26-3388~3390意訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3388.「なぜなら、彼女は善い外見だったからである」が、神的なものが言われることにより容易にそれが受け入れられることが出来ることを意味することは、「善い外見」の意味がその姿が快いことであることから知られよう。そのようにそれは容易に受け入れられる。
ここでは信仰の教義の事柄の中にあることについて述べられている。また彼らは善からの真理の認識を何も持たないが、しかし両親と教師達により言われたことから真理の良心だけを持つ。彼らは「その場所の男」、即ち「ゲラルの男達」と言われる。3385, 3387番を参照、彼らの最初の真理の確信は、それが神的なものと言われることである。というのは、直ちにその時、彼らに神聖な考えが起こるからであり、その神聖な考えが言われている全体的なものにも個別的なものにも全般的な確信をもたらすからである。またそれはそのことを彼らが例え理解していなくてももたらす。だが聞き給えそれでもなお、言われることは彼らの理解にふさわしくあらねばならない。というのは、人間はそれがあることを知るだけでは充分ではないからである。しかしそこから彼の知的な部分に何かの確信が加わるために、それが何であるか、またどのようなものであるかを知ることもまた欲する必要があるからであり、また反対に、知的な部分から何かの確信が加わる必要があるからである。もしそれがないなら、確かにそれは記憶に持ち込まれることが出来るが、しかしそこで言葉の事柄の如く、生命のない事柄を除いて他のものは留まらない。またもし、どこからでも何かを確信してそれを心に刻むのでなければ、単に鳴り響く或る種の事柄の記憶の如く消散される。

3389.八、九節、「そして、次のことが行なわれた。なぜなら、彼にそこでの滞在の日々が長引いたからである。そしてそれから、ペリシテ人達の王アビメレクは窓の向こう側を見渡し、また見ると、同時に見よ、イサクがその女(妻)リベカと笑っていた。
そして、アビメルクはイサクを呼び、同時に言った。見よ、彼女はあなたの女(妻)である。それにもかかわらず、どうして彼女は私の妹とあなたは言ったのか? 同時に、イサクは彼に言った。なぜなら、ことによると彼女の故に私は死ぬかもしれないと言った(思った)からです。」
「次のことが行なわれた。なぜなら、彼にそこでの滞在の日々が長引いたからである」は、受容の状態を意味し、「そしてそれから、ペリシテ人達の王アビメレクは窓の向こう側を見渡し、また見た」は、概念(知識)の中の理性的なものに関係している信仰の教義を意味し、「同時に見よ、イサクがその女(妻)リベカと笑っていた」は、神的な真理の中にある神的な善を意味し、「そして、アビメルクはイサクを呼び、同時に言った」は、教義からの主の認識を意味し、「見よ、彼女はあなたの女(妻)である。それにもかかわらず、どうして彼女は私の妹とあなたは言ったのか?」は、もし(それが)神的な真理であったなら、実のところ理性的な(真理で)はなかったを意味し、「同時に、イサクは彼に言った。なぜなら、ことによると彼女の故に私は死ぬかもしれないと言った(思った)からです」は、彼(神的な善)が受け入れられないことを意味する。

3390.「次のことが行なわれた。なぜなら、彼にそこでの滞在の日々が長引いたからである」が、受容の状態を意味することは、「彼にそこでの滞在の日々が長引くこと」、即ち「イサクにそこでの滞在の日々が長引くこと」の意味が、イサクによって表象される神的な善がかなり長い期間そこにあった時であることから知られよう。それは真理が受け入れられたことである。というのは、ここの内意において霊的な者達による真理の受容が取り扱われているからである。また「日々」の意味が状態であることから知られよう。そのことについては、23, 487, 488, 493, 893, 2788番に示された。