深遠な秘義である。それは内意でなければ、更に同じく天的な人間が何か、また霊的な人間が何かを知るのでなければ誰も知ることが出来ない。

3922. `Et dedit mihi filium': quod significet hoc verum agnitum,
constat ex significatione `filii' quod sit verum, de qua n. 489,
491, 533, 1147; et ex significatione `dare filium' quod sit dare
hoc verum, quod idem est ac agnoscere; omne enim verum quod
agnoscitur, hoc datum est a Domino; `dare filium' simile quoque
involvit ac parere; quod `parere' sit agnoscere, videatur n. 3905,
3915, 3919.

3922. `Et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、mihi:私に、filium'::息子、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、hoc:これは、verum:真理、agnitum,:承認された、認められた、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、`filii':息子、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum,:真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、489, 491, 533, 1147; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、` dare:与えること、filium':息子、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、dare:与えること、hoc:これは、verum,:真理、quod:こと、それ、そのこと、idem:同じ、同様のもの、est:ある、ac:~のように、~と同様に、agnoscere;:認めること、承認すること、omne:凡ての、全体の、enim:なぜならば、~というのは、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、agnoscitur,:認められる、承認される、hoc:これは、datum est:与えられた、a:~から、~により、Domino;:主、` dare:与えること、filium':息子、simile:同様な、等しい、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、~でさえ、実のところ、involvit:包む、含む、ac:また、なお加えて、parere;:産みだすこと、生じさせること、quod:こと、それ、そのこと、`parere':産みだすこと、生じさせること、sit:ある、agnoscere,:認めること、承認すること、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3905, 3915, 3919.

3922.「そして私に息子を引き渡された」は、その真理が承認されたことを意味することは、「息子」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては489, 491, 533, 1147番(に示された)。また「息子を与えること」の意味がその真理を与えること、(或いは)同じことであるが、(真理を)承認することであることから知られよう。というのは、凡ての真理が承認されることは主からそれが与えられるからである。「息子を与えること」、また「(息子を)産むこと」もまた同様なことを含み、それは承認することである。そのことについては3905, 3915, 3919番に認められよう。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-12-3953 ~

30-12-3953

29-3794~3796意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3794~3796意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3794.「彼女の父の」が起源に関して善からを意味することは、ここの「父」であるラバンの表象が共通の根源からの傍系の善であることから知られよう。そのことについては3612, 3665, 3778番に示された。また「父」の意味が善であることからもまた知られよう。そのことについては3703番に示された。

3795.「なぜなら、彼女は羊飼いであったからである」、或いは彼女は牧している者であるが聖言の中で教える内的な真理への情愛を意味することは、「羊飼い」、或いは牧している者の意味が導く者と教える者であることから知られよう。そのことについては343番に示された。またここの「彼女」である「ラケル」の表象が内的な真理への情愛であることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3793番に示された。彼女は羊の群れと一緒に井戸に来たので、教え導くことは聖言により教え導く。「井戸」が聖言であることは3765番に認められよう。また更に内的な真理への情愛が教え、またそれにより教える。というのは、教会は情愛から教会があるからであり、またそれから羊飼いは羊飼いであるからである。聖言において「羊飼いと牧している者」は導く者と教える者を意味する。なぜなら、「羊の群れ」は導かれ、また教えられる者達を意味するからである。それ故に、「羊の群れ」は教会と教会の教義の事柄もまた意味する。3767, 3768, 3783番を参照、羊飼いと羊の群れがそれらを意味することは基督教世界において最も熟知されたことである。というのは、教える者達と学ぶ者達はそのように言われるからである。それ故に、それらを聖言から確認することは控えよう。

3796.「そして、それがあった。ヤコブが自分の母の兄ラバンの娘ラケルを見た時」が、その起源からのその真理への情愛の承認を意味することは、ひと続きの事柄から明らかなように、「見ること」の意味がここでは承認することであることから知られよう。また「ラケル」の表象が内的な真理への情愛であることから知られよう。そのことについては、上の3793番に示された。「自分の母の兄ラバンの娘」は起源、即ち「ヤコブの母リベカ」によって表象された理性的な真理に連結された兄弟のような傍系の善からの起源を含む。
[2]真理への情愛と善への情愛によって、次のようにそのことを有する。人間により認められる本来の真理への情愛と善への情愛は、主からあるので、神的な起源からその凡てのものがある。しかしそれらが降る時、途中で様々なものと反対の流れに変化し、またそこで新しい起源を形成する。というのは、人間の許の本来の情愛ではない、また偽の情愛へ流入するからであり、また悪への情愛と間違った原理への情愛に流入するからであり、そのように変えられるからである。外なる形においては、しばしばそれらを本来の情愛と同じに見せるが、しかしそれでもなお、内なる形においてそのようなものではない。唯一の目印は目的から知られる。もし自分自身のための目的から、或いはこの世のための目的からであるなら、その時、それらの情愛は本来のものではない。しかしもし、隣人への善、社会への善、祖国への善のための目的からであるなら、また更にもし、教会への善、また主の王国への善のための目的なら本来の情愛である。なぜなら、その時、主のためであるからである。というのは、主はそれらの善の中に居られるからである。
[3]だが聞き給えそれでもなお、自分自身の許の目的を知ることは賢明なことである。時折、自分のための目的でない時、自分のための目的であるように見える。なぜなら、人間は自分自身について個々のものの中で熟考するような者であるからであり、またそれを習慣と意向からするからである。だが聞き給えもし、誰かが自分自身の許の目的を知ることを欲するなら、自分への称賛と栄光から本来認める楽しいものについて注意するだけで、また自分自身から分離された用から認める楽しいものについて注意するだけで知ることが出来る。もし、用から楽しいものを認めるなら、その時、本来の情愛の中に居る。更にそれらの中の様々な状態についてもまた注意しなければならない。なぜなら、状態そのものが理解を大抵変えるからである。これらを人間は自分自身の許で調べることが出来るが、しかし他の者達においては出来ない。なぜなら、各々の者の情愛の目的は主だけに知られるからである。それ故、主は言われた、
「あなた達は裁くな、あなた達が裁かれないように、あなた達は永遠の断罪をするな、あなた達が永遠の断罪をされないように、」ルカ伝、6.37、というのは、千人(無数)の者達が真理と善に関して同様な情愛に見えることが出来るが、しかし情愛の起源に関して、即ち目的に関しては異なっているからである。
[4]目的が情愛をそのようなものであること、即ち本来のものであるか、偽のものであるか、誤ったものであるかを為し、そこから情愛がある。なぜなら、目的は人間の生命そのものであるからである。というのは、人間により目的として持たれるものが人間の生命のものであるからであり、或いは同じことであるが、人間の愛のものであるからである。隣人への善、共同体への善、教会と主の王国への善が目的である場合、その時、人間は霊魂に関して主の王国の中に居り、従って主の中に居る。というのは、主の王国は目的の王国、また人類の善のための用の王国を除いてないからである。3645番を参照、人間の許の天使達自身は人間の許の目的の中以外に居ない。人間がそのような主の王国の性質の中にある目的の中に居るほど、それだけ天使達はそれから楽しみを与えられ、また自分達を彼に兄弟のように連結する。しかし人間が自分自身の目的の中に居るほど、それだけ天使達は離れ、またそれだけ悪い霊達が近付く。なぜなら、地獄において他の目的は支配しないからである。これらからどの起源から情愛があるかを調べることを知ることがどれほど重要であるか知られることが出来よう。それは目的から以外知られることが出来ない。

30-3914~3920原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3914~3920原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3914. Quod `veni ad illam' significet quod cum illo conjunctionis
facultas, constat ex significatione `venire ad aliquam' seu intrare
cum matrimoniale intelligitur, quod sit conjunctio, hic
conjunctionis facultas tum affirmativo, nam cum affirmativo primum
conjunctionis erit, hoc est, quod ita sit.

3914. Quod:こと、それ、そのこと、` veni:来い、行け、近づけ、(命令形)ad:~に、~へ、illam':彼女へ、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、cum:~と一緒に、~に、illo:それから、彼女から、conjunctionis:連結、結合、facultas,:能力、才能、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、` venire:行くこと、来ること、近づくこと、ad:~に、~へ、aliquam':誰か、何か、seu:即ち、或いは、intrare:入ること、cum:その時、その場合、matrimoniale:結婚の、intelligitur,:意味される、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio,:連結、結合、hic:ここに、この場に、conjunctionis:連結、結合、facultas:能力、才能、tum:その上、更に、affirmativo,:肯定の、肯定的な、nam:なぜなら、というのも、cum:~と一緒に、~と、affirmativo:肯定の、肯定的な、primum:、第一の、最初の、conjunctionis:連結、結合、erit,:ある、(三人称単数未来)hoc est,:即ち、quod:こと、それ、そのこと、ita:このように、従って、sit.:ある、

3914.「あなたは彼女へ近づけ」が、彼女に連結の能力があることを意味することは、結婚のことが意味される時、「誰かに近づくこと」、あるいは入ることが連結であることから知られよう。ここでは連結の能力であり、更に肯定的なものによる(連結の能力である)。なぜなら、連結の最初のものは肯定的なものと一緒にあらねばならないからである。即ちそのようにあること(の肯定的なものと一緒にあらねばならないからである)。

3915. `Et pariat super genua mea': quod significet agnitionem
affectione interioris veri, ex qua conjunctio, constat ex
significatione `parere' quod sit agnoscere fide tum actu, de qua
supra n. 3905; et ex significatione `genuum' seu femorum quod sint
illa quae amoris conjugialis sunt, de qua n. 3021, ita quae sunt
conjunctionis veri quod fidei et boni quod amoris, nam haec
conjunctio est ipsum conjugiale in regno Domini; ita `parere super
genua mea' significat agnitionem veri interioris quod per
`Rachelem' repraesentatur. Quod apud antiquos agnoscerentur filii
et filiae pro legitimis qui nascebantur ab ancillis ex consensu
uxoris, utque agnoscerentur, parerent super genua illorum,
derivatum fuit ab Antiqua Ecclesia, cujus cultus constabat in
ritualibus quae repraesentativa et significativa caelestium et
spiritualium erant; in illa, nempe Ecclesia, quia `parere'
significabat agnitionem veri, et `genua' amorem conjugialem, ita
conjunctionem boni et veri ex affectione, tale rituale acceptum
fuit cum uxor sterilis esset, ne repraesentaret mortuos qui ad
vitam non resurgunt; secundum illa quae mox supra n. 3908 dicta
sunt. [2] Per {1}illa verba in sensu interno significatur alter
gradus {2}affirmationis seu agnitionis, qui est ex affectione,
affectio enim inerit agnitioni seu {3}affirmationi ut fiat
conjunctio, omnis enim conjunctio fit per affectionem, nam absque
affectione vera non vitam habent; (m)sicut pro exemplo: scire haec
vera quod proximus amandus, et quod in eo charitas consistat, et in
hac vita spiritualis, est nude scientia, nisi affectio sit, hoc
est, nisi hoc velit ex corde; absque affectione vera haec non
vivunt, sed utcumque illa scit, usque non amat proximum, sed se
prae illo, ac in vita naturali est, non in spirituali; affectio
naturalis est quae dominatur super affectione spirituali, et
quamdiu affectio naturalis dominatur, homo vocatur mortuus, nam
vitam contrariam vitae caelesti {4}habet; est vita caelestis
ipsissima vita.(n)

3915. `Et:また、そして、pariat:生む、産む、(接続法三人称単数現在)super:~の上に、~の上へ、genua:ひざ、mea'::私の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、agnitionem:受諾、承認、affectione:情愛、interioris:内的な、より内なる、veri,:真理、ex:~から、~により、qua:それから、そのことから、conjunctio,:連結、結合、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、`parere':産みだすこと、生じさせること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、agnoscere:認めること、承認すること、fide:信仰、tum:その上、更に、actu,:行動、活動、de:~について、qua:それから、そのことから、supra:上に、上部に、n.:番号、3905; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`genuum':ひざ、seu:即ち、或いは、femorum:腿(もも)、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、amoris:愛、conjugialis:結婚の、夫婦の、sunt,:ある、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3021, ita:このように、従って、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、conjunctionis:連結、結合、veri:真理、quod:こと、それ、そのこと、fidei:信仰、et:~と、および、boni:善、quod:こと、それ、そのこと、amoris,:愛、nam:なぜなら、というのも、haec:これは、conjunctio:連結、結合、est:ある、ipsum:そのもの、それ自身、conjugiale:結婚の、夫婦の、in:~の中、~において、regno:王国、Domini;:主、ita:このように、従って、` parere:産みだすこと、生じさせること、super:~の上に、~の上へ、genua:ひざ、mea':私の、significat:意味する、agnitionem:受諾、承認、veri:真理、interioris:内的な、より内なる、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、`Rachelem':ラケル、repraesentatur.:象徴される、表象される、
Quod:こと、それ、そのこと、apud:~のもとに、~において、antiquos:古代、agnoscerentur:認められた、承認された、filii:息子達、et:~と、および、filiae:娘達、pro:~として、~のために、legitimis:合法的な、真の、適法の、合法の、qui:その者達、nascebantur:産まれた、ab:~から、~により、ancillis:女奴隷、女召使、ex:~から、~により、consensu:一致、調和、合意、uxoris,:妻、utque:それで~ということ、また~のために、(ut+que)agnoscerentur,:認められた、承認された、parerent:産んだ、super:~の上に、~の上へ、genua:ひざ、illorum,:それらの、彼らの、derivatum:導かれた、引き出された、fuit:あった、ab:~から、~により、Antiqua Ecclesia,:古代教会、cujus:それの、そのことの、cultus:礼拝、constabat:明白であった、知られた、in:~の中、~において、ritualibus:宗教儀式の、quae:それらは、そのことらは、repraesentativa:表象の、象徴する、et:また、そして、significativa:意味のある、表意する、caelestium:天的な、et:~と、および、spiritualium:霊的な、erant;:あった、in:~の中、~において、illa,:それから、nempe:正確には、即ち、Ecclesia,:教会、quia:なぜなら、ので、`parere':産みだすこと、生じさせること、significabat:意味した、agnitionem:受諾、承認、veri,:真理、et:また、そして、`genua':ひざ、amorem:愛、conjugialem,:結婚の、夫婦の、ita:このように、従って、conjunctionem:連結、結合、boni:善、et:~と、および、veri:真理、ex:~から、~により、affectione,:情愛、tale:このような、次ぎのような、rituale:儀式、祭儀、acceptum:歓迎された、喜ばれた、fuit:あった、cum:その時、その場合、uxor:妻、sterilis:不妊の、生殖力のない、不毛の、esset,:あった、ne:~しないように、否、repraesentaret:象徴した、表象した、mortuos:死んだ、生命のない、qui:その者達、ad:~に、~へ、vitam:生命、生活、non:否、resurgunt;:復活する、甦る、secundum:~に従って、~に沿って、illa:それらを、quae:それらは、そのことらは、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3908 dicta sunt.:言われた、
[2] Per:~を通して、~によって、{1}illa:それらを、verba:言葉、語、in:~の中、~において、sensu interno:内意、significatur:意味される、alter:第二の、もう一つの、他の方、gradus:段、段階、{2}affirmationis:断言、主張、肯定、確認、seu:即ち、或いは、agnitionis,:受諾、承認、qui:それは、est:ある、ex:~から、~により、affectione,:情愛、affectio:情愛、enim:なぜならば、~というのは、inerit:内在する、宿る、(三人称単数未来)agnitioni:受諾、承認、seu:即ち、或いは、{3}affirmationi:断言、主張、肯定、確認、ut:~のために、こと、~するように、fiat:為される、行なわれる、(接続法三人称単数現在)conjunctio,:連結、結合、omnis:凡ての、全体の、enim:なぜならば、~というのは、conjunctio:連結、結合、fit:為される、行われる、per:~を通して、~によって、affectionem,:情愛、nam:なぜなら、というのも、absque:~なしに、~を除いて、affectione:情愛、vera:諸々の真理、non:否、vitam:生命、生活、habent;:持つ、有す、(m) sicut:~の如く、~のように、pro:~として、~のために、exemplo::例、例として、scire:知ること、haec:これらを、vera:諸々の真理、quod:こと、それ、そのこと、proximus:隣人、仲間、amandus,:愛されるべき、(未来受動分詞)et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、eo:それから、charitas:仁愛、consistat,:~に存する、~にある、et:また、そして、in:~の中、~において、hac:これから、vita:生命、spiritualis,:霊的な、est:ある、nude:他の属性なしに、それだけで、scientia,:知識、科学、nisi:~以外、もし~でなければ、affectio:情愛、sit,:ある、hoc est,:即ち、nisi:~以外、もし~でなければ、hoc:それを、velit:欲する、ex:~から、~により、corde;:心、心臓、absque:~なしに、~を除いて、affectione:情愛、vera:諸々の真理、haec:これらは、non:否、vivunt,:生きる、sed:しかし、むしろ、~ではなく~で、utcumque:どれほど、どんなふうに~にせよ、出来る限り、illa:それらを、scit,:知る、usque:それでもなお、やはり、non:否、amat:愛する、proximum,:隣人、仲間、sed:しかし、se:自分自身を、prae:~よりも、~と比較して、illo,:それから、彼から、ac:また、それ故に、in:~の中、~において、vita:生命、naturali:自然の、自然的な、est,:ある、non:否、in:~の中、~において、spirituali;:霊的な、affectio:情愛、naturalis:自然的な、自然の、est:ある、quae:それは、そのことは、dominatur:支配する、super:~の上で、~の上に、affectione:情愛、spirituali,:霊的な、et:また、そして、quamdiu:~の間、~の限り、affectio:情愛、naturalis:自然的な、自然の、dominatur,:支配する、homo:人間、vocatur:呼ばれる、mortuus,:死んだ、生命のない、nam:なぜなら、というのも、vitam:生命、生活、contrariam:反対の、相反する、vitae:生命、生活、caelesti:天的な、{4}habet;:持つ、有す、est:ある、vita:生命、生活、caelestis:天的な、ipsissima:最も元来の、正真正銘の、全く~そのもの、vita.:生命、生活、(n)

3915.「そして彼女は私のひざの上に(息子を)産まなければならない」が、内的な真理への情愛による承認を意味し、それにより連結があることは、「産むこと」の意味が信仰で、更に行動で承認することであることから知られよう。そのことについては上の3905番(に示された)。また「ひざ」、或いは腿(もも)の意味が結婚の愛のものであることから知られよう。そのことについては3021番(に示された)。従ってそれらは信仰の真理と愛の善の連結である。なぜなら、その連結は主の王国の中の結婚そのものであるからである。従って「私のひざの上に産むこと」はラケルによって表象される内的な真理の承認を意味する。
古代人達において妻の合意により女奴隷から産まれた者達は合法的な息子達と娘達として承認され、また承認されたために彼らのひざの上に産んだ。それは古代教会から引き出され、天的なものと霊的なものを表象し、また表意するものであったその礼拝の宗教儀式の中で知られた。即ちその教会において「産むこと」は真理の承認を意味したので、また「ひざ」は結婚の愛を意味したので、従って情愛による善と真理の連結を意味した。妻が不妊であった時、生命に甦らない者達が死んだ者達を表象しないようにそのような儀式が歓迎された。そのことは直ぐ上の3908番に言われたことに従っている。
[2]それらの言葉によって内意において肯定の第二の段階、承認の第二の段階が意味されている。それは情愛からある。というのは、情愛は連結が行なわれるための承認、或いは肯定が内在するからである。というのは、凡ての連結は情愛によって行なわれるからである。なぜなら、情愛なしに真理は生命を持たないからである。例えば例として、隣人は愛されなければならないと言う真理、またその中に仁愛があると言う真理、またその中に霊的な生命があると言う真理は、もし情愛がなければ、即ちそれを欲するのでなければ知識だけのものである。情愛なしにそれらの真理は生きておらずそれらをどれほど知るにせよ、やはり隣人を愛さないで彼(隣人)よりも自分を愛する。それ故に、自然的な生命(生活)の中に居て霊的な生命(生活)の中に居ない。自然的な情愛が霊的な情愛の上に支配し、そして自然的な情愛が支配する限り人間は死んだ者と言われる。なぜなら、天的な生命と反対の生命を持つからである。天的な生命は全く生命そのものである。

3916. `Et aedificabor etiam ego ex illa': quod significet quod sic
vita ei, constat a significatione `aedificari' quod sit non mori,
de qua n. 3908, proinde resurgere seu vivere.

3916. `Et:また、そして、aedificabor:造られる、(一人称単数現在受動)etiam:~もまた、更に、ego:私は、ex:~から、~により、illa'::彼女から、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、sic:そのように、こうして、vita:生命、生活、ei,:彼女に、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`aedificari':造られること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、non:否、mori,:死ぬこと、倒れること、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3908, proinde:従って、それ故に、resurgere:甦ること、seu:即ち、或いは、vivere.:生きること、

3916.「そして私もまた彼女により造られよう(生かされよう)」が、そのように彼女に生命があることを意味することは、「造られること(生かされること)」の意味が死なないことであることから知られよう。そのことについては3908番(に示された)。従って甦ること、或いは生きることであることから知られよう。

3917. `Et dedit ei Bilham ancillam suam ad mulierem': quod
significet medium affirmativum adjunctum, constat ex
repraesentatione `Bilhae'; et ex significatione `ancillae' quod sit
medium affirmativum, de qua mox supra n. 3913; et ex significatione
`dare in mulierem quod sit adjungere.

3917. `Et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、ei:彼に、Bilham:ビルハ、ancillam:女奴隷、女召使、suam:自分自身を、ad:~に、~へ、mulierem'::女、婦人、妻、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、medium:手段、媒介、中間、affirmativum:肯定の、肯定的な、adjunctum,:結合された、結ばれた、接合された、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Bilhae';:ビルハ、et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`ancillae':女奴隷、女召使、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、medium:手段、媒介、中間、affirmativum,:肯定の、肯定的な、de:~について、qua:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3913; et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、` dare:与えること、in:~の中へ、~として、mulierem':女、婦人、妻、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、adjungere.:結ぶこと、接合すること、

3917.「そして、彼女は自分の女奴隷ビルハを女(として)彼に引き渡した」が、接合された肯定的な手段を意味することは、「ビルハ」の表象から、また「女奴隷」の表象が肯定的な手段であることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3913番(に示された)。また「女(妻)として与えること」の意味が接合することであることから知られよう。

3918. `Et venit ad illam Jacob': quod significet quod conjunctum,
constat ex significatione `venire seu intrare ad aliquem' cum de
matrimoniali praedicatur, quod sit conjunctio, de qua mox supra n.
3914.

3918. `Et:また、そして、venit:来た、行った、近づいた、ad:~に、~へ、illam:彼女へ、Jacob'::ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、conjunctum,:結合された、連結された、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、` venire:行くこと、来ること、近づくこと、seu:即ち、或いは、intrare:入ること、ad:~に、~へ、aliquem':誰か、何か、cum:~と一緒に、~と、de:~について、matrimoniali:結婚の、praedicatur,:属性付けられる、述べられる、言われる、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、conjunctio,:連結、結合、de:~について、qua:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3914. 

3918.「またヤコブは彼女へ近づいた」が連結されたことを意味することは、「近づくこと」、或いは「入ること」が結婚に属性付けられる時の意味が連結であることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3914番(に示された)。

3919. `Et concepit Bilhah, et peperit Jacobo filium': quod
significet receptionem et agnitionem, constat ex significatione
`concipere' quod sit receptio; et a significatione `parere' quod
sit agnitio, de quibus n. 3860, 3868, 3905, 3911; conceptiones enim
et partus in spirituali sensu sunt receptiones veri ex bono, et
inde agnitiones.

3919. `Et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、Bilhah,:ビルハ、et:また、そして、peperit:産んだ、Jacobo:ヤコブ、filium'::息子、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、receptionem:受け入れ、受容、et:~と、および、agnitionem,:受諾、承認、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、`concipere':身ごもること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、receptio;:受け入れ、受容、et:また、そして、a:~から、~により、significatione:意味、`parere':産みだすこと、生じさせること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、agnitio,:受諾、承認、de:~について、quibus:それらから、そのことらから、n.:番号、3860, 3868, 3905, 3911; conceptiones:受胎、妊娠、enim:なぜならば、~というのは、et:~と、および、partus:出産、in:~の中、~において、spirituali sensu:霊的な、sunt:ある、receptiones:受け入れ、受容、veri:真理、ex:~から、~により、bono,:善、et:また、そして、inde:それ故、そこから、agnitiones.:受諾、承認、

3919.「そして、ビルハは身ごもり、またヤコブに息子を産んだ」が、受容と承認を意味することは「身ごもること」の意味が受容であることから、また「産むこと」の意味が承認であることから知られよう。それらのことについては3860, 3868, 3905, 3911番(に示された)。というのは、霊的な受胎と出産は善からの真理の受容とそこからの承認であるからである。

3920. Vers. 6. Et dixit Rachel, Judicavit me Deus, et etiam
audivit vocem meam, et dedit mihi filium, et propterea vocavit
nomen ejus Dan. `Dixit Rachel, Judicavit me Deus, et etiam audivit
vocem meam' significat in supremo sensu justitiam et misericordiam,
in interno sanctum fidei, in externo bonum vitae; `et dedit mihi
filium' significat hoc verum agnitum: `propterea vocavit nomen ejus
Dan' significat quale ejus.

3920. Vers.:節、6. Et:また、そして、dixit:言った、Rachel,:ラケル、Judicavit:裁いた、考慮した、評価した、思った、me:私を、Deus,:神、et:また、そして、etiam:~もまた、更に、audivit:聞いた、vocem:声、言葉、meam,:私の、et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、mihi:私に、filium,:息子、et:また、そして、propterea:それ故に、その結果として、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Dan.:ダン、
`Dixit:言った、Rachel,:ラケル、Judicavit:考慮した、思った、me:私を、Deus,:神、et:また、そして、etiam:~もまた、更に、audivit:聞いた、vocem:声、言葉、meam':私の、significat:意味する、in:~の中、~において、supremo sensu:最高の意味、justitiam:正義、公正、et:~と、および、misericordiam,:慈悲、憐れみ、in:~の中、~において、interno:内部の、内なる、sanctum:神聖な、聖なる、fidei,:信仰、in:~の中、~において、externo:外部の、外なる、bonum:善、vitae;:生命、`et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、mihi:私に、filium':息子、significat:意味する、hoc:これは、verum:真理、agnitum::承認された、認められた、`propterea:それ故に、その結果として、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Dan':ダン、significat:意味する、quale:質、性質、ejus.:それの、彼の、

3920.六節、「ラケルは言った。神が私を考慮され、また私の声を聞かれた。そして私に息子を引き渡された。それ故に、その(息子の)名をダンと呼んだ。」
「ラケルは言った。神が私を考慮され、また私の声もまた聞かれた」は、最高の意味において正義と慈悲を意味し、内意において信仰の神聖なものを意味し、外なる意味において善い生命(生活)を意味する。「そして私に息子を引き渡された」は、その真理が承認されたことを意味し、「それ故に、その(息子の)名をダンと呼んだ」は、その性質を意味する。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-11-3943~

30-11-3943

29-3791~3793意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3791~3793意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3791.九~十一節、「依然として、彼が彼らと話しているその時、ラケルが彼女の父の羊の群れと一緒に来た。なぜなら、彼女は羊飼いであったからである。
そして、それがあった。ヤコブが自分の母の兄ラバンの娘ラケルを見、また自分の母の兄ラバンの羊の群れを見た時、同時に、ヤコブは近付き、そして井戸の口の上から石を転がし落し、また自分の母の兄ラバンの羊の群れに飲ませた。
そして、ヤコブはラケルに接吻し、また自分の声を上げ、同時に泣いた。」
「依然として、彼が彼らと話している」は、その時の思考を意味し、「その時、ラケルが羊の群れと一緒に来た」は、教会と教義への内的な真理への情愛を意味し、「彼女の父の」は起源に関して善からを意味し、「なぜなら、彼女は羊飼いであったからである」は、聖言の中で教える内的な真理への情愛を意味し、「そして、それがあった。ヤコブが自分の母の兄ラバンの娘ラケルを見た時」は、その起源からのその真理への情愛の承認を意味し、「また自分の母の兄ラバンの羊の群れを見た時」は、教会とそこからの教義を意味し、「同時に、ヤコブは近付き、そして井戸の口の上から石を転がし落した」は、主が内的なものに関して自然的な善から聖言を明らかにしたことを意味し、「また自分の母の兄ラバンの羊の群れに飲ませた」は、教えることを意味し、「そして、ヤコブはラケルに接吻した」は、内的な真理への愛を意味し、「また自分の声を上げ、同時に泣いた」は愛の情熱を意味する。

3792.「依然として、彼が彼らと話している」が、その時の思考を意味することは、聖言の歴史的なものの中の「話すこと」の意味が考えることであることから知られよう。そのことについては2271, 2287, 2619番に示された。またその時は彼が彼らと話している時そのものであるので、即ち同じことであるが、「依然として、彼が彼らと話している」その時、ラケルが来たので明らかである。

3793.「その時、ラケルが羊の群れと一緒に来た」が、教会と教義への内的な真理への情愛を意味することは、ラケルの表象が内的な真理への情愛であることから知られよう。また「羊の群れ」の意味が教会と教義でもまたあることから知られよう。そのことについては3767, 3768, 3783番に示された。
「ラケル」の表象が内的な真理への情愛であることと、「レア」が外的な真理への情愛であることによって、そのことをどのように有するかが知られるために簡潔に説明されなければならない。「ヤコブ」によって善と真理から構成される自然的なものが表象されており、またその中に、即ち人間の中の全体的なものの中と個別的なものの中の如く、自然的なものの中に、それどころか、凡ての自然の中に善と真理の結婚が在らねばならない。善と真理の結婚なしに何も生み出されない。凡ての産出と結果はそこからある。人間が産まれた時、人間の許の自然的なものの中に善と真理の結婚はない。なぜなら、人間だけが神的な秩序の中に産まれないからである。確かに、最初の幼年期に主から流入する無垢と仁愛の善はあるが、しかし善が結ばれる何かの真理はない。幼児期において主から彼に吹き込まれた善は進行する年齢の中で更に低い方向へ引っ込められ、また彼がその後の人生で身に着ける状態がそれによって和らげられるために主によりそこで保持される。それ故、人間は幼児期の善と最初の少年期の善なしに凡ての野蛮な動物よりも劣り、また更に野蛮である。幼児期のその善を引っ込められる時、自然的な人間の中に悪が引き続いて起こり、また入り、それに間違った原理を結び、また連結が為される。そして彼の許で悪と間違った原理の結婚のように為される。またそれ故に、人間が救われるためには再生されなければならず、また悪が遠ざけられ、なお加えて主から善が持ち込まれなければならない。受け入れる善に従って善と真理の連結が為されるために、言わば結婚のために彼に真理が取り入れられる。
[2]それらのことがヤコブによって、また彼の二人の妻達、即ちラケルとレアによって表象されている。それ故、「ヤコブ」は自然的な善の表象をまとい、また「ラケル」は真理の表象をまとった。しかし凡ての真理と善の連結は情愛によって為されるので、善に連結されなければならない真理への情愛をラケルは表象する。更に理性的なものの中の如く、自然的なものの中に内的なものと外的なものが存在するので、「ラケル」は内的な真理への情愛を表象し、また「レア」は外的な真理への情愛を表象する。彼女達の父の「ラバン」は共通の根源からの善を表象するが、しかし傍系の善を表象する。言われたように、傍系の善は「リベカ」である理性的な真理に系統が相応する。3012, 3013, 3077番を参照、それ故、その善からの娘達は自然的なものの中の情愛を表象する。なぜなら、それらの情愛は父からのようにその善からそれが娘達としてあるからである。またそれらの情愛は自然的な善に連結されなければならないので、それ故、一人は内的な真理への情愛を表象し、もう一人は外的な真理への情愛を表象する。
[3]人間の自然的なものに関する再生と、またヤコブと、およびラバンの二人の娘達ラケルとレアとは全く同様にそのことを有する。またそれ故に、ここの聖言をその内意に従って認めることと理解することが出来る者は、その明かされた秘義を自分自身に認めることが出来よう。しかしそれは善と真理の中に居る者を除いて他の者は決して認めることが出来ない。他の者達はどれほど道徳的な生命(生活)と社会的な生命(生活)の中にある事柄の理解を持つにせよ、またどれほど彼らが知的な者達の如く見えるにせよ、そのような承認に至るまで認めることは出来ない。というのは、彼らは善と真理が何かを知らないからである。なぜなら、悪を善と見なし、また間違った原理を真理と見なすからである。それ故に善が言われる時、即座に悪の考えがもたらされ、真理が言われる時、即座に間違った原理の考えがもたらされる。それ故、内意の中に含まれることを何も認めないが、しかし最初の聞くことによって暗闇が現われそれらが光を消す。

