29-3794~3795原典訳「天界の秘義」創世記Ⅲ

3794. `Qui patri ejus': quod significet ex bono quoad originem,
constat ex repraesentatione `Labanis' qui hic `pater,' quod sit
bonum communis stirpis collaterale, de qua n. 3612, 3665, 3778; et
quoque ex significatione `patris' quod sit bonum, de qua n. 3703.

3794. `Qui:それら、patri:父、ejus'::それの、彼の、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、ex:~から、~により、bono:善、quoad:~に関して、~に関する限り、originem,:起源、始まり、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Labanis':ラバン、qui:その者、hic:ここに、この場に、`pater,':父、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum:善、communis:一般に、全般的な、共通の、stirpis:根源、起源、根幹、collaterale,:傍系の、隣接した、付帯的な、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3612, 3665, 3778; et:また、そして、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、~でさえ、実のところ、ex:~から、~により、significatione:意味、`patris':父、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、bonum,:善、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、3703.

3794.「彼女の父の」が起源に関して善からを意味することは、ここの「父」であるラバンの表象が共通の根源からの傍系の善であることから知られよう。そのことについては3612, 3665, 3778番(に示された)。また「父」の意味が善であることからもまた知られよう。そのことについては3703番(に示された)。

3795. `Quia pastor illa' seu pascens illa: quod significet quod
affectio veri interioris quod in Verbo, doceat, constat ex
significatione `pastoris seu pascentis' quod sit qui ducit et
docet, de qua n. 343; et ex repraesentatione `Rachelis,' quae hic
est `illa,' quod sit affectio veri interioris, de qua mox supra, n.
3793; quod ex Verbo, est quia ad puteum cum grege ivit; `puteus'
quod sit Verbum, videatur n. 3765; et praeterea affectio veri
interioris est quae docet, ex illa (o)enim affectione Ecclesia est
Ecclesia, et pastor est pastor. Quod `pastor et pascens' in Verbo
significet illos qui ducunt et docent, est quia `grex' significat
illos qui ducuntur et docentur, proinde Ecclesias et quoque
doctrinas quae sunt Ecclesiae, n. 3767, 3768, 3783; quod pastor et
grex illa significent, in Christiano orbe notissimum est, ita enim
vocantur illi qui docent et discunt {1}, quapropter illa ex Verbo
confirmare supersedetur.

3795. `Quia:なぜなら、ので、pastor:羊飼い、牧夫、illa':彼女は、seu:即ち、或いは、pascens:牧している、放牧している、illa::彼女が、quod:こと、それ、そのこと、significet:意味する、quod:こと、それ、そのこと、affectio veri interioris:内的な真理への情愛、quod:こと、それ、そのこと、in:~の中、~において、Verbo,:聖言、御言葉、doceat,:教える、伝える、constat:知られる、明らかである、ex:~から、~により、significatione:意味、`pastoris:羊飼い、牧夫、seu:即ち、或いは、pascentis':牧している、放牧している、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、qui:その者、ducit:導く、連れて行く、et:また、そして、docet,:教える、伝える、de:~について、qua:それから、そのことから、n.:番号、343; et:また、そして、ex:~から、~により、repraesentatione:象徴、表象、`Rachelis,':ラケル、quae:それらは、そのことらは、hic:ここに、この場に、est:ある、`illa,':彼女は、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、affectio veri interioris,:内的な真理への情愛、de:~について、qua:それから、そのことから、mox:直ぐ前に、直ぐ後に、supra,:上に、上部に、n.:番号、3793; quod:こと、それ、そのこと、ex:~から、~により、Verbo,:聖言、御言葉、est:ある、quia:なぜなら、ので、ad:~に、~へ、puteum:穴、立坑、井戸、cum:~と一緒に、~と、grege:(羊や山羊などの)群れ、ivit;:行った、来た、(eoの三人称単数完了)`puteus':穴、立坑、井戸、quod:こと、それ、そのこと、sit:ある、Verbum,:聖言、御言葉、videatur:見られる、認められる、n.:番号、3765; et:また、そして、praeterea:加えて、更に、他に、affectio veri interioris:内的な真理への情愛、est:ある、quae:それは、そのことは、docet,:教える、伝える、ex:~から、~により、illa:それから、(o) enim:なぜならば、~というのは、affectione:情愛、Ecclesia:教会、est:ある、Ecclesia,:教会、et:また、そして、pastor:羊飼い、牧夫、est:ある、pastor.:羊飼い、牧夫、
Quod:こと、それ、そのこと、` pastor:羊飼い、牧夫、et:~と、および、pascens':牧している、放牧している、in:~の中、~において、Verbo:聖言、御言葉、significet:意味する、illos:彼らを、qui:その者達、ducunt:引き出す、導く、et:~と、および、docent,:教える、伝える、est:ある、quia:なぜなら、ので、`grex':(羊や山羊などの)群れ、significat:意味する、illos:彼らを、qui:その者達、ducuntur:導かれる、et:また、そして、docentur,:教えられる、proinde:従って、それ故に、Ecclesias:教会、et:~と、および、quoque:~もまた、同じく、同様に、その上、~でさえ、実のところ、doctrinas:教え、教義、quae:それらは、そのことらは、sunt:ある、Ecclesiae,:教会、n.:番号、3767, 3768, 3783; quod:こと、それ、そのこと、pastor:羊飼い、牧夫、et:~と、および、grex:(羊や山羊などの)群れ、illa:それらを、significent,:意味する、in:~の中、~において、Christiano:基督教、基督教徒、orbe:世界、地球、notissimum est,:最もよく知られた、最も熟知された、ita:このように、従って、enim:なぜならば、~というのは、vocantur:呼ばれる、illi:彼らは、qui:その者達、docent:教える、伝える、et:また、そして、discunt {1},:学ぶ、習う、quapropter:そのために、それ故に、illa:それらを、ex:~から、~により、Verbo:聖言、御言葉、confirmare:主張を裏付けること、確認すること、supersedetur.:避けられる、控えられる、

3795.「なぜなら、彼女は羊飼いであったからである」、或いは彼女は牧している者であるが聖言の中で教える内的な真理への情愛を意味することは、「羊飼い」、或いは牧している者の意味が導く者と教える者であることから知られよう。そのことについては343番(に示された)。またここの「彼女」である「ラケル」の表象が内的な真理への情愛であることから知られよう。そのことについては直ぐ上の3793番に(示された)。彼女は羊の群れと一緒に井戸に来たので、それ(教え導くこと)は聖言により(教え導く)。「井戸」が聖言であることは3765番に認められよう。また更に内的な真理への情愛が教え、(また)それにより(教える)。というのは、教会は情愛から教会があるからであり、また(それから)羊飼いは羊飼いであるからである。聖言において「羊飼いと牧している者」は導く者と教える者を意味する。なぜなら、「羊の群れ」は導かれ、また教えられる者達を意味するからである。それ故に、(「羊の群れ」は)教会と教会の教義の事柄もまた意味する。3767, 3768, 3783番(を参照)、羊飼いと羊の群れがそれらを意味することは基督教世界において最も熟知されたことである。というのは、教える者達と学ぶ者達はそのように言われるからである。それ故に、それらを聖言から確認することは控えよう。