30-3913-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3913-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3913. Dixit,:言った、Ecce:ほら、見よ、famula:女召使、女奴隷、mea:私の、Bilhah'::ビルハ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、medium:手段、媒介、中間、affirmans.:主張している、肯定している、強めている、固めている、quod:こと、それ、そのこと、inter:~の中に、~の間で、~の間に、naturale:自然の、自然的な、verum:真理、(c) et:~と、および、interius:内的な、より内なる、verum,:真理、constat:知られる、明らかである、(c)ex:~から、~により、significatione:意味、`famulae':女召使、女奴隷、tum:その上、更に、ancillae,:女奴隷、女召使、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、affectio:情愛、cognitionum:知識、概念、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、exterioris:外的な、より外なる、hominis,:人間、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、1895, 2567, 3835, 3849, et:また、そして、quia:なぜなら、ので、affectio:情愛、illa:それは、est:ある、medium:手段、媒介、中間、conjungendi:連結することの、結合することの、vera:諸々の真理、interiora:内的な、より内なる、eum:それを、彼を、veris:諸々の真理、naturalibus:自然の、自然的な、seu:即ち、或いは、externis,:外部の、外なる、ideo:それ故、そのために、hic:ここに、この場に、per:~を通して、~によって、`famulam':女召使、女奴隷、significatur:意味される、medium:手段、媒介、中間、affirmans.:主張している、肯定している、強めている、固めている、inter:~の中に、~の間で、~の間に、illa;:それらを、et:また、そして、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Bilhae':ビルハ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、quale:質、性質、illius:それの、彼の、medii.:手段、媒介、中間、中央、中心、真ん中、
Per:~を通して、~によって、ancillas:女奴隷達、女召使達、datas:与えられた、Jacobo:ヤコブ、a:~から、~により、Rachele:ラケル、et:~と、および、Leah:レア、in:~の中へ、~として、mulieres:女達、妻達、婦人達、ut:~のために、こと、~するように、procrearent:生じた、産んだ、sobolem,:子、子孫、nihil:無意味、何も~ない、無、aliud:他のもの、異なった、in:~の中、~において、sensu interno:内意、repraesentatum:象徴された、表象された、et:また、そして、significatum est:意味された、quam:~を除いて、~の外は、tale:このような、次ぎのような、quod:こと、それ、そのこと、inservit,:仕える、奉仕する、hic:ここに、この場に、pro:~として、~のために、medio:手段、媒介、中間、conjunctionis,:連結、結合、nempe:正確には、即ち、interioris:内的な、より内なる、veri:真理、verum:真理、externo;:外部の、外なる、per:~を通して、~によって、`Rachelem':ラケル、enim:なぜならば、~というのは、repraesentatur:象徴される、表象される、interius:内的な、より内なる、verum,:真理、per:~を通して、~によって、`Leam':レア、externum,:外部の、外なる、n.:番号、3793, 3819: agitur:述べられる、取り扱われる、enim:なぜならば、~というのは、hic:ここに、この場に、per:~を通して、~によって、duodecim:12、filios:息子達、Jacobi:ヤコブ、de:~について、duodecim:12、communibus:普遍的な、一般の、全般的な、seu:即ち、或いは、cardinalibus:基本的な、主要な、rebus:事柄、物事、per:~を通して、~によって、quas:それらを、initiatur:導かれる、伝授される、始められる、奥義を伝えられる、手ほどきされる、homo:人間、in:~の中、~において、spiritualia:霊的な、et:~と、および、caelestia:天的な、dum:その時、もし~ならば、regeneratur:再生される、seu:即ち、或いは、dum:その時、もし~ならば、fit:為される、行われる、Ecclesia;:教会、
[2]homo:人間、enim:なぜならば、~というのは、cum:その時、その場合、regeneratur:再生される、seu:即ち、或いは、fit:為される、行われる、Ecclesia,:教会、hoc est,:即ち、cum:その時、その場合、fit:為される、行われる、a:~から、~により、mortuo:死んだ、生命のない、{1} homine:人間、vivus:生きている、生命のある、seu:即ち、或いは、{2}a:~から、~により、corporeo:地的な、形体的な、caelestis,:天的な、per:~を通して、~によって、plures:より多くの、多数の、status:状態、性質、a:~から、~により、Domino:主、ducitur;:導かれる、communes:全般的な、一般的な、普遍的な、{3} status:状態、性質、sunt:ある、qui:それらは、designantur:明記される、表示される、描かれる、per:~を通して、~によって、duodecim:12、illos:彼らを、filios,:息子達、et:また、そして、dein:次いで、その後、その後は、per:~を通して、~によって、duodecim:12、tribus,:部族、quapropter:そのために、それ故に、` duodecim:12、tribus':部族、significant:意味する、omnia:凡ての、全体の、fidei:信仰、et:~と、および、amoris,:愛、ut:~のように、~として、n.:番号、3858 ostensum:示された、videatur;:見られる、認められる、communia :普遍的な、一般の、全般的な、enim:なぜならば、~というのは、involvunt:包む、含む、omnia:凡ての、全体の、particularia:部分的な、個々の、et:~と、および、singularia,:個々の、別々の、et:また、そして、haec:これらは、se referunt:~に関係する、~に関係がある、ad:~に、~へ、illa.:それらを、
Cum:その時、その場合、homo:人間、regeneratur,:再生される、tunc:その時、やがて、internus homo:内なる人間、conjungendus:連結されるべき、結合されるべき、(未来受動分詞)est:ある、cum:~と一緒に、~と、externo,:外部の、外なる、proinde:従って、それ故に、(t) bona:諸々の善、et:~と、および、vera:諸々の真理、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、interni hominis:内なる人間、cum:~と一緒に、~と、(t)bonis:諸々の善、et:~と、および、veris:諸々の真理、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、externi,:外部の、外なる、ex:~から、~により、veris:諸々の真理、et:~と、および、bonis:諸々の善、enim:なぜならば、~というのは、homo:人間、est:ある、homo;:人間、illa:それらは、non:否、conjungi:連結されること、結合されること、possunt:出来る、可能である、absque:~なしに、~を除いて、mediis;:手段、媒介、中間、media:手段、媒介、中間、sunt:ある、talia:このような、次ぎのような、quae:それらは、そのことらは、aliquid:何か、若干の、trahunt:得る、引き寄せる、引き出す、獲得する、ab:~から、~により、una:1、parte:~の側から、et:また、そして、aliquid:何か、若干の、ab:~から、~により、altera,:他の方の、もう一つの、第二の、et:また、そして、quae:それらを、そのことらを、faciunt:行なう、結ぶ、ut:~のように、例えば、quantum:quantum~tantum~、~ほど~それだけ、~だけ~である、homo:人間、accedit:加わる、近寄る、近づく、接近する、ad:~に、~へ、unam,:1、tantum subordinetur:下位に置かれる、従属させられる、altera;:他の方の、もう一つの、第二の、haec:これらは、media:手段、媒介、中間、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、`ancillas,':女奴隷、女召使、media:手段、媒介、中間、a parte:~の側から、interni hominis:内なる人間、per:~を通して、~によって、` ancillas:女奴隷、女召使、Rachelis,':ラケル、{4} et:また、そして、media:手段、媒介、中間、a parte:~の側から、externi:外部の、外なる、hominis:人間、per:~を通して、~によって、` ancillas:女奴隷、女召使、Leae.':レア、
[3] Quod:こと、それ、そのこと、media:手段、媒介、中間、conjunctionis:連結、結合、erunt,:ある、(三人称複数未来)constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~により、eo:それから、quod:こと、それ、そのこと、naturalis:自然的な、自然の、homo:人間、ex:~から、~により、se:自分自身を、それ自身を、prorsus:全く、完全に、non:否、concordet:調和する、cum:~と一緒に、~と、spirituali,:霊的な、sed:しかし、quod:こと、それ、そのこと、in tantum:それほどに、discordet,:一致しない、調和しない、ut:~のために、こと、~するように、prorsus:全く、完全に、ei:彼に、それに、oppositus:対立の、反対の、sit;:ある、naturalis:自然的な、自然の、enim:なぜならば、~というのは、homo:人間、spectat:見る、考慮する、et:~と、および、amat:愛する、se:自分自身を、et:~と、および、mundum,:(この)世、世界、spiritualis:霊的な、autem:しかし、他方において、non:否、spectat:見る、考慮する、{5}se:自分自身を、et:~と、および、mundum:(この)世、世界、nisi:~以外、もし~でなければ、quantum:ほど、~の限り、~の範囲、~の程度、conducit:役立つ、益する、導く、貢献する、ad:~のために、~へ、promovendos:助長することへ、成就することへ、向上することへ、usus:用、役立ち、in:~の中、~において、spirituali:霊的な、mundo,:(この)世、世界、ita:このように、従って、servitium:奴隷、従属、服従、ejus:それの、彼の、spectat:見る、考慮する、et:また、そして、id:それを、amat:愛する、ex:~から、~により、usu:用、役立ち、et:~と、および、fine;:目的、意図naturalis:自然的な、自然の、homo:人間、tunc:その時、やがて、vitam:生命、生活、habere:持つこと、sibi:自分自身に、videtur,:見られる、認められる、cum:その時、その理由で、ad:~に関して、~へ、dignitates:地位、名誉、evehitur,:高められる、上げられる、ita:このように、従って、ad:~によって、~へ、supereminentiam:卓越、傑出、super:~の上に、~の上へ、alios,:他のもの、異なった、at:しかし、だが聞き給え、spiritualis:霊的な、homo:人間、vitam:生命、生活、habere:持つこと、sibi:自分自身に、videtur:見られる、認められる、in:~の中、~において、humiliatione:卑下の状態、卑下、et:~と、および、quod:こと、それ、そのこと、minimus:最小の、最も低い、sit;:ある、nec:否、dignitates:地位、名誉、spernit,:遠ざける、退ける、modo:~する限りは、もし~とすれば、per:~を通して、~によって、illas:それらを、ut:~のために、こと、~するように、per:~を通して、~のために、media:手段、媒介、中間、inservire:役に立つこと、仕えること、possit:出来る、可能である、proximo,:隣人、仲間、societati:仲間関係、社会、communi,:普遍的な、共通の、全般的な、et:~と、および、Ecclesiae,:教会、et:また、そして、non:否、reflectit:反省する、熟考する、考慮する、super:上に、上で、dignitates:地位、名誉、ad:~に、~へ、quas:それらを、evehitur,:高められる、上げられる、propter:~のために、~の故に、se,:自分自身を、sed:しかし、propter:~のために、~の故に、illos:彼らを、それらを、usus:用、役立ち、qui:それらは、ei:彼に、fines:目的、意図、sunt;:ある、naturalis:自然的な、自然の、homo:人間、in:~の中、~において、sua:それ自身から、beatitudine:幸福、至福、est:ある、cum:その時、その場合、prae:~より多い、~より以上の、aliis:他の者達、opulentus:富裕な、裕福な、{6} est:ある、ac:また、なお加えて、mundi:(この)世、世界、opes:財産、富、possidet,:所有する、占有する、at:しかし、だが聞き給え、spiritualis:霊的な、homo:人間、in:~の中、~において、sua:それ自身から、beatitudine:幸福、至福、est:ある、cum:その時、その場合、in:~の中、~において、cognitionibus:知識、概念、veri:真理、et:~と、および、boni,:善、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、ei:彼に、それに、opulentia,:豊かさ、富、et:また、そして、magis:もっと、更に、むしろ、cum:その時、その場合、in:~の中、~において、exercitio:行使、実行、boni:善、secundum:~に従って、~に沿って、vera:諸々の真理、est;:ある、nec:否、tamen:しかし、それにもかかわらず、spernit:遠ざける、退ける、opulentiam,:豊かさ、富、quia:なぜなら、ので、per:~を通して、~によって、illam:それを、in:~の中、~において、exercitio:行使、実行、potest:出来る、可能である、esse:あること、存在すること、et:~と、および、in:~の中、~において、mundo;:(この)世、世界、
[4] ex:~から、~により、his:これらから、paucis:僅かの、簡潔に、手短に、僅かな言葉で、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、quod:こと、それ、そのこと、status:状態、性質、naturalis:自然的な、自然の、hominis:人間、et:~と、および、spiritualis:霊的な、sint:ある、sibi:それら自身に、oppositi:対立の、反対の、per:~を通して、~に関して、fines,:目的、意図、(m) sed:しかし、quod:こと、それ、そのこと、usque:それでもなお、やはり、conjungi:連結されること、結合されること、possint;:出来る、可能である、quod:こと、それ、そのこと、fit:為される、行われる、cum:その時、その場合、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、externi:外部の、外なる、hominis:人間、subordinata:下位に置かれた、従属させられた、sunt:ある、et:また、そして、inserviunt:役に立つ、仕える、finibus:目的、意図、interni(n);:内部の、内なる、ideo:それ故、そのために、ut:~のために、こと、~するように、homo:人間、fiat:為される、行なわれる、(接続法三人称単数現在)spiritualis,:霊的な、necessum est:必要である、ut:~のために、こと、~するように、{7}illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、externi:外部の、外なる、hominis:人間、ad:~に、~へ、obsequium:従順、恭順、redigantur,:元へ返される、元へ戻される、ita:このように、従って、exuendi:取り去ることの、剥ぎ取ることの、捨てることの、sunt:ある、fines:目的、意図、pro:~として、~のために、se:自分自身から、それ自身から、et:~と、および、mundo:(この)世、世界、ac:また、なお加えて、induendi:着ることの、身に着けることの、fines:目的、意図、pro:~として、~のために、proximo:隣人、仲間、et:~と、および、pro:~として、~のために、regno:王国、Domini;:主、illa:それらは、exui:取り去られること、剥ぎ取られること、et:~と、および、haec:これらは、indui:着られること、身に着けられること、nequaquam:決して~でない、possunt,:出来る、可能である、ita:このように、従って、non:否、conjungi,:連結されること、結合されること、nisi:~以外、もし~でなければ、per:~を通して、~によって、media;:手段、媒介、中間、haec:これらは、media:手段、媒介、中間、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、`ancillas,':女奴隷、女召使、et:また、そして、{8}in specie:特に、詳細に、per:~を通して、~によって、quatuor:4、filios:息子達、ab:~から、~により、ancillis:女召使、女奴隷、natos::産まれた者達、息子達、
[5] primum:第一の、最初の、medium:手段、媒介、中間、est:ある、affirmans:主張している、肯定している、強めている、固めている、seu:即ち、或いは、affirmativum:肯定の、肯定的な、veri:真理、interni,:内部の、内なる、nempe:正確には、即ち、quod:こと、それ、そのこと、ita:このように、従って、sit;:ある、cum:その時、その場合、affirmativum:肯定の、肯定的な、fit,:為される、行われる、tunc:その時、やがて、homo:人間、est:ある、in:~の中、~において、principio:基礎、始め、初め、端緒、起源、源、regenerationis,:再生、bonum:善、{9} ab:~から、~により、Domino:主、operatur,:遂行する、働く、働きかける、(dep)et:また、そして、facit:行なう、為す、affirmationem;:断言、主張、肯定、確認、bonum:善、illud:それは、non:否、potest:出来る、可能である、influere:流れ込むこと、流入すること、in:~の中へ、~に、negativum,:否定の、禁止の、ne quidem:決して~ない、~ですら~ない、in:~の中へ、~に、dubitativum,:疑わしい、疑惑、antequam:~より前に、~より先に、hoc:これを、affirmativum:肯定の、肯定的な、fit;:為される、行われる、id:それは、bonum:善、dein:次いで、その後、その後は、se:自分自身を、それ自身を、manifestat:明らかにする、明瞭にする、per:~を通して、~によって、affectionem,:情愛、nempe:正確には、即ち、per:~を通して、~によって、id:それを、quod:こと、それ、そのこと、homo:人間、afficiatur:働きかけられる、影響を及ぼされる、作用される、vero,:真理、seu:即ち、或いは、incipiat:取り掛かる、起こる、始める、起こる、delectari:楽しまされること、楽しみを与えられること、illo,:それから、primum:先ず、初めて、最初に、quod:こと、それ、そのこと、sciat:知る、id,:それを、dein:次いで、その後、その後は、quod:こと、それ、そのこと、secundum:~に従って、~に沿って、id:それを、agat;:行なう、ut:~のように、例えば、pro:~として、~のために、exemplo,:例、例として、quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、sit:ある、salus:救い、救済の手段、generi humano;:人類、nisi:~以外、もし~でなければ、hoc:これは、fiat:為される、行なわれる、(接続法三人称単数現在)affirmativum:肯定の、肯定的な、ab:~から、~により、homine,:人間、non:否、possunt:出来る、可能である、omnia:凡ての、全体の、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、de:~について、Domino:主、ex:~から、~により、Verbo:聖言、御言葉、aut:即ち、或いは、in:~の中、~において、Ecclesia:教会、didicit,:学んだ、経験した、et:また、そして、in:~の中、~において、naturalis:自然的な、自然の、{10} ejus:それの、彼の、memoria:記憶、記憶力、inter:~の中に、~の間で、~の間に、scientifica:科学的な、事実に基づいた、sunt,:ある、conjungi:連結されること、結合されること、cum:~と一緒に、~と、interno:内部の、内なる、ejus:それの、彼の、homine,:その内なる人間、{11}hoc est,:即ち、cum:~と一緒に、~と、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、ibi,:そこに、そこで、possunt:出来る、可能である、esse:あること、存在すること、fidei,:信仰、ita:このように、従って、nec:否、potest:出来る、可能である、affectio:情愛、influere,:流れ込むこと、流入すること、ne quidem:決して~ない、~ですら~ない、in:~の中へ、~に、communia:普遍的な、一般の、全般的な、illius:それの、彼の、rei:事柄、物事、quae:それらは、そのことらは、ad:~のために、~へ、salutem:救い、救済の手段、hominis:人間、conducunt;:集める、雇う、at:しかし、だが聞き給え、cum:その時、その場合、affirmativum:肯定の、肯定的な、fit,:為される、行われる、tunc:その時、やがて、innumerabilia:無数の、数え切れない、accedunt,:加わる、携わる、与えられる、et:また、そして、implentur:満たされる、一杯にされる、bono:善、quod:こと、それ、そのこと、influit;:流れ込む、流入する、nam:なぜなら、というのも、bonum:善、continue:連続的に、継続して、(t) influit:流れ込む、流入する、a:~から、~により、Domino,:主、sed:しかし、ubi:そこで、その場所、non:否、est:ある、affirmativum,:肯定の、肯定的な、non:否、recipitur::受け入れられる、受容される、est:ある、itaque:そして従って、またそのように、またそれ故に、(=et ita)affirmativum:肯定の、肯定的な、primum:第一の、最初の、medium,:手段、媒介、中間、中央、中心、真ん中、et:また、そして、quasi:言わば、あたかも~のように、primum:第一の、最初の、habitaculum:住みか、居住地、幕屋、boni:善、influentis:流れ込んでいる、流入している、a:~から、~により、Domino::主、similiter:同様に、似ている、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に、~と、omnibus:凡ての、全体の、reliquis:残りの、他の、quae:それらは、そのことらは、fidei:信仰、vocantur.:呼ばれる、

3913.「彼女は言った。私の女召使ビルハを見よ」が、自然的な真理と内的な真理の間で(連結を)強めている手段を意味することは、「女召使」の意味、更に女奴隷の意味が外なる人間の概念(知識)への情愛であることから知られよう。そのことについては1895, 2567, 3835, 3849番(に示された)。またその情愛は内的な真理が自然的な真理、或いは外なる真理に連結することの手段なので、それ故、ここの「召使」によってそれらの間で(連結を)強めている手段が意味される。また「ビルハ」の表象がその手段の性質であることから知られよう。
内意において、子を産むために女(妻)としてラケルとレアによりヤコブに与えられた女奴隷達によって連結の手段として、即ち内的な真理と外なる真理との連結の手段として仕えるようなものを除いて他のものは何も表象されず、また意味されていない。というのは、「ラケル」によって内的な真理が表象され、「レア」によって外なる真理が表象されるからである。3793, 3819番(を参照)、というのは、ここのヤコブの十二人の息子達によって人間が再生される時に、或いは教会に為される時に霊的なものと天的なものに導かれる十二の全般的な事柄、或いは(十二の)基本的な事柄について述べられているからである。
[2]というのは、人間が再生される時、或いは教会に為される時、即ち死んだ人間から生きている人間に為される時、或いは地的な者から天的な者に為される時、主により多くの状態を通して導かれるからである。それらの全般的な状態がその十二人の息子達によって明記されており、またその後、十二の部族によって明記されている。それ故に、3858番に示されたように「十二の部族」は信仰と愛の凡てのものを意味することが認められよう。というのは、全般的なものは凡ての部分的なものと個別的なものを含むからであり、またそれらに関係するからである。
人間が再生される時、やがて内なる人間が外なる人間と連結されなければならない。それ故、内なる人間の善、および真理が外なる人間の善、および真理と連結されなければならない。というのは、人間は真理と善から人間であるからであり、それらは手段なしに連結されることは出来ないからである。手段は一方の側から何かを引き出し、またもう一方の側から何かを引き出しそれらを結ぶようなものである。例えば、人間が一方へ近付くほど、それだけもう一方が下位に置かれるようなものである。それらの手段が「女奴隷」によって意味されている。「ラケルの女奴隷」によって内なる人間の側からの手段が意味され、「レアの女奴隷」によって外なる人間の側からの手段が意味されている。
[3]連結の手段があらねばならないことは、自然的な人間は自分自身からは全く霊的な人間と調和せず、それに完全に反対のものであるほど調和しないことから知られることが出来よう。というのは、自然的な人間は自分自身とこの世を考慮し、また愛するからであり、他方において霊的な人間は、もし霊的な世界の中の用が成就するために役立つ範囲でなければ自分自身とこの世を考慮しないからである。従って用と目的からその従属を考慮し、またそれを愛する。自然的な人間は地位に関して上げられ、そのように他の者達の上に自分自身の卓越によって、その理由で生命を自分自身に持つことが認められる。だが聞き給え、霊的な人間は卑下の中と最小の者であることで自分自身に生命を持つことが認められる。彼(霊的な人間)はもし、それら(地位)によって隣人、共同の社会、および教会に役立つことが出来るとすれば(その)手段のために地位を遠ざけない。またそれらのために上げられる地位の上で自分のために考慮しないが、しかし彼に目的である用のために考慮する。自然的な人間は他の者達よりも裕福な時、またこの世の富を所有する時、その幸福の中に居るが、しかし霊的な人間は真理と善の知識(概念)の中に居る時、その幸福の中に居り、それらが彼に富である。また真理に従った善の実行の中に居る時、更にその幸福の中に居る。それにもかかわらず、彼は富を遠ざけない。なぜなら、それによって(善の)実行の中に居ることが出来るからであり、またこの世に居ることが出来るからである。
[4]これらの僅かな言葉から、目的に関して自然的な人間の状態と霊的な人間の状態は反対の(状態である)ことが知られることが出来よう。しかしそれでもなお、それらは連結されることが出来る。それは外なる人間が下位に置かれ、また内なる人間の目的に仕える時に為される。それ故、人間が霊的に為されるために外なる人間のものが従順へ戻されることが必要である。従って、自分自身とこの世のための目的を取り去り、また隣人と主の王国のための目的を身に着けることの必要がある。それら(自分自身とこの世の目的)が取り去られることとこれら(隣人と主の王国のための目的)が身に着けられることは、もし手段を通してでなければ決してそのように連結されることは出来ない。それらの手段が「女奴隷」、また特に女奴隷から産まれた四人の息子達によって意味されている。
[5]最初の手段は内なる真理がそのようにあることを肯定するもの、或いは肯定的なものである。それ(手段)が肯定的なものに為される時、やがて人間は再生の端緒の中に居る。主からの善が働きかけ、そして肯定が為される。その善はそれ(手段)が肯定的なものに為される前の否定の中に流入することは出来ず、疑惑の中へすら流入することは出来ない。その後、その善はそれ自身を情愛によって、即ち人間が真理に働きかけられることによってそれ自身を明らかにする。或いはそれにより楽しみを与えられることを始める。先ずそれを知り、次いでそれに従って行なう。例えば例として、主は人類に救いであることが、人間により肯定的なものに為されるのでなければ、主について聖言から、或いは教会において学んだ凡てのこと、また自然的なものの中で科学的な(事実に基づいた)ものの間にあるその記憶はその内なる人間と連結出来ない。即ちそこで信仰のものであることが出来るものと連結出来ない。従って情愛が流入することが出来ず、人間の救いのために集めるその事柄の全般的なものへすら流入することが出来ない。だが聞き給え、肯定的なものに為される時、やがて無数のものが与えられ、また流入する善に満たされる。なぜなら、善は継続的に主から流入するが、しかしそこに肯定的なものがなければ受け入れられないからである。そしてそれ故に、肯定的なものは最初の手段であり、またそれは主から流入している善の最初の住みかのようなものであり、それを信仰のものと言われる他の凡てのものと同様に有する。

30-3913-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3913-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3913. Dixit, Ecce famula mea Bilhah': quod significet medium
affirmans quod inter naturale verum (c)et interius verum, constat
(c)ex significatione `famulae' tum ancillae, quod sit affectio
cognitionum quae sunt exterioris hominis, de qua n. 1895, 2567,
3835, 3849, et quia affectio illa est medium conjungendi vera
interiora eum veris naturalibus seu externis, ideo hic per
`famulam' significatur medium affirmans inter illa; et ex
repraesentatione `Bilhae' quod sit quale illius medii. Per
ancillas datas Jacobo a Rachele et Leah in mulieres ut procrearent
sobolem, nihil aliud in sensu interno repraesentatum et
significatum est quam tale quod inservit, hic pro medio
conjunctionis, nempe interioris veri verum externo; per `Rachelem'
enim repraesentatur interius verum, per `Leam' externum, n. 3793,
3819: agitur enim hic per duodecim filios Jacobi de duodecim
communibus seu cardinalibus rebus per quas initiatur homo in
spiritualia et caelestia dum regeneratur seu dum fit Ecclesia; [2]
homo enim cum regeneratur seu fit Ecclesia, hoc est, cum fit a
mortuo {1}homine vivus seu {2}a corporeo caelestis, per plures
status a Domino ducitur; communes {3}status sunt qui designantur
per duodecim illos filios, et dein per duodecim tribus, quapropter
`duodecim tribus' significant omnia fidei et amoris, ut n. 3858
ostensum videatur; communia enim involvunt omnia particularia et
singularia, et haec se referunt ad illa. Cum homo regeneratur,
tunc internus homo conjungendus est cum externo, proinde (t)bona et
vera quae sunt interni hominis cum (t)bonis et veris quae sunt
externi, ex veris et bonis enim homo est homo; illa non conjungi
possunt absque mediis; media sunt talia quae aliquid trahunt ab una
parte et aliquid ab altera, et quae faciunt ut quantum homo accedit
ad unam, tantum subordinetur altera; haec media sunt quae
significantur per `ancillas,' media a parte interni hominis per
`ancillas Rachelis,' {4}et media a parte externi hominis per
`ancillas Leae.' [3] Quod media conjunctionis erunt, constare
potest ex eo quod naturalis homo ex se prorsus non concordet cum
spirituali, sed quod in tantum discordet, ut prorsus ei oppositus
sit; naturalis enim homo spectat et amat se et mundum, spiritualis
autem non spectat {5}se et mundum nisi quantum conducit ad
promovendos usus in spirituali mundo, ita servitium ejus spectat et
id amat ex usu et fine; naturalis homo tunc vitam habere sibi
videtur, cum ad dignitates evehitur, ita ad supereminentiam super
alios, at spiritualis homo vitam habere sibi videtur in
humiliatione et quod minimus sit; nec dignitates spernit, modo per
illas ut per media inservire possit proximo, societati communi, et
Ecclesiae, et non reflectit super dignitates ad quas evehitur,
propter se, sed propter illos usus qui ei fines sunt; naturalis
homo in sua beatitudine est cum prae aliis opulentus {6}est ac
mundi opes possidet, at spiritualis homo in sua beatitudine est cum
in cognitionibus veri et boni, quae sunt ei opulentia, et magis cum
in exercitio boni secundum vera est; nec tamen spernit opulentiam,
quia per illam in exercitio potest esse et in mundo; [4] ex his
paucis constare potest quod status naturalis hominis et spiritualis
sint sibi oppositi per fines, (m)sed quod usque conjungi possint;
quod fit cum illa quae sunt externi hominis subordinata sunt et
inserviunt finibus interni(n); ideo ut homo fiat spiritualis,
necessum est ut {7}illa quae sunt externi hominis ad obsequium
redigantur, ita exuendi sunt fines pro se et mundo ac induendi
fines pro proximo et pro regno Domini; illa exui et haec indui
nequaquam possunt, ita non conjungi, nisi per media; haec media
sunt quae significantur per `ancillas,' et {8}in specie per quatuor
filios ab ancillis natos: [5] primum medium est affirmans seu
affirmativum veri interni, nempe quod ita sit; cum affirmativum
fit, tunc homo est in principio regenerationis, bonum {9}ab interno
operatur, et facit affirmationem; bonum illud non potest influere
in negativum, ne quidem in dubitativum, antequam hoc affirmativum
fit; id bonum dein se manifestat per affectionem, nempe per id quod
homo afficiatur vero, seu incipiat delectari illo, primum quod
sciat id, dein quod secundum id agat; ut pro exemplo, quod Dominus
sit salus generi humano; nisi hoc fiat affirmativum ab homine, non
possunt omnia illa quae de Domino ex Verbo aut in Ecclesia didicit,
et in naturalis {10}ejus memoria inter scientifica sunt, conjungi
cum interno ejus homine, {11}hoc est, cum illis quae ibi, possunt
esse fidei, ita nec potest affectio influere, ne quidem in communia
illius rei quae ad salutem hominis conducunt; at cum affirmativum
fit, tunc innumerabilia accedunt, et implentur bono quod influit;
nam bonum continue (t)influit a Domino, sed ubi non est
affirmativum, non recipitur: est itaque affirmativum primum medium,
et quasi primum habitaculum boni influentis a Domino: similiter se
habet cum omnibus reliquis quae fidei vocantur.

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-10-3939~

30-10-3939

29-3784~3790意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3784~3790意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3784.七~八節、「また、彼は言った。見よ、依然として日は長い。羊達を集める時ではない。羊の群れに飲ませよ、また行って牧せよ、
同時に、彼らは言った。私達は出来ません。凡ての群れが集められ、また井戸の口の上から石を転がし落とすまで、そして私達が羊の群れに飲ませるまで、」
「彼は言った。見よ、依然として日は長い」は、今なお継続している日の状態を意味し、「羊達を集める時ではない」は、教会と教義の事柄の諸々の善と諸々の真理をまだ一つにしないことを意味し、「羊の群れに飲ませよ、また行って牧せよ」は、それでもなお、そこから僅かな者達に教えることを意味し、「同時に、彼らは言った。私達は出来ません。凡ての群れが集められるまで」は、それらは一緒にいなければならないことを意味し、「また井戸の口の上から石を転がし落とすまで」は、そのように聖言の覆いが取られるまで」を意味し、「そして私達が羊の群れに飲ませるまで」は、その時、教えられることを意味する。

3785.「彼は言った。見よ、依然として日は長い」が、今なお継続している日の状態を意味することは、日の意味が状態であることから知られよう。そのことについては、23, 487, 488, 493, 893, 2788, 3462番に示された。「見よ、依然として日は長い」が継続していることはひと続きのものから明らかである。

3786.「羊達を集める時ではない」が、教会と教義の事柄の善と真理をまだ一つにしないことを意味することは、「時」の意味が一般的に状態であることから知られよう。そのことについては2625, 2788, 2837, 3254, 3356番に示された。また「集めること」の意味が一つになることであることから知られよう。また「羊」の意味が一般的に教会と教義の事柄の善と真理であることから知られよう。羊は一般的にそれらを意味する。なぜなら、表象の教会の宗教儀式において、また聖言においてそれらの動物は善への情愛、或いは真理への情愛であるからである。そのことは45, 46, 142, 143, 246, 714, 715, 776, 1823, 2179, 2180, 2781, 3218, 3519番に示されたことから知られることが出来よう。またそれらは教会と教義の事柄の善と真理なので、またそれらについて内意の中で取り扱われているので、「羊達を集める時ではない」によって教会と教義の事柄の善と真理をまだ一つにしないことを意味する。それらのことによって表象の意味において次のようにそのことを有する。古い状態を捨て、また新しい状態を身に着ける人間、即ち再生される人間において、再生よりも前に教会と教義の事柄の善と真理を学び、また吸収しなけらばならない。というのは、知識(概念)、更にそれらのための情愛は新しい生命を受け入れる容器であるからである。それ故、進んでいる年齢において、或いは充分な状態においてでなければ誰も再生されることが出来ない。そのことは677, 679, 711, 1555, 2046, 2063, 2636, 2697, 2979, 3203, 3502, 3508, 3510, 3665, 3699, 3701番に認められよう。そのことは一般的に教会と一緒にそのことを有する。教会が設立される時、先ず善と真理の教義の事柄が一つのものにならなければならない。というのは、教会はそれらの上に建てられるからであり、更に教義の事柄もまた相互に結びつき、また相互に関係するからである。それ故、前以て一つのものになるのでなければ無力なものであろう。またそれらが不足する時、人間の理性から補われなければならない。人間の理性が霊的なものと神的なものの中で盲目であるほど、また欺かれるほど、その時、自分自身から推論する。そのことは前にしばしば示された。それ故、教会に聖言が与えられた。その中に善と真理の凡ての教義の事柄がある。再生される人間に個別に聖言が持たれる如く、一般的な教会において、その中に聖言を持つ。というのは、再生される者は個別の教会であるからである。上に言われたように、再生される前に人間の許に、前以て教会の善と真理の教義の事柄が一緒に在らねばならない。それらが「見よ、依然として日は長い。羊達を集める時ではない」によって内意の中で意味されている。

3787.「羊の群れに飲ませよ、また行って牧せよ」が、それでもなお、そこから僅かな者達に教えることを意味することは、「羊の群れに飲ませること」の意味が聖言から教えることであることから知られよう。そのことについては3772番に示された。また「行って牧せよ」の意味がそこからの生命(生活)と教義であることから知られよう。そのことは3335, 3690番に認められよう。また「牧すること」の意味が教義であることから知られよう。343番を参照、また後に続く箇所において知られよう。ここに隠れている秘義は完全な状態に至るまで達する者達、またそのように再生されることが出来る者達は僅かな者達であることである。そのことについては2636番に示された。

3788.「同時に、彼らは言った。私達は出来ません。凡ての群れが集められるまで」が、それらは一緒に居なければならないことを意味することは、上の3786番のように、「集められること」の意味が一つであること、或いは一緒に居ることであることから知られよう。また「群れ」の意味が教義の事柄であることから知られよう。そのことにつては3767, 3768番に示された。それらの言葉が何を含むかは直ぐ上の3786, 3787番に言われたことから知られることが出来よう。

3789.「また井戸の口の上から石を転がし落とすまで」が、そのように聖言の覆いが取られるまでを意味することは、「石を転がし落とすこと」の意味が覆いを取られることであることから知られよう。そのことについては3769, 3771, 3773番に示された。また「井戸」の意味が聖言であることから知られよう。そのことについては3424, 3765番に示された。

3790.「そして私達が羊の群れに飲ませるまで」が、その時、教えられることを意味することは「羊の群れに飲ませること」の意味が教えることであることから知られよう。そのことについては3772, 3787番に示された。それらのこともまた前に言われたことから明らかである。

30-3909~3912原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3909~3912原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3909. `Et accensus ira Jacob in Rachelem': quod significet
indignationem a parte boni naturalis, constat a significatione
`accendi ira' quod sit indignari, de qua sequitur; et a
repraesentatione `Jacobi' quod sit bonum naturalis, de qua supra;
`in Rachelem' dicitur quia verum interius per Rachelem
repraesentatum, a bono naturalis quod est Jacob, non adhuc agnosci
fide et actu posset. Quod ira accendi sit indignari in sensu
interno, est quia omnis affectio naturalis cum versus interiora,
seu versus caelum ascendit, mitior fiat, et tandem mutetur in
affectionem caelestem; quae enim in sensu litterae exstant, ut hic
`accendi ira,' sunt rudia respective, quia naturalia et corporea,
sed mitia et lenia fiunt sicut a corporeo et naturali homine ad
internum seu spiritualem elevantur; {1}inde est, quod sensus
litteralis {2}sit talis quia ad captum naturalis hominis, et sensus
internus non talis quia ad captum spiritualis hominis, accommodatus
est; inde patet quod per `accendi ira' significetur indignari; ipsa
indignatio spiritualis, minus caelestis, nec trahit aliquid ab ira
naturalis hominis, sed ab interiore essentia zeli, qui nempe zelus,
in externa forma apparet sicut ira, sed in interna non est ira, ne
quidem indignatio irae, sed est triste quoddam tum votivo ut non
ita sit, et in forma adhuc interiore est modo obscurum quoddam quod
jucundum caeleste interpolat ex non bono et vero apud alium.

3909. `Et:また、同時に、accensus:灯された、燃やされた、かきたてられた、ira:怒り、憤り、Jacob:ヤコブ、in:~の中へ、~に、Rachelem'::ラケル、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、indignationem:憤り、不本意、a:~から、~により、parte:部、部分、boni:善、naturalis,:自然的な、自然の、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`accendi:燃やされることの、かきたてられることの、ira':怒り、憤り、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、indignari,:憤慨すること、憤ること、de:~について、qua:それから、そのことから、sequitur;:続く、続いて来る、et:また、そして、a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi':ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum:善、naturalis,:自然的な、自然の、de:~について、qua:それから、そのことから、supra;:上に、上部に、` in:~の中へ、~に、Rachelem':ラケル、dicitur:言われる、quia:なぜなら、ので、verum:真理、interius:内的な、より内なる、per:~を通して、~によって、Rachelem:ラケル、repraesentatum,:象徴された、表象された、a:~から、~により、bono:善、naturalis:自然的な、自然の、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、Jacob,:ヤコブ、non:否、adhuc:依然として、その時まで、agnosci:認められること、承認されること、fide:信仰、et:~と、および、actu:行動、活動、posset.:出来た、可能であった、
Quod:こと、それ、そのこと、ira:怒り、憤り、accendi:燃やされることの、かきたてられることの、sit:ある、indignari:憤慨すること、憤ること、in:~の中、~において、sensu interno,:内意、est:ある、quia:なぜなら、ので、omnis:凡ての、全体の、affectio:情愛、naturalis:自然的な、自然の、cum:その時、その場合、versus:~の方へ、~に向って、 interiora,:内的な、より内なる、seu:即ち、或いは、versus:~の方へ、~に向って、caelum:天界、ascendit,:登る、上がる、mitior:優しい、温和な、穏やかな、(比較級)fiat,:為される、行なわれる、(接続法三人称単数現在)et:また、そして、tandem:遂に、最後に、mutetur:変えられる、in:~の中へ、~に、affectionem:情愛、caelestem;:天的な、quae:それらは、そのことらは、enim:なぜならば、~というのは、in:~の中、~において、sensu litterae:文字通りの意味、exstant,:現れる、存在する、ut:~のように、例えば、hic:ここに、この場に、` accendi:燃やされることの、かきたてられることの、ira,':怒り、憤り、sunt:ある、rudia:粗雑な、粗製の、大雑把な、粗野な、荒削りの、respective,:~と比較すれば、~と比べて、相対的に、quia:なぜなら、ので、naturalia:自然の、自然的な、et:また、そして、corporea,:地的な、形体的な、sed:しかし、mitia:緩やかな、柔和な、et:また、そして、lenia:穏やかな、柔らかな、fiunt:為される、行なわれる、sicut:~に応じて、~ほど、a:~から、~により、corporeo:地的な、形体的な、et:~と、および、naturali:自然の、自然的な、homine:人間、ad:~に、~へ、internum:内部の、内なる、seu:即ち、或いは、spiritualem:霊的な、elevantur;:上げられる、高められる、{1} inde:それ故、そこから、est,:ある、quod:こと、それ、そのこと、sensus litteralis:文字通りの意味、{2} sit:ある、talis:このような、次ぎのような、quia:なぜなら、ので、ad:~に、~へ、captum:理解、把握、掴むこと、naturalis:自然的な、自然の、hominis,:人間、et:ところがしかし、sensus internus:内意、non:否、talis:このような、次ぎのような、quia:なぜなら、ので、ad:~に、~へ、captum:理解、把握、掴むこと、spiritualis:霊的な、hominis,:人間、accommodatus est;:適応された、inde:それ故、そこから、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、` accendi:燃やされることの、かきたてられることの、ira':怒り、憤り、significetur:意味される、indignari;:憤慨すること、憤ること、ipsa:そのもの、それ自身、indignatio:憤り、不本意、spiritualis,:霊的な、minus:なお更、まして、caelestis,:天的な、nec:否、trahit:得る、引き出す、aliquid:何か、若干の、ab:~から、~により、ira:怒り、憤り、naturalis:自然的な、自然の、hominis,:人間、sed:しかし、ab:~から、~により、interiore:内的な、より内なる、essentia:本質、zeli,:熱心、熱意、qui:それは、nempe:正確には、確かに、もちろん、zelus,:熱心、熱意、in:~の中、~において、externa:外部の、外なる、forma:形、性質、apparet:現れる、見える、sicut:~の如く、~のように、ira,:怒り、憤り、sed:しかし、in:~の中、~において、interna:内部の、内なる、non:否、est:ある、ira,:怒り、憤り、ne quidem:決して~ない、~ですら~ない、indignatio:憤り、不本意、irae,:怒り、憤り、sed:しかし、est:ある、triste:憂鬱な、不快な、quoddam:ある種の、何らかの、tum:その上、更に、votivo:誓願の、望みどおりの、ut:~のために、こと、~するように、non:否、ita:このように、従って、sit,:ある、et:また、そして、in:~の中、~において、forma:形、性質、adhuc:更に、一層、interiore:内的な、より内なる、est:ある、modo:調べ、旋律、様式、obscurum:不明瞭な、暗い、不確かな、quoddam:ある種の、何らかの、言わば、幾つか、quod:こと、それ、そのこと、jucundum:愉快、楽しい、喜ばしい、caeleste:天的な、interpolat:さえぎる、中途妨害する、中断する、ex:~から、~により、non:否、bono:善、et:~と、および、vero:真理、apud:~のもとに、~において、alium.:他のもの、異なった、

3909.「同時に、ヤコブはラケルに怒りをかきたてられた」が、自然的な善の部分からの憤りを意味することは、「怒りをかきたてられること」の意味が憤ることであることから知られよう。そのことについては続いて(述べよう)。また「ヤコブ」の表象が自然的な善であることから知られよう。そのことについては上に(示された。また)ラケルによって内的な真理が表象されるので「ラケルに」と言われている。それはその時まで、ヤコブである自然的な真理によってそれ(内的な真理)が信仰と行動で承認されることが出来なかったからである。
内意において怒りをかきたてられることは憤ることである。なぜなら、自然的な凡ての情愛が内的なものに向かって、或いは天界に向かって上がる時、穏やかなものに為されるからであり、また最後に天的な情愛に変えられるからである。というのは、ここの「怒りをかきたてられる」と言うような文字通りの意味に現われるものは、自然的な、また形体的なものなので相対的に粗雑なものだからである。しかし形体的な人間と自然的な人間から内なる人間、或いは霊的な人間に上げられるに応じて柔和な、また穏やかなものに為される。それ故、(聖言の)文字通りの意味は自然的な人間の理解に適応されたものなのでそのようなものである。ところがしかし(聖言の)内意はそのようなものではない。なぜなら、霊的な人間の理解に適応されたものであるからである。それ故、「怒りをかきたてられること」によって憤ることが意味されることが明らかである。霊的な怒りそのもの、まして天的な怒りそのものは自然的な人間の怒りからは何も引き出さないが、しかし内的な熱意の本質から(引き出す)。確かに熱意は外なる形において怒りの如く見えるが、しかし内なる形においては怒りではなく、憤りですらなく、或る種の憂鬱なもの、更に誓願がそのようにならないこと(の憂鬱なものであり)、また一層、内的な形においては他の者の許の善と真理でないものから天的な楽しいものをさえぎる或る種の不明瞭な旋律である。

3910. `Et dixit, An pro Deo ego?': quod significet quod ei
impossibile, constat ex significatione `non pro Deo esse' quod sit
impossibile, `Deus' enim in Verbo dicitur ex posse seu potentia,
`Jehovah' autem ex esse seu essentia, videatur n. 300; inde est
quod Deus dicatur tum agitur de vero, et Jehovah cum de bono, n.
2769, 2807, 2822, nam de vero praedicatur posse, cum de bono esse,
per verum enim potentia est bono, nam per verum agit bonum omne
quod existit: inde constare potest quod per haec verba, `an pro Deo
ego?' in sensu interno significetur quod ei impossibile.

3910. `Et:また、そして、dixit,:言った、An:~かあるいは、~かどうか、~でないか、pro:~として、~のように、Deo:神、ego?'::私は、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、ei:彼に、impossibile,:不可能な、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、` non:否、pro:~として、~のように、Deo:神、esse':あること、存在すること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、impossibile,:不可能な、`Deus':神、enim:なぜならば、~というのは、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、dicitur:言われる、ex:~から、~により、posse:出来ること、可能であること、seu:即ち、或いは、potentia,:力、影響力、`Jehovah':エホバ、autem:しかし、他方において、ex:~から、~により、esse:あること、存在すること、seu:即ち、或いは、essentia,:本質、videatur:見られる、認められる、n.:番号、300; inde:それ故、そこから、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、Deus:神、dicatur:言われる、tum:その時に、その際に、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、vero,:真理、et:また、そして、Jehovah:エホバ、cum:その時、その場合、de:~について、bono:善、n.:番号、2769, 2807, 2822, nam:なぜなら、というのも、de:~について、vero:真理、praedicatur:属性付けられる、述べられる、言われる、posse,:出来ること、可能であること、cum:その時、その場合、de:~について、bono:善、esse,:あること、存在すること、per:~を通して、~によって、verum:真理、enim:なぜならば、~というのは、potentia:力、影響力、est:ある、bono,:善、nam:なぜなら、というのも、per:~を通して、~によって、verum:真理、agit:行なう、bonum:善、omne:凡ての、全体の、quod:こと、それ、そのこと、existit::形になる、出て来る、現れる、出来る、inde:それ故、そこから、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、haec:これらを、verba,:言葉、語、`an:~かあるいは、~かどうか、~でないか、pro:~として、~のように、Deo:神、ego?':私は、in:~の中、~において、sensu interno:内意、significetur:意味される、quod:こと、それ、そのこと、ei:彼に、impossibile.:不可能な、

3910.「そして言った。私が神のようにあろうか」が、彼に不可能なことであることを意味することは、「神のようにないこと」の意味が不可能なことであることから知られよう。というのは、聖言の中の「神」は出来ることにより、或いは力により(神と)言われるからである。他方において、「エホバ」は存在すること、或いは本質から(エホバと)言われる。そのことは300番に認められよう。それ故、真理について述べられる時は神が言われ、また善について述べられる時はエホバが言われる。2769, 2807, 2822番(を参照)、なぜなら、存在することが善について属性付けられる時、出来ることは真理について属性付けられるからである。というのは、真理によって善に力があるからである。なぜなら、真理によって善は凡ての出来ることを行なうからである。それ故、内意においてここの「私が神のようにあろうか」の言葉によって、彼に不可能なことが意味される。

3911. `Qui prohibet a te fructum ventris': quod significet quod
hoc ab interno, constat a sensu qui resultat ea sensu interno
vocum; `fructus ventris' enim in sensu interno significat simile
cum partu, nempe agnitionem veri et boni fide et actu n. 3905, et
adhuc magis, nempe conjunctionem veri et boni inde; agnitio illa et
conjunctio haec, non existere potest ab externo homine sed ab
interno; omne enim bonum influit a Domino per internum hominem in
externum, et adoptat vera quae insinuata sunt per sensualia externi
hominis, et facit ut homo agnoscat illa fide et actu, et ut
adjungantur, et sic approprientur homini; quod omne bonum a Domino
per internum hominem in vera quae in memoria externi hominis
collecta sunt, influat, prius multoties ostensum est; id est quod
intelligitur per explicationem illorum verborum, quod hoc ab
interno.

3911. `Qui:その方、prohibet:押しとどめる、守る、a:~から、~のために、te:あなたから、fructum:果実、実、ventris'::腹、胃、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、hoc:これは、ab:~から、~により、interno,:内部の、内なる、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、sensu:意味、qui:それは、resultat:結果として生み出される、結果として生じる、ea:それから、sensu interno:内意、vocum;:声、言葉、`fructus:果実、実、ventris':腹、胃、enim:なぜならば、~というのは、in:~の中、~において、sensu interno:内意、significat:意味する、simile:同様な、等しい、cum:~と一緒に、~と、partu,:出産、nempe:正確には、即ち、agnitionem:受諾、承認、veri:真理、et:~と、および、boni:善、fide:信仰、et:~と、および、actu:行動、活動、n.:番号、3905, et:また、そして、adhuc:更に、一層、magis,:もっと、更に、nempe:正確には、即ち、本当に、確かに、もちろん、conjunctionem:連結、結合、veri:真理、et:~と、および、boni:善、inde;:それ故、そこから、agnitio:受諾、承認、illa:それは、et:~と、および、conjunctio:連結、結合、haec,:これは、non:否、existere:存在するようになること、形になること、生ずること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、externo:外部の、外なる、homine:人間、sed:しかし、ab:~から、~により、interno;:内部の、内なる、omne:凡ての、全体の、enim:なぜならば、~というのは、bonum:善、influit:流れ込む、流入する、a:~から、~により、Domino:主、per:~を通して、~によって、internum hominem:内なる人間、in:~の中へ、~に、externum,:外部の、外なる、et:また、そして、adoptat:選び出す、採用する、接ぎ木する、養子にする、vera:諸々の真理、quae:それらは、そのことらは、insinuata sunt:染み込まされた、吹き込まれた、per:~を通して、~によって、sensualia:感覚的な、感覚の、externi:外部の、外なる、hominis,:人間、et:また、そして、facit:行なう、為す、ut:~のために、こと、~するように、homo:人間、agnoscat:認める、承認する、illa:それは、fide:信仰、et:~と、および、actu,:行動、活動、et:また、そして、ut:~のために、こと、~するように、adjungantur,:接合される、結ばれる、結びつけられる、et:また、そして、sic:そのように、こうして、approprientur:専有される、自分のものにされる、homini;:人間、quod:こと、それ、そのこと、omne:凡ての、全体の、bonum:善、a:~から、~により、Domino:主、per:~を通して、~によって、internum hominem:内なる人間、in:~の中へ、~に、vera:諸々の真理、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、memoria:記憶、記憶力、externi:外部の、外なる、hominis:人間、collecta sunt,:集められた、得られた、influat,:流れ込む、流入する、prius:以前に、前に、multoties:たびたび、何度も、ostensum est;:示された、id:それは、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、intelligitur:意味される、per:~を通して、~によって、explicationem:説明、解説、illorum:それらの、彼らの、verborum,:言葉、語、quod:こと、それ、そのこと、hoc:これは、ab:~から、~により、interno.:内部の、内なる、

3911.「その方(神)があなたのために腹の実を守るのではないか」が、それは内なるものからあることを意味することは、その内意から結果として生じる言葉の意味から知られよう。というのは、内意において「腹の実」は出産、即ち信仰の真理と善の承認、および真理と善の行動と同様なことを意味するからである。3905番(を参照)、また更に一層、確かにそこからの真理と善の連結を意味するからである。その承認とこの連結は外なる人間により生じることは出来ず、内なる人間により生じる。というのは、凡ての善は主から内なる人間を通して外なる人間に流入するからであり、またそれ(善)は外なる人間の感覚的なものを通して吹き込まれた真理を選び出し、また人間がそれ(真理)を信仰と行動で承認することを為し、また結ばれることを為し、またそのように人間に専有されることを為す。内なる人間を通した主からの凡ての善は、外なる人間の記憶の中に集められた真理に流入することは前にたびたび示された。そのことがそれは内なるものからあることのそれらの言葉の解説によって意味されている。

3912. Vers. 3-5. Et dixit, Ecce famula mea Bilhah, veni ad
illam, et pariat super genua mea, et aedificabor etiam ego ex illa.
Et dedit ei Bilham ancillam suam ad mulierem, et venit ad illam
Jacob; et concepit Bilhah, et peperit Jacobo filium. `Dixit, Ecce
famula mea Bilhah' significat medium affirmans quod inter naturale
verum ac interius verum: `veni ad illam' significat quod tum illo
conjunctionis facultas: `et pariat super genua mea' significat
agnitionem affectione interioris veri, ex qua conjunctio: `et
aedificabor etiam ego ex illa' significat quod sic vita ei; `et
dedit ei Bilham ancillam suam ad mulierem' significat medium
affirmativum adjunctum: `et venit ad illam Jacob' significat quod
conjunctum: `et concepit Bilhah, et peperit Jacobo filium'
significat receptionem et agnitionem.

3912. Vers.:節、3-5. Et:また、同時に、dixit,:言った、Ecce:ほら、見よ、famula:女召使、女奴隷、mea:私の、Bilhah,:ビルハ、veni:来い、行け、近づけ、(命令形)ad:~に、~へ、illam,:彼女へ、et:また、そして、pariat:生む、産む、(接続法三人称単数現在)super:~の上に、~の上へ、genua:ひざ、mea,:私の、et:また、そして、aedificabor:造られる、(一人称単数現在受動)etiam:~もまた、更に、ego:私は、ex:~から、~により、illa.:彼女から、
Et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、ei:彼に、Bilham:ビルハ、ancillam:女召使、女奴隷、suam:自分自身を、ad:~に、~へ、mulierem,:女、婦人、妻、et:また、そして、venit:来た、行った、近づいた、ad:~に、~へ、illam:彼女へ、Jacob;:ヤコブ、et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、Bilhah,:ビルハ、et:また、そして、peperit:産んだ、Jacobo:ヤコブ、filium.:息子、
`Dixit,:言った、Ecce:ほら、見よ、famula:女召使、女奴隷、mea:私の、Bilhah':ビルハ、significat:意味する、medium:手段、媒介、中間、affirmans.:主張している、肯定している、強めている、固めている、quod:こと、それ、そのこと、inter:~の中に、~の間で、~の間に、naturale:自然の、自然的な、verum:真理、ac:また、なお加えて、interius:内的な、より内なる、verum::真理、` veni:来い、行け、近づけ、(命令形)ad:~に、~へ、illam':彼女へ、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、tum:(cum:~と一緒に、~に、?)illo:それから、彼女から、conjunctionis:連結、結合、facultas::能力、才能、` et:また、そして、pariat:生む、産む、super:~の上に、~の上へ、genua:ひざ、 mea':私の、significat:意味する、agnitionem:受諾、承認、affectione:情愛、interioris:内的な、より内なる、veri,:真理、ex:~から、~により、qua:それから、そのことから、conjunctio::連結、結合、` et:また、そして、aedificabor:造られる、(一人称単数現在受動)etiam:~もまた、更に、ego:私は、ex:~から、~により、illa':彼女から、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、sic:そのように、こうして、vita:生命、ei;:彼女に、` et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、ei:彼に、Bilham:ビルハ、ancillam:女召使、女奴隷、suam:自分自身を、ad:~に、~へ、mulierem':女、婦人、妻、significat:意味する、medium:手段、媒介、中間、affirmativum:肯定の、肯定的な、adjunctum::結合された、結ばれた、接合された、` et:また、そして、venit:来た、行った、近づいた、ad:~に、~へ、illam:彼女へ、Jacob':ヤコブ、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、conjunctum::結合された、連結された、` et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、Bilhah,:ビルハ、et:また、そして、peperit:産んだ、Jacobo:ヤコブ、filium':息子、significat:意味する、receptionem:受け入れ、受容、et:~と、および、agnitionem.:受諾、承認、

3912.三~五節、「同時に、彼女は言った。私のしもべビルハを見よ、あなたは彼女へ近づけ、そして彼女は私のひざの上に(息子を)産まなければならない。そして私もまた彼女により造られよう(生かされよう)。
そして、彼女は自分の女奴隷ビルハを女(として)彼に引き渡した。またヤコブは彼女へ近づいた。
そして、ビルハは身ごもり、またヤコブに息子を産んだ。」
「彼女は言った。私のしもべビルハを見よ」は、自然的な真理の間で、また内的な真理の間で(連結を)主張している手段を意味し、「あなたは彼女へ近づけ」は、彼女に連結の能力があることを意味し、「そして彼女は私のひざの上に(息子を)産まなければならない」は、内的な真理への情愛による承認を意味し、それにより連結がある。「そして私もまた彼女により造られよう(生かされよう)」は、そのように彼女に生命があることを意味し、「そして、彼女は自分の女奴隷ビルハを女(として)彼に引き渡した」は、接合された肯定的な手段を意味し、「またヤコブは彼女へ近づいた」は連結されたことを意味し、「そして、ビルハは身ごもり、またヤコブに息子を産んだ」は、受容と承認を意味する。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-9-3938~

30-9-3938

29-3780-2~3783意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3780-2~3783意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[2]「平安」について、それは最高の意味において主の主御自身を意味し、またそれ故、内意において主御自身の王国を意味する。また平安は主の神的なものであり、内部で善に働きかけており、その中に主の王国に居る者達が居る。聖言の中の平安によってそれらが意味されることはイザヤ書のように多くの箇所から知られることが出来よう。
「私達に少年が産まれ、私達に御子が与えられた。その肩の上に支配権があり、またその名は驚くべき方、助言者、神、英雄、永遠の父なる神、平安の君主と呼ばれるであろう。ダビデの王座の上で、またその王国の上で支配権と平安は増えて終わらないであろう。」9.6, 7、ここで「平安の君主」は明瞭に主として記述されており、また「増えている支配権と平安」は主御自身の王国の中のものとして、従って主御自身の王国そのものとして記述されている。同書において、
「正義の行いは平安であり、また正義の成果は平穏であり、また永遠の安心である。そして私の民は平安の幕屋の中に住むであろう。」32. 17, 18、ここでは主の王国について記述されている。そこで「平安、平穏、および安心」が正義に引き続いて起こる。「平安の幕屋」は天界として記述されている。
[3]同書において、
「平安の使者達は甚く嘆き、小道は荒らされ、道を行く者は止んだ。」33. 7, 8、「平安の使者達」は主の王国の中に居る者達として、従って主の王国そのものとして記述されており、また最高の意味において主として記述されている。また「荒らされた小道」はもはやどこにも真理がないこととして記述されている。「小道と道」が真理であることは627, 2333番に認められよう。同書において、
「山々の上で良き知らせを告げている者の、平安を語っている者の足音、善を告げる者の足音、あなたの神が支配されるシオンの救いを語っている者の足音を聞くことは、何と楽しいことであろう。」52.7、ここで「良き知らせを告げているものと平安を語っている者の足音を聞くこと」は主の王国として記述されている。同書において、
「山々は去り、また丘々は移されるであろう。ところがしかし、私の慈悲はあなたから去らず、また私の平安の契約はあなたから移されないであろう。」54.10、同書において、
「彼らは平安の道を知らず、彼らの轍(わだち)に正しい審判はない。」59.8、
[4]エレミヤ書において、
「私はこの民から私の平安を集めよう。エホバの神託、憐れみと慈悲を集めよう。」16.5、同書において、
「エホバの怒りの火によって平安の囲いは荒らされた。」25.37、同書において、
「平安について預言する預言者は預言者に言葉が来る時、真実の平安が来ることによって彼をエホバが遣わされた預言者であることが知られる。」28.9、同書において、
「私があなた達の上に考えている考えを私は知った。エホバの神託、それは平安の考えである。」29.11、ハガイ書において、
「この家の栄光は前よりも後の方が大きいであろう。なぜなら、その場所に私が平安を与えるからである。」2.9、ゼカリヤ書において、
「平安の種があるであろう。葡萄の木はその実をもたらし、また地はその収穫をもたらすであろう。そして天はその露をもたらすであろう。」8.12、ダビデの書において、
「誠実な者を守れ、また正しい者を見よ、なぜなら、その人の最後に平安があるからである。」37.37、ルカ伝において、
「イエスは弟子達に言われた。その家に入ったら先ずその家のために平安を言え、もしそこに平安の息子が居たならその上にあなた達の平安が休むであろう。しかしもし居ないならあなた達の上に平安が戻るであろう。」10. 5, 6、ヨハネ伝において、
「私はあなた達に平安を残し、私の平安をあなた達に与える。この世が与えるように与えるのではなく、私はあなた達に与える。」14.27、同書において、
「イエスは言われた。これらのことを私はあなた達に話した。私の中の平安をあなた達が持つために、」16.33、
[5]これらの凡ての箇所の「平安」は最高の意味において主を意味し、表象の意味において主御自身の王国を意味し、またそこの主からの善を意味し、従って善、或いは善への情愛に流入する神的なものを意味する。それがまた最内部から楽しみと幸福を造る。それ故、下記の祝福の言葉によって何が意味されるか明らかである。
「エホバが御自身の顔をあなたに上げられるであろう。またあなたに平安を贈るであろう。」民数記、6.26、また古代からの習慣的な挨拶である「平安があなた達にありますように」によって、またヨハネ伝、20.19, 21, 26、に見られる主から弟子達に言われた同様の言葉によって、更に「平安」について言われた言葉によって、92, 93, 1726, 2780, 3170, 3696番を参照、何が意味されるか明らかである。

3781.「同時に、彼らは言った。平安です」が、肯定を意味することは説明なしに知られることが出来よう。なぜなら、肯定している答えだからである。

3782.「しかもその時に見よ、ラバンの娘ラケル」が、内的な真理への情愛を意味することは「ラケル」の表象が内的な真理への情愛であることから知られよう。また「レア」が外的な真理への情愛であることは、それらについて後に続く箇所において述べよう。

3783.「羊の群れと一緒に来た」が、内的な教義の事柄を意味することは「羊の群れ」の意味が教会であることから、また同じく教義の事柄であることから知られよう。そのことについては3767, 3768, 3772番に示された。ここでは「羊の群れと一緒に来た」ラケルについて言われているので、内的な教義の事柄が意味されている。

30-3907~3908原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3907~3908原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3907. `Et dixit ad Jacobum, da mihi filios': quod significet quod
a veri naturalis bono vellet habere vera interiora, constat a
repraesentatione `Jacobi' quod sit veri naturalis bonum, de qua mox
supra n. 3905; et a significatione `filiorum' quod sint vera, de
qua n. 489, 491, 533, 1147, 2623, hic vera interiora, quia a
Rachele, per quam quod repraesentetur verum interius, videatur n.
3758, 3782, 3793, 3819.

3907. `Et:また、同時に、dixit:言った、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、da:与えよ、(命令形)mihi:私に、filios'::息子達、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、a:~から、~により、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、bono:善、vellet:欲した、habere:持つこと、vera:諸々の真理、interiora,:内的な、より内なる、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi':ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、bonum,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3905; et:また、そして、a:~から、~により、significatione:意味、`filiorum':息子達、quod:こと、それ、そのこと、sint:ある、vera,:諸々の真理、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、489, 491, 533, 1147, 2623, hic:ここに、この場に、vera:諸々の真理、interiora,:内的な、より内なる、quia:なぜなら、ので、a:~から、~により、Rachele,:ラケル、per:~を通して、~によって、quam:彼女を、quod:こと、それ、そのこと、repraesentetur:象徴される、表象される、verum:真理、interius,:内的な、より内なる、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3758, 3782, 3793, 3819.

3907.「同時にヤコブに言った。私に息子達を与えよ」が、自然的な真理の善から内的な真理を持つことを欲したことを意味することは、「ヤコブ」の表象が自然的な真理の善であることか知られよう。そのことについては直ぐ上の3905番(に示された)。また「息子達」の意味が真理であることから知られよう。そのことについては489, 491, 533, 1147, 2623番(に示された)。ここではラケルによる(息子達)なので内的な真理である。彼女によって内的な真理が表象されることは3758, 3782, 3793, 3819番に認められよう。

3908. `Et si non, mortua ego': quod significet quod sic non
resurgeret, constat ex significatione `mori' quod sit non resurgere
in vitam; uxores antiquis temporibus se dicebant mortuas, cum non
filium seu filiam parerent, et quoque se ut tales credebant; quia
nulla sui memoria seu quasi vita, in posteritate relicta maneret;
sed quod tales se dicerent et crederent, erat quidem ob causas in
mundo; sed quia omnis causa existit a causa priore se, ita omne
causae in mundo naturali a causa in mundo spirituali, ita etiam
haec; causa in mundo spirituali erat ex conjugio caelesti boni et
veri, in quo partus non alii sunt quam vera fidei et bona
charitatis, illa et haec ibi sunt filii et filiae, et quoque per
filios et filias in Verbo significantur, {1}is cui illi partus,
nempe vera fidei et bona charitatis, non sunt, quasi mortuus est,'
hoc est, inter mortuos qui non resurgunt, nempe ad vitam seu
caelum; inde constare potest quid per illa verba Rachelis `si non,
mortua ego' significatur.

3908. `Et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、non,:否、mortua:死んだも同然、生命のない、ego'::私は、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、sic:そのように、こうして、全く、non:否、resurgeret,:甦った、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、`mori':死ぬこと、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、non:否、resurgere:甦ること、in:~の中へ、~に、vitam;:生命、生活、uxores:妻達、antiquis:古代、temporibus:時、期間、時期、時代、年、se:自分達自身を、dicebant:言った、mortuas,:死んだも同然の、生命のない、cum:その時、その場合、non:否、filium:息子、seu:即ち、或いは、filiam:娘、parerent,:産んだ、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、se:自分達自身を、ut:~のために、こと、~するように、tales:このような、次ぎのような、credebant;:信じた、quia:なぜなら、ので、nulla:何も~ない、決して~でない、誰も~ない、sui:自分自身の、それ自身の、memoria:記憶、記憶力、seu:即ち、或いは、quasi:言わば、あたかも~のように、vita,:生命、in:~の中、~において、posteritate:子孫、後代、relicta:見捨てられた、放棄された、maneret;:留まった、残った、sed:しかし、quod:こと、それ、そのこと、tales:このような、次ぎのような、se:それ自身を、dicerent:言った、et:また、そして、crederent,:信じた、erat:あった、quidem:確かに、無論、実に、ob:~に対して、~のために、causas:原因、理由、in:~の中、~において、mundo;:(この)世、世界、sed:しかし、quia:なぜなら、ので、omnis:凡ての、全体の、causa:原因、理由、existit:生ずる、起こる、結果として生ずる、a:~から、~により、causa:原因、理由、priore:より前の、より先の、se,:自分自身を、それ自身を、ita:このように、従って、omne:凡ての、全体の、causae:原因、理由、in:~の中、~において、mundo:(この)世、世界、naturali:自然の、自然的な、a:~から、~により、causa:原因、理由、in:~の中、~において、mundo:(この)世、世界、spirituali,:霊的な、ita:このように、従って、etiam:~もまた、更に、haec;:これらは、causa:原因、理由、in:~の中、~において、mundo:(この)世、世界、spirituali:霊的な、erat:あった、ex:~から、~により、conjugio:結合、結婚、caelesti:天的な、boni:善、et:~と、および、veri,:真理、in:~の中、~において、quo:それから、そのことから、partus:出産、non:否、alii:他のもの、異なった、sunt:ある、quam:~を除いて、~の外は、vera:諸々の真理、fidei:信仰、et:~と、および、bona:諸々の善、charitatis,:仁愛、illa:それらは、et:~と、および、haec:これらは、ibi:そこに、そこで、sunt:ある、filii:息子達、et:~と、および、filiae,:娘達、et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、per:~を通して、~によって、filios:息子達、et:~と、および、filias:娘達、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、significantur,:意味される、{1}is:それは、彼は、cui:それに、その者に、illi:それに、彼女に、partus,:出産、nempe:正確には、即ち、vera:諸々の真理、fidei:信仰、et:~と、および、bona:諸々の善、charitatis,:仁愛、non:否、sunt,:ある、quasi:言わば、あたかも~のように、mortuus est,':死んだ、hoc est,:即ち、inter:~の中に、~の間で、~の間に、mortuos:死んだ、生命のない、qui:その者達、non:否、resurgunt,:復活する、甦る、nempe:正確には、即ち、ad:~に、~へ、vitam:生命、生活、seu:即ち、或いは、caelum;:天界、inde:それ故、そこから、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、quid:何か?、どんな?、per:~を通して、~によって、illa:それらを、verba:言葉、語、Rachelis:ラケル、`si:もし~なら、たとえ~でも、non,:否、mortua:死んだも同然の、生命のない、ego':私は、significatur.:意味される、

3908.「またもし、(与え)ないなら私は死んだも同然の者です」が、全く甦らないことを意味することは、「死ぬこと」の意味が生命に甦らないことであることから知られよう。古代の時代に妻達は息子、或いは娘を産まなかった時、自分達を死んだも同然の者達と言い、また同様に自分達をそのような者達と信じた。なぜなら、子孫の中に自分の記憶、或いは(自分の)生命が何も残らないで見捨てられたように(なることを信じたからである)。しかし、彼女達がそのように言い、また信じたことはこの世の中の理由のためであったが、しかし凡ての原因はそれ自身より先の原因から生じるので、従って自然界の凡ての原因は霊的な世界の原因から生じ、ここの(理由)もまたそのように(生じた)。霊的な世界の原因は善と真理の天的な結婚からあり、そこの出産は信仰の真理と仁愛の善を除いて他のものではない。それら(信仰の真理)とこれら(仁愛の善)がそこで息子達と娘達であり、また同様に聖言において息子達と娘達によって意味される。それが彼女に出産である。即ち信仰の真理と仁愛の善(が出産である)。それらのない者は死んだ者のようなものである。即ち死んで甦らない者達、即ち生命、或いは天界へ甦らない者達の間に居るようなものである。それ故、ラケルの言葉「もし、(与え)ないなら私は死んだも同然の者です」によって何が意味されるか知られることが出来よう。

30-3904~3906原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3904~3906原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

SENSUS INTERNUS
SENSUS INTERNUS:内意、

3904. Vers. 1, 2. {1}Et vidit Rachel quod non pareret Jacobo, et
zelavit Rachel in sororem suam, et dixit ad Jacobum, Da mihi
filios, et si non, mortua ego. Et accensus ira Jacob in Rachelem,
et dixit, An pro Deo ego, Qui prohibet a te fructum ventris? `Vidit
Rachel quod non pareret Jacobo' significat quod nondum interius
verum agnitum: `et zelavit Rachel in sororem suam' significat
indignationem quod non agnosceretur sicut externum: `et dixit ad
Jacobum, Da mihi filios' significat quod a veri naturalis bono
vellet habere vera interiora: `et si non, mortua ego' significat
quod sic non resurgeret: `et accensus ira Jacob in Rachelem'
significat indignationem a parte boni naturalis: `et dixit, An pro
Deo ego' significat quod ei impossibile: `Qui prohibet a te fructum
ventris' significat quod hoc ab interno.

3904. Vers.:節、1, 2. {1}Et:また、ところがしかし、vidit:見た、認めた、Rachel:ラケル、quod:こと、それ、そのこと、non:否、pareret:生み出した、生じさせた、Jacobo,:ヤコブ、et:また、そして、zelavit:熱愛した、嫉妬していた、Rachel:ラケル、in:~の中へ、~に、sororem:姉妹、suam,:自分自身を、それ自身を、et:また、同時に、dixit:言った、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、Da:与えよ、(命令形)mihi:私に、filios,:息子達、et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、non,:否、mortua:死んだも同然の、生命のない、ego.:私は、
Et:また、同時に、accensus:灯された、燃やされた、かきたてられた、ira:怒り、憤り、Jacob:ヤコブ、in:~の中へ、~に、Rachelem,:ラケル、et:また、そして、dixit,:言った、An:~かあるいは、~かどうか、~でないか、pro:~として、~のように、Deo:神、ego,:私は、Qui:その方、prohibet:押しとどめる、守る、a:~から、~のために、te:あなたから、fructum:果実、実、ventris?:腹、胃、
`Vidit:見た、認めた、Rachel:ラケル、quod:こと、それ、そのこと、non:否、pareret:生み出した、生じさせた、Jacobo':ヤコブ、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、nondum:まだ~ない、interius:内的な、より内なる、verum:真理、agnitum::承認された、認められた、` et:また、そして、zelavit:熱愛した、嫉妬していた、Rachel:ラケル、in :~の中へ、~に、sororem:姉妹、suam':自分自身を、それ自身を、significat:意味する、indignationem:憤り、不本意、quod:こと、それ、そのこと、non:否、agnosceretur:認めた、承認した、sicut:~の如く、~のように、externum::外部の、外なる、` et:また、同時に、dixit:言った、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、Da:与えよ、(命令形)mihi:私に、filios':息子達、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、a:~から、~により、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、bono:善、vellet:欲した、habere:持つこと、vera:諸々の真理、interiora::内的な、より内なる、` et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、non,:否、mortua:死んだも同然の、生命のない、ego':私は、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、sic:そのように、こうして、全く、non:否、resurgeret::復活した、甦った、` et:また、同時に、accensus:灯された、燃やされた、かきたてられた、ira:怒り、憤り、Jacob:ヤコブ、in:~の中へ、~に、Rachelem':ラケル、significat:意味する、indignationem:憤り、不本意、a:~から、~により、parte:部、部分、boni:善、naturalis::自然的な、自然の、` et:また、そして、dixit,:言った、An:~かあるいは、~かどうか、~でないか、pro:~として、~のように、Deo:神、ego':私は、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、ei:彼に、impossibile::不可能な、`Qui:その方、prohibet:押しとどめる、守る、a:~から、~のために、te:あなたから、fructum:果実、実、ventris':腹、胃、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、hoc:これは、ab:~から、~により、interno.:内部の、内なる、

内意
3904.一、二節、「ところがしかし、ラケルは自分がヤコブに産まないことを見た。そしてラケルは自分の姉に嫉妬して、同時にヤコブに言った。私に息子達を与えよ、またもし、(与え)ないなら私は死んだも同然の者です。
同時に、ヤコブはラケルに怒りをかきたてられ、そして言った。私が神のようにあろうか、その方(神)があなたのために腹の実を守るのではないか?、」
「ラケルは自分がヤコブに産まないことを見た」は、まだ内的な真理が承認されないことを意味し、「そしてラケルは自分の姉に嫉妬した」は、外なる(真理)の如く承認されないことの憤りを意味し、「同時にヤコブに言った。私に息子達を与えよ」は、自然的な真理の善から内的な真理を持つことを欲したことを意味し、「またもし、(与え)ないなら私は死んだも同然の者です」は、全く甦らないことを意味し、「同時に、ヤコブはラケルに怒りをかきたてられた」は、自然的な善の部分からの憤りを意味し、「そして言った。私が神のようにあろうか」は、彼に不可能なことであることを意味し、「その方(神)があなたのために腹の実を守るのではないか?」は、それは内なるものからあることを意味する。

3905. `Vidit Rachel quod non pareret Jacobo': quod significet
quod nondum interius verum agnitum, constat a repraesentatione
`Rachelis' quod sit affectio veri interioris seu verum interius, de
qua n. 3758, 3782, 3793, 3819; ex significatione `parere' quod sit
agnoscere fide tum actu, de qua sequitur; et ex repraesentatione
`Jacobi' quod sit bonum veri naturalis, de qua n. 3669, 3677, {1}
3829, et in toto capite praecedente. Quod `parere' sit agnoscere
fide tum actu, est quia per partus in Verbo significantur partus
spirituales, n. 1145, 1255, 3860, 3868; spiritualis partus est veri
et boni agnitio et fides, hic agnitio fide tum actu, nempe veri
interioris per `Rachelem' repraesentati; quia non prius aliquid
agnoscitur fide quam tum vivitur secundum id, idcirco dicitur
agnitio fide tum actu; vera fidei quae non addiscuntur propter
agere, sed solum propter scire, illa se adjungunt affectionibus
mali et falsi, quare non sunt fidei apud illum qui addidicit, sed
sunt interius contra fidem.

3905. `Vidit:見た、認めた、Rachel:ラケル、quod:こと、それ、そのこと、non:否、pareret:生み出した、生じさせた、Jacobo'::ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、nondum:まだ~ない、interius:内的な、より内なる、verum:真理、agnitum,:承認された、認められた、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Rachelis':ラケル、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、affectio:情愛、veri:真理、interioris:内的な、より内なる、seu:即ち、或いは、verum:真理、interius,:内的な、より内なる、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3758, 3782, 3793, 3819; ex:~から、~により、significatione:意味、`parere':産みだすこと、生じさせること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、agnoscere:認めること、承認すること、fide:信仰、tum:その上、更に、actu,:行動、活動、de:~について、qua:それから、そのことから、sequitur;:続く、続いて来る、et:また、そして、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Jacobi':ヤコブ、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum:善、veri:真理、naturalis,:自然的な、自然の、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3669, 3677, {1}3829, et:~と、および、in:~の中、~において、toto:凡ての、全体の、capite:章、praecedente.:先行している、
Quod:こと、それ、そのこと、`parere':産みだすこと、生じさせること、sit:ある、agnoscere:認めること、承認すること、fide:信仰、tum:その上、更に、actu,:行動、活動、est:ある、quia:なぜなら、ので、per:~を通して、~によって、partus:出産、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、significantur:意味される、partus:出産、spirituales,:霊的な、n.:番号、1145, 1255, 3860, 3868; spiritualis:霊的な、partus:出産、est:ある、veri:真理、et:~と、および、boni:善、agnitio:受諾、承認、et:~と、および、fides,:信仰、実現、hic:ここに、この場に、agnitio:受諾、承認、fide:信仰、tum:その上、更に、actu,:行動、活動、nempe:正確には、即ち、veri:真理、interioris:内的な、より内なる、per:~を通して、~によって、`Rachelem':ラケル、repraesentati;:象徴された、表象された、quia:なぜなら、ので、non:否、prius:以前に、前に、aliquid:何か、若干の、agnoscitur:認められる、承認される、fide:信仰、quam:~を除いて、~の外は、tum:その上、更に、vivitur:生かされる、secundum:~に従って、~に沿って、id,:それを、idcirco:それ故に、その理由で、dicitur:言われる、agnitio:受諾、承認、fide:信仰、tum:その上、更に、actu;:行動、活動、vera:諸々の真理、fidei:信仰、quae:それらは、そのことらは、non:否、addiscuntur:習得される、学んで獲得される、propter:~のために、~の故に、~によって、agere,:行なうこと、sed:しかし、solum:だけ、のみ、propter:~のために、~の故に、~によって、scire,:知ること、illa:それらは、se:自分達自身を、それら自身を、adjungunt:結びつける、接合する、affectionibus:情愛、mali:悪、et:~と、および、falsi,:間違った原理(信念)、quare:それ故に、なぜ、non:否、sunt:ある、fidei:信仰、apud:~のもとに、~において、illum:彼を、qui:その者、addidicit,:習得した、学んで獲得した、更に学んだ、sed:しかし、sunt:ある、interius:内的な、より内なる、contra:~に対して、~に反対して、fidem.:信仰、

3905.「ラケルは自分がヤコブに産まないことを見た」が、まだ内的な真理が承認されないことを意味することは、「ラケル」の表象が内的な真理への情愛であることから、或いは内的な真理であることから知られよう。そのことについては3758, 3782, 3793, 3819番(に示された。また)「産むこと」の意味が信仰で承認すること、更に行動で承認することであることから知られよう。そんことについては続いて(述べられる)。また「ヤコブ」の表象が自然的な真理の善であることから知られよう。そのことについては3669, 3677, 3829番と前章の凡ての(箇所で示された)。
聖言の中の出産によって霊的な出産が意味されるので、「産むこと」は信仰で承認し、更に行動で承認することである。1145, 1255, 3860, 3868番(を参照)、霊的な出産は真理と善の承認と善と真理への信仰である。ここの承認は信仰、更に行動による承認である。即ち「ラケル」によって表象された内的な真理の承認である。なぜなら、何かが信仰により承認される前、更にそれに従って生きる以外に(霊的な出産は)ないからである。それ故に、信仰による承認、更に行動による承認が言われている。行なうことのために習得されないで、知ることのためだけに習得される信仰の真理は、それらを悪と間違った原理への情愛に結びつける。それ故に、習得した者の許に信仰のものはなく内的なものが信仰に反したものになる。

3906. `Et zelavit Rachel in sororem suam': quod significet
indignationem quod non agnosceretur sicut externum, constat a
significatione `zelare' quod sit indignationis, et quidem propter
quod non pareret sicut Leah; (c)a repraesentatione `Rachelis' quod
sit verum interius, de qua mox supra n. 3905, et ex significatione
`sororis,' quae hic Leah, quod sit verum externum; quod `Leah' sit
verum externum, videatur n. 3793, 3819. `Ita se habet cum illis
qui regenerantur; discunt scire quid verum internum, sed principio
non agnoscunt id tali fide ut vivatur secundum id; vera enim
interna conjuncta sunt affectioni spirituali, quae non influere
potest priusquam externa vera ad correspondentiam cum internis sunt
adaptata; sicut hoc verum internum pro exemplo, quod omne bonum sit
a Domino, et quod non bonum sit quod a proprio hominis; [2] illud
principio regenerationis sciri potest, sed usque non agnosci fide
tum actu, id enim agnoscere fide et actu est perceptionem habere
quod ita sit, et affectionem quod ita esse velit, et hoc in omni
actu boni; tum perceptionem quod bonum ex proprio non possit aliter
quam spectare se, ita praeferentiam sui prae aliis, consequenter
contemptum aliorum, ac insuper meritum in bono quod {1}agit; haec
insunt vero extemo antequam ei conjunctum est verum internum,
{2}quae non conjungi possunt priusquam sui intuitio cessare, et
intuitio proximi {3}sentiri incipit; exinde patere potest quid
intelligitur per indignationem quod verum internum non adhuc
agnosceretur sicut externum.(s)

3906. `Et:また、そして、zelavit:熱愛した、嫉妬していた、Rachel:ラケル、in :~の中へ、~に、sororem:姉妹、suam'::自分自身を、それ自身を、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、indignationem:憤り、不本意、quod:こと、それ、そのこと、non:否、agnosceretur:認めた、承認した、sicut:~の如く、~のように、externum,:外部の、外なる、constat:知られる、明らかである、a:~から、~により、significatione:意味、`zelare':熱愛すること、嫉妬すること、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、indignationis,:憤り、不本意、et quidem:その上、実際に、 propter:~のために、~の故に、quod:こと、それ、そのこと、non:否、pareret:生み出した、生じさせた、sicut:~の如く、~のように、Leah;:レア、(c)a:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Rachelis':ラケル、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、interius,:内的な、より内なる、de:~について、qua:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra:上に、上部に、n.:番号、3905, et:また、そして、ex:~から、~により、significatione:意味、`sororis,':姉妹、quae:それらは、そのことらは、hic:ここに、この場に、Leah,:レア、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、verum:真理、externum;:外部の、外なる、quod:こと、それ、そのこと、`Leah':レア、sit:ある、verum:真理、externum,:外部の、外なる、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3793, 3819. 
`Ita:次のように、従って、se:それ自身を、habet:持つ、有す、cum:~と一緒に、~と、illis:それらから、彼らから、qui:その者達、regenerantur;:再生される、discunt:学ぶ、習う、scire:知ること、quid:何か?、どんな?、verum:真理、internum,:内部の、内なる、sed:しかし、principio:原理、要素、基礎、始め、初め、端緒、起源、源、non:否、agnoscunt:認める、承認する、id:それを、tali:talis~ut~、~のような~、fide:信仰、ut vivatur:生きられる、secundum:~に従って、~に沿って、id;:それを、vera:諸々の真理、enim:なぜならば、~というのは、interna:内部の、内なる、conjuncta sunt:結合された、連結された、affectioni:情愛、spirituali,:霊的な、quae:それは、そのことは、non:否、influere:流れ込むこと、流入すること、potest:出来る、可能である、priusquam:~より前に、~以前に、externa:外部の、外なる、vera:諸々の真理、ad:~のために、~へ、correspondentiam:相応、cum:~と一緒に、~と、internis:内部の、内なる、sunt:ある、adaptata;:合うようにされた、適合させられた、適応させられた、sicut:~の如く、例えば~のように、hoc:これは、下記の、verum:真理、internum:内部の、内なる、pro:~として、~のために、exemplo,:例、例として、quod:こと、それ、そのこと、omne:凡ての、全体の、bonum:善、sit:ある、a:~から、~により、Domino,:主、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、non:否、bonum:善、sit:ある、quod:こと、それ、そのこと、a:~から、~により、proprio:固有の、自分の、固有性、自己、hominis;:人間、
[2] illud:それは、principio:原理、要素、基礎、始め、初め、端緒、起源、源、regenerationis:再生、sciri:知られること、potest,:出来る、可能である、sed:しかし、usque:それでもなお、やはり、non:否、agnosci:認められること、承認されること、fide:信仰、tum:その上、更に、actu,:行動、活動、id:それを、enim:なぜならば、~というのは、agnoscere:認めること、承認すること、fide:信仰、et:~と、および、actu:行動、活動、est:ある、perceptionem:理解、認識、habere:持つこと、quod:こと、それ、そのこと、ita:このように、従って、sit,:ある、et:また、そして、affectionem:情愛、quod:こと、それ、そのこと、ita:このように、従って、esse:あること、存在すること、velit,:欲する、et:また、そして、hoc:これを、in:~の中、~において、omni:凡ての、全体の、actu:行動、活動、boni;:善、tum:その上、更に、perceptionem:理解、認識、quod:こと、それ、そのこと、bonum:善、ex:~から、~により、proprio:固有の、自分の、固有性、自己、non:否、possit:出来る、可能である、aliter:他の方法で、異なって、quam:~を除いて、~の外は、spectare:見ること、考慮すること、se,:自分自身を、それ自身を、ita:このように、従って、praeferentiam:優先している、称賛している、sui:自分自身の、それ自身の、prae:~よりも、~と比較して、aliis,:他の者達、consequenter:それ故に、従って、contemptum:侮り、軽蔑、aliorum,:他のもの、異なった、ac:また、なお加えて、insuper:加えて、他に、meritum:功績、当然の報い、in:~の中、~において、bono:善、quod:こと、それ、そのこと、{1}agit;:行なう、haec:これらは、insunt:内在する、宿る、vero:真理、extemo:外部、antequam:~より前に、~より先に、ei:彼に、それに、conjunctum est:結合された、連結された、verum:真理、internum,:内部の、内なる、{2}quae:それらは、そのことらは、non:否、conjungi:連結されること、結合されること、possunt:出来る、可能である、priusquam:~より前に、~以前に、~より早く、sui:自分自身の、それ自身の、intuitio:熟視すること、熟考、考慮、cessare,:終わること、活動しないこと、et:また、そして、intuitio:熟視すること、熟考、考慮、proximi:隣人、仲間、{3} sentiri:感じられること、意図されること、incipit;:始める、起こる、exinde:それ故に、従って、patere:明らかであること、potest:出来る、可能である、quid:何か?、どんな?、intelligitur:意味される、per:~を通して、~によって、indignationem:憤り、不本意、quod:こと、それ、そのこと、verum:真理、internum:内部の、内なる、non:否、adhuc:依然として、その時まで、agnosceretur:認めた、承認した、sicut:~の如く、~のように、externum.(s):外部の、外なる、

3906.「そしてラケルは自分の姉に嫉妬した」が、外なる(真理)の如く承認されないことの憤りを意味することは、「嫉妬すること」が憤りであること、その上、レアの如く産まないことのための(憤りであること)から知られよう。(また)「ラケル」の表象が内的な真理であることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3905番(に示された)。またここではレアである「姉」の意味が外なる真理であることから知られよう。「レア」が外なる真理であることは3793, 3819番に認められよう。
そのことは再生される者達と一緒に次のようにそのことを有する。彼らは内なる信仰の真理が何であるかを知ることを学ぶが、しかしそれに従って生きられるような信仰でそれを承認しない。というのは、内なる真理は霊的な情愛に連結されたものであり、それは外なる真理が相応のために内なるものと適合される前に流入することが出来ないからである。例えば例として、凡ての善は主からあると言う内なる真理、また人間の固有性からの(善は)善でないことの内なる真理は再生の初めに知られることが出来るが、しかしそれでもなお、信仰で承認されず、更に行動で承認されない。というのは、それを信仰と行動で承認することは、それがそのようにあることの理解を持つこと、またそのようにあることを欲する情愛を持つこと、またそれを善い凡ての行動の中で持つことであるからである。更に自分の(固有性)からの善は自分自身を考慮することを除いて異なって出来ないこと、従って他の者達よりも自分自身を優先すること、それ故に、他の者を侮ること、また彼(自分)が行う善に功績を置くことの認識を持つことであるからである。これらのものがそれ(外なる真理)に内なる真理が連結される前に外なる真理に内在する。それらは自分自身への考慮が終わる前に、また隣人への考慮が意図されることを始める前に連結されることは出来ない。それ故に、外なる真理の如く内なる真理が依然として承認されないことの憤りによって何が意味されているか知られることが出来よう。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-8-3938~

30-8-3938

29-3778~3780-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3778~3780-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3778.「また、彼は彼らに言った。あなた達はナホルの息子ラバンを知っていますか?」が、彼らにその根源の善があるかどうかを意味することは、「ラバン」の表象が共通の根源の傍系の善であることから知られよう。そのことについては3612, 3665番に示された。また「ナホル」の表象がその共通の根源であることから知られよう。それから「ラバン」の善がある。「知ること」は内意においてそこからあることであることはひと続きの流れから明らかである。
ナホル、ベトエル、およびラバンを通した傍系の善の表象によって、そのことをどのように有するかが簡潔に説明されなければならない。テラは三人の息子達、即ちアブラハム、ナホル、およびハランの父であり、創世記、11.27、そこから諸教会がある共通の根源を表象する。確かにテラ自身は偶像崇拝者であったが、しかし人物は表象のものに関係せず事柄に関係する。そのことは1361番に認められよう。また表象のユダヤ教会はアブラハムにおいて始められたので、またヤコブからのその子孫達の許に設立されたので、テラとその三人の息子達は教会の表象をまとった。アブラハムは聖言を持つ者達の許にあるような本来の教会の表象をまとったが、しかしその兄弟のナホルは聖言を持たない異邦人達の許にあるような教会の表象をまとった。主の教会は全地上世界を通して広められたこと、また仁愛の中で生きる異邦人達の間にもまた広められたことは、異邦人達についてしばしば示されたことから明らかである。
[2]それ故今や、ナホル、その息子ベトエル、およびその息子ラバンによって共通の根源からの傍系の善、即ち異邦人達の許の主の教会からの者達の中にある善が表象される。その善はその善の中において正当な系統における共通の根源からの善とは異なり、それらの善に連結される正しい真理はない。しかしそれらの大部分は感覚の誤りと言われる外なる外観の真理が連結される。なぜなら、彼らはそれにより照らされる聖言を持たないからである。確かに善はその本質においてただ一つであるが、しかし善に植え付けられる真理から性質を受け取る。それ故、善は様々なものに為される。異邦人達にそれらの真理が真理として見え、一般的な何かの神を崇拝し、そこからその善を得ようとする。そしてその神にその善を帰し、また彼らはこの世に生きる間その神は主であることを知らない。そしてその神もまたそれらの神聖な像の形のもとに崇拝し、更に他の多くの像を崇拝するが、しかしそれでもなお、それらは単にその神への愛と隣人への愛の中で生きるだけで基督教徒と同様に等しく救われることを妨げない。なぜなら、彼らは只それだけで他生において内的な真理を受け入れることの能力の中に居るからである。そのことについては932, 1032, 1059, 2049, 2051, 2284, 2589-2604, 2861, 2863, 3263番に認められよう。それ故、共通の根源の傍系の善によって何が意味されるか明らかである。ナホルによって善により兄弟のような親密さの中に居る教会外の者達が表象されている。そのことは2863, 2864, 2868番に認められよう。ベトエルによって最初の部類の異邦人達の善が表象されている。そのことは2865, 3665番に認められよう。ラバンによって外なる善い情愛、或いは形体的なものへの善い情愛が表象され、また厳密には共通の根源の傍系の善が表象されている。3612, 3665番を参照、その善によって次のようにそのことを有する。その善は自分自身に霊的な善を得ることの凡てのものの最初に手段として人間に役立つ。というのは、その善は外なる形体的なものであり、また外なる外観のものであるからであり、それらは本質的に感覚の誤りであるからである。人間は少年期において他のものは真理と善として認めず、また例え内なる善と真理が何かを教えられても、やはりそのことについて形体的な考えを除いて他の考えを持たない。またそれはそのようにあるので最初の考えであり、それ故、そのような善と真理はそれによって内的な真理と善が導入される最初の手段である。その秘義がここでヤコブとラバンによって表象されている。

3779.「同時に、彼らは言った。私達は知っています」が、確認を意味することは説明なしに知られよう。

3780.「また、彼は彼らに言った。彼は平安ですか?」が、それ、即ちその善は主の王国からのものかどうかを意味することは、「平安」の意味から知られよう。そのことについては続く箇所で述べよう。歴史的な意味においてはラバンについて彼が平安かどうかが尋ねられているが、しかし内意においては「ラバン」によって表象される善について尋ねられている。ラバンが共通の根源からの傍系の善であること、即ち一般的な教会の中の異邦人達の許にあるような善であること、即ち主の王国の中の異邦人達の許にあるような善であることは、直ぐ上の3778番に認められよう。それ故、それらの言葉によってその善が主の王国からあるかどうかが意味されている。

30-3902~3903原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3902~3903原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

CONTENTA

CONTENTA:内容、

内容(内意の概要)

3902. In capite praecedente per quatuor filios Jacobi ex Leah,
actum est de statu Ecclesiae, seu hominis qui fit Ecclesia, quoad
ascensum a vero quod fidei ad bonum quod amoris: in hoc capite per
filios Jacobi ex ancillis Rachelis et Leae, et ex Leah, et denique
ex Rachele, agitur de conjunctione veri naturalis per media cum
bono spirituali; et hoc eo ordine quo fit apud hominem qui
regeneratur.

3902. In:~の中、~において、capite:章、praecedente:先行している、per:~を通して、~によって、quatuor:4、filios:息子達、Jacobi:ヤコブ、ex:~から、~により、Leah,:レア、actum est:述べられた、取り扱われた、de:~について、statu:状態、Ecclesiae,:教会、seu:即ち、或いは、hominis:人間、qui:その者、fit:為される、行われる、Ecclesia,:教会、quoad:~に関して、~に関する限り、ascensum:上がること、昇ること、上昇、a:~から、~により、vero:真理、quod:こと、それ、そのこと、fidei:信仰、ad:~に、~へ、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、amoris::愛、

in:~の中、~において、hoc:これから、capite:章、per:~を通して、~によって、filios:息子達、Jacobi:ヤコブ、ex:~から、~により、ancillis:女召使、女奴隷、Rachelis:ラケル、et:~と、および、Leae,:レア、et:また、そして、ex:~から、~により、Leah,:レア、et:また、そして、denique:遂に、最後に、ex:~から、~により、Rachele,:ラケル、agitur:述べられる、取り扱われる、de:~について、conjunctione:連結、結合、veri:真理、naturalis:自然的な、自然の、per:~を通して、~によって、media:手段、媒介、中間、cum:~と一緒に、~と、bono:善、spirituali;:霊的な、

et:また、そして、hoc:これは、eo:それから、ordine:秩序、順序、quo:その結果、それ故に、それによって、fit:為される、行われる、apud:~のもとに、~において、hominem:人間、qui:その者、regeneratur.:再生される、

3902.前の章においてレアによるヤコブの四人の息子達によって、信仰の真理から愛の善への上昇に関する教会の状態、或いは教会に為される人間の状態が取り扱われた。この章においてラケルとレアの女奴隷達からのヤコブの息子達によって自然的な真理と霊的な善との媒介物を通した連結が取り扱われる。またそれはその秩序により再生される人間の許に行なわれる。


3903. Post conjunctionem illam describitur fructificatio et
multiplicatio veri et boni, quae significatur per gregem quem sibi
Jacob per gregem Labanis comparavit.

3903. Post:~の後に、~の後ろに、conjunctionem:連結、結合、illam:それを、describitur:記述される、述べられる、fructificatio:実を結ぶこと、結実、et:~と、および、multiplicatio:増やすこと、増加、富むこと、veri:真理、et:~と、および、boni,:善、quae:それらは、そのことらは、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、gregem:(羊や山羊などの)群れ、quem:それを、sibi:自分自身に、それ自身に、Jacob:ヤコブ、per:~を通して、~によって、gregem:(羊や山羊などの)群れ、Labanis:ラバン、comparavit.:獲得した、取得した、

3903.その連結の後に真理と善の増加と結実が述べられている。それがラバンの羊の群れを通してヤコブが自分自身に獲得したその羊の群れによって意味されている。

創世記 第三十章の聖言-2

創世記 第三十章の聖言-2

CAPUT:章、XXX

1. Et:また、そして、vidit:見た、認めた、Rachel:ラケル、quod:こと、それ、そのこと、non:否、pareret:生み出した、生じさせた、Jacobo,:ヤコブ、et:また、そして、zelavit:熱愛した、嫉妬していた、Rachel:ラケル、in:~の中へ、~に、sororem:姉妹、suam,:自分自身を、それ自身を、et:また、そして、dixit:言った、ad:~に、~へ、Jacobum,:ヤコブ、Da:与えよ、(命令形)mihi:私に、filios,:息子達、et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、non,:否、mortua:死んだ、生命のない、ego.:私は、

2. Et:また、そして、accensus:灯された、燃やされた、刺激された、かきたてられた、ira:怒り、憤り、Jacob:ヤコブ、in:~の中へ、~に、Rachelem,:ラケル、et:また、そして、dixit,:言った、An:~かどうか、出来るか? pro:~として、~のために、Deo:神、ego,:私は、Qui:その方、prohibet:防ぐ、守る、a:~から、~により、te:あなたから、fructum:果実、実、ventris?:腹、胃、

3. Et:また、そして、dixit,:言った、Ecce:ほら、見よ、famula:女召使、女奴隷、mea:私の、Bilhah,:ビルハ、veni:来た、行った、近づいた(一人称単数完了)ad:~に、~へ、illam,:彼へ、et:また、そして、pariat:生む、産む、(接続法三人称単数現在)super:~の上に、~の上へ、genua:ひざ、mea,:私の、et:また、そして、aedificabor:造られる、(一人称単数現在受動)etiam:~もまた、更に、ego:私は、ex:~から、~により、illa.:それから、

4. Et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、ei:彼に、Bilham:ビルハ、ancillam:女奴隷、女召使、suam:自分自身を、ad:~に、~へ、mulierem,:女、婦人、妻、et:また、そして、venit:来た、行った、近づいた、ad:~に、~へ、illam:彼女へ、Jacob.:ヤコブ、

5. Et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、Bilhah,:ビルハ、et:また、そして、peperit:産んだ、Jacobo:ヤコブ、filium.:息子、

6. Et:また、そして、dixit:言った、Rachel,:ラケル、Judicavit:考慮した、思った、me:私の、DEUS,:神、et:また、そして、etiam:~もまた、更に、audivit:聞いた、vocem:声、言葉、meam,:私の、et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、mihi:私に、filium,:息子、propterea:それ故に、その結果として、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Dan.:ダン、

7. Et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、adhuc,:依然として、その時まで、更に、et:また、そして、peperit:産んだ、Bilhah:ビルハ、ancilla:女奴隷、女召使、Rachelis:ラケル、filium:息子、secundum:~に従って、~に沿って、Jacobo.:ヤコブ、

8. Et:また、そして、dixit:言った、Rachel,:ラケル、Luctationibus:格闘(試合)、争い、戦い、DEUS:神、luctata sum:戦った、闘争した、cum:~と一緒に、~と、sorore:姉妹、mea,:私の、etiam:~もまた、更に、valui;:勝った、優った、(一人称単数完了)et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Naphtali.:ナフタリ、

9. Et:また、そして、vidit:見た、認めた、Leah:レア、quod:こと、それ、そのこと、substitisset:止まった、休んだ、立ち止まった、(接続法三人称単数過去完了)a:~から、~により、pariendo,:産むことで、et:また、そして、accepit:受けた、掴んだ、取った、Zilpam:ジルパ、ancillam:女奴隷、女召使、suam,:自分自身を、et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、illam:彼女を、Jacobo:ヤコブ、ad:~に、~へ、mulierem.:女、婦人、妻、

10. Et:また、そして、peperit:産んだ、Zilpah:ジルパ、ancilla:女奴隷、女召使、Leae:レア、Jacobo:ヤコブ、filium.:息子、

11. Et:また、そして、dixit:言った、Leah,:レア、Venit:来た、行った、近づいた、turma;:群集、軍勢、群れ、et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Gad.:ガド、

12. Et:また、そして、peperit:産んだ、Zilpah:ジルパ、ancilla:女奴隷、女召使、Leae:レア、filium:息子、secundum:第二の、二番目の、Jacobo.:ヤコブ、

13. Et:また、そして、dixit:言った、Leah,:レア、In:~の中、~において、beatitudine:幸福、至福、mea,:私の、quia:なぜなら、ので、beatificabunt:幸福にする、祝福する、(三人称複数未来)me:私を、filiae,:娘達、et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Asher.:アセル、

14. Et:また、そして、ivit:行った、進んだ、(eoの三人称単数完了)Reuben:ルベン、in:~の中、~において、diebus:日々、messis:収穫、刈入れ、triticorum,:小麦、et:また、そして、invenit:見つけた、出会う、見つける、獲得した、手に入れた、{1}dudaim:マンドレーク〔ナス科の草本〕、in:~の中、~において、agro,:野、畑、原、et:また、そして、adduxit:持って来た、連れて来た、illos:彼らを、ad:~に、~へ、Leam:レア、matrem:母、suam,:自分自身を、et:また、そして、dixit:言った、Rachel:ラケル、ad:~に、~へ、Leam,:レア、Da:与えよ、(命令形)quaeso:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)mihi:私に、de:~について、dudaim:マンドレーク〔ナス科の草本〕、filii:息子達、tui.:あなたの、

15. Et:また、そして、dixit:言った、illi,:彼に、An:~かどうか、~でないか、parum:少し、僅かに、少しは、少量、僅か、sumpsisse:取ったこと、取り上げたこと、te:あなたを、virum:男、夫、meum,:あなたの、et:また、そして、sumes:取る、つかむ、(二人称単数未来)etiam:~もまた、更に、dudaim:マンドレーク〔ナス科の草本〕、filii:息子達、mei?:私の、et:また、そして、dixit:言った、Rachel,:ラケル、idcirco:それ故に、その理由で、cubabit:寝る、横になる、床に伏す、(三人称単数未来)cum:~と一緒に、~と、te:あなたから、nocte:夜、hac:これは、pro:~として、~のために、dudaim:マンドレーク〔ナス科の草本〕、filium.:息子、

16. Et:また、そして、venit:来た、行った、近づいた、Jacob:ヤコブ、de:~について、agro:野、畑、原、in:~の中、~において、vespera,:夕方、晩、et:また、そして、exivit:出る、出て行く、出た、出て行った、Leah:レア、obviam:行き会うように、出迎える、会いに、ei,:彼に、et:また、そして、dixit,:言った、Ad:~に、~へ、me:私へ、venies,:来る、行く、(二人称単数未来)quia:なぜなら、ので、conducendo:借りることで、集めることで、一緒にすることで、conduxi:借りた、集めた、一緒にした(一人称単数完了)te:あなたを、in:~の中へ、~に、dudaim:マンドレーク〔ナス科の草本〕、filii:息子達、mei;:あなたの、et:また、そして、cubuit:寝た、横になった、cum:~と一緒に、~と、illa:彼女から、in:~の中、~において、nocte:夜、illa.:その夜、

17. Et:また、そして、audivit:聞いた、DEUS:神、ad:~に、~へ、Leam,:レア、et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、et:~と、および、peperit:産んだ、Jacobo:ヤコブ、filium:息子、quintum.:第五の、五番目の、

18. Et:また、そして、dixit:言った、Leah,:レア、Dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、DEUS:神、mercedem:報酬、代価、meam,:私の、quod:こと、それ、そのこと、dedi:与えた、もたらされた、(一人称単数完了)ancillam:女召使、女奴隷、meam:私の、viro:男、夫、meo;:私の、et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Jisaschar.:イッサカル、

19. Et:また、そして、concepit:身ごもった、妊娠した、adhuc:依然として、その時まで、更に、Leah,:レア、et:また、そして、peperit:産んだ、filium:息子、sextum:第六の、六番目の、Jacobo.:ヤコブ、

20. Et:また、そして、dixit:言った、Leah,:レア、Dotavit:賦与した、授けた、与えた、me:私を、DEUS:神、{1}me:私を、dote:資性、持参金、嫁資、bona,:善い、vice:機会、回、交互に、時々、時たま、hac:これから、cohabitabit:同居する、一緒に住む、一緒に過す、(三人称単数未来)mihi:私に、vir:男、夫、meus,:私の、quia:なぜなら、ので、peperit:産んだ、illi:彼らを、sex:6、filios;:息子達、et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Zebulun.:ゼブルン、

21. Et:また、そして、postea:その後、次に、続いて、peperit:産んだ、filiam,:娘、et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Dinah.:ディナ、

22. Et:また、そして、recordatus est:思い出した、(dep)DEUS:神、Rachelis,:ラケル、et:また、そして、audivit:聞いた、ad:~に、~へ、illam:彼女へ、DEUS,:神、et:また、そして、aperuit:開いた、uterum:子宮、母胎、胎児、妊娠、illius.:彼女、

23. Et:また、そして、concepit,:身ごもった、妊娠した、et:また、そして、peperit:産んだ、filium,:息子、et:また、そして、dixit,:言った、Collegit:集めた、隠した、DEUS:神、ignominiam:恥辱、不名誉、meam.:私の、

24. Et:また、そして、vocavit:呼んだ、nomen:名前、名称、ejus:それの、彼の、Joseph,:ヨセフ、dicendo,:言うことに、:言うことで、Addat:与える、加える、(接続法三人称単数現在)JEHOVAH:エホバ、mihi:私に、filium:息子、alterum.:第二の、もう一つの、他の方、

* * * *

25. Et:また、そして、factum,:為された、行なわれた、eum:彼を、peperisset:産んだ、Rachel:ラケル、Josephum,:ヨセフ、et:また、そして、dixit:言った、Jacob:ヤコブ、ad:~に、~へ、Laban,:ラバン、Mitte:差し向けよ、(命令形)me:私を、et:~と、および、eam:彼女を、ad:~に、~へ、locum:場所、位置、meum:私の、et:~と、および、ad:~に、~へ、terram:地、地上、meam.:私の、

26. Da:与えよ、(命令形)feminas:腿(もも)、meas,:私の、et:また、そして、natos:息子、meos,:私の、quod:こと、それ、そのこと、servivi:仕えた、服従した、(一人称単数完了)tibi:あなたに、pro:~として、~のために、illis,:それらから、彼らから、et:また、そして、eam,:彼女を、quia:なぜなら、ので、tu:あなたは、nosti:知った、知る、知っている、(二人称単数完了、novistiの略形)servitium:従属、服従、meum,:私の、quo:その結果、それ故に、それによって、servivi:仕えた、服従した、(一人称単数完了)tibi.:あなたに、

27. Et:また、そして、dixit:言った、ad:~に、~へ、eum:彼へ、Laban,:ラバン、Si:もし~なら、たとえ~でも、quaeso:願う、懇願する、どうぞ、求める、(一人称単数現在)inveni:でくわした、見つけた、(一人称単数完了) gratiam:恩恵、恵み、in:~の中、~において、oculis:目、tuis,:あなたの、expertus sum,:試した、検査した、努力した、(dep)et:また、そして、benedixit:祝福した、聖別した、清めた、mihi:私に、JEHOVAH:エホバ、propter:~のために、~の故に、te.:私を、

28. Et:また、そして、dixit,:言った、Designa:表示せよ、指示せよ、描け、(命令形)mercedem:報酬、代価、tuam:あなたを、super:~の上に、~の上へ、me,:私を、et:また、そして、dabo:与える、授ける、(一人称単数未来)illam.:彼女を、

29. Et:また、そして、dixit:言った、ad:~に、~へ、eum,:彼を、Tu:あなたは、nosti:知った、知る、知っている、(二人称単数完了、novistiの略形、完了形でも現在で訳す) qualiter:どんなふうに、如何に、~のように、servivi:仕えた、服従した、(一人称単数完了)tibi,:あなたに、et:また、そして、qualis:どのような、どんな種類の、fuit:あった、acquisitio:獲得物、取得物、増加、増大、tua:あなたの、mecum.:私と一緒に、(=cum me)

30. Quia:なぜなら、ので、parum:殆ど~でない、僅かに、少量、僅か、quod:こと、それ、そのこと、fuit:あった、tibi:あなたに、ante:前に、以前に、me,:私を、et:また、そして、erupit:突き破る、突発する、突然~に突き進む、ad:~に、~へ、multitudinem,:多数、大勢、et:また、そして、benedixit:祝福した、聖別した、清めた、JEHOVAH:エホバ、tibimet:あなたに、(強意形)ad:~に、~へ、pedem:足、meum,:私の、et:また、そして、nunc:今、それで、quando:時に、~の時、ある時、faciam:行なう、為す、(接続法一人称単数現在)etiam:~もまた、更に、ego:私は、domui:家、家屋、meae?:私の、

31. Et:また、そして、dixit,:言った、Quid:何か?、どんな?、dabo:与える、授ける、(一人称単数未来)tibi?:あなたに、et:また、そして、dixit:言った、Jacob,:ヤコブ、Non:否、dabis:与える、(二人称単数未来)mihi:私に、quicquam,:何か、何でも、誰でも、誰であろうと、si:もし~なら、たとえ~でも、facias:行なう、為す、(接続法二人称単数現在)mihi:私に、verbum:言葉、語、hoc;:これを、revertar,:引き返すであろう、帰るであろう、(一人称単数未来)pascam,:飼う、養う、(接続法一人称単数現在)gregem:(羊や山羊などの)群れ、tuum:あなたの、custodiam.:守る、保護する、(接続法一人称単数現在)

32. Transibo:通り過ぎる、過ぎ去る、越えて行く、(一人称単数未来)per:~を通して、~の間を、omnem:凡ての、全体の、gregem:(羊や山羊などの)群れ、tuum:あなたの、hodie,:今日、現在、removendo:取り除かれるべき、(未来受動分詞)abinde:そこから、それから、omne:凡ての、全体の、pecus:家畜、羊、punctatum:小さな斑点で覆われた、斑点入りの、et:~と、および、maculosum,:汚れた、染みで覆われた、斑点で覆われた、et:~と、および、omne:凡ての、全体の、pecus:家畜、羊、nigrum:黒い、肌の黒い、in:~の中、~において、agnis,:小羊、et:また、そして、maculosum:汚れた、染みで覆われた、斑点で覆われた、et:~と、および、punctatum:小さな斑点で覆われた、斑点入りの、in:~の中、~において、capris,:雌山羊、雄山羊、et:また、そして、erit:ある、(三人称単数未来)merces:賃金、商品、報酬、mea.:私の、

33. Et:また、そして、respondebit:答える、(三人称単数未来)mihi:私に、justitia:正義、公正、mea:私の、in:~の中、~において、die:日、crastino,:明日の、翌日の、quia:なぜなら、ので、venis:来る、行く、近づく、(二人称単数現在)super:~の上に、~の上へ、mercedem:報酬、代価、meam:私の、coram:~の面前で、目の前で、te,:あなたから、omne:凡ての、全体の、quod:こと、それ、そのこと、non:否、est:ある、illud:それは、punctatum:小さな斑点で覆われた、斑点入りの、et:~と、および、maculosum:汚れた、染みで覆われた、斑点で覆われた、in:~の中、~において、capris,:雌山羊、雄山羊、et:また、そして、nigrum:黒い、肌の黒い、in:~の中、~において、agnis,:小羊、furatum:盗まれた、illud:それは、cum:~と一緒に、~と、me.:私から、

34. Et:また、そして、dixit:言った、Laban,:ラバン、Ecce:ほら、見よ、utique:とにかく、確かに、sit:ある、secundum:~に従って、~に沿って、verbum:言葉、語、tuum.:あなたの、

35. Et:また、そして、removit:取り去った、取り除いた、in die isto:その日に、capros:雄山羊、variegatos:様々な色にされた、様々な色で飾られた、まだらにされた、et:また、そして、maculosos,:汚れた、染みで覆われた、斑点で覆われた、et:また、そして、omnes:凡ての、全体の、capras:雌山羊、punctatas:小さな斑点で覆われた、斑点入りの、et:また、そして、maculosas,:汚れた、染みで覆われた、斑点で覆われた、omne:凡ての、全体の、in:~の中、~において、quo:それから、そのことから、album,:白色、et:また、そして、omne:凡ての、全体の、nigrum:黒い、肌の黒い、in:~の中、~において、agnis,:小羊、et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、手渡した、in:~の中へ、~に、manum:手、filiorum:息子達、ejus.:それの、彼の、

36. Et:また、そして、posuit:据えた、置いた、viam:道、道のり、旅程、trium:3、dierum:日々、inter:~の中に、~の間で、~の間に、se:自分自身を、et:~と、および、inter:~の中に、~の間で、~の間に、Jacobum;:ヤコブ、et:また、そして、Jacob:ヤコブ、pascens:牧している、放牧している、飼っている、養っている、greges:(羊や山羊などの)群れ、Labanis:ラバン、reliquos.:残りの、他の、

37. Et:また、そして、accepit:受けた、掴んだ、取った、sibi:自分自身に、それ自身に、Jacob:ヤコブ、baculum:杖、棒、populi:人々、民、ポプラ、recentem,:近ごろの、最近の、新しい、新鮮な、et:また、そして、corylum,:ハシバミ、et:また、そして、platanum,:プラタナス、スズカケノキ、et:また、そして、decorticavit:樹皮をはいだ、皮をむいた、in:~の中、~において、illis:それらから、彼らから、decorticationes:樹皮をはぐこと、皮をむくこと、albas,:白くする、漂白する、(二人称単数現在)denudationem:裸にすること、はぐこと、脱がすこと、albi,:白い、澄んだ、明るい、輝いている、灰白色の、青白い、有望な、幸先よい、quod:こと、それ、そのこと、super:~の上で、~の上に、baculis.:杖、棒、

38. Et:また、そして、constituit:置いた、baculos:杖、棒、quos:それらを、decorticavit,:樹皮をはいだ、皮をむいた、in:~の中、~において、canalibus,:水槽、水桶、水路、樋(とい)、in:~の中、~において、potatoriis:水槽、飲用槽、aquae,:水、quo veniebant:来た、行った、近づいた、greges:(羊や山羊などの)群れ、ad:~に、~へ、bibendum,:飲むことへ、e:~から、~により、regione:領域、部分、範囲、地域、地方、gregum,:(羊や山羊などの)群れ、et:また、そして、incalescebant:温かくなった、熱くなった、興奮した、in:~の中、~において、veniendo:来ることに、行くことに、近づくことに、illos:彼らを、ad:~に、~へ、bibendum.:飲むことへ、

39. Et:また、そして、incalescebant:温かくなった、熱くなった、興奮した、greges:(羊や山羊などの)群れ、ad:~に、~へ、baculos,:杖、棒、et:また、そして、pariebant:生んだ、生じた、産した、greges:(羊や山羊などの)群れ、variegatos,:様々な色にされた、様々な色で飾られてあ、色とりどりにされた、punctatos,:小さな斑点で覆われた、斑点入りの、et:また、そして、maculosos.:汚れた、染みで覆われた、斑点で覆われた、

40. Et:また、そして、agnos:諸々の小羊、separavit:分離した、分けた、Jacob,:ヤコブ、et:また、そして、dedit:引き渡した、委ねた、向けた、facies:顔、容貌、gregis:(羊や山羊などの)群れ、ad:~に、~へ、variegatum,:様々な色にされた、様々な色で飾られてあ、まだらにされた、et:また、そして、omne:凡ての、全体の、nigrum:黒い、肌の黒い、in:~の中、~において、grege:(羊や山羊などの)群れ、Labanis,:ラバン、et:また、そして、posuit:据えた、置いた、sibi:自分自身に、それ自身に、catervas:群、集団、soli:だけ、のみ、sibi,:自分自身に、それ自身に、et:また、そして、posuit:据えた、置いた、eos:それらを、彼らを、ad:~に、~へ、gregem:(羊や山羊などの)群れ、Labanis.:ラバン、

41. Et:また、そして、fuit:あった、in:~の中、~において、omni:凡ての、全体の、incalescere:温かくなること、熱くなること、gregis:(羊や山羊などの)群れ、primum:先ず、初めて、最初に、coeuntium, et:また、そして、posuit:据えた、置いた、Jacob:ヤコブ、baculos:杖、棒、ad:~に、~へ、oculos:目、gregis:(羊や山羊などの)群れ、in:~の中、~において、canaliculis,:小さな水路、水管、ad:~に、~へ、incalescendum .:温かくなることへ、熱くなることへ、興奮することへ、illum:彼を、それを、ad:~に、~へ、baculos.:杖、棒、

42. Et:また、そして、ad:~に、~へ、dein:次いで、その後、その後は、それ以来、それから、続いて、更に、それで、以後、そこで、coire:集まること、遭遇すること、連合すること、gregem:(羊や山羊などの)群れ、non:否、posuit,:据えた、置いた、et:また、そして、erat:あった、dein:次いで、その後、その後は、coeuntium,:集まること、遭遇すること、連合すること、Labani,:ラバン、et:また、そして、primum:先ず、初めて、最初に、coeuntium:集まること、遭遇すること、連合すること、Jacobo.:ヤコブ、

43. Et:また、そして、diffudit:注ぎ出した、広げた、拡張した、se:自分自身を、それ自身を、vir:男、夫、valde:大いに、著しく、非常に、valde,:大いに、著しく、非常に、erat:あった、ei:彼に、greges:(羊や山羊などの)群れ、multi,:多数の、多くの、et:~と、および、ancillae,:女召使、女奴隷、et:~と、および、servi,:奴隷、しもべ、et:また、そして、cameli,:駱駝、et:~と、および、asini.:驢馬、

(創世記 第)三十章

1.ところがしかし、ラケルは自分がヤコブに産まないことを見た。そしてラケルは自分の姉に嫉妬して、同時にヤコブに言った。私に息子達を与えよ、またもし、(与え)ないなら私は死んだも同然の者です。
2.同時に、ヤコブはラケルに怒りをかきたてられ、そして言った。私が神のようにあろうか、その方(神)があなたのために腹の実を守るのではないか?、
3.同時に、彼女は言った。私の女召使ビルハを見よ、あなたは彼女へ近づけ、そして彼女は私のひざの上に(息子を)産まなければならない。そして私もまた彼女により造られよう(生かされよう)。
4.そして、彼女は自分の女奴隷ビルハを女(として)彼に引き渡した。またヤコブは彼女へ近づいた。
5.そして、ビルハは身ごもり、またヤコブに息子を産んだ。
6.そして、ラケルは言った。神が私を考慮され、また私の声を聞かれた。そして私に息子を引き渡された。それ故に、その(息子の)名をダンと呼んだ。
7.また、更に彼女は身ごもった。そしてラケルの女奴隷ビルハはヤコブに二番目の息子を産んだ。
8.そして、ラケルは言った。私は神の戦いで私の姉との戦いに勝った。そしてその(息子の)名をナフタリと呼んだ。
9.ところで、レアは(自分が)産むことについて止まったことを見た。そして自分の女奴隷ジルパを取り、また彼女を女としてヤコブに引き渡した。
10.そして、レアの女奴隷ジルパはヤコブに息子を産んだ。
11.また、レアは軍勢が来たと言った。そしてその(息子の)名をガドと呼んだ。
12.また、レアの女奴隷ジルパはヤコブに二番目の息子を産んだ。
13.そして、レアは言った。私の幸福の中に、なぜなら、娘達が私を祝福するであろうから、そしてその(息子の)名をアセルと呼んだ。
14.そして、ルベンは小麦の刈り入れの日々に進み、また畑(野)においてマンドレーク(ナス科の草本)を見つけ、そしてそれらを自分の母レアに持って来た。またラケルはレアに言った。私は願う。あなたの息子のマンドレークを私に与えよ、
15.同時に、彼女(レア)は彼女(ラケル)に言った。あなたが私の夫を取ったことは僅かなことだろうか? また私の息子のマンドレークもまた取るのか? 同時に、ラケルは言った。それ故に、(あなたの)息子のマンドレークの報酬として、今夜、彼はあなたと一緒に寝るであろう。
16.そして、ヤコブは夕方に畑(野)から帰って来た。またレアは彼に会いに出て行き、そして言った。あなたは私に従って来なければならない。なぜなら、私の息子のマンドレークにより私はあなたを借りることで借りたからです。そしてその夜、彼は彼女と一緒に寝た。
17.また、神はレアに聞かれた。そして彼女は身ごもり、またヤコブに五番目の息子を産んだ。
18.そして、レアは言った。私の夫に私の女奴隷を私が与えたことに神は私に報酬を引き渡された。そしてその(息子の)名をイッサカルと呼んだ。
19.また、レアは更に身ごもり、またヤコブに六番目の息子を産んだ。
20.そして、レアは言った。神は私に善い嫁資を与えられた。今回から私の夫は私と一緒に住むであろう。なぜなら、六人の息子達を産んだからだ。そしてその(息子の)名をゼブルンと呼んだ。
21.また、続いて彼女は娘を産んだ。そしてその(娘の)名をディナと呼んだ。
22.また、神はラケルを思い出した。そして神は彼女に聞き、また彼女の母胎を開かれた。
23.そして、彼女は身ごもり、また息子を産んだ。そして言った。神は私の不名誉を隠された。
24.そして、その(息子の)名をヨセフと呼んで言うことに、エホバが私にもう一人の息子を与えて欲しい(と言った)。
25.また、ラケルがヨセフを産んだ時に為されたこと、即ちヤコブはラバンに言った。私を行かせよ、そして私の場所と私の土地に私は行こう。
26.私の女達、また私の息子達を与えよ、私はあなたに彼らのために仕えた。そして私は行こう。なぜなら、あなたは私の苦役を知っているからです。それによって私はあなたに仕えましたた。
27.同時に、ラバンは彼に言った。もし、あなたの目に恩恵を見つけたなら私は願う。私は試した。そしてあなたのためにエホバが私を祝福された。
28.また、彼は言った。あなたの報酬を私の上に示せ、また私はそれを与えるであろう。
29.同時に、彼(ヤコブ)は彼(ラバン)に言った。あなたはどんなふうに私があなたに仕えたか、また私によってあなたの獲得物(財産)がどのようになったか知っています。
30.なぜなら、私(が来る)前はあなたにあった(財産は)僅かだったからであり、また(私が来た後で)突然に豊富になったからであり、また私の足によってエホバはあなたを祝福されたからです。そして今や、私もまた私の家のために行なう時ではないですか?
31.同時に、彼(ラバン)は言った。私はあなたに何を与えるべきか? ところがしかし、ヤコブは言った。あなたは私に何も与えるべきではありません。もし、下記の言葉をあなたが私に為すなら私は帰ってあなたの羊の群れを飼って守りましょう。
32.そして今日、私はあなたの凡ての羊の群れを通り過ぎましょう。そこから斑点入りのものと斑点で覆われた凡ての家畜と小羊の中の黒い凡ての家畜、また山羊の中の斑点で覆われたものと斑点入りのものが取り除かれねばなりません。またそれが私の報酬にならなければなりません。
33.そして、明日に私の正義が私に答えるでしょう。なぜなら、あなたは公然と私の報酬の間に行くからです。山羊の中の斑点の入っていないものと斑点で覆われていない凡てのもの、また小羊の中の黒くないものは私によって盗まれたものです。
34.同時に、ラバンは言った。見よ、確かにあなたの言葉に従ってなるように、
35.そして、彼(ラバン)はその日に、まだらにされ、また斑点で覆われた雄山羊、また斑点入りのものと斑点で覆われた凡ての雌山羊、その中に白色のある凡てのもの、また小羊の中の凡ての黒いものを取り除いた。そしてその息子達の手に渡した。
36.また、彼(ラバン)はそれらとヤコブの間に三日の道のりを置いた。そしてヤコブはラバンの残りの羊の群れを飼った。
37.そして、ヤコブは自分自身に新しいポプラの棒とハシバミの棒、およびプラタナスの棒を取り、また樹皮をはぎそれらについて皮はぎで白いもの(に為し)、棒に関してはぐこと(を為し)白いもの(に為した)。
38.そして、彼(ヤコブ)は水の水槽の水桶に樹皮をはいだそれらの棒を置いた。それによって羊の群れの部分から飲むために羊が来た。またそれらがそこへ飲むために来ることで発情した。
39.そして、棒によって羊の群れは発情し、またまだらにされ、斑点の入った、および斑点で覆われた羊を産んだ。
40.そして、ヤコブは小羊を分け、また羊の群れの顔をラバンの羊の群れの中のまだらにされたものと凡ての黒いものへ向けた。そして自分自身のためにだけそれらに群れを配置し、またラバンの羊の群れのためにそれらを配置しかなかった。
41.そして、凡ての群れの中で最初に集まっている羊の群れの発情することがあった。またヤコブは水路の中で羊の群れの目に向かって棒を置いた。棒によってそれが発情するためであった。
42.また、その後、集まる羊の群れのためには置かなかった。そしてその後、集まっている羊の群れはラバンのものであり、また最初に集まっているものはヤコブのものであった。
43.そして、男は自分自身を著しく大いに広げ、また彼に多くの羊の群れと女奴隷、および奴隷、また駱駝と驢馬があった。

創世記 第三十章の聖言-1

創世記 第三十章の聖言-1

CAPUT XXX
1. Et vidit Rachel quod non pareret Jacobo, et zelavit Rachel in
sororem suam, et dixit ad Jacobum, Da mihi filios, et si non,
mortua ego.
2. Et accensus ira Jacob in Rachelem, et dixit, An pro Deo ego,
Qui prohibet a te fructum ventris?
3. Et dixit, Ecce famula mea Bilhah, veni ad illam, et pariat
super genua mea, et aedificabor etiam ego ex illa.
4. Et dedit ei Bilham ancillam suam ad mulierem, et venit ad illam
Jacob.
5. Et concepit Bilhah, et peperit Jacobo filium.
6. Et dixit Rachel, Judicavit me DEUS, et etiam audivit vocem
meam, et dedit mihi filium, propterea vocavit nomen ejus Dan.
7. Et concepit adhuc, et peperit Bilhah ancilla Rachelis filium
secundum Jacobo.
8. Et dixit Rachel, Luctationibus DEUS luctata sum cum sorore mea,
etiam valui; et vocavit nomen ejus Naphtali.
9. Et vidit Leah quod substitisset a pariendo, et accepit Zilpam
ancillam suam, et dedit illam Jacobo ad mulierem.
10. Et peperit Zilpah ancilla Leae Jacobo filium.
11. Et dixit Leah, Venit turma; et vocavit nomen ejus Gad.
12. Et peperit Zilpah ancilla Leae filium secundum Jacobo.
13. Et dixit Leah, In beatitudine mea, quia beatificabunt me
filiae, et vocavit nomen ejus Asher.
14. Et ivit Reuben in diebus messis triticorum, et invenit
{1}dudaim in agro, et adduxit illos ad Leam matrem suam, et dixit
Rachel ad Leam, Da quaeso mihi de dudaim filii tui.
15. Et dixit illi, An parum sumpsisse te virum meum, et sumes
etiam dudaim filii mei? et dixit Rachel, Idcirco cubabit cum te
nocte hac pro dudaim filium.
16. Et venit Jacob de agro in vespera, et exivit Leah obviam ei,
et dixit, Ad me venies, quia conducendo conduxi te in dudaim filii
mei; et cubuit cum illa in nocte illa.
17. Et audivit DEUS ad Leam, et concepit et peperit Jacobo filium
quintum.
18. Et dixit Leah, Dedit DEUS mercedem meam, quod dedi ancillam
meam viro meo; et vocavit nomen ejus Jisaschar.
19. Et concepit adhuc Leah, et peperit filium sextum Jacobo.
20. Et dixit Leah, Dotavit me DEUS {1}me dote bona, vice hac
cohabitabit mihi vir meus, quia peperi illi sex filios; et vocavit
nomen ejus Zebulun.
21. Et postea peperit filiam, et vocavit nomen ejus Dinah.
22. Et recordatus est DEUS Rachelis, et audivit ad illam DEUS, et
aperuit uterum illius.
23. Et concepit, et peperit filium, et dixit, Collegit DEUS
ignominiam meam.
24. Et vocavit nomen ejus Joseph, dicendo, Addat JEHOVAH mihi
filium alterum.
* * * *
25. Et factum, eum peperisset Rachel Josephum, et dixit Jacob ad
Laban, Mitte me et eam ad locum meum et ad terram meam.
26. Da feminas meas, et natos meos, quod servivi tibi pro illis,
et eam, quia tu nosti servitium meum, quo servivi tibi.
27. Et dixit ad eum Laban, Si quaeso inveni gratiam in oculis
tuis, expertus sum, et benedixit mihi JEHOVAH propter te.
28. Et dixit, Designa mercedem tuam super me, et dabo illam.
29. Et dixit ad eum, Tu nosti qualiter servivi tibi, et qualis fuit
acquisitio tua mecum.
30. Quia parum quod fuit tibi ante me, et erupit ad multitudinem,
et benedixit JEHOVAH tibimet ad pedem meum, et nunc quando faciam
etiam ego domui meae?
31. Et dixit, Quid dabo tibi? et dixit Jacob, Non dabis mihi
quicquam, si facias mihi verbum hoc; revertar, pascam, gregem tuum
custodiam.
32. Transibo per omnem gregem tuum hodie, removendo abinde omne
pecus punctatum et maculosum, et omne pecus nigrum in agnis, et
maculosum et punctatum in capris, et erit merces mea.
33. Et respondebit mihi justitia mea in die crastino, quia venis
super mercedem meam coram te, omne quod non est illud punctatum et
maculosum in capris, et nigrum in agnis, furatum illud cum me.
34. Et dixit Laban, Ecce utique sit secundum verbum tuum.
35. Et removit in die isto capros variegatos et maculosos, et omnes
capras punctatas et maculosas, omne in quo album, et omne nigrum in
agnis, et dedit in manum filiorum ejus.
36. Et posuit viam trium dierum inter se et inter Jacobum; et Jacob
pascens greges Labanis reliquos.
37. Et accepit sibi Jacob baculum populi recentem, et corylum, et
platanum, et decorticavit in illis decorticationes albas,
denudationem albi, quod super baculis.
38. Et constituit baculos quos decorticavit, in canalibus, in
potatoriis aquae, quo veniebant greges ad bibendum, e regione
gregum, et incalescebant in veniendo illos ad bibendum.
39. Et incalescebant greges ad baculos, et pariebant greges
variegatos, punctatos, et maculosos.
40. Et agnos separavit Jacob, et dedit facies gregis ad
variegatum, et omne nigrum in grege Labanis, et posuit sibi
catervas soli sibi, et non posuit eos ad gregem Labanis.
41. Et fuit in omni incalescere gregis primum coeuntium, et posuit
Jacob baculos ad oculos gregis in canaliculis, ad incalescendum
illum ad baculos.
42. Et ad dein coire gregem non posuit, et erat dein coeuntium,
Labani, et primum coeuntium Jacobo.
43. Et diffudit se vir valde valde, et erat ei greges multi, et
ancillae, et servi, et cameli, et asini.

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-7-3935~

30-7-3935

29-3773~3777意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3773~3777意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3773.「またその場所へ井戸の口の上に石を戻した」が、そうこうするうちにそれが閉ざされたことを意味することは、「井戸の口の上の石」について3769, 3771番に言われたことから知られよう。
それらによって、即ち聖言が教会に開けられ、またその後、閉ざされたことによって次のようにそのことを有する。初めに何かの教会が設立される場合、その時、先ずそれらに聖言は閉ざされているが、しかしその後、開かれる。主にそのように備えられている。またそこから、主が凡てのものの上に愛されるべきこと、また自分自身の如く隣人が愛されるべきことの二つの戒め(教え)の上に凡ての教義が確立されることを学び、これらの二つの戒め(教え)が目的としてある時、やがて聖言が開かれる。というのは、凡ての律法と凡ての預言者、即ち凡ての聖言はそこから凡てのものがあるほどにも、そのようにそれらに依存しているからであり、またそのように、それらに凡てのものが関係するからであり、またその時、真理と善の原理の中に居るので聖言の中に認める個々のものの中で照らされるからである。というのはその時、主は例え彼らが知らなくても彼らの許の天使達を通して彼らを真理と善の生命(生活)へ教え導かれるからである。
[2]そのことは凡ての教会からもまた知られることが出来よう。教会は教会の初期においてもまたそのようなものであった。そして愛により主を礼拝し、また心から隣人を愛した。しかし時代の推移により教会をそれらの二つの戒め(教え)から遠ざけ、また愛と仁愛の善から信仰のものと呼ばれるものへそれた。従って生命(生活)から教義へそれた。そしてそれが為されるほど、それだけ聖言が閉ざされた。それらが、「見よ、野の井戸、また見よ、そこで彼の直ぐ近くに横たわっている三つの羊の群れ、なぜなら、その井戸から群れに飲ませたからである。また大きな石が井戸の口の上にあった。そして、そこへ凡ての群れがまとめられ、また井戸の口の上の石を転がり落とし、そして群れに飲ませ、またその場所へ井戸の口の上に石を戻した。」の言葉によって内意の中に意味されている。

3774.四~六節、「そして、ヤコブは彼らに言った。私の兄弟達よ、あなた達は何処から(来たの)か? 同時に、彼らは言った。私達はハランから(来ました)。
また、彼は彼らに言った。あなた達はナホルの息子ラバンを知っていますか? 同時に、彼らは言った。私達は知っています。
また、彼は彼らに言った。彼は平安ですか? 同時に、彼らは言った。平安です。しかもその時に見よ、彼(ラバン)の娘ラケルが羊の群れと一緒に来た。」
「ヤコブは彼らに言った」は、善の真理を意味し、「私の兄弟達よ、あなた達は何処から来たのか?」は、同じ起源からの仁愛を意味し、「同時に、彼らは言った。私達はハランから来ました」は、共通の根源の善からを意味し、「また、彼は彼らに言った。あなた達はナホルの息子ラバンを知っていますか?」は、彼らにその根源の善があるかどうかを意味し、「同時に、彼らは言った。私達は知っています」は、確認を意味し、「また、彼は彼らに言った。彼は平安ですか?」は、それが主の王国からのものかどうかを意味し、「同時に、彼らは言った。平安です」は、肯定を意味し、「しかもその時に見よ、ラバンの娘ラケル」は、内的な真理への情愛を意味し、「羊の群れと一緒に来た」は、内的な教義の事柄を意味する。

3775.「ヤコブは彼らに言った」が、善の真理を意味することは、ヤコブの表象が主の神的な自然的なものであることから知られよう。そのことについては前に示された。凡てのものの全体的なものも個別的なものもそれらを善と真理に関連付けるので、3166, 3513, 3519番を参照、自然的なものの中のものもまたそのように関連付ける。また人間が再生される時、自然的なものの中の善と真理は初めにおいて、進行において、および終結において異なった状態の中にあるので、それ故、「ヤコブ」によって自然的な真理と善に関してその状態に従って表象される。ここでは善の真理に関してその状態に従って表象されている。しかしそれらの様々なものを個別的に説明することは、いつでもその事柄を不明瞭なものの中へ差し向けることになり、特に真理と善について明確な考えを持たない者達、またなお更一層、善を通した真理について、また善からの真理について明確な考えを持たない者達の許に不明瞭なものになる。

3776.「私の兄弟達よ、あなた達は何処から来たのか?」が、同じ起源からの仁愛を意味することは、「兄弟」の意味が善の中に居る者達、またそれ故、善そのものであることから、従って仁愛そのものであることから知られよう。そのことについては367, 2360, 3303, 3459番に示された。また「あなた達はどこから来たのか」の意味がその起源からであることから知られよう。
またそれは文字通りの意味において質問であり、同時に、明確な人物への質問であるが、しかし内意においては不明確な誰かへの考えに落ち込む。というのは、歴史的な文字通りの意味が人間を離れて、天界へ入る時、天使達の許の天界において歴史的な文字通りの意味は何も存在しくなるからである。それ故、ハランの男達へのヤコブの質問「私の兄弟達よ、あなた達は何処から来たのか?」が、同じ起源からの仁愛を意味することによって、それをどのように見なすべきか知られることが出来よう。
それらによって次のようにそのことを有する。仁愛の如く見える外なる形の仁愛は、常に内なる形における仁愛ではなく、目的からどのようなものか、またどこからあるかが知られる。自分自身のため、或いはこの世のための目的から行なわれる仁愛は内なる形において仁愛ではなく、それどころか、仁愛と言われるべきではない。しかし隣人のため、公共の善のため、天界のため、またそのように主のための目的から行なわれる仁愛は仁愛そのものである。またその仁愛は本来心から善を為すことの情愛を持ち、またそこから生命の楽しいものを持ち、それが他生において幸福なものに為される。それを知ることは人間が本質的に主の王国がどのようなものであるかを知るために極めて重要である。その仁愛についての調査、或いは同じことであるが、その善についての調査についてこれらの節において今取り扱われており、またここで先ずその起源から探し求められる仁愛が「私の兄弟達よ、あなた達は何処から来たのか?」によって意味されている。

3777.「同時に、彼らは言った。私達はハランから来ました」が、共通の根源の善からを意味することは、「ハラン」の意味が傍系の共通の根源であることから知られよう。そのことについては3612番に示された。

30-3901-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3901-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[5] apud:~のもとに、~において、Ezechielem,:エゼキエル、
Similitudo:似たもの、似姿、facierum:顔、容貌、quatuor:4、animalium:生きている、生命のある、動物の、seu:即ち、或いは、cheruborum,:ケルビム、ケルブ、facies:顔、容貌、hominis:人間、et:また、そして、facies:顔、容貌、leonis:ライオン、獅子、ad:~に、~へ、dextram:右、右側、quatuor:4、illis,:それらに、彼らに、et:また、そして、facies:顔、容貌、bovis:牛、ad:~に、~へ、sinistram:左、左側、quatuor:4、illis,:それらに、彼らに、et:また、そして、facies:顔、容貌、aquilae:鷲、quatuor:4、illis,:それらに、彼らに、i 10.
Rotae:二輪戦車、車輪、eorum:それらの、彼らの、vocabantur:呼ばれた、Galgal,:ガルガル、et:また、そして、quatuor:4、facies:顔、容貌、unicuique,:各々の、誰でも、それぞれの、facies:顔、容貌、primae:第一の、最初の、facies:顔、容貌、cherubi,:ケルビム、ケルブ、et:また、そして、facies:顔、容貌、secundae:第二の、二番目の、facies:顔、容貌、hominis,:人間、et:また、そして、tertiae:第三の、三分の一の、facies:顔、容貌、leonis,:ライオン、獅子、et:また、そして、quartae:第四の、四番目の、facies:顔、容貌、aquilae:鷲、x 13, 14: apud:~のもとに、~において、Johannem,:ヨハネ、
Circa:~の周りに、近く、前後、thronum:王座、王位、quatuor:4、animalia:生きている、生命のある、動物の、霊魂、plena:充分な、~に満ちた、oculis:目、ante:前に、以前に、et:~と、および、retro,:後ろ向きに、離れて、primum:先ず、初めて、最初に、animal:動物、生きている被造物、simile:同様な、似た、leoni,:ライオン、獅子、alterum:第二の、もう一つの、他の方、animal:動物、生きている被造物、simile:同様な、似た、vitulo,:子牛、若い雄牛、tertium:第三の、三番目の、animal:動物、生きている被造物、habens:持っている、faciem:顔、容貌、sicut:~の如く、~のように、homo,:人間、quartum:第四の、四番目の、animal:動物、生きている被造物、simile:同様な、似た、aquilae:鷲、volanti,:空を飛ぶもの、鳥類、Apoc.:黙示録、iv 7; quod:こと、それ、そのこと、animalia:生きている、生命のある、動物の、霊魂、illa:それらは、visa:視覚、見られた、significent:意味する、arcana:秘義、奥義、Divina,:神的な、constat,:知られる、明らかである、proinde:従って、それ故に、正確に、quod:こと、それ、そのこと、similitudo:似たもの、似姿、facierum:顔、容貌、illorum;:それらの、彼らの、sed:しかし、{9} quaenam:一体誰、一体どんな、一体どの、arcana:秘義、奥義、non:否、sciri:知られること、potest:出来る、可能である、nisi:~以外、もし~でなければ、sciatur:知られる、quid:何か?、どんな?、in:~の中、~において、sensu interno:内意、est:ある、`leo,:ライオン、獅子、vitulus,:雌の子牛、若い雌牛、homo,:人間、aquila';:鷲、quod:こと、それ、そのこと、` aquilae:鷲、facies':顔、容貌、sit:ある、circumspectio:用心、慎重さ、et:~と、および、inde:それ故、そこから、providentia,:摂理、patet,:明らかである、nam:なぜなら、というのも、cherubi:ケルビム、ケルブ、qui:それは、repraesentati sunt:表象された、per:~を通して、~によって、animalia:生きている、生命のある、動物の、霊魂、apud:~のもとに、~において、Ezechielem,:エゼキエル、significant:意味する、providentiam:摂理、Domini:主、ne:~しないように、否、homo:人間、ex:~から、~により、se:自分自身から、それ自身から、et:また、そして、ex:~から、~により、suo:自分自身から、それ自身から、rationali:理性、理性的な、intret:入る、踏み込む、(接続法三人称単数現在)in:~の中、~において、mysteria:秘義、奥義、fidei,:信仰、videatur:見られる、認められる、n.:番号、308; inde:それ故、そこから、quoque:~もまた、同じく、同様に、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、`aquila':鷲、cum:その時、その場合、praedicatur:属性付けられる、述べられる、de:~について、homine,:人間、in:~の中、~において、sensu interno:内意、sit:ある、rationale,:理性、理性的な、et:また、そして、hoc:これは、inde:それ故、そこから、quia:なぜなら、ので、aquila:鷲、alte:高い所に、高く、volat,:飛ぶ、飛ぶように走る、et:また、そして、a:~から、~により、superiore:更に上の、高い方の、上部の、prospicit:予見する、眺める、見渡す、late:広く、広範に、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、infra:下に、下部に、下方に、sunt::ある、
[6] apud:~のもとに、~において、Hiobum,:ヨブ記、
Num:~か、~かどうか、per:~を通して、~によって、intelligentiam:理解、知性、tuam:あなたの、volat:飛ぶ、飛ぶように走る、accipiter,:鷹、expandit:伸ばす、広げる、alas:羽、翼、versus:~の方向へ、~へ向かって、austrum,:南、南方、南風、num:~か、~かどうか、juxta:接して、すぐ近くに、~従って、os:口、tuum:あなたの、attollit:持ち上げる、上げる、se:自分自身を、それ自身を、aquila,:鷲、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、exaltet:上げる、増す、持ち上げる、nidum,:巣、(巣の中の)ひな鳥、suum?:自分自身を、それ自身を、xxxix 26, 27; hic:ここに、この場に、quod:こと、それ、そのこと、`aquila':鷲、sit:ある、ratio,:理性、quae:それは、そのことは、est:ある、intelligentiae,:理解、知性、patet;:明らかである、tale:このような、次ぎのような、significavit:意味した、aquila:鷲、in:~の中、~において、Ecclesia Antiqua,:古代教会、nam:なぜなら、というのも、liber:書物、文章、Hiobi:ヨブ、est:ある、Antiquae Ecclesiae:古代教会、liber,:書物、文章、n.:番号、3540 f.;:終わり、libri:書物、本、enim:なぜならば、~というのは、tunc:その当時、やがて、temporis:時間、時期、時代、paene:殆ど、ほぼ、omnes:凡ての、全体の、per:~を通して、~によって、significativa:表意する、意味のある、conscripti sunt,:書かれた、記録された、sed:しかし、significativa:表意する、意味のある、temporis:時間、時期、時代、successu:推移、経過、ita:ita~ut~、以下のように、そのように、obliterata sunt:消された、忘れ去られた、ut ne quidem:決して~ない、~ですら~ない、sciatur:知られる、quod:こと、それ、そのこと、`aves':鳥、in:~の中、~において、communi:一般に、全般的に、大抵、sint:ある、cogitationes,:思考、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、toties:頻繁に、たびたび、nominantur,:呼ばれる、et:また、そして、ibi:そこに、そこで、apparet:現れる、見える、manifeste:明瞭に、はっきりと、quod:こと、それ、そのこと、aliud:他のもの、異なった、significent.:意味する、
[7]Quod:こと、それ、そのこと、`aquila':鷲、in:~の中、~において、opposito sensu:反対の意味、significet:意味する、rationalia:理性、理性的な、non:否、vera,:諸々の真理、ita:このように、従って、falsa,:諸々の間違った原理(信念)、patet:明らかである、a:~から、~により、sequentibus:次の、後に続く、locis;:くだり、箇所、apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、
Extollet:上げる、高くする、Jehovah:エホバ、supra:上に、上部に、te:あなたを、gentem:人々、民族、e:~から、~により、longinquo:遠方から、遥か彼方に、ab:~から、~により、extremitate:端、先端、末端、縁、外周、terrae,:地、地上、quemadmodum:~のように、そのように、advolat:飛んで来る、飛びかかる、急いでやって来る、aquila,:鷲、gentem:人々、民族、cujus:それの、non:否、audis:聞く、(二人称単数現在)linguam,:舌、言葉、gentem:人々、民族、duram:堅い、粗野な、無情な、ずうずうしい、厚かましい、faciebus,:顔、Deut.:申命記、xxviii 49, 50: apud:~のもとに、~において、Jeremiam,:エレミヤ書、
Ecce:ほら、見よ、nubes:雲、暗雲、おおい、ベール、ascendit,:登った、上がった、et:また、そして、sicut:~の如く、~のように、procella:嵐、暴風雨、currus:戦車、ejus,:それの、彼の、celeres:素早い、迅速な、sunt:ある、prae:~よりも、~と比較して、aquilis:鷲、equi:馬、騎兵、ejus,:それの、彼の、vae:ああ悲しいかな、災いなるかな、nobis:私達に、quia:なぜなら、ので、vastati:荒廃された、浄化された、sumus,:ある、存在する、(一人称複数現在)iv13 apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Jactantia:自慢、誇示、見せびらかし、tua:あなたの、decepit:欺いた、だました、te,:あなたを、superbia:傲慢、うぬぼれ、自尊心、cordis:心、tui:あなたの、habitans:住んでいる、in:~の中、~において、foraminibus:開口部、隙間、穴、petrae:岩、石、occupans:占有している、占拠している、ふさいでいる、攻撃する、altitudinem:高さ、collis,:丘、quia:なぜなら、ので、exaltas:高める、上げる、(二人称単数現在)sicut:~の如く、~のように、aquila:鷲、nidum,:巣、(巣の中の)ひな鳥、tuum,:あなたの、inde:それ故、そこから、dejiciam:追い出す、投げ落とす、(接続法一人称単数現在)te.:あなたを、
Ecce:ほら、見よ、sicut:~の如く、~のように、aquila:鷲、ascendit:登った、上がった、生長する、育つ、生える、et:また、そして、volat,:飛ぶ、飛ぶように走る、et:また、そして、extendit:広げる、張る、alas:羽、翼、suas:それら自身を、supra:上に、上部に、Bozram,:ボツラ、et:また、そして、factum est:行なわれた、為された、cor:心、心臓、potentum:強力な、力強い、有力な、勢力ある、権力ある、Edomi:エドム、in die illo:その日、sicut:~の如く、~のように、cor:心、心臓、mulieris:女、妻、quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、angustia,:悩み、苦痛、xlix 16, 17, 22 apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Celeres:素早い、迅速な、fuerunt:あった、insectantes:追いかけている、追跡している、追撃している、追っている、nos:私達を、prae:~よりも、~と比較して、aquilis,:鷲、super:~の上で、~の上に、montibus:山々、insectati sunt:追跡した、追撃した、(dep)nos,:私達を、in:~の中、~において、deserto:砂漠、荒野、insidiati sunt:陰謀をめぐらした、罠を仕掛けた、nobis,:私達に、Thren.:哀歌、iv19: apud:~のもとに、~において、Micham,:ミカ書、
Calvitiem:はげていること、induc,:~させよ、(命令形)et:また、そして、tonde:髪を切れ、剃れ、(命令形)te:あなたを、super:~の上に、~のために、filios:息子達、deliciarum:楽しみ、喜び、tuarum,:あなた達の、dilata:、広くせよ、広げよ、(命令形)calvitiem:はげていること、{10} sicut:~の如く、~のように、aquila,:鷲、quia:なぜなら、ので、migrarunt:変わった、去った、a:~から、~により、te,:あなたから、i 16: apud:~のもとに、~において、Obadiam,:オバデヤ書、
Si:もし~なら、たとえ~でも、exaltaveris:高めた、上げた、(二人称単数未来完了、接続法二人称単数完了)te:あなたを、sicut:~の如く、~のように、aquila,:鷲、et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、inter:~の中に、~の間で、~の間に、stellas:星々、ponis:置く、建てる、建設する、(二人称単数現在)nidum,:巣、(巣の中の)ひな鳥、住みか、家、tuum,:あなたの、inde:それ故、そこから、detraham:引き下ろす、低くする、下げる、(接続法一人称単数現在)te,:あなたを、vers.:節、4: apud:~のもとに、~において、Habakkuk,:ハバクク、
Ego:私は、excitans:呼び起こしている、扇動している、Chaldaeos,:カルデヤ、gentem:人々、民族、amaram:辛辣な、怒りっぽい、気難しい、とげとげしい、et:~と、および、praecipitem,:険しい、突進する、猛烈な、急激な、 向こう見ずの、無鉄砲な、pergentem:延びている、広がっている、進んでいる、行っている、前進している、in:~の中へ、~の間に、latitudines:幅、広さ、terrae,:地、地上、ad:~のために、~へ、hereditandum:相続することへ、受け継ぐことへ、habitacula:住みか、居住地、幕屋、non:否、sua:自分達自身を,... cujus:それの、leves:すばやい、速い、sunt:ある、prae:~よりも、~と比較して、{11}aquilis:鷲、equi,:馬、騎兵、equites:騎手、騎兵、ejus:それの、彼の、e:~から、~により、longinquo:遠方から、遥か彼方に、遠方に住む、venient,:行く、来る、(三人称複数未来)advolabunt:飛んで来る、急いでやって来る、(三人称複数未来)sicut:~の如く、~のように、aquila:鷲、festinans:急いで行なっている、せきたてている、ad:~のために、~へ、comedendum,:食べることへ、食い尽くすことへ、i 6, 8; 
[8] in:~の中、~において、his:これらから、locis:くだり、箇所、per:~を通して、~によって、`aquilas':鷲、significatur:意味される、falsitas:間違った原理(信念)、inducta:導き入れられた、引き起こされた、per:~を通して、~によって、ratiocinia,:誤った推論、誤った推理、quae:それらは、そのことらは、inducitur:導き入れられる、引き起こされる、置かれる、ex:~から、~により、fallaciis:間違った信念、欺き、間違い、誤まり、 sensuum:感覚、et:~と、および、apparentiis:外観、見かけ、externis;:外部の、外なる、(m) quod:こと、それ、そのこと、apud:~のもとに、~において、Prophetam:預言者、ultimo:最後、最外部、最低、citatum:名を挙げられた、per:~を通して、~によって、`Chaldaeos':カルデヤ、significentur:意味される、illi:彼らは、qui:その者達、in:~の中、~において、externo sancto:外なる神聖なもの、sunt,:ある、sed:しかし、{12} interius:内的な、より内なる、in:~の中、~において、falso,:間違った原理(信念)、videatur:見られる、認められる、n.:番号、1368; quod:こと、それ、そのこと、illi:彼らは、sicut:~の如く、~のように、Babel:バベル、バビロン、sint:ある、qui:その者達、vastant:浄化する、荒らす、Ecclesiam,:教会、n.:番号、1327; quod:こと、それ、そのこと、` latitudines:幅、広さ、terrae':地、地上、sint:ある、vera,:諸々の真理、n.:番号、3433, 3434, vastatio:荒廃、浄化、eorum:それらの、彼らの、significatur:意味される、per:~を通して、~によって、` pergentem:進んでいる、行っている、前進している、in:~の中へ、~の間に、latitudines:幅、広さ、terrae';:地、地上、quod:こと、それ、そのこと、`equi':馬、騎兵、sint:ある、intellectualia:理解の、知的な、illorum:それらの、彼らの、quae:それらは、そのことらは、similia,:同様な、等しい、n.:番号、2761, 2762, 3217; quid:何か?、どんな?、` aquila:鷲、festinans:急いで行なっている、せきたてている、ad:~のために、~へ、comedendum':食べることへ、食い尽くすことへ、inde:それ故、そこから、constat,:知られる、明らかである、quod:こと、それ、そのこと、nempe:正確には、即ち、ad:~のために、~へ、desolandum:荒すことへ、荒廃させることへ、空虚にすることへ、hominem:人間、veris,:諸々の真理、nam:なぜなら、というのも、de:~について、{13}desolatione:荒廃、荒らすこと、Ecclesiae:教会、ibi:そこに、そこで、agitur::述べられる、取り扱われる、comparationes:比較、対比、例え、sunt:ある、cum:~と一緒に、~と、aquilis',:鷲、sed,:しかし、ut:~のように、~として、dictum,:言われた、comparationes:比較、対比、例え、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、fiunt:為される、行なわれる、per:~を通して、~によって、significativa.:表意する、意味のある、(n) Inde:それ故、そこから、nunc:今や、それで、このような事情の下に、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、per:~を通して、~によって、comparationem:比較、対比、例え、cum:~と一緒に、~と、`aqualis:鷲、quae:それらは、そのことらは、congregabuntur:群れにまとめる、集まる、(三人称複数未来受動)ad:~に、~へ、cadaver':死体、屍、significatur.:意味される、

[5]エゼキエル書において、
「動物、或いはケルビムの四つの顔の似姿は(正面が)人間の顔であり、またそれらの四つは右側にライオンの顔があり、またそれらの四つは左側に牛の顔があり、またそれらの四つは(後に)鷲の顔があった。」1.10、
「それらの車輪はガルガルと言われ、また各々に四つの顔があった。第一の顔はケルビムの顔であり、また第二の顔は人間の顔であり、また第三の顔はライオンの顔であり、また第四の顔は鷲の顔であった。」10. 13, 14、ヨハネの書において、
「王座の近くの四つの動物は前と後に目が満ちていた。最初の動物はライオンに似ており、第二の動物は牛に似ており、第三の動物は人間の如き顔を持っており、第四の動物は空を飛ぶ鷲に似ていた。」黙示録、4.7、これらの見られた動物、正確にはそれらの顔の似たものは神的な秘義を意味することが知られよう。しかし一体どんな秘義であるかは、「ライオン、牛、人間、鷲」が内意において何であるかが知られなければ知られることが出来ない。「鷲の顔」は慎重さであり、またそれ故、摂理であることは明らかである。なぜなら、エゼキエル書における動物によって表象されたケルビムは人間が自分自身から、また自分自身の理性から信仰の秘義の中へ入らないように(備えられた)主の摂理を意味するからである。そのことは308番に認められよう。それ故、「鷲」が人間について属性付けられる時、内意において理性的なものであることもまた明らかである。またそれは鷲は高く飛ぶことから、また高い所から下方にあるものを広く見渡すことからである。
[6]ヨブ記において、
「鷹があなたの知性によって飛び、南に向かって翼を広げるかどうか? 鷲があなたの口に従って自分を上げ、また自分の巣を上げるかどうか?」39. 26, 27、ここの「鷲」が理性であり、それは知性であることは明らかである。古代教会において「鷲」はそのように意味した。なぜなら、ヨブ記の書は古代教会の書物であるからである。3540番の終わり(を参照)、というのは、その当時の時代の書物は殆んど凡てのものが表意するものによって書かれたからである。しかし「鳥」は聖言において、例えたびたび言われていても、また明瞭に他のものを意味することが見られても、(鳥は)一般的に思考であること(が知られないように)、表意するものは時代の推移で決して知られないように忘れ去られた。
[7]反対の意味において「鷲」は真実でない理性的なものを意味し、従って間違った原理の(非)理性的なものを意味することは、次のモーセの書の箇所から明らかである。
「エホバは地の端から鷲が飛んで来るように遠方からの民族をあなたの上に上げられる。その民族はあなたが聞いたことのない言葉を(話し)厚かましい顔(をしている)。」申命記、28.49, 50、エレミヤ書において、
「見よ、暗雲が登り、またその戦車は嵐の如く、その馬は鷲よりも素早く来る。災いなるかな私達は、なぜなら、私達は荒廃されたからである。」4.13、同書において、
「あなたの自慢があなたを欺き、あなたの心の傲慢が(あなたを欺いた)。岩の穴に住んでいる者が丘の高き所を占拠している。あなたは鷲の巣の如くあなたを上げるので、それ故、私はあなたを投げ落とそう。
見よ、彼は鷲の如く上げ、また飛ぶ。そしてその翼をボヅラの上に広げ、またその日、エドムの力強い心は苦痛の中の女の心の如く為される。」49. 16, 17, 22、同書において、
「私達を追う者達は鷲よりも素早く山々の上で私達を追跡した。彼らは荒野で私達に罠を仕掛けた。」哀歌、4.19、ミカ書において、
「あなたの喜びの息子達のためにあなたは禿げになり、また髪を剃り、鷲の如く禿を広げよ、なぜなら、彼らはあなたから去ったからである。」1.16、オバデヤ書において、
「例え、あなたが鷲の如くあなたを上げても、また例え、星々の間にあなたの家を建てても私はそこからあなたを引き下ろそう。」4節、ハバクク書において、
「私はカルデヤ人達を扇動する。(その)民族は辛辣で素早く、自分達のものでない居住地を相続するために地の広さ(幅)の間(幅広い地)を進む。...その馬は鷲よりも素早く、その騎兵は急いで食い尽くすために鷲の如く遠方から飛んで来るであろう。」1. 6, 8、
[8]これらの箇所の「鷲」によって誤った推論によって引き起こされる間違った信念が意味されている。それらは外なる感覚と外観の誤りから引き起こされる。最後に名を挙げられた預言者の書の許の「カルデヤ人達」によって外なる神聖なものの中に居るが、しかし内的には間違った信念の中に居る者達が意味されている。そのことは1368番に認められよう。彼らは教会を荒らすバビロンの如くある。1327番(を参照)、「地の広さ(幅広い地)」は真理である。3433, 3434番(を参照)、彼らの荒廃が「地の広さ(幅)の間(幅広い地)を進む」によって意味されている。「馬」は同様な彼らの知的なものである。2761, 2762, 3217番(を参照)、それ故、「急いで食い尽くすために鷲(の如く)」が何であるかが知られよう。即ち真理により人間を荒らすためである。なぜなら、そこで教会の荒廃について述べられているからである。それらは「鷲」と対比があるが、しかし聖言における例えは表意するものによって行なわれる。
それ故、今や「死体に集まる鷲」の例えによって何が意味されているか明らかである。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-6-3924~

30-6-3924

29-3769~3772意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3769~3772意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3769.「また大きな石が井戸の口の上にあった」が、それが閉ざされたこと、即ち聖言が閉ざされたことを意味することは説明なしに知られることが出来よう。聖言が閉ざされたと言われている。もしそれが文字通りの意味に関してだけ理解されるなら、またそこでその凡てのものが教義として取り上げられるなら聖言は閉ざされる。またそれらが教義の事柄として承認される時、それらは自己愛と世俗愛の欲望を支持し、更に一層、閉ざされる。なぜなら、それが特に井戸の口の上に大きな石をころがすこと、即ち聖言を閉ざすことであるからであり、またその時、聖言の何かの内的な意味を知らないほど、知ることを欲しないほど閉ざすからである。それにもかかわらず、内的な意味に関して文字通りの意味が説明されている多くの個所から認めることが出来る時、またその上、教会の中に広く受け入れられた教義の事柄から聖言の凡ての文字通りの意味に様々な説明によって関連付ける時、聖言の中に内的な何かの意味があることを認めることが出来よう。
[2]聖言が閉ざされることが何であるかは、特に文字通りの意味に従って聖言の全体的なものも個別的なものも説明するユダヤ人達から知られることが出来よう。またそこから彼らが全地上世界において他の凡ての者達よりも選ばれた者達であること、またメシアが来られ彼らをカナンの地に導き入れるであろうこと、また彼らを凡ての民族の上に、また凡ての民の上に上げるであろうことを信じる。というのは、彼らは地上の形体的な愛の中に居るからであり、内的なものに関して聖言を完全に閉ざすような者達であるからである。それ故、彼らは天的な何かの王国があるかどうか、死後生きるかどうか、内なる人間が何かをまだ知らず、決して何かの霊的なものですら与えられない。ましてメシアが霊魂を救うことのために来られたことは知らない。聖言が彼らの前に閉ざされるのは、例え彼らは基督教徒達の間に生きても、しかしそれでもなお、ユダヤ人達はイザヤ書の下記の箇所に従って基督教徒達の教義の事柄を全く受け入れないからである。
「あなたはこの民に言え、あなた達は聞くことで聞け、しかるに悟らないように、また見ることで見よ、しかるに認めないように、この民の心を太らせよ、そしてその耳を重くせよ、またその目を塞げ、...そして彼は言った。主よ、いつまでですか? 同時に、主は言われた誰も住民が居なくなって大きな町が荒らされるまで、また家に人間が誰も居なくなるまで、また大地が荒らされ荒野になるまで、」マタイ伝、13.14, 15、ヨハネ伝、12. 40,41、
[3]というのは、人間は自己愛と世俗愛の中に居るほど、またそれらの欲望の中に居るほど、それだけ人間に聖言が閉ざされるからである。なぜなら、それらの愛はそれらの愛自身を目的として持つからであり、その目的が自然的な光を灯し天的な光を消すからであり、そのように自分自身とこの世のものを鋭く見、また主と主御自身の王国のものを全く見ないからである。またそのようにある時も無論、聖言を読むことが出来るが、しかし利得、名誉、および財産を得る目的から、或いは見えの目的から、或いは好意とそこからのなめらかな社交から、或いは敬虔から読む。しかるにそれでもなお、生命(生活)を正すことの目的から読むのではない。彼らには様々な方法で聖言は閉ざされる。或る者達に彼らの教義の事柄が教え示すことを除いて何も他のものを知ることを欲しないように閉ざされる。
[4]またもし、誰かがペテロに天界を開くことと閉ざすことの権限は与えられていないこと、しかし愛の信仰に与えられていること、「ペテロの鍵」によってそれが意味されることを言っても、自己愛と世俗愛が妨げるので決して承認しない。またもし、誰かが聖徒達は礼拝されるべきではないこと、しかし特に主だけが礼拝されるべきことを言っても受け入れない。またもし、誰かが聖餐におけるパンと葡萄酒は全人類への主の愛と主への人間の相互の愛が意味されることを言っても信じない。またもし、誰かが信仰は信仰の愛があるのでなければ、即ち仁愛があるのでなければ何も行なわないことを言っても、それを逆に説明する。そのように他のものにおいても同様である。そのような者達は聖言の中の真理を認めることを欲せず認めることが出来ない。しかし彼ら自身の信条の中に頑強に留まり、またその中に聖言の神聖なものと栄光がある内意は決して聞くことを欲しない。それどころか、内意があることを聞く時、聞かされただけで反感から嫌悪しそのように聖言は閉ざされる。それにもかかわらずその時、聖言は天界へ、また天界を通して主へ絶えず開かれたものであり、また人間が生命(生活)の目的に関して、自己愛と世俗愛の悪とそこからの間違った信念の原理の中に居る範囲で、人間に応じて個々にだけ閉じられたものである。
それ故、「井戸の口の上の大きな石」が何であるか知られることが出来よう。

3770.「そして、そこへ凡ての群れがまとめられた」が、凡ての教会とそこからのそれらの教義の事柄を意味することは、「群れ」の意味が教会であることから、また教会の教義の事柄でもまたあることから知られよう。そのことについては上の3767, 3768番に示された。「そこへ集められること」によって、それらが聖言からあることが意味される。

3771.「また井戸の口の上の石を転が落とした」が、それらを開けたことを意味することは、「井戸の口の大きな石」の意味について直ぐ上の3769番に言われたことから知られよう。そこから「井戸の口の上から石を転がし落とした」ことは開けたことであることが明らかである。

3772.「そして群れに飲ませた」が、そこからの教義を意味することは「飲ませること」、或いは「飲むことを為すこと」の意味が教えることであることから知られよう。そのことについては3069, 3768番に示された。また「群れ」の意味が信仰の善と真理の中に居る者達であることから知られよう。そのことについては343, 3767番に示された。従って「それを飲ませること」は聖言から教えることであり、それ故に教義である。

30-3901-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3901-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ


3901. Quod:こと、それ、そのこと、Ecclesiae:教会、ultimus:最後、最外部、最低、status:状態、comparatus sit:例えられた、比較された、aquilis:鷲、quae:それらは、そのことらは、congregantur:集められる、ad:~に、~へ、cadaver:死体、屍、seu:即ち、或いは、corpus,:体、身体、est:ある、quia:なぜなら、ので、per:~を通して、~によって、`aquilas':鷲、significantur:意味される、rationalia:理性、理性的な、hominis,:人間、quae:それらは、そのことらは、cum:その時、その場合、praedicantur:言われる、属性付けられる、de:~について、bonis,:諸々の善、sunt:ある、rationalia:理性、理性的な、vera,:諸々の真理、sed:しかし、cum:その時、その場合、de:~について、malis,:諸々の悪、sunt:ある、rationalia:理性、理性的な、falsa:諸々の間違った原理(信念)、seu:即ち、或いは、ratiocinia;:誤った推論、誤った推理、`aves':鳥、in genere:一般的に、全般的に、significant:意味する、cogitationes:思考、hominis,:人間、etiam:~もまた、更に、in:~の中、~において、utroque sensu,:両方の意味、{1}n.:番号、4 0, 745, 776, 866, 991, 3219 {2}; et:また、そして、unaquaevis:各々の、誰でも、species:観念、概念、像、似姿、種、種類、aliquid:何か、若干の、singulare,:特別の、特定の、{3} aquilae:鷲、quia:なぜなら、ので、alte:高い所に、高く、volant,:欲する、et:また、そして、acute:知性の鋭さをもって、鋭く、vident,:見る、認める、rationalia;:理性、理性的な、quod:こと、それ、そのこと、ita:このように、従って、sit,:ある、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、a:~から、~により、pluribus:より多くの、多数の、locis:くだり、箇所、in:~の中、~において、Verbo,:聖言、御言葉、quorum:それらの、彼らの、haec:これらを、licet:自由である、許されている、差しつかえない、(一人称単数現在)ad:~のために、~へ、confirmationem:確認、説明、確信、確証、adducere;:連れて来ること、引き寄せること、primum:先ず、初めて、最初に、ubi:そこで、その場所、significant:意味する、rationalia:理性、理性的な、vera:諸々の真理、apud:~のもとに、~において、Mosen,:モーセ、
Jehovah:エホバ、invenit:見つけた、獲得した、手に入れた、populum:人々、民、Suum:御自身、in:~の中、~において、terra:地、地上、deserti,:荒野、砂漠、et:また、そして、in:~の中、~において、inanitate:実のない、空虚、空(から)、ejulatu,:悲嘆、号泣、solitudine,:寂しい場所、荒野、孤独、circumduxit:回り道を通って導いた、連れまわした、illum,:それを、instruxit:与えた、教えた、illum,:それを、custodivit:守った、見張った、illum:それを、sicut:~の如く、~のように、pupillam:瞳孔、ひとみ、oculi:目、Sui,:御自身、sicut:~の如く、~のように、aquila:鷲、excitat:起こす、扇動する、nidum,:巣、(巣の中の)ひな鳥、suum:自分自身を、それ自身を、super:~の上に、~の上へ、pullis:雛鳥、motitat:動かす、揺り動かす、se,:自分自身を、それ自身を、expandit:伸ばす、広げる、alas:羽、翼、suas,:それら自身を、accipit:受ける、受け取る、illum,:それを、portat:携える、身に付けている、着る、被る、履く、負う、担う、illum:それを、super:~の上に、~の上へ、ala:羽、翼、sua,:それら自身を、Deut.:申命記、xxxii10, 11; est:ある、instructio:教え、準備、教育、in:~の中、~において、veris:諸々の真理、et:~と、および、bonis:諸々の善、fidei:信仰、quae:それらは、そのことらは、hic:ここに、この場に、describitur,:記述される、述べられる、et:また、そして、comparatur:例えられる、比較される、なぞらえられる、aquilae;:鷲、ipse:そのもの、それ自身、processus:進行、進歩、展開、usque dum:~するまで、~の時まで、~まで、homo:人間、fit:為される、行われる、rationalis:理性、理性的な、et:~と、および、spiritualis,:霊的な、ii:それらは、彼らは、descriptione:記述、叙述、et:~と、および、comparatione:比較、対比、例え、continetur;:含まれる、繋がれる、連続される(接続法三人称単数現在)comparationes:比較、対比、例え、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、omnes:凡ての、全体の、fiunt:為される、行なわれる、per:~を通して、~によって、significativa,:表意する、意味のある、inde:それ故、そこから、hic:ここに、この場に、per:~を通して、~によって、`aquilam':鷲、quae:それは、そのことは、est:ある、rationale::理性、理性的な、
[2] apud:~のもとに、~において、eundem,:同(書)、
Jehovah:エホバ、ad:~に、~へ、Mosen,:モーセ、... Vos:あなた達は、vidistis,:見た、認めた、(二人称複数完了)quae:それらは、そのことらは、fecerim:行なった、為した、(接続法一人称単数完了)Aegyptiis,:エジプト、et:また、そして、tulerim:持つ、抱く、受ける、(接続法一人称単数完了)vos:あなた達を、super:~の上で、~の上に、alis:羽、翼、aquilarum,:諸々の鷲、{4} et:また、そして、adducerem:導く、持って来る、持って行く、連れて来る、連れて行く、提示する、提出する、公にする、納得させる、信じこます、引き寄せる、連れてくる、招来する、引き起こす、もたらす、勧誘する、強いて~させる、(接続法一人称単数未完了)vos:あなた達を、ad:~に、~へ、Me,:私へ、Exod.:出埃及記、xix 3, 4; similiter::同様に、似ている、apud:~のもとに、~において、Esaiam,:イザヤ書、
Exspectantes:待ち望んでいる、Jehovam:エホバ、innovabuntur:新たにされる、更新させられる、(三人称複数未来受動)robore,:力強いこと、力、ascendent,:上がる、上昇する、(三人称複数未来)ala:羽、翼、forti:強い、たくましい、強力な、頑丈な、sicut:~の如く、~のように、aquilae,:鷲、current:走る、急ぐ、(三人称複数未来)et:また、しかるに、non:否、delassabuntur,:へとへとに疲れさせられる、すっかり疲れさせられる、疲れ果てさせられる、(三人称複数未来受動)ambulabunt:歩く、旅をする、(三人称複数未来)et:また、しかるに、non:否、defatigabuntur,:疲れさせられる、弱らせられる、(三人称複数未来受動)xl 31; `innovari:新たにさせられること、更新させられること、robore':力強いこと、力、pro:~として、~のために、crescere:増すこと、成長すること、quoad:~に関して、~に関する限り、velle:欲すること、bonum,:善、` ascendere:上がること、上昇すること、ala:羽、翼、forti:強い、たくましい、強力な、頑丈な、sicut:~の如く、~のように、aquilae':鷲、pro:~として、~のために、crescere:増すこと、成長すること、quoad:~に関して、~に関する限り、intelligere:理解すること、verum,:真理、ita:このように、従って、quoad:~に関して、~に関する限り、rationale;:理性、理性的な、res:事柄、物事、per:~を通して、~によって、binas:二つ、expressiones:表現、語句、hic:ここに、この場に、ut:~のように、~として、alibi:他の箇所に、exponitur,:説明される、述べられる、quarum:それらの、una:1、involvit:包んだ、含んだ、包む、含む、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、voluntatis,:意志、altera:第二の、もう一つの、他の方の、verum:真理、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、intellectus;:理解、similiter:同様に、似ている、` currere:走ること、non:否、delassari,:へとへとに疲れさせられること、すっかり疲れさせられること、ambulare:歩くこと、旅をすること、non:否、defatigari'::疲れさせられること、弱らせられること、疲労させられること、
[3] apud:~のもとに、~において、Ezechielem,:エゼキエル、
Parabolam:比較、対照、例え話、寓話、諺、paraboliza:例えて話せ、(命令形)de:~について、domo:家、Israelis,:イスラエル、et:また、そして、dic,:言え、述べよ、(命令形)Sic:そのように、こうして、dixit:言った、Dominus:主、Jehovih,:エホビ、Aquila:鷲、magna,:偉大な、大きな、(呼格)... longa:長い、長距離の、(x)pennis,:羽、翼、飛翔、plena:充分な、~に満ちた、plumis,:羽, 羽毛、cui:それに、そのことに、acupictura {5},:刺繍、venit:来た、行った、来る、行く、super:~の上に、~の上へ、Libanum,:レバノン、et:また、そして、accepit:受けた、掴んだ、取った、ramusculum:小枝、cedri,:杉、ヒマラヤ杉、... deduxit:導いた、連れ去った、in:~の中へ、~に、terram:地、地上、commercii,:売買、商売、取引、市場、in:~の中、~において、urbe:大きな町、都市、aromatariorum:香料作り、posuit,:据えた、置いた、germinavit:芽を出した、発芽した、et:また、そして、factus est:行なわれた、為された、in:~の中へ、~に、vitem:葡萄の木、luxriantem.:繁茂している、はびこっている、大きくなっている、... Fuit:あった、aquila:鷲、altera:第二の、もう一つの、他の方の、{6}magna,:偉大な、大きな、magna:偉大な、大きな、alis:羽、翼、et:~と、および、plena:充分な、~に満ちた、plumis,:羽, 羽毛、ad:~に、~へ、quam:それを、ecce:ほら、見よ、vitis:葡萄の木、葡萄のつる、haec:これらは、applicabat:付けた、付加した、近付けた、radices:根、suas,:それら自身を、et:また、そして、palmites:枝、suos:それら自身を、emisit:発した、送り出した、ad:~に、~へ、illam,:それを、ad:~のために、~へ、irrigandum:潤わすことを、活気付けることを、illam:それを、ex:~から、~により、areolis:小さな空き地、輪、苗床、花壇、plantationum:植え付けられた植物、移植、suarum,:それら自身の、in:~の中、~において、agro:野、畑、原、bono,:善、apud:~のもとに、~のそばに、aquas:水、multas,:多くの、多数の、... sed:しかし、devastabitur::荒らされる、(三人称単数未来)... misit:行かせた、差し向けた、legatos:使者達、suos:それら自身を、in:~の中へ、~に、Aegyptum:エジプト、ad:~のために、~へ、dandum:与えることへ、招来することへ、sibi:自分自身に、それ自身に、equos:馬、騎兵、et:~と、および、populum:人々、民、multum,:多数の、多くの、xvii 2-9, 15; `aquila':鷲、primum:先ず、初めて、最初に、nominata:呼ばれた、名付けられた、pro:~として、~のために、rationali:理性、理性的な、illustrato:明るくされた、照らされた、a:~から、~により、Divino,:神的な、`aquila':鷲、altero:第二の、もう一つの、他の方の、loco:場所、箇所、pro:~として、~のために、rationali:理性、理性的な、ex:~から、~により、proprio:固有の、自分の、固有性、自己、per:~を通して、~によって、ratiocinia:誤った推論、誤った推理、ex:~から、~により、sensualibus:感覚的な、感覚の、et:~と、および、scientificis:事実に基づいた、科学的な、dein:次いで、その後、perverso:歪められた、誤らされた、facto;:為された、行われた、 `Aegyptus':エジプト、pro:~として、~のために、scientificis,:事実に基づいた、科学的な、n.:番号、1164, 1165, 1186, 1462; `equi':馬、騎兵、pro:~として、~のために、intellectuali:理解の、知的な、inde,:それ故、そこから、n.:番号、2762, 2762, 3217: 
[4] apud:~のもとに、~において、Danielem,:ダニエル書、
Visio:幻視、幻、Danielis;:ダニエル、quatuor:4、... bestiae:動物、獣、ascenderunt:上がった、昇った、e:~から、~により、mari,:海、diversae:様々な、全く異なった、haec:これらは、ab:~から、~に対して、altera,:第二の、もう一つの、他の方の、prima:第一の、最初の、sicut:~の如く、~のように、leo,:ライオン、獅子、sed:しかし、alae:羽、翼、aquilae:鷲、illi,:それに、videns:見ている、fui:あった、(一人称単数完了)donec:~まで、~の限りは、~の間は、evulsae sunt:引き抜かれた、引きちぎられた、alae:羽、翼、ejus,:それの、彼の、et:また、そして、sublata est:上げられた、(c)a:~から、~により、terra,:地、地上、et:また、そして、{7} supra:上に、上部に、pedes:足、sicut:~の如く、~のように、homo:人間、erecta,:揚げられた、立てられた、et:また、そして、cor:心、心臓、hominis:人間、datum:与えられた、ei,:それに、vii 3, 4; est:ある、status:状態、primus:第一の、最初の、Ecclesiae:教会、qui:それは、per:~を通して、~によって、`leonem:ライオン、獅子、cui:それに、そのことに、alae:羽、翼、aquilae':鷲、describitur,:記述される、述べられる、et:また、そして、sunt:ある、ibi:そこに、そこで、` alae:羽、翼、aquilae':鷲、rationalia:理性、理性的な、ex:~から、~により、proprio,:固有の、自分の、固有性、自己、quibus:それらに、そのことらに、sublatis:取り去られた、取り除かれた、rationalia:理性、理性的な、et:~と、および、voluntaria:意志の、自発的な、ex:~から、~により、Divino:神的な、{8}data sunt,:与えられた、quae:それらは、そのことらは、significantur:意味される、per:~を通して、~によって、quod:それを、そのことを、`sublata sit:上げられた、(c)a:~ から、~により、terra,:地、地上、et:また、そして、super:~の上で、~の上に、pedes:足、sicut:~の如く、~のように、homo:人間、erecta,:揚げられた、立てられた、et:また、そして、cor:心、心臓、hominis:人間、datum'::与えられた、

3901.教会の最後の状態が死体、或いは身体に集められる鷲に例えられた。なぜなら、「鷲」によってそれが善に属性付けられる時、理性的な真理である人間の理性的なものが意味されるからである。しかし悪について属性付けられる時、(非)理性的な間違った原理、或いは誤った推論が意味される。「鳥」は一般的に人間の思考を意味し、更に両方(真理と間違った原理)の意味における(思考もまた意味する)。4 0, 745, 776, 866, 991, 3219番(を参照)、また各々の(鳥に)は何か特定の概念がある。鷲は高い所を欲するので、また鋭く見るので理性的なものを意味する。そのようにあることは聖言の中の多くの箇所から知られることが出来よう。それらの確証のために私はそれらを引用することが許されている。先ず理性的な真理を意味する箇所はモーセの書において、
「エホバは御自身の民を荒野の地、また空虚(の地)、悲嘆(の地)、寂しい地において見つけられ、それ(その民)を連れまわし、それ(その民)を教えられた。それ(その民)を御自身の目の瞳の如く、鷲がその雛を起す如く守られた。御自分を巣の上で動かしその翼を広げ、それ(その民)を受け取り、その翼の上にそれ(その民)を担われる。」申命記、32.10, 11、ここでは信仰の真理と善の中で教えることが記述されており、またそれが鷲に例えられている。人間が理性的なものと霊的なものに為されるまでの進行そのものが記述と例えの中に含まれる。聖言の中の凡ての例えは表意するものによって為される。それ故、ここではそれが理性的なものである「鷲」によって(例えられている)。
[2]同書において、
「エホバはモーセに(言われた)。...あなた達は私がエジプトに行ったこと、また私が鷲の翼の上にあなた達を抱いたこと、またあなた達を私に連れて来ることを見た。」出埃及記、19.3, 4、ここでも同様である。イザヤ書において、
「エホバを待ち望んでいる者達は力を新たにされ、鷲の如く強い翼で上がるであろう。彼らは走るが、しかるに疲れない、また歩くが、しかるに弱らない。」40.31、ここで「力が新たにされること」は、善を欲することに関して増すこととして、「鷲の如く強い翼で上がること」は、真理を理解することに関して増すこととして、そのように理性的なものに関して(記述されている)。他の箇所に説明されているように、ここでも事柄が二つの表現によって(記述されている)。それらの一つは意志の善を含み、もう一つは理解の真理を含む。「走ることで疲れないこと、歩くことで弱らないこと」も同様である。
[3]エゼキエル書において、
「イスラエルの家について例え話を話せ、また主エホビはこのように言われたと言え、大きな鷲、...それに長い翼があり羽毛が満ち刺繍があった。それがレバノンの上に来て、そしてヒマラヤ杉の小枝を取り...取引の地へ持ち去り香料作りの大きな町に置いた。それが芽を出し、また繁茂している葡萄の木に為された。...大きな翼と羽毛に満ちたもう一つの大きな鷲が居た。見よ、その葡萄の木は多くの水のそばの善い畑の中の自分が植え付けられた苗床から、それ(自分)を潤わせるためにそれ(その鷲)にその根を近づけ、またそれ(その鷲)にその枝を伸ばした。...しかしそれは荒らされるであろう。...それは自分に馬と多くの民を招来するためにエジプトへその使者達を差し向けた。」17. 2-9, 15、ここで最初に言われた「鷲」は神的なものから照らされた理性的なものとして、第二の箇所の「鷲」は感覚的なものと科学的な(事実に基づく)ものからの誤った推論によって、その後歪められた(人間)固有のものからの理性的なものとして(記述されている)。「エジプト」は科学的な(事実に基づく)ものとして(記述されている)。1164, 1165, 1186, 1462番(を参照)、「馬」はそこからの知的なものとして(記述されている)。2761, 2762, 3217番(を参照)、
[4]ダニエル書において、
「ダニエルの幻、海から四つの獣が上がって来た。それらは他のものに対し全く異なっていた。最初の(獣は)ライオンの如くあったが、しかしそれに鷲の翼があった。私が見ている間にその翼は引き抜かれ、また地から上げられ、そして人間の如く足で立たされ、またそれに人間の心が与えられた。」7. 3, 4、ここの「鷲の翼のあるライオン」によって教会の最初の状態が記述されており、ここの「鷲の翼」は(人間)固有のものからの理性的なものであり、それらが取り去られることにより神的なものから理解と意志のものが与えられる。それが「地から上げられ、そして人間の如く足で立たされ、また人間の心が与えられた」によって意味される。

30-3901-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3901-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3901. Quod Ecclesiae ultimus status comparatus sit aquilis quae
congregantur ad cadaver seu corpus, est quia per `aquilas'
significantur rationalia hominis, quae cum praedicantur de bonis,
sunt rationalia vera, sed cum de malis, sunt rationalia falsa seu
ratiocinia; `aves' in genere significant cogitationes hominis,
etiam in utroque sensu, {1}n. 4 0, 745, 776, 866, 991, 3219 {2}; et
unaquaevis species aliquid singulare, {3}aquilae quia alte volant
et acute vident, rationalia; quod ita sit, constare potest a
pluribus locis in Verbo, quorum haec licet ad confirmationem
adducere; primum ubi significant rationalia vera apud Mosen,
Jehovah invenit populum Suum in terra deserti, et in inanitate
ejulatu, solitudine, circumduxit illum, instruxit illum,
custodivit illum sicut pupillam oculi Sui, sicut aquila
excitat nidum suum super pullis motitat se, expandit alas
suas, accipit illum, portat illum super ala sua, Deut. xxxii
10, 11;
est instructio in veris et bonis fidei quae hic describitur, et
comparatur aquilae; ipse processus usque dum homo fit rationalis et
spiritualis, ii descriptione et comparatione continetur;
comparationes in Verbo omnes fiunt per significativa, inde hic per
`aquilam' quae est rationale: [2] apud eundem,
Jehovah ad Mosen,... Vos vidistis, quae fecerim Aegyptiis, et
tulerim vos super alis aquilarum, {4}ut adducerem vos ad Me,
Exod. xix 3, 4;
similiter: apud Esaiam,
Exspectantes Jehovam innovabuntur robore, ascendent ala forti
sicut aquilae, current et non delassabuntur, ambulabunt et non
defatigabuntur, xl 31;
`innovari robore' pro crescere quoad velle bonum, `ascendere ala
forti sicut aquilae' pro crescere quoad intelligere verum, ita
quoad rationale; res per binas expressiones hic ut alibi exponitur,
quarum una involvit bonum quod est voluntatis, altera verum quod
est intellectus; similiter `currere non delassari, ambulare non
defatigari': [3] apud Ezechielem,
Parabolam paraboliza de domo Israelis, et dic, Sic dixit
Dominus Jehovih, Aquila magna,... longa (x)pennis, plena
plumis, cui acupictura {5}, venit super Libanum, et accepit
ramusculum cedri,... deduxit in terram commercii, in urbe
aromatariorum posuit, germinavit et factus est in vitem
luxuriantem.... Fuit aquila altera {6}magna, magna alis et
plena plumis, ad quam ecce vitis haec applicabat radices suas,
et palmites suos emisit ad illam, ad irrigandum illam ex
areolis plantationum suarum, in agro bono, apud aquas
multas,... sed devastabitur:... misit legatos suos in Aegyptum
ad dandum sibi equos et populum multum, xvii 2-9, 15;
`aquila' primum nominata pro rationali illustrato a Divino,
`aquila' altero loco pro rationali ex proprio per ratiocinia ex
sensualibus et scientificis dein perverso facto; `Aegyptus' pro
scientificis, n. 1164, 1165, 1186, 1462; `equi' pro intellectuali
inde, n. 2762, 2762, 3217: [4] apud Danielem,
Visio Danielis; quatuor... bestiae ascenderunt e mari,
diversae haec ab altera, prima sicut leo, sed alae aquilae
illi, videns fui donec evulsae sunt alae ejus, et sublata est
(c)a terra, et {7}supra pedes sicut homo erecta, et cor
hominis datum ei, vii 3, 4;
est status primus Ecclesiae qui per `leonem cui alae aquilae'
describitur, et sunt ibi `alae aquilae' rationalia ex proprio,
quibus sublatis rationalia et voluntaria ex Divino {8}data sunt,
quae significantur per quod `sublata sit (c)a terra, et super pedes
sicut homo erecta, et cor hominis datum': [5] apud Ezechielem,
Similitudo facierum quatuor animalium seu cheruborum, facies
hominis et facies leonis ad dextram quatuor illis, et facies
bovis ad sinistram quatuor illis, et facies aquilae quatuor
illis, i 10.
Rotae eorum vocabantur Galgal, et quatuor facies unicuique,
facies primae facies cherubi, et facies secundae facies
hominis, et tertiae facies leonis, et quartae facies aquilae
x 13, 14:
apud Johannem,
Circa thronum quatuor animalia plena oculis ante et retro,
primum animal simile leoni, alterum animal simile vitulo,
tertium animal habens faciem sicut homo, quartum animal simile
aquilae volanti, Apoc. iv 7;
quod animalia illa visa significent arcana Divina, constat, proinde
quod similitudo facierum illorum; sed {9}quaenam arcana non sciri
potest nisi sciatur quid in sensu interno est `leo, vitulus, homo,
aquila'; quod `aquilae facies' sit circumspectio et inde
providentia, patet, nam cherubi qui repraesentati sunt per animalia
apud Ezechielem, significant providentiam Domini ne homo ex se et
ex suo rationali intret in mysteria fidei, videatur n. 308; inde
quoque patet quod `aquila' cum praedicatur de homine, in sensu
interno sit rationale, et hoc inde quia aquila alte volat, et a
superiore prospicit late illa quae infra sunt: [6] apud Hiobum,
Num per intelligentiam tuam volat accipiter, expandit alas
versus austrum, num juxta os tuum attollit se aquila, et quod
exaltet nidum suum? xxxix 26, 27;
hic quod `aquila' sit ratio, quae est intelligentiae, patet; tale
significavit aquila in Ecclesia Antiqua, nam liber Hiobi est
Antiquae Ecclesiae liber, n. 3540 f.; libri enim tunc temporis
paene omnes per significativa conscripti sunt, sed significativa
temporis successu ita obliterata sunt ut ne quidem sciatur quod
`aves' in communi sint cogitationes, tametsi in Verbo toties
nominantur, et ibi apparet manifeste quod aliud significent. [7]
Quod `aquila' in opposito sensu significet rationalia non vera, ita
falsa, patet a sequentibus locis; apud Mosen,
Extollet Jehovah supra te gentem e longinquo ab extremitate
terrae, quemadmodum advolat aquila, gentem cujus non audis
linguam, gentem duram faciebus, Deut. xxviii 49, 50:
apud Jeremiam,
Ecce nubes ascendit, et sicut procella currus ejus, celeres
sunt prae aquilis equi jus, vae nobis quia vastati sumus, iv
13
apud eundem,
Jactantia tua decepit te, superbia cordis tui habitans in
foraminibus petrae occupans altitudinem collis, quia exaltas
sicut aquila nidum tuum, inde dejiciam te. Ecce sicut aquila
ascendit et volat, et extendit alas suas supra Bozram, et
factum est cor potentum Edomi in die illo sicut cor mulieris
quae in angustia, xlix 16, 17, 22
apud eundem,
Celeres fuerunt insectantes nos prae aquilis, super montibus
insectati sunt nos, in deserto insidiati sunt nobis, Thren. iv
19:
apud Micham,
Calvitiem induc, et tonde te super filios deliciarum tuarum,
dilata calvitiem {10}sicut aquila, quia migrarunt a te, i 16:
apud Obadiam,
Si exaltaveris te sicut aquila, et si inter stellas ponis
nidum tuum, inde detraham te, vers. 4:
apud Habakkuk,
Ego excitans Chaldaeos, gentem amaram et praecipitem,
pergentem in latitudines terrae, ad hereditandum habitacula
non sua,... cujus es sunt prae {11}aquilis equi, equites ejus
e longinquo venient, advolabunt sicut aquila festinans ad
comedendum, i 6, 8;
[8] in his locis per `aquilas' significatur falsitas inducta per
ratiocinia, quae inducitur ex fallaciis sensuum et apparentiis
externis; (m)quod apud Prophetam ultimo citatum per `Chaldaeos'
significentur illi qui in externo sancto sunt, sed {12}interius in
falso, videatur n. 1368; quod illi sicut Babel sint qui vastant
Ecclesiam, n. 1327; quod `latitudines terrae' sint vera, n. 3433,
3434, vastatio eorum significatur per `pergentem in latitudines
terrae'; quod `equi' sint intellectualia illorum quae similia, n.
2761, 2762, 3217; quid `aquila festinans ad comedendum' inde
constat, quod nempe ad desolandum hominem veris, nam de
{13}desolatione Ecclesiae ibi agitur: comparationes sunt cum
aquilis', sed, ut dictum, comparationes in Verbo fiunt per
significativa.(n) Inde nunc patet quid per comparationem cum
`aqualis quae congregabuntur ad cadaver' significatur.

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-5-3920~

30-5-3920

29-3765~3768意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3765~3768意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3765.「見よ、井戸」が聖言を意味することは、「井戸」の意味が聖言であることから、また同様に聖言からの教義であることから知られよう。そのことについては2702, 3096, 3424番に示された。ここで聖言が「井戸(puteus)」と言われている。なぜなら、自然的なものについて取り扱われているからである。自然的なものは見られた聖言を本来文字通りの意味にだけ理解する。だが聞き給え、理性的なものについて取り扱われる時、聖言は「泉(fons)」と言われ、それによって聖言は内意に従って理解される。

3766.「野(畑)の中」が、教会としての野(畑)を意味することは、「野(畑)」の意味が善に関する教会であることから知られよう。そのことについては2971番に示された。聖言において教会は地と大地、および野(畑)によって意味されるが、しかし相違を持って意味される。野(畑)が教会であるのは、教会が野(畑)の如く善と真理の種子を受け入れるからである。というのは、教会は聖言を持つからであり、それにより教会があるからである。そこから野(畑)にあるものは何でも教会のものでもまたある。例えば種蒔き、刈り入れ、栽培、小麦、大麦、また他のもののように、そしてそれらもまた相違を持ってある。

3767.「また見よ、そこで彼の直ぐ近くに横たわっている三つの羊の群れ」が、教会と教義の神聖なものを意味することは、「3」の意味が神聖なものであることから知られよう。そのことについては720, 901番に示された。また「羊の群れ」の意味が教会であることから、そのように教義の事柄であることから知られよう。特に「羊」は教会内に居る者達、また仁愛の善と信仰の真理を学び吸収する者達を意味し、またその時、それらを教える者は羊飼いである。しかし一般的に「羊の群れ」は善の中に居る凡ての者達を意味し、従って全地上世界の中の主の教会に関わる者達を意味する。また教義の事柄によって善と真理に導き入れられる凡ての者達が意味されるので、それ故、「羊の群れ」によってもまた教義の事柄が意味される。というのは、教義の事柄は人間が善の中に居る者になることを為すからであり、またそのように善の中に居る者が人間そのものであるからである。教義の事柄と善の中に居る者が内意において同じ「羊の群れ」の言葉によって意味されている。
[2]というのは、人間である主体が善により意味されるからであり、善により人間があるからである。それ故、名前は事柄を意味すること、またそれらの事柄のある者達もまた意味することが何度か言われた。例えばツロとシドンが善と真理の概念(知識)を意味し、またそれらの概念(知識)の中に居る者達もまた意味することのように、またエジプトが科学(知識)を意味し、またアシュルが推論を意味することのように、しかしその時、それらの中に居る者達も意味される。そのように他のものにおいても同様である。だが聞き給え、天界における天使達の許の会話は人物の考えなしに事柄によって行なわれ、従って一般的なものによって行なわれる。またそれはそれがそのように無数のものを表現するという理由からである。しかし、特に凡ての善と真理を主に帰し、また自分自身には何も帰さないという理由からである。それ故、彼らの会話の原型は主だけにおいて以外決定されない。このような事情の下に、それらから「羊の群れ」、また同様に教義の事柄が教会を意味することがどの源からであるか明らかである。
「羊の群れ」が「井戸のすぐ近くに横たわっている」と言われている。なぜなら、聖言からの教義の事柄であるからである。「井戸」が聖言であることは、直ぐ上の3765番に言われた。

3768.「なぜなら、その井戸から群れに飲ませたからである」が、そこからの科学(知識)、即ち聖言からの科学(知識)を意味することは、「井戸」の意味が聖言であることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3765番に示された。また「飲むこと」、或いは飲むことを為すことが教えられることであることから知られよう。そのことについては3069番に示された。また「群れ」の意味が教義の事柄の科学(知識)であることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3767番に示された。これらから「井戸から群れに飲ませた」によって、聖言からの善と真理の教義の事柄の科学(知識)が意味されることが明らかである。これらから後に続く箇所においてヤコブについて述べられていることは最高の意味において主について取り扱われており、主御自身がどのようにして御自身の自然的なものを神的なものに為されたかが述べられており、この章においてその始まりについて述べられている。また表象の内意においては再生される者達について取り扱われており、主が彼らの自然的な人間をどのように元通りに為されるかが述べられており、またこの章においてその始まりについて述べられている。それ故、ここでは聖言とそこからの教義の事柄について述べられている。なぜなら、聖言からの教義の事柄によって再生の始まりと再生があるからである。またそれらは「井戸」によって、また「三つの羊の群れ」によって意味されるので、それ故、それらが歴史的に述べられている。もしそれらがそれらを意味したのでなければ、それらが神的な聖言の中に述べられることは何と軽い事柄であろう。それらが何を含むか、即ち凡ての科学(知識)、および善と真理の教義は聖言からあることが知られよう。
[2]無論、自然的な人間も善と真理が何かを知ることが出来、また同様に理解することも出来るが、しかし単に自然的な善と真理、また社会的な善と真理だけであり、霊的な善と真理は出来ない。霊的な善と真理は啓示により在らねばならず、従って聖言から在らねばならない。例えば人間は隣人が愛されなければならないことと神が拝されなければならないことを誰でも理性により知ることが出来るが、しかしどのようにして隣人が愛されなければならないか、またどのようにして神が拝されなければならないか、従って霊的な善と真理が何かは聖言から以外知られることが出来ない。丁度、善そのものが隣人であること、従って善の中に居る者達が隣人であること、またその者の中の善に従って隣人であること、またそれ故、主は善の中に居られるので善が隣人であること、またそのように善への愛の中で主は愛されることのように、それらは聖言から以外知ることが出来ない。
[3]同様に、聖言を持たない者達は凡ての善は主からあること、またその善が人間の許に流入することと善い情愛を造ること、またその情愛は仁愛と言われることを知ることが出来ない。聖言を持たない者達は全世界の神が誰かを知ることが出来ず、その方が主であることを知ることが出来ない。その時、情愛、或いは仁愛の最内部、従って善の最内部が主御自身を目指すことは彼らに隠れている。それ故、霊的な善が何であるかは聖言から以外他の源泉から知られることが出来ないことが明らかである。だが聞き給え、異教徒達はこの世に居る限り、無論それを知らないが、しかしそれでもなお、彼らが相互の仁愛の中で相互に生きる時、そこから他生においてそのようなことについて教えられること、また更に容易に受け入れ、吸収することが出来る能力の中に居る。そのことについては2589-2604番に認められよう。

30-3900-4原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3900-4原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[8]Praeterea,:加えて、更に、他に、quia:なぜなら、ので、Verbum:聖言、御言葉、quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、locutus,:話した、innumerabilia:無数の、数え切れない、in se:本質的に、本来、continet,:保持する、含む、et:また、そして、desertum:砂漠、荒野、est:ある、vox:言葉、声、amplae:広い、大きい、significationis,:意味、nam:なぜなら、というのも、omne:凡ての、全体の、id:それを、desertum:砂漠、荒野、vocatur:呼ばれる、quod:こと、それ、そのこと、non:否、excultum:耕された、耕作された、et:~と、および、habitatum est,:住んだ、et:また、そして、conclavia:部屋、檻、鳥かご、vocantur:呼ばれる、omnia:凡ての、全体の、illa:それらは、quae:それらは、そのことらは、interiora:内的な、より内なる、sunt,:ある、ideo:それ故、そのために、etiam:~もまた、更に、per:~を通して、~によって、`desertum':砂漠、荒野、significatur:意味される、Verbum:聖言、御言葉、Veteris Testamenti,:旧約聖書、nam:なぜなら、というのも、hoc:これは、{12}abrogatum:廃止された、廃棄された、取り去られた、censetur,:~と思われる、~と言われる、考えられる、et:また、そして、per:~を通して、~によって、conclavia:部屋、檻、鳥かご、Verbum:聖言、御言葉、Novi Testamenti,:新約聖書、quia:なぜなら、ので、interiora:内的な、より内なる、seu:即ち、或いは、de:~について、interno homine:内なる人間、docet;:教える、伝える、pariter:同じように、同様に、etiam:~もまた、更に、totum:凡ての、全体の、Verbum:聖言、御言葉、dicitur:言われる、`desertum,':砂漠、荒野、cum:その時、その場合、non:否、amplius:この後、もはや、これ以上、inservit:仕える、奉仕する、pro:~として、~のために、doctrinalibus,:教義、(の事柄)、et:また、そして、`conclavia':部屋、檻、鳥かご、vocantur:呼ばれる、institutiones:確立、制定、慣習、教育、humanae,:人間の、人間的な、quae,:それらは、そのことらは、quia:なぜなら、ので、discedunt:立ち去る、離れる、遠ざかる、a:~から、~により、Verbi:聖言、御言葉、praeceptis:教え、戒め、命令、et:~と、および、institutis,:教え、掟、取決め、faciunt:行なう、為す、ut:~のために、こと、~するように、Verbum:聖言、御言葉、sit:ある、desertum;:砂漠、荒野、ut:~のように、~として、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、notum est:熟知された、in:~の中、~において、orbe:世界、地球、Christiano,:基督教、基督教徒、qui:その者達、enim:なぜならば、~というのは、in:~の中、~において、cultu:礼拝、崇拝、sancto externo:外なる神聖なもの、sunt,:ある、et:また、しかるに、profano:冒涜された、穢れた、interno,:内部の、内なる、propter:~のために、~の故に、innovationes:更新、刷新、やり直し、新しくすること、quae:それらは、そのことらは、spectant:見る、考慮する、目指す、sui:自分自身の、eminentiam:高位、名望、卓越、super:~の上に、~の上へ、omnes:凡ての、全体の、et:また、そして、opulentiam:豊かさ、富、prae:~よりも、~より多い、omnibus,:凡ての、全体の、ut:~のように、~として、fines,:目的、意図、Verbum:聖言、御言葉、abrogant,:廃止する、廃棄する、immo:というよりは、それどころか、in:~の中へ、~に、tantum:それほどに、ut:~のために、こと、~するように、ne quidem:決して~ない、~ですら~ない、legi:読まれること、ab:~から、~により、aliis:他のもの、異なった、permittant;:許す、許可する、et:また、そして、qui:その者達、non:否、in:~の中、~において、tali:このような、次ぎのような、cultu:礼拝、profano:冒涜された、穢れた、sunt,:ある、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、Verbum:聖言、御言葉、sanctum:神聖な、聖なる、habent,:持つ、有す、et:また、そして、in:~の中、~において、vulgo:民衆、大衆、esse:あること、存在すること、permittunt,:許す、許可する、usque:それでもなお、やはり、ad doctrinalia:教義(の事柄)通りに、sua:自分達自身を、omnia:凡ての、全体の、inflectunt:曲げる、変える、et:~と、および、explicant,:説明する、quod:こと、それ、そのこと、facit:行なう、為す、ut:~のように、~として、{13}reliqua:残りの、その他の、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、quae:それらは、そのことらは、non:否、secundum:~に従って、~に沿って、doctrinalia:教義、(の事柄)、sunt,:ある、sint:ある、`desertum';:砂漠、荒野、ut:~のように、例えば、satis:十分に、全く、確かに、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、qui:その者達、in:~の中、~において、sola:だけ、のみ、fide:信仰、salutem:救い、ponunt:見なす、見出す、置く、据える、et:また、そして、charitatis:仁愛、opera:仕事、働き、行い、contemnunt;:軽蔑する、侮る、illi:彼らは、omne:凡ての、全体の、id:それは、{14} faciunt:行なう、為す、sicut:~の如く、~のように、`desertum':砂漠、荒野、quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、Ipse:御自身、in:~の中、~において、Novo Testamento,:新約聖書、et:また、そして、toties:頻繁に、たびたび、in:~の中、~において、Veteri:旧約聖書、de:~について、amore:愛、et:~と、および、charitate:仁愛、locutus est,:話した、et:また、そして、sicut:~の如く、~のように、`conclavia,':部屋、檻、鳥かご、omnia:凡ての、全体の、quae:それらは、そのことらは、fidei:信仰、absque:~なしに、~を除いて、operibus:働き、仕事、行い、sunt;:ある、inde:それ故、そこから、patet:明らかである、quid:何か?、どんな?、per:~を通して、~によって、`si:もし~なら、たとえ~でも、dixerint:言った、vobis,:あなた達に、Ecce:ほら、見よ、in:~の中、~において、deserto:砂漠、荒野、est,:ある、ne:~しないように、否、exeatis;:出る、出て行く、(接続法二人称複数現在)
Ecce:ほら、見よ、in:~の中、~において、conclavibus,:部屋、檻、鳥かご、ne credatis':信じる、(接続法二人称複数現在)significatur.:意味される、
[9] `Sicut:~の如く、~のように、enim:なぜならば、~というのは、fulgur:稲妻の光、稲光、exit:出る、出て行く、伸びる、ab:~から、~により、oriente,:東、et:また、そして、apparet:現れる、見える、usque ad:~に至るまで、occidentem,:西、ita:このように、従って、erit:ある、(三人称単数未来)etiam:~もまた、更に、adventus:降臨、到着、Filii:御子、hominis':人間、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、cum:その時、その場合、interno cultu Domini:主への内なる礼拝、ita:このように、従って、(x)erit,:ある、(三人称単数未来)sicut:~の如く、~のように、eum:それを、fulgure,:稲妻の光、稲光、輝き、quod:こと、それ、そのこと、ilico:直ちに、即刻、その場で、即座に、すぐさま、dissipatur;:散らされる、分散させられる、散乱させられる、`fulgur':稲妻の光、稲光、enim:なぜならば、~というのは、significatur:意味される、id:それは、quod:こと、それ、そのこと、lucis:光、caelestis:天的な、est,:ある、ita:このように、従って、quod:こと、それ、そのこと、de:~について、amore:愛、et:~と、および、fide:信仰、praedicatur,:属性付けられる、述べられる、nam:なぜなら、というのも、haec:これらは、sunt:ある、lucis:光、caelestis;:天的な、`oriens':東、in:~の中、~において、(t)supremo sensu:最高の意味、est:ある、Dominus,:主、in:~の中、~において、sensu interno:内意、est:ある、bonum:善、amoris,:愛、charitatis:仁愛、et:~と、および、fidei:信仰、a:~から、~により、Domino,:主、videatur:見られる、認められる、n.:番号、101, 1250, 3249; `occidens':西、autem:しかし、他方において、in:~の中、~において、sensu interno:内意、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、occubuit:倒れた、死んだ、seu:即ち、或いは、desiit:終えた、~に終わった、止めた、消えた、esse,:あること、存在すること、ita:このように、従って、non:否、agnitio:受諾、承認、Domini,:主、nec:否、boni:善、amoris,:愛、charitatis:仁愛、et:~と、および、fidei,:信仰、ita:このように、従って、` fulgur:稲妻の光、稲光、quod:こと、それ、そのこと、exit:出る、出て行く、伸びる、ab:~から、~により、oriente:東、et:~と、および、apparet:現れる、見える、usque ad:~に至るまで、occidentem':西、est:ある、dissipatio;:分散、散乱、散らすこと、分配、adventus:降臨、到着、Domini:主、non:否、est:ある、secundum:~に従って、~に沿って、litteram:文字、文字通りの意味、quod:こと、それ、そのこと、appariturus:現れる、見える、(未来形)iterum:再び、もう一度、mundo,:(この)世、世界、sed:しかし、est:ある、praesentia:現存、臨在、居合わせること、出現、Ipsius:御自身、in:~の中、~において、unoquovis,:各々の、誰でも、quae:それは、そのことは、toties:頻繁に、たびたび、est,:ある、quoties:何回、何度、何としばしば、~と同じ回数だけ、~たびごとに、praedicatur:属性付けられる、述べられる、evangelium,:福音、福音書、et:また、そして、de:~について、sancto:神聖な、聖なる、cogitatur.:考えられる、
[10] `Ubicumque:どこでも、至る所で、enim:なぜならば、~というのは、fuerit:あった、cadaver,:死体、屍、illic:そこに、あそこに、congregabuntur:群れにまとめる、集まる、(三人称複数未来受動)aquilae':鷲、significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、confirmationes:確認、確信、確証、鼓舞、falsi:間違った原理(信念)、per:~を通して、~によって、ratiocinia:誤った推論、誤った推理、in:~の中、~において、Ecclesia:教会、vastata:荒廃された、浄化された、multiplicabuntur;:増やされる、(三人称複数未来受動)Ecclesia:教会、dum:その時、もし~ならば、absque:~なしに、~を除いて、bono:善、et:~と、および、inde:それ故、そこから、vero:真理、fidei:信仰、est,:ある、seu:即ち、或いは、cum:その時、その場合、vastata est,:荒された、浄化された、tunc:その時、やがて、mortua:死んだ、生命のない、dicitur,:言われる、nam:なぜなら、というのも、vita:生命、ejus:それの、彼の、est:ある、a:~から、~により、bono:善、et:~と、および、vero;:真理、inde:それ故、そこから、cum:~と一緒に、~に、mortua:死んだ、生命のない、est:ある、comparatur:例えられる、比較される、なぞらえられる、`cadaveri';:死体、屍、ratiocinia:誤った推論、誤った推理、de:~について、bonis:諸々の善、et:~と、および、veris:諸々の真理、quod:こと、それ、そのこと、non:否、sint:ある、nisi:~以外、もし~でなければ、quantum:~だけの量、~の程度、~の範囲、capiuntur,:理解される、認められる、et:また、そして、per:~を通して、~によって、illa:それらを、confirmationes:確認、確信、確証、強くすること、鼓舞、mali:悪、et:~と、および、falsi,:間違った原理(信念)、sunt:ある、`aquilae,':鷲、ut:~のように、例えば、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、ab:~から、~により、illis:それらから、彼らから、quae:それらは、そのことらは、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、sequuntur;:次の、後に続く、quod:こと、それ、そのこと、`cadaver':死体、屍、hic:ここに、この場に、sit:ある、Ecclesia:教会、absque:~なしに、~を除いて、vita:生命、charitatis:仁愛、et:~と、および、fidei,:信仰、patet:明らかである、a:~から、~により、Domini:主、verbis:言葉、語、ubi:そこで、その場所、{15} de:~について、consummatione:完了、完成、仕上げ、saeculi,:代、世代、時代、今の世、apud:~のもとに、~において、Lucam,:ルカ伝、
Discipuli:弟子達、dicebant,:言った、Ubi:何処へ?何処で?Domine?:主よ、(呼格)nempe:正確には、即ち、consummatio:完了、完成、仕上げ、saeculi:代、世代、時代、今の世、seu:即ち、或いは、ultimum:最後、最外部、最低、judicium,:審判、裁判、Jesus:イエス、dixit:言った、illis,:それらに、彼らに、Ubi:そこで、~の場所に、corpus,:体、身体、ibi:そこに、そこで、congregabuntur:群れにまとめる、集まる、(三人称複数未来受動)aquilae,:鷲、(x)xvii 37; `corpus':体、身体、ibi:そこに、そこで、loco:~に代わって、~の代わりに、cadaveris,:死体、屍、est:ある、enim:なぜならば、~というのは、corpus:体、身体、mortuum:死んでいる、死んだ、生命のない、quod:こと、それ、そのこと、hic:ここに、この場に、intelligitur,:意味される、et:また、そして、significat:意味する、Ecclesiam,:教会、nam:なぜなら、というのも、quod:こと、それ、そのこと、judicium:審判、裁判、a:~から、~により、domo:家、Dei:神、seu:即ち、或いは、ab:~から、~により、Ecclesia:教会、incohaturum,:始められた、取りかかられた、着手された、constat:知られる、明らかである、passim:至る所で、しばしば、ex:~から、~により、Verbo.:聖言、御言葉、
Haec:それらは、sunt:ある、quae:それらは、そのことらは、Verba:聖言、御言葉、Domini:主、nunc:今、それで、allata:述べられた、説明された、et:~と、および、explicata:解かれた、説明された、叙述された、in:~の中、~において、sensu interno:内意、significant;:意味する、quae:それらは、そのことらは、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、pulcherrima:最も美しい、serie:ひと続き、連鎖、系列、連続、系統、sint,:ある、tametsi:例え~でも、それでも、それにも関わらず、non:否、ita:このように、従って、in:~の中、~において、sensu litterae:文字通りの意味、apparet,:現れる、見える、constare:知られること、明らかであること、potest:出来る、可能である、contemplanti:観察している、熟視している、熟考している、考察している、illa:それらを、in:~の中、~において、nexu:結びつき、関連、結合、関係、secundum:~に従って、~に沿って、explicationem.:説明、解説、

[8]更に主が話された聖言は本質的に無数のものを含むので、また荒野は広い意味の言葉なので、なぜなら、荒野は耕されていない凡ての(地と人が)住んでいない凡ての(地を意味するからであり)、また部屋は内的な凡てのもの(を意味するからである)。それ故、「荒野」によって旧約聖書の聖言が意味される。なぜなら、それは廃止されたと言われているからである。また部屋によって新約聖書の聖言が意味される。なぜなら、内的なもの、或いは内なる人間について教えるからである。同様に、凡ての聖言もまた教義の事柄のために仕えない時「荒野」と言われる。また部屋は人間的な制定と言われ、それらは聖言の戒めと教えから離れるので聖言が荒野であることを為す。その上、基督教世界で熟知されているように、確かに、外なる神聖な礼拝の中に居るが、しかるに内なる穢れた(礼拝の中に居る)者達は、目的として凡ての者達の上に自分の名望を目指し、また凡ての者達よりも多い自分の富を目指すために聖言を廃棄し、それどころか他の者達により読まれることを決して許さないほどである。そしてそのような穢れた礼拝の中に居ない者達は、例え神聖な聖言を持っても、また民衆の中にあることを許しても、それでもなお、(自分達の)教義の事柄に従っていない聖言の中の他の(凡ての箇所)のように、自分達の教義の事柄通りに凡て(の聖言)を曲げて説明する。それが「荒野」である。そのことは信仰のみの中に救いを置く者達、また仁愛の働きを侮る者達から充分知られることが出来よう。彼らの凡ての者達は主御自身が新約聖書において、また旧約聖書においてたびたび愛と仁愛について話されたことを「荒野」の如く為す。そして行いなしにある信仰の凡てのものを「部屋」の如く為す。それ故、「例え彼らがあなた達に、見よ、荒野に居られると言っても出て行くな、見よ、部屋に居られると言ってもあなた達は信じるな」によって何が意味されるか明らかである。
[9]「というのは、稲光が東から出て、また西に至るまで現われる如くそのように人の御子の降臨もまたあるからである」は、主への内なる礼拝がそのようものである時、それをすぐさま散らされる稲光の如く(有する)ことを意味する。というのは、「稲光」は天的な光があることが意味されるからであり、従って愛と信仰について属性付けられるからである。なぜなら、それらは天的な光であるからである。最高の意味において「東」は主であり、内意において主からの愛、仁愛、および信仰の善であることは101, 1250, 3249番に認められよう。他方において、「西」は内意において死んだこと、或いは存在することを終えたことであり、従って主への承認、愛の善の承認、仁愛と信仰の承認がないことである。従って「東から出て西に至るまで現われる稲光」は散らすことである。この世にもう一度現われる主の降臨は文字通りの意味に従ってあるのではなく、各々の者の中に主御自身の臨在があることであり、それは福音が述べられるたびごとに、また神聖なことについて考えられるたびごとに頻繁にある。
[10]「なぜならば、何処でも死体があると、そこに鷲もまた集まるからである」は、教会の中で増やされるであろう間違った推論による間違った原理の確信を意味する。教会が善とそこからの真理なしにある時、或いは荒された時、やがて死んだと言われる。なぜならその生命は善と真理からあるからである。それ故、死んだ死体に例えられる。善と真理についての誤った推論は、もしそれらが理解される範囲でなければそれらを否定することであり、またそれらによって悪と間違った原理を確信することである。それが「鷲」である。直ぐ後に続く箇所から知られることが出来るように、ここの「死体」は仁愛と信仰の生命のない教会であることは、ルカ伝の許の世代の完了についての主の御言葉から明らかである。
「弟子達は言った。主よ、何処ですか? 即ち世代の完了、或いは最後の審判は何処ですか? イエスは彼らに言われた。身体のある場所に、そこに鷲も集つめられるであろう。」17.37、ここの「身体」は死体の代わりである。というのは、ここでは死んだ身体が意味されており、またそれは教会を意味するからである。なぜなら、審判は神の家から、或いは教会から始められたことは聖言からしばしば知られるからである。それらは今述べられ、また説明された主の聖言が内意において意味することである。それらは最も美しい連鎖の中にあるが、それでもそのように文字通りの意味においては現われない。それらを解説に従った関連の中でそれらを熟考している者には知られることが出来よう。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-4-3910~

30-4-3910

29-3762-2~3764意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

29-3762-2~3764意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[4]エレミヤ書において、
「エホバはこのように言われた。あなた達はケダルに向かって上れ、また東の息子達を荒らせ、彼らの天幕と彼らの羊の群れをあなた達は取らなければならない。彼らの幕と凡ての容器、また彼らの駱駝をあなた達は取らなければならない。」49.28,29、ここの「東の息子達」によって善と真理の概念(知識)の中に居る者達が意味されることは、彼らの天幕と羊の群れ、更に幕と凡ての容器、そのようにまた駱駝を取ることから知られよう。というのは、「天幕」によって善の神聖なものが意味されるからである。414, 1102, 2145, 2152, 3312番を参照、また「羊の群れ」によって仁愛の善が意味されることから知られよう。そのことについては343, 2566番に示された。また「幕」によって神聖な真理が意味されることから知られよう。2576, 3478番を参照、また「容器」によって信仰の真理と科学的な(事実に基づく)ものが意味されることから知られよう。3068, 3079番を参照、また「駱駝」によって一般的に科学的な(事実に基づく)ものが意味されることから知られよう。3048, 3071, 3143, 3145番を参照、そのように「東の息子達」によってそれらの中に居る者達、即ち善と真理の概念(知識)の中に居る者達が意味される。
[5]イエスが産まれた時、イエスに東から賢明な者達が来た。彼らは東の息子達と言われた者達であったことは、東において彼らに現われた星により、彼らは主が産まれるであろうこと、また主御自身の降臨を知ることの概念(知識)の中に居たことから知られることが出来よう。その者達についてマタイ伝において次のように、
「ユダヤのベツレヘムにイエスが産まれた時、...見よ、東から賢明な者達が来て言った。ユダヤ人達の王はどこで産まれたのですか? 確かに、私達は東でその方の星を見ました。そしてその方を崇拝するために私達は来ました。」2. 1, 2、シリアからの東の息子達の許に古代からそのような預言があったことは、主の降臨についてのバラムの預言から知られよう。
「私は主御自身を見る。ところがしかし、今ではない。私は主御自身を見つける。ところがしかし、近くではない。ヤコブから星が現われ、またイスラエルから笏が起るであろう。」24.17、バラムが東の息子達の地、即ちシリアから生じたことはモーセの書の下記の箇所から明らかである。
「バラムは自分の主張を公表し、そして言った。モアブの王バラクは私をシリアから、東の山々から連れて来た。」民数記、23.7、イエスが産まれた時、イエスの許に来た賢明な者達は博士と呼ばれたが、しかしその時から賢明な者達と言われたことは、創世記、41.8、出埃及記、7.11、ダニエル書、2.27、4. 6, 7、列王記Ⅰ、4. 30、また預言者達の書の至る所のように多くの聖言の箇所から知られよう。
[6]反対の意味で「東の息子達」は悪と間違った原理の概念(知識)を意味すること、そのようにそれらの中に居る者達を意味することはイザヤ書のもとに知られよう。
「エフライムの嫉妬は去り、またユダの敵達は滅ぼされるであろう。...彼らは海に向かってペリシテ人達の背に襲い掛かるであろう。また彼らは共に東の息子達を略奪し尽くすであろう。」11. 14、エゼキエル書において、
「アンモン人の息子達に対し、見よ、私はあなたを東の息子達に相続のために与えた。彼らはあなたの中に自分達のしきたりを置くであろう。」25. 4,10、士師記の書において、
「イスラエル人が種を蒔いた時、同時に、ミデヤン人とアマレク人、および東の息子達が登って来た。そしてその上に登った。」4.3、ここで「ミデヤン人」は間違った原理の中に居る者達として記述されている。なぜなら、善い生命(生活)の中に居ないからである。3242番を参照、「アマレク人」は間違った原理の中に居る者達として記述されている。1679番を参照、「東の息子達」は間違った原理の概念(知識)の中に居る者達として記述されている。

3763.二~三節、「そして、彼は見た。同時に見よ、野の中の井戸、また見よ、そこで彼の直ぐ近くに横たわっている三つの羊の群れ、なぜなら、その井戸から群れに飲ませたからである。また大きな石が井戸の口の上にあった。
そして、そこへ凡ての群れがまとめられ、また井戸の口の上の石を転がり落とし、そして群れに飲ませ、またその場所へ井戸の口の上に石を戻した。」
「彼は見た」は認識を意味し、「見よ、井戸」は聖言を意味し、「野(畑)の中の」は教会としての野(畑)を意味し、「また見よ、そこで彼の直ぐ近くに横たわっている三つの羊の群れ」は、教会と教義の神聖なものを意味し、「なぜなら、その井戸から群れに飲ませたからである」は、そこからの科学(知識)を意味し、「また大きな石が井戸の口の上にあった」は、それが閉ざされたことを意味し、「そして、そこへ凡ての群れがまとめられた」は、凡ての教会とそこからのそれらの教義の事柄を意味し、「また井戸の口の上の石を転がり落とした」は、それらを開けたことを意味し、「そして群れに飲ませた」は、そこからの教義を意味し、「またその場所へ井戸の口の上に石を戻した」は、そうこうするうちにそれが閉ざされたことを意味する。

3764.「彼は見た」が認識を意味することは、「見ること」の意味が認識することであることから知られよう。そのことについては、この章の後に続く32節においてそこでルベンについて言われることから知られよう。彼は見ることからルベンと名付けられた。

30-3900-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

30-3900-3原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

[5] `Ecce:ほら、見よ、praedixi:前もって言った、警告した、(一人称単数完了)vobis':あなた達に、significat:意味する、hortationem:激励、奨励、刺激、ad:~のために、~へ、prudentiam,:思慮、分別、ut:~のために、こと、~するように、nempe:正確には、即ち、sibi:自分自身に、それ自身に、caveant {3},:警戒する、用心する、(接続法三人称複数現在)sunt:ある、enim:なぜならば、~というのは、inter:~の中に、~の間で、~の間に、pseudoprophetas,:偽預言者達、` qui:その者達、apparent:現れる、見える、in:~の中、~において、indumentis:衣服、衣類、ovium,:諸々の羊、sed:しかし、intrinsecus:内部で、内部に、sunt:ある、lupi:狼、rapaces,':獰猛な、捕食性の、Matth.:マタイ伝、(x)vii 15; pseudoprophetae:偽預言者達、illi:彼らは、sunt:ある、`filii:息子達、saeculi,:代、世代、今の世、現代、qui:その者達、prudentiores:より思慮深く、より賢明に、sunt,':ある、hoc est,:即ち、callidiores:より巧みな、より熟練した、より精通した、` filiis:息子達、lucis:光、in:~の中、~において、generatione:世代、同時代の人々、sua,':それら自身を、de:~について、quibus:その者達、apud:~のもとに、~において、Lucam:ルカ伝、xvi 8; quapropter:そのために、それ故に、Dominus:主、hortatur:強いる、促す、奨励する、(dep)illos:彼らを、his:これらに、下記の、verbis,:言葉、語、
Ecce:ほら、見よ、Ego:私は、mitto:派遣する、行かせる、(一人称単数現在)vos:あなた達を、sicut:~の如く、~のように、oves:羊、in:~の中へ、~に、medium:中間、中央、中心、真ん中、luporum;:狼、estote:在れ、(二人称複数命令形)ergo:それ故に、それによって、prudentes:用心深い、賢明な、sicut:~の如く、~のように、serpentes,:蛇、et:また、そして、simplices:素朴な、単純な、sicut:~の如く、~のように、columbae,:鳩、Matth.:マタイ伝、x 16.
[6] `Si:もし~なら、たとえ~でも、ergo:それ故に、それによって、dixerint:言った、`vobis,:あなた達に、Ecce:ほら、見よ、in:~の中、~において、deserto:砂漠、荒野、est,:ある、ne:~しないように、否、exeatis,:出る、出て行く、(接続法二人称複数現在)ecce:ほら、見よ、in:~の中、~において、conclavibus,:部屋、檻、鳥かご、ne:~しないように、否、credatis':信じる、(接続法二人称複数現在)significat:意味する、quod:こと、それ、そのこと、non:否、credendum:信じることを、quod:こと、それ、そのこと、loquuntur:話す、de:~について、vero,:真理、nec:否、quod:こと、それ、そのこと、loquuntur:話す、de:~について、bono,:善、et:また、そして、plura;:より多くの、多数の、quod:こと、それ、そのこと、haec:これらは、sint:ある、quae:それらは、そのことらは、significantur,:意味される、nemo:誰も~ない、videre:見ること、認めること、potest:出来る、可能である、nisi:~以外、もし~でなければ、qui:その者達、sensum internum:内意、{4}novit;:知る、知った、quod:こと、それ、そのこと、arcanum:秘義、奥義、in:~の中、~において、illis:それらから、verbis:言葉、語、contineatur,:保存される、保持される、含まれる、(x) sciri:知られること、potest:出来る、可能である、ex:~から、~により、eo:これから、quod:こと、それ、そのこと、Dominus:主、illa:それは、locutus sit,:話した、et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、absque:~なしに、~を除いて、alio:他のもの、異なった、sensu interius:内的な意味、recondito sit:隠された、貯えられた、quoddam:ある種の、何らかの、言わば、nihil,:無意味、何も~ない、{5} nempe:正確には、即ち、si:もし~なら、たとえ~でも、dicerent:言った、Christum:キリスト、esse:あること、存在すること、in:~の中、~において、deserto,:砂漠、荒野、non:否、exirent,:出た、出て行った、et:また、そして、si:もし~なら、たとえ~でも、dicerent:言った、esse:あること、存在すること、in:~の中、~において、conclavibus,:部屋、檻、鳥かご、quod:こと、それ、そのこと、non:否、crederent,:信じた、sed:しかし、vastatum:荒廃された、浄化された、verum:真理、est:ある、quod:こと、それ、そのこと、per:~を通して、~によって、`desertum':砂漠、荒野、significatur,:意味される、et:また、そして、vastatum:荒廃された、浄化された、bonum:善、per:~を通して、~によって、`conclavia':部屋、檻、鳥かご、seu:即ち、或いは、penetralia;:内部の、奥の、quod:こと、それ、そのこと、vastatum:荒廃された、浄化された、verum:真理、per:~を通して、~によって、desertum:砂漠、荒野、significetur,:意味される、est:ある、inde:それ故、そこから、quia:なぜなら、ので、Ecclesia:教会、cum:その時、その場合、vastata est,:荒された、浄化された、hoc est,:即ち、cum:その時、その場合、in:~の中、~において、illa:それから、non:否、amplius:この後、もはや、これ以上、aliquod:何か、若干の、verum:真理、Divinum,:神的な、quia:なぜなら、ので、non:否、amplius:この後、もはや、これ以上、以後、これからは、更に、aliquod:何か、若干の、bonum:善、seu:即ち、或いは、amor in Dominum:主への愛、et:~と、および、charitas erga proximum,:隣人への仁愛、tunc:その時、やがて、dicitur:言われる、illa:それは、`desertum,':砂漠、荒野、seu:即ち、或いは、` esse:あること、存在すること、in:~の中、~において、deserto,':砂漠、荒野、nam:なぜなら、というのも、per:~を通して、~によって、desertum:砂漠、荒野、intelligitur:意味される、omne:凡ての、全体の、id:それは、quod:こと、それ、そのこと、non:否、excultum:耕された、耕作された、aut:即ち、或いは、habitatum est,:住んだ、n.:番号、2708, tum:その上、更に、quod:こと、それ、そのこと、parum:殆ど~でない、かろうじて、先ず~ない、少し、僅かに、少しは、少量、僅か、vitale,:生命の、命を与える、生きている、n.:番号、1927, sicut:~の如く、~のように、tunc:その時、やがて、est:ある、verum:真理、in:~の中、~において、Ecclesia;:教会、inde:それ故、そこから、patet:明らかである、quod:こと、それ、そのこと、`desertum':砂漠、荒野、hic:ここに、この場に、sit:ある、Ecclesia:教会、{6} in:~の中、~において、qua:それから、そのことから、non:否、verum;:真理、
[7] `conclavia':部屋、檻、鳥かご、autem:しかし、他方において、seu:即ち、或いは、penetralia:内部の、奥の、significant:意味する、in:~の中、~において、sensu interno:内意、Ecclesiam:教会、quoad:~に関して、~に関する限り、bonum,:善、tum:その上、更に、simpliciter:素朴に、率直に、bonum;:善、Ecclesia:教会、{7} quae:それは、そのことは、est:ある、in:~の中、~において、bono:善、vocatur:呼ばれる、`domus:家、家屋、Dei,':神、conclavia:部屋、檻、鳥かご、sunt:ある、bona:諸々の善、et:~と、および、{8} quae:それらは、そのことらは、in:~の中、~において、domo;:家、quod:こと、それ、そのこと、{9}`domus:家、家屋、Dei:神、sit:ある、Divinum:神的な、bonum,:善、et:また、そして、domus:家、家屋、in genere:一般的に、全般的に、bonum:善、quod:こと、それ、そのこと、est:ある、amoris:愛、et:~と、および、charitatis,:仁愛、videatur:見られる、認められる、n.:番号、2233, 2234, 2559, 3142, 3652, 3720; (m) quod:こと、それ、そのこと、non:否、credendum:信じることを、quod:こと、それ、そのこと、loquuntur:話す、de:~について、vero:真理、et:~と、および、quod:こと、それ、そのこと、loquuntur:話す、de:~について、bono,:善、est:ある、causa:原因、理由、{10} quia:なぜなら、ので、falsum:間違った原理(信念)、vocant:呼ぶ、verum,:真理、et:また、そして、malum:悪、bonum,:善、qui:その者達、enim:なぜならば、~というのは、se:自分達自身を、et:~と、および、mundum:(この)世、世界、spectant:見る、関係する、ut:~のように、~として、finem,:目的、意図、non:否、aliud:他のもの、異なった、per:~を通して、~によって、verum:真理、et:~と、および、bonum:善、intelligunt:理解する、quam:~を除いて、~の外は、quod:こと、それ、そのこと、ipsi:そのもの、それ自身、adorandi,:崇拝されるべき、(未来受動分詞)et:また、そして、quod:こと、それ、そのこと、ipsis:そのもの、それ自身、benefaciendum;:善を為されるべき、(未来受動分詞){11} sique:そしてもし~なら、そしてたとえ~でも、(si+que)pietatem:敬虔、信仰、inspirant,:扇動する、吹き入れる、est:ある、ut:~のために、こと、~するように、appareant:現れる、見える、in:~の中、~によって、indumentis:衣服、衣類、ovium.:諸々の羊、(n) 

[5]「見よ、私はあなた達に警告した」は、思慮のための奨励、即ち自分自身に警戒するための奨励を意味する。というのは、彼らは「羊の衣を着て現われるが、しかし内部で獰猛な狼である。」マタイ伝、7.15、からであり、偽預言者達の間に居るからである。「偽預言者達は今の世代の息子達であり、その世代の光の息子達より思慮深く巧みな者達である。」ルカ伝、16.8、それ故に、主は下記の御言葉により彼らに奨励する。
「見よ、私はあなた達を狼の真ん中へ行かせる。それ故に、あなた達は蛇の如く用心深くあれ、また鳩の如く素朴であれ、」マタイ伝、10.16、
[6]「それ故に、例え彼らがあなた達に、見よ、荒野に居られると言っても出て行くな、見よ、部屋に居られると言ってもあなた達は信じるな」は、彼らが真理と善について話すこと、また更に多くのことについて話すことをあなた達が信じないことを意味する。これらのことは、もし内意を知るのでなければ誰も認めることが出来ない。これらの御言葉の中に含まれる秘義は、それらは主が話されたと言うことから、また他の何らかの隠された内的な意味なしに無意味であることから、即ち例えキリストが荒野に居られても出て行くなと言っても、また例え部屋に居られても信じるなと言われても無意味であることから知られることが出来よう。しかし「荒野」によって荒廃された真理が意味され、また「部屋」、或いは奥によって荒廃された善が意味される。荒野によって荒廃された真理が意味されることは、教会が荒らされた時、即ちその(教会の)中にもはや何も神的な真理がないので、もはや何も善がないので、或いは主への愛と隣人への愛がないので、その時、それ(その教会)は「荒野」、或いは「荒野の中にあること」が言われるからである。なぜなら、荒野によって耕されていない凡ての(地)、或いは(誰も)住んでいない凡ての(地)が意味されるからである。2708番(を参照)、更にその時、教会の中に真理がないように生命を与えるものが殆んどない(地が意味されるからである)。1927番(を参照)、それ故、ここの「荒野」はその中に真理がない教会であることが明らかである。
[7]他方において、内意において「部屋」、或いは奥は善に関する教会を意味し、更に素朴に善を意味する。善の中にある教会は「神の家」と呼ばれ、家の中の部屋は善である。「神の家」は神的な善であり、また家は一般的な愛と仁愛の善であることは、2233, 2234, 2559, 3142, 3652, 3720番に認められよう。彼らが話す真理と善について信じないことの理由は、彼らは間違った原理を真理と呼び、また悪を善と呼ぶからである。というのは、彼らは自分達とこの世を目的として見るからであり、彼らは真理と善によって自分そのものが崇拝されるべきこと、また自分そのものに善が為されるべきことを除いて理解しないからである。そしてもし、彼らが敬虔を吹き入れる(模倣する)なら、それは彼らが羊の皮によって現われるためである。

著者直筆「天界の秘義」写真版創世記30-3-3902~

30-3-3902
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